「 ―――よく頑張りましたね、小町 」

船を漕ぎ、魂を運ぶ。
一日の仕事を終えると、いつも迎えてくれるこの笑顔。

「 いーえいえ、これくらいどってことないですよ 四季様 」
「 ふふ、私も鼻が高いですよ…… 明日もよろしくね 」
「 あい、おまかせあれっ 」

小町は毎日が充実していた。
昔から頑張る事が嫌いであり、好きな事も嫌いな事も 何事も自分のペースでやってきた。
だが 自分が希望した死神の仕事に就き、憧れの上司 四季映姫の笑顔を見ると 自然と体が動いた。
あの人が笑ってくれるなら あの人が喜んでくれるなら。 どんだけでも頑張ってやろうじゃないか。

小町は怠け癖のある難儀な性格であったが、その気にさえなれば 仕事の出来る死神であった。




「 あぁん? お客さん困りますねぇ……有り金全部が船賃だって言ったよねぇ?
 ここまで船に乗っておいて そりゃないんじゃないの? ほら。降りな。
 ……そうだよ、さっさと河に入るんだよ。 はいはいボサっとしない!! 」

生前のクセなのか、有り金全部置いていけという小町の言いつけに逆らい
船賃の一部を懐にくすねた亡霊を河に叩き落すと、小町はさっさと次の魂を運び始めた。

夕方までそんな光景が三途の河で行われる。 いつもの光景だ。
仕事に熱心な小町の様子を、映姫は手鏡から満足気に見つめている。
鏡を嬉しそうに見つめていた映姫に、地獄の刑の執行人である鬼、極卒が報告の為 声をかける。

「 四季様。 まもなく小野塚 小町の勤務時間が終了します。次の裁判で 今日の勤めは終了かと 」
「 そうね…… 準備をしておいて頂戴。解っていると思うけど……小町には悟られぬ様に 」
「 …… 」

極卒は どこか疎いた表情をしたが 返事をするとすぐに準備にかかり始めた。




「 あー稼いだ稼いだ…… ノルマの1.5倍は運んだかねぇ。 あたいもよくやるよホント 」

最後の魂達を船から降ろすと、少し伸びをしてから鎌を片手で振り回す。

「 さ~さ、こっちだよ。閻魔様はあんたらが思ってる様なのとは違って慈悲深いからねぇ。 きっとマシな判決が下るだろうさ 」

船の上で閻魔の所に行くと聞き、縮こまっていた魂達の緊張を解してやると 鎌に導かれるように魂達が憑いてくる。
今日はこいつらで最後にするとしよう。

「 よく頑張りましたね、小町 」

いつも変わらずに迎えてくれる上司の笑顔。
心がじわりと暖かくなるのを感じた小町は これが自分にとってらしくない「頑張り」に影響しているのを改めて感じた。
褒められて顔が紅くなった小町は、照れ隠しに頭をワシワシと掻く。

「 いーえいえ。あたいの力を持ってすれば造作もない事です ククク 」
「 似合っていませんよ、その笑い方 」
「 きゃん 」

大物っぽくキザったらしい含み笑いをしてみたが にっこり微笑んでスルーする映姫。 かなわん。
背中を向け、裁きの間へと魂を連れて行く途中、一度小町に振り返ると

「 お疲れ様です。 明日も期待していますよ 」

と微笑みかけた。
その笑顔はとても眩しくて。 小町は 反則だろ と心の底で思った。


それからも小町はそんな毎日を送った。
閻魔には死神が一人 パートナーとして付く事になる。
上司と部下の理想的な関係。 お互いがパートナーとして 互いを大切に想っていた。


「 お疲れ様、小町 」

変わらず迎えてくれる笑顔。

「 うぇへへ。 ちょろいもんですよ 」

小町は、ずっとこの笑顔の為に働きたいと願っていた。







「 ふ~…… 思ったより早く運び終わっちゃったねぇ。 最近は景気がいいのかして流れてくる魂も少ないや…… 」

勤務時間より早く仕事を終えた小町。映姫といつも通りの会話を終えると 映姫は再び裁判の間へと姿を消す。

「 ん~…… 勤務終了までまだ時間があるねぇ。
 ま 今日はもう魂が流れてくる気配も無いし、ここでちょいと休ませてもらうかね…… 」

久方ぶりのちょっとした うたた寝。 小町は近くにあった椅子にドカリと座り込むと、すぐに眠りについた。







小町は、 映姫がどんどん遠くへ離れていく夢を見た。
あの眩しい笑顔のままこちらを見つめる映姫から、自分の体がどんどん離れていく。
距離を操ってもどうしようも出来ず、次第に映姫の姿は視界の外へと消えていった……






「 んごっ 」

鼻ちょうちんが勢いよく割れ、途端に思考がリアルへと引き戻される。
嫌な夢を見ていたせいか、寝覚めが良いとはとても言えない。
眠い目をこすりながら時間を確認すると 勤務時間を程よく超えていた。
裁判も少し前に終わっている頃だろう。

「 ……ちぃと寝すぎたね。 あでで、腰痛い……というか 誰か起こしてくれてもいいだろうに 」

小町はぶーたれながらも、仕事を終えた映姫に会えるのではないかという期待があった。

思い返せば、これまで帰りが一緒になる事は一度も無かったのだ。


遠くでガチャリとドアの開く音がし、小町が目を向ける。
映姫が仕事を終え 部屋から出てきたようだ。小町は表情を ぱっ と明るくして近寄ろうとしたが、 
映姫に並んでゾロゾロとついていく極卒達を見ると その足を止めた。

「 何だ? 」

勤務時間は終了してる。
四季様は仕事とプライベートはキッチリ分けるお方だ。 そんなに多くの霊もいなかった今日 残業なんてある筈無い。

小町は映姫の入っていく部屋を、距離を取りながら伺っていた。  その部屋は……



……小町が死神になって間もない頃、映姫に尋ねた事がある。

「 ここが地獄へと通じる門です。貴女が入る事はまぁ無いでしょうけど ……少し見学していく? 」
「 ハハハ、入れと言われてもゴメン蒙りますよ。 じゃ 四季様。地獄門の横にある その妙な扉は? 」
「 …… 貴女が知る必要が無い所です。 この部屋には 何があっても決して入ってはなりませんよ。小町 」





……地獄門のすぐ傍らにある 奇妙な形をした門。そこに映姫は入っていった。
知る必要が無い。
何があっても入ってはならない。

仕事じゃなけりゃ、あの中で四季様は一体何をやってるんだろう?
映姫と極卒達が部屋の中に入ってしばらくした後 小町は好奇心を押さえきれず 少し覗いてみようと思ってしまった。




門に耳を傾ける。
中からは 痛みを必死に堪えるような呻き声。
この声には聞き覚えがあった。


「 ッ……! うぅ……ぐ……ぁぁあっ! 」

四季様……?


小町の手にじわじわと汗が滲んできた。
苦痛に耐える様な映姫の声 中で行われている何かに恐怖を感じたが
それ以上に大切な映姫への想いが 小町にドアを開く事を躊躇わせなかった。
ゆっくりとドアを開き、中の様子を覗き込む。


扉の中の光景に 小町はその目を疑った。
薄暗い部屋の中、十字架に貼り付けにされた映姫。
その両腕には ドス黒い奇妙な枝が突き刺さっており 映姫を宙に浮かせている。
体の至る所が傷だらけになっており、中には目を覆いたくなる傷跡もある。
見た事も無い拷問器具や 黒く燃え盛る炎を宿した松明を手にし、映姫を取り囲む極卒達。


黒い炎を持った極卒が 映姫の腹へとそれを押し付ける。

「 あぐ……くぅぁあ……! 」

悲痛な声を上げ、その炎に耐える映姫。
その炎が離されると、次は妙な形をした刃で極卒が映姫の肩を突き刺した。

「 ぐぅ……う……っ 」

極卒が拷問器具で映姫を責め続ける。
気が付けば小町は鎌を掲げており、扉を蹴り開けると中に飛び込んだ。

「 !? 」

極卒達が飛び込んできた小町に気づき、一斉に振り向く。
小町は鎌を振るい、極卒達を殺さん勢いで飛び掛った。

極卒の首に鎌を突きつけると、一気に首を飛ばそうとした その時

「 止めなさい 小町! 」

映姫の声が轟き、小町の腕を止めた。
映姫が極卒達を一瞥すると、息を荒くしながら 威圧的に尋ねる。

「 ……鍵を……閉めておかなかったのね? 」
「 も 申し訳御座いません 」

映姫に睨まれ、極卒達が頭を垂れる。

「 四季様…… 」

ようやく我に返った小町に 映姫がうな垂れたまま続ける。

「 ……何を……しているのです 小町…… 入ってくるなと  言った筈よ…… 」
「 何を…… 何をしている ですって……!? そりゃこっちのセリフですよ!! ……ッ あんたら、四季様にこんな事をして……! 」

小町は極卒の胸倉を掴み上げ、鎌を振り上げる。
極卒の鬼達は申し訳の無さそうなバツの悪い表情を浮かべ、皆小町から目を逸らした。

「 止めろと言っているのよ 小町! 」

ボロボロの姿で 小町を睨みつける映姫。
その顔は決して怒気ではなく、真摯な どこか哀しげな表情だった。

「 四季……様…… 」

映姫のそんな顔を見て、思わず体を固めてしまう。

「 連れて行きなさい 」

映姫が指示を出すと、一人の極卒が小町を掴み、素早く入り口へと引きずった。

「 来い 」
「 な……! は 離せ! 四季様……! 四季様ぁぁぁ! 」

極卒が小町を部屋の外に連れ出すと、鍵のかかる音が聞こえた。

「 ……続けなさい 」
「 …… 」
「 早くッ! 」
「 は…… は! 」

映姫の声が響くと、極卒達がおずおずと拷問器具を手に取り、
再生しかけている映姫の体を再び痛めつけた。





小町は映姫の名を叫びながら、何度も扉を叩いた。

「 やめろ 」
「 やかましいッ!! ……こいつはどういう事なんだ……! 説明しとくれよ 」

極卒に掴みかかり、今にも殺しかねない気迫を出す。
極卒は申し訳無さそうに口を開いた。

「 …… なぁ小町よ。魂を裁くってのはさ 罪になると思うか? 」
「 え……? 」

小町の中に嫌な想像が浮かんできた。

まさか

「 ……な なるワケないだろ!? だってあのお方は 人の為に……魂の転生の為に、地獄か極楽かの判決を出してるんじゃないか!! 」
「 だな……俺もそう思うよ。
 けどな、閻魔達の……四季様の基準では……たとえ閻魔でも 人を裁く事は罪になっちまうらしい 」

小町は いつだったか映姫が  人が人を裁くなんて、いつから人間はそこまで偉くなったのかしら?
と怒っていたことがあるのを思い出した。その時は またよくわからん事を と聞き流していたのだが……
極卒は小町と初めて目を合わせると、言った。

「 あの方は人を裁いた自分の罪を、ああやって償っているのさ。
 俺達は執行人……ああして四季様を痛めつける事が、俺達の善行になるらしいんだがね…… 」

地獄に堕ちるのは 何も心の腐った外道達だけとは限らない。
生前に心優しく、良い人と思われていた者も 時に閻魔の裁きによって地獄に堕ちる事もある。
生前の評価も兼ね、そういった心優しい罪人達は、時に他の罪人達を『裁く者』 として地獄を味わう事になる。
他の罪人達を裁き、その時に感じる『罪悪感』の量によって 極卒の犯した罪が軽くなるという。
別の者が考えれば、自分を地獄に落とした閻魔に復讐する機会を与えられているようなものだが
そんな事、選ばれた極卒達は誰も望んではいなかった。


「 あの拷問器具の数々は、閻魔達が自分達を裁く為に集めた物らしい。神の体を傷つけるには普通の地獄の罰では生温いってな 」
「 そんな…… 」
「 閻魔の善悪の基準……それは閻魔にしか解らない。 そしてその基準を覆す事は 何者にも出来やしないんだ 」

神は信仰を失わない限り死ぬ事は無い。
死者と同じく、どれほど加減無しに無茶な罰を与えても、決して死ねないのだ。
それを聞いた小町の腕が、ブルブルと震えだした。
先ほどから頭に浮かぶ想像が、現実の物となって近寄ってくるのを感じる。

「 ……聞いてもいいかい。  じゃあ、あたいが魂を運ぶ量を増やしたら……四季様が 魂を裁く量を増やしたら…… 」
「 …… 」

極卒は何も答えなかった。
再び答えにくそうな顔をすると、また小町から目を逸らし、言いにくそうに呟いた。

「 確かに、お前と組むようになってから 俺達があの人を裁く時間は増えたよ 」
「 ……! 」

それを聞いて 小町の握り締めていた拳から血が流れ始めた。 強く握り過ぎ、爪が手の平に食い込んでいた。

「 けど……けどな、小町。四季様は執行人である俺なんかに、嬉しそうに話してくれたよ。
 一生懸命働いているお前に、四季様は本当に感謝して…… 」

小町は話を最後まで聞かなかった。
ぼろぼろと目からこぼれる涙を拭おうともせず、一目散に外に向かって走った。

「 お おい! 」

止めようとした極卒だったが、小町に追いつくのは無理だと判断すると 再び映姫の所に戻ろうとした。
だが、扉を開けようとした瞬間 刑を終えた映姫がドアを開き、床を見ながらフラフラと歩いて来た。

「 お疲れ様です 」
「 すぐに戻ってこないで何をしていたの。 貴方にも 小町のサボリ癖がうつっちゃったかしら? 」
「 ご冗談を 」

扉から出てきた映姫の体は、殆ど再生が済んでいる様子だった。
ボロボロに廃れた衣服も、閻魔の体の一部となっているのか 同じく新品同様に戻っていた。
立て続けに痛めつけないと、すぐに再生してしまうその体。
どれだけの裁きを受けても 次の日の仕事に支障が出ない分、閻魔にとっては便利であり、難儀な体だった。
映姫は小さなため息を付くと、呟いた。

「 ……見られてしまったわね 」
「 申し訳ありません 」
「 まさかとは思うけれど、小町の仕事を妨害するような事を言わなかったでしょうね 」
「 …… 申し訳ありません 」

極卒は先ほどの会話を思い出し、「 しまった 」 と感じた。
小町の方から確信に迫る質問をされたとはいえ、何とか ごまかすべきだった。
映姫はそんな極卒の様子を見て察したのか、再び顔を床に下ろした。

「 …… 貴方は少し嘘が下手すぎる。
 鍵をかけ忘れた事といい、気も利かな過ぎる。

 小町……どうか気に病まないで……
 これは貴女が気にする事では無いのだから…… 」

小町の去ったであろう方向に顔を向け、映姫は 小町が明日も変わらずにいてくれる事を ただ願った。










それ以来、小町は魂達を精力的に運ぼうともせず 船の上で悪人の魂と会話を楽しんでいた。

「 あ~あ~、どうせあんたも地獄行きなんだから、ゆっくりしていってね! ってか 」

縁起でもない事を言いつつ、マイペースに長い長い河を渡っていく。
魂を一つ二つ運び終えると、小町は河原へと寝転んだ。

「 アホらし 」

マイペースな自分がガラにもなく頑張っていたのは、映姫の笑顔が見たいから。映姫を喜ばせたかったから。
ただそれだけの理由だった。 だが 結果的に自分は、映姫の負担を 映姫の罪を重くしていただけだった。

それ以来小町は自分のマイペースを崩す事が無くなった。

映姫の為を思ってのサボり……などと大層な理由ではない。
死神の水先案内人の仕事は、自分に合っているし気に入っている。
ただ、好きな事も嫌いな事も 自分のペースでこなしていく事が小町らしさだった。
ガラにもなく頑張った末、結局自分は大切な人の苦しみを増やしていただけだった。
そう思った。
映姫の あの笑顔の理由も、小町は考える事を止めた。


小町にはもう 頑張る理由が残っていなかった。


「 ま、慣れない事はするもんじゃない って事さねぇ。
 マイペース、マイペース…… 」



小町は寝返りを打つと、しばらくして寝息を立て始めた。
四季映姫・ヤマザナドゥは、そんな小町の様子を遠くから……とても哀しそうな表情で見つめていた。











  • 自分でもなんでかよくわからないが、読みながら泣いてた -- 名無しさん (2009-05-30 23:21:46)
  • >小町にはもう 頑張る理由が残っていなかった。
    この文とラストの一行がくるな… -- 名無しさん (2009-06-03 21:54:10)
  • ;; -- 名無しさん (2009-06-03 22:19:29)
  • 空気を壊すようで悪いが、えーきさまの監督不届きと小町の職務怠慢で二人まとめて酷いことになりそう -- 名無しさん (2009-06-04 00:19:56)
  • そこで映姫様は小町を庇って、一身に罰を受ける事に… -- 名無しさん (2009-06-04 01:24:42)
  • 罰を増やす事とサボる事、映姫様の最後の顔を考えると選ぶのは難しいな -- 名無しさん (2009-10-17 22:58:49)
  • なんだこの矛盾は
    だが良い話だ -- 名無しさん (2009-10-18 23:13:01)
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