「春告げの裏で:2スレ791」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

春告げの裏で:2スレ791」(2018/08/06 (月) 20:58:20) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

※これは『幻想郷のキャラをいぢめるスレ2』の>>775を元に妄想したものです。※ ※とはいっても>>775を踏まえて読むと、色々と酷いことになりますのでご注意下さい。※ ※>>775の中の人、切っ掛けを有難う。あのレスが無ければ多分これもなかったです。※ ※このスレは本当に天国みたいな所だなぁヒャッホォー! 皆さんの妄想で楽しませてもらってます。※   春告げの裏で   雪が溶け、幻想郷にもいよいよ春がやってくる。   麗らかな空気と暖かな日差しに安心する生物は多い事だろう。   僅かばかりの蓄えを切り崩しながら冬を生き延びた者にとっては尚更である。   そんなある日の事、神社の一角がいつもより少しだけ賑やかになっていた。 「はい、これ十三枚。そっちの人、署名見せて」   霊夢は神社を訪れた数人の男の対応に追われていた。   男達からそれぞれ署名を受け取り、そこに記された建築物の数だけ符を手渡す。   三人の男は望んだ枚数の符を受け取ると、何度も礼を言いながら神社を後にした。 「全く……毎年この時期は嫌になるわ」   境内で溜め息をつく霊夢に、神社の中から慧音が声を掛けた。 「お疲れ様。茶を淹れたぞ」 「気が利くわね。よーし休憩休憩」   霊夢も神社へ入り、労働の後のお茶を楽しむ事にした。 「休憩中にすまないが、在庫の確認だけしておかないか」 「あぁ、そうね。でもわざわざ数えなくていいわ」 「何故だ?」 「覚えてるから。今の残りは四十二枚よ」 「そうか。しかし、やはり全然足りないようだな……」 「まぁね。ウチにある分は、元が戦闘用だった符も含めて全部出しちゃったわ」 「私のツテのほうからも今日持ってきたので最後だ。もう出てこないだろう」 「霖之助さんが、手に入り次第提供してくれるとは言ってくれてるけど」 「不確実なら当てにはできないな」 「そういう事ね」   茶を啜りながら、二人は符の確保に頭を悩ませていた。   春になると、先程のように霊夢の簡易結界を封じた符を求める人が多く訪れるのである。   その用途は、春告げの妖精が撒き散らす流れ弾の対処だ。   流れ弾といっても、家屋に穴を開ける程度の威力は併せ持っている。   下手に被弾すれば、それこそ死の可能性だって否定できない。   力なき者にとっては、春告げの妖精ですらも恐ろしい死神と変わらないのだ。 「収入さえあればどうとでもなるんだけどね。職人に作らせるなりしてさ」 「だが、彼らから代金は取れまい」 「分かってるってば。だからこうして頭抱えてるんじゃないの」   現状では、霊夢を頼ってくる人々の全てに符をまかなう事はできない。   ひとえに、符の数そのものが足りないからである。   霊夢が込める結界の力は、言ってしまえばタダでの提供も出来るが、   結界を封じる媒体がなければ、直接出向かなければ家屋を護れない。   必然的に媒体である符に結界を宿して配布する事になるが、その符は無料ではない。   それだけならば買い足したり、作成依頼を出したりして補充すればよい。   だが、霊夢は今、この符を無料配布しているのである。   手放した符に対する収入が無い以上、新たな符の補充にも限界が来る。   ならば代金を取れば、としたい所ではあるのだが、そう簡単にもいかない。   神社へ来る者の殆どは、自分達では流れ弾への対応が出来ずに霊夢を頼っている。   挙げられる対応としては、家屋の強化だとか、守護者の雇用だとか、壊れた家の修復だとか、そんな具合に幾つもの候補がある。   しかし、そのいずれも実行の為には先立つものが必要なのは当然の話。   厳しい冬を乗り切った直後で、それらの対応に割く余力の無い小さな集落など、珍しくも何ともないのである。 「あぁ、これさえなければいい季節だってのに」 「ふふ、博麗の巫女も苦労するな。私も協力は惜しまない、一緒に頑張ろう」 「あんただけよ、この時期の私の苦労を分かち合えるのは」 「次は酒でも差し入れようか。愚痴くらいなら聞いてやれるからな」   § 「何でだよ! 俺の村はまだ符を貰っていないぞ!」 「こっちもだ! 道中、妖怪に怯えながらやっとここまで来たんだ! 手ぶらで帰れるかよ!」 「先着順だなんておかしいよ、遠くの村が圧倒的に不利じゃないか!」   用意した分の符が尽きると、決まって霊夢に浴びせられる言葉。   救われる者と救われない者があれば、救われない者が嘆く。   そしてその矛先は『他人を救ったのに自分を救ってくれない』霊夢へと向かう。 「無いモンは無いのよ、頼むから無理言わないで頂戴」   怒っているのか悲しんでいるのか、複雑な表情で霊夢はそう言い放つ。   今年は先着順にした。遠くの村が不利なのは承知だった。   去年は抽選にしたが、それでも当たらなかった所からは当然のように文句が出る。   どう足掻いても、符が貰えない村がある以上は霊夢が責められる。    元凶である春の妖精を退治してしまえば良い。   誰かがそう言った事がある。霊夢は慧音と相談し、対応を決めてきた。   結論は、常に否だった。   春の妖精には人に対する敵意が欠片も存在していない、というのがその理由だ。   あの妖精の春告げは習性というよりも、むしろ本能とでも呼ぶべきものなのである。   ある特定の対象に害を及ぼすからといって、霊夢が直接干渉するのは望ましくない。   だから『例えば』の話、幻想郷に住まう誰かが決起して妖精退治に出向いたとする。   もしそうなったならば、霊夢は決して止めはしない。   妖精の排除を求めた者が意思と力を以って事を成すならば、それも自然の成り行き。   今の霊夢はこう言うしかない。 「悪いけど、今すぐの対応は出来ないわ。日を改めて貰えないかしら」   §   結局、男達は散々文句を怒鳴り散らしながら神社を去っていった。   時刻は夜。   霊夢は憂鬱な気分を抱えたまま布団を広げていた。   頼ってくる人々を、助けたくないわけではない。   春告げの妖精をどうにかしてしまえば一気に解決するという事も分かっている。   中途半端な博愛。ぐらついた平等。何処か捻じ曲がった甘さ。   妖精に甘く、人に厳しく当たっている現状は果たして正しいのだろうか。   春告げに対し、それを自然の一環として黙認し続けていいものか。   だが、春告げを止めると春の妖精はその存在意義をなくしてしまう。   生物にとって存在意義が消えるのは、個体の死に等しいのではないだろうか。   まして相手は春の精。春告げ以外の存在意義を併せ持っていない。   春を伝えて、ただ消え去っていくだけの儚い存在。   そんな彼女の存在意義を奪っていいものか。   彼女の存在によって苦しむ、力なき者が少なくない事もまた事実。   全てを一度に救えない以上、春告げと相容れることは無いのだろう。   両方を天秤の皿に乗せてみる。   そしていつも、皿がどちらかに傾いてしまう前に計るのをやめてしまう。   そんなどっちつかずの霊夢の姿勢を、周りの者は優しいだとか、あるいは甘いと評価した。   霊夢としてはただ、結論への到達を放棄しているだけに過ぎないのだけれど。   何かの気配がした。   同時に、知った声が耳に届く。 「夜分遅くすまない。報告があって来た」   霊夢が戸を開けると、暗い面持ちの慧音がたたずんでいた。   § 「ついさっきだ。今年の春告げが、終わりを迎えたよ」 「……そう。今年は早かったわね」 「ああ。人々の慣れもあるのだろうな」 「ともあれ、明日から気が楽だわ……うん……」   気が楽になったといいつつも、霊夢の表情は冴えないままだった。   机に置かれた二人分の湯飲みが、湯気を立てている。   その揺らめきを見つめたまま、二人はしばし無言の時を過ごす。   先に口を開いたのは霊夢だった。 「あんたの里には来たの?」 「今日の昼にな。里を隠して、今年も被害なくやり過ごせたよ」 「どうだった?」 「相変わらず……相変わらず、楽しそうに飛んでいた」   春が訪れて間もないこの時期、春告げは唐突に終わった。   尤も、予測できなかったわけではない。ここ何年か、春告げの終わりはいつも唐突だった。 「今年は、どこで?」 「去年とは違う村だ。二つの村同士はそれほど遠く無いからな、交流があってもおかしくない」   湯飲みを見つめたまま、静かに淡々と語る慧音。   対して霊夢は、机に突っ伏して深い溜め息を吐く。 「これが当たり前になるのかしら」 「いや……もう、当たり前になったと言うべきだな」   また、沈黙。慣れたはずなのに、この空気が重苦しい。 「……やはり」 「ん?」   先程までよりも少しだけ小さな声。瞳は伏せられ、俯いたまま。   霊夢は突っ伏していた頭を上げて、慧音を覗き込む。   そうして、何も言わずに次の言葉を待った。 「やはり、彼女には別の春告げ方法を教えるべきではないだろうか」 「その議論も毎春やってるわよね」   その結論も、いつも一緒だった。   結論が変わらないことは、慧音にだって分かっている筈。 「あんた自身が証明してる。あの子のアレは性質だから、変えられないって」 「ああ、その通りだ。過去に私は失敗している」   かつて、見かねた慧音自らが妖精に対し教鞭を振るった事があった。   だが、言い分こそ理解はするがやる事は大きく変わらなかった。   春を告げようと興奮すれば、彼女は自然と霊力を吐き出す。   それは変えようのない性質であり、彼女自身の理解力とはまた違った話となる。 「それに、あの子は毎年毎年が別個体なのよ。理解の蓄積は望めないわ」 「毎年教えてあげれば済む話だ……だが、その肝心な部分を成す術が無い」   再び短くはない沈黙を挟んでから、霊夢は独り言のように言った。 「どうしてこんな風になったのかな」   慧音は少しだけ考えてから、その問いに答える。 「人が増え、集落が増えたからだ。妖精の通り道と被る場所も少なくない」 「村減らせってのも、出来ない相談よね」   霊夢の覇気の無い台詞に、慧音もただ頷くしかなかった。 「お手上げ。……今年も、この結論でおしまい」 「あぁ……分かっていたことだ……」   いつの間にか、湯飲みの湯気も消えていた。   ぬるくなったお茶を一口だけ啜り、慧音は立ち上がる。 「ご馳走様。用件も済んだ事だし、私は帰るよ」 「ご苦労様。わざわざ知らせてくれてありがと」   戸を潜り里へと戻ろうとする慧音に、霊夢はポツリと呟く。 「どこの里にも、あんたみたいな物好きがいればさ」 「仮定は意味が無い。現実問題、そんな都合よくいかない」 「まぁね。だから考えちゃうんじゃないの。もしも、ってさ」 「ふむ。成る程な」 「あんたと同じだわ。そんな強くないわよ、私だって」 「……そうだな、そうかも知れん」   慧音の姿が見えなくなってから、戸を閉める。   今の報告によって、霊夢は安堵を感じていた。   人々の怒声を、少なくとも今年の間は聞かずに済む。   この件について、それ以上は考えない事にしている。   どうせ、やり場の無いモヤモヤが心に積もっていくだけなのだから。   ともあれ、明日からは符を求める人々にこう告げる必要がある。   『今年の春告げは、終わりを迎えました』と。   § 「ふぅ……」   自室に戻った慧音は、疲れた様子で大きく息を吐いた。   そして、家を出る直前まで確認していた歴史を片付ける。   今日の歴史に手を伸ばした所で、動きが止まった。   伝わってくるのは、春告げの終わり。   人に捕獲されてモノの様に扱われた果てに儚く消えた、一人の妖精がいた。   否定され、傷つけられ、そして穢された純白の妖精の歴史がそこにあった。   やがて季節は巡り、何も知らぬままにまた堕ちてゆくのだろうか。   誰かの味方をすべきか。   博麗の巫女のように、ただ成り行きを見守るべきか。   他人の営みを掻き乱して良いわけではない。   踏みにじられて良い命があるわけでもない。   歴史には、死など幾らでも転がっている。   全ては過去のもの、それらを見て動じる事だって殆ど無い。   だが、この死は歴史から予測できた。それも、限りなく具体的に。   訪れが分かっている死の存在は案外大きなものだ。 「やっぱり、何もしない訳にはいかない……ッ!」   やや昂った感情を押さえつけながら、少し乱暴にその歴史を仕舞う。   力なき人は弱い、だからこそやりすぎてしまう。   陽が昇ったら、件の村を訪ねてみるとしよう。   慧音はそこで考えを切り上げる。   そして短すぎた春告げの歴史たちを想い、しばしの黙祷を捧げる事にした。  ・  ・  ・  ・  ・   冷たい水が流れる河辺に、一人の少女がたたずんでいる。   漆黒の衣装に身を包み、感情の宿らぬ瞳はただ水の流れを見つめていた。 「おや。今年も随分と寂しそうな子が来ちまったもんだね……」   河の向こうから現れた舟。   それに乗っていた死神は、河辺の少女を見てそう呟いた。 「早速だけど、渡し賃は……」   少女は首だけを動かして、反応を示した。   そして、すっと手を差し出すと、幾らかの硬貨を舟に放り込む。 「……たったの六枚、か」   少女は願いを果たせなかった。   少女は多くの生物に疎まれた。   少女は純白を捨ててしまった。 「あー、少ないのが一概に悪いって言ってるんじゃないんだ。そんな顔するんじゃない」   無表情な少女の表情に変化があった気がして、死神は困ったように手を振る。 「けど不足は不足だ。足りない分は、そうさね」   死神は音もなく鎌を振るう。   少女は驚く暇もなく、ただ僅かに身をすくませるだけ。 「……こいつを貰っておくよ。さ、渡し賃は貰ったんだから、さっさと乗んな」   鎌の先には、一枚の羽があった。   少女の背の翼から、一本だけ抜き取られたものだ。   唖然とする少女の手を取って舟に乗せ、そして河辺が遠ざかってゆく。 「……諦めなさんな。お前さんの羽はまだ、こんなに真っ白で綺麗じゃないか」   こっちにも桜はあるんだよ、ちょいと紫色だけどね。   そう言って少女に微笑みかける死神。   少女が僅かに微笑んだように見えたのは、きっと気のせいでは無いだろう。   そうして歴史は巡り、繰り返されてゆく。 ---- - こうゆう問題って結構どこにでも転がってるもんだよね -- 名無しさん (2009-12-13 22:34:42) - こんな良作があったとは…。 -- 名無しさん (2009-12-14 23:07:30) - 互いに間違ったことはしてない…だから余計に複雑になるんだよなぁ。現代社会もこんなもんだしな -- 名無しさん (2009-12-14 23:31:44) - 小町・・・いい死神だな・・・ -- R-9 (2010-09-11 09:03:42) - 一番小町に感動した… -- 名無しさん (2010-09-11 09:30:30) - age -- age (2011-01-03 01:01:21) - あれ…目から桜の花びらが… -- 名無しさん (2011-07-18 12:11:27) - ああ、映姫様!どうかリリー様に御慈悲を! -- 名無しさん (2017-08-07 02:00:31) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
※これは『幻想郷のキャラをいぢめるスレ2』の>>775を元に妄想したものです。※ ※とはいっても>>775を踏まえて読むと、色々と酷いことになりますのでご注意下さい。※ ※>>775の中の人、切っ掛けを有難う。あのレスが無ければ多分これもなかったです。※ ※このスレは本当に天国みたいな所だなぁヒャッホォー! 皆さんの妄想で楽しませてもらってます。※   春告げの裏で   雪が溶け、幻想郷にもいよいよ春がやってくる。   麗らかな空気と暖かな日差しに安心する生物は多い事だろう。   僅かばかりの蓄えを切り崩しながら冬を生き延びた者にとっては尚更である。   そんなある日の事、神社の一角がいつもより少しだけ賑やかになっていた。 「はい、これ十三枚。そっちの人、署名見せて」   霊夢は神社を訪れた数人の男の対応に追われていた。   男達からそれぞれ署名を受け取り、そこに記された建築物の数だけ符を手渡す。   三人の男は望んだ枚数の符を受け取ると、何度も礼を言いながら神社を後にした。 「全く……毎年この時期は嫌になるわ」   境内で溜め息をつく霊夢に、神社の中から慧音が声を掛けた。 「お疲れ様。茶を淹れたぞ」 「気が利くわね。よーし休憩休憩」   霊夢も神社へ入り、労働の後のお茶を楽しむ事にした。 「休憩中にすまないが、在庫の確認だけしておかないか」 「あぁ、そうね。でもわざわざ数えなくていいわ」 「何故だ?」 「覚えてるから。今の残りは四十二枚よ」 「そうか。しかし、やはり全然足りないようだな……」 「まぁね。ウチにある分は、元が戦闘用だった符も含めて全部出しちゃったわ」 「私のツテのほうからも今日持ってきたので最後だ。もう出てこないだろう」 「霖之助さんが、手に入り次第提供してくれるとは言ってくれてるけど」 「不確実なら当てにはできないな」 「そういう事ね」   茶を啜りながら、二人は符の確保に頭を悩ませていた。   春になると、先程のように霊夢の簡易結界を封じた符を求める人が多く訪れるのである。   その用途は、春告げの妖精が撒き散らす流れ弾の対処だ。   流れ弾といっても、家屋に穴を開ける程度の威力は併せ持っている。   下手に被弾すれば、それこそ死の可能性だって否定できない。   力なき者にとっては、春告げの妖精ですらも恐ろしい死神と変わらないのだ。 「収入さえあればどうとでもなるんだけどね。職人に作らせるなりしてさ」 「だが、彼らから代金は取れまい」 「分かってるってば。だからこうして頭抱えてるんじゃないの」   現状では、霊夢を頼ってくる人々の全てに符をまかなう事はできない。   ひとえに、符の数そのものが足りないからである。   霊夢が込める結界の力は、言ってしまえばタダでの提供も出来るが、   結界を封じる媒体がなければ、直接出向かなければ家屋を護れない。   必然的に媒体である符に結界を宿して配布する事になるが、その符は無料ではない。   それだけならば買い足したり、作成依頼を出したりして補充すればよい。   だが、霊夢は今、この符を無料配布しているのである。   手放した符に対する収入が無い以上、新たな符の補充にも限界が来る。   ならば代金を取れば、としたい所ではあるのだが、そう簡単にもいかない。   神社へ来る者の殆どは、自分達では流れ弾への対応が出来ずに霊夢を頼っている。   挙げられる対応としては、家屋の強化だとか、守護者の雇用だとか、壊れた家の修復だとか、そんな具合に幾つもの候補がある。   しかし、そのいずれも実行の為には先立つものが必要なのは当然の話。   厳しい冬を乗り切った直後で、それらの対応に割く余力の無い小さな集落など、珍しくも何ともないのである。 「あぁ、これさえなければいい季節だってのに」 「ふふ、博麗の巫女も苦労するな。私も協力は惜しまない、一緒に頑張ろう」 「あんただけよ、この時期の私の苦労を分かち合えるのは」 「次は酒でも差し入れようか。愚痴くらいなら聞いてやれるからな」   § 「何でだよ! 俺の村はまだ符を貰っていないぞ!」 「こっちもだ! 道中、妖怪に怯えながらやっとここまで来たんだ! 手ぶらで帰れるかよ!」 「先着順だなんておかしいよ、遠くの村が圧倒的に不利じゃないか!」   用意した分の符が尽きると、決まって霊夢に浴びせられる言葉。   救われる者と救われない者があれば、救われない者が嘆く。   そしてその矛先は『他人を救ったのに自分を救ってくれない』霊夢へと向かう。 「無いモンは無いのよ、頼むから無理言わないで頂戴」   怒っているのか悲しんでいるのか、複雑な表情で霊夢はそう言い放つ。   今年は先着順にした。遠くの村が不利なのは承知だった。   去年は抽選にしたが、それでも当たらなかった所からは当然のように文句が出る。   どう足掻いても、符が貰えない村がある以上は霊夢が責められる。    元凶である春の妖精を退治してしまえば良い。   誰かがそう言った事がある。霊夢は慧音と相談し、対応を決めてきた。   結論は、常に否だった。   春の妖精には人に対する敵意が欠片も存在していない、というのがその理由だ。   あの妖精の春告げは習性というよりも、むしろ本能とでも呼ぶべきものなのである。   ある特定の対象に害を及ぼすからといって、霊夢が直接干渉するのは望ましくない。   だから『例えば』の話、幻想郷に住まう誰かが決起して妖精退治に出向いたとする。   もしそうなったならば、霊夢は決して止めはしない。   妖精の排除を求めた者が意思と力を以って事を成すならば、それも自然の成り行き。   今の霊夢はこう言うしかない。 「悪いけど、今すぐの対応は出来ないわ。日を改めて貰えないかしら」   §   結局、男達は散々文句を怒鳴り散らしながら神社を去っていった。   時刻は夜。   霊夢は憂鬱な気分を抱えたまま布団を広げていた。   頼ってくる人々を、助けたくないわけではない。   春告げの妖精をどうにかしてしまえば一気に解決するという事も分かっている。   中途半端な博愛。ぐらついた平等。何処か捻じ曲がった甘さ。   妖精に甘く、人に厳しく当たっている現状は果たして正しいのだろうか。   春告げに対し、それを自然の一環として黙認し続けていいものか。   だが、春告げを止めると春の妖精はその存在意義をなくしてしまう。   生物にとって存在意義が消えるのは、個体の死に等しいのではないだろうか。   まして相手は春の精。春告げ以外の存在意義を併せ持っていない。   春を伝えて、ただ消え去っていくだけの儚い存在。   そんな彼女の存在意義を奪っていいものか。   彼女の存在によって苦しむ、力なき者が少なくない事もまた事実。   全てを一度に救えない以上、春告げと相容れることは無いのだろう。   両方を天秤の皿に乗せてみる。   そしていつも、皿がどちらかに傾いてしまう前に計るのをやめてしまう。   そんなどっちつかずの霊夢の姿勢を、周りの者は優しいだとか、あるいは甘いと評価した。   霊夢としてはただ、結論への到達を放棄しているだけに過ぎないのだけれど。   何かの気配がした。   同時に、知った声が耳に届く。 「夜分遅くすまない。報告があって来た」   霊夢が戸を開けると、暗い面持ちの慧音がたたずんでいた。   § 「ついさっきだ。今年の春告げが、終わりを迎えたよ」 「……そう。今年は早かったわね」 「ああ。人々の慣れもあるのだろうな」 「ともあれ、明日から気が楽だわ……うん……」   気が楽になったといいつつも、霊夢の表情は冴えないままだった。   机に置かれた二人分の湯飲みが、湯気を立てている。   その揺らめきを見つめたまま、二人はしばし無言の時を過ごす。   先に口を開いたのは霊夢だった。 「あんたの里には来たの?」 「今日の昼にな。里を隠して、今年も被害なくやり過ごせたよ」 「どうだった?」 「相変わらず……相変わらず、楽しそうに飛んでいた」   春が訪れて間もないこの時期、春告げは唐突に終わった。   尤も、予測できなかったわけではない。ここ何年か、春告げの終わりはいつも唐突だった。 「今年は、どこで?」 「去年とは違う村だ。二つの村同士はそれほど遠く無いからな、交流があってもおかしくない」   湯飲みを見つめたまま、静かに淡々と語る慧音。   対して霊夢は、机に突っ伏して深い溜め息を吐く。 「これが当たり前になるのかしら」 「いや……もう、当たり前になったと言うべきだな」   また、沈黙。慣れたはずなのに、この空気が重苦しい。 「……やはり」 「ん?」   先程までよりも少しだけ小さな声。瞳は伏せられ、俯いたまま。   霊夢は突っ伏していた頭を上げて、慧音を覗き込む。   そうして、何も言わずに次の言葉を待った。 「やはり、彼女には別の春告げ方法を教えるべきではないだろうか」 「その議論も毎春やってるわよね」   その結論も、いつも一緒だった。   結論が変わらないことは、慧音にだって分かっている筈。 「あんた自身が証明してる。あの子のアレは性質だから、変えられないって」 「ああ、その通りだ。過去に私は失敗している」   かつて、見かねた慧音自らが妖精に対し教鞭を振るった事があった。   だが、言い分こそ理解はするがやる事は大きく変わらなかった。   春を告げようと興奮すれば、彼女は自然と霊力を吐き出す。   それは変えようのない性質であり、彼女自身の理解力とはまた違った話となる。 「それに、あの子は毎年毎年が別個体なのよ。理解の蓄積は望めないわ」 「毎年教えてあげれば済む話だ……だが、その肝心な部分を成す術が無い」   再び短くはない沈黙を挟んでから、霊夢は独り言のように言った。 「どうしてこんな風になったのかな」   慧音は少しだけ考えてから、その問いに答える。 「人が増え、集落が増えたからだ。妖精の通り道と被る場所も少なくない」 「村減らせってのも、出来ない相談よね」   霊夢の覇気の無い台詞に、慧音もただ頷くしかなかった。 「お手上げ。……今年も、この結論でおしまい」 「あぁ……分かっていたことだ……」   いつの間にか、湯飲みの湯気も消えていた。   ぬるくなったお茶を一口だけ啜り、慧音は立ち上がる。 「ご馳走様。用件も済んだ事だし、私は帰るよ」 「ご苦労様。わざわざ知らせてくれてありがと」   戸を潜り里へと戻ろうとする慧音に、霊夢はポツリと呟く。 「どこの里にも、あんたみたいな物好きがいればさ」 「仮定は意味が無い。現実問題、そんな都合よくいかない」 「まぁね。だから考えちゃうんじゃないの。もしも、ってさ」 「ふむ。成る程な」 「あんたと同じだわ。そんな強くないわよ、私だって」 「……そうだな、そうかも知れん」   慧音の姿が見えなくなってから、戸を閉める。   今の報告によって、霊夢は安堵を感じていた。   人々の怒声を、少なくとも今年の間は聞かずに済む。   この件について、それ以上は考えない事にしている。   どうせ、やり場の無いモヤモヤが心に積もっていくだけなのだから。   ともあれ、明日からは符を求める人々にこう告げる必要がある。   『今年の春告げは、終わりを迎えました』と。   § 「ふぅ……」   自室に戻った慧音は、疲れた様子で大きく息を吐いた。   そして、家を出る直前まで確認していた歴史を片付ける。   今日の歴史に手を伸ばした所で、動きが止まった。   伝わってくるのは、春告げの終わり。   人に捕獲されてモノの様に扱われた果てに儚く消えた、一人の妖精がいた。   否定され、傷つけられ、そして穢された純白の妖精の歴史がそこにあった。   やがて季節は巡り、何も知らぬままにまた堕ちてゆくのだろうか。   誰かの味方をすべきか。   博麗の巫女のように、ただ成り行きを見守るべきか。   他人の営みを掻き乱して良いわけではない。   踏みにじられて良い命があるわけでもない。   歴史には、死など幾らでも転がっている。   全ては過去のもの、それらを見て動じる事だって殆ど無い。   だが、この死は歴史から予測できた。それも、限りなく具体的に。   訪れが分かっている死の存在は案外大きなものだ。 「やっぱり、何もしない訳にはいかない……ッ!」   やや昂った感情を押さえつけながら、少し乱暴にその歴史を仕舞う。   力なき人は弱い、だからこそやりすぎてしまう。   陽が昇ったら、件の村を訪ねてみるとしよう。   慧音はそこで考えを切り上げる。   そして短すぎた春告げの歴史たちを想い、しばしの黙祷を捧げる事にした。  ・  ・  ・  ・  ・   冷たい水が流れる河辺に、一人の少女がたたずんでいる。   漆黒の衣装に身を包み、感情の宿らぬ瞳はただ水の流れを見つめていた。 「おや。今年も随分と寂しそうな子が来ちまったもんだね……」   河の向こうから現れた舟。   それに乗っていた死神は、河辺の少女を見てそう呟いた。 「早速だけど、渡し賃は……」   少女は首だけを動かして、反応を示した。   そして、すっと手を差し出すと、幾らかの硬貨を舟に放り込む。 「……たったの六枚、か」   少女は願いを果たせなかった。   少女は多くの生物に疎まれた。   少女は純白を捨ててしまった。 「あー、少ないのが一概に悪いって言ってるんじゃないんだ。そんな顔するんじゃない」   無表情な少女の表情に変化があった気がして、死神は困ったように手を振る。 「けど不足は不足だ。足りない分は、そうさね」   死神は音もなく鎌を振るう。   少女は驚く暇もなく、ただ僅かに身をすくませるだけ。 「……こいつを貰っておくよ。さ、渡し賃は貰ったんだから、さっさと乗んな」   鎌の先には、一枚の羽があった。   少女の背の翼から、一本だけ抜き取られたものだ。   唖然とする少女の手を取って舟に乗せ、そして河辺が遠ざかってゆく。 「……諦めなさんな。お前さんの羽はまだ、こんなに真っ白で綺麗じゃないか」   こっちにも桜はあるんだよ、ちょいと紫色だけどね。   そう言って少女に微笑みかける死神。   少女が僅かに微笑んだように見えたのは、きっと気のせいでは無いだろう。   そうして歴史は巡り、繰り返されてゆく。 ---- - こうゆう問題って結構どこにでも転がってるもんだよね -- 名無しさん (2009-12-13 22:34:42) - こんな良作があったとは…。 -- 名無しさん (2009-12-14 23:07:30) - 互いに間違ったことはしてない…だから余計に複雑になるんだよなぁ。現代社会もこんなもんだしな -- 名無しさん (2009-12-14 23:31:44) - 小町・・・いい死神だな・・・ -- R-9 (2010-09-11 09:03:42) - 一番小町に感動した… -- 名無しさん (2010-09-11 09:30:30) - age -- age (2011-01-03 01:01:21) - あれ…目から桜の花びらが… -- 名無しさん (2011-07-18 12:11:27) - ああ、映姫様!どうかリリー様に御慈悲を! -- 名無しさん (2017-08-07 02:00:31) - 「どうにもならない」状況の練り上げがとってもよくできてて素敵 &br()どうしても村人の目線に立ってしまうな &br()>力なき人々はやりすぎてしまう &br()これだって、人間からしたら先にやりすぎているのは妖精の方 報復だから凄惨で当たり前なわけで -- 名無しさん (2018-08-06 20:58:20) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: