「ふああ……。皆もう集まってるかな。」

翌日、お昼を少し過ぎた頃。紅魔湖を目指しリグルは急いでいた。
結局一晩中見張りを続けていたが、血のついたパジャマを着た幽香が戻ってきた事以外、何も変わった様子はなかった。
服についていた血が何の血だったのかは気になるが、その為に持ち場を離れる訳にはいかない。
幽香が帰ってきてからが見張りは本番なのだ。
そう思い、より熱心に見張りをしたがその日は誰も現れる事はなかった。
久しぶりに朝までずっと起きていた為、寝坊してしまい遊ぶ時間に遅れていたのだ。

「ごめん、待った?」

ようやく紅魔湖に着いてみると、何やらベンチに集まり話し込んでいる。
今日遊ぶ内容の相談だろうか。
リグルがベンチに近づいていくと、こちらに気づいたルーミアが悲しそうな顔で振り返った。

「何かあったの?」
「ミスティアが……。」

ミスティアに何かあったのか。
慌てて様子を見に行くと、そこには腕にギプスをつけたミスティアがいた。

「ミスティア!」
「……リグル…。」
「…どうして?なんでこんな事に……。」
「幽香よ。」
「……え…。」
「幽香にやられたの。」
「…そんな……!」

あの時向日葵畑で見た光景が思い浮かぶ。
血のついた服、あれはミスティアの血だったのかもしれない。
あの時、計画を立てる事に集中しすぎて見張りが遅れたりしなければ幽香を止められたかもしれない。
そうすればミスティアの怪我も防げただろう。
自分のせいでミスティアが怪我をしたように思えてショックを受ける。

「ミスティアの仇はあたいがとるわ!あんな奴、アイスフラワーにしてやるんだから!」
「チルノちゃん、危ないよ…。」
「その前に私を勝手に殺さないでよ。」

ミスティアの腕は治るのだろうか。
もし治らなかったらミスティアはどうなってしまうのだろうか。
そしてそうなったら幽香は…。
強い不安がリグルを襲い、堪らず涙が溢れそうになる。

「ねぇ、…大妖精。」
「なあに?」
「ミスティアの腕、治るの…?」
「うん、永琳さんが診てくれたから大丈夫。でも暫くは動かせないって。」
「そうなんだ…。」
「背中も怪我してたみたいだけどそっちはもう平気だって言ってたよ。」
「………。」

治る事は嬉しいがあの腕じゃ八目鰻は当分焼けそうにない。
自分さえしっかりしていれば。
後悔ばかりが頭に浮かぶ。

「ごめん、ミスティア…。」
「何でリグルが謝るの?私は大丈夫だから皆で遊んできて。」
「……ミスティア……。」

笑顔で送り出そうとするミスティアの表情はどこか寂しげで
無理して明るく振る舞っているのはすぐに分かった。
これ以上こんな事起きてほしくない。
幽香にもこんな事させたくない。
今度こそ何か起こる前に止めたい。
そして元の優しい幽香に戻ってほしい。
リグルの中で皆を守りたいという気持ちが大きくなっていた。













向日葵畑の中にある幽香の家。
花の香りのする暖かな洋館はもうそこにはなかった。
家の壁には血がこべりつき異臭を放っている。
家具は元がなんだったのか分からない状態まで壊されていた。
相変わらずカーテンは開かれず真っ暗なままの家の中、一ヶ所だけ明かりがついた部屋がある。
そこにはいつものチェック柄の服に腕を通す幽香の姿があった。
幽香の体は妖怪や妖精を襲うたびに禍々しく変化していき、爪が伸び牙が生えていた。
畏怖の力で成り立っている妖怪の性なのかもしれない。

「……ふふふ。」

鏡の前に立ち、不気味に笑う。
昼間は眠り続け、夜中は暴れ狂う。そんな事を続けているうちに、段々自分が何なのか分からなくなってきていた。
実際日に日に自分の意思で動ける時間は短くなっていき、今では一時間ももたない。
破壊衝動も強くなり、家を飛び出しては近くの妖怪や妖精を襲う生活が続いていた。
今は自分の意思で動いているがその意思こそ間違いで、暴れている自分が正しい自分なんじゃないか。
そう思えてくるほど幽香の精神は追い込まれていた。

『ふふふ、やっと気づいてくれたのね。』

視線を上げると鏡の中の自分が楽しそうに話しかけてくる。

『そう、貴方は凶暴な妖怪なの。周りの者を傷つけ楽しむ最凶最悪の妖怪なのよ。』

違う、こいつのせいでおかしくなっているだけだ。
自分の意思を強く持とうと、そう言い聞かせる。
夜になると話しかけてきてその度強い衝動に飲み込まれる。
こいつが全ての元凶であり、それに操られているだけなんだ。

「貴方……一体誰なのよ!?」
『私?ふふふ、私は貴方よ。』
「なっ!?」

訳の分からない返事に一瞬怯む。
だがそんな話に流されるつもりはない。

「……何言ってるの…そんな事ある訳…」
『私は凶暴な妖怪としての貴方。世の中の幽香に対するイメージから生まれたのが私なのよ。』
「…そんな筈が……」
『幽香っていう妖怪はもっと凶悪で残忍で冷酷じゃなければいけないの。そうする事が私の役目なの。』
「…………。」
『……幽香はねぇ、低級妖怪と馴れ合ったりしちゃいけないの。』

相手の話は信じられないような滅茶苦茶なもの。
なのにその言葉に強く精神を揺さぶられる気がする。

「そんなの…周りのイメージでしょ!?勝手な想像に私を巻き込まないで!」
『ダメよ、貴方は妖怪でしょ?なら周りから怖れられてる通りにならなくちゃ。』
「やめて……やめなさい……。」
『他の妖怪や人間を虐めるのが楽しいでしょ?それが幽香なの。貴方もそうしたい筈よ。』

話を聞いていると無理矢理信じ込まされそうになる。
徐々に破壊衝動も湧き上がってくる。
このままだと本当に狂って、破壊衝動の虜になってしまうかもしれない。
急いで部屋を出ようとするが何故か足が動かない。
恐る恐る見てみると鏡の中の自分が腕を伸ばし足を掴んでいた。

「ッ!!!!」

振りほどこうにも足は全く動かない。
鏡の中の自分はそんな様子を面白そうに見ている。

「離しなさい!離して!離せッ!!」
『幽香はねぇ、自分の為ならどんな酷い事も平気でやる妖か…』
「五月蝿い!黙れえぇぇ!!」

思わず鏡の中の自分に殴りかかる。
しかし鏡の中の相手を殴れる筈もなく、拳は鏡を叩き割った。
ガシャンという音が響き渡り、辺りに破片が飛び散る。
破片の幾つかは幽香の腕に刺さり、血が流れ出していた。

「…私は………私は!」

頭がおかしくなる。
不安定になり、自分が何者なのかさえ分からなくなりそうになる。
溢れ出す衝動に正気が奪われていく。
ふと目線を落とすと鏡の破片に無数の自分が映っていた。

『そんな事しても無駄よ。私は貴方なんだから逃げる事なんて出来ないわ。』
「……お願い……やめて…。」
『辛いでしょ?苦しいでしょ?それは貴方が幽香じゃない幽香になろうとするからよ。貴方は幽香を受け入れればいいの。』

そう言うと破片から無数の手が伸び、幽香を目指して少しづつ近寄ってくる。

「来ないで!来ないでよ!!」
『貴方は私になり、私は貴方になる。そうすれば幽香は幽香になって貴方が苦しむ事もなくなる。』
「来ないでって言ってるでしょ!?あっち行って!来るな!うっ!!」

見ると腕に刺さっていた鏡から伸びた手が傷口に入り込んでいる。
そのまま腕の中を進んで行く感じがして吐き気がこみあげてきてその場に膝をつく。
やがて手が頭の中に入ると、脳を掻き回されるような感覚が襲ってくる。
今までより酷く強いその感覚に頭の中が滅茶苦茶になる。

「う、うぐ、グ、ぐがが、ガアあああ、ああああああああああ!?」

最早理性など働かない。
刺さった破片を無理やり引き抜いていく。
その度に血が噴き出すが気にならない。
全部抜き終わると急いで家から出ようとする。

「!!」

だが扉は開かない。
どんなに押してもうんともすんとも言わない。
そうこうしている間にも手は幽香を追って距離をつめてくる。

「ああ…あ、ああああ……。」

追い詰められた幽香の精神はすでに限界に達していた。





月の綺麗な夜中の向日葵畑が突然明るくなる。
同時に向日葵の幾つかが土を巻き上げ消し飛んだ。

「………。」

粉々になった扉の残骸を踏み割り、幽香が姿を現す。
久しぶりに見た向日葵畑の光景は真っ赤に歪んでいた。
だがそれよりも誰かに見られている事が気になる。
向日葵畑に出た時からずっと何者かがこちらの様子を窺っているのだ。
それが何故か無性に気に食わず気配のする方に弾幕を放つ。
弾幕は森の中に入り木々を薙ぎ倒した。
やがて倒れた木々の間から人影が浮かび上がる。

「…幽香…。」

人影の正体はメディスンだった。
突然向かってきた弾幕を木の後ろに隠れてやり過ごしていたのだ。
暴れる友人を宥めようと歩み寄るメディスン。
だが今の幽香はそれが大切な友人である事に気がつかない。

「落ち着いて、幽香。何かあったなら話してみ…キャア!」

正気を失った幽香には友人の姿も衝動をぶつける対象にしか見えなかった。
メディスンの腕を掴み、向日葵畑に向かって放り投げる。
だがメディスンは地面に叩きつけられ体を打ちながらも、幽香の方をじっと見て呼びかけ続けた。

「…やめて……元に戻って…あうっ!」

倒れるメディスンの脇腹を思いっきり蹴りあげる。
少し転がり腹を抑えて蹲るが容赦なく更に追撃をかける。
涙を浮かべて許しを請いても攻撃を緩めたりはしない。
何度も蹴られ、その度に甲高い悲鳴が聞こえるが、それすらおかしくて仕方がなかった。

「……ふふ、ふふふ。」

自然と口元が吊りあがり笑い声が零れる。
当たり前だ。こんなに面白い事などそうはない。
気分が高揚して楽しくなってくる。
次はどうしてやろうか。何をしたらいい顔で泣き叫んでくれるだろうか。
そう考え、横になりぐったりしているメディスンの左腕を踏み体重を掛けていく。

「……あ…ああ………。」

ミシミシと音をたて、腕に皹が入る。
それに合わせて小さな悲鳴が聞こえてくる。
壊さないように少しづつ力を加えて傷めつけ、二つの音を暫くの間楽しんだ。
もうそろそろいいだろう。
そう思って足を浮かせるとメディスンの表情に小さな光が戻る。

「……幽香…。」

何かが通じたと思ったのか涙を浮かべながらも笑いかけてくる。
こちらもその笑顔に答えるように精一杯の笑顔を浮かべ、

「ッ!!!」

思いっきり足を踏み下ろした。
メディスンの腕は中間の所で砕け、胴体と手が離れた状態になっている。
穴の開いた腕の中から毒が漏れ出し、近くの向日葵を枯らしていく。
その光景にメディスンは目を見開きどうして、という表情のまま固まっていた。

「あはは、あはははは!あはははははは!」

あまりにも間抜けな顔に笑いが止まらない。
このまま残りの四肢も潰したらどうなってしまうのだろうか。
どんな反応を見せるか今から楽しみでならない。

「あははは…は………。」

だが当のメディスンは失神していた。

「………。」

これでは面白くない。
気付けをして無理矢理起こしてもいいが、いちいち気絶されるようではつまらない。
探せば手頃な妖怪など幾らでもいる。こいつはもう用済みだ。
頭を踏み潰そうと足を上げる。その時、

「やめてぇ!」

後ろから誰かに抱き締められ、バランスを崩す。
倒れないように上げた足を地面につき、後ろを振り返る。

「やめてよ幽香!メディスンだよ!?分からないの!?」

リグルだ。
確か大切な者の名前だったような、でもよく分からない。

「メディスン死んじゃうよ……お願い、元の優しかった幽香に戻って…うっ!」

なんだか騒がしい。耳障りだ。
やたら苛々してリグルの首をきつく締めた。

「……ッ!」

必死に抵抗しているようだが力で敵う筈がない。
息が出来ず、もがいている様を見ると気分がよくなる。

「…!!………ッ!」

そうこうしている間にリグルの顔は青ざめていく。
苦しそうに足をバタつかせていたが、それも徐々に大人しくなってきた。

「…………。」

意識がなくなり手がぶらんと垂れ下がる。
このまま締めあげればこいつは………





「何を………………何をしているのよ私はッ!!」

正気に戻りかけた幽香はリグルを掴んでいる自分の右腕に左手の爪を突き刺した。
右手を自由に動かす事は出来ずリグルを助ける為には他に方法が思いつかなかった。

「……ッ!…ああ……ッ!」

血が流れ出し辺りを紅く染め上げる。
同時に痛みが走り、右手の力が抜け手を離す。
リグルは幽香の手から解放され、地面に眠るように倒れた。
するとあの忌々しい声が頭に響いてくる。

『何するの!もう少しで不要な繋がりを断ち切る事が…』
「五月蝿い五月蝿い五月蝿いッ!黙れええぇぇぇぇ!!!」

姿の見えない相手に声を張り上げる。
もし本当にこんな事を楽しんでやっていたのが自分の中の別の意思だと言うのなら
溢れる破壊衝動を自分の頭にぶつけ、ぶち壊してやりたいぐらいだ。
だが今はどうする事も出来ない。
せめて少しでもリグルから遠ざかろうと、ふらふらと歩いていく。

「ごほごほっ!………ッ!幽香ッ!」

そんな幽香を呼ぶ声がする。
どうやらリグルが目を覚ましたようだ。
放っておいたらついてきてしまう。
正気でいるうちになんとかしなくてはいけない。

「どうしたの!?腕が……」
「出ていって。」
「え………今、なんて…」
「出ていってって言ったの!メディスンを連れて何処か行って!」

今はこうするしかない。
この場でリグルとメディスンを殺すような事だけはさけなければならない。
そう考えればこれが最善の筈だ。

「そんな……私…。」
「忘れたの?私は貴方を殺そうとしたのよ?アレが私の本性なの!……死にたくなかったら出ていって。」
「……でも…。」

だがリグルはなかなか言う通りにしてくれない。
それが友達を見捨てられない優しさからなのは分かっている。
しかし今はリグルとメディスンを早く遠くへ行かせなければならない。
最早とやかく言っている余裕などない。

「さっさと出ていきなさい!さもなくばこの場で八つ裂きにするわよ!」

お願いだから早く行って。
そう願いながら心にもない言葉を紡ぐ。

「…でも……私…」
「………迷惑なのよ…。」
「……え……?」
「貴方がいると迷惑なの!分かったら出ていって……早くッ!出ていけッ!!」
「!!!」

それがどれだけリグルを傷つける言葉か分かっていた。
だがもう時間がない。
嫌われたっていい。
一人きりになったっていい。
二度と会えなくなっても構わない。
それでもリグルにもメディスンにも死んでほしくない。
こんなに誰かを大切に思うなんて幽香にとって初めての事だ。
だからこそなんとしても生き延びてほしかった。

「…ごめん……幽香、ごめん……何も、力になれなくて………。」

そんな本心を知ってか知らずか、リグルはメディスンをおぶると大粒の涙を残し夜の闇に消えていった。
流れ落ちた涙が月の光をうけキラキラと輝きリグルの後を照らしているのを、完全に見えなくなるまで見続けていた。

「ごめんなさい、リグル。………貴方を…傷つけて…しまって……。」

もう届かない事は分かっている、それでも口に出して言葉にしていた。
空を見上げれば大きな月が浮かんでいる。
その月は今まで歪んで見えていたのが嘘のように綺麗に見えた。

「……綺麗な月ね……。」

その言葉を最後に幽香の意識は途絶えた。



































「……う、う~ん。」
「あら、目が覚めた?」

気がつくと真っ白な天井が視界に映り込んだ。
全く見覚えのない景色、なんでこんな所にいるのか。
考えても何も思い出せない。

「…ここは?」
「永遠亭の地下施設、簡単に言えば重症患者用の病棟ね。」

どこからか声がする。
声の主が気になり体を起こそうとするが腕も足も動かない。
よく見ると四肢がベルトでベッドに固定されていた。

「あぁ、貴方が暴れるからつけただけよ。後で外してあげる。」

その言葉で徐々に記憶が鮮明になる。
鏡の中の自分に操られた事。
多くの妖怪を襲い続けた事。
そしてリグルを傷つけてしまった事。
全てを思い出し動揺していると十字の入った帽子をかぶった人間が視界に入り込んできた。

「…私はどうなっていたの。」
「そうね、その前に自己紹介させてもらうわ。私は八意 永琳、幻想郷一の薬師よ。」
「……永琳…。」
「そう。私はメディスンを治療してもらいにきた妖怪…リグルといったわね。彼女に貴方の事を聞いたの。」
「リグル………二人は無事なの!?」
「慌てないで、二人とも命に別状はないわ。ただメディスンの腕は私にはどうする事も出来ない。
 人形の事は専門外だもの。人形遣いにでも頼まない限り、元通りにするのは難しいわね。」
「…そう…。」
「後は暴れる貴方を見つけ、永遠亭に運び込んだ。そんなところね。」

リグルもメディスンも無事、腕もアリスに頼めばどうにかなるだろう。
永琳が何かしてくれたのか、あの声も破壊衝動もすっかり消えてなくなっている。
次第にいつもの笑顔が戻ってきた。

「…まさか貴方が私を助けてくれるなんてねぇ。」

永琳と直接会った事は今までなかったが、メディスンの話から人間側の存在である事は知っている。
それだけに人間から凶暴な妖怪だと思われている自分が世話になる事などないと思っていた。
だがこうして助けられ、彼女は種族や評判で患者を選ぶ程、小さくないと知る。

「あら、随分誤解されてるみたいね。」

そう言って永琳がくすりと笑う。
全くだ。永琳は自分が想像していたより遥かに器の大きな人間だった。
特に異常は見当たらないし腕の傷も塞がっている。医者としても有能なのだろう。
このまま問題もなく退院出来たら、まずリグルとメディスンに謝ろう。
あんな事をしてしまったんだ、許してくれないかもしれない。
それでも会って直接謝りたい。そして、よかったらまた遊びに来てほしい。
無理な願いだとは思うが、また一緒にお茶を楽しめるなら何だってしたい。
そんな事を思い浮かべながら、幽香は数日ぶりに心から穏やかな表情になれた。













「誰も助けるなんて言ってないのに。」
「…え………。」

突如部屋に響いた言葉に耳を疑う。

「貴方が聞こえた声、見えた物、感じた痛み、全て貴方を苦しめていたものは幻なの。」
「幻……?」
「そうよ。この私が狂気の瞳を元に作った新薬のね。」

何を言われたのかさっぱり分からない。

「でも、まさか妖怪の闘争本能を引き出す効果まであるなんて……この薬は別の使い方が出来そうね。」

まるでモルモットに独り言でも聞かせるかのように永琳は淡々と話を続ける。

「…待ちなさいよ……それじゃあ今までのあの声は、手は、頭の痛みは…」
「全て私の薬による幻覚。これ、覚えてる?」

そう言ってベッドの下から取り出したのは一本の矢。
その矢の先には何か液体が塗られていた。

「あの時貴方に撃ち込んだのと同じ物よ。この量でこんなに効くなら、一気に注射したらすぐに発狂するんじゃないかしら。
 これは凄いわ……やろうと思えば幻想郷を大混乱に陥れる事も可能なのよ!…我ながらこの頭脳が恐ろしいわ…。」

薬の使い道についての話しになった途端、急に楽しそうに話しだす。
だが今の幽香にはそれより気になる事がある。

「なんで…。」
「…ん?」
「なんでそんなもの私に撃ったのよ!?」
「…………覚えてないの?」
「何が…」

言葉を言い切る前に胸座を掴まれ顔を近づけさせられる。
無理矢理引っ張られ、ベルトが喰い込み四肢が痛む。
だがその痛みも忘れるほど、目の前に飛び込んできた無表情な永琳の顔が怖ろしく感じられた。

「そんなの、貴方が私の鈴仙を傷つけたからに決まってるでしょ?」

それだけ言うと手を離し、幽香をベッドに叩きつける。

「可哀想だと思わない?貴方の一方的な暴力のせいで怯えきっちゃって、今では部屋に籠りっきりに……」

永琳の口から鈴仙の現状を嘆く言葉が永遠と続く。
それらが全てこの行動に至る理由だと思うとぞっとする。
ここから逃げなくては自分の身が危ない。
必死に腕を動かそうとするもベルトはきつく締められていて全く身動きが取れない。

「……外してほしいの?」

永琳の視線がベルトに向けられる。

「別にいいわよ、外すって約束だもの。でもそれで貴方はどうするの?」
「……どういう意味?」
「もしかして薬が切れたら何もかも元通りになると思ってるの?」
「…………ッ!」
「気付いたみたいね。確かに薬の効果はもう切れてるわ。でも溢れ出した闘争本能が消える事はない。
 計算外とは言え、薬の力で引き出されたものよ。元々貴方が持っていたものだから消える筈がないでしょ。
 今は別の薬で抑え込んでるけど、薬が切れたら……どうなってしまうかしら?」

おかしそうにこちらを見て笑う姿は、自分より遥かに凶悪で残忍な妖怪のように見えた。

「…私は、どうすればいいの……。」
「ここで薬の実験台になって死ぬか、外に出て博麗の巫女にでも退治されるか、だけど………………ちょっと待ちなさい。」

突然何かを考えだし、机に向かい山積みになった紙を一枚一枚めくる永琳。
暫くして一枚の紙を取り出すと、口元を不気味に吊り上げて嬉しそうに振り返る。

「やっぱり実験台はやめたわ。貴方、永遠亭の『物』になりなさい。」
「!!………何を言って…」
「私達の玩具になるの。ここには貴方に恨みがある子もいるから、たっぷり可愛がってくれるわよ?」
「そんな話……乗るとでも思ってるの…?」
「いいえ、でも……患者でも永遠亭のものでもない妖怪をここに置いてあげる理由はないわ。
 自由になったら貴方、大切なお友達を殺しちゃうかもしれないのよ?」

ここで支配を拒めば薬が切れて正気を失う。
もう二度とあんな目には遭いたくない。
何より、もしそんな状態でリグルやメディスンに会ったらその時こそ本当に…

「…永琳……貴方ッ!!」
「何?その目は。私を殺して薬を奪うつもりなら無駄よ、私は殺しても死なない蓬莱人なんだから。」

最初から選択肢などない。
従わなければ正気も友人も何もかも失う。
薬以外で正気を保つ方法など、見つける前に薬が切れる。
もし他に方法があるとすればそれは、

「………殺して。殺しなさい!貴方達に従うくらいなら死んだ方がマシよ!」

死しかない。

「なんで私が貴方を殺してあげなきゃいけないの?」

しかしそれも認められない。
机の上の紙を数枚纏めると、それを持って扉に向かう永琳に必死に訴えかける。

「待って!殺して!お願い殺して!!」
「慌てなくても時期に薬が切れて何も分からなくなるわ。返事は後で聞かせてもらうからそれまで闘争本能と遊んでなさい。」
「殺して!殺してよ!殺せ!殺セエェェェ!!!」
「無様ね……。今の姿を鈴仙が見たら少しは気が楽になるかしら。」

そう言うと永琳は扉を開け出ていった。
扉を閉め鍵をかけると立ち入り禁止の札をかけ、その場を後にする。
部屋の中ではすでに誰もいなくなった廊下からでもはっきり聞こえる程の叫び声が響き続いていた。













「姫様、お話があります。」
「どうしたの、永琳。一月前に訪ねてきた人形みたいな子の事?」
「いえ、姫様に頼まれていたあの事なんですが…。」
「あの事………もしかして見つかったの!?」
「はい。」
「さすがよ、永琳!やっぱり私のパートナーは貴方しかいないわ!」
「姫様……!」
「それでどうなの?強そう?」
「え、あ、ええ。恐らく姫様も満足していただけるかと。」
「そうなのね!ふっふっふ、見てなさい!さとり!今に凄いペットを連れて見返してやるんだから!」
「時期に調教も終わります。そうすれば姫様のお好きな所へ連れていけるようになりますよ。」
「そう、楽しみに待ってるわ!…でもどんな風に可愛がったらいいのかしら、さとりもそうだったし因幡と同じように…。」
「姫様に飼っていただけるのです。きっとどんなペットも幸せですよ…ふふふ。」








  • やっぱり、いくら強いからって口より先に手を出しちゃったらダメって事だな -- 名無しさん (2009-09-26 15:14:57)
  • まあ実際はもう少し思慮があると思うんだけど、これはこれで良いね -- 名無しさん (2009-10-30 22:59:25)
  • 先に侵入した永遠亭が悪いと思う。
    きもんげも殴られる位は覚悟してたんでない?
    えーりんもとい、ババァの八つ当たりですね。 -- 名無しさん (2009-11-07 12:16:29)
  • 自分で躾もしないなんて、やっぱ姫様はニーとだな -- 名無しさん (2009-11-07 17:32:18)
  • さとりとペット比べかいwwww -- J (2010-02-01 20:17:35)
  • この場合
    ・人の土地だと知っていて不法侵入してはいけません
    ・口より先に手を出してはいけません
    ・自分が悪いのにやつあたりはいけません
    のどれになるんだろうな

    全部か -- 名無しさん (2010-02-02 00:26:03)
  • みすちーが生きていてなにより
    -- 名無しさん (2011-10-15 02:06:20)
  • ↑↑
    一番目、うどんげが向日葵畑に危害を加えるつもりはなかったから非は薄いと思われ
    二番目、これのせいで狂ったわけだから自業自得か
    三番目、うどんげに対するえーりんの主従愛が暴走したと仮定すれば、あるいは…
    結論:2が一番重いのでゆうかりんの自業自得 だと思う -- 名無しさん (2011-12-03 22:21:24)
  • 幽香様救出隊メンバーを募集します、救出後はまあ夢幻姉妹とかに頼めばなんとか成るかと。 -- エリー (2012-10-23 20:32:10)
  • いや、これ普通に幽香が悪くないか?
    華妖怪が花に重きを置くのは当然だが、人間も花よりそら人間に重きを置くだろう。 -- 名無しさん (2013-08-08 21:09:12)
  • この作者発想がえぐいなw
    あの妖怪兎が悪いんじゃないのか?(うどんげじゃない) -- 名無しさん (2019-01-04 15:21:16)
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最終更新:2019年01月04日 15:21