※キャラ性格改変注意
※グロ表現あり









「ねぇ? お茶飲みたいなんて私、言ったっけ?」

いつも通りのアフタヌーンティーを出したメイドに、主は言った。

「え・・・? でもお茶の時間ではないですか?」
「そんなの関係ない。私は今、お茶なんて飲みたくないんだけど?」

彼女は実に不機嫌そうに言い放った。


「あ・・・すみません。今すぐ片付けますね・・・」

そう言ってカップを片付ける咲夜の右腕には包帯が巻かれている。
つい数日前、レミリアに爪で裂かれた傷だ。


「待ちなさい!」
「痛っ!!!」

突然、その腕をレミリアが掴む。
それも包帯の巻かれた部位を容赦なく。
痛みで咲夜の顔がかすかに歪んだ。


「私に飲みたくも無いお茶を出した罰よ」

するとレミリアはその腕に紅茶を浴びせた。


「いやぁぁぁぁ!! 熱っっ!!! 熱いっっ!!!!」

包帯越しではあるが、熱い紅茶が新鮮な傷口を焼き付ける。
普通の火傷とは比べ物にならない激痛が彼女の右腕に走った。
たまらず悲鳴を上げ、床に倒れこむ。

レミリアは楽しそうな笑みを浮かべながらそれを見ていた。




「うぅぅ・・・酷いです・・・」

「・・・私は部屋に戻ってるから」

そう項垂れる咲夜に目もくれずに彼女は去った。
その際、部屋のドアを「バタン!」と乱暴に閉めて。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




紅魔館の主、レミリアが些細なことで激昂するようになったのはおよそ三ヶ月前。
理不尽な怒り方をするようになったのは二ヶ月前。
更に1ヶ月前から暴力を振るうようになり・・・
そしてそれは1週間ほど前から輪をかけて酷くなっていた。




夜になっても、まだ右腕は痺れるように痛い。
(私はあんなに怒られるようなこと、やってない・・・)

何度考えてみても主から受けた仕打ちには納得がいかない。
自分はただ、紅茶を出しただけだ。
それは毎日変わらずやっていること。
機嫌が悪かったのは分かるが、何もあそこまですることは無いのではないか・・・

そう考えながら、レミリアの寝室へ着いた。
咲夜の全身に少しだけ緊張が走る。


コンコン
「お嬢様」

「・・・何よ?」

「お夕食の準備が出来ました。今すぐ食堂に・・・」

「・・・食べたくない」


またか、と咲夜は思った。
今日の様に誰かに暴力を振るった後は、レミリアは必ず部屋に引き篭もる。
そしてその日は誰も部屋に入れてくれない。


「何か食べないと体に毒ですよ?」
「いらない。とてもそんな気分じゃない」

「ですが、お嬢様・・・」
「いいから行け。今はお前なんかと会いたくない」


「・・・それではこうしましょう。
 お嬢様のお食事はここに置いておきます。
 それを食べたら食器はここに出しておいて下さい。
 私が後で片付けに来ますから。」

「・・・分かった」
その妥協案は受け入れられた。


言った通りにレミリアの食事だけワゴンに乗せ、そこに置く。
一時間後、再びそこに行くとワゴンの上には空の食器があった。


それにしても一体、何がそんなに主を怒らせているのか?
どうしたものかと、咲夜は考えた。




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「あの、パチュリー様。お嬢様が見当たらないのですが・・・」


数日後、咲夜が気付かぬうちに主は館からいなくなっていた。
どこを探しても見付からないので心配になり、彼女の親友に尋ねた。


「・・・ああ、レミィなら朝から出かけているわよ」

「朝からって・・・私に黙ってですか?」
「そうよ。それが何か?」

「何かがあった時に困ります。例えば突然雨が降ってきたりとか・・・」
「・・・別に困らないでしょ? 私には伝えてるんだから」

「いえ、もしもの時にお嬢様をお助けするのが私の役目ですから」


「あなたねぇ・・・」
パチュリーは深くため息をついた。

「いい? あなたはあいつに言われたことだけやってればいいのよ。
 別に四六時中付き添ったり、余計な心配をする必要は無いの」


それを聞いて流石の咲夜もムッとした。
「そうはいきません。それではメイド長としてあまりに無責任すぎます」

「あなたって凄く真面目なメイドよね。
 でもその割には最近よくあいつを怒らせてるみたいだけど?」

「・・・・・・」
それを言われてしまっては返す言葉も無い。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


「・・・神社ですか?」
長い沈黙の後、咲夜がそう切り出した。

「何がよ?」
「今日、お嬢様は神社に出かけているのですか?」

「・・・違うわ。全然違う・・・」
そう言ってパチュリーは一瞬だけ深刻そうな顔をした。


考えてみれば最近はレミリアが神社に行くことは殆どなかった。
今日になって突然そこへ行くとも思えない。

ならばどこへ行ったのかと思ったが、聞いてもどうせ答えてはくれないだろう。
咲夜はそれ以上は何も聞かずにその場を後にした。




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全く、主はどこへ行ったのだろうか?


先程のパチュリーの様子が咲夜をますます不安にさせた。
彼女が誰にも内緒でフラリと出掛けることはそれほど珍しくも無い。

しかし今は真昼、更に外は晴天だ。
こんな悪条件の中で館をこっそり抜け出すなど、普通は考えられない。

それこそ雷雨の吹き荒れる深夜、散歩に出歩く人間などいないように。


そこで咲夜は正門へやってきた。
門番の美鈴ならレミリアが出掛けるのを目撃しているはずだ。

まあ、美鈴が仕事を放棄して昼寝をしていた可能性もある・・・
が、それならばレミリアから大目玉を食らっている筈だ。
少なくとも全く気付かずにいることは無いだろう。

勿論、彼女が行き先を聞いている可能性は薄い。
しかし、その時の様子や行った方角などを聞きだせるのではないか。
何か情報が得られるに違いない。



そう考えた咲夜が見たもの・・・それは傷だらけで門の横に転がる瀕死の美鈴だった。



「ちょっと!! 美鈴!?」
慌てて重傷の門番へ駆け寄る。


見れば見るほど、その傷は酷かった。
両腕は数え切れないほどの箇所が折られ、軟体生物の触手のようになっている。
それこそ肩の関節から始まって10本の指全てに至るまで。

両脚には鋭い牙で噛み千切られた跡が無数にあった。
まるで野犬の群れに襲われた骸のようだ。
骨や血管、筋肉が剥き出しになっているのが生々しい。
更につま先は踏み潰されているようだった。

胴体は爪で深く引き裂かれている。
胸から腰にかけて、深々と。
腹から飛び出している内臓は途中で千切れていた。
咲夜はそれの一部が塀の上にぶら下がっているのに気が付いた。

彼女の右頬は右目を隠すほどに腫れあがっている。
可哀想なことに、少女の顔の骨は折れているのだろう。
口内からは砕け散った奥歯が転げ落ちた。

妖怪である美鈴にとっても相当な重傷だ。
言うまでもなく、これが人間だったら間違いなく助からないだろう。



「ぁぁぅ・・・咲夜さん・・・?」
蚊の囁くような声で美鈴が呟いた。
どうやら咲夜が助けに来たことに気が付いた様だ。

「美鈴! しっかりして!! 誰にやられたのよ!?」


これは魔理沙の仕業ではない。
彼女はここまではやらない。

フランの仕業でもない。
フランは部屋から出ていない筈だ。

レミリアに折檻されたとも考えられない。
いくらなんでも、これでは折檻ではなくて虐待だ。

咲夜はそう考えていた。



「お嬢様が・・・私を・・・」

「・・・え?」


「私、何もしてないです・・・
 昼寝もしてなかったし・・・真面目に仕事してました。
 なのにお嬢様が『お前の顔は癪に触る』って・・・
 突然殴ってきて・・・」

「そんな・・・いくらお嬢様でもそこまで・・・」

「止めてって何度も言いました・・・
 でもお嬢様は笑いながら私のこと・・・
 まるで小さな虫でも甚振るみたいに・・・う、うぅ・・・
 怖かった・・・」

美鈴はもう、泣くことすら辛そうだった。


「分かったわ・・・もう喋らないで」
咲夜は美鈴のその言葉を信じた。
彼女が嘘を言う必要はないし、正直言って最近の主は少し変だ。



「咲夜さん・・・私、決めました・・・」

「どうしたの?」

「もう・・・あのお嬢様には付いて行けません。辞めさせて下さい」


「そう・・・・・・
 ・・・お嬢様には私から伝えておくから」


「すみません。すみません・・・咲夜さん・・・」

「いいのよ。あなたの気持ちは分かった。誰もあなたを責めない」


メイド長である咲夜の権限で、美鈴の退職が決まった。
それにしても、昼寝はしても門番の仕事には満足していた美鈴だ。
それが自分から仕事を辞めるなど、誰も想像していなかっただろう。




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「レミィ、どうだった? 何か進展はあった?」
「・・・駄目ね。あのヤブ医者、何の役にも立たなかったわよ」

「でも幻想郷であいつ以上の医者なんていないのよ」
「もう、いよいよ打つ手無しかもね」

「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙する二人の間に重い空気が漂いだす。


夕方、誰にも見付からないようこっそり帰宅したレミリアは図書館にいた。
そして今日の診断の結果を親友に伝えた。

極めて残念なことにそれは悪い報告、実に絶望的な結果であった。
永遠亭の永琳が最後の望みだっただけに、二人の落胆も凄まじいものがあった。


「ところで、向こうで何か問題でも起こしてないわよね?」
「いや・・・永遠亭だと何も無かったんだけど、実は・・・」

「実は?」



コンコン
「お嬢様、お戻りですか?」

その時、咲夜が図書館のドアを叩いた。


「私に何か用?」
「はい、お嬢様にご報告したいことがあります」

「今ちょっと忙しいんだけど・・・」
「いえ、早急にお伝えしないといけないことなので」
「・・・分かった、入りなさい」


「失礼します」ガチャリ

部屋に入ってまず最初に、咲夜は主の顔色を確認した。
美鈴に対してあれだけの凶行をやらかしたのだ。
一つ言葉を間違えれば自分の身すら危ういかも知れない。

あまり警戒するのも良くないが、咲夜にだって恐怖はある。


しかし実際にはむしろ意気消沈、生気の消え入りそうな二人がいた。
それを見て今度は主が心配になってくるのが咲夜らしい。



「それで? そんなに大事な用って一体何なのよ?」

「はい。美鈴が今日限りで門番を辞めました」


「え・・・!!!」
それを聞いてレミリアはハッとした。


「・・・なんだ、そんなことなの? 別にいいわよ、あんな門番。
 むしろあっちから辞めて貰って手間が省けた」

そうは言ったが、彼女は明らかに動揺しているのが見て取れる。


「仕事は今日で終わりですが、出て行くのはもう少し先です。
 流石にあの怪我で放り出す訳にはいきませんから」

「それは構わない。だけど、一つ聞いていい?」

「はい、何でしょうか?」



「どうして私に黙って辞めさせるのよ!!!」
バァァッッン!!!


レミリアが両手の手の平で思いっきり机を叩く。
机は轟音とともに真っ二つに割れてしまった。



咲夜はしばらく硬直していたが、やがてこう答えた。


「お言葉ですが、門番の人事権は私にあります。
 辞めさせるのが妥当だと私が判断したまでです」

「つまりあいつはもう門番は続けられないということ?」

「はい。復帰までに時間が掛かるでしょうし・・・
 何よりも今日の出来事は美鈴にとって大きなトラウマとなりました。
 もうここで働くことは出来ないでしょう」

「そうか・・・もういい。分かった」


「いえ、私からお嬢様にお聞きしたいことがあります」

「何よ?」


「どうして美鈴にあんなことをしたのですか?」

「・・・関係ない。パチェと話したいことがあるから出て行ってよ」

「そうはいきません。確かに美鈴は優秀な門番では無いですが、いくらなんでも・・・」



「うるさいよ」
「・・・!」

レミリアがギロリと咲夜を睨んだ。
その鋭い眼光に思わずたじろぐ。


「咲夜、いいから黙って去りなさい。もうお前と話すようなことは何も無い」

「ですが・・・」



「咲夜、下がりなさい」

それまで黙っていたパチュリーが言った。
さほど動揺してないあたり、美鈴に何が起こったのかの大体の見当は付いているらしい。

「今朝言ったわよね? 余計な事はやらなくていいって」


「・・・分かりました。失礼します」

もうこれ以上食い下がるわけにもいかない。
咲夜は2人のいる図書館を後にした。



そしてその後、美鈴の部屋へ足を運んだ。
麻酔が効いているらしく、彼女は眠っていた。
その様子は棺の上に安置されたミイラのようだ。


いくら安静にしていても完全に元通りになる保証はないらしい。
もう以前のような運動は出来なくなる覚悟も必要だとか。


時々、苦しそうにうなされる美鈴を見ながら咲夜は思った。



確かにお嬢様は元々荒っぽいところもある。
怒りっぽい性格だし、怒らせると怖い。


それでも、身内にここまでするようなお方ではない。
部下の心を引き止める程度の最低限の情はあった。

と言うより、お嬢様は悪魔と言うには少しばかり優しい・・・と思う。
冷酷とか非情とかの言葉はどこか似合わない。


勘違いかも知れないが、自分は己の主のことをそう考えていた。


やはり、お嬢様はこんなことしない。




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「パチュリー様、お嬢様の様子はどうでしたか?」

「まあ、問題無いんじゃないの?」


「それでしたら、そろそろお嬢様とお話がしたいのですが・・・」

「・・・駄目よ。レミィが会いたくないって」



あの日からレミリアの篭り癖が悪化した。
もう1週間も従者達の前に姿を現していない。
自室に鍵をかけ、一日の大半を一人きりで過ごす。


そんな中、親友のパチュリーだけは部屋に入ることを許していた。
そして二人きりで何やら話をしているらしい。



この異常事態を、実は紅魔館の従者達は歓迎していた。

最近の主が荒れていることは誰の目にも明らかなのだ。
彼女と会わないことは、つまり己の身の安全を意味していた。
美鈴などは館を出るまでレミリアに会わないことさえ望んでいる。



「せめてお嬢様が何故、部屋から出ないのか教えていただけますか?」

「さあね・・・あなたが知っても意味の無いことよ」

「・・・そうですか」

「まあ、レミィには私が付いているから。あなたは気にしないで頂戴」


「私だってお嬢様のお役に立ちたいのですが・・・」


「あら? あなただってレミィがいなくて内心ホッとしているんじゃないの?」

「えっ・・・!!! ・・・そんなこと・・・ないです」

「さて、本当かしらね?」


図星だった。
確かに悩めるレミリアを支えてあげたいという気持ちは嘘ではない。
しかし彼女を恐れる気持ちは咲夜の心にも芽生えていた。
その恐怖心は即ち、主に対する一種の不信感なのではないか?
少なくとも真心ならこんなに揺れない。

そんな気持ちで主の心と真剣に向き合える訳が無い。
『お役に立ちたい』という言葉が急に薄っぺらくなった。



「そんなことより、あなたの仕事はこれよ。やっておいて」

パチュリーがそう言って咲夜に渡したのは一枚のメモだった。
それはレミリアから預かった、館の諸事務に関する命令。
例えばメイド達の勤務実態の調査や館の資産の計算など、その程度のものだ。

この一大事、咲夜は雑用係に甘んじることしか出来なかった。




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「美鈴、ちょっといいかしら?」
「・・・? パチュリー様?」

「あなた今日で最後よね」
「はい。お嬢様やパチュリー様にはお世話になりました。残念な最後でしたが」

「これ、持って行きなさい」
「え・・・? これは?」

パチュリーが手渡したのは宝石類の入った小さな袋と一通の手紙だった。

「ちょっとした餞別よ。レミィが渡せって」
「お嬢様が・・・? 私に・・・?」


「それと手紙の方は今読んじゃダメよ。この館を出てから一人で読むこと」

「一人で・・・ですか?」

「あいつが伝えたいことも、あなたの知りたいことも全部それに書いている筈よ。
 勿論あなたが読みたくないなら捨ててしまっても構わない」


「・・・必ず読みます」
「そう、良かった」


「ところでパチュリー様、やっぱり最後にお嬢様に・・・」

「駄目、あなたはレミィと会えない」

それを聞いて美鈴はとても残念そうな顔をした。


「会えない理由もそれに書いてある。あいつを恨むかも知れないけど、分かってやってよ」

「分かりました・・・お嬢様には『お世話になりました』って伝えてください」






怪我を負ってから2週間ほどで美鈴も少しは歩けるようになり、館を去ることになった。
散々おざなりな扱いをされてきた美鈴なのに、皆が別れを惜しんでくれた。
メイド達の一人一人が別れの言葉を送る。
改めてここに勤めて良かったと感じた。

ただ自分も望んでいたとは言え、やはり主人に挨拶できないのは寂しかった。


「それじゃ、行くわよ。ちゃんと歩ける?」

「あ、すみません。咲夜さん」

まだ傷が残る美鈴を、咲夜が送ってやることにした。
足元もおぼつかない彼女を支えるようにして連れ添って行った。






「レミィ、咲夜と美鈴はもう行ったわよ」
「それじゃ、そろそろフランのとこに行こうか」


「・・・これから私達の運命が決まるのね」
「フランが言うこと聞いてくれたらいいけど」

二人が出て行ってから暫くして、レミリアとパチュリーは地下室へと向かっていった。




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その日の午後、館から遠く離れた川辺にて。

「大丈夫、美鈴?」
「は、はい。心配かけてすみません」

目的地まで飛んで向かっている二人だったが、美鈴の傷はまだ痛むらしい。
とりあえずここで休憩することにした。


「もう少し回復してからの方が良かったんじゃないの? いくらなんでも早すぎよ」

咲夜が心配そうに言った。
辛うじて歩くことが出来るくらいで、走ったりは出来ない。
両腕なんかはまだ殆ど動かない。

誰がどう見たって出て行くには早すぎだ。


「いえ、働けない身であまり長い間皆さんに迷惑かける訳にもいかないですし・・・」

「別に誰もそんなこと気にしないわよ。逆に皆に心配かけてるわ」

「それに・・・」

「それに?」


「お嬢様が・・・怖かったんです」

「・・・・・・」


二人の間に長い沈黙が訪れた。


「あの・・・正直に言ってください。最近のお嬢様、何だか変ですよね?」
「・・・・・・・・・」

咲夜は何も言わなかった。
しかしほんの少しだけ首を縦に振った。


「私、ずっとお嬢様の下で働くつもりだったんです。
 でも人生って何が起こるか分からないものですよね」

その言葉には無念さが満ち溢れていた。


「咲夜さんは・・・仕事を続けるんですか?」

「え・・・? う、うん・・・」

「お嬢様にどんなことをされても・・・ですか?」

「私は・・・一生お仕えするって決めたから・・・」

「そう・・・流石は咲夜さんですね」


美鈴はそう言ったが、咲夜の声にはあまり自信が感じられなかった。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




ドゴォォォォォォォォォォォォ!!!!
湖畔に轟音が響く。
地下室からの衝撃で紅魔館の一角が吹き飛んだ。


「こら!落ち着きなさい、フラン!! ちゃんと私の話を聞いて・・・」

「うるさい!! お姉様こそ変な冗談言わないでよ!」

「冗談なんかじゃない! 私は本気よ!!」

「うるさい!! 私はそんなの絶対に信じない!!!」

「お願いだから! 私の気持ちも分かってよ!!!」

「嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 絶対に嫌!!!」

「頼むから・・・聞いてよ! そうじゃないと・・・」

「何よ!? 散々私を閉じ込めておいて都合良すぎるんじゃない!?」

「だって・・・しょうがないじゃない・・・!」

「この弱虫! 偉そうなこと言ってたのに、このザマ!?」

「フラン、駄目なのよ・・・今の私はもう・・・」



「咲夜もパチェも美鈴も、こんな弱虫が当主で可哀想ね!!」



「・・・フラン、いい加減にしろ!!」




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「・・・何よ、これ?」
美鈴と話をしているうちに、すっかり遅くなってしまった。
咲夜が夕方になって帰った時、館の一部が瓦礫になった。

慌ててメイドの一人に事情を聞くと、こういうことらしい。


妹様が地下室を飛び出して暴れ出した。
それをお嬢様が力ずくで止めた。
幸いすぐに騒ぎは収まったが、両者とも本気だったらしく館の被害は甚大。
もっとも彼女は避難するのに必死で、詳しいことは分からないのだとか。


「ああ、それとメイド長」
「何?」

「パチュリー様がお呼びです。メイドは全員、後で食堂に集合するようにと」

「何の為に?」
「さあ? 何やら大事なことらしいですが・・・」

「分かったわ。それまでにここを片付けておくから」

そしてそのメイドは去っていった。



「あれ? 何かしら、これ?」
瓦礫の上で咲夜は小さな何かが足元に落ちているのに気が付いた。

「・・・綺麗。でもこれってどこかで・・・?」
それは緑色の宝石の欠片だった。
ひび割れてはいるが透き通って美しい。


更に周りを見渡してみると、似たような欠片が幾つも転がっていた。
赤、青、黄、緑・・・と色も様々な宝石達。
それらが夕日に反射して7色のプリズムを描き出す。

「・・・素敵・・・」
恐ろしいほど美しいその情景に、咲夜は素直に感動した。






「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・お姉様・・・」

その頃、地下室には翼も両手両足も失ったフランの嘆きだけが響いていた。


「もう我侭言わないから・・・やめて・・・」


500年近く生きた中で、初めて本物の恐怖と言うものを体験した。
自分は殺されてしまうのだと、本気で思った。
それも実の肉親、レミリアに。


自分の体を構成するパーツ、姉にそれらを一つ一つ引き千切られていった。
どれだけ泣いても謝っても彼女は許してはくれない。
それどころか、そんな自分を見て笑い転げていた。

自分はこれと同じことをいつも玩具にしていたが、今日は自分が姉の玩具だったのだ。
体は直ぐに治るだろうが、この日に起きたことは一生忘れられないだろう。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「・・・パチュリー様、今何とおっしゃいましたか!?」

「聞こえなかったの? 私は大きな声ではっきり言ったつもりだけど」

夜になってメイド達が食堂に集まった。
そこでパチュリーが伝えた内容は、実に驚くべきものだった。



「クビよ。あなた達は全員、クビ」

「待って下さいよ! 幾らなんでも突然すぎます!!」
「そうですよ! 全員なんて、どう考えてもおかしいです!」
「一体、どうして私達がクビにされなきゃいけないんですか!?」

当然、メイド達にとっては到底受け入れられるようなことではない。
悲鳴のような反論が返ってきた。


「やれやれ。決めたのはレミィだし、私に文句言われても困るんだけど」

「お嬢様が・・・?」
「どうしていきなり・・・?」

「『もうお前らみたいな役立たずの顔なんて見たくない』って」

「役立たずって・・・」
「私なりに一生懸命・・・」



「あの、パチュリー様」
最前列に座っていた咲夜が立ち上がった。


「私も含めた全員ですか?」

「あなた、自分だけは特別だと思ってた?」

「納得がいきません」

「あなたが納得しなくても、レミィが納得すればそれでいいのよ」

「・・・今からお嬢様に直訴します」


「わ、私も行きます!」
「私も!!」
「皆でお嬢様に直訴しましょうよ!!」

メイドの誰もが同じ気持ちだった。
いくら主人でも、何の説明もなく全員解雇などという暴挙は許されない。
今からレミリアに集団直訴に行こうという空気になったが・・・


「『部屋に入ったら殺す』ってレミィが言ってた。それでもいいなら止めないけど・・・」


「「「「え・・・?」」」」

パチュリーの言葉に静まり返る一同。


「そんな滅茶苦茶な・・・」
「私に文句言われても困るわよ。レミィが言ったことをそのまま伝えてるだけだもの」

「・・・・・・」

先程までの気勢はどこへやら。
レミリアへの恐怖の前にメイド達は従順な羊へ戻っていた。


集団から熱が引いていくのを感じ、パチュリーは安心していた。
(良かった。一先ずこの場は収まったようね)

しかし一つおかしな点があることに気が付いた。

「あれ? メイド長がいない?」

「・・・・・・」


「咲夜! あいつ!!」




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




コンコン
「お嬢様、お話があります」
「駄目よ。下がりなさい」

「いえ、どうしても教えて欲しいのです。私達が何故、解雇されなければいけないのかを」

「どうしてお前にそんなこと教えないといけないのかしら?」

「・・・教えて頂けない限り、私はここから動きません」

「やっぱり言う必要なんか無いわ」


一切、聞く耳持たず。
咲夜はその頑なな主人の態度に、これ以上ここで話をしても無駄だと感じた。

「お嬢様、直接話をしましょう。入りますよ?」
ガチャリ

主の返事を待たずにノブを回した。
そしてドアを押し中に入ろうとしたその時・・・


「入ったら殺すよ」


少しだけ開いたドアの向こうから恐ろしい言葉が聞こえてきた。
咲夜の背筋にゾクリとした感触が走る。


「言っておくけど、本気よ?今、ドアに向けてグングニルを構えている。
 あなたはこの部屋に入った瞬間、バラバラになって死ぬ」


「お嬢様・・・どうしてそんなに私を拒むのですか?」


「言えない。お前が本当に私に忠実なら、もうこれ以上何も聞くな」


「・・・・・・」

もうこれ以上先に進むことは出来ない。
しかし後に退くことも、同様に出来ない。

そこで咲夜が選べる行動は、これしかなかった。


―咲夜の世界―


時間が止まった。

いくらレミリアでも時間停止中は動けない。
せめて2週間ぶりに主の顔を見てやろうと、ただそれだけをするつもりだった。


ドアを押し、部屋に入る。
そして薄暗い中に佇む主の顔を見た。

しかし、それは想像したものと全く違っていた。



怒り狂っている筈のレミリアは実は泣いていた。
凶弾を放つ筈の両手は涙に濡れる顔を覆っていた。

頬は痩せこけ、眼の下には隈が出来ていた。
その顔には色濃い疲労と絶望が見て取れた。


そんな主の姿を見てしまった咲夜はいても立ってもいられない。
思わず彼女を抱きしめてしまった。

時間が動き出すまであと3・・・2・・・1・・・



時間が動き出した

「お嬢様・・・」
「咲・・・夜・・・?」

気付くとレミリアは咲夜に抱きかかえられていた。


「お嬢様、何があったのですか?」

「お前・・・あれほど入るなって・・・」


「困ったことがあるのなら、何でも命令して下さい。」
そう言って咲夜は微笑んだ。


「咲夜・・・お前は何があっても私を嫌いにならないか?」

「勿論です。私はいつでもお嬢様の味方ですわ」


レミリアがギュッと咲夜の服の端を掴んだ。
するとレミリアを抱きしめる咲夜の腕にも力が入る。



「咲夜・・・実は・・・」



「・・・・・・」



「・・・・・・」



「離れろ!!!!」

ドンッ!!!「きゃぁっ!!!」



突然、レミリアは咲夜を突き飛ばした。

「早く! 早く出て行け!!」

「お嬢様・・・?」

「私の言うことを聞け!!」

「で、ですが・・・」

「言ったじゃない!? 『お前が本当に私に忠実なら、もうこれ以上何も聞くな』って」



「・・・・・・分かりました」
咲夜は諦めの表情でそう言った。


次の瞬間、咲夜は消えていた。






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