「あっはははは! 楽しいねえ!」
「あはははは! 萃香が3人に見える、あははははは」

今日も今日とて博麗神社では宴会が繰り広げられていた。
次々と干されてゆく杯、ひっくり返る酒樽、舞うチーズ鱈。
参加者も慣れたものだ。
紅魔館、白玉楼、永遠亭、etc……。
勢力ごとの争いごとなんてここにはない。あるのはただ酒と、それを求めるものだけだった。

「一発芸! 早苗、行きまーす!」
「待ってましたー!」

開いた酒樽の上に上がるのは東風谷早苗。
顔は真っ赤でさらしを頭に巻き、御幣を挟んでいる。火がついているのはきっと気のせいだ。

「萃香ー、萃香ー、ところでさー」
「あはははは。なんだい霊夢ー」

どっと笑いがわき起こる周囲をよそに、霊夢は隣でひょうたんを咥えている萃香に話しかける。

「あんたの角ってやっぱり良い判子の原料になったりするのかなー?」
「誰が象やねん、お辞儀と一緒に判子押して私こーゆー者ですがーとでも言えちゅーんかい」

ずびしと突っ込みを入れる萃香、避ける霊夢。

「でもさー、動物の角ってなんだかんだで高く売れるじゃーん、二本あるんだし試してみよーよー」

酔いつつも拒否る萃香。生物の生存本能だろうか。
だが、霊夢の追求はそこで止まらない。

「紫がねー、角は皮の一種だって言ってたよー。だからまた生えてくるんじゃないー?」
「おー? 生えてくんのー? ならいいかにゃー」
「おー! 削れ削れ! だれか鋸もってこーい!」

調子の良いこと言ってブンブン手を振り回す霊夢。
萃香も、霊夢も顔真っ赤。酒盛りを楽しみすぎている様子。

「鋸ですかー? はいどーぞー」
「こらこら早苗さん、それ鋸やない、オンバシラや」

何があったのか首から下全裸な早苗さんがぶっとい材木を持って乱入。

「行きますよー、ほいやー!」

ぶんと音を立てて振り下ろされるオンバシラ。
萃香の頭から星が飛び、床ごと砕かれる萃香の角。

「とったどー!」

折れて吹っ飛んだ萃香の角を掲げて叫ぶのは八雲紫。

「それでは、萃香さんの角を使って博麗神社の判子を作ってみようと思いまーす」

わー!
ぱちぱちぱち

思わぬ余興に沸く会場。
被害者であるはずの萃香も何故か混じって拍手をしている。

「えーりん! 外科医の技術を持って見事判子を彫って見せなさい!」
「妖夢、日々の無意味な剣術練習の成果を見せるのよ!」
「咲夜ー!」
「はい、かしこまりましたーww」
「私もやるぜー!」

わらわらと判子制作の挙手が上がる。
紫はそんな面々に細切れにした萃香の角を渡していく。

「そいじゃー開始ー!」



そして翌日。

「……、いや、あの、ごめんなさい」
「悪乗りが過ぎました。ほんとごめんなさい」

酔いが覚め、事態の重大さを認識できるようになった頃。
目の前に並べられた判子もどきを見下ろしてずーんと鬱オーラを発する伊吹萃香を前に、
土下座してひれ伏す幻想郷の実力者達の姿が。

「えーと、ほら、また生えてくるよ。一年もすれば元に戻るんじゃないかな」
「そ、そうよ。鹿だってそうじゃない」
「……」

何とか気を紛らわせようとするが、萃香は下を向いたまま一言も発しない。
無惨な姿となった自らの角の成れの果てを見て、彼女が考えるのは一体いかなる事なのか。

「……、うん、ありがと……」

普段の萃香からは考えられない、深く沈んだか細い声。
その声に、いっそう参加者達はやるせない気分にされてしまうのだ。





それから、萃香のすべてが一変した。
あれだけ生えてくる生えてくる言われていた角は、いつまでたっても生えてくる気配すら見せなかった。
罪悪感から時々角を診察していた永琳は、彼女の角がすでに死んでしまったことを確信していたが、
萃香のわずかな希望にすがるような目を見て何も言うことが出来なかった。

酒にも弱くなった。
彼女の肝臓に何か悪影響を及ぼしたのだろうか。
萃香はほんのちょっとの量でも泥酔し、激しく吐くようになってしまった。
酒を生き甲斐とし、酒と生きてきた萃香にとってこれは何にも変えて耐え難いことであった。
酒の味を忘れられない、酒による心地よい陶酔感が忘れられない萃香は生ける屍のようであった。
飲めもしないのに酒を仰ぎ、ぶっ倒れ、発見者によって永遠亭に運び込まれる彼女の姿は日常風景となった。

「お酒を飲んではいけないわ」
「どうして? お酒くらい飲めるよ」
「……ええ、飲めるわね。でも、その結果どうなるかそろそろ分かっても良いんじゃないかしら」
「何を言ってるんだよ。お酒を呑んでなんかあるわけでもあるまいし、気にしすぎだよ。これだから医者って奴は」

何が面白いのか、ばんばんと膝を叩く萃香を前に、永琳はそれ以上言葉を発することが出来なかった。
無関係ならよかった。と永琳は涙をこらえて回想する。
悔しさと、後悔の念から握り込まれた手のひらの中にあるのはあの夜の罪の象徴。
あの夜以来、酒を飲めなくなったのは萃香だけではない。

「お? どうしたんだい? どっか痛いのかい?」
「……いいえ。どこも、どこも痛くありませんよ。萃香さん、お酒は控えめにお願いしますね。お大事に」
「おうともさ、何でもほどほどが私のモットーだよ」

腕をまくって、力こぶを作ってみせる萃香。
それを見て、充血した目で精一杯の笑顔を向けてやる永琳。
彼女たちに涙は似合わない。



「ふふふふふ、いくよ! フラストコラムス!」
「なんのー!」

霧の湖で、妖精と弾幕ごっこをする萃香がよく見られるようになった。
妖精の稚拙で、でも必死な弾幕は本来端から見ていてとてもほほえましい光景だった。
それが、その中に小さな角の欠けた鬼が混ざることでこんなにも悲しいものになってしまうなんて
以前なら誰も考えはしなかった。考えようとも思わなかった。

「……あの鬼、今日もやっているわね」
「……はい」

紅魔館のテラスで、紅茶片手にその光景を俯瞰する者がいる。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットとその従者、十六夜咲夜だ。

遠くに見える光景は、氷精のチルノと鬼が弾幕ごっこをしているものだ。
鬼が適当に妖精をあしらっているのではない。むしろ逆だった。
妖精が、無意識のうちに手加減をしていた。
懐に潜り込めば被弾の可能性はない愚かな弾幕にもかかわらず、鬼はその懐に潜り込むことが出来ずにいた。

「どーしたの萃香ちゃん、その程度?」
「なにをー、負けるもんかー」

吸血鬼のするどい聴覚に感じられる微かな会話。
目を瞑っても、耳をふさいでも、否応なしに感じられる鬼の運命。
咲夜の入れたお茶がこんなに薄味だとは思わなかった。もっと茶葉を使えばいいのにとレミリアは思う。

「……落ちましたね」

背後から聞こえる瀟洒な従者の呟き。
もういい、そんな言葉を発するな。咲夜のせいではない。命じたのは自分なのだ。

「お嬢様、そろそろ日が雲から出てきます。中にお戻りを」

咲夜の自分を気遣う言葉が痛い。
なんでそんな言葉を自分にかける、どうしてその内に潜む感情を自分に向けてくれないのか。
知らず、込められた力で皮膚が裂け血が流れる。
それを感じながらもレミリアは悔しさが止まらなかった。
自分が羽をむしられたらどう思うだろう、なんであの鬼は……!

最後に、湖を振り返るレミリア。
水面から妖精に引き上げられる鬼が見える。

「いやー、強いねあんた」
「萃香ちゃんもなかなかだよ、ちょっとひやっとしちゃった」

聞こえてくる会話はレミリアにとって救いとなるものではなかった。
視線をそらし、レミリアは無言のまま館へと戻っていく。
それに遅れること数秒。
咲夜も視線をもどし館へと消えてゆく。
咲夜は主に習い鬼の様子を見ようとしていた。
だが、人間である彼女には鬼が今どのような表情を浮かべているのかは、
その距離があまりにも遠く、終ぞ知る事は出来なかった。



「萃香、ご飯が出来たわよ」
「ああ、ありがとう」

萃香はそれでも博麗神社にいた。
霊夢は、日に日に落ち込んでいく萃香の姿を見て自らも身を削られる思いであった。
酒の勢いでやってしまった取り返しのつかないこと。
それが霊夢にとって不治の傷を付けてしまったことは誰が言わずとも周知の事実となってしまっていた。

「萃香」
「なに?」
「おいしい?」
「ああ」

あの日以来、会話も薄くなった。
霊夢は何を話して良いのか分からないし、萃香も積極的に話をすることはなくなっていた。
外では見た目活発に活動していて、会話も多いという噂が更に霊夢を苦しめていた。

「霊夢」
「何?」
「考えたんだけどさ」

思いがけない萃香からの言葉。
そのレアイベントに、霊夢はその先の言葉を想像することも無く、身を乗り出して返事をしてしまう。

「私、ここを出るよ」
「……、どう、して?」
「ほら、これ以上霊夢に迷惑かけられないじゃない?
 霊夢だって私みたいな穀潰しな鬼養うほど正直余力はないでしょう?」
「そんなこと……!」

霊夢にとって突然の言葉。
うろたえる霊夢に対し、あらかじめ覚悟を決めていたかのように萃香が言葉をつづける。

「そもそもね、鬼がノコノコ地上に出てくることが間違っていたんだ。
 私の居場所はそもそも地下でね、こんな明るい場所にいちゃいけなかったんだ」
「そんなこと無い。萃香はここにいていいの、迷惑だなんて思ってないから!」
「……みんな言ってくれたね。博麗神社に居づらいなら家においでって。全部断ったけど」
「どうして! みんな萃香のこと気にかけてくれているのよ。少しは甘えてくれても!」
「私は……っ!」

ダン! と萃香の拳が机を叩く。

「私はそんな気を遣って欲しくない!
 みんなと対等に、今までと同じように接してくれればそれでよかったのにっ!
 なんで、なんでみんな私を腫れ物みたいに!」
「……萃香」
「私はみんなを不幸にしたいんじゃない!
 不幸なのは私で、ただそれだけなのに! なんでみんなが不幸になるの! おかしいでしょ!」

なりふり構わず叫び散らす萃香の目から滴が跳ね、悲痛な色に染まった瞳が霊夢をまっすぐに見つめる。

「だから私はみんなのところにはいられない! これ以上人の悲しい顔は見たくない!」

さよなら、と叫び、萃香は外に向かって走り出していく。
だが、思った以上に衰えていたのか脚がもつれて転倒してしまう。

「萃香……」

そんな萃香を後ろからぎゅっと抱きしめてやる霊夢。
霊夢の腕のなかで、小さく、弱々しい腕が微かに震える。

「あなたはここにいていい。一人で背負い込まなくてもいい。
 みんなで萃香の悲しみを共有するから。みんなで一緒に萃香といるから」

ふりほどこうにも、萃香の腕力は霊夢のそれよりも衰えてしまっていた。
自分を必死に捕まえていてくれるその腕は、萃香にとって何よりも強く感じられた。

「だから、ね。一緒にいて」

その言葉が止めだった。
萃香の目からは、鬼らしからぬ滴が次々と湧きだして来て止まらなくなってしまった。



一晩、霊夢と萃香は同じ布団で寝ることとなった。
腕のなかに感じる互いのぬくもり。
それは、二人にとって何物にも代え難い思い出となった。

そして翌日。
萃香の姿はどこにも見あたらなくなってしまっていた。

幻想郷の多くの人妖が捜索活動を行ったが、結局彼女がどこへ行ったのか誰にも分からなかった。
地下の妖怪も、彼女の行方は分からなかった。
ただ、結界を抜けた跡がないことから、彼女が幻想郷のどこかにはいるということだけはかろうじて分かった。
ただ、それだけだった。


後に残ったのは彼女の角から作られた、数本の判子。
そして、失踪の当日、神社に残されていた「ありがとう」とだけ書かれた一枚の便箋だけだった……。













  • イイハナシダナー;∀; -- 名無しさん (2009-06-13 17:20:04)
  • 接着剤でくっ付けるとかすれば
    なんとかなったんじゃないか -- 名無しさん (2009-06-13 20:21:41)
  • 心が抉られる…でも楽しいw -- 名無しさん (2009-06-18 02:56:36)
  • だってほら、削っちゃったから… -- 名無しさん (2009-07-04 00:35:40)
  • 妖精たちなら対等に扱ってくれそうだな・・ -- 名無しさん (2009-07-05 19:45:54)
  • つか紫が角が生える生えないの境界いじくれば済む話じゃね?制限とかあんのか? -- 名無しさん (2009-07-07 22:25:12)
  • どっちかっていったらボンドじゃないか? -- 名無しさん (2009-07-07 23:20:03)
  • 瞬間接着剤とエタノールの併用が俺的にgoodだ -- 七な名無し (2010-02-03 17:35:56)
  • あぁ、ゆかりんのせいでこんなことに…
    やっぱ、猫のひげみたいな役目を果たしてたのかなぁ… -- 名無しさん (2010-02-03 22:58:10)
  • ↑小さいころ面白半分で猫のひげを切ってしまった後悔と自責の念が蘇ってきてしまったじゃないか…
    ほんとに反省してます… ごめんよ猫… -- 名無しさん (2010-02-04 21:22:40)
  • 前半のバカバカしさと後半のやるせなさの落差が・・・ -- 名無しさん (2010-02-15 18:00:08)
  • とんがりコーンを頭に挿しとけばいいと思うよ -- 名無しさん (2010-02-15 21:03:28)
  • 勇儀はどう思ってるんだろう -- 名無しさん (2010-02-27 02:58:58)
  • 角材のあたりから…ブワッ -- 名無しさん (2010-02-28 09:07:41)
  • アロンアルファでつけろ -- 名無しさん (2010-05-17 18:58:29)
  • セロハンテープでよくね -- 名無しさん (2010-05-17 20:45:52)
  • あの夜の罪の象徴で吹いた
    幻想の存在はイメージ商売
    鬼から角をとっちゃいけませぬよ -- 名無しさん (2010-05-19 07:43:26)
  • 鬼の目にも涙か? -- 名無しさん (2010-06-16 13:06:37)
  • 鬼の居ぬ間に洗濯?
    ほら、いなくなったし。 -- 名無しさん (2010-06-22 19:52:11)
  • ↑解せぬ -- 名無しさん (2010-06-23 00:23:35)
  • ↑↑お前は鬼か -- 名無しさん (2012-10-19 22:46:11)
  • 角って毛が集束した奴らしいからたんぱく質を集めれば・・・ -- エリー (2012-10-23 19:04:31)
  • やっぱRU豚って糞だわ
    SIK兄に昏睡レイプされて、どうぞ -- 名無しさん (2016-05-28 21:20:32)
  • アロンアルファ推奨 -- 名無しさん (2016-05-30 00:43:28)
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最終更新:2016年05月30日 00:43