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妖夢vs椛 完結編:9スレ312」(2017/07/30 (日) 01:06:31) の最新版変更点

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前スレで途中だった【0173.txt】の妖夢vs椛の続きです  【文々。新聞】 『白狼天狗 冥界の剣士に斬りかかり返り討ちに』   ○月×日、冥界白玉楼の魂魄妖夢氏(半人半霊)が記者と妖怪の山を散策中、哨戒を行っていた犬走椛氏(白狼天狗)が妖夢氏を発見。記者が一時的にその場を  離れていたため説明する者がおらず侵入者と誤認、斬りかかる事態となった。妖夢氏の説得もむなしく両者は戦闘となり、途中不運にも椛氏の急所に刃が突き刺さ  り、記者がその場に戻った時にはすでに椛氏は息を引き取っていた。翌日、冥界白玉楼の主の幽々子氏と大天狗様の会合が行われ、大天狗様がまず陳謝。次に  幽々子氏も「椛氏の死は非常に残念に思う、今後このような悲劇の起こらぬようお互いに努めましょう」と述べ、妖怪の山と冥界の関係に遺恨を残さない形で決着がつ  いた。今後、この一件で白狼天狗に対する風当たりがいっそう強まるのではないかと心配でならない。 文は一週間前に発行した自らの記事の内容である 常に自身が「真実を伝えるのが文々。新聞です」と謳っておきながら こうも堂々と捏造記事を執筆した自分に軽い嫌悪感を覚える 今彼女は墓地に来ている そしてある墓の前で足を止めた 文はこの墓ができてから毎日この場所に通い花を飾りお供え物をしている 「また・・・・荒らされてますね・・・・・・・・」 文がお参りにきた墓石は無残にも倒され、できて間が無いにも関わらず破損が激しかった 昨日供えたばかりの花もお供え物も滅茶苦茶にされていた いっしょに奉ってあった剣とその鞘にも靴跡がいくつも付いていた その墓に刻まれている名は「犬走椛」 妖夢が椛を殺した一件は文の証言と記事のお陰で真実は歪曲し、偽りが事実となった そのせいで椛を弔う者はいなかった。文だけが、椛の尊さを知っていた 故に当初、椛の墓を建てる予定は無かった 天狗の名に泥を塗った穀潰しに建てる墓などあるものか、と皆が口をそろえて死者である椛を罵った 椛と同じ白狼天狗たちもだれも彼女を弔う気は無かった、むしろ椛のお陰でさらに肩身の狭い思いをすると言い恨む者さえいる だからこの墓は文が建てた 周囲からは「事件の責任を感じているのか?」と言われたが、そんなことはお構いなしに私財で椛の墓を用意した そうすることで椛の死に加担して、さらに名を汚した自分の罪を少しでも軽くしたかった 墓にしゃがみこんで文は手を合わせた (別に報酬に目がくらんだわけではありません・・・・かといって、あなたが憎いわけでもありません・・・・好きなだけ恨んでくださって結構です・・・・) ここに何も埋まっていないことは知っている。遺体は他ならぬ自分が川に流したのだから その記事を書いたあの日から文は新聞が書けなくなった 書こうとしても椛のことを思い出してペンを持つ手が震えた そのころの白玉楼 「やぁ!! はっ!!」 今日も妖夢が庭で刀を振るっていた、しかし素振りをしているわけではない 庭に置いた、鉄の板に何度も楼観剣を打ち付けていた 不快な金属音に堪らず、主が声を掛ける 「五月蝿いわよ妖夢。それにそんなことをしたらいくら楼観剣でも馬鹿になってしまうわ」 「だから良いのです」 打ち込みを中断し、幽々子に向き直る 「楼観剣は鉄や岩は中々切れませんが、妖怪を斬るときのこの剣の切れ味は抜群です・・・・・・・おかげで斬った心地がしないんです」 「斬った心地がしないと何がいけないというの?」 「はい、殺した実感が湧きません」 臆面も無く答える妖夢を見て、幽々子は内心戸惑いを感じていた 最近の妖夢の奇行について尋ねる 「夜中になると起きて出歩いているようだけれど?」 「ただの散歩です。寝付けないので四半刻ほど下をぐるりと回っているだけです」 帰ってきてからの妖夢はどこかおかしい 妖夢は夜な夜な外へ抜け出している そしって翌朝になると周辺で妖怪の死体が発見される。いずれの遺体にも刀傷があったと聞いた そんな日が連日続き巷では、辻斬りが出たと話題になっている 誰が犯人なのかなど現場を押さえなくても幽々子にはわかる 「斬るのは侵入者だけになさい」 「私には実戦経験が足りないのです。それを補うためにはそれしかありません。全ては幽々子様をお守りする、冥界一堅い盾となるために」 (出歩いている間に侵入者が来たら本末転倒でしょうに・・・・) 思ったが口にするのは止めた 「ところで妖夢、今日あなたは鏡で自分を見たかしら?」 「いいえ、そのような暇があれば鍛錬をしてます」 「一度見ておいたほうがいいわ」 「?」 妖夢の顔には、以前のような柔らかさは無かった 主人の言葉の意味がわからず「はて?」と首をかしげた 結局幽々子が言いたいことは妖夢には伝わらなかった 妖夢が「刀を研いできます」と言い幽々子に背を向ける それを見送る幽々子の真横に隙間が生まれ、そこから八雲紫がまるで窓から外を見るように体を半分乗り出した状態で姿を現す 「気にすることは無いは幽々子。こんな時期だれにでもあるじゃない? ヤサグレもあの子が成長するための大事な下地よ」 「頭ではそうだと分かっていても、今の妖夢はちょっと怖いわ・・・・・」 「同感ね、あれじゃあ藍はともかく、橙を連れてこられないわ」 全ては白狼天狗が来たときからはじまった ここへやって来た椛を一目見たとき、剣術“だけ”でなら妖夢の遥か上を行くと分かった 分かっていて二人の稽古を見守っていた 妖夢が負けたことは残念だったが、敗北を通して妖夢には様々なことを学んで欲しかった しかし妖夢の敗北の傷は幽々子が予想していたものよりも深かった 椛が帰った次の日、妖夢が切腹をした時は自分でも驚くほど取り乱した そして養生中の妖夢を見て思った 仮にあの子の傷が癒えてここに戻ってきたとしても、負けたままの妖夢が前に進むことはできない。と 一匹の下っ端天狗の命と妖夢のこれからの人生 どちらが大事かなど比べるまでも無い 白狼天狗に恨みは無いが妖夢のために消えてもらう他なかった。妖夢の手によって、妖夢の納得のいく形で、できるだけ手っ取り早い方法で そのために椛の上司を買収した あっさり寝返った文を見て、犬一匹の命などその程度の価値もないのだと知ったときは 流石の幽々子も椛のことがいささか気の毒に思った 「妖夢にもあの子にも悪いことをしたわ・・・・・・」 苦悩し小さく落ち込む幽々子の頭を紫が優しく撫でた 撫でながら言う 「ところで幽々子気付いてる?」 「ええ、見られてるわね・・・・・・ずっと」 少し前から、誰かに監視されているような気がする 霊に周辺をくまなく探させたがそれらしい姿は見えなかった 「見なさい、腕の産毛が逆立ってるわ。鶏肉みたいよ」 「あら、おいしそうね」 視線には殺気が篭っていた 「相当恨まれてるみたいね? 霊体になってまだその辺を漂ってるんじゃない?」 「大人しく成仏してほしいわ。亡霊が祟られるなんて前代未聞よ?」 先ほどまで妖夢が打ち込んでいた盾に向かって小さくつぶやいた 幽々子は椛の能力を誰からも聞いていなかった、彼女のことを知れば知るほど申し訳ない気持ちになると思ったからである 故にこの視線の正体を幽々子も紫も知らない 「そんな明後日の方を向いて何を見てるんだい?」 声をかけられて振り向き、目の焦点を今見ていた冥界から目の前にいる友人、河城にとりに合わせる 「ん、ああ。別に大したものじゃあないッス」 「そうかい? それより夕飯にしようか」 「賛成ッス」 犬走椛は生きていた 話はあの事件の日にさかのぼる その日、河城にとりは特にこれといった用事もなく山の中をぶらついていた 途中で椛たち一行を見つけ、面白そうだったのであとをついていった。驚かせようと光学迷彩を使用して姿を消しながら 途中、椛が「だれかがつけて来ている」と言われた時は見つかったのだと観念し姿を現そう思った しかしその直後、剣を持った見知らぬ女が椛を斬った。一緒にいた鴉天狗と協力して 川を流れる椛を二人がその場から離れた直後に回収して自宅へ運び、家にある道具、薬、メカを総動員し蘇生を試みた 椛とて腐っても天狗である、妖怪としてそれなりに高い生命力は持っている 脈が止まり、脳に酸素が供給されない状態が長い時間続いても人間のように簡単に死ぬわけではない 妖怪は滅多なことでは死ぬことは無い 最もあのまま放置され川を流され続けていたら椛は確実に絶命したのまた事実である 河童秘伝の膏薬と乱暴な縫合で傷口を塞ぎ、人口血液の投与、電気ショックなどできることは全てやった 椛が目を覚ましたのがそれから三日後、その後さらに高熱でうなされたのが三日 そしてやっと椛は歩ける状態まで回復した 今、椛とにとりは山から少しだけ離れた廃屋に身を移していた 山にいるといつかは見つかると判断して細心の注意を払いここまで来た 早めの夕飯を取る二人 食卓に並ぶのはカッパ巻き、きゅうり丼、野菜スティックのきゅうりオンリー、きゅうり汁 「すごい目に優しい色ッス・・・・・・」 「最近まともにご飯食べられなかったんだから、ちゃんと食べなよ?」 「もちろん」 起き上がった状態で、久々の食事を取る椛 斬られた肩の傷はまだ完治しておらず左腕は満足に動かない 半分ほど食べ終わり、にとりが口を開く 「これから・・・どうするんだい?」 「 ! 」 ピタリと椛の箸が止まる 外がどんな状態になっているのか椛はにとりに聞かされた。新聞も見せられた 自身の能力で集められる情報は全て集めた 今、自分は死んだことになっており。事実が捻じ曲げられ天狗の恥晒しだと語られていることも知っていた 自分が斬られた理由も段々わかってきた 「正直、まだ考えていないッス・・・・・・・・・・まあ、どこかでひっそり暮らそうかなと」 「は? なにそれ?」 箸で掴んでいたきゅうりを落としてしまう、急いで拾って口に放り込んでから言葉を続ける 「さっきあんなに怨めしくあいつらのこと睨みつけてたのに何もしないの? 仕返しとか?」 「そんなことしたら命がいくつあっても足りないッス」 「だからって、泣き寝入りするつもり? 殺された上、世間じゃ役立たずとか穀潰しなんて呼ばれてんだよ!?」 「普段からそんな風に呼ばれてるんでさして気には・・・」 まるで他人ごとのように平然と答える椛 そんな椛を見て徐々ににとりの表情が曇っていく 「他人の都合で人生捻じ曲げられて悔しくないのかい!!」 「そもそも私のような下っ端一人が騒いで・・・・・・・・・・ってどうしたんスかにとり?」 にとりは泣いていた。表情はそのままで、涙腺だけが誤作動を起こしたかのように不自然に涙が溢れていた 「・・・・・・出てって・・・・・・・今すぐ私の前から消えて・・・・」 「ちょっと待つッス、話しを聞いてほし・・」 「うるさい!!」 大声と同時ににとりの手が振りあげられ、廃屋内に乾いた音が響く。椛は避けようと思えば避けれたその手を甘んじて受けた 「助ける為に必死こいた私が馬鹿みたいじゃないか!・・・・・・・・あんたみたいな負け犬、その辺で野垂れ死ねばいい!!」 にとりは急ぎ足で外に出ていった もうここにやって来ることは無いと椛にはわかった 去り際ににとりがぶちまけた夕飯を掃除する 「私のような下っ端が吠えようが喚こうが噛み付こうが、これはどうすることもできないんです・・・・・・」 静かになった廃屋で、椛はそう声をもらした 椛は自分の内側かわ湧き上がってくる感情を、いつものように無理矢理押さえ込んだ 「腹を立てたところで、私たち白狼天狗にはそれだけの価値しかないんスから」 日が段々と沈んでいき、徐々に暗闇が部屋を覆っていった 「たあっ!」 足を切り、動きの鈍った相手に刀を突き立てる 今夜も妖夢は冥界から降りて修行を行っていた しかしそれは修行とは言えるものではなく狩り、一方的な方殺しだった 「まるで歯ごたえが無い」 今日の獲物は四足の知性の乏しい下級の妖怪 妖夢は不満げにそいつから刀を引き抜いた そして、先ほどから感じる視線の方に刀を向ける 「覗き見など止めて、いい加減出てこい!」 刀を向けた先には誰もいない、しかし何者かがこちらを睨み付けているのがわかる その目は自分を憎しみを込めて見ていた そして同時に『この未熟者』と妖夢を嘲笑している 姿無き視線、聞こえるはずの無い嘲りに妖夢は激昂する 「貴様も私を半人前呼ばわりか!?」 怒りに任せ、足下に転がる絶命したばかりの死体を憂さ晴らしに斬りつけ何度も刺す 「どいつもこいつも!・・・・・・・・・どいつもこいつも!!」 気付けば、視線はいつの間にか消え失せ、自身は返り血で真っ赤になっていた 妖夢が刀を向けた遥か遥か先、高度な双眼鏡でようやく影を確認できるほどの遠くの距離に椛はいた 「なんとなく、私を殺そうとした理由が分かったような気がするッス」 そう独りごちて、廃屋の中に戻る 明かりも布団も無い冷たい部屋の床に横になり、静かに目を閉じた 頭(こうべ)を垂れろ 道を譲れ 天狗様が通る 通りすぎるまで面(おもて)を上げるな 眠りに着く前に、ふと仲間から教わった言葉が頭に浮かんだ 翌日、文は白玉桜に来ていた 階段の掃除をしている妖夢に挨拶する その時、妖夢の顔を見て思わず聞きたくなった 「最近ちゃんと睡眠取っていますか?」 「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ここで立ち話もなんですから、中へどうぞ」 巷で辻斬り事件が起きているのを文はもちろん知っている、その犯人が妖夢なのも薄々勘付いている 以前の文なら、すぐさま新聞のネタとして飛び付くこの出来事だがそんな気が起きなかった 階段を上りながら妖夢に言う 「今日はお願いがあってきました」 「お願い?」 「はい、椛の盾を譲っては頂けないでしょうか? あれも墓に供えて供養してやろうと思いまして」 門をくぐり庭を見ると、自分の目的のものが目に入り文は絶句した 「あれは鍛錬で使います故、申し訳ありませんがお渡しできません」 椛の盾は地面に踏み石のように埋めて込まれていた 文は椛に対する最大の侮辱だと感じた 「返しても良いのですが、一つ聞いてもよろしいですか?」 「私が答えられる範囲でなら」 「白狼天狗はみな、かの者のように剣の腕が立つのですか?もしそうなら・・・・・・」 妖夢の言わんとすることを理解して、文は天狗の団扇を抜き、妖夢に向ける 「椛一人の命では満足できないと? これ以上仲間に手を出すようなら私はあなたを許さない!」 「興奮しないでください。白狼天狗はみな剣の腕が立つのか? と聞いていだけです。だれも憂さ晴らしに白狼天狗を斬りたいなどとは言ってません」 妖夢に言い回しに嫌悪感を抱きながらも答える 「・・・・・・・・・・・白狼天狗であそこまで剣を扱えるのは椛だけです。ほかの子は弾幕に重きを置いています」 「でしょうね、私やフランドール・スカーレット、上白沢慧音のように剣を媒介としたスペルカードも使用できないくせに剣をふるうような馬鹿はこのご時世、彼女だけでしょうね」 「どこまで椛を侮辱したら気が済むんですか!!」 向けた団扇をそのままに文が怒鳴る それに対し妖夢は口元を吊り上げる 「あなたがあの犬についてとやかく言える資格があるとでも? 貴方がしているのはただの自己満足でしょう。偽善者振るのは勝手ですが、ご自分も共犯だというのをお忘れなく」 「くっ・・・・・」 椛を弔いたいとう想いが罪の意識から逃れるため願いからなるものだと図星をつかれてひるむ しかし、椛を侮辱され引き下がるわけにはいかない 「椛を殺してからずいぶんと変わられましたね・・・・・・・盾を返さないと言うようなら容赦はしません」 「変わったのはこんな安い挑発にのるアナタのほうですよ? 以前の記事を追い求める高慢な態度のアナタは何処へ行ったのですか?」 臨戦態勢の文をうれしそうに見ながら妖夢は静かに刀を抜く 「二人とも止めなさい」 見かねて、幽々子が仲裁に入った 「悪いのは妖夢。死者を冒涜したあなたよ、先に刀を納めなさい」 「チッ!・・・・・・・・・・・・・・わかりました」 主に聞こえる大きな舌打ちをして渋々納刀する 次に幽々子は文の方を向く 「あなたの気持ちもわからないでもないわ。けれどここでまた妖夢と揉めたら、それこそあの子がなんのために死んだかわからないわ」 諭すように、しかし脅しのニュアンスも若干込めながら幽々子は言う 「わかりました、盾の件は後日・・・・・・・」 「ええ、そうして頂戴。ちょっと妖夢、どこに行くの!?」 二人を無視してその場から立ち去ろうとする妖夢を幽々子は呼び止めた 「ちょっと頭を冷やしてきます」 「私の話しをきいてから行きなさい」 「そうしたいのは山々なんですが、きっと今の状態だと話しをまともに聞き入れることができないと思うので」 一礼して幽々子の制止を振り切り妖夢は逃げるように去っていった 今の妖夢を咎めることは幽々子には出来なかった 「私のしたことは正しかったのかしら・・・・・・・・」 「椛を殺しておいて、今更間違っていた。が通るとでも?」 「・・・・・・・・・・」 幽々子も今回の一件の責任を感じていた ただしそれは椛に対する罪悪感ではなく、妖夢に対する申し訳なさだった 好戦的な妖夢を見て幽々子の戸惑いはますます大きくなった 妖夢と文が揉めたこの日 椛は朝から山の中腹あたりで山菜を集めていた 自身の能力と優れた聴覚、嗅覚があれば見つかるより先に相手を発見し姿を隠すことが出来るため、こうして出歩いている 「こんなもんでいいスかね」 予想以上の収穫に満足し山を降りようと考えた時、遠くで話し声が聞こえた 「ん? 妖怪の山で童の声がするッス。珍しいッス」 最近越して来た神社の参拝客の子供だろうと当たりをつけてせっかくだからと思い見に行く 草陰から覗き込むと案の定、人間の子供が三人で円をつくり遊んでいた 手には木の棒、大きさは一メートルほどでチャンバラをするには持ってこいの大きさ 子供達は何かを囲んで、その棒でなにかを叩いていた 『なんだーこの犬? 全然向かってこないよ?』 『違うよ。こいつ狼だよ!本で見たもん。一匹狼だよ。きっと』 『嘘だ~、こんな弱い狼いないよ! 一匹狼って強いんじゃないの?』 『一匹狼は群れから追い出された狼のことだって。とーちゃんが言ってた』 『へー、じゃあ役に立たなかったから。こいつ見捨てられたのかな?』 狼を叩く手を緩めることなく、楽しそうにはしゃぐ子供達 それを見る椛の心にある感情が生まれた 気が付けば草陰から飛び出し 子供の一人から枝を掠め取り 全員の耳に一打ちずつ入れた 三人とも耳の同じ位置に同じ形の痣ができた 耳への打撃は弱い攻撃でも痛みを感じやすいこと、中枢神経を揺さぶる等の利点があり相手を無力化させやすい 椛は本能的に耳への攻撃を選択していた 事は一瞬だった 正気に戻れば、目の前には耳を押さえ蹲る子供たちの姿とぐったりと倒れている狼 「すまない。お前達、大丈夫・・・」 「ちょっと!! あなたそこでなにやってるんですか!!」 現れたのは青が目立つ巫女装束の少女。参拝客の子が居なくなったのでここまで探しに来たのだろう 彼女とは面識があったが顔を覚えられるほどの間柄ではなかった 駆けつけた巫女、東風谷早苗は子供達の様子を見て大事が無いことを見届けてから 状況を見ておおよその見当をつける 「犬をいじめる子を見かねて、貴方が仕置きしたというわけですね? けれども暴力は感心しません」 「面目無いです。あとあれは狼ッス」 「・・・とりあえず、あなたがいるとこの子たちが怖がります『狼をいじめたから狼の神様が怒って罰が当たった』と説明しておくので、この場から離れて下さい」 「恩に着ます」 早々に山を下りた 途中、衣服を見ると肩に血が滲んでいた。先ほどの動きで傷口が少し開いたらしく徐々に痛みだしたので、その辺にある手ごろな大きさの石に腰掛て休憩を取った 休息がてら先ほどの自分の行いについて考えた 「本当は怒鳴って追い払うつもりだったんスけど・・・・・・」 なぜあんな愚行をしたのか分からない 否、頭ではわからない振りをしていた 行動した原因を内心では理解していた 一瞬だけ重なったのだ、あの狼と自分が 罵られ、蔑まれ、見下され、貶される姿が それを抵抗することなく甘んじて受ける姿が 文文。新聞の内容を思い出す 思い出す度に腸が煮えくり返りそうになる 奥歯を噛み締めることで、再び内側から湧き出る下劣な感情を抑え込む しかし、今回は抑えきれない 「私が何をしたというんスか・・・・・・・・・」 役立たずと呼ばれようと構わなかった 認めてもらおう、褒めてもらおうとは思わなかった 白狼天狗は他の天狗にとってその程度の存在だと理解している けれども下っ端なりに頑張って来たし苦労もそれなりにしてここまでやってきた その仕打ちがこれ 「ふざけるな!!」 立ち上がり力一杯立木を頭突いた、何度も何度も 他に怒りのぶつけ方を知らなかった やがて額は切れて血が滴る 打ち付けて続けて、無理矢理気持ちを落ち着けると背後に気配を感じた 「!!」 驚き、振り返ると先ほどの狼がいた 「お前・・・・・・」 見ると狼の前足の片方は不自然なほうに曲がっていた。群れを追い出された原因はそこにあうのだろうと察する 三本足でヒョコリヒョコリと椛に歩み寄って体を伸ばし額を舐めようとする だが椛にはわかった、この狼は恩返しのためでなく、同じ匂いがしたから自分に擦り寄ってきたのだと 寄ってきた狼を裏拳で殴りつけ自身から遠ざける なぜ殴られたのか分からないという表情の狼に向かい叫ぶ 「お前のその牙はなんだ!! 敵を噛み砕くためにあるのではないのか!! お前のその爪はなんだ!!敵を捕らえるためにあるのではないのか!!  お前のその尾はなんだ!! 媚へつらうために振るのか!? 己を鼓舞するためにあるのだろう!! お前が生来もつ狼の誇りはどうした!!」 力一杯怒鳴った、狼に対してではない自分自身に この時、椛は初めて自分に降りかかる理不尽さに苛立ちを感じ表に出した それは天狗社会で暮らしている内、幼いころから押さえつけてきた感情だった 自身に「私は一生下っ端として生きていくのだ、それこそが白狼天狗なのだ」と言い聞かせ納得させてきた 納得というよりもそれは諦めに近かったのかのしれない 今まで言えなかった言葉があった、山全体に聞こえるように叫んだ 「私の命はそんなに安くない!!」 木の止まった鳥達が一斉に驚き空に飛び上がった 椛が山を下りたころにはすでに夕方になっていた 幸い、あれほど叫んでもだれかに見つかるということはなかった 廃屋に戻り、にとりが残しておいてくれた河童の膏薬をまず額に塗る 次に肩に塗ろうと衣服を脱ぎ、半裸になり傷を見た 傷は左肩から垂直に乳房の中ごろまであり、良く見ると乱暴ではあるが縫合と抜糸した跡があった 今更ながら椛はにとりに感謝した 「けれどこの傷は・・・・・一生残りそうッスね・・・・・・・・・・」 薬を塗りながらふと「お嫁に行けないな」と考えてしまう自分の馬鹿さ加減にうんざりした 女として見られたことなど生まれてこの方一度も無いくせに、と自嘲した 将来だれかと一緒になる以前に、そもそもあの山にもう自分の居て良い場所は無い 薬を塗り終わり、血の滲んだ服を洗い家の中に干して横になった。山菜は山に置いてきてしまった 「なんか食いっぱぐれてばかりの人生だったような気がするッス」 夕闇が訪れる少し前に椛は目を閉じた 草木が眠り、虫も泣き止む丑三つ時 そんな夜更けに椛は目を覚ました。おもむろに起き上がり、干しておいた服に袖を通す。まだ生乾きだがさして気にはならなかった 最低限部屋を掃除して外に出る。出て一度振り返り廃屋の方に向き直り深々と頭を下げる 「短い間でしたがお世話になりました」言って、廃屋を後にする そんな椛に声が掛かる 小さな声ではあったが音は何物にも吸収されることなく低く広く響き渡った 「可愛い可愛いオオカミさん♪ こんな夜中にどこへ行こうというんだい♪」 少し芝居がかった口調でにとりが尋ねた 「貴重な将棋仲間だからね、やっぱり心配になって様子を見に来たら・・・・・これから何処行くのさ?」 「ちょっくら冥界に行って、あの半人前を四分の一人前にしてこようかと」 「肩はまだ動かないでしょ? 片腕で勝てるの?」 「ちょうど良いハンデっス。まあ勝てる勝てないは別として」 「そうかい・・・・・・・・・・・」 椛は達観したかのように涼しげな顔を にとりは寂しそうな顔を悟られないように深く帽子を被りなおす 「もし勝ててもその後は? 戻ってきてくれる?」 「妖夢さんに手を出したら、幽々子さんが今度こそ本気で私を殺しに掛かると思うッス。だからここで・・・・・・・・寂しいけどお別れッス」 確定した死を知りながら、あははと椛は笑う にとりは友を踏みとどまらせようと必死に言葉を考えるが、良い言葉が出てこなかった 「なんで行くんだい? 前はあんなに諦めていたのに」 「仕返しってのもありますが。あそこには私が長年世話になった大事な物があるッス。いつまでもあんなところにあったらアイツが気の毒ッス」 「そんなに大事なもの?」 「はい、私にとって河童と甲羅のように切っても切れない関係なんです」 「・・・・・・・なら仕方ないね」 「はい、仕方ないっス」 言葉が尽き、お互い黙り込んでしまう 「ああ、そだ! 椛の剣なんだけど」 剣の立て掛けてある墓の場所を教えようとするが、首を振って拒んだ 「教えてもらわなくても大丈夫ッス。ちゃんと見つけてあります」 「・・・・・・・・そっか。千里先まで見通す程度の能力だもんね」 「はい、千里先まで見通す程度の能力ッスから。だから全部お見通しッス」 なぜかこのやりとりが可笑しくてお互い軽く笑った 「それじゃあ『サヨナラ』ッス。にとり。助けてくれて本当にありがとうッス」 「私は言わないよ。別れの言葉も感謝の言葉も」 言ったら本気で椛とは二度と会えない気がした 椛の姿が見えなくなるまで、にとりはその後ろ姿を見送った 今夜も妖夢は獲物を求め白玉楼の門をくぐり階段に下る 昼の一件で気が立ってしょうがいなかった 「 ? 」 長い長い階段の先、一番下に誰かが立っており、静かにこちらを見つめていた (賊か? 侵入者か? 丁度良いこんな夜更けに来るような不遜な輩だ、斬っても文句は言われまい・・・) 目を細め、闇夜に浮かぶ獲物を凝視する 相手の容姿は自分と同じ銀色の髪、その髪から愛くるしい獣の耳が見える それが誰だか分かり歓喜する 相手は侵入者ではなく復讐者だった なぜここに居るのかなどの疑問は一切湧いてこなかった 最も自分が斬りたい相手が現れてくれた奇跡を、八百万全ての神に感謝する これでもかというほど笑った 「はははははははははは!! そうか! 死してあなたもめでたく冥界入りというわけか!? 妖怪の亡霊とはまた珍しい!! 本来ここは畜生の来る所ではないが歓迎します!!」 主が寝ていようが起きていようがお構い無しに声を荒げる 楼観剣だけを抜き、鞘と白桜剣を投げ捨てる 「やはりあんな中途半端な騙まし討ちで、納得できるほど私のプライドは単純じゃない」 妖夢の瞳の奥は濁流のように荒々しく揺れ動き 椛の瞳は湖畔の水面のように静かで揺らぎが無い 静と動。対極の感情を宿した目が向かい合う 「思えばまだ一勝一敗だ。三本目と行こうじゃないか・・・・・・・・・・・・・・・・・いぬばしりもみじ!!」 言葉が終わると同時に妖夢は猛スピードで階段を駆け下りた 一足で五、六段を軽々と飛び越え、段を蹴るごとに速度を増して半霊すら置き去りにするほど加速する 刀と波長を合わせ、生涯最高の一太刀を放つために両腕に力を込める。技巧など二の次、斬った後地面に激突することなど考えていなかった 「その首、今度こそもらい受ける!!」 断頭台となった妖夢は一直線に椛に突っ込む 椛が手に携えているのは盾と対をなす剣のみ 下っ端の白狼天狗である彼女が唯一振るうことを許された粗末な造りの剣 それをいつも通り構える、構え妖夢を見据える (あれはちょっとかわせそうに無いっス・・・・・・・) 将棋を指す暇があったらもう少し鍛錬の時間にあてておけば良かったと今更ながらに後悔する だが将棋が無ければにとりとの親交も無かったと考える (しかし、ようは受ける前に叩き斬れば良い・・・・・・・・・いつもと何一つかわらないっス) 生涯剣を振るい続けて体に教え込んだ一振りをただ行う いつもと違う点があるとしたら、仲間のためでなく自分のために振るうというだけ 今までで培った感覚を頼りに剣を振るうタイミングを見極める お互い永遠とも思われるほどの一瞬が過ぎ 「らあ!!」 「たあ!!」 二人の剣先が今、ぶつかりあった 文はこの夜も椛の墓参りに来ていた 「おや?」 剣が無いことに気付いた 「まさか盗むだなんて・・・・・ひどい方がいるものです」 不思議と墓は荒らされていなかった 背後から知り合いの声がした 「だれかと思えば鴉天狗じゃないか。どうしたんだい? こんな夜遅く」 「にとりさんこそ」 にとりは文の横を通り過ぎ椛の墓前に座り、背負っていたリュックを開ける そこから将棋盤を取り出して墓に供える 「勘違いしないで。ここに置いておくだけだから。もしも帰ってきた時にはまた取りにくるから」 「 ? 」 誰に言うわけでもなく、そう言い訳をする さて、と言って立ち上がり文の方を向く 「次の新聞、楽しみにしてるよ」 普段なら言われただけで舞い上がる言葉のはずなのに、文の表情は浮かない 「せっかくのお言葉ですが、申し訳ありません。新聞はしばらく休刊しようと思うんです。スランプってやつですかね? 前のを書いてから筆を取っても文章が全く浮かんでこないんですよ」 「いや、あんたは書くさ。逃げるなんて卑怯な真似は絶対に許さない」 「え?」 意味深な言葉に文は反応する 「あんたは書くさ・・・・・嫌が上でも。それが射命丸文の責任であり義務だ。まぁ、どう書くかはあんたの自由だけどね」 「あの、一体それって?」 最後までにとりに言葉の意図はわからなかった 「じゃあ、私はもう帰るよ。おやすみ」 「ああ、はい。おやすみなさい」 にとりは心から友の帰還を望んだ その望みは二度と叶わない望みかもしれないし もしかしたら数十年後に叶う望みなのかもしれない 奇跡が起きて明日にでも椛は戻ってくるかもしれない 「願わくば記事の内容も事実も私の望んだようになって欲しいものだね・・・・・・・」 この時、文とにとりは何処かから狼の遠吠えが聞こえたような気がした ---- - ただ感動 -- 名無しさん (2009-01-03 11:39:55) - ………どっちだ? 俺的には妖夢に勝ってもらいたいが -- 名無しさん (2009-01-04 00:50:19) - どうでもいいが幽々子がすべての原因だな -- 藤田 龍一 (2009-01-05 03:16:05) - みょん...元に戻ってほしいもんだ... -- 名無しさん (2009-01-05 19:35:37) - 今までで一番心にしみた -- 名無しさん (2009-01-26 19:23:38) - なんか悲しいな・・出会い方が違えばきっとすごくいい好敵になれたのに。 -- 名無しさん (2009-02-14 13:58:53) - 俺は椛を一人の女として見てたんだが・・お嫁に来てくれないかな -- 名無しさん (2009-05-11 02:21:04) - 断頭台となった妖夢ってことは・・・ゴクリ -- 名無しさん (2009-05-15 22:05:39) - うわあああ…うわあああああ…… -- 名無しさん (2009-05-19 20:59:34) - あの半人前を四分の一人前にしてこようかと &br() &br()椛かっこよすぎる。名作乙 -- 名無しさん (2009-07-12 12:58:01) - イカレたキャラが妖夢って意外に似合うなぁw -- 名無しさん (2009-07-12 20:12:30) - 椛を応援してしまった -- 名無しさん (2009-07-19 01:46:18) - 考えるとこれ続きがゆゆ様・文いじめになりそうだが… -- 名無しさん (2009-09-23 18:44:18) - 椛は真の武士だよ -- 名無しさん (2009-09-26 15:51:24) - ここまで妖夢みょんに狂人キャラが合うとは…なんかAOC思い出した。 &br() &br() &br()しかし格好良いな -- 名無しさん (2010-04-02 17:59:04) - やべ、にとりもいいなあ、これ -- 名無しさん (2010-05-16 13:31:32) - 妖夢殺してくる。 -- 名無しさん (2010-05-16 16:42:17) - ↑殺す相手が確実に間違ってる件 -- 名無しさん (2010-05-16 19:28:32) - ↑そうか? &br()今の妖夢には同情の余地はない気がするが -- 名無しさん (2010-05-17 11:09:57) - ↑すまん &br()元凶は幽々子だから…と言いたかったんだ -- 名無しさん (2010-05-17 17:20:27) - ↑↑↑↑ &br()その後、名無しさんの行方を知るものは誰もいなかった…… -- 名無しさん (2010-05-22 18:22:11) - 幽々子は殺せないけどな -- 藤田 龍一 (2010-05-23 19:05:02) - だなw -- 名無しさん (2010-05-29 15:21:45) - 誰か! &br()射影機と零式フィルム99枚×99束を用意するんだ!! &br()これだけあれば、亡霊(幽々子)の一体や二体ぐらい殺(や)れる!! &br() &br() &br()……ハズww -- 名無しさん (2010-07-11 17:27:06) - ↑ &br()フェイタルフレーム乙 -- 名無しさん (2010-09-07 00:47:32) - 妖夢うぜえwしね -- 名無しさん (2011-03-19 19:16:26) - 妖夢のイメージが俺の中でさがってしまったw -- 名無しさん (2014-09-23 20:18:13) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
前スレで途中だった【0173.txt】の妖夢vs椛の続きです  【文々。新聞】 『白狼天狗 冥界の剣士に斬りかかり返り討ちに』   ○月×日、冥界白玉楼の魂魄妖夢氏(半人半霊)が記者と妖怪の山を散策中、哨戒を行っていた犬走椛氏(白狼天狗)が妖夢氏を発見。記者が一時的にその場を  離れていたため説明する者がおらず侵入者と誤認、斬りかかる事態となった。妖夢氏の説得もむなしく両者は戦闘となり、途中不運にも椛氏の急所に刃が突き刺さ  り、記者がその場に戻った時にはすでに椛氏は息を引き取っていた。翌日、冥界白玉楼の主の幽々子氏と大天狗様の会合が行われ、大天狗様がまず陳謝。次に  幽々子氏も「椛氏の死は非常に残念に思う、今後このような悲劇の起こらぬようお互いに努めましょう」と述べ、妖怪の山と冥界の関係に遺恨を残さない形で決着がつ  いた。今後、この一件で白狼天狗に対する風当たりがいっそう強まるのではないかと心配でならない。 文は一週間前に発行した自らの記事の内容である 常に自身が「真実を伝えるのが文々。新聞です」と謳っておきながら こうも堂々と捏造記事を執筆した自分に軽い嫌悪感を覚える 今彼女は墓地に来ている そしてある墓の前で足を止めた 文はこの墓ができてから毎日この場所に通い花を飾りお供え物をしている 「また・・・・荒らされてますね・・・・・・・・」 文がお参りにきた墓石は無残にも倒され、できて間が無いにも関わらず破損が激しかった 昨日供えたばかりの花もお供え物も滅茶苦茶にされていた いっしょに奉ってあった剣とその鞘にも靴跡がいくつも付いていた その墓に刻まれている名は「犬走椛」 妖夢が椛を殺した一件は文の証言と記事のお陰で真実は歪曲し、偽りが事実となった そのせいで椛を弔う者はいなかった。文だけが、椛の尊さを知っていた 故に当初、椛の墓を建てる予定は無かった 天狗の名に泥を塗った穀潰しに建てる墓などあるものか、と皆が口をそろえて死者である椛を罵った 椛と同じ白狼天狗たちもだれも彼女を弔う気は無かった、むしろ椛のお陰でさらに肩身の狭い思いをすると言い恨む者さえいる だからこの墓は文が建てた 周囲からは「事件の責任を感じているのか?」と言われたが、そんなことはお構いなしに私財で椛の墓を用意した そうすることで椛の死に加担して、さらに名を汚した自分の罪を少しでも軽くしたかった 墓にしゃがみこんで文は手を合わせた (別に報酬に目がくらんだわけではありません・・・・かといって、あなたが憎いわけでもありません・・・・好きなだけ恨んでくださって結構です・・・・) ここに何も埋まっていないことは知っている。遺体は他ならぬ自分が川に流したのだから その記事を書いたあの日から文は新聞が書けなくなった 書こうとしても椛のことを思い出してペンを持つ手が震えた そのころの白玉楼 「やぁ!! はっ!!」 今日も妖夢が庭で刀を振るっていた、しかし素振りをしているわけではない 庭に置いた、鉄の板に何度も楼観剣を打ち付けていた 不快な金属音に堪らず、主が声を掛ける 「五月蝿いわよ妖夢。それにそんなことをしたらいくら楼観剣でも馬鹿になってしまうわ」 「だから良いのです」 打ち込みを中断し、幽々子に向き直る 「楼観剣は鉄や岩は中々切れませんが、妖怪を斬るときのこの剣の切れ味は抜群です・・・・・・・おかげで斬った心地がしないんです」 「斬った心地がしないと何がいけないというの?」 「はい、殺した実感が湧きません」 臆面も無く答える妖夢を見て、幽々子は内心戸惑いを感じていた 最近の妖夢の奇行について尋ねる 「夜中になると起きて出歩いているようだけれど?」 「ただの散歩です。寝付けないので四半刻ほど下をぐるりと回っているだけです」 帰ってきてからの妖夢はどこかおかしい 妖夢は夜な夜な外へ抜け出している そしって翌朝になると周辺で妖怪の死体が発見される。いずれの遺体にも刀傷があったと聞いた そんな日が連日続き巷では、辻斬りが出たと話題になっている 誰が犯人なのかなど現場を押さえなくても幽々子にはわかる 「斬るのは侵入者だけになさい」 「私には実戦経験が足りないのです。それを補うためにはそれしかありません。全ては幽々子様をお守りする、冥界一堅い盾となるために」 (出歩いている間に侵入者が来たら本末転倒でしょうに・・・・) 思ったが口にするのは止めた 「ところで妖夢、今日あなたは鏡で自分を見たかしら?」 「いいえ、そのような暇があれば鍛錬をしてます」 「一度見ておいたほうがいいわ」 「?」 妖夢の顔には、以前のような柔らかさは無かった 主人の言葉の意味がわからず「はて?」と首をかしげた 結局幽々子が言いたいことは妖夢には伝わらなかった 妖夢が「刀を研いできます」と言い幽々子に背を向ける それを見送る幽々子の真横に隙間が生まれ、そこから八雲紫がまるで窓から外を見るように体を半分乗り出した状態で姿を現す 「気にすることは無いは幽々子。こんな時期だれにでもあるじゃない? ヤサグレもあの子が成長するための大事な下地よ」 「頭ではそうだと分かっていても、今の妖夢はちょっと怖いわ・・・・・」 「同感ね、あれじゃあ藍はともかく、橙を連れてこられないわ」 全ては白狼天狗が来たときからはじまった ここへやって来た椛を一目見たとき、剣術“だけ”でなら妖夢の遥か上を行くと分かった 分かっていて二人の稽古を見守っていた 妖夢が負けたことは残念だったが、敗北を通して妖夢には様々なことを学んで欲しかった しかし妖夢の敗北の傷は幽々子が予想していたものよりも深かった 椛が帰った次の日、妖夢が切腹をした時は自分でも驚くほど取り乱した そして養生中の妖夢を見て思った 仮にあの子の傷が癒えてここに戻ってきたとしても、負けたままの妖夢が前に進むことはできない。と 一匹の下っ端天狗の命と妖夢のこれからの人生 どちらが大事かなど比べるまでも無い 白狼天狗に恨みは無いが妖夢のために消えてもらう他なかった。妖夢の手によって、妖夢の納得のいく形で、できるだけ手っ取り早い方法で そのために椛の上司を買収した あっさり寝返った文を見て、犬一匹の命などその程度の価値もないのだと知ったときは 流石の幽々子も椛のことがいささか気の毒に思った 「妖夢にもあの子にも悪いことをしたわ・・・・・・」 苦悩し小さく落ち込む幽々子の頭を紫が優しく撫でた 撫でながら言う 「ところで幽々子気付いてる?」 「ええ、見られてるわね・・・・・・ずっと」 少し前から、誰かに監視されているような気がする 霊に周辺をくまなく探させたがそれらしい姿は見えなかった 「見なさい、腕の産毛が逆立ってるわ。鶏肉みたいよ」 「あら、おいしそうね」 視線には殺気が篭っていた 「相当恨まれてるみたいね? 霊体になってまだその辺を漂ってるんじゃない?」 「大人しく成仏してほしいわ。亡霊が祟られるなんて前代未聞よ?」 先ほどまで妖夢が打ち込んでいた盾に向かって小さくつぶやいた 幽々子は椛の能力を誰からも聞いていなかった、彼女のことを知れば知るほど申し訳ない気持ちになると思ったからである 故にこの視線の正体を幽々子も紫も知らない 「そんな明後日の方を向いて何を見てるんだい?」 声をかけられて振り向き、目の焦点を今見ていた冥界から目の前にいる友人、河城にとりに合わせる 「ん、ああ。別に大したものじゃあないッス」 「そうかい? それより夕飯にしようか」 「賛成ッス」 犬走椛は生きていた 話はあの事件の日にさかのぼる その日、河城にとりは特にこれといった用事もなく山の中をぶらついていた 途中で椛たち一行を見つけ、面白そうだったのであとをついていった。驚かせようと光学迷彩を使用して姿を消しながら 途中、椛が「だれかがつけて来ている」と言われた時は見つかったのだと観念し姿を現そう思った しかしその直後、剣を持った見知らぬ女が椛を斬った。一緒にいた鴉天狗と協力して 川を流れる椛を二人がその場から離れた直後に回収して自宅へ運び、家にある道具、薬、メカを総動員し蘇生を試みた 椛とて腐っても天狗である、妖怪としてそれなりに高い生命力は持っている 脈が止まり、脳に酸素が供給されない状態が長い時間続いても人間のように簡単に死ぬわけではない 妖怪は滅多なことでは死ぬことは無い 最もあのまま放置され川を流され続けていたら椛は確実に絶命したのまた事実である 河童秘伝の膏薬と乱暴な縫合で傷口を塞ぎ、人口血液の投与、電気ショックなどできることは全てやった 椛が目を覚ましたのがそれから三日後、その後さらに高熱でうなされたのが三日 そしてやっと椛は歩ける状態まで回復した 今、椛とにとりは山から少しだけ離れた廃屋に身を移していた 山にいるといつかは見つかると判断して細心の注意を払いここまで来た 早めの夕飯を取る二人 食卓に並ぶのはカッパ巻き、きゅうり丼、野菜スティックのきゅうりオンリー、きゅうり汁 「すごい目に優しい色ッス・・・・・・」 「最近まともにご飯食べられなかったんだから、ちゃんと食べなよ?」 「もちろん」 起き上がった状態で、久々の食事を取る椛 斬られた肩の傷はまだ完治しておらず左腕は満足に動かない 半分ほど食べ終わり、にとりが口を開く 「これから・・・どうするんだい?」 「 ! 」 ピタリと椛の箸が止まる 外がどんな状態になっているのか椛はにとりに聞かされた。新聞も見せられた 自身の能力で集められる情報は全て集めた 今、自分は死んだことになっており。事実が捻じ曲げられ天狗の恥晒しだと語られていることも知っていた 自分が斬られた理由も段々わかってきた 「正直、まだ考えていないッス・・・・・・・・・・まあ、どこかでひっそり暮らそうかなと」 「は? なにそれ?」 箸で掴んでいたきゅうりを落としてしまう、急いで拾って口に放り込んでから言葉を続ける 「さっきあんなに怨めしくあいつらのこと睨みつけてたのに何もしないの? 仕返しとか?」 「そんなことしたら命がいくつあっても足りないッス」 「だからって、泣き寝入りするつもり? 殺された上、世間じゃ役立たずとか穀潰しなんて呼ばれてんだよ!?」 「普段からそんな風に呼ばれてるんでさして気には・・・」 まるで他人ごとのように平然と答える椛 そんな椛を見て徐々ににとりの表情が曇っていく 「他人の都合で人生捻じ曲げられて悔しくないのかい!!」 「そもそも私のような下っ端一人が騒いで・・・・・・・・・・ってどうしたんスかにとり?」 にとりは泣いていた。表情はそのままで、涙腺だけが誤作動を起こしたかのように不自然に涙が溢れていた 「・・・・・・出てって・・・・・・・今すぐ私の前から消えて・・・・」 「ちょっと待つッス、話しを聞いてほし・・」 「うるさい!!」 大声と同時ににとりの手が振りあげられ、廃屋内に乾いた音が響く。椛は避けようと思えば避けれたその手を甘んじて受けた 「助ける為に必死こいた私が馬鹿みたいじゃないか!・・・・・・・・あんたみたいな負け犬、その辺で野垂れ死ねばいい!!」 にとりは急ぎ足で外に出ていった もうここにやって来ることは無いと椛にはわかった 去り際ににとりがぶちまけた夕飯を掃除する 「私のような下っ端が吠えようが喚こうが噛み付こうが、これはどうすることもできないんです・・・・・・」 静かになった廃屋で、椛はそう声をもらした 椛は自分の内側かわ湧き上がってくる感情を、いつものように無理矢理押さえ込んだ 「腹を立てたところで、私たち白狼天狗にはそれだけの価値しかないんスから」 日が段々と沈んでいき、徐々に暗闇が部屋を覆っていった 「たあっ!」 足を切り、動きの鈍った相手に刀を突き立てる 今夜も妖夢は冥界から降りて修行を行っていた しかしそれは修行とは言えるものではなく狩り、一方的な方殺しだった 「まるで歯ごたえが無い」 今日の獲物は四足の知性の乏しい下級の妖怪 妖夢は不満げにそいつから刀を引き抜いた そして、先ほどから感じる視線の方に刀を向ける 「覗き見など止めて、いい加減出てこい!」 刀を向けた先には誰もいない、しかし何者かがこちらを睨み付けているのがわかる その目は自分を憎しみを込めて見ていた そして同時に『この未熟者』と妖夢を嘲笑している 姿無き視線、聞こえるはずの無い嘲りに妖夢は激昂する 「貴様も私を半人前呼ばわりか!?」 怒りに任せ、足下に転がる絶命したばかりの死体を憂さ晴らしに斬りつけ何度も刺す 「どいつもこいつも!・・・・・・・・・どいつもこいつも!!」 気付けば、視線はいつの間にか消え失せ、自身は返り血で真っ赤になっていた 妖夢が刀を向けた遥か遥か先、高度な双眼鏡でようやく影を確認できるほどの遠くの距離に椛はいた 「なんとなく、私を殺そうとした理由が分かったような気がするッス」 そう独りごちて、廃屋の中に戻る 明かりも布団も無い冷たい部屋の床に横になり、静かに目を閉じた 頭(こうべ)を垂れろ 道を譲れ 天狗様が通る 通りすぎるまで面(おもて)を上げるな 眠りに着く前に、ふと仲間から教わった言葉が頭に浮かんだ 翌日、文は白玉桜に来ていた 階段の掃除をしている妖夢に挨拶する その時、妖夢の顔を見て思わず聞きたくなった 「最近ちゃんと睡眠取っていますか?」 「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ここで立ち話もなんですから、中へどうぞ」 巷で辻斬り事件が起きているのを文はもちろん知っている、その犯人が妖夢なのも薄々勘付いている 以前の文なら、すぐさま新聞のネタとして飛び付くこの出来事だがそんな気が起きなかった 階段を上りながら妖夢に言う 「今日はお願いがあってきました」 「お願い?」 「はい、椛の盾を譲っては頂けないでしょうか? あれも墓に供えて供養してやろうと思いまして」 門をくぐり庭を見ると、自分の目的のものが目に入り文は絶句した 「あれは鍛錬で使います故、申し訳ありませんがお渡しできません」 椛の盾は地面に踏み石のように埋めて込まれていた 文は椛に対する最大の侮辱だと感じた 「返しても良いのですが、一つ聞いてもよろしいですか?」 「私が答えられる範囲でなら」 「白狼天狗はみな、かの者のように剣の腕が立つのですか?もしそうなら・・・・・・」 妖夢の言わんとすることを理解して、文は天狗の団扇を抜き、妖夢に向ける 「椛一人の命では満足できないと? これ以上仲間に手を出すようなら私はあなたを許さない!」 「興奮しないでください。白狼天狗はみな剣の腕が立つのか? と聞いていだけです。だれも憂さ晴らしに白狼天狗を斬りたいなどとは言ってません」 妖夢に言い回しに嫌悪感を抱きながらも答える 「・・・・・・・・・・・白狼天狗であそこまで剣を扱えるのは椛だけです。ほかの子は弾幕に重きを置いています」 「でしょうね、私やフランドール・スカーレット、上白沢慧音のように剣を媒介としたスペルカードも使用できないくせに剣をふるうような馬鹿はこのご時世、彼女だけでしょうね」 「どこまで椛を侮辱したら気が済むんですか!!」 向けた団扇をそのままに文が怒鳴る それに対し妖夢は口元を吊り上げる 「あなたがあの犬についてとやかく言える資格があるとでも? 貴方がしているのはただの自己満足でしょう。偽善者振るのは勝手ですが、ご自分も共犯だというのをお忘れなく」 「くっ・・・・・」 椛を弔いたいとう想いが罪の意識から逃れるため願いからなるものだと図星をつかれてひるむ しかし、椛を侮辱され引き下がるわけにはいかない 「椛を殺してからずいぶんと変わられましたね・・・・・・・盾を返さないと言うようなら容赦はしません」 「変わったのはこんな安い挑発にのるアナタのほうですよ? 以前の記事を追い求める高慢な態度のアナタは何処へ行ったのですか?」 臨戦態勢の文をうれしそうに見ながら妖夢は静かに刀を抜く 「二人とも止めなさい」 見かねて、幽々子が仲裁に入った 「悪いのは妖夢。死者を冒涜したあなたよ、先に刀を納めなさい」 「チッ!・・・・・・・・・・・・・・わかりました」 主に聞こえる大きな舌打ちをして渋々納刀する 次に幽々子は文の方を向く 「あなたの気持ちもわからないでもないわ。けれどここでまた妖夢と揉めたら、それこそあの子がなんのために死んだかわからないわ」 諭すように、しかし脅しのニュアンスも若干込めながら幽々子は言う 「わかりました、盾の件は後日・・・・・・・」 「ええ、そうして頂戴。ちょっと妖夢、どこに行くの!?」 二人を無視してその場から立ち去ろうとする妖夢を幽々子は呼び止めた 「ちょっと頭を冷やしてきます」 「私の話しをきいてから行きなさい」 「そうしたいのは山々なんですが、きっと今の状態だと話しをまともに聞き入れることができないと思うので」 一礼して幽々子の制止を振り切り妖夢は逃げるように去っていった 今の妖夢を咎めることは幽々子には出来なかった 「私のしたことは正しかったのかしら・・・・・・・・」 「椛を殺しておいて、今更間違っていた。が通るとでも?」 「・・・・・・・・・・」 幽々子も今回の一件の責任を感じていた ただしそれは椛に対する罪悪感ではなく、妖夢に対する申し訳なさだった 好戦的な妖夢を見て幽々子の戸惑いはますます大きくなった 妖夢と文が揉めたこの日 椛は朝から山の中腹あたりで山菜を集めていた 自身の能力と優れた聴覚、嗅覚があれば見つかるより先に相手を発見し姿を隠すことが出来るため、こうして出歩いている 「こんなもんでいいスかね」 予想以上の収穫に満足し山を降りようと考えた時、遠くで話し声が聞こえた 「ん? 妖怪の山で童の声がするッス。珍しいッス」 最近越して来た神社の参拝客の子供だろうと当たりをつけてせっかくだからと思い見に行く 草陰から覗き込むと案の定、人間の子供が三人で円をつくり遊んでいた 手には木の棒、大きさは一メートルほどでチャンバラをするには持ってこいの大きさ 子供達は何かを囲んで、その棒でなにかを叩いていた 『なんだーこの犬? 全然向かってこないよ?』 『違うよ。こいつ狼だよ!本で見たもん。一匹狼だよ。きっと』 『嘘だ~、こんな弱い狼いないよ! 一匹狼って強いんじゃないの?』 『一匹狼は群れから追い出された狼のことだって。とーちゃんが言ってた』 『へー、じゃあ役に立たなかったから。こいつ見捨てられたのかな?』 狼を叩く手を緩めることなく、楽しそうにはしゃぐ子供達 それを見る椛の心にある感情が生まれた 気が付けば草陰から飛び出し 子供の一人から枝を掠め取り 全員の耳に一打ちずつ入れた 三人とも耳の同じ位置に同じ形の痣ができた 耳への打撃は弱い攻撃でも痛みを感じやすいこと、中枢神経を揺さぶる等の利点があり相手を無力化させやすい 椛は本能的に耳への攻撃を選択していた 事は一瞬だった 正気に戻れば、目の前には耳を押さえ蹲る子供たちの姿とぐったりと倒れている狼 「すまない。お前達、大丈夫・・・」 「ちょっと!! あなたそこでなにやってるんですか!!」 現れたのは青が目立つ巫女装束の少女。参拝客の子が居なくなったのでここまで探しに来たのだろう 彼女とは面識があったが顔を覚えられるほどの間柄ではなかった 駆けつけた巫女、東風谷早苗は子供達の様子を見て大事が無いことを見届けてから 状況を見ておおよその見当をつける 「犬をいじめる子を見かねて、貴方が仕置きしたというわけですね? けれども暴力は感心しません」 「面目無いです。あとあれは狼ッス」 「・・・とりあえず、あなたがいるとこの子たちが怖がります『狼をいじめたから狼の神様が怒って罰が当たった』と説明しておくので、この場から離れて下さい」 「恩に着ます」 早々に山を下りた 途中、衣服を見ると肩に血が滲んでいた。先ほどの動きで傷口が少し開いたらしく徐々に痛みだしたので、その辺にある手ごろな大きさの石に腰掛て休憩を取った 休息がてら先ほどの自分の行いについて考えた 「本当は怒鳴って追い払うつもりだったんスけど・・・・・・」 なぜあんな愚行をしたのか分からない 否、頭ではわからない振りをしていた 行動した原因を内心では理解していた 一瞬だけ重なったのだ、あの狼と自分が 罵られ、蔑まれ、見下され、貶される姿が それを抵抗することなく甘んじて受ける姿が 文文。新聞の内容を思い出す 思い出す度に腸が煮えくり返りそうになる 奥歯を噛み締めることで、再び内側から湧き出る下劣な感情を抑え込む しかし、今回は抑えきれない 「私が何をしたというんスか・・・・・・・・・」 役立たずと呼ばれようと構わなかった 認めてもらおう、褒めてもらおうとは思わなかった 白狼天狗は他の天狗にとってその程度の存在だと理解している けれども下っ端なりに頑張って来たし苦労もそれなりにしてここまでやってきた その仕打ちがこれ 「ふざけるな!!」 立ち上がり力一杯立木を頭突いた、何度も何度も 他に怒りのぶつけ方を知らなかった やがて額は切れて血が滴る 打ち付けて続けて、無理矢理気持ちを落ち着けると背後に気配を感じた 「!!」 驚き、振り返ると先ほどの狼がいた 「お前・・・・・・」 見ると狼の前足の片方は不自然なほうに曲がっていた。群れを追い出された原因はそこにあうのだろうと察する 三本足でヒョコリヒョコリと椛に歩み寄って体を伸ばし額を舐めようとする だが椛にはわかった、この狼は恩返しのためでなく、同じ匂いがしたから自分に擦り寄ってきたのだと 寄ってきた狼を裏拳で殴りつけ自身から遠ざける なぜ殴られたのか分からないという表情の狼に向かい叫ぶ 「お前のその牙はなんだ!! 敵を噛み砕くためにあるのではないのか!! お前のその爪はなんだ!!敵を捕らえるためにあるのではないのか!!  お前のその尾はなんだ!! 媚へつらうために振るのか!? 己を鼓舞するためにあるのだろう!! お前が生来もつ狼の誇りはどうした!!」 力一杯怒鳴った、狼に対してではない自分自身に この時、椛は初めて自分に降りかかる理不尽さに苛立ちを感じ表に出した それは天狗社会で暮らしている内、幼いころから押さえつけてきた感情だった 自身に「私は一生下っ端として生きていくのだ、それこそが白狼天狗なのだ」と言い聞かせ納得させてきた 納得というよりもそれは諦めに近かったのかのしれない 今まで言えなかった言葉があった、山全体に聞こえるように叫んだ 「私の命はそんなに安くない!!」 木の止まった鳥達が一斉に驚き空に飛び上がった 椛が山を下りたころにはすでに夕方になっていた 幸い、あれほど叫んでもだれかに見つかるということはなかった 廃屋に戻り、にとりが残しておいてくれた河童の膏薬をまず額に塗る 次に肩に塗ろうと衣服を脱ぎ、半裸になり傷を見た 傷は左肩から垂直に乳房の中ごろまであり、良く見ると乱暴ではあるが縫合と抜糸した跡があった 今更ながら椛はにとりに感謝した 「けれどこの傷は・・・・・一生残りそうッスね・・・・・・・・・・」 薬を塗りながらふと「お嫁に行けないな」と考えてしまう自分の馬鹿さ加減にうんざりした 女として見られたことなど生まれてこの方一度も無いくせに、と自嘲した 将来だれかと一緒になる以前に、そもそもあの山にもう自分の居て良い場所は無い 薬を塗り終わり、血の滲んだ服を洗い家の中に干して横になった。山菜は山に置いてきてしまった 「なんか食いっぱぐれてばかりの人生だったような気がするッス」 夕闇が訪れる少し前に椛は目を閉じた 草木が眠り、虫も泣き止む丑三つ時 そんな夜更けに椛は目を覚ました。おもむろに起き上がり、干しておいた服に袖を通す。まだ生乾きだがさして気にはならなかった 最低限部屋を掃除して外に出る。出て一度振り返り廃屋の方に向き直り深々と頭を下げる 「短い間でしたがお世話になりました」言って、廃屋を後にする そんな椛に声が掛かる 小さな声ではあったが音は何物にも吸収されることなく低く広く響き渡った 「可愛い可愛いオオカミさん♪ こんな夜中にどこへ行こうというんだい♪」 少し芝居がかった口調でにとりが尋ねた 「貴重な将棋仲間だからね、やっぱり心配になって様子を見に来たら・・・・・これから何処行くのさ?」 「ちょっくら冥界に行って、あの半人前を四分の一人前にしてこようかと」 「肩はまだ動かないでしょ? 片腕で勝てるの?」 「ちょうど良いハンデっス。まあ勝てる勝てないは別として」 「そうかい・・・・・・・・・・・」 椛は達観したかのように涼しげな顔を にとりは寂しそうな顔を悟られないように深く帽子を被りなおす 「もし勝ててもその後は? 戻ってきてくれる?」 「妖夢さんに手を出したら、幽々子さんが今度こそ本気で私を殺しに掛かると思うッス。だからここで・・・・・・・・寂しいけどお別れッス」 確定した死を知りながら、あははと椛は笑う にとりは友を踏みとどまらせようと必死に言葉を考えるが、良い言葉が出てこなかった 「なんで行くんだい? 前はあんなに諦めていたのに」 「仕返しってのもありますが。あそこには私が長年世話になった大事な物があるッス。いつまでもあんなところにあったらアイツが気の毒ッス」 「そんなに大事なもの?」 「はい、私にとって河童と甲羅のように切っても切れない関係なんです」 「・・・・・・・なら仕方ないね」 「はい、仕方ないっス」 言葉が尽き、お互い黙り込んでしまう 「ああ、そだ! 椛の剣なんだけど」 剣の立て掛けてある墓の場所を教えようとするが、首を振って拒んだ 「教えてもらわなくても大丈夫ッス。ちゃんと見つけてあります」 「・・・・・・・・そっか。千里先まで見通す程度の能力だもんね」 「はい、千里先まで見通す程度の能力ッスから。だから全部お見通しッス」 なぜかこのやりとりが可笑しくてお互い軽く笑った 「それじゃあ『サヨナラ』ッス。にとり。助けてくれて本当にありがとうッス」 「私は言わないよ。別れの言葉も感謝の言葉も」 言ったら本気で椛とは二度と会えない気がした 椛の姿が見えなくなるまで、にとりはその後ろ姿を見送った 今夜も妖夢は獲物を求め白玉楼の門をくぐり階段に下る 昼の一件で気が立ってしょうがいなかった 「 ? 」 長い長い階段の先、一番下に誰かが立っており、静かにこちらを見つめていた (賊か? 侵入者か? 丁度良いこんな夜更けに来るような不遜な輩だ、斬っても文句は言われまい・・・) 目を細め、闇夜に浮かぶ獲物を凝視する 相手の容姿は自分と同じ銀色の髪、その髪から愛くるしい獣の耳が見える それが誰だか分かり歓喜する 相手は侵入者ではなく復讐者だった なぜここに居るのかなどの疑問は一切湧いてこなかった 最も自分が斬りたい相手が現れてくれた奇跡を、八百万全ての神に感謝する これでもかというほど笑った 「はははははははははは!! そうか! 死してあなたもめでたく冥界入りというわけか!? 妖怪の亡霊とはまた珍しい!! 本来ここは畜生の来る所ではないが歓迎します!!」 主が寝ていようが起きていようがお構い無しに声を荒げる 楼観剣だけを抜き、鞘と白桜剣を投げ捨てる 「やはりあんな中途半端な騙まし討ちで、納得できるほど私のプライドは単純じゃない」 妖夢の瞳の奥は濁流のように荒々しく揺れ動き 椛の瞳は湖畔の水面のように静かで揺らぎが無い 静と動。対極の感情を宿した目が向かい合う 「思えばまだ一勝一敗だ。三本目と行こうじゃないか・・・・・・・・・・・・・・・・・いぬばしりもみじ!!」 言葉が終わると同時に妖夢は猛スピードで階段を駆け下りた 一足で五、六段を軽々と飛び越え、段を蹴るごとに速度を増して半霊すら置き去りにするほど加速する 刀と波長を合わせ、生涯最高の一太刀を放つために両腕に力を込める。技巧など二の次、斬った後地面に激突することなど考えていなかった 「その首、今度こそもらい受ける!!」 断頭台となった妖夢は一直線に椛に突っ込む 椛が手に携えているのは盾と対をなす剣のみ 下っ端の白狼天狗である彼女が唯一振るうことを許された粗末な造りの剣 それをいつも通り構える、構え妖夢を見据える (あれはちょっとかわせそうに無いっス・・・・・・・) 将棋を指す暇があったらもう少し鍛錬の時間にあてておけば良かったと今更ながらに後悔する だが将棋が無ければにとりとの親交も無かったと考える (しかし、ようは受ける前に叩き斬れば良い・・・・・・・・・いつもと何一つかわらないっス) 生涯剣を振るい続けて体に教え込んだ一振りをただ行う いつもと違う点があるとしたら、仲間のためでなく自分のために振るうというだけ 今までで培った感覚を頼りに剣を振るうタイミングを見極める お互い永遠とも思われるほどの一瞬が過ぎ 「らあ!!」 「たあ!!」 二人の剣先が今、ぶつかりあった 文はこの夜も椛の墓参りに来ていた 「おや?」 剣が無いことに気付いた 「まさか盗むだなんて・・・・・ひどい方がいるものです」 不思議と墓は荒らされていなかった 背後から知り合いの声がした 「だれかと思えば鴉天狗じゃないか。どうしたんだい? こんな夜遅く」 「にとりさんこそ」 にとりは文の横を通り過ぎ椛の墓前に座り、背負っていたリュックを開ける そこから将棋盤を取り出して墓に供える 「勘違いしないで。ここに置いておくだけだから。もしも帰ってきた時にはまた取りにくるから」 「 ? 」 誰に言うわけでもなく、そう言い訳をする さて、と言って立ち上がり文の方を向く 「次の新聞、楽しみにしてるよ」 普段なら言われただけで舞い上がる言葉のはずなのに、文の表情は浮かない 「せっかくのお言葉ですが、申し訳ありません。新聞はしばらく休刊しようと思うんです。スランプってやつですかね? 前のを書いてから筆を取っても文章が全く浮かんでこないんですよ」 「いや、あんたは書くさ。逃げるなんて卑怯な真似は絶対に許さない」 「え?」 意味深な言葉に文は反応する 「あんたは書くさ・・・・・嫌が上でも。それが射命丸文の責任であり義務だ。まぁ、どう書くかはあんたの自由だけどね」 「あの、一体それって?」 最後までにとりに言葉の意図はわからなかった 「じゃあ、私はもう帰るよ。おやすみ」 「ああ、はい。おやすみなさい」 にとりは心から友の帰還を望んだ その望みは二度と叶わない望みかもしれないし もしかしたら数十年後に叶う望みなのかもしれない 奇跡が起きて明日にでも椛は戻ってくるかもしれない 「願わくば記事の内容も事実も私の望んだようになって欲しいものだね・・・・・・・」 この時、文とにとりは何処かから狼の遠吠えが聞こえたような気がした ---- - ただ感動 -- 名無しさん (2009-01-03 11:39:55) - ………どっちだ? 俺的には妖夢に勝ってもらいたいが -- 名無しさん (2009-01-04 00:50:19) - どうでもいいが幽々子がすべての原因だな -- 藤田 龍一 (2009-01-05 03:16:05) - みょん...元に戻ってほしいもんだ... -- 名無しさん (2009-01-05 19:35:37) - 今までで一番心にしみた -- 名無しさん (2009-01-26 19:23:38) - なんか悲しいな・・出会い方が違えばきっとすごくいい好敵になれたのに。 -- 名無しさん (2009-02-14 13:58:53) - 俺は椛を一人の女として見てたんだが・・お嫁に来てくれないかな -- 名無しさん (2009-05-11 02:21:04) - 断頭台となった妖夢ってことは・・・ゴクリ -- 名無しさん (2009-05-15 22:05:39) - うわあああ…うわあああああ…… -- 名無しさん (2009-05-19 20:59:34) - あの半人前を四分の一人前にしてこようかと &br() &br()椛かっこよすぎる。名作乙 -- 名無しさん (2009-07-12 12:58:01) - イカレたキャラが妖夢って意外に似合うなぁw -- 名無しさん (2009-07-12 20:12:30) - 椛を応援してしまった -- 名無しさん (2009-07-19 01:46:18) - 考えるとこれ続きがゆゆ様・文いじめになりそうだが… -- 名無しさん (2009-09-23 18:44:18) - 椛は真の武士だよ -- 名無しさん (2009-09-26 15:51:24) - ここまで妖夢みょんに狂人キャラが合うとは…なんかAOC思い出した。 &br() &br() &br()しかし格好良いな -- 名無しさん (2010-04-02 17:59:04) - やべ、にとりもいいなあ、これ -- 名無しさん (2010-05-16 13:31:32) - 妖夢殺してくる。 -- 名無しさん (2010-05-16 16:42:17) - ↑殺す相手が確実に間違ってる件 -- 名無しさん (2010-05-16 19:28:32) - ↑そうか? &br()今の妖夢には同情の余地はない気がするが -- 名無しさん (2010-05-17 11:09:57) - ↑すまん &br()元凶は幽々子だから…と言いたかったんだ -- 名無しさん (2010-05-17 17:20:27) - ↑↑↑↑ &br()その後、名無しさんの行方を知るものは誰もいなかった…… -- 名無しさん (2010-05-22 18:22:11) - 幽々子は殺せないけどな -- 藤田 龍一 (2010-05-23 19:05:02) - だなw -- 名無しさん (2010-05-29 15:21:45) - 誰か! &br()射影機と零式フィルム99枚×99束を用意するんだ!! &br()これだけあれば、亡霊(幽々子)の一体や二体ぐらい殺(や)れる!! &br() &br() &br()……ハズww -- 名無しさん (2010-07-11 17:27:06) - ↑ &br()フェイタルフレーム乙 -- 名無しさん (2010-09-07 00:47:32) - 妖夢うぜえwしね -- 名無しさん (2011-03-19 19:16:26) - 妖夢のイメージが俺の中でさがってしまったw -- 名無しさん (2014-09-23 20:18:13) - むしろ普段の妖夢からは想像もできないような &br()憎悪に狂う辻斬りっぷりがたまらなかった -- 名無しさん (2017-07-30 01:06:31) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

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