私は射命丸文。幻想郷を飛び回り、そして変わった出来事や面白い出来事を新聞に載せる、鴉天狗の新聞記者だ。
私の新聞は、幻想郷の人里の「かふぇ」に置いてもらい、少女たちに読まれている。その評判はなかなかだ。
私はその新聞を誇りに思っているし、今もずっとネタはないかと探し続け、そして書き続けている。
今日も製紙場に原稿を渡し、新聞を刷ってもらった。
 だが…その冊数は少ない。普通の鴉天狗であれば、100・200など当たり前で、実力のある者であればそれこそ、
幻想郷中に配れるくらいの冊数をすることが出来る。しかし、私は多くて30くらい。少ない時は、10冊ぐらいである。
それが何故かと言えば。

「おい文。あんた、ちゃんと頼んだもの買ってきたんでしょうね?」
「あ、は、はい…すいません…。持ってきました…」

 私、射命丸文は鴉天狗の中で地位が低いからだ。今日も、年上の鴉天狗にパシリにされてしまった。
今日は人里で大人気の甘味を買って来いと言われて、朝早くに出立し、長蛇の列を並んでまで買ってきた。もちろん、自腹だ。
でも、私には文句を言う資格などない。ここ天狗の社会内では、上司や年上の命令は絶対なのだ。
 無論良い天狗もいるが、私のように、外の世界にばかり干渉して、天狗の仕事を蔑ろにしている
不良天狗に優しくしてくれる天狗などほとんどいない。もっとも、私としては鴉天狗としての仕事もこなしているつもりなのだが、
もう何百年となることだろう…。なかなか評価されない。それどころか、私の新聞は、天狗社会の中では詰まらない部類にされている。
理由は簡単だ。天狗好みじゃない。それだけの理由だ。外の世界のことなど興味のない天狗が多いのだ。内輪のことだけに関わればいい。
それが保守的な天狗の考えだった。

「…ちょっと! 数が足りないじゃない!」
「二箱買って来いって言ったでしょうが、このボケが!」
「いや、あの…1人1箱までと言われまして」
「そんなの知るか!下賎な人間の言いなりになってるんじゃないわよ!この屑!」
「ぐふっ!…げほ!げほ!…ご、ごめんなさい…」

 ああ、今日も殴られてしまった。そう、買って来いといわれた数を、私は買ってこれなかった。
もちろん、その甘味はあまりの人気のために、一人一箱と定められている。だから、買ってこれるわけなかったのだ。
無理に脅したり、頼み込んだりすれば、それこそ、人里での私の立場がなくなってしまう。だから、こうして殴られるしかないのだ。

「そうそう、裏庭の倉庫だけどね。きったなくなってるから、あんた掃除しておきなさいよ」
「は、はい…わかりました…」
「ったく、本当に屑なんだから。行こう?」
「そうね。行きましょう」
「おお、うざいうざい」
「…」

 床に伏せながら、横を通り過ぎる鴉天狗たちを横目で見送る。彼女たちは私よりも年上だったり、
若くして実力を持ち、上へと這い上がった天狗だ。…人格は別として、私よりも実力はあるのだ。だから、逆らっちゃいけない、いけないのだ。
私はゆっくり立ち上がって、少しふらつきながら裏庭へと向かう。掃除をしなければ、もっとひどい仕打ちを受けるから。


 裏庭の倉庫は、酷い汚れだった。本当なら、毎日掃除されるはずなのに、まるで何日も放置されていたかのように、
蜘蛛の巣は張り、埃はあちらこちらに積もっている。少し歩いただけでもすごく舞いそうだ。

「あ、あの…」

 と、私の背後から若い鴉天狗が声をかけてきた。おどおどしている様子を見ると、
ここの倉庫の掃除を任されていたはずの新人なのだろう。恐らく、あの鴉天狗たちに命令されて、ここの掃除をするなと言われたのだ。
彼女も私と一緒であの連中に逆らえるはずもないのだ。…だから、私は責められない。

「わ、私…その…」
「いいのよ。任されたの私だから…。貴方も何処かへ行かないと、こんなところ見つかったらただじゃすまないんじゃない?」
「…! す、すいません!!」

 私は精一杯作り笑いをして、その若い子を安心させようと思った。だけど、その子は安心するどころか、恐怖に満ちた表情で羽を強張らせ、
そして走り去っていった。私は気にしない。
手ぬぐいを口に巻いて、埃が口に入らないようにし、放棄と雑巾、そして水の張った桶を持って中へと入る。
埃を掃く。舞う。その量に、私は思わず咳き込んでしまった。恐らく、100あまりしか生きていないんだろう。
いつか、あの子も私を追い抜いて、あの連中のように私を馬鹿にするのだろうか。それとも、同情の目を向けてくるのだろうか。
…どちらにしろ、つらい…つらいのだ。
 何故1000年以上も生きて、こんな役割ばかりをさせられているのか。私の何が悪いというのだ。
自然と涙があふれてくる。その場にへたり込み、私は涙を流した。
と、その瞬間、バタン!という音と共に、倉庫の扉が勢いよく閉まった。私は慌てて扉を開けようとするが、開かない。どうやら閉じ込められたようだ。
…大体犯人はわかる。先ほどの鴉天狗たちだ。最初から、頃合を見つけて私を閉じ込めるつもりだったのだろう。一度、ドアを叩いてみる。
だが、聞こえてくるのはわずかな笑い声と、そして先ほどの若い天狗の力ない愛想笑い。…あの子もこうやって、この社会に順応していくのだろう。

 …そう思ってくると、少しだけ笑えた。でも出てきたのは乾いた笑みだけだった。
今の自分は、社会に適応できなかったただのはぐれもの。私は落ちこぼれ。
私は、力なくその場にひざを抱えて、扉に背もたれるように座り込んだ。もう、何も考えたくない。
こんな社会に適応するのも嫌だし、こんな惨めな姿を他の人に晒したくもない。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…嫌だ…いやだ…イヤダ…




「…文さん?」

 椛が射命丸文の宅を訪ねたのは、それから一ヶ月がたったある日だった。
突然仕事にこなくなり、さらには新聞すら書かなくなった文を心配し、椛は文の宅を訪ねたのだ。
以前は、椛は文に家に来るなと何度も言われ、今回も来るのをためらったが、
もはやこのような事態になって、いても経ってもいられず、仕事をサボってここに来たのだ。
上司からは、昇級監査が近いというのに、やめておけと止められていたが、そんなのは今の彼女には関係ない。
大事な友人で、尊敬する人の下へ行くことが、今の彼女にとって一番大事なのだ。

 文の宅は、聞いていたよりも小さく、そして簡素だった。扉も少しボロボロで、鴉天狗が住むには少し狭い家な気がした。
戸は壊れかけていて、開けるのに苦労した。奥へと進んでいく。廊下の壁もボロボロだ。
もはや、貧乏とかそういうレベルでの崩壊ではない。明らかに誰かに荒された跡だ。椛は急に心配になり、急いで奥へと進んでいく。

「文さん!! …あ…!」
「だぁれぇ…?」

 居間に辿り着いた椛は、文の名を叫びながら見渡した。すると、暗い居間の隅っこに、小さくそして見覚えのある人影があった。
その影は、椛の言葉に力なく、そして何処か悦の入った声で答えていた。
椛はゆっくりと近づく。そして、河童特製の電気をつけると、そこには文がひざを抱え込んで座りこんでいた。
その姿は、椛が知る彼女の姿から、あまりにもかけ離れていた。
全身は痩せこけ、目の下には大量の熊が出来、瞳は焦点が合わず、椛を見ていたり、他の景色が見えてるのか、どこか遠くを見ていたりしていた。
もはや緩みきっているのか、口からは涎がたれていた。そして、腕には何かの注射の跡があった。そして、彼女の足元には――

「文さん…その足元に落ちているのは…」
「こぉれ…? いいでしょ~…?これはねぇ…とても、幸せになれる薬なのよぉ。とっても、とおっても素敵な気分になれるのぉ…」
「ま、幻覚剤じゃないですか!しかもかなり強力な…!」
「げんかくざい…? ……ううああ…ああああ!!あうう…いいい…!薬…薬ぃ…」

 それで椛は察した。椛は彼女の元へと駆け寄り、そして肩を掴んで叫んだ。

「文さん! しっかりしてください文さん!」
「いやあ! いやああ!離してぇ、薬を、薬をぉぉ…!いやああ!!」
「うわあ! 」

 錯乱する文の、思いもしない力に振り回され、椛はちゃぶ台に体をぶつけてしまう。文は、必死に何かを探す素振りを見せる。
しかし見つからず、さらに錯乱し、胸を両腕で押さえ、息を荒げていく。目から涙が出てきて、腕を掻き、そこから血が出てくる。

「ごめんなさいごめんなさい…もう苛めないで…もう来ないで…もう嫌なの、嫌…何もかも嫌なのぉ…うわああ…うあああん…!」
「文さん…。…こんなのって…」

 椛は、錯乱する文の、無様な姿を見て呆然としてしまった。これが、これが一月前まで、自分に嬉々と幻想郷のことを教えてくれた人の姿なのか。
椛は悲しくなり、涙があふれてきた。だけど、それ以上のことは出来なかった。
変わり果てた文の姿に、彼女はどうして良いのか、もはや分からなくなってしまった。


 その後、椛は錯乱しきり、気絶した文を永遠亭に運んだ。文の話に聞いていた薬剤師、八意永琳ならば、
きっと文を助けてくれると思ったからだ。だが、すでに文の精神は崩壊していた。もはや手遅れだったのだ。
幻覚剤の依存症は抜けても、壊れた精神までは彼女には治せなかった。ある程度治療が終わった文を椛は引き取り永遠亭を後にする。
そして。

「…」
「あ、ほらあれだよ。元幻想郷最速の天狗。射命丸文」
「へぇ~。本当に包食みたいになってら」
「蟻んこなんて見つめて…。それに取材しているつもりなのかしら?ほら、何か言ってみたらどうなのよ? おら!」
「…!…う…ううあああ…うああああん!!」
「うわ、うるさっ!こいつ、人間の餓鬼みたいに泣きやがったぜ」
「ったく、これが同じ天狗だったなんて…。とんだ恥さら」
「こらぁああ!何やっているんだ!」
「うわ、付き人がきやがった。逃げろ!」
「はあ、はあ…!くそ、逃げ足が速い奴らだ…。文さん、大丈夫?」
「う…」

椛は文を引き取って、妖怪の山の麓で二人暮らしていた。生活面では、椛が全面的に介護する形になっているが、椛は後悔していなかった。
こうしていれば、文と一緒にいられるし。それに、不謹慎ながら自分が文を守っているような感覚に、少し嬉しくなっていたのだ。
ただ時々、文がこうして抜け出して、噂を聞きつけた若い天狗たちに苛められていることに頭を悩ませているが。
文はもう、かつての面影など一切なかった。姿かたちこそ、少しは元の姿に戻りつつあったが、心はまるで幼児のようだった。
家でもぼおっとしていたり、蟻の行列をぼおっと眺めていたり、一人で地面に落書きをしていたりする。
それは、かつて彼女が書いていた、新聞に近いものだったが、もはや何が書いてあるかは読み取れなかった。
恐らく、純粋に新聞を愛していた文が唯一、心の中に残ったことなのだろう。そして、童心に帰ってしまったのは、
彼女が柵などに囚われたくなかったから。…ある意味では、彼女の願いはかなったのかもしれない。

「…文さん、ほら立てる?ご飯、出来たよ。一緒に食べよう」
「うん…。ねえもみじ」
「何?」
「きしゃごっこしよ。いっしょに。わたしは、げんそうきょうをかけまわるぶんやで…」
「うん」
「もみじはね…げんそうきょうやわたしをまもってくれるすごいてんぐなんだよ…」
「…うん…いいよ…やろう…やろ…う…!」
「もみじ…ないてるの?」
「な、泣いてなんかないさ…」

今日も、二人だけの幻想郷の時間が、文の心の中で進んでいく。




































なんだかよく分からないものになってしまった。
あとは みんなの そうぞうりょくで じゆうに ほかんしてくれ!
おれはにげるぞ!

  • うお、待て作者!
    むぅなんて逃げ足の速い・・・・ -- 名無しさん (2009-09-22 13:09:57)
  • 妖怪は精神的なものに弱いとされてるからなあ。
    あややは自業自得や上下関係ネタがよく似合う。 -- 名無しさん (2009-09-24 22:17:00)
  • 総合してみると、この話では被害者っぽいが、社会不適合andネタにされていた幻想郷の人々の恨みとかなんとかあるがつまりこの話は美味しい。 -- 名無しさん (2010-01-05 15:57:10)
  • なんだか現代社会を表しているみたいだな。
    人間も妖怪も薬には敵わないということか、性格には薬に含まれる”快感”なのだろうが。

    素敵な小説ありがとうございました  -- J (2010-02-05 08:41:14)
  • 素敵すぐる -- 名無しさん (2010-08-10 08:08:35)
  • 麻薬、覚醒剤ダメ、絶対 -- 名無しさん (2010-08-11 17:56:50)
  • 確かに現代社会の縮図のようだ。
    ただ惜しむらくは、俺たちには
    もみもみのように慕ってくれる他人など
    存在しないということだ、ちくしょうあややかわいい -- 名無しさん (2010-11-02 04:50:14)
  • 包食って乞食の打ち間違い?そんな訳ねぇかw -- 名無しさん (2011-03-18 05:59:17)
  • うん、こんなあややも可愛い。 -- 名無しさん (2014-07-24 14:15:07)
  • くそ!何この作者! -- サクラクローバー (2014-11-23 14:01:08)
  • 文、子供みたい可愛い! -- サクラクローバー (2014-11-23 14:02:03)
  • あの天狗たち酷すぎる。 -- 文も好き (2015-01-06 08:52:32)
  • そんな文の写真を撮ってみたい -- 名無しさん (2015-01-15 23:58:23)
  •  椛と文好きすぎるww -- 名無しさん (2016-02-07 22:02:24)
  • 椛かっこよすぎる
    いつも文はきらわれてるから
    椛がいてくれてよかった
    -- 名無しさん (2016-04-22 23:26:07)
  • これは一度屑天狗の一味を纏めてジビエにする他あるまい。
    このままでは文も椛も浮かばれん。 -- 名無しさん (2016-12-14 09:58:35)
  • クソ犬☆かと思った -- 名無しさん (2017-01-03 01:48:23)
  • そして文は最高級の天狗となり、いじめた天狗たちを見返して、
    前の同じくらいだった天狗のランクをあげ、もみじも最高の番犬となった、
    みたいな感じでしょうか?あ、また文が逃げた!こう言うときに言いたいことは
    逃げるは恥だが役にたつ!だなww -- 名無し (2017-03-22 20:23:17)
  • 逃げるなーε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘ -- 名無しさん (2017-03-26 14:45:17)
  • 逃げるなー作者ー -- ロリこん (2018-01-14 17:59:01)
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最終更新:2018年01月14日 17:59