正正正正正正正正正正・・・
床の文字は際限なく増え続けていく。

美鈴が一人きりになって一週間、現状は一向に改善されていない。
ループを巡回するペースこそ早くなったが、新しい発見は何一つ無かった。
彼女にとって命綱である体力だけが無駄に消費されていく。

×印と正の字から少し歩いたあたりの壁際に盛り土がある。
美鈴は一旦立ち止ってそれの前で跪く。
そして数分間祈った後、立ち上がって再び歩き出した。

もう、その行為を何度繰り返しただろう?


(パチュリー様は・・・きっと私の為に死んだんだ。だから、私は生きなきゃ)


彼女は生前言っていた。このループには『繋ぎ目』があると。

例えば一本の紐から輪を作る時、どこか一箇所を結ぶだろう。
そこで紐は複雑に絡み合う。
このループもそうやって作られたなら、どこかでループの外と繋がっている。
そして無理やり捻じ曲げられた空間の皺寄せは、その『繋ぎ目』が食らう形になる。
この『繋ぎ目』を探すというのが、ループ脱出のセオリーになっているらしい。

当然、高度な術師ほど『繋ぎ目』での空間の皺を少なく、目立たなくさせようと努力する。
だがそれを完全に無くしてしまうことは不可能。
ループを作る限り、空間の不連続性はどうやったって消えやしない。
そこに罠に嵌める者と嵌められる者とのやり取りがあるらしい。

もしも石畳の間隔が短くなっていたり、壁が凹んでいる部分を見つけたら、それを見逃してはならない。
即ち、それこそ『繋ぎ目』、未来への脱出口だ。


しかし、今のところは嵌める者の完封ペースで事は進んでいる。
どれだけ眼を皿のようにしても、気味が悪いほど等間隔で廊下は続く。

封殺。
試合、決闘、戦争・・・勝負の内容に関わらず、弱者が強者に負ける時はいつだってこうだ。
反撃出来ないのではない。反撃するためのチャンスすら作れないのだ。



美鈴は懐から懐中時計を取り出した。
「咲夜さん、絶対に私は生き残ってみせます」

きっと彼女もこのループを作った奴に殺された。
だからこそ、美鈴は生き残りたい。
生き残って、そいつに勝ちたい。
それがパチュリーや咲夜に出来る精一杯の恩返しだと思っていた。

「パチュリー様、咲夜さん。どうか、どうか・・・私に力を貸してください」



「え・・・!?」
その時、美鈴はほんの少しの違和感を覚えた。



「・・・・・・・・・」

注意深く懐中時計を見つめながら、一歩、二歩と後ずさりする。

「・・・・・・・・・!」

すると今度は前へ、一歩、二歩。

「・・・・・・・・・これは!」

もう一度後ろへ、一歩、二歩。
そしたら前へ、一歩、二歩。
更に後ろへ、一歩、二歩。
懲りずに前へ、一歩、二歩。
しつこく何度も、一歩、二歩。



「15時37分41秒・・・42・・・43・・・44・・・」

一歩。
「45・46・47・48・49・」

二歩。
「50・・・51・・・52・・・53・・・」


「・・・ここだけ時間の流れが、早くなってる・・・」


美鈴が横の壁に眼をやった。
剃刀の刃さえ通らないほどだろうか?
天井から床まで、縦方向に極小の隙間が出来ている・・・

「これって・・・・もしかして・・・」

恐る恐る、美鈴が指でそれをなぞろうとした時・・・


「ひゃぁああ!!」

美鈴はその隙間へ吸い込まれてしまった。


「うわっ! あぁぁ! いやぁぁぁ!!」

突然の出来事に、激しく手足をバタつかせる。
しかし、気が付くと目の前に固い床の感触があった。
美鈴は床に倒れていたのだ。



「ここって・・・」

この迷宮はどこにいても同じ景色ばかりだが、先程までのループにいないことはすぐに分かった。
今、目の前には床に描かれた変な模様がある。
どこかで見た様な気もするが、こんなものはループの中では見なかった。


「や・・・やった! 出たんだ! 私は出ることが出来たんだ!!」

腕を突き上げて美鈴は喜ぶ。
更にもっと大げさに喜びを表現しようと、歓喜の雄叫びを挙げようとしたが・・・



「やっっっっった・・・・・・?」

両手でガッツポーズを取りながら大きく仰け反る時、視線は当然上へ向く。
今の彼女の場合、天井を見上げることになる。

その時、彼女は見たのだ。天井にポッカリと空いた穴を。



「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・ありがとう」

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます、咲夜さん」


「それに・・・パチュリー様も・・・ありがとうございます」

「ありがとうございます。咲夜さん、パチュリー様」



美鈴は力強く立ち上がり、宙へ浮き上がった。

「お嬢様、妹様、待っていて下さい。必ず助けを呼んできますから・・・」

そう言って彼女は穴の中へ入って行った。



「やった! 私は助かった! 助かったんだ!」

地上へ出たら、まずはここで起きたことを皆に話そう。
そしてお嬢様と妹様を助けるため、次こそは完全な準備をしてここに戻ろう。

巫女やスキマ妖怪、白黒や人形師・・・ありとあらゆる人に助けを求めよう。
土下座でも何でもして。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




レミリアが穴に入り、3ヶ月が経った。
持ち込んだ水や食料はとうに底を着き、空腹が少しずつ彼女に迫っていた。

ここがスタート地点だ。
死へと向かう、苦痛と絶望のマラソンの。


「フランは・・・もっと辛かった」

妹はこの長い長い悪夢を完走していた。
一体、どれほどの苦難であったのか?
今の自分には想像もつかないような地獄であったに違いない。

どうして、彼女にそんな死に方をさせてしまったのだろう?



その時・・・

「・・・さま・・・お・・・さま・・・」

 ・・・誰だろうか? 遠くで大声を出している奴がいる。


「お・・・さま・・・おね・・・さま・・・おねえさま・・・」

「え・・・!?」

「お姉様ー、どこにいるの!? お姉様ぁー!!」

「フ・・・フラン!!?」

まるで夢のようだ。
だが確かに、フランがレミリアを呼んでいた。


「フラァァン!! 私はここだよ! ここにいるよ!!」

「お姉様!? どこ? どこにいるの!!?」

「こっちよ! こっちに来て!!」

レミリアはフランの声のする方へ駆け出した。


「フラン! フラン! 聞こえる!?」

「うん! お姉様! すぐ傍にいるのね!?」

「どっち!? どっちに行けばいいの?」

妹の姿を捜し求めて辺りを見渡す。
しかし、フランはどこにも見当たらない。


「フラン! どこよ!? フラン!」

「・・・さま、・・・っちよ・・・さま」

「フラン! フラン!!!」

「・・・・・・・・・」

やがてその声も小さくなり、遂には聞こえなくなった。


「・・・フラン、どこよ・・・? どこにいるのよ・・・?」




「私はここだよ、お姉様」

「え!?」

レミリアが後ろを振り返ると、そこにフランが立っていた。
あの元気だった日の姿のままで。


「フラン・・・フランなのね!!?」

「お! お姉様!?」

レミリアはフランの胸元へ飛びついた。


「会いたかった・・・会いたかった・・・会いたかったよぉ・・・フラン」

「もう、大袈裟なんだから。お姉様ったら・・・
 私が迷子になっても探さないなんて言って・・・」

「嘘よ!! 嘘! 嘘! 嘘! あんなの嘘に決ってるじゃない!!!」



「・・・お姉様? 泣いているの?」



ここではこういうことが普通に起こりうる。
レミリアは死んだ筈のフランと再会した。
それも正気を失う前のフランと。



「あれから誰とも会ってないの?」
「うん。お姉様と別れてから誰とも」

話を聞いてみると、彼女はここに入ってから3日目のフランだった。
まだまだ精神的に余裕のある、元気な頃の彼女だ。


「あ、でも出口は見たな」

「え、出口? 出れば良かったのに!? 折角見つけたんでしょ?」

「うん・・・だってまだ美鈴もパチェも・・・お姉様だって中にいるもの。皆を置いて行けないよ」

「あなたって子は・・・」

「大丈夫だよ! まだまだ水も食べ物もいっぱいあるもの!」

フランが屈託の無い笑顔でバッグを見せ付けた。
しかし、レミリアはフランの悲惨な末路を知っている。

知ってはいるが、それを避けられないことも知っている。
もう妹に対して何も言うことは出来なかった。


「・・・どうしたの? お姉様」
「ううん、何でも無いよ。行きましょう」



「ところでフラン・・・この前はごめん」

どれほど前だったか? ここに来たばかりの時の喧嘩のことを謝った。


「え? もういいよ、そんなこと」

「ううん。確かにあなたの言う通り、私が悪かったと思う。・・・ごめんね」

「本当にどうしたの? 今日のお姉様、何か変よ?」

「・・・何でも無いってば」

何も知らないフランは、ただ無邪気に笑っていた。



「・・・そうだ。これ、あげる。前に欲しいって言ってたわよね?」

レミリアは胸のブローチを外すと、フランに差し出した。

「え・・・? でも本当にいいの?」

「いいのよ。私にはこれがあるから」

「それ何? 随分古いみたいだけど・・・」

それは死んだフランが持っていた、古惚けたブローチだった。


「まあ、気にしないで。貰ってよ」


「ありがとう、お姉様。私、一生大事にするからね!

 ・・・・・・・・・

 ・・・お姉様、また泣いてるの?」


「・・・・・・・・・」

「もう、しょうがないわね。お姉様って泣き虫なんだから」

妹が、姉の頭を優しく撫でた。



「フラン、私ね・・・あなたが妹で本当に良かった」

「えっ? い、いきなり何言うのよ?」

予想もしていなかった姉の言葉に、フランの顔が一気に赤くなる。

「ありがとう、私の妹に生まれてくれて・・・」



「・・・・・・・・・お姉様、私も・・・」

「あなたも・・・何?」

「う、うん。あのね・・・私もお姉様が、私のお姉様で・・・」

「私が?」

「なんと言うか・・・上手く言えないけど・・・」

「・・・?」

「い、いや・・・その・・・」

「どうしたの? フラン?」





「・・・・・・・・・フラン?」

レミリアが振り返った時、もうフランの姿は消えていた。



「フラン!!! フラァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!!!!」




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




 ・・・おかしい。ここに来る時は1時間ちょっとで来た筈だ。
なのに、もう丸一日は上に昇っているのに一向に外の光が見えてこない。

それでも湧き上がる嫌な予感を殺しつつ、希望を求めて暗闇の中を必死に昇る。
小さな光がふっと頭上に現れるところをイメージしながら。
次の瞬間、それが現実になるかも知れない。そうならなくても、次の瞬間、次の瞬間。
希望は絶対に絶やすな。数珠繋ぎでどこまでも続けていけ。



しかし、絶望と戦うことはとても疲れる。
これまで溜まっていた疲労もあるだろうが、ある時美鈴は力を失い落下してしまった。

ほんの数メートルだけ。


「きゃぁぁ!」

 ・・・ドサッ!

なのに、彼女の体は固い地面に打ち付けられた。


「う、嘘・・・?」

まず美鈴の目に飛び込んできたのは、あの床に描かれた妙な模様。
次に辺りを見渡して、そこは迷宮の中だということを理解した。

出口なんて、最初からなかった。



「そんな・・・私は助かったんじゃ・・・なかったの?
 もう、希望なんて・・・どこにも残ってないのかな?
 皆・・・私も・・・ここで死ぬの?」


これぞ正に絶望。
心が死んでいくような、真っ黒な壁に押し潰されるような感覚。


「ぐすっ、酷いよ・・・
 えぐっ・・・ひっく・・・頑張ったのに・・・あんなに頑張ったのに・・・!
 う・・・うゎぁぁ・・・
 うわぁぁっぁぁぁっぁぁぁッぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


この迷宮に入ってから美鈴が泣いたのは、何もこれが初めてではない。
例えば咲夜の死体を見つけた時、パチュリーが死んでいた時。
しかし、今回ばかりは勝手が違う。
もっと決定的なものが切れてしまった。


「信じてたのに・・・本当は希望なんて・・・無かったんだね・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・?」

その時、すぐ傍に誰かの気配を感じた。
美鈴達を閉じ込めた奴だろうか?
彼女はゆっくりと、顔を上げた。



「・・・妹様? 妹様なのですか?」

「・・・・・・・・・」

フランは何も答えない。しかし、幻なんかじゃない。
今、美鈴の目の前にフランが立っている。



「妹様、落ち着いて聞いて下さい。
 もう・・・出口なんて無いのです。
 私たちは二度と館には帰れないのです。
 ここで死んでしまうしか無いんですよ」


「ですけど・・・こうして妹様にもう一度会うことが出来て、本当に嬉しいです。
 辛いことや悲しいことばかりでしたけど、私は今、とても嬉しい」


「ですからね、もし宜しければ・・・せめて最期まで・・・一緒にいましょう。妹様」


フランがいる。
それは何の意味も成さぬ、申し訳程度の希望だった。

それでも最後に希望が残った。

美鈴はその手をフランへ差し出した。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・もういい。

いつまで経っても出口は見付からないし、ここに来てから運命も上手く操れない。
それに今更どう頑張ってもフランはもう帰って来ない。
このまま朽ち果てよう・・・


レミリアは膝を抱えて座っていた。
二度と立ち上がらないことを決めて。

ここが誰かに造られたものなのか、自然に出来たものなのかは分からないが、どちらにしろ大した迷宮だ。
真っ先に気力を奪って、それからじわじわと体力を削っていく。
まるで食虫植物の中・・・いや、そんな甘いものではない。
もう『食事』は終わっているのだろう。
蛇に丸呑みにされた蛙が、その大口から這い出ていく姿など見たことが無い。

化け物の口を、何か素敵な財宝でも眠っている洞窟だと勘違いして、自分から入って行く愚か者。
昔、そんな御伽話を聞いたことがある。
それも、仲間を何人も連れて。






「お嬢様、お嬢様ですか?」



「・・・咲夜か?」



再び奇跡の再会。
レミリアはしかし、もう顔を上げることは無かった。


「ここは思った以上に危険です。今すぐ脱出しましょう」

「咲夜、お前はここに来てどれくらい経つ?」

「3時間です」

「それだけか・・・私は3ヶ月はここにいる」

「・・・申し訳ございません。もっと早く見つけることが出来れば・・・」

咲夜はレミリアの言葉に何の疑問も持たなかった。


「この迷宮の時間がおかしいこと、知っているのか?」

「私だって時間を操ることに関してはプロです」

「ああ、確かにそうだね」


「私と一緒に行きましょう、お嬢様。ここは一人で脱出できる様な所ではないです」

咲夜が主に手を差し伸べた。
それでもレミリアは微動だにしない。


「私はもう、いいや。行くなら一人で行ってよ」

「私となら時間を操って、何とかここから・・・」

「・・・フランが死んだよ。美鈴も多分、死んだんだ。パチュリーだって、生き残ってるとは・・・」

「・・・そうですか」

「だから私ももう、いいや。あいつらを死なせておいて自分だけは助かろうなんて思わない」

「いえ、行きましょう。きっとここから出ることが出来る筈です」

「ここから出ても、フラン達はもういないよ?」


「・・・それでも行きましょう。お嬢様が帰って来るのを望んでいる人だって、沢山いるのです。
 お嬢様が助かることに、意味が無い訳がありません」



「・・・そうだね。行こうか」

レミリアは顔を上げ、咲夜の手を握り、再び立ち上がった。
その時見上げた彼女の顔は、とても懐かしく思えた。

死や絶望とは無縁だった、紅魔館の匂いが色濃く残っていた。



「お嬢様、私から決して離れないでくださいね」
しっかりと手を繋いだまま、咲夜はレミリアを導いていく。

「あら? お前が私のナイト気取り?」

「い、いえ! すみません。ですが、少しでも油断すると・・・」

「しっかり守りなさいよ、咲夜。二度と私を離さないように」

「・・・はい。お嬢様」


レミリアだって薄々は気付いている。
恐らく咲夜も助からないであろう事に。
フランの時のように、いつかははぐれてしまう事に。

しかし、だからこそ強く手を握るのだ。
いつか別れが来るとしても、決して離さない。
二人は寄り添い歩き続けた。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




所変わって紅魔館、玄関ホール。

「荷物はこれで全て?」
「はい。それでは早速投げ込みましょう」

小悪魔はパチュリーの言いつけどおり、救援物資を穴の中に放り込もうとしていた。
あまりに大量の荷物なので、小さめの包みに小分けしている。
その数、ざっと20余り。
中身は殆どが魔法アイテム、他には水や食料など。

4日も主達から音沙汰が無かった紅魔館にとっては、大いなる希望だった。
妖精メイド達も張り切って手伝ってくれた。


「それでは行きますよー。まずは一個目、そーーれっ!」
小悪魔が包みの一つを投げ込んだ。

 ・・・ドサ!


「「「「は?」」」」


「ねえ? 確かこの穴って凄く深かったよね?」
「うん、メイド長でも一番下まで行くのに1時間以上掛かっちゃったんだって」
「でも今、まるで包みが底に着くみたいな音が・・・」
「い、いや・・・き、きっと途中で引っ掛かっちゃったんだよ」
「そ、そうですよ。ちょっと調べてみます」

そう言って小悪魔が穴に潜ると、中は真っ暗だったがすぐに見付かった。
包みと、底が。
深さはおよそ3メートル。氷精だってもっと気合の入った落とし穴を作る。


「ね、ねえ。何で穴が浅くなってるの?」
「し、知らないよ! そんなこと」
「と、ところでお嬢様達は何処行っちゃったの?」
「し、知らないよ! そんなこと」
「そ、それじゃ私達、どうすればいいの?」
「し、知らないよ! そんなこと」


「あ、あの! ・・・私、図書館でもう一度調べます。一人にさせて下さい」

「う、うん。頑張ってね、こあ」



小悪魔は図書館に戻った。
ガチャリ
そして中から鍵をかけた。



「・・・あ・・・あは・・・あはは・・・あははは・・・あはははは・・・」


「あはははははははははははははは!!!!!! ざまあ見ろ! ざまあ見ろ!!!!!」

「ざまあ見ろ! ざまあ見ろ! ざまあ見ろ! ざまあ見ろ! ざまあ見ろ!」

「ざまあ見ろ! 糞魔女! ざまあ見ろ! 糞吸血鬼達! ざまあ見ろ! 糞メイド! 糞門番!」


「いい気味だ! いつも私を馬鹿にしてるからこんな目に遭うんだ! 自業自得だ!
 本当! 我慢して奴らの言いなりになっていた甲斐があった!
 ありがとう! 神様! ありがとう! 仏様! ありがとう! あの穴を造った人!!!
 今まで生きていた中で、最高の気分です! 本当にありがとう!!!」


ふと小悪魔が机の上に目をやると、書きかけのパチュリーの魔道書があった。
ふん、と鼻で笑って机ごと蹴り飛ばす。


「やった! やったよ!!
 これからは私がここの当主なのね!?
 もう誰も私に逆らえないのね!?
 遂に私の時代が来たのね!!?
 紅魔館の!! 新時代の幕明けよ!!!!」

その時歴史が動いた。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「お嬢様、そこは危ないです。3日後へ飛ばされます」
「う、うん」

この迷宮を行くにあたって、咲夜の能力は非常に重宝した。
ここで最も恐ろしい筈の時間のトラップを、ことごとく見破ることが出来るのだ。
何処が何処へ、何時が何時へ、その複雑な繋がりだって注意して見れば把握することが出来る。
満月の下がレミリアならば、ここは咲夜だ。
まるで咲夜のような者の為に作られたようなところではないか。



「この廊下は時間が逆行していますね。あまり長居はしない方が・・・」

「あのさ、咲夜・・・」

「何でしょう?」

「誕生日おめでとう」

「・・・覚えていらしたのですか?」

こんな所での意外な言葉に、咲夜は少し驚いた。


「ごめん、3ヶ月も遅れちゃって」

「私にとっては1日遅れですよ?」

「どちらにしろ、遅れてることには変わりないわ。本当は私以外の皆は覚えていたんだけど」

「いいんですよ。お嬢様にそう言って頂けるなら、私は何時だって構いません」



「・・・そう言えば前から聞きたかったんだけど、あなたって4年前から記憶が無いんでしょ?」

「ええ、そうですが」

「だったらさ、あなたって今、4歳?」

「へ?」


「あ、いや。昔の記憶が無いってどんなのかなって。4年間しか生きてないって感じする?」

「そうですね・・・流石に4歳という訳ではありませんが、昔のことは皆目分かりませんし・・・」

「人間の4歳って、まだまだ母親に甘えたい年頃だって聞いたけど、あなたはどう?」


「・・・母親とはちょっと違いますが、似た様な人はいますよ?」

咲夜は笑ってそう言った。

「へえ? 一体それって誰かしら?」

「ふふ、秘密ですよ。お嬢・・・お嬢様?」


レミリアは立ち止まり、その顔付きも変わっていた。
それは誰か、自分に害なす者と対峙した時の顔だった。



「ねぇ! そこにいるのは誰かしら!?」

レミリアはそう声を張り上げた。
咲夜もその方向、曲がり角の影に何者かの気配を感じた。
ナイフを取り出し、主の数歩前に出る。


「覚悟ッッッ!!!」
突然、そいつが襲い掛かってきた。

「こ・・・このっ!!」
咲夜はその強襲に対抗しようと、持っていたナイフを投げる。
しかし次の瞬間、予想だにしない事態が起きた。


 ・・・逆に咲夜の周りを、何本ものナイフが囲っているのだ。
彼女が戦闘において、いつも獲物にそうするように。

「あぁぁ!! うわっぁぁ!!!」
咲夜は今まで、こんな攻撃を受けたことが無い。
成すすべなく手足に被弾した。


すると不思議なことに、咲夜の体中から力が抜ける。
咲夜は己の体を支えられなくなり、その場に倒れこんでしまった。


そして目の前に、そいつが現れた。


「お前は・・・まさか・・・嘘よね?」



そこにいたのは・・・ずっとこの迷宮でレミリア達を苦しめてきた黒幕は・・・



咲夜だった。



ただし4つほどだろうか?
今、倒れこんでいる咲夜よりも歳はずっと若い。
幼い咲夜が、凍りつくような眼差しで咲夜を見つめていた。


「まさか・・・あなた、私なの・・・?」
「お前、本当に咲夜なのか?」

レミリアと咲夜は同時に同じ質問をした。


「あなたは正解、だけどあなたは不正解」
幼い咲夜は咲夜を指差し、次にレミリアを指差した。

「確かに私は過去のこいつ。でも私は『咲夜』なんて名前じゃない。
 そんな名前、貰った覚えは無い」


彼女が言ったことはすぐに理解出来た。
『十六夜咲夜』はレミリアが与えた名前。
つまり、こいつはまだレミリアと出会う前の、まだ咲夜でない頃の咲夜だ。


「言っておくけど、動こうとしても無駄。そのナイフは特別製なんだから」
銀髪の少女は咲夜に刺さっているナイフを指差した。
刺した相手を拘束するナイフ、確かにそんなものがあると咲夜も知っていた。


「お前が・・・ここを造ったのか?」

「私一人の力じゃない。何人もの術師を集めて造った、お前を殺す為の罠よ」

「フラン達もお前が殺したのか?」

「そうよ。もうお前達以外は全員死んだ。あの妹もちょっと声を工夫すれば簡単だったわ」

「・・・・・・!」

レミリアの眉間に皺が寄った。



「どうして・・・私がこんなことするのよ?」
咲夜がそう呟いた。

「・・・私が、何ですって?」

「どうして昔の私がお嬢様や皆を殺そうとするのよ?」


「それは・・・こっちの台詞だっ!!!!」

ドスッ!! 「う・・・ぐぅ・・・」
銀髪の少女の蹴りが、咲夜の鳩尾に直撃した。
咲夜はたまらず悶え転がる。


「咲夜!」

レミリアは咲夜に駆け寄ろうとする。しかし・・・

「お前! どうして私 た ち  に  こ    ん    な        ?」

一歩進むごとに、レミリアのスピードは遅くなっていく。


「あまり私に近付くと、時間が止まっちゃうわよ? 離れたら?」


「く        そ    やっ    て  く  れ る じゃないの!!」

銀髪の少女に言われるまま、レミリアは退いた。



「それで・・・何だっけ? ああ、どうして私がこんなことするのか、だったね」

ズドッ!! 「がっ・・・あぁ・・・」
銀髪の少女は再び咲夜の腹を蹴りつけた。


「逆に言わせて貰うけど、どうして私があいつの手下なんてやっているのよ!!?
 穴から未来の私を覗いた時、どれだけショックだったか!!!」


「どうしてって・・・私は記憶を無くしたところを、お嬢様に拾われて・・・」

「ああ、忘れちゃったのよね?」



少女はすぅと息を大きく吸い込んで、こう叫んだ。

「あなたは元々、あいつを殺しに来た吸血鬼ハンター!!
 なのに、あいつに負けて! 記憶を消されて下僕にされたのよ!!!」


「「な・・・!!!」」
レミリアも咲夜も、非常に驚いた。

「なんだ。レミリア=スカーレット、お前も忘れてたの?
 ・・・まあ、お前にとって人間なんてそんなものか」


「・・・本当に嫌になる。負けるだけならまだいい。
 なのに、よりによってあいつの仲間、悪魔の犬なんて言われる羽目になるなんて・・・
 我ながらとんだ恥さらしよ」


「・・・嘘よ」
咲夜がその言葉を否定する。

「本当よ。あなたも本当はあいつを殺したいくらいに憎んでいた。
 それを無理やり運命を変えられて・・・
 あいつに騙されていたのよ、あなたは」

「・・・嘘」


「ねえ、レミリア=スカーレット? 私がこう言ってるけど、本当はどうなの?
 十六夜咲夜さんは、本当に自分からお前に従っていたのかしら!?」

銀髪の少女はレミリアにそう聞いた。
しかしレミリアは俯いたまま、何も答えない。

「お嬢様・・・嘘ですよね・・・? 嘘だと言って下さい」

「・・・・・・・・・」


「ほら、嘘じゃないでしょう?」




「咲夜・・・実は・・・・・・って、これは!?」
その時、レミリアの目の前に壁が出来た。

「悪いけど、私は私と話がしたい。暫く二人きりにさせて貰うわよ」
壁の向こうから声がする。

「待て! 待ってくれ!!」


ボコォッ!! 「!!?」

突然、レミリアの頭上の天井が崩れた。

「もし再び『咲夜』に会いたいなら、3日間ここにいなさい。
 ちなみに、それは外への出口。『咲夜』を見殺しにして助かりたいなら、どうぞ」


そして壁の向こうから全く声がしなくなった。






「やっと二人きりになれたわね」
「・・・・・・」

「・・・私はあなたが一番許せない。
 人間なのに、悪魔の手先になって沢山の人を殺して・・・
 この手で殺してやりたい・・・」

少女がナイフを手に持った。

「ねえ、人間ってどこが一番美味しいのかしら?
 足? 腕? それとも、内臓とか?
 奴らの食事を作っていたあなたなら、分かるわよね?」

咲夜のその部位に、ナイフが突き出される。

「でも・・・あなたが私と同じ顔っていうのが気に食わないから・・・
 やっぱり最初はここよね」

そう言って少女は、咲夜の鼻にナイフを押し当てた。


「ま、待って!」
「駄目よ」


ぼと・・・




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
5次元閉曲面上の悪魔(終):27スレ588へ続く





  • あえて時間をずらして書いてるから終わりがこんななのか
    題名が「R-type」みたい
    中身は「CUBE2」みたいだけど -- 名無しさん (2009-08-30 23:19:12)
  • ↑スマン思いっきり終わりがあるのに気づいてなかった・・・・ -- 名無しさん (2009-08-30 23:20:10)
  • 上 中 下 終
    じゃ下で終わりって思っちまうよな。
    おれもそうだったし -- 名無しさん (2009-08-31 06:24:17)
  • 前後へのリンク張ってみた
    多分分かりやすくなると思う -- 名無しさん (2009-09-01 19:08:12)
  • では、皆様一つ私の歌劇をご観覧あれ
    その筋書はありきたりだが
    役者がいい 至高と信ず
    故に面白くなると思うよ -- カールおじさん (2014-08-22 14:31:34)
  • 何故かこれの中と終が見れない。


    これの続きすっげぇ気になるから誰か救済頼む -- 名無しさん (2016-02-07 04:18:48)
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最終更新:2016年02月07日 04:18