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パチュリーとの賭けで八卦炉を奪われて:3スレ634」(2016/06/06 (月) 18:38:15) の最新版変更点

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 蒐集したマジックアイテムの海に溺れたまま目覚めた魔理沙は、どうしてこんなことになったのか考えようとしたが、後ろ向きな姿勢はマイ流儀ではなく、むしろ前のめりに死ぬのが霧雨にふさわしい最期だと思ったのでまずは行動とすることにした。  そんなわけで魔理沙はちょっぴり焦げついてよれよれになった帽子を被り、横半分を吹っ飛ばされて文字通り半壊した霧雨邸から出かけたのであった。  主も留守とし、廃墟のように鬱蒼とした中身を晒す霧雨邸の床板には、一枚の紙切れがナイフに刺されたまま放置されていた。 『お目覚めかしら。貸し出し料として、貰うものは貰っていくわね』  空は赤く、陽は低い。最早良い子と普通の人間は外出しない、妖怪たちの時間である。  空は赤いが空を写す湖はもっと赤い。  なぜなら赤より紅色な館を傍らにしているのだから、全体的に赤くなるのが道理というものである。  真っ赤な湖面に、黒白の衣装は目立つ。門番まで紅いとなおさらである。  魔理沙の姿を確認した美鈴は身構えた。だが魔理沙はいつものようにいきなりレーザーやらミサイルなんぞを撃ち込んでくる様子もなく、にこやかに手を上げてくる。 「き、気色悪い……。さては空腹のあまり変なキノコでも食べたのね!」 「いや、別に巨大化したり分裂したりはしてないがな。それにこのポーズは宇宙人にも通じる銀河が 認める友好の姿勢らしいぜ」 「だが、悪魔にそのようなものは通用しない!」 「お前妖怪だろ」 「そうだったわ。でも、どういう風の吹き回しなの?」  いやなぁ、と呟きながら魔理沙は紐で縛りつけた何やら重そうなものを持ち上げた。 「こいつをパチュリーに渡してくれないか。んでそのうえで奴を呼んでほしいんだが」 「何企んでる……うわ、まさかこれは!?」  美鈴は魔理沙から受け取った《ソレ》があんまりにもあんまりな代物だったので、思わず取り落としかけた。が、万一汚れの一つでも付けようものなら美鈴の命自体がヤバイのでなんとか空中で再キャッチ。  腕の中でずっしりくる重量の塊。黴臭い香り。埃の匂い。  間違いなく、紅魔館の大図書館が誇る蔵書の幾冊かだった。 「雪が降る! いや、弾幕が降る! いやいや、陰陽玉が降ってくる!! どうしたの魔理沙!?  やっぱりアンタおかしなキノコ食べたのね!? 今吐き出させてやるから動かないでよ!」 「いや待て話聞け気功はやめろやめぅぇっ」  美鈴の色んな意味での気合いを込められた拳が魔理沙の胃袋を直撃。胃液が逆流し食道が蠕動、すっぱい匂いをさせた胃袋の中身を魔理沙は吐き散らした。  けれど、紅魔の門前に広がった吐瀉物は、黄色い胃液だけ。  あれ、と美鈴は頭を掻く。 「消化したかな」 「……おかげさまで今んとこ正気だぜ」 「ならますますおかしい。どうしたのよ、ほんとに」 「いいからパチュリー呼んできてくれ……お前に用はない」 「まあいいけど」  とは言っても美鈴が呼ぶ必要はない。メイドに魔理沙の言付けを託し、図書館に本を持って行くように指示するだけだ。あとはメイドが小悪魔に渡し、小悪魔がパチュリーに渡すというルートを辿ることとなる。  その間、詫びがわりに美鈴は軽く気功で魔理沙の疲労を癒してやることにした。  珍しく減らず口の一つも叩かずに、魔理沙は黙って治療を受けている。  それもそのはずで、よくよく治療を続ければ魔理沙は身体中あちこちに傷を負っていた。本来なら医者に診てもらい、安静にしている方がよいくらいの傷である。 「――大丈夫?」 「ああ、私は丈夫だ。心身ともに丈夫だぜ」 「丈夫な割りにはこっぴどくやられたじゃない。誰にやられたのよ」 「傷痕の種類から考えたらどうだ」  自分からは口に出したくないらしい。意地っ張りめ。  美鈴は仕方なく、魔理沙の傷を再確認し、気付いた。  切り傷、火傷、凍傷、打撲痕など、そのバリエーションは暇がない。  これほど多彩な傷跡を作れる人物など、そうもおるまいのではないか。  けれど、美鈴にとっては馴染み深い傷の種類でもある。 「まさか――」 「めーりんさん、めーりんさん、パチュリー様から伝言ですー」  館の方から、小悪魔が飛んできた。  最早間違いあるまいと察する。 「えーとですね『貴方が持っていった本はこれで全部じゃないし、勝負に負けたのだからそもそも返 す道理がない』とかなんとか」 「だってあいつ私ン家巻き込む勢いでロイヤルフレアだぜ。そりゃ一冊や二冊消し炭にもなるぜ」 「失礼ですね。うちの蔵書は耐水耐火その他諸々の処理を施しているので、そうそう簡単に朽ち果て たりしませんよ」 「じゃあお前は自分の主人が喘息の調子いい時に全力でぶちかます魔法の方が、蔵書より弱いってい うのか」 「……今日珍しく出かけたと思ったら、そんなことしに行ってたんですか」 「いい迷惑だぜ」  身から出た錆だろうに。普段魔理沙は紅魔館のあらゆる場所にマスタースパークだのなんだのをぶちかまし、蔵書だけと言わずあらゆる紅魔館の財産をかっぱらっていたのではないか。  しかし反省していなければこのように本を返しに来るわけもないので、美鈴はその点について責めることだけはやめにしておいた。  魔理沙はあー、などと呻き声を漏らし、天を仰ぐ。 「参ったな。話どころか会う気すらないのか……しかし私はどうしても奴と話をつけに行かなきゃな らん」 「あー、つまり、強行突破するつもりですか。いつものとおり」  小悪魔はとてもげんなりした表情になる。美鈴が魔理沙を止められなかった場合、彼女が図書館を守る最終防衛ラインなのであるが、美鈴より弱いのだから話にならない。  美鈴は呼吸を整え、気を落ち着けた。魔理沙が紅魔の門前にいる以上、止める役目はまだ美鈴のものである。 「じゃ、いつものとおり、私が相手をするわよ」 「じゃあいつものとおり、やられてくれんかね」 「あー、負けたなー……さすがにここで負けるとは思ってなかったな」 「そりゃこっちのセリフよ」  いつものとおり、美鈴が本気で門前払いの弾幕ごっこを仕掛けたら、スペルカードを全て出し切るまでもなく魔理沙は撃沈してしまった。  彼女の弾幕ごっこスタイルは実にわかりやすく、バリバリ高速で動いてドカドカ撃ち込みドカンと相手と相手の弾幕ごと薙ぎ払うという、やられる方にしてはたまったもんじゃない戦法である。  だが今日の魔理沙はケガをしているからなのか、動きにキレはなく、レーザーはすぐに途切れ、お得意のマスタースパークに至っては出すことすらしなかった有様である。  そりゃあ負けるだろうと、美鈴だって思う。 「なんか全体的に、いつもの魔理沙らしくないじゃない」 「いつでも私は全力全身全霊で霧雨魔理沙だぜ」 「それで魔砲の一発も撃たないんなら、ずいぶんとアンタの全力全身全霊は質が下がったのね」 「仕方ないだろ。八卦炉なしにあんなもん素で撃てるほど魔力あるの、紫とか幽香とかここの妹様くらいだぜ」 「壊れたの?」 「まあそんなとこだ」  穴だらけになってしまった帽子を被り直し、魔理沙は箒にまたがる。 「今日の所はもう仕方ないからこのへんで許してやるぜ。パチュリーには『他の本は見つかり次第届ける』って伝えといてくれ」 「嘘ばっかりついていたら地獄で舌抜かれるわよ」 「羊飼いの気持ちが今一瞬わかったが、私の場合狼も魔砲で薙ぎ倒すから別にどうでもいいのか」 「その魔砲が使えないんだから、気をつけなさいって」  心配無用、と言わんばかりに魔理沙は親指をおっ立てて、藍色に染まった空をへろへろと行ってしまった。  その日から、魔理沙の紅魔館門前払いな日々が続いたのだった。  翌日、魔理沙は瓦礫の海から発掘してきたと言って、二冊ほどの魔導書を携えてやって来たが、それでもまだまだ足りないというのでパチュリーは姿を現さなかった。  つくづく自業自得なのであるが、それは全くの事実。パチュリーの言い分はもっともで、結果的に魔理沙は弾幕にものを言わせて強行突破を試みるのだが、回復しきっていない身体で勝てるはずもなく、追い返されるのである。  魔理沙は足繁く紅魔館に通ってきた。  弾幕ごっこの余波でちぎれてしまった魔導書のページを修復し、持ってきたこともあった。  紅魔館に到着する以前に、チルノからほうほうの体で逃げ切ってきたこともあった。  大蝦蟇に魔導書を喰われてしまい、排泄物の中から発掘してきたこともあった。  それでも盗ってきた全てに及ばないのだから、業は深い。 「反省するのはいいことだけど、一部はもう完全に焼失してるんでしょう? 諦めた方がいいわよ」 「諦めたらそこで試合終了だぜ」 「いや、終了させろって言ってんのよ。せめて弾幕ごっこはやめなさいよ。……その、勝てないんだから。怪我増えるだけよ」  今や魔理沙の身体に包帯は必需品となっている。服は擦り切れているし、髪は荒れ放題だ。頬もやつれてきているし、目の下には隈が出来ており、どういった生活を送っているのか推して知れる。  気になったので妖精メイドに頼んで霧雨邸の様子を伺いに行かせたところ、もはや住居として活用できる部屋はほとんどなくなっているらしい。  オマケに厨房や床暖房機能なども破壊されてしまい、八卦炉もないので暖を取るどころかまともな食事すらままならないのが現状のようだ。  このままでは遠からず弱りきったところを妖怪に喰い殺されるか、勝手に衰弱死するか、飛行中に気を失って墜落死するかして、閻魔の世話になるだろう。 「アンタ魔法使いなんだから、新しいアイテム開発することも出来るでしょう」 「このまんまじゃあ香霖に申し訳が立たないからな。何よりパチュリーの奴にやられっぱなしでひきこもったまんまでいられているっていうのが、気に喰わん」 「気に喰われる前に、アンタが妖怪に喰われるって。せめて巫女の所にでも行ってまともな生活送りなさい」 「霊夢に施し受けるくらいならお天道様を見て笑いながら死ぬぜ」  そう言って魔理沙は、再び美鈴に弾幕ごっこを仕掛けて負けて帰るのである。  正直言って、耐えられない。勝てない相手に毎日のように押しかけられるのも困りものだったけれども、明日死ぬかもわからない相手を叩きのめすのも、美鈴の気質に合わないのだ。  魔理沙の後姿を見送ってから、美鈴は決意した。  拳を握って、図書館へと向かう。 「パチュリー様、話がございます」 「あら、美鈴。最近ねずみ取りが上手になったみたいね」  眠そうな瞳で本を読んでいたパチュリーは、横目で美鈴を眺めた。  本を置く気配はないようなので、そのまま話を始める。 「魔理沙は大変なくらい色々盗んでいきました。けれどもう、かなりの数を返却したのではないですか?」 「そうね」 「ならもう、返してあげてはいかがですか。八卦炉。どうせパチュリー様の魔法には、相性が悪いでしょう」 「駄目よ。今は反省しているように見えても、元に戻れば同じことの繰り返し。人間はそういうものだから」  色々と言い返せないあたりが魔理沙の人間性である。本当に狼少年だ。  美鈴はため息をつく。もう情けで攻めるしかない。 「なら、せめて会ってあげてはいかがです。その程度の誠意は、魔理沙は見せてますよ」 「そうね……じゃあ、会いに行こうかしら」 「え? ホントですか」  意外とすんなり立ち上がったパチュリーに、美鈴は拍子抜けした。  空を滑るように移動する紫の魔女は、本棚から一冊の本を取り出すと、留守番をよろしくね、と小悪魔だか美鈴だかに言い残し、行ってしまった。  後に残された美鈴は、なんとなしにパチュリーが本を持ち去った棚を見た。 「……お料理本コーナー?」  魔法の森の上空を飛びながら、魔理沙は考えた。  美鈴に色々言われてしまっているように、魔理沙もいい加減自分に限界が訪れ始めていることくらいは理解していた。  香霖に言わせれば八卦炉が返っても使用者がいなければ元も子もない、というところだろう。魔理沙だってそうは思う。  だが、半壊して魔法的、生活的な機能が死んだ霧雨邸を捨てて誰かに養ってもらうとは言っても、頼れる相手が見つからない。  なんだかんだ言って何日でも泊めてくれそうなのが博麗神社の霊夢ではあるが、彼女に借りを作るのは嫌だ。それはもう、本当に、死んだ方がマシだと思えるくらいである。  で、次に気楽に頼めそうな相手が香霖なのであるが、何せ事の発端が八卦炉を奪われたことだ。色々気まずくてとても頼めそうにない。  最後にアリスという手もあるにはあるのだが、八卦炉を失って弱体化した魔理沙に彼女が何しでかすかわからないというのが冗談抜きで怖い。一応は異性である香霖よりヤバイと確信して思えるのだから、やはり人も妖怪も普段の行いというのは大事ということであろう。  本来ならここで人里に逃げ込むという手段が、人間である魔理沙には残されているのだが実家に勘当された身分としてはこれも難しい。  本当に命が惜しければどこかで妥協するしかないのだろう。 「……香霖に謝るか」 「その前に謝る相手が他にいるでしょうに」  陰鬱な声が空から降ってきた。  見上げると、そこにはここ数日の魔理沙が会おうとやっきになっていた、七属を統べる紫の魔女がいた。  妖怪という連中は大概気まぐれなもので、それはパチュリーとて変わりはないのだろう。 「ああいたな。中国とか。ここんとこ迷惑かけっぱなしだったからな」 「念入りに謝っておきなさい。今ここでついさっき、帰ったら美鈴を虐めることが決められたばかりだから」 「で、どういう風の吹き溜まりだよ」 「風は回すの。溜めてどうするのよ」 「ひきこもっているお前の場合、溜まる一方だろう。得意な属性に風は入ってないみたいだし」 「どの程度反省したかこの目で見ようと思って腰を上げたのよ。予想通り、まだまだこれは返せそう にない態度だけれど」  八卦炉をちらつかせる。  魔理沙は眉をひそめた。 「じゃあ様子を見るためだけに出かけたってのか? お前が。そんなこたぁあるはずないだろ。よりによってお前が」 「察しがいいわね。そう、今日はこの前と同じように、賭けをしに来たの」 「またかよ」  さすがに痛い目を見ている真っ最中なので、魔理沙と言えど嫌な気分にもなる。  数日前、突如霧雨邸に乗り込んできて『貴方の八卦炉と私が貸し出した本を賭けて遊ばない?』と持ちかけてきたパチュリーのせいで、魔理沙はしなくていい苦労を強いられているところなのだ。  元はと言えば、死ぬまで借りる予定だった本と大事なマジックアイテムをかけて遊ぶという時点で、お盆の底より浅慮なわけだが、持ち込まれた勝負から逃げるほど魔理沙は器用に出来ていないのである。  つまり、今回もその気質からはどうしても逃げることが出来ないわけで、どんなに気がすすまなくても結局勝負は受けるつもりなのだが。 「で、何を賭けるんだよ。今回の場合、私は言うまでもなく八卦炉を取り返させてもらうわけだが、パチュリーが私から欲しいものなんてあるか? 私の大事なコレクションはお前さんの糸目から見りゃただのガラクタだろうに」 「そう、全く、そのガラクタとウチの蔵書を一緒くたにしないでくれる?」 「私ゃ平等でね」 「本当に。魔理沙の家に放り込めば全部平等に価値がなくなるもの」 「いらないものがどうでもいいものになるんだとしたら、それはそれでプラスマイナス釣り合ってるだろ」 「どうでもいいものに埋まっているとあなたまでどうでもいいものになるわよ。そうなる前に、一つ手を打っておこうと思うの。煮るのと焼くの、どっちがいい?」  そう言って、パチュリーは付箋の付いた本を魔理沙に渡した。 『煮ても焼いても食べられない人間の美味しい調理法』  ほっかほかの美味しそうな人肉料理が表紙を飾っていた。  なんとなく夜雀が鰻の屋台を始めた気持ちが理解できたような気もしてくる。 「マジで喰うつもりだったとは。つまり負けたら喰われるのか。食的な意味で」 「小食だから大部分は保存食にして数年かけてじっくり全部食べる予定よ」 「天然魔女はどうだか知らんが、人間は細胞が七年で全部入れ替わるらしいぜ。七年間私の屍肉だけ喰っていれば、パチュリーは私になってるかもしれないな」 「興味深い実験ね。試してみるわ」 「煮ても焼いても揚げても茹でても生でも喰えないってこと、教えてやるぜ」 「とりあえず、総て手当たり次第に試してみるわ」  調理書の付箋にしていたスペルカードを、パチュリーは取り出す。  魔理沙は帽子を被り直した。 「賢者の石」  宣言の後、五つのグリモワールがパチュリーの周囲を展開。ページが魔力の波で開かれ、拾い上げられた文字がそのまま弾丸となって魔理沙に降り注ぐ。  それぞれの属性によって軌道、発射速度の違う弾の雨は、みるみるうちに回避空間を占領。わずかに開いた隙間ですらいつ弾幕に侵略されるか、わかったものではない。  オマケに以前フランドールと遊んだ時より、明らかに弾幕密度が濃くなっている。おそらく八卦炉の力を上乗せしているのだろう。  これはもう、どう考えても初見で避けきれるものではない。  けれど魔理沙の体力は、先ほど行った美鈴との弾幕ごっこでもうほとんど残っていない。一発被弾しただけで落ちる、絶対の自信がある。  ただ、負けるつもりはない。  一目でグリモワールの位置、危険と思われる弾の射線を確認。あとは覚悟を決めて、まっすぐに突っ込む。  弾丸が腕や服の傍をかすり、帽子を突き刺して攫い、箒の端々に被弾して行くが、速度を緩めれば死ぬ。恐怖心を殺し、パチュリーとの距離を詰める。  魔理沙もまた、スペルカードを取り出す。 「恋符――」  スペルカードを握った右手をそのまま、パチュリーめがけて叩き込む。  肉弾戦の距離まで接近した魔理沙だったが、パチュリーの展開していたバリアに拳は阻まれた。そもそも、スペルカードバトルに肉弾戦という概念は存在しない。だから別にそれ自体は構わない。  問題は、この距離まで持ち込めるかどうか、ということだけだったのだから。 「ノンディレクショナルレーザー!」  八卦炉の補助がないので、レーザーは細く、短く、さらには二本しかない始末だった。  けれど出力自体は全く殺していない。骨の髄にまで眠る魔力を総動員する勢いで、拳から発した二条のレーザーを捻り出し、パチュリーのバリアをひたすらに削る。  魔力は瞬く間に底を尽き、レーザーは急激に萎む。それと反比例するようにバリアに入った罅が広がる。  そして、叩きつけた拳が送り込まれた魔力とバリアとの相殺に耐え切れず、壊れた。  同時に、グリモワールが展開していたバリアも粉砕。五冊の魔導書は力を失い、地面に墜落した。  魔理沙の右手から噴き出た血を頬に浴びたパチュリーは、その赤い雫を指で拭き取ると、子供のような表情で咥え込んだ。 「……自分の魔法で負かされるとは思ってなかったわ」 「……贋物が本物に敵わないなんて道理はないって、どっかの弓兵が言っていた……」 「というか、私はこんな変な使い方しない――けほっ」  パチュリーは背を丸めて咳き込みだした。一度そうなると中々止まらず、たっぷり一分ほど咳き込むと、ずいぶんと青白くなった顔を魔理沙に向ける。 「……調子が良くない時に外出するものじゃあないわ。ほら、これは返す」 「……中国より、お前の攻略法を優先して……考えていた、甲斐があったぜ」 「魔力も……さっきの一撃のために残してたのね……やられた」  心底悔しそうに、パチュリーは八卦炉をへたり込んだ魔理沙の頭の上に置いて、背を向ける。  だが、魔理沙は自身の勝利に満足していない。なぜなら、今回はパチュリーにやられっぱなしで、ようやくプラスマイナスをゼロにしたところなのだ。ここでもう一つオマケにやり返さねば、勝ったことにはならないだろう。  ただ、残念なことにパチュリーも魔理沙も体力、魔力共に底を尽き、最早ダメージを与えられる武器と言えば、口先くらいしかない。 「私なんか喰って……どうするつもりだったんだ」 「だって、魔理沙が死ねば本は返してもらえるもの」 「えらく……短絡的だな」 「そうでもないわ……どうしても寿命の短い貴方と死ぬまで一緒にいられる手段でもあったし、七年魔理沙だけ食べ続けられたら……とても素敵だったのに」 「もてる女は……つらいぜ」  パチュリーはそのままふらふらと、木陰の下を飛んで去って行く。  魔理沙はその背中を見送って、見えなくなったら、帰ろうと思った。  気がついたら、空には星が散り、月が浮かんでいた。 「……寝ちゃったか」  相当疲れていたらしい。目的を達成したとたん、気も緩んでしまったのだろう。周囲に誰もいなくなったとたん緊張の緒が切れるあたり、自分らしいなと、魔理沙は一人で笑ってみた。  箒を地面に突き刺し、体重を込めて立ち上がろうとする。  ぽきっ、という軽い音と共に、魔理沙の体重は宙に浮いた。次の瞬間には、魔法の森の腐葉土に、顔面から突っ込む有様である。  手の中の箒を見る。半ばで折れていた。弾幕ごっこの時、無茶をさせすぎたかもしれない。  這いつくばって木の幹にしがみつき、膝に力を込めてなんとか立ち上がってみる。  いざ立って歩いてみると、どうとでもなりそうだった。 「にんげんー」  闇夜から降ってきた声が誰かはわからなかったが、少なくとも人間以外であるのは一言で知れた。  魔理沙は思わず、引きつった笑みを浮かべてしまった。  何せ、もうそれくらいしか出来ることがない。 「にんげんのにおいがするー」 「……見えてないのか」  近づいてきた暗黒球体を見上げて、魔理沙はそいつから距離を取った。  だが移動する足音で気づかれたのか、暗黒球体はふよふよと魔理沙のもとに降り立つ。  普段なら亀と鷹ほどの移動速度があるので相手にも出来ないが、相手を亀すると魔理沙は今、なめくじ並の速度しか出せないので、逃げることすらままならない。  ぱしゃんと割れた闇の中から現れたのは、金と黒が印象的な、宵闇の妖怪、ルーミア。  彼女は八重歯を見せて、とろーんとした笑顔でたずねてきた。 「あなたは食べてもいー人間?」 「……いんやっつっても、喰うのがお前ら妖怪だろうが」 「じゃあいっただっきまー――」 「待て、妖怪は人間だけで生きるに非ずというぜ」 「武士は喰わねど高楊枝っても言うよね」  色々と泣けてくる。  逃げ切ったり、ましてや追い返すだけの余力が、それこそ八卦炉の力を借りても今の魔理沙にはない。どうしたってこのまま喰われて終わるしかないのか。  あれこれ考えた末に、魔理沙はたずねてみた。 「お前、腹減ってんのか」 「すこしー」 「じゃあ私を全部喰いきるのは無理だろ」 「そーだなー」 「そこで提案があるわけだが」  血が足りなくて脳に充分な量の酸素が供給されていないのか、意識が朦朧としている。  熱と痛みを持った右肩を抱えながら、魔理沙はなぜだか階段を登っていた。  身体のバランスが悪くて、何度もこけてしまう。そのたびに作った擦り傷や打ち身の痛みは、いつしか右肩の痛みに喰われたように、亡羊として感じ取れなくなってしまっていた。  焦げついたエプロンドレスの右肩口から先は、無い。  ルーミアにくれてやった。  まさに苦肉の策だが、丸呑みされるよりかはマシなのでどうしようもない。パチュリーが知ったらさぞ悔しがるだろう。  齧り取られたままの傷口を放置し、出血したままではやっぱり死ぬので、みそっかすのような魔力を使って撃ち出したレーザーで焼け焦げさせ、無理矢理血管は収縮させておいた。  ただ、どっちみちこのままではちょっと早いかものすごく早いかの差で死んでしまうので、早々と治療してくれるような場所へ、赴かねばならない。  一番近かったはずの自宅は無意味だ。魔理沙自身、回復魔法は得意でないし何より現在の霧雨邸は魔法使いの工房としての能力が死んでいる。  確実に助かると言えば永遠亭だが、距離がある。ただ、それでも行く価値はあったように思う。  助かるか死ぬかは五分五分だが、香霖の所へ赴けば力になってくれたのは確かであろう。  けれどなぜか今の魔理沙は、見慣れた鳥居を見上げて、階段を登っている始末だ。  ここに行って、助かるのか?  答えは限りなく否としか出ないことは、理性ではわかっていたはずだ。  それでも魔理沙は、紅白の友人のもとを目指していた。  足が勝手に赴いただけのような気もするが、あえて言うなら、他の場所に行きたくなかった。  また足がもつれ、魔理沙は階段の途中で倒れこむ。  体重を持ち上げるのがつらい。重力に逆らうことが恐ろしく重労働だ。  左腕だけでなんとか立ち上がろうとするけれど、ここに来て、ついに残った一本の腕では、自らの身体を支えきれなくなった。  首を動かすことさえ億劫だけれど、せめてもと鳥居を見上げてみる。  なぜだかとても寂しくて、涙が出てきた。  博麗霊夢の幸せな入浴タイムは、あいかわらず騒がしい妖怪どものせいで中断させられた。  というか、自主的に中断してとりあえず境内を歩いて見つけた奴から退治するという心づもりでいたわけなのだが、本人自身にとっては瑣末事である。  右手にお祓い棒、左手に針、懐にお札、周囲に陰陽玉のフル装備で妖怪たちのかしましい声がする神社の入り口、鳥居の下の階段へと向かう。 「こらーっ! あんたら何やってんのよー!」  武器をちらつかせ、声を上げただけで集まっていた妖怪たちは次々と去っていった。正義は勝つ。  けれど、まだ気配が残っていた。往生際の悪い奴もいたものだと、霊夢は階段を降り始め―― 「……魔理沙?」  あちこち破け、擦り切れ、焦げついたエプロンドレスを身に纏い、五体不満足で行き倒れたその姿は間違いなく、毎日のようにお茶をたかりに来ていた普通の魔法使いだった。  今はあまり、普通とは言えないかもしれない。 「魔理沙! どうしたの?」  抱き起こそうとして、霊夢は気づいた。  冷たい。  生物として取り返しがつかないくらい、体温が低い。 「魔理沙……」 「れ……む……?」  抱き起こすと、 閉じていた目を、魔理沙は開いた。  真っ白になった唇の中で、わずかに舌が動いた。 「……よぉ」 「……ずいぶんと、大変そうじゃない」 「片は……ついてるぜ」  唇がわずかにひきつったのは、笑おうとしたからだろうか。  霊夢の中で、返す言葉が出てこない。  どうにかならないかと頭を巡らせているのだ。  けれど、どうにもならないと、理性や、直感や、本能が、確信として告げている。  魔理沙は濡らした瞳を、ほんの少し、細めた。 「おまえが泣いてるとこ……初めて……見たぜ」 「私だって――たまにはあくびくらいするわよ」 「――なぁ……」  魔理沙の左腕が、わずかに震えたことを霊夢は感じた。  急いで左手を握り締める。  生きていない者の、感触がした。 「何よ」 「お前を泣かした奴なら……ちゃんと私が……ぶっ飛ばすからさ」 「……魔理沙」 「だからもう――」  魔理沙の喉から、息が切れた。  最期に動いた舌だけが、音のない言葉を告げた。  そのままもう、魔理沙は何も映さない瞳で、霊夢を見つめ続けた。  わずかに残った体温すら、夜風は容赦なく奪って行った。 「まりさぁ……っ」  少女の願いは叶われることなく、少女の嗚咽はいつまでも続いた。 ---- - でも――魔理沙は最後に霊夢に会えたんだな。 &br()親友の胸で、声を聞きながら逝けたんだよな、 &br()てかパチュリー本気で殺すならさっさとやってやれよ… -- 名無しさん (2009-01-10 12:52:35) - イイハナシダナー -- 名無しさん (2009-03-11 02:12:01) - このSSで語られている格言は二つ。 &br()同じ家に押し込み強盗を繰り返してはいけません。 &br()同じ魔法使いというカテゴリー内で格上の先達が病弱なのを良い事に無法を尽くしてはいけません。 -- 名無しさん (2009-03-17 02:01:45) - 魔理沙はゴミクズ。 &br()ぱちゅりーはもっとゴミクズ。 &br() -- 名無しさん (2009-08-23 01:21:44) - パチェが魔理沙に料理をつくってやる展開かとおもったら -- 名無しさん (2009-08-26 22:00:22) - パチュリーにきっつーいお灸を据えられた魔理沙。 &br()でもこの後、魔理沙は魔族として復活、パチュリーの嫁になるでしょう。 -- 名無しさん (2009-08-29 03:55:53) - ルーミアとのやりとり&取引が凄く魔理沙らしく思える。 -- 名無しさん (2009-08-29 09:46:08) - キャラの性格がそれっぽくつ、いいですね -- 名無しさん (2009-10-12 00:08:45) - 無駄にまじめで無駄に義理堅くて無駄に意地を張る。 &br()なんでそんな魔理沙が泥棒なんて始めたんだろうか。 -- 名無しさん (2009-10-12 02:44:56) - ↑真面目に考えた。 &br()親に愛情を受けていなかったから強奪と言う犯罪に走ったんじゃね? -- 名無しさん (2010-04-20 12:39:10) - 親に愛情をそそがれなかったから善悪の価値観が少しずれてるor強奪をすることで人にかまってもらいたいとか? -- 名無しさん (2010-04-21 07:01:26) - ↑うん、実際有るだろ? -- 名無しさん (2010-04-21 19:23:20) - 取り敢えずアリスww -- 名無しさん (2010-04-21 22:51:39) - 傍若無人な振る舞いができるのもスペカルールの庇護によるものなんだから、身の程を弁えましょうってことだね。 &br()霊夢ならいざしらず魔理沙じゃねぇ。 -- 名無しさん (2010-04-22 06:12:37) - マリアリ期待してたのに死ねよ -- 名無しさん (2010-04-22 20:46:04) - こうしてセンチメンタルに死んだ魔理沙ですが &br()普通に泥棒の罪で地獄行きになりましたとさ -- 名無しさん (2010-04-24 07:48:50) - まぁそうなるよな -- 名無しさん (2010-04-24 15:33:17) - 確かに地獄行きだな -- 名無しさん (2010-04-25 16:54:45) - 罪作りな女だ……。 -- 名無しさん (2010-07-11 14:32:30) - 再現度の高いキャラ造形がいい感じだった -- 名無しさん (2010-11-01 20:43:01) - そーなのかー -- 名無しさん (2013-10-21 00:38:18) - 勝てないまま衰弱死の結末も見てみたかったな。 -- 名無しさん (2014-09-18 22:04:41) - 輝針城魔理沙B「………え?」 -- 名無しさん (2014-09-19 23:39:48) - 魔理沙はゴミクズじゃありませんよ後魔理沙の勘当された理由って強すぎたからじゃなかったけ? -- ローズ (2016-02-04 12:39:10) - ↑我が? -- 名無しさん (2016-02-29 03:14:03) - 霊夢マジ天使  &br()魔理沙最後は会えてよかったな &br() -- 名無しさん (2016-04-23 02:06:27) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
 蒐集したマジックアイテムの海に溺れたまま目覚めた魔理沙は、どうしてこんなことになったのか考えようとしたが、後ろ向きな姿勢はマイ流儀ではなく、むしろ前のめりに死ぬのが霧雨にふさわしい最期だと思ったのでまずは行動とすることにした。  そんなわけで魔理沙はちょっぴり焦げついてよれよれになった帽子を被り、横半分を吹っ飛ばされて文字通り半壊した霧雨邸から出かけたのであった。  主も留守とし、廃墟のように鬱蒼とした中身を晒す霧雨邸の床板には、一枚の紙切れがナイフに刺されたまま放置されていた。 『お目覚めかしら。貸し出し料として、貰うものは貰っていくわね』  空は赤く、陽は低い。最早良い子と普通の人間は外出しない、妖怪たちの時間である。  空は赤いが空を写す湖はもっと赤い。  なぜなら赤より紅色な館を傍らにしているのだから、全体的に赤くなるのが道理というものである。  真っ赤な湖面に、黒白の衣装は目立つ。門番まで紅いとなおさらである。  魔理沙の姿を確認した美鈴は身構えた。だが魔理沙はいつものようにいきなりレーザーやらミサイルなんぞを撃ち込んでくる様子もなく、にこやかに手を上げてくる。 「き、気色悪い……。さては空腹のあまり変なキノコでも食べたのね!」 「いや、別に巨大化したり分裂したりはしてないがな。それにこのポーズは宇宙人にも通じる銀河が 認める友好の姿勢らしいぜ」 「だが、悪魔にそのようなものは通用しない!」 「お前妖怪だろ」 「そうだったわ。でも、どういう風の吹き回しなの?」  いやなぁ、と呟きながら魔理沙は紐で縛りつけた何やら重そうなものを持ち上げた。 「こいつをパチュリーに渡してくれないか。んでそのうえで奴を呼んでほしいんだが」 「何企んでる……うわ、まさかこれは!?」  美鈴は魔理沙から受け取った《ソレ》があんまりにもあんまりな代物だったので、思わず取り落としかけた。が、万一汚れの一つでも付けようものなら美鈴の命自体がヤバイのでなんとか空中で再キャッチ。  腕の中でずっしりくる重量の塊。黴臭い香り。埃の匂い。  間違いなく、紅魔館の大図書館が誇る蔵書の幾冊かだった。 「雪が降る! いや、弾幕が降る! いやいや、陰陽玉が降ってくる!! どうしたの魔理沙!?  やっぱりアンタおかしなキノコ食べたのね!? 今吐き出させてやるから動かないでよ!」 「いや待て話聞け気功はやめろやめぅぇっ」  美鈴の色んな意味での気合いを込められた拳が魔理沙の胃袋を直撃。胃液が逆流し食道が蠕動、すっぱい匂いをさせた胃袋の中身を魔理沙は吐き散らした。  けれど、紅魔の門前に広がった吐瀉物は、黄色い胃液だけ。  あれ、と美鈴は頭を掻く。 「消化したかな」 「……おかげさまで今んとこ正気だぜ」 「ならますますおかしい。どうしたのよ、ほんとに」 「いいからパチュリー呼んできてくれ……お前に用はない」 「まあいいけど」  とは言っても美鈴が呼ぶ必要はない。メイドに魔理沙の言付けを託し、図書館に本を持って行くように指示するだけだ。あとはメイドが小悪魔に渡し、小悪魔がパチュリーに渡すというルートを辿ることとなる。  その間、詫びがわりに美鈴は軽く気功で魔理沙の疲労を癒してやることにした。  珍しく減らず口の一つも叩かずに、魔理沙は黙って治療を受けている。  それもそのはずで、よくよく治療を続ければ魔理沙は身体中あちこちに傷を負っていた。本来なら医者に診てもらい、安静にしている方がよいくらいの傷である。 「――大丈夫?」 「ああ、私は丈夫だ。心身ともに丈夫だぜ」 「丈夫な割りにはこっぴどくやられたじゃない。誰にやられたのよ」 「傷痕の種類から考えたらどうだ」  自分からは口に出したくないらしい。意地っ張りめ。  美鈴は仕方なく、魔理沙の傷を再確認し、気付いた。  切り傷、火傷、凍傷、打撲痕など、そのバリエーションは暇がない。  これほど多彩な傷跡を作れる人物など、そうもおるまいのではないか。  けれど、美鈴にとっては馴染み深い傷の種類でもある。 「まさか――」 「めーりんさん、めーりんさん、パチュリー様から伝言ですー」  館の方から、小悪魔が飛んできた。  最早間違いあるまいと察する。 「えーとですね『貴方が持っていった本はこれで全部じゃないし、勝負に負けたのだからそもそも返 す道理がない』とかなんとか」 「だってあいつ私ン家巻き込む勢いでロイヤルフレアだぜ。そりゃ一冊や二冊消し炭にもなるぜ」 「失礼ですね。うちの蔵書は耐水耐火その他諸々の処理を施しているので、そうそう簡単に朽ち果て たりしませんよ」 「じゃあお前は自分の主人が喘息の調子いい時に全力でぶちかます魔法の方が、蔵書より弱いってい うのか」 「……今日珍しく出かけたと思ったら、そんなことしに行ってたんですか」 「いい迷惑だぜ」  身から出た錆だろうに。普段魔理沙は紅魔館のあらゆる場所にマスタースパークだのなんだのをぶちかまし、蔵書だけと言わずあらゆる紅魔館の財産をかっぱらっていたのではないか。  しかし反省していなければこのように本を返しに来るわけもないので、美鈴はその点について責めることだけはやめにしておいた。  魔理沙はあー、などと呻き声を漏らし、天を仰ぐ。 「参ったな。話どころか会う気すらないのか……しかし私はどうしても奴と話をつけに行かなきゃな らん」 「あー、つまり、強行突破するつもりですか。いつものとおり」  小悪魔はとてもげんなりした表情になる。美鈴が魔理沙を止められなかった場合、彼女が図書館を守る最終防衛ラインなのであるが、美鈴より弱いのだから話にならない。  美鈴は呼吸を整え、気を落ち着けた。魔理沙が紅魔の門前にいる以上、止める役目はまだ美鈴のものである。 「じゃ、いつものとおり、私が相手をするわよ」 「じゃあいつものとおり、やられてくれんかね」 「あー、負けたなー……さすがにここで負けるとは思ってなかったな」 「そりゃこっちのセリフよ」  いつものとおり、美鈴が本気で門前払いの弾幕ごっこを仕掛けたら、スペルカードを全て出し切るまでもなく魔理沙は撃沈してしまった。  彼女の弾幕ごっこスタイルは実にわかりやすく、バリバリ高速で動いてドカドカ撃ち込みドカンと相手と相手の弾幕ごと薙ぎ払うという、やられる方にしてはたまったもんじゃない戦法である。  だが今日の魔理沙はケガをしているからなのか、動きにキレはなく、レーザーはすぐに途切れ、お得意のマスタースパークに至っては出すことすらしなかった有様である。  そりゃあ負けるだろうと、美鈴だって思う。 「なんか全体的に、いつもの魔理沙らしくないじゃない」 「いつでも私は全力全身全霊で霧雨魔理沙だぜ」 「それで魔砲の一発も撃たないんなら、ずいぶんとアンタの全力全身全霊は質が下がったのね」 「仕方ないだろ。八卦炉なしにあんなもん素で撃てるほど魔力あるの、紫とか幽香とかここの妹様くらいだぜ」 「壊れたの?」 「まあそんなとこだ」  穴だらけになってしまった帽子を被り直し、魔理沙は箒にまたがる。 「今日の所はもう仕方ないからこのへんで許してやるぜ。パチュリーには『他の本は見つかり次第届ける』って伝えといてくれ」 「嘘ばっかりついていたら地獄で舌抜かれるわよ」 「羊飼いの気持ちが今一瞬わかったが、私の場合狼も魔砲で薙ぎ倒すから別にどうでもいいのか」 「その魔砲が使えないんだから、気をつけなさいって」  心配無用、と言わんばかりに魔理沙は親指をおっ立てて、藍色に染まった空をへろへろと行ってしまった。  その日から、魔理沙の紅魔館門前払いな日々が続いたのだった。  翌日、魔理沙は瓦礫の海から発掘してきたと言って、二冊ほどの魔導書を携えてやって来たが、それでもまだまだ足りないというのでパチュリーは姿を現さなかった。  つくづく自業自得なのであるが、それは全くの事実。パチュリーの言い分はもっともで、結果的に魔理沙は弾幕にものを言わせて強行突破を試みるのだが、回復しきっていない身体で勝てるはずもなく、追い返されるのである。  魔理沙は足繁く紅魔館に通ってきた。  弾幕ごっこの余波でちぎれてしまった魔導書のページを修復し、持ってきたこともあった。  紅魔館に到着する以前に、チルノからほうほうの体で逃げ切ってきたこともあった。  大蝦蟇に魔導書を喰われてしまい、排泄物の中から発掘してきたこともあった。  それでも盗ってきた全てに及ばないのだから、業は深い。 「反省するのはいいことだけど、一部はもう完全に焼失してるんでしょう? 諦めた方がいいわよ」 「諦めたらそこで試合終了だぜ」 「いや、終了させろって言ってんのよ。せめて弾幕ごっこはやめなさいよ。……その、勝てないんだから。怪我増えるだけよ」  今や魔理沙の身体に包帯は必需品となっている。服は擦り切れているし、髪は荒れ放題だ。頬もやつれてきているし、目の下には隈が出来ており、どういった生活を送っているのか推して知れる。  気になったので妖精メイドに頼んで霧雨邸の様子を伺いに行かせたところ、もはや住居として活用できる部屋はほとんどなくなっているらしい。  オマケに厨房や床暖房機能なども破壊されてしまい、八卦炉もないので暖を取るどころかまともな食事すらままならないのが現状のようだ。  このままでは遠からず弱りきったところを妖怪に喰い殺されるか、勝手に衰弱死するか、飛行中に気を失って墜落死するかして、閻魔の世話になるだろう。 「アンタ魔法使いなんだから、新しいアイテム開発することも出来るでしょう」 「このまんまじゃあ香霖に申し訳が立たないからな。何よりパチュリーの奴にやられっぱなしでひきこもったまんまでいられているっていうのが、気に喰わん」 「気に喰われる前に、アンタが妖怪に喰われるって。せめて巫女の所にでも行ってまともな生活送りなさい」 「霊夢に施し受けるくらいならお天道様を見て笑いながら死ぬぜ」  そう言って魔理沙は、再び美鈴に弾幕ごっこを仕掛けて負けて帰るのである。  正直言って、耐えられない。勝てない相手に毎日のように押しかけられるのも困りものだったけれども、明日死ぬかもわからない相手を叩きのめすのも、美鈴の気質に合わないのだ。  魔理沙の後姿を見送ってから、美鈴は決意した。  拳を握って、図書館へと向かう。 「パチュリー様、話がございます」 「あら、美鈴。最近ねずみ取りが上手になったみたいね」  眠そうな瞳で本を読んでいたパチュリーは、横目で美鈴を眺めた。  本を置く気配はないようなので、そのまま話を始める。 「魔理沙は大変なくらい色々盗んでいきました。けれどもう、かなりの数を返却したのではないですか?」 「そうね」 「ならもう、返してあげてはいかがですか。八卦炉。どうせパチュリー様の魔法には、相性が悪いでしょう」 「駄目よ。今は反省しているように見えても、元に戻れば同じことの繰り返し。人間はそういうものだから」  色々と言い返せないあたりが魔理沙の人間性である。本当に狼少年だ。  美鈴はため息をつく。もう情けで攻めるしかない。 「なら、せめて会ってあげてはいかがです。その程度の誠意は、魔理沙は見せてますよ」 「そうね……じゃあ、会いに行こうかしら」 「え? ホントですか」  意外とすんなり立ち上がったパチュリーに、美鈴は拍子抜けした。  空を滑るように移動する紫の魔女は、本棚から一冊の本を取り出すと、留守番をよろしくね、と小悪魔だか美鈴だかに言い残し、行ってしまった。  後に残された美鈴は、なんとなしにパチュリーが本を持ち去った棚を見た。 「……お料理本コーナー?」  魔法の森の上空を飛びながら、魔理沙は考えた。  美鈴に色々言われてしまっているように、魔理沙もいい加減自分に限界が訪れ始めていることくらいは理解していた。  香霖に言わせれば八卦炉が返っても使用者がいなければ元も子もない、というところだろう。魔理沙だってそうは思う。  だが、半壊して魔法的、生活的な機能が死んだ霧雨邸を捨てて誰かに養ってもらうとは言っても、頼れる相手が見つからない。  なんだかんだ言って何日でも泊めてくれそうなのが博麗神社の霊夢ではあるが、彼女に借りを作るのは嫌だ。それはもう、本当に、死んだ方がマシだと思えるくらいである。  で、次に気楽に頼めそうな相手が香霖なのであるが、何せ事の発端が八卦炉を奪われたことだ。色々気まずくてとても頼めそうにない。  最後にアリスという手もあるにはあるのだが、八卦炉を失って弱体化した魔理沙に彼女が何しでかすかわからないというのが冗談抜きで怖い。一応は異性である香霖よりヤバイと確信して思えるのだから、やはり人も妖怪も普段の行いというのは大事ということであろう。  本来ならここで人里に逃げ込むという手段が、人間である魔理沙には残されているのだが実家に勘当された身分としてはこれも難しい。  本当に命が惜しければどこかで妥協するしかないのだろう。 「……香霖に謝るか」 「その前に謝る相手が他にいるでしょうに」  陰鬱な声が空から降ってきた。  見上げると、そこにはここ数日の魔理沙が会おうとやっきになっていた、七属を統べる紫の魔女がいた。  妖怪という連中は大概気まぐれなもので、それはパチュリーとて変わりはないのだろう。 「ああいたな。中国とか。ここんとこ迷惑かけっぱなしだったからな」 「念入りに謝っておきなさい。今ここでついさっき、帰ったら美鈴を虐めることが決められたばかりだから」 「で、どういう風の吹き溜まりだよ」 「風は回すの。溜めてどうするのよ」 「ひきこもっているお前の場合、溜まる一方だろう。得意な属性に風は入ってないみたいだし」 「どの程度反省したかこの目で見ようと思って腰を上げたのよ。予想通り、まだまだこれは返せそう にない態度だけれど」  八卦炉をちらつかせる。  魔理沙は眉をひそめた。 「じゃあ様子を見るためだけに出かけたってのか? お前が。そんなこたぁあるはずないだろ。よりによってお前が」 「察しがいいわね。そう、今日はこの前と同じように、賭けをしに来たの」 「またかよ」  さすがに痛い目を見ている真っ最中なので、魔理沙と言えど嫌な気分にもなる。  数日前、突如霧雨邸に乗り込んできて『貴方の八卦炉と私が貸し出した本を賭けて遊ばない?』と持ちかけてきたパチュリーのせいで、魔理沙はしなくていい苦労を強いられているところなのだ。  元はと言えば、死ぬまで借りる予定だった本と大事なマジックアイテムをかけて遊ぶという時点で、お盆の底より浅慮なわけだが、持ち込まれた勝負から逃げるほど魔理沙は器用に出来ていないのである。  つまり、今回もその気質からはどうしても逃げることが出来ないわけで、どんなに気がすすまなくても結局勝負は受けるつもりなのだが。 「で、何を賭けるんだよ。今回の場合、私は言うまでもなく八卦炉を取り返させてもらうわけだが、パチュリーが私から欲しいものなんてあるか? 私の大事なコレクションはお前さんの糸目から見りゃただのガラクタだろうに」 「そう、全く、そのガラクタとウチの蔵書を一緒くたにしないでくれる?」 「私ゃ平等でね」 「本当に。魔理沙の家に放り込めば全部平等に価値がなくなるもの」 「いらないものがどうでもいいものになるんだとしたら、それはそれでプラスマイナス釣り合ってるだろ」 「どうでもいいものに埋まっているとあなたまでどうでもいいものになるわよ。そうなる前に、一つ手を打っておこうと思うの。煮るのと焼くの、どっちがいい?」  そう言って、パチュリーは付箋の付いた本を魔理沙に渡した。 『煮ても焼いても食べられない人間の美味しい調理法』  ほっかほかの美味しそうな人肉料理が表紙を飾っていた。  なんとなく夜雀が鰻の屋台を始めた気持ちが理解できたような気もしてくる。 「マジで喰うつもりだったとは。つまり負けたら喰われるのか。食的な意味で」 「小食だから大部分は保存食にして数年かけてじっくり全部食べる予定よ」 「天然魔女はどうだか知らんが、人間は細胞が七年で全部入れ替わるらしいぜ。七年間私の屍肉だけ喰っていれば、パチュリーは私になってるかもしれないな」 「興味深い実験ね。試してみるわ」 「煮ても焼いても揚げても茹でても生でも喰えないってこと、教えてやるぜ」 「とりあえず、総て手当たり次第に試してみるわ」  調理書の付箋にしていたスペルカードを、パチュリーは取り出す。  魔理沙は帽子を被り直した。 「賢者の石」  宣言の後、五つのグリモワールがパチュリーの周囲を展開。ページが魔力の波で開かれ、拾い上げられた文字がそのまま弾丸となって魔理沙に降り注ぐ。  それぞれの属性によって軌道、発射速度の違う弾の雨は、みるみるうちに回避空間を占領。わずかに開いた隙間ですらいつ弾幕に侵略されるか、わかったものではない。  オマケに以前フランドールと遊んだ時より、明らかに弾幕密度が濃くなっている。おそらく八卦炉の力を上乗せしているのだろう。  これはもう、どう考えても初見で避けきれるものではない。  けれど魔理沙の体力は、先ほど行った美鈴との弾幕ごっこでもうほとんど残っていない。一発被弾しただけで落ちる、絶対の自信がある。  ただ、負けるつもりはない。  一目でグリモワールの位置、危険と思われる弾の射線を確認。あとは覚悟を決めて、まっすぐに突っ込む。  弾丸が腕や服の傍をかすり、帽子を突き刺して攫い、箒の端々に被弾して行くが、速度を緩めれば死ぬ。恐怖心を殺し、パチュリーとの距離を詰める。  魔理沙もまた、スペルカードを取り出す。 「恋符――」  スペルカードを握った右手をそのまま、パチュリーめがけて叩き込む。  肉弾戦の距離まで接近した魔理沙だったが、パチュリーの展開していたバリアに拳は阻まれた。そもそも、スペルカードバトルに肉弾戦という概念は存在しない。だから別にそれ自体は構わない。  問題は、この距離まで持ち込めるかどうか、ということだけだったのだから。 「ノンディレクショナルレーザー!」  八卦炉の補助がないので、レーザーは細く、短く、さらには二本しかない始末だった。  けれど出力自体は全く殺していない。骨の髄にまで眠る魔力を総動員する勢いで、拳から発した二条のレーザーを捻り出し、パチュリーのバリアをひたすらに削る。  魔力は瞬く間に底を尽き、レーザーは急激に萎む。それと反比例するようにバリアに入った罅が広がる。  そして、叩きつけた拳が送り込まれた魔力とバリアとの相殺に耐え切れず、壊れた。  同時に、グリモワールが展開していたバリアも粉砕。五冊の魔導書は力を失い、地面に墜落した。  魔理沙の右手から噴き出た血を頬に浴びたパチュリーは、その赤い雫を指で拭き取ると、子供のような表情で咥え込んだ。 「……自分の魔法で負かされるとは思ってなかったわ」 「……贋物が本物に敵わないなんて道理はないって、どっかの弓兵が言っていた……」 「というか、私はこんな変な使い方しない――けほっ」  パチュリーは背を丸めて咳き込みだした。一度そうなると中々止まらず、たっぷり一分ほど咳き込むと、ずいぶんと青白くなった顔を魔理沙に向ける。 「……調子が良くない時に外出するものじゃあないわ。ほら、これは返す」 「……中国より、お前の攻略法を優先して……考えていた、甲斐があったぜ」 「魔力も……さっきの一撃のために残してたのね……やられた」  心底悔しそうに、パチュリーは八卦炉をへたり込んだ魔理沙の頭の上に置いて、背を向ける。  だが、魔理沙は自身の勝利に満足していない。なぜなら、今回はパチュリーにやられっぱなしで、ようやくプラスマイナスをゼロにしたところなのだ。ここでもう一つオマケにやり返さねば、勝ったことにはならないだろう。  ただ、残念なことにパチュリーも魔理沙も体力、魔力共に底を尽き、最早ダメージを与えられる武器と言えば、口先くらいしかない。 「私なんか喰って……どうするつもりだったんだ」 「だって、魔理沙が死ねば本は返してもらえるもの」 「えらく……短絡的だな」 「そうでもないわ……どうしても寿命の短い貴方と死ぬまで一緒にいられる手段でもあったし、七年魔理沙だけ食べ続けられたら……とても素敵だったのに」 「もてる女は……つらいぜ」  パチュリーはそのままふらふらと、木陰の下を飛んで去って行く。  魔理沙はその背中を見送って、見えなくなったら、帰ろうと思った。  気がついたら、空には星が散り、月が浮かんでいた。 「……寝ちゃったか」  相当疲れていたらしい。目的を達成したとたん、気も緩んでしまったのだろう。周囲に誰もいなくなったとたん緊張の緒が切れるあたり、自分らしいなと、魔理沙は一人で笑ってみた。  箒を地面に突き刺し、体重を込めて立ち上がろうとする。  ぽきっ、という軽い音と共に、魔理沙の体重は宙に浮いた。次の瞬間には、魔法の森の腐葉土に、顔面から突っ込む有様である。  手の中の箒を見る。半ばで折れていた。弾幕ごっこの時、無茶をさせすぎたかもしれない。  這いつくばって木の幹にしがみつき、膝に力を込めてなんとか立ち上がってみる。  いざ立って歩いてみると、どうとでもなりそうだった。 「にんげんー」  闇夜から降ってきた声が誰かはわからなかったが、少なくとも人間以外であるのは一言で知れた。  魔理沙は思わず、引きつった笑みを浮かべてしまった。  何せ、もうそれくらいしか出来ることがない。 「にんげんのにおいがするー」 「……見えてないのか」  近づいてきた暗黒球体を見上げて、魔理沙はそいつから距離を取った。  だが移動する足音で気づかれたのか、暗黒球体はふよふよと魔理沙のもとに降り立つ。  普段なら亀と鷹ほどの移動速度があるので相手にも出来ないが、相手を亀すると魔理沙は今、なめくじ並の速度しか出せないので、逃げることすらままならない。  ぱしゃんと割れた闇の中から現れたのは、金と黒が印象的な、宵闇の妖怪、ルーミア。  彼女は八重歯を見せて、とろーんとした笑顔でたずねてきた。 「あなたは食べてもいー人間?」 「……いんやっつっても、喰うのがお前ら妖怪だろうが」 「じゃあいっただっきまー――」 「待て、妖怪は人間だけで生きるに非ずというぜ」 「武士は喰わねど高楊枝っても言うよね」  色々と泣けてくる。  逃げ切ったり、ましてや追い返すだけの余力が、それこそ八卦炉の力を借りても今の魔理沙にはない。どうしたってこのまま喰われて終わるしかないのか。  あれこれ考えた末に、魔理沙はたずねてみた。 「お前、腹減ってんのか」 「すこしー」 「じゃあ私を全部喰いきるのは無理だろ」 「そーだなー」 「そこで提案があるわけだが」  血が足りなくて脳に充分な量の酸素が供給されていないのか、意識が朦朧としている。  熱と痛みを持った右肩を抱えながら、魔理沙はなぜだか階段を登っていた。  身体のバランスが悪くて、何度もこけてしまう。そのたびに作った擦り傷や打ち身の痛みは、いつしか右肩の痛みに喰われたように、亡羊として感じ取れなくなってしまっていた。  焦げついたエプロンドレスの右肩口から先は、無い。  ルーミアにくれてやった。  まさに苦肉の策だが、丸呑みされるよりかはマシなのでどうしようもない。パチュリーが知ったらさぞ悔しがるだろう。  齧り取られたままの傷口を放置し、出血したままではやっぱり死ぬので、みそっかすのような魔力を使って撃ち出したレーザーで焼け焦げさせ、無理矢理血管は収縮させておいた。  ただ、どっちみちこのままではちょっと早いかものすごく早いかの差で死んでしまうので、早々と治療してくれるような場所へ、赴かねばならない。  一番近かったはずの自宅は無意味だ。魔理沙自身、回復魔法は得意でないし何より現在の霧雨邸は魔法使いの工房としての能力が死んでいる。  確実に助かると言えば永遠亭だが、距離がある。ただ、それでも行く価値はあったように思う。  助かるか死ぬかは五分五分だが、香霖の所へ赴けば力になってくれたのは確かであろう。  けれどなぜか今の魔理沙は、見慣れた鳥居を見上げて、階段を登っている始末だ。  ここに行って、助かるのか?  答えは限りなく否としか出ないことは、理性ではわかっていたはずだ。  それでも魔理沙は、紅白の友人のもとを目指していた。  足が勝手に赴いただけのような気もするが、あえて言うなら、他の場所に行きたくなかった。  また足がもつれ、魔理沙は階段の途中で倒れこむ。  体重を持ち上げるのがつらい。重力に逆らうことが恐ろしく重労働だ。  左腕だけでなんとか立ち上がろうとするけれど、ここに来て、ついに残った一本の腕では、自らの身体を支えきれなくなった。  首を動かすことさえ億劫だけれど、せめてもと鳥居を見上げてみる。  なぜだかとても寂しくて、涙が出てきた。  博麗霊夢の幸せな入浴タイムは、あいかわらず騒がしい妖怪どものせいで中断させられた。  というか、自主的に中断してとりあえず境内を歩いて見つけた奴から退治するという心づもりでいたわけなのだが、本人自身にとっては瑣末事である。  右手にお祓い棒、左手に針、懐にお札、周囲に陰陽玉のフル装備で妖怪たちのかしましい声がする神社の入り口、鳥居の下の階段へと向かう。 「こらーっ! あんたら何やってんのよー!」  武器をちらつかせ、声を上げただけで集まっていた妖怪たちは次々と去っていった。正義は勝つ。  けれど、まだ気配が残っていた。往生際の悪い奴もいたものだと、霊夢は階段を降り始め―― 「……魔理沙?」  あちこち破け、擦り切れ、焦げついたエプロンドレスを身に纏い、五体不満足で行き倒れたその姿は間違いなく、毎日のようにお茶をたかりに来ていた普通の魔法使いだった。  今はあまり、普通とは言えないかもしれない。 「魔理沙! どうしたの?」  抱き起こそうとして、霊夢は気づいた。  冷たい。  生物として取り返しがつかないくらい、体温が低い。 「魔理沙……」 「れ……む……?」  抱き起こすと、 閉じていた目を、魔理沙は開いた。  真っ白になった唇の中で、わずかに舌が動いた。 「……よぉ」 「……ずいぶんと、大変そうじゃない」 「片は……ついてるぜ」  唇がわずかにひきつったのは、笑おうとしたからだろうか。  霊夢の中で、返す言葉が出てこない。  どうにかならないかと頭を巡らせているのだ。  けれど、どうにもならないと、理性や、直感や、本能が、確信として告げている。  魔理沙は濡らした瞳を、ほんの少し、細めた。 「おまえが泣いてるとこ……初めて……見たぜ」 「私だって――たまにはあくびくらいするわよ」 「――なぁ……」  魔理沙の左腕が、わずかに震えたことを霊夢は感じた。  急いで左手を握り締める。  生きていない者の、感触がした。 「何よ」 「お前を泣かした奴なら……ちゃんと私が……ぶっ飛ばすからさ」 「……魔理沙」 「だからもう――」  魔理沙の喉から、息が切れた。  最期に動いた舌だけが、音のない言葉を告げた。  そのままもう、魔理沙は何も映さない瞳で、霊夢を見つめ続けた。  わずかに残った体温すら、夜風は容赦なく奪って行った。 「まりさぁ……っ」  少女の願いは叶われることなく、少女の嗚咽はいつまでも続いた。 ---- - でも――魔理沙は最後に霊夢に会えたんだな。 &br()親友の胸で、声を聞きながら逝けたんだよな、 &br()てかパチュリー本気で殺すならさっさとやってやれよ… -- 名無しさん (2009-01-10 12:52:35) - イイハナシダナー -- 名無しさん (2009-03-11 02:12:01) - このSSで語られている格言は二つ。 &br()同じ家に押し込み強盗を繰り返してはいけません。 &br()同じ魔法使いというカテゴリー内で格上の先達が病弱なのを良い事に無法を尽くしてはいけません。 -- 名無しさん (2009-03-17 02:01:45) - 魔理沙はゴミクズ。 &br()ぱちゅりーはもっとゴミクズ。 &br() -- 名無しさん (2009-08-23 01:21:44) - パチェが魔理沙に料理をつくってやる展開かとおもったら -- 名無しさん (2009-08-26 22:00:22) - パチュリーにきっつーいお灸を据えられた魔理沙。 &br()でもこの後、魔理沙は魔族として復活、パチュリーの嫁になるでしょう。 -- 名無しさん (2009-08-29 03:55:53) - ルーミアとのやりとり&取引が凄く魔理沙らしく思える。 -- 名無しさん (2009-08-29 09:46:08) - キャラの性格がそれっぽくつ、いいですね -- 名無しさん (2009-10-12 00:08:45) - 無駄にまじめで無駄に義理堅くて無駄に意地を張る。 &br()なんでそんな魔理沙が泥棒なんて始めたんだろうか。 -- 名無しさん (2009-10-12 02:44:56) - ↑真面目に考えた。 &br()親に愛情を受けていなかったから強奪と言う犯罪に走ったんじゃね? -- 名無しさん (2010-04-20 12:39:10) - 親に愛情をそそがれなかったから善悪の価値観が少しずれてるor強奪をすることで人にかまってもらいたいとか? -- 名無しさん (2010-04-21 07:01:26) - ↑うん、実際有るだろ? -- 名無しさん (2010-04-21 19:23:20) - 取り敢えずアリスww -- 名無しさん (2010-04-21 22:51:39) - 傍若無人な振る舞いができるのもスペカルールの庇護によるものなんだから、身の程を弁えましょうってことだね。 &br()霊夢ならいざしらず魔理沙じゃねぇ。 -- 名無しさん (2010-04-22 06:12:37) - マリアリ期待してたのに死ねよ -- 名無しさん (2010-04-22 20:46:04) - こうしてセンチメンタルに死んだ魔理沙ですが &br()普通に泥棒の罪で地獄行きになりましたとさ -- 名無しさん (2010-04-24 07:48:50) - まぁそうなるよな -- 名無しさん (2010-04-24 15:33:17) - 確かに地獄行きだな -- 名無しさん (2010-04-25 16:54:45) - 罪作りな女だ……。 -- 名無しさん (2010-07-11 14:32:30) - 再現度の高いキャラ造形がいい感じだった -- 名無しさん (2010-11-01 20:43:01) - そーなのかー -- 名無しさん (2013-10-21 00:38:18) - 勝てないまま衰弱死の結末も見てみたかったな。 -- 名無しさん (2014-09-18 22:04:41) - 輝針城魔理沙B「………え?」 -- 名無しさん (2014-09-19 23:39:48) - 魔理沙はゴミクズじゃありませんよ後魔理沙の勘当された理由って強すぎたからじゃなかったけ? -- ローズ (2016-02-04 12:39:10) - ↑我が? -- 名無しさん (2016-02-29 03:14:03) - 霊夢マジ天使  &br()魔理沙最後は会えてよかったな &br() -- 名無しさん (2016-04-23 02:06:27) - おぉ、何故だ、魔理沙なのに泣けた -- 犬型ロボットむきゅー (2016-06-06 18:38:15) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

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