※このSSには独自の設定やキャラの崩壊、グロテスクな表現が含まれています。そういった展開が苦手な方はご注意ください。
渡る者の途絶えた橋までの続きです。


































妖怪により独自の文明が築き上げられている世界、幻想郷。
かつては活気に溢れていたこの世界に今、前代未聞の危機が訪れていた。
太陽の畑周辺で起きた妖怪連続襲撃事件。
妖怪の山で起きた妖怪連続失踪事件、後の妖怪連続殺害事件。
そして紅魔館で起きたクーデター事件。
強力な妖怪の死亡等で幻想郷のバランスに大きく影響を与えたこれらの事件は
個々の異変の大きさ以上に、立て続けに起きた事による影響が強かった。
ほんの数か月の間に連続して起きた為、本来異変解決に乗り出す筈の博麗の巫女も
動き出した頃には異変は収束へ向かい別の場所で新たな異変が起こり始めているという始末。
更に幻想郷のバランスが大きく揺らいだ事で、博麗大結界にも歪みが発生し
時折、外の世界と繋がってしまうようになっていた。
今まで異変がこんなにも立て続けに起こった事はなかったので黒幕の存在を考える者もいたが
肝心の犯人は総じて失踪及び死亡している為、黒幕の存在を聞き出す事も出来ない。
そもそも異変の発生自体に関係性は無いので黒幕説はないという声も出ている。
結局異変の元凶は分かっておらず、各地の妖怪達は次は我が身と怯えながらもどうする事も出来ずにいた。





一方こちらは妖怪の賢者、八雲 紫の屋敷。
あちらこちらで不安が渦巻いている幻想郷とは打って変わって、此処では穏やかな時が流れていた。

「…え~と『地霊殿主、失踪! 代役は主の妹、古明地 こいし』ですって」
「そうか、あのさとりが…。いつも悪いな、橙」
「そ、そんな! 私は藍様の式なんですから、これぐらい当然です!」

そう言って両手で広げた新聞を必死に音読しているのは紫の式の式、橙。
その橙に微笑みかけているのは紫の式神、八雲 藍だ。
二人はとても仲睦まじく、幻想郷でも1,2を争う親密な主従関係といわれている。
だが二人が特別仲がいいのであって、紫邸において橙と藍だけが仲がいいという訳ではない。
藍と主人である紫もとても親しい関係にあったのだ。
だが最近は少し状況が変わってしまっている。

「メリー、今日は何処に行こうかしら」
「妖怪の山なんてどう? あそこの紅葉は今見ごろだから蓮子も喜んでくれると思うんだけど」

ある日突然紫が連れて来た、宇佐見 蓮子と名乗る女性。
彼女が来てから紫邸の環境は大きく変わってしまった。
以前は起きてる間は自分で境界の管理をしていたが、今では蓮子と遊んでばかり。
境界の管理も今起きている異変の解決も、すべて藍に任せっきりだ。
おかげで藍の仕事量は今までの2倍以上に膨れ上がってしまい、毎日時間に追われている。
今も両手で朝食を作りながら、異変対策の情報収集の為に橙に新聞を読んでもらっているのだ。

「ら~ん~? ご飯まだ~?」
「はい、すぐに出来ますよー」

だが元々、冬の間は寝て過ごしている紫だ。
仕事量が増えた事は少し冬が早まったと思えば、それほど問題視する事ではない。
それより問題なのは蓮子という女性の方だ。
始まりは紫が蓮子を連れて来たあの日、出会ってすぐに藍は蓮子を警戒した。
紫をメリーと呼んだり不審な点が多いのもあったが、何より怪しいのはその臭い。
本人は人間だと言っているが間違いなく臭いは妖怪のそれなのだ。
妖怪が人間と言っているだけでも怪しいのに、外の世界から来たと言うのだから素性が知れない。
そう思い密かに調べてみると丁度同じ頃、永江 衣玖が天界から姿を消しているらしいのだ。
何でも天界では我儘天人の比那名居 天子を大喰いだがおっとりした淑女に生まれ変わらせ
礼も聞かずに去って行った英雄として銅像まで建てられているらしい。
雰囲気が変わっていた為気がつかなかったが、言われてみれば確かに衣玖に似ている。
つまるところ蓮子の正体は衣玖である可能性が高いのだ。
恐らく紫に人格を書き換えられてしまったのだろう。
自分への迷惑は式神だからある程度面倒看るつもりだが、周りを巻き込まれてはさすがに黙っている訳にもいかない。
すぐに紫に衣玖を解放するよう説得してみたが、当の紫は知らん顔。
最近に至っては『蓮子は蓮子よ!』の一点張りだ。
だが最初の頃の反応からして、彼女が衣玖なのは確実と見て間違いないだろう。
人格を書き換えられ、蓮子として紫邸に住み着く衣玖。
藍にとって、それこそが今現在最大の問題なのだ。

「出来ましたよー。橙、そっちの皿を運んでくれるか?」
「はい、藍様」
「もうー、遅いわよ? どれだけ待たせるつもり?」
「すみません、紫様」
「いいわよ、それより早く食べて出かけましょう」
「そうね、妖怪の山…楽しみね」

そのまま急いで食事を済ませようとする紫と衣玖。
内心、折角仕事の合間を縫って作ったのだから味わって食べてほしいとも思ったが優先するべきところはそこではない。
今日こそちゃんと説得しなくては。

「あの、紫様」
「…何よ」
「いい加減、衣玖を解ほ…」
「だーかーらー、蓮子は蓮子だって言ってるでしょ? 貴方そういうとこ頑固よねぇ」
「しかし蓮子は紫様が衣玖を洗脳して…」
「何、訳の分からない事言ってるの? 私達急いでるから、もう行くわよ?」

結局話しもまともに聞かずに紫と衣玖は出掛けてしまった。
小さく溜め息を吐き、がっくりとする藍。
そんな藍の脚に心配そうに橙が寄り添ってくる。

「…藍様…」

すると藍は橙に微笑みかけると、頭を優しく撫で始めた。

「なんで紫様はこの頃藍様に冷たいのですか? あんな紫様、紫様じゃないです」
「……橙、紫様は御病気なんだ。だから紫様を悪く言ってはいけないぞ」
「…はい、藍様」

橙は納得していなさそうにしながらも、そっと藍から離れ食事を続ける。
きっと橙も今の紫には思うところがあるのだろう。
だが藍にはのんびり橙と話し合っている時間はない。
こうしている間も家事に境界の管理、異変による被害地域への対策等やる事は山積みなのだ。

「それじゃあ橙、私は出掛けるから食べ終わったら流し台に片づけて置くんだぞ」
「はぁい、藍様」

藍は必要な道具を手に取ると、慌てて外に飛び出して行く。
恐らく今日も夕暮れ時まで帰って来ないのだろう。
そして帰ってきたら家事を始め、ぐっすり寝る間もなくまた出掛けていく。
橙はそんな藍をどうにかして助けてあげたいと思っていた。
だが水に弱いので洗い物は苦手だし、力がないので重い物は扱えない。
何か出来る事はないかと考えていると、ふと一つの答えが頭をよぎる。

「……藍様の悩みは私が解決しないと!」

藍がずっと心配している蓮子の事。
解決まで行かなくても何らかの手掛かりぐらいなら自分でも見つけられるかもしれない。

「紫様~、失礼しますよ~…」

そうと決まれば善は急げ。
早速橙は紫の部屋へこっそり忍び込むのだった。













その日も藍は夕暮れ時に帰って来た。
まだ仕事は完全には片付いていないのだが、夕食を用意しないと紫が五月蝿い。
なのでこうして一旦帰って来てから、また夜中に出かけるのだ。
確かに余裕があるとは言い難い仕事量だが、今は幻想郷全体が混乱している。
自分だけが楽をしようなど考えてはいけないのだ。
実際、能力の高い式神である藍には大量の仕事でも片づけられるよう式を組まれている。
これぐらいの激務は容量内なのだ。

「あの、藍様?」

藍が流し台に置いてあった食器を洗っていると、突然橙が話しかけて来た。
だが藍にはこの後も予定が詰まっている。
可哀想だが橙に構ってあげられる時間はない。

「悪いな、橙。今は忙しいから、また今度遊んであげ…」
「そうじゃなくて! ……見てもらいたい物があるんです」

忙しいので手は離せないが、見るぐらいなら今でも出来る。
橙も偶には相手してもらえないと寂しいのだろう。
そう考えると藍は、とびっきりの笑顔を橙に向けた。

「ほう、何か作ったのかい? どれどれ見せてごらん」

藍が促すと橙はある物を取り出す。
だがそれは藍が思っていたような物とは、まったく別の物だった。

「こ、これは……一体何処で…」





それから数時間後、紫と衣玖は楽しそうにピクニックの感想を話し合いながら帰宅した。
自分を人間だと思い込んでいる衣玖が、妖怪の時間である夜まで帰って来ない事も前は疑問に思っていたが
どうやら元々の放電能力は使えるらしく、本人も天から情報を得る力が変化したものだと考え違和感なく使っている。
更に妖怪の賢者と一緒にいる事もあり襲ってくる妖怪もいない為、今の衣玖は夜の危険性を知らないのだろう。
紫は帰って来るなりすぐ風呂に入ってしまったので、今衣玖は紫の部屋で一人で待っている。
もっとも紫は別に一緒に入ってもいいと思っているらしく、藍が止めたので別々に入ってるに過ぎないのだが。
何にせよ衣玖と二人っきりで話すチャンスは今しかない。
藍は唾を飲み込むと、紫の部屋の戸を静かに叩いた。

「…誰?」
「紫様の式神、藍です」
「ユカリ……ああ、メリーの事ね。何か御用?」
「貴方と少しお話がしたかったもので」
「そう…いいわ、入って」
「失礼します」

部屋の中に入った藍は、その光景に唖然とする。
紫の部屋の中は古い書物が散乱して、足の踏み場もない程だったのだ。

「ごめんなさい、夢中になると何時もこうなの」
「それは…?」
「メリーと一緒にやってたサークル、秘封倶楽部のレポートよ。全部残してたのねぇ」
「…………」

やはり衣玖は紫の思い出に付き合わされているだけなのだろう。
何故衣玖だったのかは本物の蓮子に似ていたからだと、辺りに散らばっている写真から考えられる。
だがこのまま紫の我儘で彼女の将来を滅茶苦茶には出来ない。
藍は足下の書物を退けると、その場に正座をして真剣な面持ちで口を開いた。

「蓮子…いえ、衣玖。貴方には戻るべき場所がある筈です」
「…いつもその話でメリーと揉めてたわね。そろそろ貴方も認めるべきじゃない? 私達が長い時を越えて再会した友人だって」
「そこまでおっしゃるなら、これを見てもらえますか?」
「え?」

そう言って藍が取り出したのは、衣玖がかつて身に付けていた羽衣だった。
橙が紫の部屋で見つけ藍に渡した物だ。
それ自体は何の変哲もない羽衣だが、紫の部屋で見つかった事に大きな意味がある。
紫は境界を操る妖怪、その力は物質のみならず精神にも影響を及ぼす。
境界を弄れば人格を書き換える事も出来るが、書き換えるだけで完全に別の人格を作り出せる訳ではない。
一度消した鉛筆の文字のように、書き換える前の人格もうっすらと残っている筈なのだ。
そして羽衣が紫の部屋で見つかったのは、衣玖の元の人格と蓮子としての人格に何らかの影響を与えるからだと考えられる。
何故なら羽衣が無関係なら、捨てるなり隙間に放り込むなりすればいいのだから。
それをせずに態々自分の部屋においてあったのは、衣玖と深い関係があるからではないのだろうか。

「これに見覚えはありませんか」
「な、何よそれ……。そんなの知らないわ!」

口では否定しているものの、明らかに動揺が見られる。
藍の読みは当たったようだ。

「これは永江 衣玖の羽衣です、この部屋から出てきました」
「…それで私が衣玖だって言うの!? そんなのこじつけじゃない!」
「それに写真の人、茶髪ですよね?」
「そ、染めたのよ……悪い!?」
「その時の事、詳しく教えてもらえますか」
「いいわよ!? ……え~と…あれ? ちょ、ちょっと待って! ………嘘…」

突然頭を掻き毟り、慌てふためく衣玖。
理屈は分からないが、羽衣が此処にある事で記憶が不安定になっているようだ。
もしかしたらこのまま元の人格に戻せるかもしれない。
そう藍が思った次の瞬間、

「わ、私は蓮子よ…。衣玖じゃない……衣玖なんかじゃないのよ!」
「!!」

衣玖は一気に放電すると、そのまま何処かへ飛び去ってしまった。

「……しまった…」

後に残された藍は茫然と立ち尽くしている。
ある程度の暴走なら止められるつもりだったが、高圧電流を纏って逃げ出されてはどうする事も出来ない。
追いかけようにも外は衣玖の電撃で雷雨になってしまっている。
これでは無理に出ていってもすぐ見失ってしまう。
だからと言ってこのまま放っておけば、辺りに被害が出かねない。
何より暴走し、取り乱している衣玖が心配だ。

「くっ! …もう少し慎重に動いていれば!」

藍は自分の軽率な行動を後悔しつつ、衣玖を探す準備をし始めた。





その更に数時間後、すでに時計の短針が右に傾き始めた頃
橙は騒がしい物音で目を覚ました。

「…藍様?」

音のする方からは藍の気配を感じる、紫も一緒だ。
どうやら自分が寝ている間に、二人で何かしているらしい。
二人の行動が気になって、つい部屋の様子を覗き見る橙。

「……ッ!!」

すると中では紫がボロボロの藍を何度も踏みつけているではないか。

「藍様ああぁぁ!!」
「ちぇ、橙!?」

咄嗟に部屋に飛び込み、藍と紫の間に割り込む橙。
突然現れた橙に一瞬怯んだ紫だったが、上げた足を下ろすと淡々とした口調で喋り始めた。

「退きなさい、橙。私は悪い式をお仕置きしてるだけよ」
「ら、藍様は悪い式じゃありません!」
「……貴方、式の式の癖に主人に意見しようと言うの?」
「橙……いいんだ…」

そう言って藍は起き上がると、橙を押し退け紫の前に出てくる。
そして紫に一礼すると、橙の方を向きにっこりと笑った。

「藍様ぁ……」
「いいんだ、これも私が浅はかだったが為の事。橙は部屋に戻って早く寝るんだ」
「で、でも…」
「そうよ。貴方がいながらこの失態、どうするつもりなの? だから羽衣の事は誰にも教えずに隠しておいたのに……」
「!!」

その言葉で橙は、何故藍がこんな目に遭っているのか悟った。
藍は自分が羽衣を持ち出したばかりに、紫に仕置きを受けているのだ。
このままでは自分が悪いのに、藍が悪い事にされてしまう。
早く紫の誤解を解かなくては。

「ち、違うんです! その羽衣はわた…」
「橙!!」

ところが、橙の自白は藍の言葉によって掻き消される。
どうしてと藍の方を見る橙だったが、藍は先程と同じ笑顔を浮かべているだけだ。

「私の事はいいから早く部屋に戻るんだ」
「でも藍様は…」
「橙、私の言う事を聞くんだ。……いいね」
「………はい」
「それでは紫様、私は再び蓮子の捜索に向かいます」
「ええ、さっさと行って頂戴。私は蓮子と一緒に行った場所を見て来るわ」

そのまま藍と紫は大荒れの空に飛び出して行ってしまう。
一人残された橙の心は後悔の念でいっぱいだ。
藍を助けるつもりだったのに、かえって状況を悪化させてしまった。
やはり自分のような式神では藍を助ける事など出来ないのではないか。

「…藍様……ごめんなさい…」

橙は己の無能さを悔みながら、枕を涙で濡らして眠りについた。













あれから藍はまともに家にいる事が殆ど無くなってしまった。
一日中幻想郷を飛び回り異変の調査に蓮子の捜索を続け、帰ってきたら食事の用意と掃除をしてまた出かけて行く。
時間がある時は死んだように眠っているので、会話など暫くしていない。
このままではいかに優秀な式神の藍と言えど壊れてしまう。
しかし橙には何も出来ない。何かしても無能な自分では、また悪影響にしかならないのではないかと恐れているからだ。
だからと言って藍を放って置く事など出来る筈がない。
こうなったのは自分のせいなのだ、どんな方法でもいいから藍を助けなくては。
そう思い必死に良案を考えていた橙の頭に、ふとある人物の顔が浮かぶ。
そして今、橙はそのある人物の住居までやって来たのだった。

「………」

だが内心、一人で入るのは心細い。
何せこの人物には異変の時、一度襲われた事があるのだ。
橙が恐れから戸を叩くのを躊躇っていると、突然向こうから戸が開き中から人が出て来る。

「!!」
「…ん? 貴方は確か紫のところの……」
「……うぅ…霊夢…」
「…状況は大体分かってるわ、中に入って」

こうして橙は博麗神社の巫女、博麗 霊夢に連れられ神社の客間にやって来た。
目の前の卓袱台には、二人分のお茶と茶菓子が置かれている。
部屋からは外の景色が見え、境内の小さな池では年老いた亀が寛いでいた。
橙としては出来るだけ早く藍を助けてもらいたいのだが、何から話すべきか分からない。
すると霊夢はお茶を啜り一息吐くと、話を切り出し始めた。

「どうせ紫の事でしょ? それで、私にどうしてほしいの?」
「…えっと……藍様を…助けて……」
「そう」

再びお茶を啜り始める霊夢。
返事がない事で不安になっている橙を余所に、のんびりと茶菓子を摘まんでいる。
やがて霊夢は空になった湯呑を置くと、ゆっくりと立ち上がり口を開いた。

「先に言っておくわ。藍は助ける、でも別に貴方の為じゃない。今、藍に倒れられるといろいろ都合が悪いのよ」
「………」
「私だって何もしていない訳じゃない、私なりに異変の解決を考えているの。
 ……確かに上手くいってるとは言えないわ、妖怪の山の時も椛の復讐心を読み切れなかった。
 殺されない程度の力を貸したつもりだったのに、まさか相討ちになるなんて…。
 紅魔館の時ももっと早く気付いていればこんな事には……いえ、過去を悔んでも仕方ないわね。
 今大切なのは境界の管理者を守る事、それが幻想郷を守る事に繋がるわ。それに……早く紫を止めないと……」
「え…」

霊夢のその言葉に反応する橙。
もしかして藍や霊夢が解決に乗り出している異変と紫の間には、何か関係があるのではないか。

「あの…紫様は何を……」
「……紫は病気なのよ。そんな事より貴方は帰って大人しくしてなさい、藍は私がどうにかするわ」

霊夢はそれだけ言うと部屋から出て行ってしまう。
残された橙は冷めたお茶を一気に飲み干すと、博麗神社を後にした。
結局他力本願になってしまったが、霊夢なら藍を助けられるに違いない。
紫の事も気になるが今は霊夢を信じて待つ他ないだろう。
橙は霊夢への期待と不安を胸に紫邸へと帰って行った。





その日の夕暮れ時、いつものように藍はふらふらになりながら帰って来た。
髪は乱れていて衣服もボロボロで全身は濡れてぐっしょり、蓮子を探し雷雨の中に突っ込んできた事がすぐに分かる。

「藍様…」
「…………」

橙が話しかけても藍は何の反応も示さない。
そのまま橙を通り越し、台所へと向かっていく。
なんとか藍を呼び止めようと、橙は精一杯大声を張り上げた。

「藍様ぁ!」
「貴方はそこで何をしているの」

声に気付き慌てて振り返ると、後ろには紫が立っていた。
若干雨に濡れているのは、今まで蓮子を探しに行っていたからなのだろう。
だが境界を自在に移動出来る分、藍のようにボロボロにはなっていない。
紫は橙をおいて台所に入って行くと、料理を作っている藍を見るなり思いっきり傘で殴りつけた。

「ら、藍様ああぁ!!」
「貴方はなんで昨日と同じ物作ってるのよ! 少しは献立考えなさい!」
「…すみません、紫様…」
「まったく……食べ終わったら蓮子を探しに行くわよ」

藍は別の食材を取り出すと再び料理を作り始める。
そこには感情は感じられず、ただ言われるままに動いている機械のようだ。
最早藍が限界なのは誰が見ても明らか、これ以上こんな状態が続けば本当に壊れてしまう。
橙は思い切って紫の前に飛び出した。

「紫様! もうやめてください! このままじゃ藍様が…」
「あのねぇ、前も言ったけど悪いのは藍なの。これは当然の仕打ちなのよ」
「!!」

紫の中では羽衣の一件は藍の不注意が原因という事になっている。
この誤解を解かない限り、藍がゆっくり休める日は来ないのだろう。
本当の事を知れば紫の怒りの矛先は自分に向かうだろうが、藍が助かるならそれでいい。
橙は大きく息を吸うと、真剣な顔つきで言葉を紡ぎだす。

「紫様…あれは、あの羽衣はわ…」
「ちょっと、この家は客人にお茶も出さないの?」

しかし橙の言葉は部屋に響いた声により、再び遮られる。
だが今回は藍も紫も何も喋っていない。
正体の分からない声の主を確かめる為に、声のした方に振り向く橙と紫。
するとそこには自分の家のように寛ぐ霊夢の姿があった。

「霊夢……貴方、そこで何してるのよ…」
「何って異変の解決の為に出向いただけだけど、それが何か?」
「い、言ってる意味が分からないわ!」

今までの態度とは打って変わって、一気に顔から余裕の色が消える紫。
だが霊夢はお構いなしに紫の腕を掴むと、そのまま部屋の外に引き摺り出す。

「な、何!? どういうつもり!?」
「貴方には一緒に神社まで来てもらう、話があるならそこで聞くわ」
「!! 嫌よ!」

紫は霊夢の腕を振り払うと、一歩下がり距離を取った。
その顔は友人の行動への疑問と敵意で、複雑な表情を浮かべている。

「私はねぇ! すぐにでも蓮子を探さなくちゃいけないの! 霊夢とお茶してる時間なんてないのよ!」
「私も貴方とお茶がしたくて呼んでるんじゃないわ。……詳しい話は後で幾らでもしてあげるから、今は大人しく…」
「嫌だって言ってるでしょ!!」

紫は言葉と同時に、強い妖気の波動を放つ。
そして波動を防ぐ為結界を張った霊夢の隙を突き、隙間の中に潜り込んでしまった。

「……逃がさないわよ」

閉まろうとする隙間に無理矢理入り込み、紫の後を追って姿を消す霊夢。
後に残された橙は、茫然と廊下に座り込んでいた。
すると台所でガタンという音がする。
何事かと見に行くと、なんと藍が倒れているではないか。

「ら、藍様!? しっかりしてください、藍様ぁ!」

呼び掛けても藍はぴくりとも動かない。
慌てて藍を寝室に連れて行く橙。
兎に角今は紫の事は霊夢に任せて、藍の看病に専念しよう。
そう考え橙は、藍の傍にそっと座り込んだ。





一方、紫は幻想郷の空を逃げ回っていた。
すでに結構な距離を飛んでいるが霊夢は何処までも追いかけてくる。
隙間に入ったり撒こうとしてはみるものの、霊夢も一緒に入って来る為距離はまったく広がらない。

「しつこいわねぇ!」
「お互い様でしょ、そろそろ諦めて捕まったらどう?」
「ふざけないで!」

そうは言っても全速力で飛び続けるのは、さすがに消耗する。
これ以上の持久戦は相手の体力も分からない現状では危険だ。
なんとか振りきれないかと隙間を開き、手当たり次第に助っ人を呼び出してみた。

「ん~? あら~、紫じゃない。どうしたの、そんなに急いで」

紫が開いた隙間から姿を現したのは天人の天子だった。
だが中身はまったくの別人、西行寺 幽々子である。

「お願い、幽々子! 霊夢を足止めして!」
「よく分かんないけど旧友の頼みじゃ断れないわね~」

そのまま飛び去る紫を守るように、追いかける霊夢の前に立ち塞がる幽々子。
霊夢はそんな幽々子の前で急停止すると、訝しげな顔で睨みつけた。

「……中身は別人って訳ね」
「さすが霊夢、勘が鋭いわね~。勘がいいついでに本気の死蝶の恐ろしさも気付いて、引き返してくれると嬉しいんだけど~」
「そうはいかないわ、幻想郷の未来がかかっているもの」
「ただの鬼ごっこにしては、随分壮大ね~」

瞬間、辺りに現れる死蝶の群れ。
霊夢の行く先の紫と幽々子を守るように、その羽で鮮やかな壁を作る。

「弾幕勝負じゃない本気の死蝶は、触れればそのままあの世行き。悪い事言わないから神社に帰りなさい」
「問題ないわ、邪魔する虫は撃ち落とすだけよ」

すると霊夢は迷う事無く札を手に取り、死蝶の壁に向けて勢いよく放った。
途端に爆発が起き、吹き飛ぶ死蝶の群れ。
その穴に爆煙の中から姿を現した霊夢が、真っ直ぐ向かって行った。

「!! 行かせない!」

咄嗟に周りの死蝶を全て霊夢の前に集結させる幽々子。
突然現れた壁に、霊夢は止まる事が出来ずに突っ込んで行く。
あの速度では最早、かわす事は不可能だろう。

「……さようなら、霊夢。いえ、冥界の者としてこんにちはと言うべきかしら~」

勝利を確信して、幽々子の表情にも余裕が生まれる。
だが直後に背中に感じた気の流れに、一気にその顔が凍りつく。

「そうね、こんにちは。数秒ぶりね」
「えっ?」

後ろをゆっくり振り返ると、そこには霊夢が傷一つない姿で立っていた。
あまりにも予想外な出来事に幽々子の、天子の顔に冷や汗が浮かぶ。
見れば先程まで死蝶に向かっていた霊夢は、死蝶にぶつかると弾けて消えてしまう。
まるで命を持たない幻のように。

「まさか……『博麗幻影』…?」
「正解」

次の瞬間、炸裂した霊夢の一撃で幽々子は意識を失い地面へと落下していく。
だが霊夢はそんな幽々子には目もくれず、紫を目指して空高く飛んで行った。

「……大分時間を浪費したわね」

恐らく普通に追いかけても、もう追いつけないだろう。
そう考えた霊夢はその場に止まり目を瞑る。
そして突然、何かを感じ取ると夕日に向かって札を数枚放った。

「……!!」

すると遥か彼方で隙間が開き、何もない所から紫が現れる。
そこへ霊夢の放った札が一直線に向かっていき、綺麗に紫に命中した。
そのまま地面に落ちて行く紫の後を追いかける霊夢。
やがて霊夢が落下地点に辿り着くと、体を地面に打ち付け蹲る紫の姿を発見した。

「……どうやって幽々子を倒したの……天人の体は頑丈な筈よ…」
「体は、でしょ? 霊撃を直接中身に叩きこんだわ、暫くは動けない筈よ」

状況を見る限り、今の紫に戦う力は残っていない。
差し詰め、幽々子が負けるとは思っていなくて油断していたのだろう。
だがこちらにとっては好都合、今なら抵抗されずに神社に連れて行ける。
霊夢は懐から特殊な縄を取り出すと、紫へと近づいて行った。

「別に悪いようにはしないわ、安心しなさい」
「……嫌よ…」
「…紫、貴方少しは…」
「嫌! 私には蓮子が待っているの! このまま捕まるぐらいなら……」

紫がそう呟いた次の瞬間、紫の妖気が渦を巻き霊夢を飲み込み始めた。
危険を察知し離れようとする霊夢だったが、妖気の渦に飲まれ動く事が出来ない。
そうしている間にも、どんどん渦は大きくなり霊夢を飲み込んでいく。

「し、しまっ…」
「私が『博麗 霊夢』を奪ってやるわ!!」

その時、妖気の渦が膨れ上がり霊夢と紫を完全に飲み込み爆発した。














  • おおおおお、超大作な気がしてきたぞ~!
    -- 名無しさん (2010-12-03 10:33:51)
  • てんこの中がゆゆのままってことは、
    てんこ本人は永遠にゲームの中でさまよってるの?
    かわいそうすぎる -- 名無しさん (2010-12-27 03:22:33)
  • 霊夢かっこよすぎ -- 名無しさん (2012-12-26 15:37:13)
  • 霊夢かっこよすぎるwぬれる! -- 名無しさん (2014-11-10 22:17:19)
名前:
コメント: