気がつけば、お互い恋に落ちていた。
 もう、どれ位続けていたのだろうか。 終わらない殺し合い。 殺しては生き返り、殺されては生き返り・・・。

 幾千年の時の中で、憎しみは、楽しみは、“愛おしい想い”に変わっていた。 
 気づいたのは何時だったろうか? それもわからない。

 ただ、今、わかることはお互いの事が好き。 その事だけ。



「…」
「あ、師匠。 姫様知りませんか?」
 八意永琳。 月の頭脳の呼ばれる程の天才的な頭脳を持った薬剤師。 その女性に話しかけたのは、兎耳を生やした少女。 鈴仙・優曇華院・イナバ。
 永琳は外に浮かぶ半欠けの月を見上げた。
「妹紅のところよ」
「満月でもないのに殺し合いですか?」
「それとはまた、別の用事よ」
「?」



 迷いの竹林。 永遠亭とは反対側の人里に近い位置に当たる場所。 そこに佇む一軒の家。
 その家で二人の少女が体を重ねていた。
 一人は黒い瞳と髪の少女。 蓬莱山 輝夜。
 一人は白い髪と紅い瞳のアルビノの少女。 藤原 妹紅。
 二人は一つの布団の中で荒い息でお互いを求め合っていた。



 数日後の夜。 まだ月は満ちていない。
 輝夜は長い廊下で永琳を呼び止めた。
「ねぇ永琳」
「今日も行くんですか?」
 このところ、毎晩輝夜は妹紅の家に行っていた。 そして帰ってくるのは次の日の朝。 所謂朝帰り、というやつだ。
「それもそうなんだけど、一つお願いがあるの」
「…なんですか?」
 聞かなくたってわかる。 だけど聞きたくない。
「私ね。 妹紅のことを愛してるの」
「…はい」
「それでね愛し合ってるんだから、その証が欲しいの」
「…はい」
「その証ってなんだとおもう?」
 分かっている。 でも言いたくない。 理解したくない。
「赤子…ですか」
「そうよ! だからね? 永琳。 妹紅を孕ませる為に生殖能力のある男性器が欲しいのよ」
「…姫、蓬莱人は不死人です。 不死人が子を成す事は…」
「でも、貴方ならできるでしょう?」
 永琳は俯く。 輝夜は少し首を傾けながら笑顔で永琳を見つめた。
「…やってみましょう」
「ありがと! それじゃ、行って来るわね」

 カリ…カリ…。
 研究室には乾いたペンの音が響いていた。
「…師匠?」
「ああ…優曇華院…どうかした?」
 因幡達も寝静まり、輝夜も妹紅の家に行って静かになった永遠亭。 永琳の研究室に鈴仙がいた。
「その…師匠は…姫様の事が、好き…なんじゃないんですか?」
 永琳の手が止まった。
「…」
 窓の外の風の音だけが聞こえる。
「…好き…とは違うわね」
「?」
「私と姫はもうずっと一緒にいるの。 好意とか愛情とか、そんな感情じゃなくて…」
 永琳がそこで言葉を詰まらせた。 言葉にできない感情。
「もっと深い感情…ですか?」
「…」
 優曇華院が抽象的な言葉で形にする。 永琳は何も言わない。
「師匠はいいんですか? このままで」
「…優曇華院」
 優曇華院の追求に、永琳は名前を呼んで答えた。
「明日は早く起きて、薬草摘みに行くわよ。 姫に頼まれた薬を作らないと」
「…師匠」
 永琳は机の上の紙をまとめると、ペンを置いて立ち上がる。
「さ、貴方も寝ましょう」
「…はい」
 それだけ言って、優曇華院は闇に消えた。
 永琳は一人になった研究室で窓を開け、満ち欠けの月を見上げた。
「蓬莱人は薬を飲んだ時から変わることはない…」
 竹林を眺める。
「変わるのは心と積み重なる記憶…」
 窓の外は月明かりだけが照らす漆黒の闇に包まれた竹林。
「故に枯れる涙は心に有り…」
 頬に光る一筋の雫。
「何千年ぶりかしら? 涙を流すなんて」


 数週間後。 満月の夜。
 薬は出来た。 だが、問題点が多かった。
 まず、蓬莱の薬自体、永琳の中でも最高傑作でありながら手のつけられない薬なのだ。
 その蓬莱の薬に効果を上書きするような薬が作れるわけがない。 しかし、そこは月の頭脳。 なんとか輝夜の言っていた“蓬莱人にも効果のある生殖機能の備わった男性器を形成する薬”を作った。
 しかしながら、リスクが大きかった。 まず正常な子が産まれてくるのか。 可能性として、大きいのは蓬莱人と蓬莱人の子なのだから、同じ蓬莱人の子が生まれる可能性が高い。 そして少ないながらも異形の子が産まれる可能性も少なくはない。 なにしろ前例がないのだから。


「姫、薬です」
「私が頼んでおいた薬?」
「はい」
「ありがとう! 早速、今夜使ってくるわね!」
 輝夜は薬のビンを持つと、一目散に妹紅の家に飛んでいった。

 輝夜を送り出し、数分間何も言わず戸だけを見て立ったままピクリとも動かない永琳。
「…師匠…」
「…何?」
 優曇華院が後ろから声をかけると、それに反応する。
「今、姫様に薬のリスクの話しませんでしたよね…?」
「…優曇華院、さっさと頼んだ薬草を摘んできなさい」
 永琳は振り返ろうとせず、厳しい口調で優曇華院に指示を出した。
「ですが…!」
「優曇華院?」
 永琳は顔を少しだけ横に向けて、後ろにいた優曇華院を睨んだ。
 血走った目。 優曇華院の持つ狂気の目なんかよりも、もっと深い狂気に包まれている。
「…っ」
 優曇華院はそれを見て、恐れるかのように長い廊下に消えていった。

 優曇華院がいなくなったを確認して永琳は「ふぅ」とため息をつく。
 そのまま、膝をつく。
「…」


 5月後
「ねぇ永琳!」
 自分の研究室で新しい薬の開発を進めていると、扉が開き、輝夜が飛び出してきた。
「ノックくらいしてください。 どうしたんですか?」
「びっくりしないでよ? 妹紅!」
 扉の外に向かって呼んだ名前。
 そして扉から現れたのは腹の膨れた不恰好な形をした妹紅。
「…あ…」
「お前に感謝するとは思ってなかったよ」
 輝夜と妹紅の幸せそうな笑顔。 そう、妹紅は無事妊娠したのだ。
 通常、子が産まれるまでにかかる月日は十月十日。 姫に薬を渡した夜に妹紅と“した”と考えれば、薬の作用等を考えてあと5、6ヶ月で妹紅は子を産む。
「…そう。 これからは定期的に永遠亭に来てくれる? 検査しないといけないし」
「ああ、わかったよ」
「どうせなら、此処に住んじゃえばいいのに」
 輝夜がまた我侭を言う。
「姫、それじゃあ兎にしめしがつかないでしょう」
「えー…? じゃ、私が妹紅の家に住もうかしら?」
「それも駄目です」
「えー」
 嗚呼、平和だ。 幾千年ぶりだろうか。 長く殺し合いを続けていた二人が何時の間にか仲睦まじくなり、恋に落ち、子を成した。
 輝夜をずっとずっと見てきた者として、死にそうな程退屈なのに死ねない姫を満たしてくれる妹紅、嬉しい存在はないはずだった。 なのに、
 何 故 こ ん な に も 妹 紅 が 憎 た ら し い の だ ろ う ? 


 それからまた3ヶ月後。
「うん、子供もちゃんと形になってきてるわね。 出産予定日は再来月…ってところかしら」
 その言葉を聞いて、輝夜と妹紅の二人は笑顔を見せる。 それはまるで新婚のそれだった。
 ここまでは何の問題もない。
「それじゃ、妹紅。 また一週間後に来なさい」
「ああ、わかった」
 妹紅が診察室を出て行く。

「…っ!」
 聴診器を放り投げ、ペンを机に突き刺した。 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いっ!
 机につっぷしてしばらく考える。

 この数千年。 いままでに何度も姫が体を重ねたことはあった。 だから、姫は自分を愛してくれているんだと思っていた。
 でも違かった。 姫は今、本当に愛している人がいる。 だから、その証を求めた。
 姫はその証を私には求めてくれなかった。
 姫は私を愛してくれてはいなかったんだ。

 机の上の妹紅のカルテを眺めて、それを破り捨てた。

 と、その時。

「永琳!」
 輝夜がいつまでなく慌てた様子で診療室に駆け込んできた。
「どうしたんですか?」
「早く来て! 妹紅が!」
 “妹紅が”?
 永琳は医療用具をまとめた箱を抱えると、輝夜の後についていった。
 長い廊下の先、永遠亭の玄関口に妹紅が座り込んでいた。
「あ…あ…」
 妹紅の座っているところには血で水溜りができていた。
 妹紅が両手で大事に抱きかかえているのは小さな真っ赤なもの。
「…一体何が?」
「さっき、いきなり妹紅が倒れこんだと思ったら」
 話を聞いている途中で分かった。 何が起きたのか。
「リザレクションしたのよ。 ねぇ? 赤ちゃんは助かるの? ねぇ? 私の妹紅の赤ちゃんは助」

 途中から輝夜の声は永琳の耳に入ってこなかった。

 ただ無音の時、永遠の時が過ぎたかのように思った。 たった数秒間。

 その時を破ったのは妹紅の叫び。

「生き返ってよ!」
 その叫びが聞こえた瞬間、我に返り、輝夜の悲痛な叫びが耳に届いた。
 すぐに医療道具から聴診器を取り出すと妹紅から血だらけの赤子を受け取って、赤子を診察する。
「…死んでいるわ。 この子に蓬莱人としての能力はない。 ただの普通の赤子…」
「あ…ぁ…うわぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 妹紅が叫んだ。 鼓膜が破れるほどの大声で。 ボロボロと涙を流す。 それが床に落ちると、血と混ざってわからなくなる。
 妹紅は永琳の医療道具からメスを取るとためらないなく自分の腹を割いた。 そして赤子を無理やり詰めた。
「何…を…」
 永琳も止められない。 見ていることしかできない。
 そして、縫合もせず切れたままの腹に詰めた赤子を腹ごと大事に抱きかかえる。
 そして、数秒して腹の傷は塞がっていく。 そして、リザレクション。
 気づけば目の前に血まみれの赤子。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 妹紅が叫ぶ中、輝夜は永琳に乞うように同じ言葉を連呼していた。
「なんで…? ねぇ…なんで?」
「多分…ですが…、妹紅の蓬莱人としての能力が赤子を“体に入りこんだ異物”と認識して…リザレクションして体外に放出したのかと」
「なんで? 今までなにもなかったじゃない」
 “なんで?”輝夜はこの言葉をこの数分間に何百回も口にする。
「薬の作用の一つで…妹紅の蓬莱人としての能力を弱まらせてたんです。 子を産むまで持つはずだったんですが…、途中で蓬莱人の能力が上回ったようで…」
「…ぁ…あ…あ…」
 輝夜は両の頬に大量の涙を流した。
 そして永琳も限界だった。

 自分が何も言わなかったために、一番大事な人とその人の一番大事な人を深く深く深く傷着けてしまった。

「あぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 永琳の叫びが妹紅の叫びを掻き消した。

 その時、優曇華院が現れた。
 二つの叫びが交差する中、姫の耳元で「ちょっと此方へ」と囁いた。

「…何…」
 涙と血でベタベタの着物を引きずりながら、輝夜は優曇華院についていった。
「…今から話す事をよく聞いて下さい」
 波長をいじり、永琳の妹紅の叫びを届かなくした部屋で優曇華院は永琳の事を全て話した。
 永琳が一人の時でも、波長をいじって盗み聞きしていたのだ。
 全てを話終わり、数秒の沈黙。
 突然、輝夜が崩れ落ちる。
 自分の我侭のせいで大切なものを二つも傷つけた。
「…」
 自分の情けなさに、悔しさに声を出なかった。
 そして、声も出さすに大泣きした。


 優曇華院は輝夜の背中をさすってあげることしか出来なかった。










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