一日が経過した。



ごりごりごりごりごりごり・・・・・・・・・
「ああああああああああああああああ!!!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」

「ほらっ! よそ見しないでちゃんと見なさい!!」
少女が咲夜の顔を鏡に向けた先には、どこから持って来たのか、大きな鏡があった。
自分が何をされているのか、咲夜にも良く分かるように。

 ・・・ごりごりごりごりごりごりごりごり・・・・・・
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! やめてやめてやめてやめてやめてやめて!!!!」

ごりごりごりごりごりごりごりごりごり・・・・・・・・・ぼとり


「右腕終わり・・・」
少女が血塗れの鋸をガシャンと投げ捨てる。


「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「やたらと喚く割には、随分頑張るじゃない?」

少女が咲夜の傷口を指差す。
そこからは殆ど出血が無かった。

「自分の体の時間を止めて延命してるんでしょ? 私もたまにやるわ」
「あぁ・・・うぐ・・・ぎぃ・・・」

「でも、この状況でそんなことして、どうするの? 早く死んじゃった方がいいと思うけど」
「うぁ・・・ひぃ・・・が、ぁああ・・・」

「そこまでして、あのお嬢様に会いたい訳?」
「ゃあ・・・はぁ・・・ぁぁ・・・」

「まあ、いいや。頑張って貰った方が殺さない手間も省けるしね」

少女が、今度は鋏を手に取った。


「ま! 待って!! もう、嫌ぁ! もう止めてぇぇぇ!!!」
咲夜は泣いて懇願するが、少女は聞く耳を持たない。


「駄目よ。あなた、どれだけの人間を殺してきたと思う?」

「だ、だって! あれはお嬢様達の食事の為に・・・!」

「なら、どうして人間のあなたが奴らの為に人間を殺すのよ!?」

「・・・・・・!」

確かに少女の言う通り、咲夜がレミリアの下に仕えていることは大変奇妙なことだった。


幻想郷では人間と妖怪が仲良くすることはそれほど珍しくも無い。
しかし、咲夜の様に明確な形で人食いの側に立つ人間はいない。
例えば霊夢がレミリアの為に人間を調理するなど絶対にない。
魔理沙だってフランが人間を玩具の様に扱うのを、快く思っていないだろう。
親しい仲ではあるが、彼女達の中には人間と妖怪を分けるハッキリとした区別があった。

だが咲夜の場合はそうではない。
妖怪に関して、人間にとってはなるべく触れたくない領域へと踏み込んで行かねばならなかった。
そう言った意味では、咲夜は飛び抜けて曖昧な存在になっていた。



少女は咲夜の顔へ、手に持った鋏を押し付けた。

「奴らと付き合っている内に・・・自分も化け物になった気分でいたのかしら?」

「・・・ち、違う! そうじゃない!」

「違わないでしょ?」

ジョキン

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「いくら人間と馴染めないからって、化け物に憧れるなんて・・・」

「・・・私は人間を止めたいなんて思ったことない。ただ、あそこに、紅魔館にいたかっただけよ」

ジョキン

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「ああ、そう。まあ、私から見たら十分人間止めてるけど。
 ・・・でも残念ね。そこまで想っていたのに、騙されていたなんて」

「嘘よ・・・」

「だから、嘘じゃない。
 人間から爪弾きにされた疎外感に付け込まれたのよ。
 奴らはライオンの群れに迷い込んだ猫か何かを見て笑っていただけよ」

「そうじゃない・・・」



「いい加減、気付け!!!」

ジョキン! 「うわぁぁぁぁ!」

「どうして分からない!? どうして騙されてるって、何か変だと思わない!?」

ジョキン! 「ああぁっ!」

「自分の使命も! 自分が人間だってことも忘れて! 奴らにいい様にされてるのよ!?」

ジョギン! 「うぐっ!」

「どんなに人間に嫌われても、私は絶対忘れない! あなたみたいにはならない!」

ジョギン! 「がぁ・・・」

「今のあなた! 人間にも! 化け物にも! なれてないわよ!!」

ジョギン! 「ぅぁぁぁ」






「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・
 ・・・どうかしら? 自分がどれだけ馬鹿なことをしたか・・・少しは理解した?」

「嘘よ・・・私は騙されてなんかいないし、人間も止めていない」

「・・・・・・」

「あくまで人間として、お嬢様にお仕えしてきた。こればかりは譲れない・・・」



「・・・まあ、いいか。どうせあなたはこれから死ぬんだしね」
そう言うと少女は松明を取り出して、それに火をつけた。

「何・・・するのよ?」
「さあね、すぐ分かるわよ」



「ま、まって! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」


「随分、元気なくなって来たじゃない?」
「ぁ・・・・・・・・・ぅ」

「本当にそんなんで、時間まで持つのかしら?」
「ぃ・・・・・・・・・ゃ」

「まあ、私には関係ないか。そんなこと」
キーコ、キーコ、キーコ
少女が万力のハンドルを締め上げた。


ぶちっ ぶちっ ぶちっ ぼぎっ ぼぎっ ぼぎっ バキィッッ!!
「いいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああ!!!!!!」

「ひぃっ! あぁっ! うがぁっ!! あっぐぅ! おぁあっ! ぎぃっ!!」

「なんだ、結構元気あるじゃない」

「はぁっ!!! はぁっ!! はぁっ! はぁ はぁ・・・」

「左足、終わり」

「も・・・もぅ・・・ゃ・・・め・・・」


「・・・そんなに嫌なら、さっさと死んじゃえばいいのに。
 簡単でしょ? 体の時間を進めるだけよ」

「だって・・・ぉ・・さまに・・・聞きたいこと・・あるから」



「ふぅん・・・いいわ、止めてあげる」
「・・・え?」

「あなたは気付いてないみたいだけどね、実はもう3日経っているのよ」
「・・・本当?」


「そうよ。よく頑張ったわね。

 ・・・だからね、あなた早く死んだ方がいいわよ」


「え・・・! なんで・・・」

「決まってるじゃない? どうせあいつはもう、ここにはいない。
 そんな悲しい現実に直面する前に死んだ方がいいって」

「お嬢様は・・・絶対に・・・」

「そんな事言って、もしもいなかったらどうするのよ?
 悲しいなんてものじゃないわよね?
 今のうちに死んでおいた方がいいと思うけど」


「いいから・・・早くして・・・」

「・・・そう、後悔しても知らないわよ」


少女が壁に向かってパチンと指を弾く。
するとたちまち壁は消え、代わりに通路が現れた。




しかし、そこにレミリアの姿は無い。




「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・くっ・くっ・くっ・・・
 あははははははははははははははははははは!!!!!!!!
 残念ね! 本当に残念!
 何だかんだ言っても、結局いないじゃない!!
 やっぱりあなた騙されてたのよ! 馬鹿みたい!!
 あははははははははははははははははははは!!!!!!!!」



「嘘よ」

「今頃何言ってるのよ? そりゃあ、嘘だと信じたい気持ちも分かるけど・・・」



「それはあなたでしょ?」

「は・・・?」

「あなたは私がお嬢様を慕っているのは本心からでないと・・・
 運命を操られて無理やり従っているだけだと思いたい。
 でも、悪いけど・・・そうじゃない。
 こんな揺さぶりは、私には効かない」

咲夜は先程までの弱弱しい様子からは想像も付かないほど、強い口調で言い切った。



「・・・その通りよ」
少女が再び指を弾く。
通路はただの壁に戻った。


「今のは場所も時間も全く別だし、まだ時間にはなってない。
 恨み節の一つでも聞けるかと思ったのに・・・よく分かったわね?」

「私はお嬢様のこと、信じているだけ。あなたが思っているよりも、遥かに強く」

「もっとも、あいつがまだ残っているなんて保証は何処にもない。
 本当の約束の時間になったら、やっぱりいなかったりして」

「だけど自信が無いからこんなことしたんでしょう?」

「ふぅん・・・」
罠も空振りに終わり、明らかに少女は苛立っている。



「ところで今、まだ時間じゃないって言ったけど、それじゃ本当はあとどれ位だと思う?」
「・・・?」


「あと2日と3時間よ」


「そ・・・そんなに?」

「それまで拷問再開よ。まだ半分も過ぎてないけど・・・頑張ってね」

そう言って少女は何本かの畳針を持ち出した。



「お嬢様・・・助けて・・・」






一方、レミリアは・・・この3日間、ずっと目の前の壁を見つめていた。

(思い出した。元々咲夜は私を殺しに来た刺客で、私はその記憶を奪った。
 でも・・・何故そんな事をしたのか、どうしても思い出せない。
 人間のあいつに、私は何を望んでいたのだろうか?)

(・・・私は結局、咲夜の心を弄んでいただけなんじゃないのか?)


間もなく約束の時間になる。
もう少しすれば、目の前に咲夜が現れる筈だ。

(その答えを出さないと・・・ここまで付いて来てくれた、あいつの為にも)


その時、目の前の壁が音も無く消え去った。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「咲夜!!!」

変わり果てた咲夜の姿を見たレミリアは、たまらず駆け寄り、彼女を抱きかかえた。



「お嬢様・・・ですか? すみません、もう・・・眼が見えなくて・・・」

「私だよ。私はここにいる」

「褒めてください。凄く痛くて・・・辛かったけど・・・お嬢様に会う為に私、頑張りました」

「うん。咲夜、お前は頑張ったよ」

レミリアは咲夜をぎゅっと抱きしめ、その頭を撫でてやった。


「・・・でも良かった。
 今の私・・・こんな姿だから・・・お嬢様も私のこと、分からないかもって・・・思ってました」

「そんな訳・・・そんな訳が無いじゃない!」

「そうですよね・・・申し訳ございません、お嬢様」



「だけど、あいつの言ってたことだけど・・・」

「はい」

「本当よ。あなたの運命を、記憶を無くして私を慕うように変えたのは私」

「そう・・・ですか」

「ごめんなさい。全部、嘘だった」



「・・・嘘じゃないです」

「咲・・・夜?」


「嘘じゃないです。
 過去がどうであれ、私はこの4年間、お嬢様と一緒にいられて本当に幸せでした。
 例え作られたものだとしても、私が十六夜咲夜であることに変わりはありません」

「・・・・・・」

「それに全て知ってしまっても、まだお嬢様のことが好きなんですから・・・
 嘘である筈がないじゃないですか」


「・・・うん。嘘じゃない。嘘じゃないよね・・・」



「ですけど、お嬢様。一つ教えて下さい」

「何・・・?」



「私は、人間なのですか? 悪魔なのですか?
 それとも・・・どちらでもないのでしょうか?」



「・・・人間だよ。誰が何と言おうと、お前は人間だ・・・」



「でも・・・それならどうしてお嬢様は泣いているのですか? お嬢様は悪魔なのに・・・」



「泣くさ。お前の為だもの。
 お前の為なら、私は幾らでも泣いてやる」

「・・・・・・ありがとうございます。ありがとうございます、お嬢様・・・」



二人の様子を遠巻きに眺めていた少女は思った。

(何故・・・?
 あいつが、レミリア=スカーレットがどうしてここにいる?。
 あの穴から脱出して外・・・と言っても南極のど真ん中にいる筈ではないのか?
 そして未来の私も、あの悪魔を恨んでいる筈だったのに・・・)



「お嬢様、そろそろ私は・・・」

「・・・分かった。おやすみ、咲夜・・・」

「はい。おやすみなさいませ、お嬢様」


次の瞬間・・・咲夜の体の時間が動き出し、全身から血が溢れ出した。
そして彼女は物音一つ立てずに死んでいった。


「・・・・・・・・・・・・!!!」




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-





「レミリア=スカーレット、お前は変な悪魔だ」

「・・・・・・」

「人間を虜にしておいて、今度は自分がその人間の虜になるなんて・・・」

「それを言うなら、咲夜だって変な人間よ。
 人間の癖に・・・悪魔の私のこと、本気で慕っていた」


「・・・それはお前が運命を!」

「違う。運命を操ったとか、そんなことは些細なことだった」



「・・・・・・もういい!」
少女が懐からありったけのナイフを取り出した。


「随分長い茶番だったけど、今からお前の処刑を始める。覚悟しなさい」

「そうはいかない。当主まで負けたとなれば、あいつらに顔向けできない。
 きっちり勝って、ここから出させて貰うよ」

「出られるかしらね!?」

レミリアの周りに、余すところなくナイフが設置された。


タンッ!!
「な・・・!?」

しかしレミリアは、いとも容易くそれを避けきってしまった。


「今の、単なる反射神経とか動体視力じゃないわよね?
 そんなもので避けられる代物じゃなかった」

「運命を操るというのは、こういうことよ。
 少しは私の恐ろしさが理解できた?」

「ええ、ほんの少しね。でもあなたこそ、まだここの本当の恐ろしさを理解していない」


「・・・だけど今度はこっちの番よ!」

レミリアが必殺のグングニルを放つ。
この狭い廊下では、回避することは非常に難しいだろう。


だが、それは少女の目の前でふっと消え去った。

「・・・!?」

当然、少女には傷一つない。
しかし、その背後の壁はいつの間にか激しく損壊していた。


「時間軸で避けるのって、楽よね」

「なるほど、確かに便利な能力だ。ここだと特に」

「ちなみに、今のはおよそ4年前ってところね」


「でも! 本当にそんなちゃちな手品で私の攻撃が避けきれるかしら!?」

凄まじいスピードでレミリアが突進してきた。
弾幕戦から肉弾戦へと切り替えたのだ。


「あら? ずるいじゃない。次は私の番でしょ?」

すると少女はほんの数本だけ、ナイフを投げた。
それも何の工夫もない、ただの直線軌道で。



「ふん! こんなもの、私にとっては当たる方が難し・・・ぐぅっ!?」

何故だ?
吸血鬼のスピードなら簡単に避けられる筈のナイフが、レミリアの腹に直撃していた。


「ぁああ・・・ぅぐぁ・・・力が・・・?」

更に驚くべきことに、たった2,3本のナイフが吸血鬼の動きを止めていた。
何とか立ち上がるだけで精一杯だ。


「凄いわね、これを3本も食らってまだ立てるなんて」

「例の、この前の特別製のナイフか・・・?」

「・・・正解。これもあなたの為に用意したのよ?」

「本当、至れり尽くせりね!」

「それと、あなたの『運命を操る程度の能力』、ここだと役に立たないわよ?」

「・・・?」

「運命って、つまりは未来の可能性でしょ?
 今、私は3秒前のあなたに向かって攻撃した。
 もう当たっているんだから、どう運命を変えようが避けられる訳がないじゃない」


「・・・これは驚いた。何でもありなのね」

「どう? 少しは私の恐ろしさが理解できた?」

「全然。こんなほら穴でしか威張れない蛙なんて、怖くない」



「残念、折角の手品なのに満足して貰えなくて・・・

 やっぱり・・・

 吸血鬼の解体ショーでもしないと盛り上がらないか!」

少女は更に一本、ナイフを取り出した。
それもやはり、例のナイフなのだろう。



「あと一本、あと一本でお前は完全に動けなくなる。
 その後は・・・分かるわよね?」

「・・・・・・」

「はっきり言って、嫌なのよ。面倒臭いもの。
 一々ナイフで再生出来なくなるまで粉微塵なんて」

「・・・・・・」

「でもまあ、お嬢様の為だしね。最後までやり遂げて見せますわ、お嬢様」

「・・・・・・」

遂に少女は最後の攻撃を仕掛けようとしている。



「レミリア=スカーレット、やっぱり私はお前が許せない。
 未来の私はお前が好きだったけど、今の私はお前が嫌いだ。
 ・・・私もそれだけは譲れない」

「・・・・・・」



「・・・死にな」

ナイフを持った手を大きく振りかぶる。
それが今、正に放たれようとした時・・・



「・・・ありがとう、咲夜。何とか間に合った」



「!!? あ! あがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

迷宮に叫び声が響き渡る。
レミリアのものではなく、少女の叫びが。


「ぐっ! 何が! 何が起こったのよ!?」

突然、背中に激痛が走り転倒した少女は、己の背面を確認した。
 ・・・そこには数本のナイフが刺さっていた。


「どうして!? どうして!? どうして私にこんなものが!!?」

「どうやら・・・ここの本当の恐ろしさを理解していなかったのは、あなたの方だったみたいね」

レミリアが最後の力を振り絞り、己の体に刺さったナイフを抜き取る。
そしてそれを少女に投げつけた。


「しまっ・・・ぎぃぁあ!!」

咲夜やレミリアがそうだった様に、少女も身動きが取れなくなった。



「やっぱり手品の腕は咲夜の方が数段上ね。
 あなたの手品には人を楽しませるって気概がないもの」

「咲夜・・・? そうか、これはあの時の・・・三日前の・・・」

そう、咲夜があの時投げたナイフは時空を超えて今、少女の背中に直撃したのだ。



「本当は今頃遅すぎる。でも咲夜の執念が、あなたに勝った」

「馬鹿な! こんなこと、確かに起こりうる! 起こりうるけど!
 本当に起きるなんて保障はどこにも・・・・・・あっ・・・」






「ようやく、私の恐ろしさが、理解出来たかしら?」




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




ガラリ!!
その時、レミリア達の横の壁が突然崩れだした。
亀裂から眩い光が漏れている。


「完敗よ・・・畜生・・・畜生・・・!!!」


「今度こそ、本物の出口なのね?」

「そうよ。正真正銘、本物・・・」


レミリアは少女の横に腰掛け、こう言った。

「さて、どうしてくれようかしら? 散々私の家族を虐めてくれた、あなただけど・・・」

「殺したら? はらわた煮えくり返ってるんでしょ?」


「・・・駄目よ、あなたは私と一緒に来なさい」

そして少女を両手に抱え上げた。



「待て! 私はそんなこと、望んでいない! 殺せ!!」

「あなたの今の気持ちなんて問題じゃない。大事なのはこれからよ」

「止めろ! 私に化け物ごっこさせて! 何が楽しいのよ!」

「ごっこじゃないさ。もっと真剣な・・・悪魔と人間だ」

「・・・・・・・・・」

少女を抱えたまま、亀裂へと向かう。

「さあ、という事で今日からしっかり働いて貰うわよ?」



「・・・また・・・私を死なせる気か・・・?」

「何ですって・・・?」

「もう、気が付いてるんでしょ!? このまま私を連れて行っても、また同じことが起きて!
 私は私に殺される! ちょうどあんな風にして!!」


少女が指差した先には、咲夜の死体があった。
それは、彼女自身の未来の姿でもあった。


「やっぱりお前は悪魔だ! どうせ人間を苦しめることしか出来ない!!
 このまま私を連れて行ったら、未来はない! 私にも! お前にも!」



「今度こそ、お前を死なせはしないさ」


「・・・・・・・・・無理よ」


「無理じゃない。私を信じろ」


「・・・・・・・・・どうかしら?」


「大丈夫だ」


「・・・・・・・・・」



「確かに私達は・・・ループに嵌っているらしい。
 それも、こんなちっぽけな迷宮じゃない。
 もっと大きな・・・
 時間と空間と、運命の次元のループに・・・」



「本当に・・・抜け出せるの・・・?」


「抜け出せるさ。私とお前が力を合わせれば絶対に抜け出せる!」


「・・・・・・分かった。少しだけ・・・期待してみる」



レミリアは少女を連れて、亀裂から出て行った。
死んでしまった・・・咲夜に別れを告げながら。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「う・・・ん・・・」

気が付くと二人は、夜の湖畔にいた。
湖の向こうに自分の館が見える。
空で輝く月、吹き渡る風、若々しい草木の匂い・・・それらがとても心地よい。


「なんか・・・穴の中で起きたことが、段々曖昧になって来ているような・・・」

成る程。自分はこうして咲夜との出会いを忘れてしまったのだろう。
4年後まで、あの穴で起きた出来事を覚えていられる自信なんてない。


「でも、まあ、いいか。今日から始まるんだからね」


そして腕の中で眠るあどけない少女へこう言った。

「0歳の誕生日、おめでとう」






「お嬢様、どこへいらしてたのですか!?」

門の前には、穴の中で死んだ筈の美鈴が立っていた。


「妹様もパチュリー様も探してましたよ・・・って、あれ? 人間?」

「まあ、ちょっとした冒険よ。それより美鈴・・・?」

「はい。何でしょう?」

「博麗霊夢って・・・会ったことある?」

「・・・博麗神社の巫女でしたっけ・・・? 名前だけなら・・・」

「それなら霧雨魔理沙は?」

「そいつは名前も聞いたことありません。誰ですか?」

「何でもないわ。ちょっと聞きたかっただけ」

レミリアは安心して、館に入ろうとした。



「あの・・・お嬢様・・・」

「? 何よ?」

「その人間・・・血を吸い終わったら、せめてお肉だけでも私に・・・ぶげぇっ!!!」

美鈴の頬にレミリアの張り手が飛んできた。



「ああ、悪いけどね、こいつは食用じゃないの。もっと大切なものだから」

「大切って・・・一体何なんですか? そいつ」

「今日からメイドとしてうちで働く子よ。よろしくね」

「ええっー!!! 何で人間なんかがうちのメイドに!!!?」

「あなたも絶対気に入るわ。可愛がってやって。それじゃあね」



「あ、あの・・・名前は?」

「うん?」

「そいつ、なんて名前なんですか?」



「・・・そんなの決まってるじゃない」




「今日からこいつは『十六夜咲夜』よ」




  • すごいとしかいいようがないくらいすごい -- 名無しさん (2009-08-30 20:35:10)
  • 伏線の張り方が素晴らしいな
    少しずつ全員の死にかたが明らかになっていく過程はスゲー
    あと小悪魔www -- 名無しさん (2009-08-30 21:44:46)
  • QUBE2の匂いがプンプンするが
    こういうのも嫌いじゃいぜ -- 名無しさん (2009-08-30 23:03:32)
  • ってCUBE2の間違いだった…orz -- 名無しさん (2009-08-30 23:05:44)
  • さて小悪魔以外が全滅した紅魔館がどうなったかを知りたいものだ -- 名無しさん (2009-08-30 23:32:59)
  • なんでみんな生きてんの?って思ったら、レミリアの脱出の時点ではまだ誰も死んでなかったんだよな。
    時間軸まとめたらなかなか面白いことになるかも -- 名無しさん (2009-08-31 01:25:06)
  • おもしれー ・・・ん?小悪魔以外がいない状態になってるよな?ん? -- 名無しさん (2009-08-31 02:05:35)
  • 今度はこのループから抜け出せますように。 -- 名無しさん (2009-08-31 08:06:26)
  • レミリアだけがどんどん老けていくんじゃね? -- 名無しさん (2009-08-31 08:20:47)
  • 無限ループって怖くね? -- 名無しさん (2009-08-31 10:45:58)
  • とするとこの時代のレミリアはどこへ行ったのだろう? -- 名無しさん (2009-08-31 11:57:50)
  • 悪魔は泣かない
    だが家族を想って泣く悪魔もいるのかもしれない -- 名無しさん (2009-08-31 16:49:28)
  • 本文の悪魔と涙の単語のせいでデビルメイクライ思い出した。


    悪魔は泣かない -- 名無しさん (2009-09-02 11:36:49)
  • 名作。
    -- 名無しさん (2009-09-03 23:53:28)
  • \すげえ/ -- 名無しさん (2009-09-05 14:24:00)
  • 素晴らしい。
    それにしても、小悪魔はどこでも小悪党の役回りだなw -- 名無しさん (2009-09-07 19:50:30)
  • ブローチのくだりで泣きそうになった -- 名無しさん (2009-09-10 05:15:27)
  • もし全員穴に行った時点で小悪魔が霊夢などに救援を要請したら
    また物語はだいぶ変わってたんだろうか・・・・・ -- 名無しさん (2009-10-03 22:52:09)
  • 小悪魔の新時代が気になるw

    しかし2回も読んでしまった -- 名無しさん (2009-11-14 05:57:27)
  • 繰り返すんだろうな……永遠に -- 名無しさん (2009-11-14 16:25:27)
  • しかし、こういうループものを読むたびに思うけど
    始りはどこにあるんだろうか -- 名無しさん (2009-11-14 22:32:18)
  • ループとかタイムスリップとか考えすぎると頭が爆発する -- 名無しさん (2009-11-15 02:36:54)
  • これって、霊夢とか魔理沙とかからしてみると、小悪魔以外の紅魔組が突然行方不明になった、っていうだけなんだよな。だけってのは語弊があるが…ループの存在なんてなかった。みたいなことになるんかな

    ループを抜けた先の未来が見てみたい…が、叶わぬ夢なのだろうか -- 名無しさん (2009-11-16 00:09:09)
  • >小悪魔の新時代が気になるw
    下級使い魔と妖精メイドしかいない超弱小勢力の出来上がりです
    他の強豪連中に寄ってたかって食い潰されるのが目に見えるようだ・・・ -- 名無しさん (2009-11-16 00:43:41)
  • 素晴らしい… -- 名無しさん (2010-01-03 02:48:53)
  • 素晴らしいの一言だな
    次作も楽しみ -- 名無しさん (2010-01-15 01:14:50)
  • これの漫画描いてみたいなぁ・・・。 -- 名無しさん (2010-01-15 02:39:53)
  • 描けばいいじゃない -- 名無しさん (2010-01-15 22:58:06)
  • あさつき堂あたりが同人化しても違和感無いレベル -- 名無しさん (2010-01-15 23:50:27)
  • ってかここのSSを原作にして漫画化したらかなり面白そうなのがいっぱいあるよね。 -- 名無しさん (2010-01-31 00:46:27)
  • コープスパーティーを思い出すのは俺だけか -- 名無しさん (2010-03-30 15:16:46)
  • 頻繁に履歴で上がってるから気になった。一気に上中下も見てきたよ。蛇足でもいいからハッピーエンドも見たくなってしまうw -- 名無しさん (2010-04-15 15:40:51)
  • 小悪魔が魔道書蹴り倒してその時動いた歴史でループが・・・っ! -- 名無しさん (2010-04-23 22:29:02)
  • 下で終わりだと思った -- 名無しさん (2010-04-24 01:00:40)
  • ドラえもんでこんな感じな話があったような…
    にしてもスゴイ -- 名無しさん (2010-08-09 20:29:58)
  • ほんとすごいな・・・マンガ化とかして某笑顔動画に上げてみたい -- 名無しさん (2010-08-13 17:44:08)
  • 素晴らしい! -- 名無しさん (2010-08-16 01:50:35)
  • イイハナシダナー
    緊迫した展開から一気に事態を動かす事って凄く大変だったと思います!
    起>承»»»»»»»転>>結みたいな感じ?
    本当にお疲れさまでした!
    でも閲覧するのが出来てから一年以上経ってる俺沈めwww -- 七な名無し (2010-11-12 23:34:47)
  • こんな良作を読むことができるなんて、東方厨で本当に良かったw -- 名無しさん (2010-12-19 18:32:10)
  • これが公式のレミリアと昨夜のストーリーだったらなあと思うくらいの出来です。漫画化ですか。見てみたいですね。ちょっとグロそうだけど -- 名無しさん (2010-12-26 08:20:49)
  • dial connectedのMMD使ったmadを思い出したんだぜ・・・ -- 名無しさん (2011-01-21 16:17:16)
  • 咲夜「やろう!ぶっ壊してやる!」 -- 名無しさん (2011-01-21 21:54:51)
  • レベルE思い出した。 -- 名無しさん (2011-02-22 18:51:30)
  • 久々に見てやっぱ感動した。
    ってか外道まだいるのかな? -- 名無しさん (2011-03-15 22:57:08)
  • ループ回避の鍵は、レミリアが咲夜の誕生日パーティを覚えてるかどうかかな… -- 名無しさん (2011-03-16 20:18:09)
  • 素晴らしすぎる!
    最後感動!!!!!
    「運命なんて簡単に変えられるんだ!!」 -- れみレミリ☆あうあう (2011-04-10 14:37:45)
  • 何とも言えない…この感じ
    一言では言い表せれない… -- 名無しさん (2011-06-14 14:41:21)
  • 昨夜はレミリアのお陰で
    「悪魔」から「人間」になれたのか・・・
    ループ、抜けれるといいな。あと、読んでて思ったけど
    死ぬ時の展開とかバイオ1に似てる。 -- 名無しさん (2011-06-25 23:20:42)
  • そうか、これはレミリアいじめなのか!w
    4年を永遠ループとかかわいそすぎる・・・ -- 名無しさん (2011-11-28 04:21:55)
  • はぁ…なんとも言えないな。虚しいような嬉しいような。なんか改めておぜうさまが好きになった。 -- いち、にい、 (2012-12-14 15:00:40)
  • これってどの異変が終わったあとなのか知りたいわ
    ていうかループなら小悪魔第????回
    新時代の神宣言!いつまでたってもこねぇーな -- マルゲリータ (2013-03-29 02:36:27)
  • 映画化してほしい -- 名無しだぜ (2013-04-07 00:48:47)
  • 考えるうちに俺の頭がおかしくなって死ぬかと思った -- 名無しさん (2013-04-07 15:38:13)
  • ブローチのところマジで泣いた -- 名無しさん (2013-07-31 15:51:34)
  • このレミリアならこのループを回避できるな -- 名無しさん (2013-08-26 20:44:30)
  • ドラえもんでこんな話がありましたんうね話[家の中で迷子]と言う題名です -- 名無しさん (2013-11-05 08:56:52)
  • 不朽の名作 -- 名無しさん (2014-03-18 17:05:40)
  • カールやん -- 黄の小動物 (2014-05-31 01:51:01)
  • よくこんな話思いつくわすげー -- 名無しさん (2014-11-02 09:43:46)
  • 本当に面白い -- 名無しさん (2017-04-20 00:28:14)
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最終更新:2017年04月20日 00:28