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ウドンゲがかなりストレスを溜め込んでいると聞いて:8スレ42」(2017/06/28 (水) 15:57:41) の最新版変更点

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時はすでに夕方になってしまい、鈴仙は急いで帰宅した 途中てゐが仕掛けたであろうブービートラップに引っかかった 鈴仙をこれにはめるために嘘をついたのかもしれない トラップでボロボロになりながらもなんとか永遠亭にたどり着くと、てゐが居間で茶を飲んでくつろいでいた この時点で何が真実で何が嘘かなど明白である 「やっぱり嘘だったのね!」 怒り心頭にてゐを怒鳴る 「嘘は嘘だけどそこは医者を志す者なら『ああ、急患は居なかったのか良かった』と思えなきゃ」 てゐは人を幸せにする嘘を吐くというが、その言葉自体が嘘ではないかと思えてしょうがない 「私ずっと竹林の中を探してたのよ!」 「良い運動になったじゃない」 ああ言えばこう言う、話をうやむやにして相手を煙に撒く。この言い回しは生粋の詐欺師である お互いに言い合い、鈴仙の堪忍袋が切れて本格的な口論に発展する直前 「こら!うどんげ!あなたどこほっつき歩いてたの!?頼んでおいたことを投げ出すなんて」 永琳が鈴仙を見つけ叱る 昼、てゐに嘘を吐かれる前、鈴仙は永琳から雑務を頼まれていた 急患と言われ、すっかり忘れていた 「あっ!すみません師匠。実はてゐが・・・」 「言い訳しないの!さっさと来る!」 鈴仙の襟を掴み引っ張る 永琳は普段は優しいがこういう時は非常に厳しい 「がんばってね~」 てゐは鈴仙に向かった手をヒラヒラと振り廊下の向こうへ消えていく2人を笑顔で見送った またある日の夜 「・・・・・・・・・終わったみたいね・・・」 さっきまで竹林で何度も派手な爆発が起きていたがそれがついに止んだ 「姫の回収をしなくちゃ・・・・・」 さっきまで爆発が起きていた場所まで行くと、自分の主人と思わしき肉塊が転がっていた 輝夜と妹紅の殺し合いの後片付けも鈴仙の仕事の一つである 今日は妹紅の勝ちらしい 勝者は早々にその場から立ち去っておりその姿は無い。あるのは焼けて真っ黒になった主人の肉塊だけ ラグビーボール2つ分の大きさしかないそれはモゾモゾと蠢き、うめき声を上げる 無言で肉塊を毛布で包む 次に周りに散らばった肉片を片付ける、片付けないとそれを食べに獣や妖怪が外からやってきて竹林に居ついてしまうからである ものが焼けた臭い 散らばった肉片 むせかえる臭気と風に乗って口に入ってくる鉄の味 うめき声 穴だらけの地面 この光景を見るたびに月で戦っていた時を思い出す 残された塹壕とその中に転がっているもの もう助からないと判断され、手当てされずその場に捨て置かれた負傷者のうめき声 恐怖を和らげるために戦闘の前に服用した薬で神経をやられ発狂したもの達の奇声 死してなお、武器を手離そうとしない地上人と仲間の死体 拭っても拭っても落ちない血液の臭い 運良くここでは生き残っても次は死ぬかもしれないという兵士達全体を包む不安感 ここには絶望しかなかった 「・・・ィ・・・バ・・・・・・イナバ?」 「え?」 突然声を掛けられ驚く、しかしその声のおかげで意識は現実に引き戻された どうも最近思考が悪い方へ悪い方へ流れてしまい、そこで停滞してしまう 「あ、姫。お体のほうは大丈夫ですか?」 早々に復活して毛布に包っている主人に声をかける 「問題無いわ。疲れたから家まで負ぶっていってくれない?」 「はい、わかりました」 輝夜を背に負ぶさる 「うっ」 鈴仙はくぐもった声をもらす 「なに?まさか私が重いっていうの?」 不機嫌をあからさまにアピールする声色で輝夜は言う 「い、いえ違います。決してそんなんじゃ・・・」 確かに輝夜は軽い部類に入る、しかし他にも持たなければならないため総重量は結構ある おまけに鈴仙自体そんなに体力があるほうではない (明日は筋肉痛かなぁ・・・) それらを担いで進む永遠亭までの道のりは果てしなく遠い またある日の夜更け。鈴仙は自室の布団で寝ていたが突然目を覚ましてしまった 起きてしまった原因は今さっきまで見ていた夢にあった。ここ最近、嫌な夢ばかり見てしまう 永遠亭で何か取り返しのつかない失敗をしてしまう夢 自分が再び戦場の真っ只中にいる夢 戦場の亡霊たちが自分を罵る怨嗟の声を延々と聞かされる夢 大体そんな感じの事柄である それらは悪夢と呼んでなんら差し支えない 目覚めた時、夢の内容の大半は忘れてしまっているのがせめてもの救いだった そんな夢ばかり見るのは、やはりストレスが溜まっているからなのだと鈴仙は思う てゐの悪戯 言う事を聞かない部下の兎たち 主人のわがまま 過去、敵だった地上の人間相手に薬売る仕事 迷惑な来訪者 どれも些細なことではあるが、それが段々と蓄積して少しずつ彼女の神経をすり減らしていった だが、彼女のストレスに拍車をかけているのは、花の異変での閻魔に説教をされたその内容である 閻魔は言った、罪を償え、と 裏切った者たちに詫び続けるだけでは贖罪にはならない、と これからの行動でその姿を示せ、と しかし最近は、それを実行に移そうとしても寝不足や小さな焦燥感に苛まれて、周囲との良好な関係の構築はおろか何をやっても上手くいかない 今、彼女はストレスが一方的に溜まる悪循環の輪の中にいる 鈴仙は閻魔がここに来たら自分になんと言うのか考えてみる きっとロクなことは言われない この状況を打破しないことには前に進めない 今のネガティブな思考を変えなければならないと彼女は思った (師匠から胡蝶夢丸を処方してもらおうかな・・・) そう考えたがやめた。周囲にいらぬ気を使わせたくなかった。そもそもそれでは根本的な解決にならない 「・・・・・・」 ふと、彼女は起き上がり戸棚を開け、その奥に隠してあるものに手を伸ばした 取り出したものは、彼女の両手で包みこんだら完全に姿が隠れてしまうほど小さな薬瓶だった 数日前、八意永琳は自分の研究室に鈴仙を呼びつけた 「うどんげ、これ全部処分するから手伝って」 詰まれた書物と沢山の薬瓶が部屋の一角に集められていた 「これ全部ですか?けっこうな量ですね・・・・・・」 「もう全部不要になったものよ。試作品とか失敗作とか期限切れのものとか。全部焼却処分できるものだから庭に運んで燃やしましょう」 「はい」 量はあると言ったが2人で二往復したら済む程度だった 運ぶ途中、鈴仙は抱えているものの中に奇妙な色の薬があるのに気付いた 「師匠これは何の薬ですか?」 半分が黒、半分が黄色の錠剤 昆虫の蜂を連想させる、警戒を表す色だった 大きさは小指の爪の上に簡単に乗ってしまうほど小さい その錠剤が小さな薬瓶に八分目ほど入っている 「ああ、それは『痛み・ストレスを緩和させる薬』の試作ね、ちょっと調合が甘かったから処分するのよ」 「どんな仕組みなんですか?」 「痛みを感じた時に脳は微量だけれどそれを和らげる成分を分泌するの。その量を増やすのを目的に作ったのだけれど調合の比率がイマイチみたいなのよ」 「ストレスの軽減・・・ですか・・・」 「興味があるなら試してみる?一度に沢山服用すると危険だけれど、一日一錠くらいならギリギリセーフよ?」 「い、いえ!遠慮しておきます」 鈴仙は両手を突き出し拒否した、こんなときまで薬の実験台になるのはもうたくさんである ここ最近では兎の耳は人の皮膚につくりが近いからと、塗布薬の試験対象にされたのを思い出す(宇宙兎と地上の兎の耳が同じかは謎) 「そう?あと私一人が往復すれば終わる量ね・・・・・・・・うどんげ先に燃やし始めておいて」 「はい、了解しました」 だがどうしても気になることがあり師に声を掛ける 「あの、師匠・・・」 「なにかしら、うどんげ?」 「この薬を全部、本当に捨てちゃうんですか?」 「そうよ、もったいないかもしれないけど処分して頂戴。あと中身を捨てた瓶は洗ってまた使うから一箇所に集めておいて」 「はい」 その時師の目を盗んでくすねた薬である (試しに飲んでみようかな・・・・・・師匠も一日一錠ならセーフって言っていたし) 今を変えられるのなら多少のリスクは怖くなかった 井戸まで行って水を汲んで来て、錠剤を一粒のどに流し込んでそのまま眠りについた 次の日の朝、鈴仙は自分の体がほんの少し軽くなっているのを感じた 悪夢は見なかった 今まで自分を押さえつけていた何かが外れた、そんな気がした その日はてゐの悪戯も輝夜のわがままも許せた、ふだんなら心の奥で不快に感じていたはずなのにその感情が湧いてこなかった 湧いたかもしれないが、それと同等の心地よさも湧いてきてその不快さは相殺された 心にゆとりができた分、薬学に身が入った この日鈴仙は久々に有意義だと思える一日を過ごした 夜、部屋で一人きりになった鈴仙はその薬瓶を見つめながらあれこれ考える (この薬はすごい効き目だ、こんなものを作れる師匠はやっぱりすごい・・・・・・・) 改めて知った師の偉大さ (副作用が怖いから、しばらく服用しないで様子を見よう・・・・・) 薬学を学んでいるが故に知っている薬物の恐ろしさ (もし様子を見て、変わったことが無ければしばらく使おう・・・・・・あくまできっかけとして、今の状況が好転するまで・・・・) 薬物依存症には絶対にならない、薬に頼り過ぎてはいけないと心のから誓う 彼女は三日、自分の体の様子を見た (効果は一日限定、脈拍も代謝も影響なし、飲みたいという依存性も感じられない・・・・・・) 永琳の言うとおり一日一錠ならなんら問題は無いらしい それから彼女は一日一錠、夜寝る前にその薬を服用した その日からもう悪夢は完全に見なくなった 薬を服用したある日 炊事をする際、鈴仙はかまどに火をつけるためにマッチに火を点けた 「あれ?点かない・・・」 擦ってみて違和感を感じた。マッチの先を良く見ると先端と同じ色の蝋が塗られていた。律儀にもその箱の全ての本数塗られていた 耳をそばだてるとてゐがこちらを物陰から覗っているのがわかった (またてゐの悪戯か・・・・・・・) とくに負の感情は湧いてこないため、冷静でいられる 諦めて他のマッチ箱を探す (この箱にも塗られてる・・・・・・・あっ、これは大丈夫ね) マッチ箱の入っているケースから使えるのを探し出し炊事を再開する てゐは自分の期待していた反応を得られなかったため悔しそうだった またある日 「れーせん!れーせん!竹林で急患が!」 てゐはそう言って駆け寄ってくる いつかのデジャヴ 「今度は本当?嘘じゃない?」 どうしてもそう聞きたくなってしまう 「本当だよ。今度は本当に急患だよ」 てゐの目を見る。見た目は純粋そうだがその奥には何があるかわからない “一応”信じることにする 「そう、わかったわ。てゐを信じるわ」 そう言いながらも踵を返し、部屋に戻る。てゐは鈴仙の予想外の行動に困惑する 「ちょっと、れーせん!どこ行くの!?急患はあっちだよ!?」 てゐは慌てて竹林のほうを指差す 「応急処置するための薬箱とか必要でしょ?師匠にも報告しなくちゃいけないし・・・・・」 「そんなの後で良いから!急患をここに連れてくることが優先でしょ!?」 「・・・・・・・」 どうもてゐの様子がおかしいと鈴仙は感じた (ちょっと探ってみようかしら・・・・・・) てゐの言っていることがまだ完全に信じられなかった 「てゐ、あなたは急患を見たのよね?」 「そうだけど・・・・・・」 「それは男性だった?女性だった?」 「・・・・・・男の人・・・・だったよ」 「容態は怪我?病気?どんな状態だった?」 「・・・・・え、えーと・・・・お、お腹を押さえてた」 「その人は自力で立って歩けた?会話できるほど元気?」 「・・・う、動けないって言ってた・・・・」 回答が段々としどろもどろになっていく 「歳はいくつぐらいの・・」 「そんなこといいから!!早く助けに・・・」 さっきからの妙な質問攻めにてゐが音を上げる その言葉の途中、鈴仙がてゐの手首を掴み、少し屈んで目線をてゐと同じ高さに合わせる 「私の目を見て・・・もう一度『急患が来た』って言ってみて」 「え・・・・なんで?」 てゐが小さく動揺する 「いいから」 赤い瞳がてゐを射抜く。少しだけ狂気の目を使った。波長を短くしてその目を見たてゐの精神を僅かだが不安定な状態にする 握った手首の脈拍が微妙に変わったことから、てゐに狂気の瞳の能力は効いていることがわかった (急患がいることが本当なら、多少の不安感があっても自信を持って『急患が来た』と言えるはず) 結果てゐは目をそらし、蚊の鳴くような小さな声で「急患が来た」と言っただけだった そこから導き出される答えは一つだ 「また嘘ついたでしょ、てゐ?」 「・・・・・・・・・」 大方、また新作のトラップを試したくて言ったのだろうと鈴仙は推測する 鈴仙はハァと深いため息をつく「迷惑しています」と言わんばかりに息を濁らせる それだけでてゐはビクッと体を強張らせた 「まったく・・・これじゃあ本当に急患が来たとき誰にも信じてもらえないわよ」 今後のことを思い、てゐを叱咤しようとする 別にてゐが憎いからとかそういうつもりではない 「ちょ、ちょっと、用事思い出したから・・・それじゃあ!」 「あ、待ちなさい!」 てゐは脱兎のごとく駆け出してその場から逃げ出した 小さくなるてゐの後姿を見て思う (これまでの私だったら、てゐの嘘を見抜けたのかな?逃げるてゐを追いかけずにいられたかな?) 薬を服用してから、これまでのことを振り返る 日々の忙しさと蓄積したストレスで、もしかしたら自分はヒステリック寸前だったのかもしれない、と思う (悪戯するってことは構ってほしいっていう気持ちの表れなのかな?だとしたらちょっと悪いことしちゃったな・・・・・) そう思考が回るほど全ての物事が穏やかに見えた、てゐの悪戯が十分可愛いと思えるほどに 薬のおかげで上手くいくことが増えた 体調も日々の行いも服用前よりずっと楽になった (そろそろこの薬に頼るのは止めよう) 鈴仙は2~3日したらもう服用するのは止めようと決心した (しかし、今日は疲れた、まぶたが重い、さっさと薬を飲んで寝てしまおう) 一粒 二粒 ゴクリ 「あ」 飲んでから気づいた。一粒余分だ、しまった、寝ぼけていたと後悔する (どうしよう・・・・・) 一粒であれだけの効き目だ、二つ飲んだらどうなるかわかったものではない (明日は大人しくしていよう・・・・・仮病でもなんでも使って) 一日経てば効果は消える。それを信じてとりあえず今は眠ることにした (・・・・・・ 夜中に鈴仙は再び目を覚ました 「喉が渇いた」 部屋を出て井戸の庭を目指す 井戸のある庭の前まで来て、庭に出るための靴が無いことに気づく だが、喉の渇きを潤すのを優先する彼女にはそんなことはどうでも良かった 躊躇うことなく、素足のまま庭に下りる 「痛っ」 運悪く足を下ろした所に先の尖った石が落ちていた 一旦、腰掛て足の具合を見る。少し切った程度で問題は無さそうだ この時、鈴仙は自分が痛みとはまた別の感覚も同時に感じたことに気が付いた (なんだろう、さっきの感じ・・・) 先ほどの感覚が気になり傷口をもう一度触ってみる 「っ・・・・」 もう一度。指先でちょんと触れる程度に 「んんっ・・・・」 もう一度。傷口を指の腹で擦るように撫でる 「ん・・・くぅぅっ・・・・」 もう一度。今度は爪で傷口をガリっと引っ掻いた 「・・・・・・・ッッッ!!」 脳の表面を電気がビリビリと流れるような感覚が支配する ようやく、その正体がわかった それは『快感』だった 鈴仙の体は痛みがそのまま快感に変換されるようになっていた 「なんでだろう・・・すごく気持ち良い」 いつの間にか鈴仙の頬は紅潮し、吐く息はどこか熱っぽかった 喉の渇きはとうに消えうせていた 鈴仙は気付くと居間にいた。昼は皆の団欒の場所である 電気も点けずにテーブルの前に座る テーブルの上に誰のかは知らないが、細いヘアピンが置いてあった なにを思ったか、それをおもむろに手に取り 「――――――――ッッ!」 左中指の爪の間に刺し込んだ 「あああああああああっ」 鈴仙はヘアピンを刺していないほうの手でこめかみをガリガリと掻き毟った 脳の奥がジンジンと痺れる、耳の裏側が痒くなり、背筋がゾクゾクする、腕の筋が強張る その感覚全てが、たまらなく気持ち良い 刺し込んだ箇所からどんどん紫色に変色していく 奥に刺し込めば刺し込むほど、快感が体中を駆け巡る もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと 体はさらに痛みを欲する。貪欲に 爪の中にこれ以上ピンが進まないとわかればピンを掴み、グリグリと爪の中で先端を暴れさせる 「いいイイぃ!」 今までで最大の快楽を得て、鈴仙は一瞬だけ気をやった 動かす度にテコの原理で中指の爪がパカパカと開いたり閉じたりする ピンが肉に食い込むたびにプツリとその部分が破けて血がでてくる 爪の隙間からどんどん血が溢れてきたが、別にかまわなかった ヘアピンを抜くと、指先が充血し飴玉のように膨らんだ 飴玉というのは誇大な表現では決して無い。本当に丸くなるまで腫れ上がった 今度はその飴玉を気が狂ったようにテーブルにガンガンとぶつける ぶつける度に小刻みに快感の波が体に押し寄せた やがてぶつけすぎて感覚が麻痺したのか。中指は痛めつけても何も感じなくなった もう中指などどうでも良かった。爪が取れて赤身が剥き出しでも構わなかった まだ手には9本の、足を入れたら合計で19本の快楽を生み出す指がある 指によって痛みを感じる神経の数に違いがある。きっとそれぞれの指ごとに違った痛みが楽しめる 「ふふふ」 考えただけで絶頂を迎えてしまいそうだった だがその時 「だれかいるの?」 何者かがこちらを覗きこんでいた わずかに刺し込む月明かりのシルエットで鈴仙はこちらを覗きこんでいるの者の正体がわかった 「てゐ?」 「そこにいるのはれーせん?」 夜道を散歩でもしようと考えた時に居間から物音が聞こえ、不審に思いここまでやってきた 「どうしたのれーせん、明かりも点けないで?」 「ああ、うん・・・・ちょっとね・・・」 鈴仙はとっさに左手を後ろに隠した てゐはその行動を不審に思い、鈴仙の了承を得ず電気をつける 暗闇は一瞬で消え、その明るさに目が慣れるのに数秒 てゐの目にはじめについたのは血が付いたテーブル 次に手を後ろに隠している鈴仙 「怪我してるの?」 てゐの問いに鈴仙は満面の笑みで答える 「大丈夫よ、ちょっと切っただけでから」 そんなはずは無い、ちょっと切ったくらいでテーブルにこんなに血は付かない 「てゐは健康に気を使ってるんでしょ?なら早く寝なきゃ。ね?」 鈴仙の様子はやはりおかしいとてゐは感じた 少し前からそうだ、鈴仙は嫌なことを言われても、されても笑顔でにこにこしてやんわりと冷静に受け流すのだ 周囲は良くなったと評価するが、てゐにはそうは思えない 別に悪戯に引っ掛からないからつまらないという訳ではなくただ鈴仙の変化が不気味でしょうがなかった 「怪我してるんでしょ?見せて」 「これくらい、自分でなんとかするから大丈夫よ」 「でも、こんなに血が・・・・・・―――ッ!!」 テーブルに目を移し、見つけてしまった 鈴仙の指の爪を 「見たのね・・・・・・」 鈴仙がこれまで一度も向けたことの無い目をてゐに向ける その赤い目は本来仲間に向けるものでは無かった てゐは本能的に身に迫る危険を察知して、駆け出す 居間を飛び出し、廊下を抜け。てきとうな一室に飛び込み、押入れの中に入り込む 押入れに隠れている間、体の震えが止まらなかった しばらくして 「て~~~~ゐ・・・・・・てゐちゃ~~ん?何処にいるのかな~?隠れてないで出ておいで~何もしないよ~」 見つかれば自分は何をされるかわからないとてゐは感じた 鈴仙の足音と自分を呼ぶ声が聞こえてきた まるで隠れんぼでもしているかのように鈴仙の声はひどく陽気だった てゐは押入れの襖の隙間から鈴仙の様子を窺がう 「てゐー、さっき見たことを師匠達に内緒にしてくれるって約束するなら、何もしないから安心して出てきていいよ?」 まだ鈴仙はこの部屋から少し離れた所にいるらしい 廊下の向こうから襖を開けては閉める音が何度もする しかしその音は確実にてゐの隠れている部屋まで近づいていた 一切の声も音も漏らしてはならない、漏らせばあの長い耳がその音を確実に受信される 「てゐ・・・私はね・・・メディみたいに素直な子が好きだな~。ねえ、出てきてよ?お話ししましょう?」 襖を開ける音が段々乱暴になっていく 「今ならまだ怒らないから・・・・・・さっさと出てきなさい」 声色が段々と濁ったものになっていく そしてついに鈴仙はてゐの隠れている部屋の襖を開ける 「いい加減に出てきなさい・・・・・・・・これ以上私を困らせるようなら・・・・・・あとが酷いわよ?」 獣のように野蛮な目が部屋の中を見回す 「ここでもないか・・・・・・」 押入れの中を開ける事無く鈴仙は部屋を出て行く (え?・・・・・・出て行ってくれた・・・・・・) てゐは安堵する しかしそのてゐの耳元に 「あなたの波長は他の子よりずっと短いのだから、何処に居るのかなんて私には簡単にわかるのよ?」 「!!」 驚き後ろを振り向く。しかし誰も居ない。ここは狭い押入れの中である (しまった!狂気の目で振幅を増やしたんだ。だから声が耳元でしたんだ・・・) 「な~~~んだ・・・・・・そこに居たんだ・・・・・・」 鈴仙が嬉しそうに戻ってくる てゐは息を漏らしたことを後悔する 鈴仙が押入れの襖に手を掛ける 「なんで出てきてくれなかったの?寂しかったな~死んじゃいそうなくらいに・・・・・」 パンッと勢い良く押入れを開ける 「あれ?」 「ここも違うか・・・・・・この辺にいるのは確かなんだけど・・・」 アテが外れてがっかりする 怪我か薬のせいでかはわからないが、三半規管が不調で音が上手く聞き取れない 「もうこの辺にはいないのかな?」 だとしたら厄介だ、永琳にこのことを告げ口されてしまう 「急ごう・・・・・」 鈴仙は押入れの襖を閉めてた トットットッ と鈴仙の足音が遠ざかっていくのをてゐは聞いていた てゐはさっきからずっと押入れの中に居た 鈴仙が押入れを開ける直前に布団の中に潜り込んで姿を消した もし鈴仙が布団の中に手を突っ込んだら確実に捕まっていた 怪我をした指を気遣ってそこまでしなかったのだろうと推測する (早く、れーせんがおかしくなったことを永琳様か姫に知らせないと・・・・・) てゐは僅かに押入れの襖を開けて部屋の様子を見るために覗き込んだ 「ん?」 なぜだろう 覗き込んだはずの視界が真っ赤だった 「え?え?え?え?え?」 てゐは『その恐ろしい事実』に気付き再び体が震えだした この赤はよく知っている 鈴仙の 瞳の 色だ 目の前の赤がギョロギョロ動く てゐと鈴仙は 襖一枚程度しかない、まつげ同士が触れ合う距離で お互いの目と目を見つめ合っていた 「見ぃ~~つ~~けたっ♪」 心底うれしそうな声が聞こえ、押入れの中で小さなエコーをつくる 先ほどとは比べ物にならない速さで襖が開けられる 鈴仙は怪我をしていない方の手で布団の中に逃げようとするてゐを掴んで引っ張り出す 畳の上に仰向けに倒し、その上に馬乗りになる 「れーせん!?なんで!?向こうに行ったんじゃ・・・・・」 「簡単だよ?振幅を減らして音が小さく聞こえるようにしただけ」 「こ、このことは誰にも言わないから・・・だから」 なぜ鈴仙が自傷行為をしていたのかは知らないが見逃して欲しいと懇願する しかし懇願するてゐを他所に、鈴仙は一本のひもを取り出す 「これを首に掛けて」 完全に恐怖に染まったてゐは鈴仙の言うとおりにひもを自分の首にかける 「違う」 「え?」 「私の首に掛けて」 「う、うん」 言われるがままに、自分の首から鈴仙の首にひもを掛けなおす 「それで首を思いっ切り絞めて」 「な、な、なんで?」 不可解な要求にガタガタと震えながら尋ねる 「この手じゃ、自分で絞められないの」 中指の大きく膨れ上がった左手を見せる 「ヒィ!!」 「別に驚かなくていいから。とにかく私が失神するまで絞めて」 てゐがひもを引きやすいように、てゐに顔を近づける その顔は愉悦に歪んでいた 逆らえば何をされるかわかったものではないとてゐは判断して言われたとおりに鈴仙の首をひもで絞める ひもがどんどん鈴仙の柔らかい首の皮膚に沈み込んでいく 「んっ・・・クッ・・・・・・・クゥ・・・・・」 鈴仙はくぐもった声を漏らす てゐは言われるがまま震える手でギリギリと首を絞める 鼻と鼻が触れ合うほどの近くで、てゐは鈴仙の表情をじっくりと見せつけられた 締め上げて段々、鈴仙の顔が青白くなる 首も絞めるところを境界に上が青、下が赤とはっきり血の流れがわかる 「・・・・・ぅ・・・・・・・はぁ・・・・・・」 締め上げられているその顔は艶めかしく、吐く息がどこか甘ったるいのを嗅覚が感じる しかし一瞬だけ垣間見た鈴仙の苦悶の表情に てゐは思わずひもを緩めてしまう 絞首が解けた瞬間、力の抜けた鈴仙は全体重をてゐに預けて倒れこむ 「「うっ」」 下敷きにされたほうも、したほうも同時に声をもらす そして鈴仙は急に肺に空気が流れ込んできたため思わず咽る 「ゴホッ、ゴホッ・・・・・・・・・・はぁはぁ・・・・・・・」 「れ、れーせん。大丈夫?」 気遣うてゐをギロリと赤い目が睨みつける 「何でやめたの?」 「だ、だって・・・・・・」 「もう少しでイケそうだったのに・・・・・・・もう一度よ」 「や・・・やだ、もう嫌だよ」 てゐは完全に怯えきっていた 2人の体勢はいぜん馬乗りで、鈴仙の方が圧倒的に有利である 結局てゐに拒否権は無い 「何を言ってるの?普段悪戯ばかりするあなたにとって、人の首を絞めるなんて造作もないことでしょう?」 「ち、違う!悪戯はするけど、こんなことはしたくない!!」 「口答えしないで!!」 てゐの髪を強引に掴み引っ張る、引っ張りてゐの後頭部を床に何度も打ち付ける 「痛い!痛い!痛い!・・・・わかったからもうやめて!!言うとおりにするから!!」 何度も後頭部を強打され吐き気を覚えながらも鈴仙の首に掛かっているひもを掴む (一度完全に絞め落として、失神させてから永琳様を連れてこよう・・・・) そう考え、絞首を再開した 鈴仙の首を先ほどより強く絞めあげる 「・・・・っ・・・・・っ・・・・・・」 ひも越しに鈴仙の体から力が抜けていくのを感じる 見ると目も生気が薄れていく (も、もう少し・・・・・) 鈴仙が失神寸前となり白目をむいたその時 (やっぱり駄目、出来ない・・・) てゐはひもから手を離した これ以上鈴仙が苦しむ姿をもう見たくなかった 再び鈴仙は咽てから、てゐを睨みつける 「どうして、またやめたの?」 睨まれながらもてゐは意を決して話す 「もうやめよう!自分で自分を傷つけるなんておかしいよ!悩みがあるなら相談に乗るからさ!・・・・・・こんなことやめよう?」 今度は真っ直ぐに鈴仙の目を見てはっきりと言う、いつか出来なかったことを雪ぐように それを聞いた鈴仙はうつむいて黙り込んでしまった 僅かな静寂が訪れてから鈴仙は再び口を開いた 「・・・・・・ぃ・・・・・よ・・・・・」 「えっ?」 「私がこうなった元凶のクセに偉そうなこと言わないでよ!!」 突然鈴仙は激昂した。怒り狂う鈴仙の姿にてゐは困惑する 「鈴仙・・・それってどういう・・・」 てゐには鈴仙の言葉の意味が全くわからなかった 「五月蝿い!!」 鈴仙はてゐの鳩尾に拳を叩き込んだ 「ぐぅ」 「てゐ、あなたには本当に失望した・・・・・・」 薄れいく意識の中。それが唯一てゐが聞き取ることのできた言葉だった てゐが目を覚ましたときは昼時に近かった 目覚めて自分が病室のベットにいることに気づいた 体を動かし支障が無いか確認したあとベットから起き上がり、その辺にいた兎に今日がいつか訊いた。そしたら鈴仙に気絶させられてまだ半日しか経っていないことがわかった 途中、永琳をが彼女に声を掛けてきた 「てゐ、ちょっといいかしら?」 「あ、永琳様。れーせんが・・・」 「うどんげならあそこよ」 「え?」 永琳の指差した先には自分がいたのとは別の病室があった 中に入ると、両手を皮ベルトで固定された状態でベットで眠る鈴仙がいた 体の半分以上の部分に包帯が巻かれていた 「一番酷いのは、指の怪我と肩の火傷ね・・・」 「火傷?」 永琳は昨夜何があったのかをてゐに説明し始めた 夜、藤原妹紅が竹林を見回りをしていると、全身ぼろぼろになった鈴仙を見つけた 自分達が設置した侵入者ようのトラップにかかり、負傷したのだとわかった 見るからに痛々しい姿をしているのにも関わらず、その顔は恍惚だったそうだ 心配して彼女が鈴仙に声を掛けると、いきなり攻撃してきたため、やむ終えず応戦したらしい 途中、鈴仙が被弾して勝負があった はずだったが鈴仙は服に燃え移った火を消そうともせず、いつまでも嬉しそうにその火を見つめていたため肩に火傷を負った 幸い妹紅がその火は早目に消火したため火傷の具合は大事にはいたらなかった その後、火傷で気を失った鈴仙を永遠亭に妹紅が運んできたとのこと 「なんでれーせんはあんな風に・・・」 「これよ。あの子の部屋にあったわ。処分するように言ったのに。まさかそんなにストレスを抱えていたなんて・・・」 永琳の手にあったのは。黒と黄色の錠剤の入った小さな薬瓶 中身はかなり減っていた 「一粒ならストレスや痛みと同等の快楽を感じる程度だけれど、それ以上服用すると痛みより快楽のほうが勝ってしまうの」 永琳はてゐにその薬の効果を話した 「・・・・・・じゃあ、私がれーせんを悪戯とかして困らせたからその薬を飲んじゃったの?」 昨夜鈴仙から言われたことを思い出す 「だけど、それは結局あの子自信の問題。その解決のために、こんな薬に頼るべきでは無かった」 そう話す永琳はひどく悲しそうだった うどんげをお願い、と永琳に頼まれ、てゐは眠る鈴仙を看ていた まだ薬は完全に抜け気っていないから注意して看ていろとのこと やがて鈴仙が目を覚ます 「れーせん?私のことわかる?」 「うん、わかるよ・・・・・・・」 優しく笑うその顔は薬を飲む前の彼女のものだった 「てゐ・・・・・ごめんね・・・・・・あなた何も悪くないのに・・・」 「今はそんなこと良いから。ゆっくり休んで」 話したいことは沢山ある。謝りたいことも。しかし今は体を治すのが優先だとてゐは思った 怪我が治ったらたくさん話をしよう 「私ね、どうすればいいのかわからなかった・・・・・・」 鈴仙が独白を始める 「私はみんなを裏切ってここまで逃げてきて生き延びた。もちろんそれを償いたいと思ってる。閻魔様にも償わなければならないと言われた 日々精一杯生きることが私にできる善行だと思った。けれど閻魔様はそれでは償いにならないと言った。それでもういろいろわからなくなっちゃった どうすれば罪を償えるのか模索した。けれどやっぱり見つけられなかった。そしていつの間にか私は日々の忙しさの中に飲み込まれ忙殺されていった 変えたかった、何かを・・・日常が少しでも好転するほうへ・・・・・・・・・・・・痛っ・・・・・・・・」 その時鈴仙は痛みで思わず声を出した 「大丈夫!?」 「大丈夫よ。皮ベルトがけっこうキツくて怪我をした指先に血が溜まって痛むの・・・左手の方だけ一つ分でいいから緩めてくれない?」 「わかった」 てゐは言われた通り、ベルトを一つだけ緩める 「ありがとう」 鈴仙の顔色が少し良くなるのがてゐにはわかった そのまま鈴仙は眠ってしまい、てゐも部屋を後にした 夕方、空も薄暗くなったころてゐは鈴仙に食事を持ってきた 「れーせん。ご飯だよ。ベルトは外せないから私が食べさせ・・・」 ガシャンと食事を足元に落としてしまった 病室のベットに鈴仙の姿は無かった 「嘘・・・・・」 左手のほうの皮ベルトには血が付いていた。おそらく強引に手を抜いたのだろう ベルトを緩めたあの時、鈴仙は『痛い』と言った。“薬で痛みを感じないはずのものが”『痛い』と言った (しまった・・・・・・) あの笑顔も独白も痛そうな素振りも全て鈴仙の演技だと気付いた 彼女の能力を使えば位相、逆位相を操作して姿を消して簡単に外に出ることができる てゐは永遠亭中を駆け回り、鈴仙がいなくなったことを伝えて回った 伝え終わると今度は竹林を駆け回った 鈴仙が痛みを求めているのなら、トラップを仕掛けた場所付近にいるはず。そのあたりを中心に探した そして 見つけた 「れーせん!!」 永遠亭から持ち出したのか何か液体の入ったポリタンクを持った鈴仙が竹林の開けたところに立っていた 体の動作がおかしいため、どこか捻挫か最悪の場合骨折しているとわかった てゐは鈴仙のもとまで駆け寄ろうとして 「来ないで!!」 鈴仙に声で制された 「今近づいたら、あなたも火達磨よ」 周囲は灯油の臭いで満ちていた 鈴仙の体も濡れており頭からそれをかぶったのがわかった 「なんでそんなことするの!!もうやめよう!!なんで嘘までついて逃げ出したの!?」 先ほど病室でやった演技のことを責める。鈴仙を信じていた分、ショックだった 「確かに痛そうな素振りをしたのは抜け出すための演技よ。でも信じて騙される痛みがわかって良かったじゃない?・・・でもあそこで独白したのは本当のこと」 「ほんとうのこと?」 「私は償わなければならない・・・・・・・それは本当」 いつの間にか、それが自分の使命だと思えるほどまでに、その考えは鈴仙の中で肥大成長していた 「妹紅さんの炎に焼かれた時ね・・・・・すごく心地よかった。全てが許されたと思えるほどに」 言ってポリタンクの灯油を撒く作業を再開する 「火にはね、厄払いとか魔除け、浄化といった力があるって知ってた?」 タンクの中身を全て出し切り、軽くなったタンクを投げ捨てる 「火に包まれることで、私は全部許されるの・・・・・・」 鈴仙がポケットからマッチを取り出し擦る 「待って!!」 (これで全部許される・・・・・・・みんなと同じところに行ける・・・・・・) けれどもマッチ棒に火は点かなかった 「なんで?」 あせることは無い、もう一度 点かない、違う棒を取り出しもう一度 点かない、また違う棒を取り出しもう一度 おかしい。濡れないようにしたから湿気ってはいない無いはず 「どうして・・・」 マッチ棒の先を見る 「あ」 思わず間抜けな声を出してしまう マッチの先には蝋燭のロウが塗られていた いつかのてゐの悪戯を思い出す、マッチ箱のいくつかは細工されていたことをすっかり忘れていた 「くくくくくく・・・・・・・・あははははははははハハハハハハハハハハハハハハ」 「れーせん?」 こんな時まで悪戯をして困らせるてゐの小賢しさ、そしてよりにもよってその箱を選んでしまった自分の不運を呪う もう笑うしかなかった 「ハハハハハ・・・・・・けど、なんてことないわ、別に蝋さえ剥がせば普通に使えるじゃない・・・・・・」 そう思い爪で蝋を剥がそうとした瞬間 「痛い・・・・・・痛い・・・・・・うそ・・」 薬の効果は少し前から切れかかっていた。緊張の糸が解け、気が抜けたため体中の痛みが一気に押し寄せてきた 先ほどまで快感だったものが苦痛に一気に変換される 感覚が正常に戻った 「なんで・・・・・・全然気持ちよくない・・・」 爪のはがれた指先が痛い、火傷した肩がチリチリ痛む、他にも体中の怪我という怪我全てが痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いい痛い痛い痛い痛い痛い痛い 今まで蓄積されたいた痛みが一気に彼女を襲う 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」 鈴仙は獣のような咆哮をあげ、その場に倒れこみ、のた打ち回る 「れーせん!?しっかり!大丈夫!!れーせん!?」 その後駆けつけたほかの仲間達によって鈴仙は永遠亭にすぐに運ばれ事無きを得た しかし鈴仙は高熱で3日うなされることになった 数日後、熱もすっかり下がり鈴仙も怪我の容態も良くなった 足を捻挫しているため松葉杖を使い今はなんとか移動できる状態である 今彼女は運動と称して竹林の中を一人で杖を使い歩いている 熱が下がってからてゐといろいろ話をした 悪戯に困っていたこと、ストレスを感じていたこと、ほかの兎達との関わり方について 自分が日々の生活の中で悩んでいたこと そして、迷惑をたくさんかけたあの日のことを謝った 結果的にてゐの悪戯のおかげで今自分はこうして生きている 悪戯に苦しめられ薬を服用したのに、最後その悪戯に助けられたのだからなんとも皮肉な話である (てゐともよく話し合った、これから日々が段々良くなっていくのを期待しよう) いろいろ考えているうちに目的地に着き鈴仙は足を止めた そこは灯油をぶちまけた場所から数百メートルほど離れた場所だった 目印の岩をどかし、鈴仙は杖の先を器用に使い掘り始めた 少し掘ると小さな瓶が姿を現した それを取り出し、土を払う 瓶の中には黒と黄色の錠剤が瓶の半分ほどまで入っていた これは薬を隠し持っていたことがバレて全部処分されることを恐れて彼女が掛けた『保険』だった 薬を服用し始めた最初の時期に薬の半分を別の瓶に入れ替えて、ここに埋めた その薬を見つめて思う (また必要なときがくるかもしれない・・・・・・・・) あくまで、最終手段として。決して使わないことを前提とした『保険』として、ただ持っているだけのいわばお守り 「これから一年間。この薬を一度も頼ることがなければ、またここに捨てに来よう・・・・・」 そう心に誓い瓶をそっとポケットにしまった 月から逃げ出した兎が、これから先、彼女のがんばりで望むような日々を勝ち取れたのかどうか それは一年後ここに来ればわかるのかもしれない fin ---- - なんという不憫な優曇華 -- 名無しさん (2009-03-16 21:02:15) - 輝夜の我侭はともかく、てゐについては実質的に加害者と被害者なんだから「自身の問題」もクソもねーだろ。 -- 名無しさん (2009-03-16 22:31:58) - いいねぇ。割とハッピーエンドになってるし -- 名無しさん (2009-06-17 04:50:53) - いいなぁ 完全なハッピーエンドでないのがすごくいい。 -- 名無しさん (2009-06-17 14:35:52) - これ、一番の原因は急患という医者としては放っておけない事柄をいたずらに利用したてゐ &br()二番目の原因は副作用について知っているはずなのに「興味があるなら試してみる?」と軽く進めたえーりん &br()この二人が諸悪の根源だと思う -- 名無しさん (2009-06-17 23:29:44) - >覗き込んだはずの視界が真っ赤だった &br()こえーよ! -- 名無しさん (2009-06-18 01:07:09) - いいねー -- 名無しさん (2009-09-04 19:48:52) - しこりが残ったのがいいなー &br()途中の狂的なうどんげはすごい想像しやすかった -- 名無しさん (2010-05-14 20:41:53) - 痛くて途中で読めなくなった -- 名無しさん (2010-05-15 14:44:27) - 途中グロイな ホラーすぎるwでもハッピーエンド?で良かった -- 名無しさん (2010-09-28 00:35:17) - これ、良いな・・・。グロ飛ばせば話として十分に良い -- 名無しさん (2010-09-30 02:00:07) - イナバ無事でよかった。死ぬのかと思った、ひやひやするなこりゃ。 -- 動かぬ探究心 (2013-06-08 14:22:58) - てゐが悪いだろ・・・。 -- 名無しさん (2013-06-09 13:38:40) - 狂気の鈴仙に怯えるてゐって、なんかイイよね &br()鈴仙に痛めつけられるてゐ 最高です。 -- 名無しさん (2013-07-23 19:49:40) - 狂気が逆に鈴仙を操るとは··· -- 十尾 (2013-08-17 17:03:13) - 鈴仙っていつもいじめられ役だからたまにはキレてもいいと思う。 &br()あといつもいじめっ子役のてゐがやられるのはいい。 -- 名無しさん (2013-10-09 23:06:21) - こんな系の作品もっと増えてほしい。 -- 名無しさん (2013-11-05 23:54:02) - もこたんやさすい(;ω;) -- 名無しさん (2014-08-04 15:02:36) - クスリ ダメ ゼッタイ -- no name (2014-08-31 02:06:14) - 薬物でおかしくなる女の子の話は東方に限らずどれも面白い -- 名無しさん (2014-09-02 11:48:57) - 怯えるてゐ様可愛い… -- 因幡てゐ様大好きな人 (2016-11-04 11:23:57) - はぁ、いいねいいね &br()狂ってる子最高だよ、怯えてる子も、素晴らしい、ああ、すげえ、すげえわ -- 名無しさん (2016-12-29 00:32:10) - いいねぇ〜鈴仙ほど不幸なのが似合うキャラも珍しいよ... -- 斬美 (2016-12-30 02:22:06) - てゐ様(笑) -- 名無しさん (2017-06-28 15:57:04) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
※1ページに納める為、少々文章を削らせていただきました 「あの、師匠・・・」 「なにかしら、うどんげ?」 「これ全部、本当に捨てちゃうんですか?」 「そうよ、もったいないかもしれないけど処分して頂戴」 「はい」 このとき彼女は『それ』を捨てるふりをしてそっとポケットに隠した 彼女は幸福だった、死ぬかもしれない状況で運よく生き残ることができたから 彼女は不幸だった、生きるために多くの罪を背負わなければならなかったから 彼女は幸福だった、今はそんな自分を受け入れてくれる仲間が周りにいたから 彼女は不幸だった、自分に沢山の仲間がいてくれる事実に気付けなかったから 今日も永遠亭はその名に違わずいつも通りの変わらない日常を送っている その中で暮らす月の兎。鈴仙・優曇華院・イナバ 月の頭脳。八意永琳の元で弟子として医学を学ぶ彼女は日々勉強の忙しい毎日である しかし思い煩うことは多い ある日 永琳から言い渡された雑務をこなしている途中てゐが血相を変えて鈴仙に向かって駆け寄ってきた 「れーせん、れーせん!たいへんたいへん!!竹林に急患が!」 「本当に!?どこだかわかる!?」 「こっち!付いてきて!!」 急患の知らせが入り、てゐを先頭に竹林の中を走る かなり長い道を進み、やがて一本道にさしかかる 「ゼェ・・・ゼェ・・・この道を・・・まっすぐ行ったところに・・・」 息も絶え絶えになっててゐが道のほうを指差す 「わかったわ、あとは任せて」 「私はいったん戻ってみんなを連れてすぐに追いかけるから・・・」 「お願い」 てゐと別れ鈴仙は道を急いだ 急患は何処かと赤い目を細めピントを絞りずっと先を見る。が居ない 急患が獣道に入ってしまったのかと思い左右くまなく凝らして探す。が居ない そうこうしているうちに迷いの竹林を抜けてしまった 「?」 道を戻り急患の痕跡が残ってないか隅々まで調べる 長い時間探したが結局それらしいものは見つからず、てゐはいつまで待ってもやって来ない 「・・・・・・・」 考えられる結果は一つである 「また騙された・・・」 落胆の気持ちを深いため息と一緒に吐き出す。この手の嘘に引っ掛かったのは今月に入り何度目か。 急患が来たという非常事態の状況であるため、人命の優先でついあっさりと嘘を信じてしまう 今の自分の立場上、信じざるおえなかった 時はすでに夕方になってしまい、鈴仙は急いで帰宅した 途中てゐが仕掛けたであろうブービートラップに引っかかった 鈴仙をこれにはめるために嘘をついたのかもしれない トラップでボロボロになりながらもなんとか永遠亭にたどり着くと、てゐが居間で茶を飲んでくつろいでいた この時点で何が真実で何が嘘かなど明白である 「やっぱり嘘だったのね!」 怒り心頭にてゐを怒鳴る 「嘘は嘘だけどそこは医者を志す者なら『ああ、急患は居なかったのか良かった』と思えなきゃ」 てゐは人を幸せにする嘘を吐くというが、その言葉自体が嘘ではないかと思えてしょうがない 「私ずっと竹林の中を探してたのよ!」 「良い運動になったじゃない」 ああ言えばこう言う、話をうやむやにして相手を煙に撒く。この言い回しは生粋の詐欺師である お互いに言い合い、鈴仙の堪忍袋が切れて本格的な口論に発展する直前 「こら!うどんげ!あなたどこほっつき歩いてたの!?頼んでおいたことを投げ出すなんて」 永琳が鈴仙を見つけ叱る 昼、てゐに嘘を吐かれる前、鈴仙は永琳から雑務を頼まれていた 急患と言われ、すっかり忘れていた 「あっ!すみません師匠。実はてゐが・・・」 「言い訳しないの!さっさと来る!」 鈴仙の襟を掴み引っ張る 永琳は普段は優しいがこういう時は非常に厳しい 「がんばってね~」 てゐは鈴仙に向かった手をヒラヒラと振り廊下の向こうへ消えていく2人を笑顔で見送った またある日の夜 「・・・・・・・・・終わったみたいね・・・」 さっきまで竹林で何度も派手な爆発が起きていたがそれがついに止んだ 「姫の回収をしなくちゃ・・・・・」 さっきまで爆発が起きていた場所まで行くと、自分の主人と思わしき肉塊が転がっていた 輝夜と妹紅の殺し合いの後片付けも鈴仙の仕事の一つである 今日は妹紅の勝ちらしい 勝者は早々にその場から立ち去っておりその姿は無い。あるのは焼けて真っ黒になった主人の肉塊だけ ラグビーボール2つ分の大きさしかないそれはモゾモゾと蠢き、うめき声を上げる 無言で肉塊を毛布で包む 次に周りに散らばった肉片を片付ける、片付けないとそれを食べに獣や妖怪が外からやってきて竹林に居ついてしまうからである ものが焼けた臭い 散らばった肉片 むせかえる臭気と風に乗って口に入ってくる鉄の味 うめき声 穴だらけの地面 この光景を見るたびに月で戦っていた時を思い出す 残された塹壕とその中に転がっているもの もう助からないと判断され、手当てされずその場に捨て置かれた負傷者のうめき声 恐怖を和らげるために戦闘の前に服用した薬で神経をやられ発狂したもの達の奇声 死してなお、武器を手離そうとしない地上人と仲間の死体 拭っても拭っても落ちない血液の臭い 運良くここでは生き残っても次は死ぬかもしれないという兵士達全体を包む不安感 ここには絶望しかなかった 「・・・ィ・・・バ・・・・・・イナバ?」 「え?」 突然声を掛けられ驚く、しかしその声のおかげで意識は現実に引き戻された どうも最近思考が悪い方へ悪い方へ流れてしまい、そこで停滞してしまう 「あ、姫。お体のほうは大丈夫ですか?」 早々に復活して毛布に包っている主人に声をかける 「問題無いわ。疲れたから家まで負ぶっていってくれない?」 「はい、わかりました」 輝夜を背に負ぶさる 「うっ」 鈴仙はくぐもった声をもらす 「なに?まさか私が重いっていうの?」 不機嫌をあからさまにアピールする声色で輝夜は言う 「い、いえ違います。決してそんなんじゃ・・・」 確かに輝夜は軽い部類に入る、しかし他にも持たなければならないため総重量は結構ある おまけに鈴仙自体そんなに体力があるほうではない (明日は筋肉痛かなぁ・・・) それらを担いで進む永遠亭までの道のりは果てしなく遠い またある日の夜更け。鈴仙は自室の布団で寝ていたが突然目を覚ましてしまった 起きてしまった原因は今さっきまで見ていた夢にあった。ここ最近、嫌な夢ばかり見てしまう 永遠亭で何か取り返しのつかない失敗をしてしまう夢 自分が再び戦場の真っ只中にいる夢 戦場の亡霊たちが自分を罵る怨嗟の声を延々と聞かされる夢 大体そんな感じの事柄である それらは悪夢と呼んでなんら差し支えない 目覚めた時、夢の内容の大半は忘れてしまっているのがせめてもの救いだった そんな夢ばかり見るのは、やはりストレスが溜まっているからなのだと鈴仙は思う てゐの悪戯 言う事を聞かない部下の兎たち 主人のわがまま 過去、敵だった地上の人間相手に薬売る仕事 迷惑な来訪者 どれも些細なことではあるが、それが段々と蓄積して少しずつ彼女の神経をすり減らしていった だが、彼女のストレスに拍車をかけているのは、花の異変での閻魔に説教をされたその内容である 閻魔は言った、罪を償え、と 裏切った者たちに詫び続けるだけでは贖罪にはならない、と これからの行動でその姿を示せ、と しかし最近は、それを実行に移そうとしても寝不足や小さな焦燥感に苛まれて、周囲との良好な関係の構築はおろか何をやっても上手くいかない 今、彼女はストレスが一方的に溜まる悪循環の輪の中にいる 鈴仙は閻魔がここに来たら自分になんと言うのか考えてみる きっとロクなことは言われない この状況を打破しないことには前に進めない 今のネガティブな思考を変えなければならないと彼女は思った (師匠から胡蝶夢丸を処方してもらおうかな・・・) そう考えたがやめた。周囲にいらぬ気を使わせたくなかった。そもそもそれでは根本的な解決にならない 「・・・・・・」 ふと、彼女は起き上がり戸棚を開け、その奥に隠してあるものに手を伸ばした 取り出したものは、彼女の両手で包みこんだら完全に姿が隠れてしまうほど小さな薬瓶だった 数日前、八意永琳は自分の研究室に鈴仙を呼びつけた 「うどんげ、これ全部処分するから手伝って」 詰まれた書物と沢山の薬瓶が部屋の一角に集められていた 「これ全部ですか?けっこうな量ですね・・・・・・」 「もう全部不要になったものよ。試作品とか失敗作とか期限切れのものとか。全部焼却処分できるものだから庭に運んで燃やしましょう」 「はい」 量はあると言ったが2人で二往復したら済む程度だった 運ぶ途中、鈴仙は抱えているものの中に奇妙な色の薬があるのに気付いた 「師匠これは何の薬ですか?」 半分が黒、半分が黄色の錠剤 昆虫の蜂を連想させる、警戒を表す色だった 大きさは小指の爪の上に簡単に乗ってしまうほど小さい その錠剤が小さな薬瓶に八分目ほど入っている 「ああ、それは『痛み・ストレスを緩和させる薬』の試作ね、ちょっと調合が甘かったから処分するのよ」 「どんな仕組みなんですか?」 「痛みを感じた時に脳は微量だけれどそれを和らげる成分を分泌するの。その量を増やすのを目的に作ったのだけれど調合の比率がイマイチみたいなのよ」 「ストレスの軽減・・・ですか・・・」 「興味があるなら試してみる?一度に沢山服用すると危険だけれど、一日一錠くらいならギリギリセーフよ?」 「い、いえ!遠慮しておきます」 鈴仙は両手を突き出し拒否した、こんなときまで薬の実験台になるのはもうたくさんである ここ最近では兎の耳は人の皮膚につくりが近いからと、塗布薬の試験対象にされたのを思い出す(宇宙兎と地上の兎の耳が同じかは謎) 「そう?あと私一人が往復すれば終わる量ね・・・・・・・・うどんげ先に燃やし始めておいて」 「はい、了解しました」 だがどうしても気になることがあり師に声を掛ける 「あの、師匠・・・」 「なにかしら、うどんげ?」 「この薬を全部、本当に捨てちゃうんですか?」 「そうよ、もったいないかもしれないけど処分して頂戴。あと中身を捨てた瓶は洗ってまた使うから一箇所に集めておいて」 「はい」 その時師の目を盗んでくすねた薬である (試しに飲んでみようかな・・・・・・師匠も一日一錠ならセーフって言っていたし) 今を変えられるのなら多少のリスクは怖くなかった 井戸まで行って水を汲んで来て、錠剤を一粒のどに流し込んでそのまま眠りについた 次の日の朝、鈴仙は自分の体がほんの少し軽くなっているのを感じた 悪夢は見なかった 今まで自分を押さえつけていた何かが外れた、そんな気がした その日はてゐの悪戯も輝夜のわがままも許せた、ふだんなら心の奥で不快に感じていたはずなのにその感情が湧いてこなかった 湧いたかもしれないが、それと同等の心地よさも湧いてきてその不快さは相殺された 心にゆとりができた分、薬学に身が入った この日鈴仙は久々に有意義だと思える一日を過ごした 夜、部屋で一人きりになった鈴仙はその薬瓶を見つめながらあれこれ考える (この薬はすごい効き目だ、こんなものを作れる師匠はやっぱりすごい・・・・・・・) 改めて知った師の偉大さ (副作用が怖いから、しばらく服用しないで様子を見よう・・・・・) 薬学を学んでいるが故に知っている薬物の恐ろしさ (もし様子を見て、変わったことが無ければしばらく使おう・・・・・・あくまできっかけとして、今の状況が好転するまで・・・・) 薬物依存症には絶対にならない、薬に頼り過ぎてはいけないと心のから誓う 彼女は三日、自分の体の様子を見た (効果は一日限定、脈拍も代謝も影響なし、飲みたいという依存性も感じられない・・・・・・) 永琳の言うとおり一日一錠ならなんら問題は無いらしい それから彼女は一日一錠、夜寝る前にその薬を服用した その日からもう悪夢は完全に見なくなった 薬を服用したある日 炊事をする際、鈴仙はかまどに火をつけるためにマッチに火を点けた 「あれ?点かない・・・」 擦ってみて違和感を感じた。マッチの先を良く見ると先端と同じ色の蝋が塗られていた。律儀にもその箱の全ての本数塗られていた 耳をそばだてるとてゐがこちらを物陰から覗っているのがわかった (またてゐの悪戯か・・・・・・・) とくに負の感情は湧いてこないため、冷静でいられる 諦めて他のマッチ箱を探す (この箱にも塗られてる・・・・・・・あっ、これは大丈夫ね) マッチ箱の入っているケースから使えるのを探し出し炊事を再開する てゐは自分の期待していた反応を得られなかったため悔しそうだった またある日 「れーせん!れーせん!竹林で急患が!」 てゐはそう言って駆け寄ってくる いつかのデジャヴ 「今度は本当?嘘じゃない?」 どうしてもそう聞きたくなってしまう 「本当だよ。今度は本当に急患だよ」 てゐの目を見る。見た目は純粋そうだがその奥には何があるかわからない “一応”信じることにする 「そう、わかったわ。てゐを信じるわ」 そう言いながらも踵を返し、部屋に戻る。てゐは鈴仙の予想外の行動に困惑する 「ちょっと、れーせん!どこ行くの!?急患はあっちだよ!?」 てゐは慌てて竹林のほうを指差す 「応急処置するための薬箱とか必要でしょ?師匠にも報告しなくちゃいけないし・・・・・」 「そんなの後で良いから!急患をここに連れてくることが優先でしょ!?」 「・・・・・・・」 どうもてゐの様子がおかしいと鈴仙は感じた (ちょっと探ってみようかしら・・・・・・) てゐの言っていることがまだ完全に信じられなかった 「てゐ、あなたは急患を見たのよね?」 「そうだけど・・・・・・」 「それは男性だった?女性だった?」 「・・・・・・男の人・・・・だったよ」 「容態は怪我?病気?どんな状態だった?」 「・・・・・え、えーと・・・・お、お腹を押さえてた」 「その人は自力で立って歩けた?会話できるほど元気?」 「・・・う、動けないって言ってた・・・・」 回答が段々としどろもどろになっていく 「歳はいくつぐらいの・・」 「そんなこといいから!!早く助けに・・・」 さっきからの妙な質問攻めにてゐが音を上げる その言葉の途中、鈴仙がてゐの手首を掴み、少し屈んで目線をてゐと同じ高さに合わせる 「私の目を見て・・・もう一度『急患が来た』って言ってみて」 「え・・・・なんで?」 てゐが小さく動揺する 「いいから」 赤い瞳がてゐを射抜く。少しだけ狂気の目を使った。波長を短くしてその目を見たてゐの精神を僅かだが不安定な状態にする 握った手首の脈拍が微妙に変わったことから、てゐに狂気の瞳の能力は効いていることがわかった (急患がいることが本当なら、多少の不安感があっても自信を持って『急患が来た』と言えるはず) 結果てゐは目をそらし、蚊の鳴くような小さな声で「急患が来た」と言っただけだった そこから導き出される答えは一つだ 「また嘘ついたでしょ、てゐ?」 「・・・・・・・・・」 大方、また新作のトラップを試したくて言ったのだろうと鈴仙は推測する 鈴仙はハァと深いため息をつく「迷惑しています」と言わんばかりに息を濁らせる それだけでてゐはビクッと体を強張らせた 「まったく・・・これじゃあ本当に急患が来たとき誰にも信じてもらえないわよ」 今後のことを思い、てゐを叱咤しようとする 別にてゐが憎いからとかそういうつもりではない 「ちょ、ちょっと、用事思い出したから・・・それじゃあ!」 「あ、待ちなさい!」 てゐは脱兎のごとく駆け出してその場から逃げ出した 小さくなるてゐの後姿を見て思う (これまでの私だったら、てゐの嘘を見抜けたのかな?逃げるてゐを追いかけずにいられたかな?) 薬を服用してから、これまでのことを振り返る 日々の忙しさと蓄積したストレスで、もしかしたら自分はヒステリック寸前だったのかもしれない、と思う (悪戯するってことは構ってほしいっていう気持ちの表れなのかな?だとしたらちょっと悪いことしちゃったな・・・・・) そう思考が回るほど全ての物事が穏やかに見えた、てゐの悪戯が十分可愛いと思えるほどに 薬のおかげで上手くいくことが増えた 体調も日々の行いも服用前よりずっと楽になった (そろそろこの薬に頼るのは止めよう) 鈴仙は2~3日したらもう服用するのは止めようと決心した (しかし、今日は疲れた、まぶたが重い、さっさと薬を飲んで寝てしまおう) 一粒 二粒 ゴクリ 「あ」 飲んでから気づいた。一粒余分だ、しまった、寝ぼけていたと後悔する (どうしよう・・・・・) 一粒であれだけの効き目だ、二つ飲んだらどうなるかわかったものではない (明日は大人しくしていよう・・・・・仮病でもなんでも使って) 一日経てば効果は消える。それを信じてとりあえず今は眠ることにした (・・・・・・ 夜中に鈴仙は再び目を覚ました 「喉が渇いた」 部屋を出て井戸の庭を目指す 井戸のある庭の前まで来て、庭に出るための靴が無いことに気づく だが、喉の渇きを潤すのを優先する彼女にはそんなことはどうでも良かった 躊躇うことなく、素足のまま庭に下りる 「痛っ」 運悪く足を下ろした所に先の尖った石が落ちていた 一旦、腰掛て足の具合を見る。少し切った程度で問題は無さそうだ この時、鈴仙は自分が痛みとはまた別の感覚も同時に感じたことに気が付いた (なんだろう、さっきの感じ・・・) 先ほどの感覚が気になり傷口をもう一度触ってみる 「っ・・・・」 もう一度。指先でちょんと触れる程度に 「んんっ・・・・」 もう一度。傷口を指の腹で擦るように撫でる 「ん・・・くぅぅっ・・・・」 もう一度。今度は爪で傷口をガリっと引っ掻いた 「・・・・・・・ッッッ!!」 脳の表面を電気がビリビリと流れるような感覚が支配する ようやく、その正体がわかった それは『快感』だった 鈴仙の体は痛みがそのまま快感に変換されるようになっていた 「なんでだろう・・・すごく気持ち良い」 いつの間にか鈴仙の頬は紅潮し、吐く息はどこか熱っぽかった 喉の渇きはとうに消えうせていた 鈴仙は気付くと居間にいた。昼は皆の団欒の場所である 電気も点けずにテーブルの前に座る テーブルの上に誰のかは知らないが、細いヘアピンが置いてあった なにを思ったか、それをおもむろに手に取り 「――――――――ッッ!」 左中指の爪の間に刺し込んだ 「あああああああああっ」 鈴仙はヘアピンを刺していないほうの手でこめかみをガリガリと掻き毟った 脳の奥がジンジンと痺れる、耳の裏側が痒くなり、背筋がゾクゾクする、腕の筋が強張る その感覚全てが、たまらなく気持ち良い 刺し込んだ箇所からどんどん紫色に変色していく 奥に刺し込めば刺し込むほど、快感が体中を駆け巡る もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと 体はさらに痛みを欲する。貪欲に 爪の中にこれ以上ピンが進まないとわかればピンを掴み、グリグリと爪の中で先端を暴れさせる 「いいイイぃ!」 今までで最大の快楽を得て、鈴仙は一瞬だけ気をやった 動かす度にテコの原理で中指の爪がパカパカと開いたり閉じたりする ピンが肉に食い込むたびにプツリとその部分が破けて血がでてくる 爪の隙間からどんどん血が溢れてきたが、別にかまわなかった ヘアピンを抜くと、指先が充血し飴玉のように膨らんだ 飴玉というのは誇大な表現では決して無い。本当に丸くなるまで腫れ上がった 今度はその飴玉を気が狂ったようにテーブルにガンガンとぶつける ぶつける度に小刻みに快感の波が体に押し寄せた やがてぶつけすぎて感覚が麻痺したのか。中指は痛めつけても何も感じなくなった もう中指などどうでも良かった。爪が取れて赤身が剥き出しでも構わなかった まだ手には9本の、足を入れたら合計で19本の快楽を生み出す指がある 指によって痛みを感じる神経の数に違いがある。きっとそれぞれの指ごとに違った痛みが楽しめる 「ふふふ」 考えただけで絶頂を迎えてしまいそうだった だがその時 「だれかいるの?」 何者かがこちらを覗きこんでいた わずかに刺し込む月明かりのシルエットで鈴仙はこちらを覗きこんでいるの者の正体がわかった 「てゐ?」 「そこにいるのはれーせん?」 夜道を散歩でもしようと考えた時に居間から物音が聞こえ、不審に思いここまでやってきた 「どうしたのれーせん、明かりも点けないで?」 「ああ、うん・・・・ちょっとね・・・」 鈴仙はとっさに左手を後ろに隠した てゐはその行動を不審に思い、鈴仙の了承を得ず電気をつける 暗闇は一瞬で消え、その明るさに目が慣れるのに数秒 てゐの目にはじめについたのは血が付いたテーブル 次に手を後ろに隠している鈴仙 「怪我してるの?」 てゐの問いに鈴仙は満面の笑みで答える 「大丈夫よ、ちょっと切っただけでから」 そんなはずは無い、ちょっと切ったくらいでテーブルにこんなに血は付かない 「てゐは健康に気を使ってるんでしょ?なら早く寝なきゃ。ね?」 鈴仙の様子はやはりおかしいとてゐは感じた 少し前からそうだ、鈴仙は嫌なことを言われても、されても笑顔でにこにこしてやんわりと冷静に受け流すのだ 周囲は良くなったと評価するが、てゐにはそうは思えない 別に悪戯に引っ掛からないからつまらないという訳ではなくただ鈴仙の変化が不気味でしょうがなかった 「怪我してるんでしょ?見せて」 「これくらい、自分でなんとかするから大丈夫よ」 「でも、こんなに血が・・・・・・―――ッ!!」 テーブルに目を移し、見つけてしまった 鈴仙の指の爪を 「見たのね・・・・・・」 鈴仙がこれまで一度も向けたことの無い目をてゐに向ける その赤い目は本来仲間に向けるものでは無かった てゐは本能的に身に迫る危険を察知して、駆け出す 居間を飛び出し、廊下を抜け。てきとうな一室に飛び込み、押入れの中に入り込む 押入れに隠れている間、体の震えが止まらなかった しばらくして 「て~~~~ゐ・・・・・・てゐちゃ~~ん?何処にいるのかな~?隠れてないで出ておいで~何もしないよ~」 見つかれば自分は何をされるかわからないとてゐは感じた 鈴仙の足音と自分を呼ぶ声が聞こえてきた まるで隠れんぼでもしているかのように鈴仙の声はひどく陽気だった てゐは押入れの襖の隙間から鈴仙の様子を窺がう 「てゐー、さっき見たことを師匠達に内緒にしてくれるって約束するなら、何もしないから安心して出てきていいよ?」 まだ鈴仙はこの部屋から少し離れた所にいるらしい 廊下の向こうから襖を開けては閉める音が何度もする しかしその音は確実にてゐの隠れている部屋まで近づいていた 一切の声も音も漏らしてはならない、漏らせばあの長い耳がその音を確実に受信される 「てゐ・・・私はね・・・メディみたいに素直な子が好きだな~。ねえ、出てきてよ?お話ししましょう?」 襖を開ける音が段々乱暴になっていく 「今ならまだ怒らないから・・・・・・さっさと出てきなさい」 声色が段々と濁ったものになっていく そしてついに鈴仙はてゐの隠れている部屋の襖を開ける 「いい加減に出てきなさい・・・・・・・・これ以上私を困らせるようなら・・・・・・あとが酷いわよ?」 獣のように野蛮な目が部屋の中を見回す 「ここでもないか・・・・・・」 押入れの中を開ける事無く鈴仙は部屋を出て行く (え?・・・・・・出て行ってくれた・・・・・・) てゐは安堵する しかしそのてゐの耳元に 「あなたの波長は他の子よりずっと短いのだから、何処に居るのかなんて私には簡単にわかるのよ?」 「!!」 驚き後ろを振り向く。しかし誰も居ない。ここは狭い押入れの中である (しまった!狂気の目で振幅を増やしたんだ。だから声が耳元でしたんだ・・・) 「な~~~んだ・・・・・・そこに居たんだ・・・・・・」 鈴仙が嬉しそうに戻ってくる てゐは息を漏らしたことを後悔する 鈴仙が押入れの襖に手を掛ける 「なんで出てきてくれなかったの?寂しかったな~死んじゃいそうなくらいに・・・・・」 パンッと勢い良く押入れを開ける 「あれ?」 「ここも違うか・・・・・・この辺にいるのは確かなんだけど・・・」 アテが外れてがっかりする 怪我か薬のせいでかはわからないが、三半規管が不調で音が上手く聞き取れない 「もうこの辺にはいないのかな?」 だとしたら厄介だ、永琳にこのことを告げ口されてしまう 「急ごう・・・・・」 鈴仙は押入れの襖を閉めてた トットットッ と鈴仙の足音が遠ざかっていくのをてゐは聞いていた てゐはさっきからずっと押入れの中に居た 鈴仙が押入れを開ける直前に布団の中に潜り込んで姿を消した もし鈴仙が布団の中に手を突っ込んだら確実に捕まっていた 怪我をした指を気遣ってそこまでしなかったのだろうと推測する (早く、れーせんがおかしくなったことを永琳様か姫に知らせないと・・・・・) てゐは僅かに押入れの襖を開けて部屋の様子を見るために覗き込んだ 「ん?」 なぜだろう 覗き込んだはずの視界が真っ赤だった 「え?え?え?え?え?」 てゐは『その恐ろしい事実』に気付き再び体が震えだした この赤はよく知っている 鈴仙の 瞳の 色だ 目の前の赤がギョロギョロ動く てゐと鈴仙は 襖一枚程度しかない、まつげ同士が触れ合う距離で お互いの目と目を見つめ合っていた 「見ぃ~~つ~~けたっ♪」 心底うれしそうな声が聞こえ、押入れの中で小さなエコーをつくる 先ほどとは比べ物にならない速さで襖が開けられる 鈴仙は怪我をしていない方の手で布団の中に逃げようとするてゐを掴んで引っ張り出す 畳の上に仰向けに倒し、その上に馬乗りになる 「れーせん!?なんで!?向こうに行ったんじゃ・・・・・」 「簡単だよ?振幅を減らして音が小さく聞こえるようにしただけ」 「こ、このことは誰にも言わないから・・・だから」 なぜ鈴仙が自傷行為をしていたのかは知らないが見逃して欲しいと懇願する しかし懇願するてゐを他所に、鈴仙は一本のひもを取り出す 「これを首に掛けて」 完全に恐怖に染まったてゐは鈴仙の言うとおりにひもを自分の首にかける 「違う」 「え?」 「私の首に掛けて」 「う、うん」 言われるがままに、自分の首から鈴仙の首にひもを掛けなおす 「それで首を思いっ切り絞めて」 「な、な、なんで?」 不可解な要求にガタガタと震えながら尋ねる 「この手じゃ、自分で絞められないの」 中指の大きく膨れ上がった左手を見せる 「ヒィ!!」 「別に驚かなくていいから。とにかく私が失神するまで絞めて」 てゐがひもを引きやすいように、てゐに顔を近づける その顔は愉悦に歪んでいた 逆らえば何をされるかわかったものではないとてゐは判断して言われたとおりに鈴仙の首をひもで絞める ひもがどんどん鈴仙の柔らかい首の皮膚に沈み込んでいく 「んっ・・・クッ・・・・・・・クゥ・・・・・」 鈴仙はくぐもった声を漏らす てゐは言われるがまま震える手でギリギリと首を絞める 鼻と鼻が触れ合うほどの近くで、てゐは鈴仙の表情をじっくりと見せつけられた 締め上げて段々、鈴仙の顔が青白くなる 首も絞めるところを境界に上が青、下が赤とはっきり血の流れがわかる 「・・・・・ぅ・・・・・・・はぁ・・・・・・」 締め上げられているその顔は艶めかしく、吐く息がどこか甘ったるいのを嗅覚が感じる しかし一瞬だけ垣間見た鈴仙の苦悶の表情に てゐは思わずひもを緩めてしまう 絞首が解けた瞬間、力の抜けた鈴仙は全体重をてゐに預けて倒れこむ 「「うっ」」 下敷きにされたほうも、したほうも同時に声をもらす そして鈴仙は急に肺に空気が流れ込んできたため思わず咽る 「ゴホッ、ゴホッ・・・・・・・・・・はぁはぁ・・・・・・・」 「れ、れーせん。大丈夫?」 気遣うてゐをギロリと赤い目が睨みつける 「何でやめたの?」 「だ、だって・・・・・・」 「もう少しでイケそうだったのに・・・・・・・もう一度よ」 「や・・・やだ、もう嫌だよ」 てゐは完全に怯えきっていた 2人の体勢はいぜん馬乗りで、鈴仙の方が圧倒的に有利である 結局てゐに拒否権は無い 「何を言ってるの?普段悪戯ばかりするあなたにとって、人の首を絞めるなんて造作もないことでしょう?」 「ち、違う!悪戯はするけど、こんなことはしたくない!!」 「口答えしないで!!」 てゐの髪を強引に掴み引っ張る、引っ張りてゐの後頭部を床に何度も打ち付ける 「痛い!痛い!痛い!・・・・わかったからもうやめて!!言うとおりにするから!!」 何度も後頭部を強打され吐き気を覚えながらも鈴仙の首に掛かっているひもを掴む (一度完全に絞め落として、失神させてから永琳様を連れてこよう・・・・) そう考え、絞首を再開した 鈴仙の首を先ほどより強く絞めあげる 「・・・・っ・・・・・っ・・・・・・」 ひも越しに鈴仙の体から力が抜けていくのを感じる 見ると目も生気が薄れていく (も、もう少し・・・・・) 鈴仙が失神寸前となり白目をむいたその時 (やっぱり駄目、出来ない・・・) てゐはひもから手を離した これ以上鈴仙が苦しむ姿をもう見たくなかった 再び鈴仙は咽てから、てゐを睨みつける 「どうして、またやめたの?」 睨まれながらもてゐは意を決して話す 「もうやめよう!自分で自分を傷つけるなんておかしいよ!悩みがあるなら相談に乗るからさ!・・・・・・こんなことやめよう?」 今度は真っ直ぐに鈴仙の目を見てはっきりと言う、いつか出来なかったことを雪ぐように それを聞いた鈴仙はうつむいて黙り込んでしまった 僅かな静寂が訪れてから鈴仙は再び口を開いた 「・・・・・・ぃ・・・・・よ・・・・・」 「えっ?」 「私がこうなった元凶のクセに偉そうなこと言わないでよ!!」 突然鈴仙は激昂した。怒り狂う鈴仙の姿にてゐは困惑する 「鈴仙・・・それってどういう・・・」 てゐには鈴仙の言葉の意味が全くわからなかった 「五月蝿い!!」 鈴仙はてゐの鳩尾に拳を叩き込んだ 「ぐぅ」 「てゐ、あなたには本当に失望した・・・・・・」 薄れいく意識の中。それが唯一てゐが聞き取ることのできた言葉だった てゐが目を覚ましたときは昼時に近かった 目覚めて自分が病室のベットにいることに気づいた 体を動かし支障が無いか確認したあとベットから起き上がり、その辺にいた兎に今日がいつか訊いた。そしたら鈴仙に気絶させられてまだ半日しか経っていないことがわかった 途中、永琳をが彼女に声を掛けてきた 「てゐ、ちょっといいかしら?」 「あ、永琳様。れーせんが・・・」 「うどんげならあそこよ」 「え?」 永琳の指差した先には自分がいたのとは別の病室があった 中に入ると、両手を皮ベルトで固定された状態でベットで眠る鈴仙がいた 体の半分以上の部分に包帯が巻かれていた 「一番酷いのは、指の怪我と肩の火傷ね・・・」 「火傷?」 永琳は昨夜何があったのかをてゐに説明し始めた 夜、藤原妹紅が竹林を見回りをしていると、全身ぼろぼろになった鈴仙を見つけた 自分達が設置した侵入者ようのトラップにかかり、負傷したのだとわかった 見るからに痛々しい姿をしているのにも関わらず、その顔は恍惚だったそうだ 心配して彼女が鈴仙に声を掛けると、いきなり攻撃してきたため、やむ終えず応戦したらしい 途中、鈴仙が被弾して勝負があった はずだったが鈴仙は服に燃え移った火を消そうともせず、いつまでも嬉しそうにその火を見つめていたため肩に火傷を負った 幸い妹紅がその火は早目に消火したため火傷の具合は大事にはいたらなかった その後、火傷で気を失った鈴仙を永遠亭に妹紅が運んできたとのこと 「なんでれーせんはあんな風に・・・」 「これよ。あの子の部屋にあったわ。処分するように言ったのに。まさかそんなにストレスを抱えていたなんて・・・」 永琳の手にあったのは。黒と黄色の錠剤の入った小さな薬瓶 中身はかなり減っていた 「一粒ならストレスや痛みと同等の快楽を感じる程度だけれど、それ以上服用すると痛みより快楽のほうが勝ってしまうの」 永琳はてゐにその薬の効果を話した 「・・・・・・じゃあ、私がれーせんを悪戯とかして困らせたからその薬を飲んじゃったの?」 昨夜鈴仙から言われたことを思い出す 「だけど、それは結局あの子自信の問題。その解決のために、こんな薬に頼るべきでは無かった」 そう話す永琳はひどく悲しそうだった うどんげをお願い、と永琳に頼まれ、てゐは眠る鈴仙を看ていた まだ薬は完全に抜け気っていないから注意して看ていろとのこと やがて鈴仙が目を覚ます 「れーせん?私のことわかる?」 「うん、わかるよ・・・・・・・」 優しく笑うその顔は薬を飲む前の彼女のものだった 「てゐ・・・・・ごめんね・・・・・・あなた何も悪くないのに・・・」 「今はそんなこと良いから。ゆっくり休んで」 話したいことは沢山ある。謝りたいことも。しかし今は体を治すのが優先だとてゐは思った 怪我が治ったらたくさん話をしよう 「私ね、どうすればいいのかわからなかった・・・・・・」 鈴仙が独白を始める 「私はみんなを裏切ってここまで逃げてきて生き延びた。もちろんそれを償いたいと思ってる。閻魔様にも償わなければならないと言われた 日々精一杯生きることが私にできる善行だと思った。けれど閻魔様はそれでは償いにならないと言った。それでもういろいろわからなくなっちゃった どうすれば罪を償えるのか模索した。けれどやっぱり見つけられなかった。そしていつの間にか私は日々の忙しさの中に飲み込まれ忙殺されていった 変えたかった、何かを・・・日常が少しでも好転するほうへ・・・・・・・・・・・・痛っ・・・・・・・・」 その時鈴仙は痛みで思わず声を出した 「大丈夫!?」 「大丈夫よ。皮ベルトがけっこうキツくて怪我をした指先に血が溜まって痛むの・・・左手の方だけ一つ分でいいから緩めてくれない?」 「わかった」 てゐは言われた通り、ベルトを一つだけ緩める 「ありがとう」 鈴仙の顔色が少し良くなるのがてゐにはわかった そのまま鈴仙は眠ってしまい、てゐも部屋を後にした 夕方、空も薄暗くなったころてゐは鈴仙に食事を持ってきた 「れーせん。ご飯だよ。ベルトは外せないから私が食べさせ・・・」 ガシャンと食事を足元に落としてしまった 病室のベットに鈴仙の姿は無かった 「嘘・・・・・」 左手のほうの皮ベルトには血が付いていた。おそらく強引に手を抜いたのだろう ベルトを緩めたあの時、鈴仙は『痛い』と言った。“薬で痛みを感じないはずのものが”『痛い』と言った (しまった・・・・・・) あの笑顔も独白も痛そうな素振りも全て鈴仙の演技だと気付いた 彼女の能力を使えば位相、逆位相を操作して姿を消して簡単に外に出ることができる てゐは永遠亭中を駆け回り、鈴仙がいなくなったことを伝えて回った 伝え終わると今度は竹林を駆け回った 鈴仙が痛みを求めているのなら、トラップを仕掛けた場所付近にいるはず。そのあたりを中心に探した そして 見つけた 「れーせん!!」 永遠亭から持ち出したのか何か液体の入ったポリタンクを持った鈴仙が竹林の開けたところに立っていた 体の動作がおかしいため、どこか捻挫か最悪の場合骨折しているとわかった てゐは鈴仙のもとまで駆け寄ろうとして 「来ないで!!」 鈴仙に声で制された 「今近づいたら、あなたも火達磨よ」 周囲は灯油の臭いで満ちていた 鈴仙の体も濡れており頭からそれをかぶったのがわかった 「なんでそんなことするの!!もうやめよう!!なんで嘘までついて逃げ出したの!?」 先ほど病室でやった演技のことを責める。鈴仙を信じていた分、ショックだった 「確かに痛そうな素振りをしたのは抜け出すための演技よ。でも信じて騙される痛みがわかって良かったじゃない?・・・でもあそこで独白したのは本当のこと」 「ほんとうのこと?」 「私は償わなければならない・・・・・・・それは本当」 いつの間にか、それが自分の使命だと思えるほどまでに、その考えは鈴仙の中で肥大成長していた 「妹紅さんの炎に焼かれた時ね・・・・・すごく心地よかった。全てが許されたと思えるほどに」 言ってポリタンクの灯油を撒く作業を再開する 「火にはね、厄払いとか魔除け、浄化といった力があるって知ってた?」 タンクの中身を全て出し切り、軽くなったタンクを投げ捨てる 「火に包まれることで、私は全部許されるの・・・・・・」 鈴仙がポケットからマッチを取り出し擦る 「待って!!」 (これで全部許される・・・・・・・みんなと同じところに行ける・・・・・・) けれどもマッチ棒に火は点かなかった 「なんで?」 あせることは無い、もう一度 点かない、違う棒を取り出しもう一度 点かない、また違う棒を取り出しもう一度 おかしい。濡れないようにしたから湿気ってはいない無いはず 「どうして・・・」 マッチ棒の先を見る 「あ」 思わず間抜けな声を出してしまう マッチの先には蝋燭のロウが塗られていた いつかのてゐの悪戯を思い出す、マッチ箱のいくつかは細工されていたことをすっかり忘れていた 「くくくくくく・・・・・・・・あははははははははハハハハハハハハハハハハハハ」 「れーせん?」 こんな時まで悪戯をして困らせるてゐの小賢しさ、そしてよりにもよってその箱を選んでしまった自分の不運を呪う もう笑うしかなかった 「ハハハハハ・・・・・・けど、なんてことないわ、別に蝋さえ剥がせば普通に使えるじゃない・・・・・・」 そう思い爪で蝋を剥がそうとした瞬間 「痛い・・・・・・痛い・・・・・・うそ・・」 薬の効果は少し前から切れかかっていた。緊張の糸が解け、気が抜けたため体中の痛みが一気に押し寄せてきた 先ほどまで快感だったものが苦痛に一気に変換される 感覚が正常に戻った 「なんで・・・・・・全然気持ちよくない・・・」 爪のはがれた指先が痛い、火傷した肩がチリチリ痛む、他にも体中の怪我という怪我全てが痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いい痛い痛い痛い痛い痛い痛い 今まで蓄積されたいた痛みが一気に彼女を襲う 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」 鈴仙は獣のような咆哮をあげ、その場に倒れこみ、のた打ち回る 「れーせん!?しっかり!大丈夫!!れーせん!?」 その後駆けつけたほかの仲間達によって鈴仙は永遠亭にすぐに運ばれ事無きを得た しかし鈴仙は高熱で3日うなされることになった 数日後、熱もすっかり下がり鈴仙も怪我の容態も良くなった 足を捻挫しているため松葉杖を使い今はなんとか移動できる状態である 今彼女は運動と称して竹林の中を一人で杖を使い歩いている 熱が下がってからてゐといろいろ話をした 悪戯に困っていたこと、ストレスを感じていたこと、ほかの兎達との関わり方について 自分が日々の生活の中で悩んでいたこと そして、迷惑をたくさんかけたあの日のことを謝った 結果的にてゐの悪戯のおかげで今自分はこうして生きている 悪戯に苦しめられ薬を服用したのに、最後その悪戯に助けられたのだからなんとも皮肉な話である (てゐともよく話し合った、これから日々が段々良くなっていくのを期待しよう) いろいろ考えているうちに目的地に着き鈴仙は足を止めた そこは灯油をぶちまけた場所から数百メートルほど離れた場所だった 目印の岩をどかし、鈴仙は杖の先を器用に使い掘り始めた 少し掘ると小さな瓶が姿を現した それを取り出し、土を払う 瓶の中には黒と黄色の錠剤が瓶の半分ほどまで入っていた これは薬を隠し持っていたことがバレて全部処分されることを恐れて彼女が掛けた『保険』だった 薬を服用し始めた最初の時期に薬の半分を別の瓶に入れ替えて、ここに埋めた その薬を見つめて思う (また必要なときがくるかもしれない・・・・・・・・) あくまで、最終手段として。決して使わないことを前提とした『保険』として、ただ持っているだけのいわばお守り 「これから一年間。この薬を一度も頼ることがなければ、またここに捨てに来よう・・・・・」 そう心に誓い瓶をそっとポケットにしまった 月から逃げ出した兎が、これから先、彼女のがんばりで望むような日々を勝ち取れたのかどうか それは一年後ここに来ればわかるのかもしれない fin ---- - なんという不憫な優曇華 -- 名無しさん (2009-03-16 21:02:15) - 輝夜の我侭はともかく、てゐについては実質的に加害者と被害者なんだから「自身の問題」もクソもねーだろ。 -- 名無しさん (2009-03-16 22:31:58) - いいねぇ。割とハッピーエンドになってるし -- 名無しさん (2009-06-17 04:50:53) - いいなぁ 完全なハッピーエンドでないのがすごくいい。 -- 名無しさん (2009-06-17 14:35:52) - これ、一番の原因は急患という医者としては放っておけない事柄をいたずらに利用したてゐ &br()二番目の原因は副作用について知っているはずなのに「興味があるなら試してみる?」と軽く進めたえーりん &br()この二人が諸悪の根源だと思う -- 名無しさん (2009-06-17 23:29:44) - >覗き込んだはずの視界が真っ赤だった &br()こえーよ! -- 名無しさん (2009-06-18 01:07:09) - いいねー -- 名無しさん (2009-09-04 19:48:52) - しこりが残ったのがいいなー &br()途中の狂的なうどんげはすごい想像しやすかった -- 名無しさん (2010-05-14 20:41:53) - 痛くて途中で読めなくなった -- 名無しさん (2010-05-15 14:44:27) - 途中グロイな ホラーすぎるwでもハッピーエンド?で良かった -- 名無しさん (2010-09-28 00:35:17) - これ、良いな・・・。グロ飛ばせば話として十分に良い -- 名無しさん (2010-09-30 02:00:07) - イナバ無事でよかった。死ぬのかと思った、ひやひやするなこりゃ。 -- 動かぬ探究心 (2013-06-08 14:22:58) - てゐが悪いだろ・・・。 -- 名無しさん (2013-06-09 13:38:40) - 狂気の鈴仙に怯えるてゐって、なんかイイよね &br()鈴仙に痛めつけられるてゐ 最高です。 -- 名無しさん (2013-07-23 19:49:40) - 狂気が逆に鈴仙を操るとは··· -- 十尾 (2013-08-17 17:03:13) - 鈴仙っていつもいじめられ役だからたまにはキレてもいいと思う。 &br()あといつもいじめっ子役のてゐがやられるのはいい。 -- 名無しさん (2013-10-09 23:06:21) - こんな系の作品もっと増えてほしい。 -- 名無しさん (2013-11-05 23:54:02) - もこたんやさすい(;ω;) -- 名無しさん (2014-08-04 15:02:36) - クスリ ダメ ゼッタイ -- no name (2014-08-31 02:06:14) - 薬物でおかしくなる女の子の話は東方に限らずどれも面白い -- 名無しさん (2014-09-02 11:48:57) - 怯えるてゐ様可愛い… -- 因幡てゐ様大好きな人 (2016-11-04 11:23:57) - はぁ、いいねいいね &br()狂ってる子最高だよ、怯えてる子も、素晴らしい、ああ、すげえ、すげえわ -- 名無しさん (2016-12-29 00:32:10) - いいねぇ〜鈴仙ほど不幸なのが似合うキャラも珍しいよ... -- 斬美 (2016-12-30 02:22:06) - てゐ様(笑) -- 名無しさん (2017-06-28 15:57:04) - これはてゐが悪い -- 名無しさん (2017-06-28 15:57:41) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

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