「燃える蔵書を救う仕事をしていたら本に襲われて」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

燃える蔵書を救う仕事をしていたら本に襲われて」(2020/05/26 (火) 15:05:56) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

積み上げられた知識が、燃える。 高く聳え立つ巨大な書架の林が、松明の様に燃えて倒壊していく。 もはやそれらは本棚ではなく、燃えながら倒れゆく巨木。 その間を縫うように、小悪魔は飛ぶ。 数十人ものメイド達も、その後に続く。 視界に入る色は二色のみ。 炎のオレンジと、暗闇の黒。 小悪魔の記憶では、過去数百年の間で、これ程この図書館内が明るく照らされた事は無い。 主から借り受けた水符は既に使い果たした。 見切りを付けた区画の書架を、延焼を防ぐ為に金符で切り壊した。 それでも炎の勢いは全くおさまらない。 まるで山火事。 何故、水符も自動消化術式も思うように効果を成さないのか。 それはこの炎が、水などで消せる<<まともな炎>>ではない事を意味していた。 今 図書館を飲み込んでいる炎は、書物に蓄えられた魔力を燃料にして燃える、特別な炎。 『―――マジックアイテムは一箇所に集めると、それぞれが干渉して性質を弱めたり強めたり、  また、別の性質を持つ事がある。』 いつか、黒白の魔法使いが口にしていた言葉を小悪魔は思い起こす。 強い力を秘めた魔道書、呪術書、巻物。 そういった曰く付きの品々が一箇所に集められ、永い年月の間、狭い空間に集積されていた。 だが、それが出火の原因か否かを考える事は、今の小悪魔の仕事ではない。 彼女の主が望むのは、一冊でも多くの書物を無事に確保する事。 今、小悪魔達が居る場所は、図書館中央区画の最深部。 他の場所よりも、価値の高い書物が多く収められている。 小悪魔は黒く煤けた頬を拭いながら、懸命にメイド達に指示を出し、自らも手の届く範囲の書物を抜き取る。 書物をこんなに乱暴に扱ったのは、小悪魔にとっては初めての事だった。  * 飛行している小悪魔達よりも、なお高くそびえる頭上の書棚で爆発が起きた。 「こぁ!?」 上から殴りつけるような熱風になぶられ、小悪魔の身体が木の葉の様に舞った。 背中から、燃えている本の壁に叩きつけられる。 熱さと痛みに呻いたのも束の間。 すぐに小悪魔の両目は驚愕に見開かれた。 爆風で棚から弾き出された魔道書が、無数の燃える礫となって降り注いで来た。 元々、一冊だけでもかなりの重量と質量を持つ書物。 普通に加速がついて落ちて来るだけでも危険なソレが、火炎を纏い、うなりを上げて飛んで来る。 「ふぐッ…!」 小悪魔は強引に体をひねった。 次の瞬間には、それまで小悪魔の体が有った棚に炎の塊がぶつかる。 飛び散る火の粉と、岩が激突するような衝撃に、小悪魔の表情が引きつる。 幾つもの悲鳴と絶叫が、小悪魔の耳に飛び込んできた。 見渡せば、何人ものメイド達が炎の礫の雨に打たれ、燃えながら落ちていく。 「あ… ぁ…」 同僚達の悲惨な姿を目にし、小悪魔は手で押さえた口の奥に悲痛な呻きを漏らした。 その小悪魔自身にも、無数に炎の<<弾幕>>が降り注ぐ。 小悪魔は必死にそれを避けるが、その全てを避け切れるはずも無く。 「ごほ…ッ!」 背に、翼に、炎の塊が直撃し、燃える紙片と火の粉が飛び散った。 小悪魔の翼が力を失い、はばたきをとめた。 頭から落下する。 ただの炎ならば、悪魔たる彼女の身にそれほど大した損傷は与えられない。 だがこの炎は彼女に激痛を与え、彼女の生命を滅ぼし得る。 「ぐ…ぎぃ…ッ」 小悪魔は歯を食いしばって意識を持ち直し、体を空中に静止させた。 燃える上着のベストを引き千切って投げ捨てる。 炎の雨から死角になっている巨大書架にふらふらと回り込み、体をもたれさせた。 そして残ったメイド達に、一箇所に集まって身を守る陣形を取る様に指示を――― 「そんな…… うそ……」 ―――指示を出そうとして、小悪魔は絶句した。 大量の燃える魔道書が、獣のくちの様に、ぱっくりと開いたまま小悪魔へ襲い掛かって来た。 カーブを描いて飛来するその様は、まるで意思を持った炎の牙。 何の作用で、こんな事が。 それを考える間も無く咄嗟に上体を反らし、<<噛み付いて>>来る一冊の魔道書を避ける。 間髪入れずに正面から襲ってくる三冊を魔弾で撃ち落とす。 その動作の隙に、別の一冊が背後下方から小悪魔の翼に<<噛み付いた>>。 先程、炎の礫が当たって火傷を負った方の翼に。 「あ"あ"ァッ!!」 悲鳴を上げ、小悪魔は空中でよろめいた。 その右足と左腕に、一冊づつの魔道書が、ゆらめく炎の牙を剥き出しにして飛び掛り噛み付いた。 「――――~~~ッ!!!」 あまりの痛みに、小悪魔は声すら出せずに痙攣した。 喉の奥が震えて、息を吸う事はできても吐く事ができない。 それで小悪魔の動きは完全に止まってしまった。 更に肩、わき腹、太腿に、燃える魔道書が喰い付く。 「あ……」 小悪魔は気の抜けたような小さな呟きを漏らした。 意識が遠のく。 体の感覚と一緒に、熱さも痛みも無くなっていく。 視界が黒ずんで、周囲の音が消えた。 ―――そうか、この子達は、生きてるんだ。    燃えたくない、死にたくないって、もがいてるんだ…。 小悪魔は、ぼんやりとそんな事を考えながら落下していった。 上下が反転した視界の中に、全身を燃える本に喰いつかれているメイドの姿が見えた。 <<くち>>を開けた本達が、次々とそのメイドに群がっていく。 その様子が、小悪魔には酷くゆっくりとした動きに感じられた。 すぐにメイドは、いびつな形で燃えるミノ虫になった。 脱力した片腕だけが、その中から生えて見えている。 そのまま落ちて小さくなっていくが、遥か下の床に激突する前に、本もろとも炭になって熱風に巻き上げられた。 落下を続ける小悪魔にも、大量の燃える<<くち>>が向かって来た。 だが既に小悪魔の意識は危うく、体も翼も動かない。 炎の牙が小悪魔の体に迫り、噛み付かんとするその寸前。 緑色の光弾が閃き、燃える本が砕け散った。 何が起きたのか把握できないまま、小悪魔は落下しながらその様子を呆然と眺める。 意思を持って小悪魔に襲い掛かる魔道書達が、緑色の閃光に次々と撃ち落とされていく。 何者かの攻撃が自分を救った事を、小悪魔は認識した。 ―――助かるかもしれない。 そんな希望が、僅かな力を小悪魔の体に呼び戻した。 気付けば、翼や脚、身体中に噛み付いていた魔道書が大分燃え尽きていた。 小悪魔は気力を振り絞って落下の速度を緩め、床に着地した。  * 爆発の音と巨大書架が倒れる音が、遠くから鳴り響いている。 火の勢いも未だおさまらぬ書架の林。 小悪魔は床に両手をつき、火傷の痛みに喘ぎながらも考える。 咲夜さんか、それとも美鈴さんが助けに来てくれたのか。 もしかしたら、パチュリー様が喘息を押して駆けつけてくれたのかもしれない。 そう思うと自然と顔が綻ぶ。 だが、灰になってしまった同僚達の事を考えると、すぐに小悪魔の瞳は悲しみに濡れた。 最初は、火災の現場から本を持ち出すだけの仕事だと思っていたのに。 それが、こんな大変な事になるなんて。 しかし考えるまでも無く、この魔法図書館は膨大な数の魔具が存在する場所。 極端な表現をすれば魔力の火薬庫とも言える。 そんな場所を管理する事もまた、小悪魔の仕事であった筈だ。 その責務を果たせなかった事と、その為に同僚を失った事に、小悪魔の心は苛まれた。 呼吸を整えた小悪魔は上空を仰ぎ見た。 途端に、その表情が固まる。 図書館の上空には、もう燃えながら飛び回る本は一冊も無かった。 その代わりに、淡く光る魔方陣に包まれた本が無数に浮かび、小悪魔を上空から取り囲んでいた。 「 え………? 」 それらは、図書館の自動防衛用の施術をした魔道書群。 小悪魔に噛み付こうとした本を撃ち落としたのも、あの魔道書群だろう。 しかしその様子が、どこかおかしい。 本が放つ魔弾は、書架の防御結界を突き破らぬように、せいぜい侵入者を痛めつける程度の出力に調整されている筈。 だが先程 小悪魔が見た魔弾は、当たればただでは済まない程の殺傷力を持っていた。 その魔道書が全て、小悪魔の方を<<向いて>>いた。 明らかに、魔弾の照準を小悪魔に定めている。 「 ちがう、の…  わッ、わたし、ちが…… 」 魔道書を包む魔方陣が、無機質な白い光を放ち始める。 小悪魔は嗚咽を漏らしながら、座った姿勢から尻を引きずって後ろへ下がり出した。 しかし全方位を囲まれている為、その行為は全く無意味である事にも気付かない。 何かが腰にぶつかる。 「あひッ!」 それは原型を留めぬ程に魔弾を打ち込まれた同僚の亡骸だった。 ひとつだけではない。 目をこらせば、辺り一面に同様のモノが幾つも幾つも転がっていた。 「 や…だ……  いやあぁーーッ! 」 小悪魔はその亡骸から離れるように、元々自分が居た方向へ這って戻り出した。 その小悪魔の前方上空で、魔道書が放つ白い光が、緑色の輝きを帯びる。 小悪魔はもう這うのをやめ、座ったままそれ見上げていた。 歯が噛み合わずにカチカチと音を漏らす口から涎が垂れる。 恐怖に瞬きを忘れ、見開かれたままの目から涙が流れる。 流れ降りてきた涙と、涎の流れが合わさり、煤で汚れた小悪魔のシャツの首周りを濡らした。 「 ひ… き……ッ」 おかしな声を漏らしながら、小悪魔は弱々しく首を左右に振る。 その表情は、まるで笑い顔の様に歪んだ泣き顔。 床につけた尻の周りに生暖かい液体が広がるが、小悪魔はそれに気付いていなかった。 緑色の閃光が無慈悲に弾けて、小悪魔に降り注いだ。  * ヴワル図書館の入り口前廊下。 かなりの広さを持つその場所が、大勢の怪我人と、それを介抱する者で埋まっていた。 そこに新たな怪我人が次々と運ばれて来る。 「中の様子はどうなっているの? 中央区画の小悪魔達は、まだ戻っていないの?」 苛立ちを含むパチュリーの声が、喧騒の中に響く。 一人のメイドが重苦しく口を開いた。 「……内部は高熱及び高魔力が充満しており、個別の生体反応の探知は不可能です。  加えて魔道書と自律防衛用術式が暴走しており、非常に危険な状態です……。」 「咲夜と美鈴からの連絡は、まだなの!?」 問うパチュリーの声は、もう悲鳴に近い。 パチュリーは再び何かを叫ぼうとして、激しく咳き込んだ。 「パチェ、落ち着いて…」 駆け寄ったレミリアが、廊下に膝をついて喘ぐ友人の背中をそっとさする。 パチュリーは荒い呼吸を繰り返しながら、絨毯の一点を凝視する。 図書館内部の魔力の『うねり』が強過ぎる為、己の従僕と念話を交わす事も叶わない。 今は、中へ直接入っている者達に託すしか無かった。 こんな時に満足に動かない己の身体が憎く、情けなかった。 血が滲みそうになる程に、唇を噛む。 図書館内で起こりうる事態を予測できずに、何が幻想郷の知識人か。 己の大切な使い魔一人の安全も確保できずに、どうして使役主が務まろうか。 きつく閉じた瞼が、涙を目尻に押し出す。 突然、パチュリーはビクリと体を震わせると、ゆっくりと立ち上がった。 驚くレミリアを背にしたまま、おぼつかない足取りで図書館の扉へ歩き出す。 呆けた様な表情で歩くパチュリーの異様さに、周りのメイド達は声ひとつ掛ける事ができない。 未だ暗闇の中にオレンジの炎が揺らめく図書館の内部。 その中へ向かって飛び立とうとするパチュリーを、レミリアが慌てて背中から押さえた。 「駄目よパチェ! 落ち着いて!」 「離して! 今、小悪魔の、小悪魔の声が聞こえたの!」 パチュリーは確かに小悪魔からの念話を捉えた。 図書館内に荒れ狂う魔力の渦が弱まった訳ではない。 その渦を障害としない程、強い念が込められた小悪魔の叫びだったのだ。 その叫びが伝えて来る感情は、恐怖。 「行かせて! あの子が、小悪魔が危ないの! お願い離して!!」 レミリアは、これ程取り乱し大声を上げる友人の姿を見るのは初めてだった。 困惑しながらもパチュリーを押さえつけ、懸命になだめる。 「今の貴女が中へ行っても、逆に貴女の身が危なくなるのよ…判るでしょう?」 「 それでもッ! それでも行かせて! 早く、行かないと、あの子、が…  あ……  あ……… 」 パチュリーの中で、何かが ―――切れて、離れた。 それは、あの使い魔との<<繋がり>>。 それが断ち切られ、永遠に失われた事が、パチュリーには はっきりと感じられた。 どうしようもなく大きな喪失感が、胸中に広がっていく。 「……パチェ?」 暴れるのを止め、急に脱力したパチュリーを、レミリアは心配そうに覗き込む。 「………。」 パチュリーは何も答えない。 ズルズルと、レミリアの腕の中からずり落ちていき、床に座り込んだ。 「パチェ? どうしたの!? しっかりして、パチェ!!」 誰かが必死に何かを呼び掛けてくる声が、妙に遠くから聞こえる。 それもすぐに、パチュリーには届かなくなった。 パチュリーは放心した表情でうなだれる。 その眼下の絨毯に、幾つもの温かい雫がこぼれ落ちた。 紅い絨毯に広がていく染みは、元の色よりも、なお濃く紅い。 それはまるで、パチュリーが血涙を流しているかの様に見えた。 ---- - うわあああぁぁぁぁぁ -- 名無しさん (2009-03-18 02:01:06) - すばらしい -- 名無しさん (2009-05-20 00:03:42) - レミリアなんとかしろよ -- 名無しさん (2009-05-30 19:52:19) - 完成度高いな -- 名無しさん (2009-05-30 22:44:24) - レミリアへたれすぎるよ。 &br()何かやれよ。 &br()吸血鬼、燃えたくらいで死なないだろ。 -- 名無しさん (2009-08-23 03:05:42) - これ発火の原因って図書館への侵入を試みた魔理沙なんじゃね? -- 名無しさん (2009-09-18 18:36:17) - そうか魔理沙か……凄くあり得る -- 名無しさん (2009-09-23 02:39:57) - 魔理沙のマスパですね。わかります。 &br()↑↑↑吸血鬼だって、少しは体が残らないと、復活できねーぜ? &br()第一、復活能力だって「満月の夜」じゃないと発揮できないし。 -- 名無しさん (2009-10-08 13:07:08) - ゅにくろかりぃごまんぇん -- 赤屍奇 (2014-08-16 11:43:48) - おのれ魔理沙ゆ゛る゛さ゛ん゛!!! -- 名無しさん (2015-11-09 18:06:04) - こぁ様&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ -- こぁとにとりんは嫁 (2016-02-26 22:39:57) - …レミィさんや。 &br() &br() &br()運命で見ることは出来んかったのかい…? -- 名無しさん (2016-02-28 12:41:01) - レミリアの運命を操る程度の能力は &br()役立たずだって言う事は東方ファンなら &br()知っているはず。つーかただの勘違いだし -- 名無しさん (2016-02-29 01:29:30) - おいどんも東方ファンなのですが、本家はあまり知りませんな。 &br()運命を操る程度の能力って勘違いだったんでごわすか? -- キング クズ (2016-06-18 10:28:15) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
積み上げられた知識が、燃える。 高く聳え立つ巨大な書架の林が、松明の様に燃えて倒壊していく。 もはやそれらは本棚ではなく、燃えながら倒れゆく巨木。 その間を縫うように、小悪魔は飛ぶ。 数十人ものメイド達も、その後に続く。 視界に入る色は二色のみ。 炎のオレンジと、暗闇の黒。 小悪魔の記憶では、過去数百年の間で、これ程この図書館内が明るく照らされた事は無い。 主から借り受けた水符は既に使い果たした。 見切りを付けた区画の書架を、延焼を防ぐ為に金符で切り壊した。 それでも炎の勢いは全くおさまらない。 まるで山火事。 何故、水符も自動消化術式も思うように効果を成さないのか。 それはこの炎が、水などで消せる<<まともな炎>>ではない事を意味していた。 今 図書館を飲み込んでいる炎は、書物に蓄えられた魔力を燃料にして燃える、特別な炎。 『―――マジックアイテムは一箇所に集めると、それぞれが干渉して性質を弱めたり強めたり、  また、別の性質を持つ事がある。』 いつか、黒白の魔法使いが口にしていた言葉を小悪魔は思い起こす。 強い力を秘めた魔道書、呪術書、巻物。 そういった曰く付きの品々が一箇所に集められ、永い年月の間、狭い空間に集積されていた。 だが、それが出火の原因か否かを考える事は、今の小悪魔の仕事ではない。 彼女の主が望むのは、一冊でも多くの書物を無事に確保する事。 今、小悪魔達が居る場所は、図書館中央区画の最深部。 他の場所よりも、価値の高い書物が多く収められている。 小悪魔は黒く煤けた頬を拭いながら、懸命にメイド達に指示を出し、自らも手の届く範囲の書物を抜き取る。 書物をこんなに乱暴に扱ったのは、小悪魔にとっては初めての事だった。  * 飛行している小悪魔達よりも、なお高くそびえる頭上の書棚で爆発が起きた。 「こぁ!?」 上から殴りつけるような熱風になぶられ、小悪魔の身体が木の葉の様に舞った。 背中から、燃えている本の壁に叩きつけられる。 熱さと痛みに呻いたのも束の間。 すぐに小悪魔の両目は驚愕に見開かれた。 爆風で棚から弾き出された魔道書が、無数の燃える礫となって降り注いで来た。 元々、一冊だけでもかなりの重量と質量を持つ書物。 普通に加速がついて落ちて来るだけでも危険なソレが、火炎を纏い、うなりを上げて飛んで来る。 「ふぐッ…!」 小悪魔は強引に体をひねった。 次の瞬間には、それまで小悪魔の体が有った棚に炎の塊がぶつかる。 飛び散る火の粉と、岩が激突するような衝撃に、小悪魔の表情が引きつる。 幾つもの悲鳴と絶叫が、小悪魔の耳に飛び込んできた。 見渡せば、何人ものメイド達が炎の礫の雨に打たれ、燃えながら落ちていく。 「あ… ぁ…」 同僚達の悲惨な姿を目にし、小悪魔は手で押さえた口の奥に悲痛な呻きを漏らした。 その小悪魔自身にも、無数に炎の<<弾幕>>が降り注ぐ。 小悪魔は必死にそれを避けるが、その全てを避け切れるはずも無く。 「ごほ…ッ!」 背に、翼に、炎の塊が直撃し、燃える紙片と火の粉が飛び散った。 小悪魔の翼が力を失い、はばたきをとめた。 頭から落下する。 ただの炎ならば、悪魔たる彼女の身にそれほど大した損傷は与えられない。 だがこの炎は彼女に激痛を与え、彼女の生命を滅ぼし得る。 「ぐ…ぎぃ…ッ」 小悪魔は歯を食いしばって意識を持ち直し、体を空中に静止させた。 燃える上着のベストを引き千切って投げ捨てる。 炎の雨から死角になっている巨大書架にふらふらと回り込み、体をもたれさせた。 そして残ったメイド達に、一箇所に集まって身を守る陣形を取る様に指示を――― 「そんな…… うそ……」 ―――指示を出そうとして、小悪魔は絶句した。 大量の燃える魔道書が、獣のくちの様に、ぱっくりと開いたまま小悪魔へ襲い掛かって来た。 カーブを描いて飛来するその様は、まるで意思を持った炎の牙。 何の作用で、こんな事が。 それを考える間も無く咄嗟に上体を反らし、<<噛み付いて>>来る一冊の魔道書を避ける。 間髪入れずに正面から襲ってくる三冊を魔弾で撃ち落とす。 その動作の隙に、別の一冊が背後下方から小悪魔の翼に<<噛み付いた>>。 先程、炎の礫が当たって火傷を負った方の翼に。 「あ"あ"ァッ!!」 悲鳴を上げ、小悪魔は空中でよろめいた。 その右足と左腕に、一冊づつの魔道書が、ゆらめく炎の牙を剥き出しにして飛び掛り噛み付いた。 「――――~~~ッ!!!」 あまりの痛みに、小悪魔は声すら出せずに痙攣した。 喉の奥が震えて、息を吸う事はできても吐く事ができない。 それで小悪魔の動きは完全に止まってしまった。 更に肩、わき腹、太腿に、燃える魔道書が喰い付く。 「あ……」 小悪魔は気の抜けたような小さな呟きを漏らした。 意識が遠のく。 体の感覚と一緒に、熱さも痛みも無くなっていく。 視界が黒ずんで、周囲の音が消えた。 ―――そうか、この子達は、生きてるんだ。    燃えたくない、死にたくないって、もがいてるんだ…。 小悪魔は、ぼんやりとそんな事を考えながら落下していった。 上下が反転した視界の中に、全身を燃える本に喰いつかれているメイドの姿が見えた。 <<くち>>を開けた本達が、次々とそのメイドに群がっていく。 その様子が、小悪魔には酷くゆっくりとした動きに感じられた。 すぐにメイドは、いびつな形で燃えるミノ虫になった。 脱力した片腕だけが、その中から生えて見えている。 そのまま落ちて小さくなっていくが、遥か下の床に激突する前に、本もろとも炭になって熱風に巻き上げられた。 落下を続ける小悪魔にも、大量の燃える<<くち>>が向かって来た。 だが既に小悪魔の意識は危うく、体も翼も動かない。 炎の牙が小悪魔の体に迫り、噛み付かんとするその寸前。 緑色の光弾が閃き、燃える本が砕け散った。 何が起きたのか把握できないまま、小悪魔は落下しながらその様子を呆然と眺める。 意思を持って小悪魔に襲い掛かる魔道書達が、緑色の閃光に次々と撃ち落とされていく。 何者かの攻撃が自分を救った事を、小悪魔は認識した。 ―――助かるかもしれない。 そんな希望が、僅かな力を小悪魔の体に呼び戻した。 気付けば、翼や脚、身体中に噛み付いていた魔道書が大分燃え尽きていた。 小悪魔は気力を振り絞って落下の速度を緩め、床に着地した。  * 爆発の音と巨大書架が倒れる音が、遠くから鳴り響いている。 火の勢いも未だおさまらぬ書架の林。 小悪魔は床に両手をつき、火傷の痛みに喘ぎながらも考える。 咲夜さんか、それとも美鈴さんが助けに来てくれたのか。 もしかしたら、パチュリー様が喘息を押して駆けつけてくれたのかもしれない。 そう思うと自然と顔が綻ぶ。 だが、灰になってしまった同僚達の事を考えると、すぐに小悪魔の瞳は悲しみに濡れた。 最初は、火災の現場から本を持ち出すだけの仕事だと思っていたのに。 それが、こんな大変な事になるなんて。 しかし考えるまでも無く、この魔法図書館は膨大な数の魔具が存在する場所。 極端な表現をすれば魔力の火薬庫とも言える。 そんな場所を管理する事もまた、小悪魔の仕事であった筈だ。 その責務を果たせなかった事と、その為に同僚を失った事に、小悪魔の心は苛まれた。 呼吸を整えた小悪魔は上空を仰ぎ見た。 途端に、その表情が固まる。 図書館の上空には、もう燃えながら飛び回る本は一冊も無かった。 その代わりに、淡く光る魔方陣に包まれた本が無数に浮かび、小悪魔を上空から取り囲んでいた。 「 え………? 」 それらは、図書館の自動防衛用の施術をした魔道書群。 小悪魔に噛み付こうとした本を撃ち落としたのも、あの魔道書群だろう。 しかしその様子が、どこかおかしい。 本が放つ魔弾は、書架の防御結界を突き破らぬように、せいぜい侵入者を痛めつける程度の出力に調整されている筈。 だが先程 小悪魔が見た魔弾は、当たればただでは済まない程の殺傷力を持っていた。 その魔道書が全て、小悪魔の方を<<向いて>>いた。 明らかに、魔弾の照準を小悪魔に定めている。 「 ちがう、の…  わッ、わたし、ちが…… 」 魔道書を包む魔方陣が、無機質な白い光を放ち始める。 小悪魔は嗚咽を漏らしながら、座った姿勢から尻を引きずって後ろへ下がり出した。 しかし全方位を囲まれている為、その行為は全く無意味である事にも気付かない。 何かが腰にぶつかる。 「あひッ!」 それは原型を留めぬ程に魔弾を打ち込まれた同僚の亡骸だった。 ひとつだけではない。 目をこらせば、辺り一面に同様のモノが幾つも幾つも転がっていた。 「 や…だ……  いやあぁーーッ! 」 小悪魔はその亡骸から離れるように、元々自分が居た方向へ這って戻り出した。 その小悪魔の前方上空で、魔道書が放つ白い光が、緑色の輝きを帯びる。 小悪魔はもう這うのをやめ、座ったままそれ見上げていた。 歯が噛み合わずにカチカチと音を漏らす口から涎が垂れる。 恐怖に瞬きを忘れ、見開かれたままの目から涙が流れる。 流れ降りてきた涙と、涎の流れが合わさり、煤で汚れた小悪魔のシャツの首周りを濡らした。 「 ひ… き……ッ」 おかしな声を漏らしながら、小悪魔は弱々しく首を左右に振る。 その表情は、まるで笑い顔の様に歪んだ泣き顔。 床につけた尻の周りに生暖かい液体が広がるが、小悪魔はそれに気付いていなかった。 緑色の閃光が無慈悲に弾けて、小悪魔に降り注いだ。  * ヴワル図書館の入り口前廊下。 かなりの広さを持つその場所が、大勢の怪我人と、それを介抱する者で埋まっていた。 そこに新たな怪我人が次々と運ばれて来る。 「中の様子はどうなっているの? 中央区画の小悪魔達は、まだ戻っていないの?」 苛立ちを含むパチュリーの声が、喧騒の中に響く。 一人のメイドが重苦しく口を開いた。 「……内部は高熱及び高魔力が充満しており、個別の生体反応の探知は不可能です。  加えて魔道書と自律防衛用術式が暴走しており、非常に危険な状態です……。」 「咲夜と美鈴からの連絡は、まだなの!?」 問うパチュリーの声は、もう悲鳴に近い。 パチュリーは再び何かを叫ぼうとして、激しく咳き込んだ。 「パチェ、落ち着いて…」 駆け寄ったレミリアが、廊下に膝をついて喘ぐ友人の背中をそっとさする。 パチュリーは荒い呼吸を繰り返しながら、絨毯の一点を凝視する。 図書館内部の魔力の『うねり』が強過ぎる為、己の従僕と念話を交わす事も叶わない。 今は、中へ直接入っている者達に託すしか無かった。 こんな時に満足に動かない己の身体が憎く、情けなかった。 血が滲みそうになる程に、唇を噛む。 図書館内で起こりうる事態を予測できずに、何が幻想郷の知識人か。 己の大切な使い魔一人の安全も確保できずに、どうして使役主が務まろうか。 きつく閉じた瞼が、涙を目尻に押し出す。 突然、パチュリーはビクリと体を震わせると、ゆっくりと立ち上がった。 驚くレミリアを背にしたまま、おぼつかない足取りで図書館の扉へ歩き出す。 呆けた様な表情で歩くパチュリーの異様さに、周りのメイド達は声ひとつ掛ける事ができない。 未だ暗闇の中にオレンジの炎が揺らめく図書館の内部。 その中へ向かって飛び立とうとするパチュリーを、レミリアが慌てて背中から押さえた。 「駄目よパチェ! 落ち着いて!」 「離して! 今、小悪魔の、小悪魔の声が聞こえたの!」 パチュリーは確かに小悪魔からの念話を捉えた。 図書館内に荒れ狂う魔力の渦が弱まった訳ではない。 その渦を障害としない程、強い念が込められた小悪魔の叫びだったのだ。 その叫びが伝えて来る感情は、恐怖。 「行かせて! あの子が、小悪魔が危ないの! お願い離して!!」 レミリアは、これ程取り乱し大声を上げる友人の姿を見るのは初めてだった。 困惑しながらもパチュリーを押さえつけ、懸命になだめる。 「今の貴女が中へ行っても、逆に貴女の身が危なくなるのよ…判るでしょう?」 「 それでもッ! それでも行かせて! 早く、行かないと、あの子、が…  あ……  あ……… 」 パチュリーの中で、何かが ―――切れて、離れた。 それは、あの使い魔との<<繋がり>>。 それが断ち切られ、永遠に失われた事が、パチュリーには はっきりと感じられた。 どうしようもなく大きな喪失感が、胸中に広がっていく。 「……パチェ?」 暴れるのを止め、急に脱力したパチュリーを、レミリアは心配そうに覗き込む。 「………。」 パチュリーは何も答えない。 ズルズルと、レミリアの腕の中からずり落ちていき、床に座り込んだ。 「パチェ? どうしたの!? しっかりして、パチェ!!」 誰かが必死に何かを呼び掛けてくる声が、妙に遠くから聞こえる。 それもすぐに、パチュリーには届かなくなった。 パチュリーは放心した表情でうなだれる。 その眼下の絨毯に、幾つもの温かい雫がこぼれ落ちた。 紅い絨毯に広がていく染みは、元の色よりも、なお濃く紅い。 それはまるで、パチュリーが血涙を流しているかの様に見えた。 ---- - うわあああぁぁぁぁぁ -- 名無しさん (2009-03-18 02:01:06) - すばらしい -- 名無しさん (2009-05-20 00:03:42) - レミリアなんとかしろよ -- 名無しさん (2009-05-30 19:52:19) - 完成度高いな -- 名無しさん (2009-05-30 22:44:24) - レミリアへたれすぎるよ。 &br()何かやれよ。 &br()吸血鬼、燃えたくらいで死なないだろ。 -- 名無しさん (2009-08-23 03:05:42) - これ発火の原因って図書館への侵入を試みた魔理沙なんじゃね? -- 名無しさん (2009-09-18 18:36:17) - そうか魔理沙か……凄くあり得る -- 名無しさん (2009-09-23 02:39:57) - 魔理沙のマスパですね。わかります。 &br()↑↑↑吸血鬼だって、少しは体が残らないと、復活できねーぜ? &br()第一、復活能力だって「満月の夜」じゃないと発揮できないし。 -- 名無しさん (2009-10-08 13:07:08) - ゅにくろかりぃごまんぇん -- 赤屍奇 (2014-08-16 11:43:48) - おのれ魔理沙ゆ゛る゛さ゛ん゛!!! -- 名無しさん (2015-11-09 18:06:04) - こぁ様&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ&quot;あ -- こぁとにとりんは嫁 (2016-02-26 22:39:57) - …レミィさんや。 &br() &br() &br()運命で見ることは出来んかったのかい…? -- 名無しさん (2016-02-28 12:41:01) - レミリアの運命を操る程度の能力は &br()役立たずだって言う事は東方ファンなら &br()知っているはず。つーかただの勘違いだし -- 名無しさん (2016-02-29 01:29:30) - おいどんも東方ファンなのですが、本家はあまり知りませんな。 &br()運命を操る程度の能力って勘違いだったんでごわすか? -- キング クズ (2016-06-18 10:28:15) - レミィは友人としてパチェが危険な目に合うのを避けたのに・・・ &br()目から塩水が・・・ -- パエリア (2020-05-26 15:05:56) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: