※このSSには独自の設定やキャラの崩壊、グロテスクな表現が含まれています。そういった展開が苦手な方はご注意ください。
21スレ923『御柱の墓場』の間接的な続きです。


































幻想郷の遥か上空に存在するとされる天人が住む世界、天界。
本来修行を積んだ徳の高い者だけが住む事が許されるこの天界に一人の我儘な天人が暮らしていた。

「…えへへ……もう食べられないよぉ…」

その者の名は比那名居 天子、比那名居一族の娘である。
他の天人と違い修行を積んで天界に来たのではない比那名居一族の彼女は、徳とは無縁の我儘で身勝手な性格をしていた。

「総領娘様、起きてください」

そんな天子に手を焼いているのは龍宮の使い、永江 衣玖。
世話係でも直属の部下でもない彼女が何故天子につきっきりなのか、本当の理由は分からない。
だが天子の我儘に振り回されていた天人達にとって、衣玖はまさに渡りに舟だった。
それもあってか衣玖が天子の世話をするのは、今や天界では見慣れた光景になっている。

「もう…何よ、朝早くに」
「総領娘様にお客様です」
「へ?」

こんな時間に自分を訪ねる客など珍しい。
そう思い、天子は目を擦りながらベッドから体を起こした。
実際はそれほど早い時間ではなかったのだが、天子にとってはまだ早朝だったのだろう。
大きな欠伸をすると、ぼんやりとした視界の中で衣玖の姿を探し始めた。

「…衣玖?」

衣玖は天子に背を向け立っていた。
いつもならすぐに服を着替えさせようとするのに、何故か今日は背を向けたまま動こうとしない。
来客がいるなら尚更急ぐべきではないのか。
天子が衣玖の行動に違和感を感じていると衣玖が一言、

「よろしいですよ、紫様」
「!!」

そう言った瞬間、突然目の前に隙間が開いた。

「なっ…!」

天子が慌てていると隙間から伸びた手が天子の頭を掴み、そのまま隙間に引きずり込もうとしてきた。

「た、助けて衣玖!」

身の危険を感じた天子は傍にいる衣玖に助けを求めた。
しかし衣玖はその場から動こうとしない。
このままではまずいと、なんとか自力で手を振り払おうと必死になる天子。
だが健闘も虚しく頭が隙間に入ってしまう。
途端に頭が真っ白になり、意識が遠退いていく。

「…衣………玖……」

そのまま天子の意識は途絶えてしまった。













「……うぅ…」

どれぐらい時間が経ったのだろうか。
暫くしてようやく天子は目を覚ました。

「なんなのよ………ん? ええ?」

しかし目に飛び込んできた風景は天界の自室でも幻想郷の見知った場所でもなく、まったく知らない廃れた洋館だった。
床板は所々穴が開いており、壁紙も剥がれかけている。
照明も薄暗く、どことなく不気味な空気が漂っているように感じた。

「……紅魔館…じゃないわよね」

服もいつの間にかパジャマからいつもの服装に変わっている。
何故こんな所にいるのか、天子は一旦頭を整理してみた。
だが落ち着いてみれば考えるまでもない簡単な話だ。

「あのスキマの仕業ね」

八雲 紫、境界を操るスキマ妖怪。
意識を失う前に見た隙間は彼女に違いない。
紫なら服を変えるのも怪しげな空間を作り出すのも、造作もない事だ。
なによりもの証拠は、

「…衣玖…」

衣玖の放ったあの言葉。

「…どうして」

何故衣玖はあの時、助けてくれなかったのだろう。
それにわざわざ紫を招き入れたのもどうして。
まさか今回の事に衣玖も関わっているというのだろうか。

「そんな…」

出来ればそんな事は考えたくない。
だがあの状況は他に説明がつかない。
もし本当にそうならこんな所に連れて来た目的は何なのだろうか。

「…考えても仕方ないわね」

紫の狙い、衣玖の真意、どちらも今考えても答えは出ない。
今するべき事はこの洋館から出て衣玖と紫を問いただす事だ。

「そうよ、衣玖が理由もなくこんな事する筈ないじゃない。きっと何かあるのよ! すぐに突きとめてやるわ!」

そう思い立ったが吉日。
天子は勢いよく立ち上がると、出口を求め暗い廊下を走っていった。





長い廊下には様々な扉が並んでいるが、どれも人の気配はせず鍵がかかっているのか開きもしない。
やがて突きあたりに辿り着いた天子は、正面の古びた扉にも手をかけた。
するとこれまでとは違い、ぎぃぃという音をたてて扉は開く。
正解だと感じ先に行ってみると、そこにはホテルのロビーのような大広間が広がっていた。
大広間にはボロボロのソファーや椅子があり、向こうには門のように大きな扉がある。

「あれって出口じゃない!?」

近寄って見ると他の扉とは違う雰囲気を感じる。
特別な確証はないが、あからさまに怪しいこの扉こそ出口なのだろう。
天子は短かった冒険を少し退屈に思いつつ、ドアノブを掴み思いっきり扉を押した。しかし、

「………ん?」

扉はうんともすんとも言わない。
ならばと引いてみるもやはり動かない。
どんなに押そうが引こうが今までの扉のようにまったく開きそうになかった。
だがこの扉には何かある筈なのだ。
なんとか開けようとするも時間が経っても苛立ちが溜まっていくだけで何の成果も表れない。
やがて天子の苛立ちはその小さな器から怒りとなって零れ落ちた。

「…そう、扉の分際で天人に楯突こうってのね。ふふふ…いい度胸じゃない」

扉に向かってぶつぶつと言いながら天を司る自慢の武器、緋想の剣を取り出す天子。
緋想の剣さえ使えば、たかが扉など一瞬で消しずみになるのだ。

「その高慢な態度、あの世で後悔させてや……ってあら?」

だが取り出した手には肝心の緋想の剣は握られていない。
もしやと思い探してみるも、何所にも緋想の剣は見当たらなかった。

「やってくれたわね、紫」

これは紫の仕業と見て間違いないだろう。
きっと緋想の剣を恐れて隠したのだ、さすが地面を這い蹲っている土臭い妖怪はやる事が汚い。
しかし天子の武器は緋想の剣だけではない。今度は大地を司る必殺の武器、要石を取り出す。
だがこれも出てこない。

「…分かってたわよ、どうせそんな事じゃないかってねぇ!」

そうぶっきら棒に言うと、次こそはと手を広げ弾幕を放とうとする天子。

「………あのスキマババアアアア!!」

しかしこれも出てこない。
今の天子の力は緋想の剣も要石もなければ弾幕すら放てない、人里の娘と変わらない状態にまでおとされていた。
これも全て紫の能力が原因なのは火を見るより明らかだ。
癇癪を起し扉を蹴り続ける天子。
すると突然背後から声を掛けられた。

「ん? おぉ~、何時ぞやの天人じゃん。何してんの?」
「!!」

自分以外に誰かいるとは思っていなかった天子は慌てて振り返る。
だが大広間には誰もおらず、柱やソファーに隠れている様子もない。

「あぁ、違う違う。上だよ、上」

声に誘導され見上げてみると天井は吹き抜けになっていた。
大広間と同じ空間を共有する2階には、手すりに肘をつく伊吹 萃香の姿が見える。
萃香は一度手を振ると、手すりに乗り上げ天子目掛けて飛び降りてきた。
このままだと直撃する。
それに気付いた天子は、その場から逃げるように離れた。
天子が離れてすぐに萃香は着地し、元々天子が居た場所の床板に穴を開ける。
もしかわせなければ、今の一撃を受けていたかもしれない。

「にゃはは~、なんでかわすのさ~」
「あ、危ないでしょ!?」

ただでさえ溢れ出していた天子の怒りは、いきなり突っ込まれかけた事で頂点に達していた。
これは文句の一つでも言わなきゃ治まらないと萃香に詰め寄る。

「鬼っていうのはあんたみたいな乱暴者しかいないの!? まったく程度が知れ…?」

話の途中だというのに突然肩を掴む萃香に訝しげな顔をする天子。
次の瞬間、萃香のもう片方の拳が天子の腹に勢いよくめり込んだ。

「うごぁああぁ!?」

本来ならなんて事はない攻撃だが今の天子は体の丈夫さも普通の人間と変わらない。
鬼の拳に人間が耐えられる筈もなく、辺りに嘔吐物を撒き散らしぐったりと倒れてしまった。

「あれ? 天人ってこんなに柔らかかったっけ?」

そう言うと萃香は天子の髪を掴み無理矢理体を起こし、天子の腹を殴り続けた。
休みなく襲ってくる痛みに、天子は抵抗する事も逃げ出す事も出来ない。

「ん? おっかしいな~、こんなんだったかな~?」
「…うぐ……あ……が……」

数十発ほど叩き込まれた頃には意識は朦朧とし、口の中に広がっていた酸っぱい臭いは鉄の錆びたような臭いに変わっていく。
ここで倒れたらどうなるか分からない。天子は必死に目を開いた。
しかしその瞳に映った物は、どこから持って来たのか萃香の6倍はあろうかという巨大な岩だった。
今の人並みの耐久力しかない状態でぶつけられればまず助からない。
天子の中に自然と恐怖が込み上げてくる。

「よっしゃ、せ~の」
「…やめ……助…け…」





大きな音が大広間に響き渡ると洋館に静寂が戻って来る。
後に残されていたのは大きな岩と、岩の下敷きになった哀れな天人の亡骸だけだった。













「あちゃ~、随分酷くやられたもんだねぇ。ああ、心配しなくていいよ。別に魂を持ってこうってつもりじゃないからさ。
 なんせこの空間には死の概念がないからねぇ、死んでも暫くたったら勝手に再生するからあたいの仕事は出る幕なしって訳さ。
 そもそもあたいの仕事は船頭で狩る方じゃないんだけどね、あはは。さて、お前さん此処から出たいんだろう?
 だったらこれから言う事はよ~く覚えときな、いいかい。お前さんが怪しいと思ってたあの扉、いやぁ勘がいいねぇ。
 その通り、あれが出口さ。そうは言っても簡単には出られないよ? 出るには鍵を探さなきゃならない。
 その鍵なんだけどねぇ、こればっかりはあたいの口からは言えないんだ。恨まないでおくれよ? そういうルールなんだ。
 あたいが教えられるのは鍵はこの洋館に住む誰かが持っているって事だけ、さっきの萃香みたいのが他にもいるって訳さ。
 勿論襲ってくるのもいるだろうけど、そこら辺は自分でどうにかして捕まらないように気をつけるんだよ。
 それじゃああたいはそろそろ行くよ。……おっといけない、危うく忘れるとこだったよ。
 中には別の部屋の鍵を持ってる奴もいるけど、その鍵はあの扉には使っちゃいけないよ。
 出口を開けるのは紫色の鍵さ、お前さん自身の為にも頑張るんだよ」





「今のは……夢?」

天子が気がつくとそこは洋館の一室だった。
薄暗い灯りとボロボロの壁紙は相変わらずだが、どこか落ち着ける不思議な部屋。
見れば先程の怪我の形跡はなく、萃香に殺された事も夢のように思えてくる。

「さすがにそこまで都合よくは考えられないわね」

あれを夢で片づけるには感覚も何もかも現実的過ぎている。
それに夢の中で語りかけてきた死神。
あの死神の言葉を信用するなら、この空間では死んでもすぐに蘇る。
紫の能力を考えればその方が納得がいく。
怪我の記憶ははっきりしてるのに形跡がないのも、そのせいだろう。
問題は脱出する為には弾幕が使えない今の状態で、妖怪を相手に鍵を奪わなくてはならないという事だ。

「随分と手の込んだゲームね」

紫のやりそうな事だ。
気付けば洋館の中は人や妖怪の気配で溢れている。
だがゲームだと分かってしまえばなんて事はない。
死んでも蘇るという事は即ち、こちらがゲームに負ける要因はないのだ。

「見てなさい紫! こんな遊びちょちょいと終わらせてあんたをぶっ倒してやるんだから! そんで…」

衣玖がこのくだらない遊びに絡んでいるのだとするなら、その理由を問いたださなければならない。
いつもの仕置きのように衣玖に怒られる事をした覚えはない。
何よりここまで過激な仕置きは今までなかった。
それが衣玖の考えを覆い隠し、読めなくしている。

「…ただの杞憂だといいんだけど」

言いようのない不安は感じるものの、立ち止まっていても何も解決しない。
天子は部屋の扉を開き、妖怪達のいる不気味な廊下へ身を乗り出した。













「あら、こんにちは」
「…へ?」

一瞬何が起きたのか分からなかった。
ただ気付いた時には、すでに手足を固定され身動き出来ない状態になっていたのだ。

「え? 嘘、何がどうなってるの?」

部屋を出たところにいたのは紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜その人。
廊下で咲夜に話しかけられた次の瞬間にはこうなっていた。
見渡してみれば部屋の中は赤で統一され、紅魔館を彷彿させる造りになっている。
恐らくここは咲夜の部屋なのだろう。

「時間操作で連れてこられたって事?」
「咲夜ー、準備できたー?」

天子が考え込んでいると、部屋の奥からパチュリー・ノーレッジとレミリア・スカーレットがやってきた。
二人は椅子に腰掛けると天子を見世物でも見るかのような視線で眺めだす。
するとレミリアのすぐ傍に突然咲夜が姿を現した。

「すぐにでも始められます」
「そう、それじゃあお願い」
「かしこまりました」

それだけ言うと咲夜は天子の方に振り返る。
同時に視界がぶれ、ぐるぐると回り始めた。
どうやら天子が固定されている台は、回る仕組みになっていたようだ。
しかしそれは天子にとって微笑ましいものではない。

「もしかして…」

天子の脳裏に嫌な予感がよぎる。
その予感は右腕に突然走った激痛により、確信へと変わった。

「…うっ……あああ…」

痛みの発生源に目を向ければ、右腕に深々と突き刺さった鋭いナイフが視界にはいりこむ。
レミリア達の発した視線は見世物を見るかのようではなかった。
実際に自分は見世物にされているのだ。
台に固定され回る天子は、レミリア達にはダーツの的以外の何でもない。

「嫌、やめ…ぐっ……ああっ!」

天子の言葉など聞く耳を持たないと言わんばかりに、次々と投げられるナイフ。
その全てが一発たりとも外れる事なく、天子の体に命中していく。
足に、腹に、次々と刺さるナイフは骨を避け間接や内臓を綺麗に射抜いていた。
その度に味わった事のない耐えがたい激痛が天子を襲い、精神をすり減らしていく。
何時までこの地獄に耐え抜けば解放されるのか。
最早天子の精神も限界に達した時、この悪趣味なショーは観客の一言で終わりを迎える事になった。

「もう限界ね」
「…うぅ……」
「咲夜、自由にしてあげて」
「かしこまりました」

徐々に回転は遅くなり視界も安定してくる。
助かるのか、そう思いレミリア達の方を見た天子の目に飛び込んできたのは真っ直ぐこちらに向かってくるナイフで…













「嫌ああああああああああああ!! ………はぁ」

気付けば萃香に殺された後、いつの間にかやって来ていたあの部屋にいた。
どうやらこの空間で死ぬと、この部屋に来るようになっているらしい。
さながら洋館内における天子の部屋だ。

「死なない…とは言っても先に頭がおかしくなりそうね…」

傷も痛みも体には残っていない。
だが死ぬ瞬間の感覚、恐怖は心に強く刻み込まれている。
今まで何不自由なく暮らしてきた天子にとって、死ぬ感覚というのはそれほど想像を絶するものだった。
幻想郷の迷いの竹林では死ぬ事のない人間が殺し合いを続けているという噂を聞いた時は
刺激的で面白そうだと思ったが、もうそんな考えは浮かんでこないだろう。

「あんな目、二度とごめんだわ」

出来る事ならこのままじっとしていたい。
しかしこれが紫の仕組んだゲームであるなら攻略しない訳にはいかない。
例えゲームでも誇り高き天人が地上の妖怪に屈するなど、あってはならないのだ。
すでに心の折れ掛けている天子だったが、意を決して部屋の扉を開くのだった。





少しだけ。

「ち、違うのよ! 別に怖いとかそんなんじゃなくて……そうよ! これは作戦なの!
 真正面からぶつかるだけが勝負じゃないのよ! 私みたいな天才児はあんた達妖怪とはそこんところ違うんだから!」

天子は虚空にそう言い放つと、廊下の様子を確認してから慎重に部屋を出た。





暫く歩いていくと天子の目の前に階段が現れた。
階段は2階に続いているようだが暗いため足場は悪い。
避けて通る場合、角を曲り再び長い廊下を進む事になる。
天子がどちらに進むか迷っていると、廊下の向こうで扉が開く音がした。

「だ、誰? ……あれは!」

少ない照明に照らされ真っ赤な扉の中から出てきたのは、ついさっきまで自分を見世物にしていた咲夜だった。
咲夜は扉を閉めると真っ直ぐこちらに向かってくる。

「ちょっと…冗談でしょ?」

このまま此処にいれば再び鉢合わせする事になる。
天子は慌てて階段を駆け上った。
踏む度に軋む音がして今にも穴が開きそうだが、今はそんな事に構っている場合じゃない。
息を切らしながら2階に辿り着いた天子が恐る恐る下の様子を見ると、咲夜は階段を素通りして廊下を歩いていった。

「はぁ……はぁ……脅かすんじゃ……ないわよ……」

天子は危険が去った事を知ると、その場にぐったりと座り込み少しの間休憩をとった。
幸いこの場所は廊下の曲がり角になっており、誰かが来ても残り2つの逃げ道を使って逃げられる。
今は体力が回復するまで此処にいた方が得策だろう。
天子は肩で呼吸しながらそう考えていた。
ふと見ると手が汗でびっしょり濡れていて、僅かに震えている。
咲夜にされた事は本人が思っていた以上に天子の精神を削り取っていたらしい。
ゲームだとせせら笑っていた頃の余裕はすでに残ってはいなかった。

「…衣玖」

初めて味わう恐怖と危機感の中、天子の頭に浮かんだのは衣玖だった。
最初はただのお節介な奴としか思わなかったが、今では天子にとって掛け替えのない存在になっている。
だが衣玖が助けに来る事はない、そもそもこれには衣玖が関わっているかもしれないのだ。

「そうよ、衣玖に訊かなきゃ」

この洋館から出て、衣玖の真意を確かめる。
改めて決意を固めた天子は自分の呼吸が安定してきたのを確認すると、薄暗い廊下を歩き始めた。
やがて1階と同じ造りの突きあたりに着くと、これまた1階と同じようにある扉を開く。

「ここって…」

そこにあったのは1階の大広間から見えた吹き抜け部分の2階だった。
眼下に望む大広間には、ある筈の萃香が開けた床板の穴がなくなっている。
どうやら此処で再生するのは天子だけではないらしい。
視線を変え壁の方を見てみると、そこにはバーと書かれた扉があった。
中からは萃香の声が聞こえてくる。

「あいつはここから出てきたのね…」

様子を見る為、扉を少し開け中を覗く天子。
そこにはカウンターに倒れ込み眠る萃香の姿があった。

「…これって、もしかしなくてもチャンスよね?」

恐らく今の萃香はこのゲームを攻略するのに大切な隙の出てる状態なのだろう。
この状態の時に鍵を探し奪うのが、攻略法という訳だ。
天子は他に誰もいないのを確認すると、にやりと笑ってバーの中に入っていった。

「割と手が込んでるわね、…この光ってるのは何?」

バーの中は廊下以上に薄暗く、ジュークボックスの灯りが部屋を照らしていた。
カウンターの奥にはグラスが大量に並んでおり、萃香の瓢箪が浮いているように思える。

「さ~て、鍵は鍵はっと」

バーの内装が凝っているのは分かるが、そんなものに構っている余裕はない。
今は萃香が眠っているうちに鍵を見つけ出す事が先決だ。
天子は早速鍵を探してみる、がどこにもそれらしき物は見つからない。
出てくるのはどこから萃めてきたのか分からないようなガラクタばかりだ。

「何よ、ハズレって事!?」

先程やられたのも含めて徐々に苛立ってきた天子。
これは萃香に一発決めないと治まりそうにない。
ふと見ればお誂え向きのワインボトルが置いてあるではないか。
そもそも先に仕掛けてきたのは萃香だ、天子に躊躇いはない。

「ふっふっふ…あんたの時代は終わりよ! ちび鬼!」

天子は手に持ったワインボトルを萃香の頭目掛けて振り下ろした。
直撃したワインボトルは砕け、辺りにガラスの破片とワインをばら撒き床に散らばる。

「私に逆らうからこういう目に遭うのよ!」

そう言うと天子は気が晴れたのかバーを出て行こうとする。
しかし起き上がった萃香の一言が天子の動きを止めた。

「ん? おぉ~、何時ぞやの天人じゃん。何してんの?」
「…え?」

大広間の時と全く同じ言葉、表情で萃香は話しかけてきた。
まるで天子に殴られた事など最初からなかったかのように。
唖然としている天子に萃香は少しづつ詰め寄って来る。

「やめて…来ないでよ!」

このままじっとしていたらまた殺される。
身の危険を感じた天子は、急いでバーを出て扉を閉めた。
だがバーを離れてすぐに扉は粉々に砕かれ、天子の姿を見つけた萃香は天子の後を追いかけてきた。

「な、なんでついてくるのよー!」
「にゃはは~、なんでかわすのさ~」
「会話になってないじゃない!!」

必死に逃げる天子と、終始笑顔で追いかける萃香。
対照的な二人だが、廊下を走る距離は少しづつだが開いていった。

「…こいつ、そんなに速くない?」

天子の心に若干ながら余裕が生まれた。
それは距離が開く程に大きくなり、表情にも表れてくる。
やがて廊下は曲がり角に近づき、上がって来る時に使った階段が見えてきた。
ここで一気に突き放す。
そう決めた天子は階段を勢いよく駆け降りた。
しかしそれが大きな判断ミスとなる。

「後は…うっ!」

天子が進もうとした廊下の先には、先程部屋を出た咲夜が照明の掃除をしていた。
ならばともう一方の廊下を見ると誰かがこちらに近づいて来ている。

「嘘……これって…」

後ろに引き返せば萃香。
真っ直ぐ進めば咲夜。
横にそれても誰かがいる。
天子はまさに八方塞がりの状態になってしまっていた。

「どうしよう…このままじゃ…」

慌てふためき辺りを見渡していると、ふと階段の裏に何かがあるのに気がついた。

「これは…」





「?」

萃香は天子を追いかけ1階にやって来ていた。
しかし肝心の天子の姿が見当たらない。

「あれ?」

辺りを見渡しても見つからない。
萃香がきょろきょろとしていると、正面の廊下から咲夜が歩いてきた。
咲夜は萃香に一礼すると、自分の部屋に戻っていく。
恐らくこっちにはいないだろう。

「あれ?」

別の廊下からはパチュリーがやってきた。
パチュリーは流し眼で萃香を見ると、気だるそうに会釈をする。
パチュリーがいたと言う事はこちらにも来ていない筈だ。

「…あれ?」

確かに天子を追って来た筈なのにどこにもいない。
他の住人が見逃す筈もないが、下りていくのは確かに見た。
だがこうして天子の足取りは途絶えてしまっている。

「おっかしいな~?」

萃香は首を傾げると階段を上がり、バーに戻っていった。





「……うまくまいたかしら」

一方、天子は図書室の棚の後ろに隠れていた。
あの時、階段の後ろに扉を見つけた天子は急いで中に入り息を潜めていたのだ。
中は図書室になっており棚も多いため、隠れるにはうってつけの場所だった。

「もうそろそろ出てもいい筈よね?」

そう思い扉に向かおうと棚の後ろから出てくると、

「!!」

突然扉が開き中に誰かが入ってきた。慌てて隠れる天子。
まずは落ち着こうと深呼吸をしてから、天子はそっと侵入者の姿を確認する。
視界に映った侵入者の正体はパチュリーだった。
パチュリーはこちらに気付く様子もなく、本を読み始める。

「………」

本来ならさっさと出ていきたいところなのだが、出口はパチュリーの向こう側。
いくら体力が少ないとは言っても相手は七曜の魔女、不用意に飛び出せば手痛い仕打ちを受けるのは分かりきっている。
下手に動く事も出来ずに、ただパチュリーが本を読み終えるのを待つしか今の天子には出来なかった。













あれから1時間は経とうとしている。
パチュリーはまだ本を読み続けていた。

「……長い…」

徐々に天子の苛立ちも頂点に近づきつつあった。
いっそ一か八か突っ込んだ方がいいんじゃないかとすら思えてくる。
天子の我慢が限界に達しかけているその時、突然何かが倒れる音がした。

「え? 何? 見つかった!?」

慌ててパチュリーの様子を確認した天子が見たものは、本を片手に倒れているパチュリーの姿だった。

「……は?」

パチュリーはうつ伏せに倒れており、ぴくりとも動かない。
よく見ると本の積んであるテーブルには、血飛沫がついている。

「血を吐くまで読んでた訳? ………バッカみたい」

だがこれは好都合、今なら自由に鍵を探す事が出来る。

「恨むなら倒れるまで読んでた自分自身を恨みなさい」

そう言うと早速物色を始める天子。
しかし出てくるのはおかしな本ばかり。

「何これ『私と上海人形』? こっちは『世界の毒キノコ図鑑』ですって?」

暫く探してみたものの結局鍵は見つからなかった。
パチュリーの持っていた物は、全て本だったのだ。
だが何もとらずに帰るのも癪だったので、天子は本を何冊か拝借する事にした。

「段々このゲームのルールが読めて来たわ」

脱出のコツは隙をついて鍵を奪う事なのだ。
萃香やパチュリーのように倒れている時を狙っていけば脱出はそう遠くないだろう。
一度は折れ掛けていた天子の心だったが、希望を見つけた事で再び持ち直していた。





次の標的を見つけるべく、天子は見つからないよう慎重に妖怪を探していた。
暫く廊下を徘徊していると向こうから何かが近づいてくる。

「…来たわね」

天子の作戦は一旦自分の部屋に隠れやり過ごす事で、妖怪の後ろに回りこむ方法だった。
回り込めれば後は隙が生まれるまで見つからないようについていけばいい。
これでこのゲームは攻略出来る筈だ。
そう考え天子は自分の部屋に入り込もうとする。
だがこちらに近づいてくる妖怪の動きは今までの住人より遥かに速かった。

「え? ちょっと待って! そんな」

急いでドアノブに手をかける天子。
しかしドアが開くより先に、その妖怪の手が伸び…





パシャ





「………はい?」

閃光が炸裂したと思ったらそこには山の天狗、射命丸 文が立っていた。

「な、何をし」
「こんばんは! 毎度お馴染み、清く正しい射命丸です!」
「あんたも私を殺」
「突然ですが天子さんに質問です!」
「ちょっと人のはな」
「先程私が近づいた際、酷く動揺していたようですがその時の心境をお伝えください!」
「………」

理由は分からないが文に攻撃意思はないようだ。
しかし何時それが変わるかはわからない為、用心するに越した事はない。
だが天子にとっては別の問題の方が大きかった。

「鬱陶しい…」

この文という天狗、恐ろしく天子の神経を苛立たせるのだ。
地震の時は出会わなかったが、まさかこれ程とは思わなかった。

「ありがとうございます! それでは続いて、このような場所に閉じ込められた今のお気持ちは!?」
「五月蝿い…」
「ありがとうございます! それでは続いて、現在こうして取材を受けている訳ですが今の心境は!?」
「消えてほしい…」
「ありがとうございます! それでは続いて、多くの妖怪から無様に逃げ回らなければならない今のお気持ちは!?」
「………」

さすがに一発、殴りたくなってきた。
しかしもし手を出したらそれを皮切りに襲いかかって来るのかもしれない。
それにこれも紫の思惑ならあっさり乗っかってしまうのは癪だ。
天子が手をあげるのを躊躇っていると、知ってか知らずか更に文は増長し始めた。

「ねぇ、何か言ってくださいよ。記事にならないじゃないですか。ほら、今どんな気持ちですか~?」

そう言って文はカメラを天子の頬に押し付けてきた。
これには天子もぶっ飛ばしてやりたいと思ったが、それでは紫の思うつぼだと考え必死に拳を握りしめ耐える。
しかし勢いに乗った文は止まらない。

「ねぇ、何か言ってくださいよ。記事にならないじゃないですか。ほら、今どんな気持ちですか~?」
「………」
「ねぇ、何か言ってくださいよ。記事にならないじゃないですか。ほら、今どんな気持ちですか~?」
「……………」
「ねぇ、何か言ってくださいよ。記事にならないじゃないですか。ほら、今どんな気持ちですか~?」
「…………………」
「ねぇ、何か言ってくださいよ。記事にならないじゃないですか。ほら、今どんな気持ちですか~?」
「…があああああああああああああああああ!!」

やっぱり無理だった。
最早天子の堪忍袋は完全に切れている。
天子は文の胸倉を掴むと、怒りのままに全力で床に叩きつけた。
今までの非力さが嘘のように力のこもった一撃は、床板を砕き文を逆さまに立たせる。

「うぼあっ!」

文はそう叫ぶと頭を床に突っ込んだまま絶命した。

「……はぁ…何がしたかったのよ」

結局文は襲ってこなかった。
紫の狙いが何だったのかよく分からないが、隙を突く手間は省けたので鍵を探す事にする。

「…これは」

天子は紫のブロマイドを手に入れた。

「ふざけるなああああああ!!」

天子は紫のブロマイドを破り捨てた。

「何なの、あいつ! 私を陥れたいとかそういう事じゃなかったの!?
 何よ、ブロマイドって! ふざけてんの!? おちょくってるの!?」

怒りのままに叫び散らす天子。
だが冷静さを失った天子は、妖怪密度の高いこの洋館で騒げばどうなるかまで頭が回らなかった。

「ぎゃおー!」
「!!」

声に驚きようやく自分がした失態に気付いた天子だったが、時既に遅し。
振り返ればそこにはレミリアが立ち塞がっていた。

「たーべちゃうぞー!」

子供じみた言動とは裏腹に、その眼は獲物を怖がらせて自分がいかに恐ろしい存在かを見せつけようという意思を感じる。
やがてレミリアはふわっと浮かび上がると、天子目掛けて突っ込んできた。

「ひっ!!」

慌てて逃げ出そうとする天子だったが、空を飛ぶ相手に走って逃げ切れる筈がない。
無情にも距離はどんどん縮まっていく。
もう逃げ切れそうもない。
そう確信すると天子は逃げるのをやめて、レミリアの方に向き直った。

「……どうせやられるんだったら…」

むざむざ殺せれるより少しでも抵抗してやる。
もしかしたら文のように倒せるかもしれない。
そう考え、天子は廊下に飾ってあった花瓶を手に持った。
もし吸血鬼を倒せるとしたら、素手より弱点となる流水だろう。
この一撃で返り討ちに出来る可能性、天子はそれに自分の命をかける事にした。

「喰らえぇぇぇええぇぇ!!」

天子は勢いよく花瓶の中身をぶちまけた。
飛び出した水が廊下と床に突っ込んだままの文をずぶ濡れにする。
しかし肝心のレミリアの姿はそこにはない。

「ああぁ……」

天子の一発逆転の策はあっさりとかわされてしまったのだ。
徐々にその表情が絶望に染まっていく。
噂に名高いあのレミリアの事だ、咲夜以上に残酷な殺し方をするだろう。
血を吸い尽くされるだけならいいが、それだけでは済まないのは目に見えている。
これから起こるであろう惨たらしい最期に、天子の目にはすでに涙が浮かんでいた。

「………?」

しかしその最期の瞬間はなかなか訪れない。
こうして絶望する様を見て楽しんでいるのだろうか。

「………」

そうではない、レミリアの気配が感じられないのだ。
気配を消しているのかと思ったが違う。
そもそもレミリアはもう近くにはいないのだ。
まさかさっきの水に恐れをなして逃げ出したとでもいうのだろうか。

「……あ」

その答えは意外な所にあった。
ふと見上げてみたら、天井に大きな穴が開いていたのだ。

「まさか…」

先程の出来事をよくよく思い出してみる。
あの時、天子は一瞬レミリアの姿を見失った。
その一瞬の間にレミリアは姿を消したのだ。
では何故見失ったのか。
そう考えた時、全ての謎は解けた。

「…………」

天子がレミリアの姿を見失った理由、それはレミリアの姿が文に隠れたからだ。
つまり天子とレミリアの間には文がいた事になる。
レミリアは天子を狙って一直線に向かってきていた。
そしてそのまま文の尻に突っ込み、バランスを崩して天井を突き破り飛んでいったのだろう。

「……あはは…アホらしい…」

どうやらこの洋館の住人は、紫の創り出した式神らしい。
式神と言っても橙や八雲 藍のような自我を持つ高度な式神ではない。
力と数に重点を置いた簡素なもので、紫に組み込まれた式にただ忠実に動くだけのゲームの駒に過ぎない。
そして式神達はこの式に従い一定の行動を繰り返し続け、天子を見つけると追いかけて殺す。
これがこのゲームの仕組みなのだろう。
バーで萃香が殴られた事に反応しなかったのも、レミリアが文をかわさなかったのも
そこまで式が組み込まれていなかった為起きた一種のバグだと考えられる。
つまりこのゲームは組み込まれた式さえ分かれば容易く攻略出来るという事だ。

「とはいってもやる事は変わらないか」

しかし天子には式を読み取るだけの計算能力はない。
結局後を追いかけて直接式神の行動を見なくては式など分からないのだ。
仕組みは分かったが攻略の手助けにはならない。
なんとも肩透かしを食らったような気分だが、今は先へ進むしかないだろう。
そう思い廊下を歩き始めた天子だったが、当然騒ぎに反応したのはレミリアだけではない。

「そこで何をしてるの?」
「ぎゃあ!!」

角を曲がろうとした天子は、突然目の前に現れたアリス・マーガトロイドに声をあげてしまった。
アリスは天子を見るや否や、手に持った玄翁で殴りかかって来る。
天子は咄嗟に廊下を引き返し、玄翁をかわし逃げ出した。

「ちょっと、じっとしてなさいよ」
「無茶言わないで!」

必死に走る天子を追いかけるアリスだったが、途中で文にぶつかり転ぶとそれ以上は追いかけてこなかった。


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    -- 名無しさん (2009-09-26 11:34:52)
  • この作者文のこと嫌いすぎだろ -- 名無しさん (2012-12-22 14:42:39)
  • なんかグレゴリーホラーショーみたい -- 名無しさん (2013-04-13 19:04:23)
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