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文(映姫)×文:2スレ509」(2016/10/21 (金) 07:52:53) の最新版変更点

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「次回の分に足りないのが……あと二件っと……」   手元のメモに視線を走らせて、射命丸 文は困ったような表情を浮かべていた。   その原因は至極単純であり、ひとえにいつものネタ不足である。 「……撮っては見たものの、やはりコレじゃあ駄目ですねー……」   自分で気付いているのかいないのか、ブツブツとぼやきながら写真を取り出した。   そこに写っているのは、名も知らぬ妖怪が弾幕を張る姿だ。   こうした極々小さな異変を起こす妖怪を紹介したところで、面白くも何とも無い。   いつだったかに紅魔館の魔女がしてくれたような、新スペルのお披露目だってそうそうあるものではないし、   少し前までの彼女はとても退屈な日々を送っていた。   いつぞやの六十年周期の異変以来、何かが起こった時にのみ新聞を作るようになった筈だった。   退屈で仕方が無かった。心躍る事件など、気配すら感じられぬ日々。   いつしか彼女の視線が、幻想郷に住まう者たちの更に深いところへ向くのは自然な流れだった。   人も妖怪も、ゴシップは大好きだ。他人の秘密ほど甘い蜜は無い。   日々に募った退屈に対する苛立ちと、過ぎた好奇心が彼女を暴走させた。   さて。今日はどこへ『取材』に行こうか?   氷精の武勇伝だのはもういい。見守るのすら疲れた。   何かが起こるのを待つのではなく、やはり自分で探りに行くべきなのだ。   表立って出てこないだけで、裏では何かが起こっているかも知れない。   そう。少し前までは、何時か諭された言葉を正しく心へ留めていたのである。   そして、それは今も変わっていないと、そう思い続けている。   結果から言うと、目論見は大当たりだった。   『取材対象』の有名無名で多少の差はあれど、やはりゴシップは人の気を惹く。   そのうちに、今まで見出しだけ見て放り投げていた相手も、一通り目を通すまでになっている。   彼女はその事を素直に喜び、同時に確かな手応えを感じて増長を始めていた。   § 「どぉもー! ご機嫌は如何ですか~」 「ええ、今日も良い天気で絶好ちょ…………なんだ」 「なんだ、ってのはちょっと酷いですね」 「さっさとこの場所から消えなさい」   今日のネタ集めに選んだのは、少々ご無沙汰していた紅魔館だ。   けっこう前に、ここのメイドで特集を組んだのが最後だったと記憶している。   館の門番は露骨な敵意を文へと向け、文に退く気が無いと判断するや否や、無言のまま構える。 「紅魔館の門番突破率百%。いい加減、この数字何とかしません?」   そうすれば記事になる気もしなくもない気がします、と、文は呑気に笑って見せた。 「……ふざけろッ!」   門番が駆けた。その速度は恐るべきものであるが、それでも天狗に及ばない。   気の力が辺りに舞い散り、美しい虹色を煌かせながら文に追い縋る。 「お邪魔しますー」   荒れ狂う虹色を難なく潜り抜けて、門を通り過ぎようとした時。   そこにもう一人、見知った顔が腕を組んでたたずんでいた。 「加勢するわ、美鈴。この目障りなのを追い返すのよ」 「了解です。今度という今度は、中へ通しません」   怒りに満ちた物言いに、文は笑顔を忘れて呆けた表情を作る。 「貴女は……自分の新聞の影響を考えた事はある?」 「は?」 「この紅魔館の事を滅茶苦茶に書いてくれた事があったわね」 「滅茶苦茶って。前の記事は確か、頼りないメイドさん達をメインに据えましたね」   外にはあまり知られていない紅魔館内部の実情を記事にした事を言っているのだろう。   文はその時の記事を思いだしながら、うんうんと頷いた。   危機管理の重要性を訴えた、なかなかの記事だったと自負している。 「門番隊は貧弱、中のメイドもほぼ半数は無能」   低く抑えた声で言いながら、ナイフを構えたメイド長は目を細める。 「よくもそんな出鱈目が書けたものね」 「書く者の主観と読む者の主観のズレが起こるのはよくある事ですよ。   ですので、私は私が思った通りに記事を書かせていただいた次第でして」 「何も分かっちゃいないわ。やはり、無理にでもお引取り願いましょう」 「脅しにきますか? 私は屈しませんけどね、なんだか尚更怪しいですし」 「行くわよ」 「んー、私には真実を伝える義務と権利がありますので……」 「紅魔館内部の実情はどう改善されたのか?   折角見つけたネタを、私が見逃す筈が無いじゃない……」 「チェックメイト」 「……ですかッ!」   瞬時に配置されたナイフの群れを間一髪でやり過ごし、文は息を吐く。 「あぁ、危ない。しかし、回避できる以上はチェックメイトとは――――」 「いいえ……チェックメイトよ」   更に増え続けるナイフの数。だが、被弾に至るほどではない。 「分からない人ですね……つまり」 「こう言う事よ!」 「ですよねぇ」   衝撃音と共に、門番の蹴りが文の腕に喰らい付いた。   ナイフの密度が微妙に薄かったのも、門番の奇襲の為だ。   読めた攻撃など恐れるに足りず。防御に使った腕は痺れたが。   しかし、門番は不適な笑みを浮かべると、両足を文の腕に絡ませて叫ぶ。 「咲夜さん!」 「分かってる!」 「ぐっ……、気っ……?」   触れた所から直接気を送り込まれた所為だろう、身体がやけに重くなる。   加えて、腕に門番をぶら下げたままでは機動力は絶望的だ。   ナイフが周囲に密集してゆく。   やっとの思いで門番を振り払った時には、館への道はすっかりナイフに染まっていた。   こうなってしまっては、隙を突いて館へ突入するのは不可能だろう。 「なるほど、チェックメイト。……やれやれ、仕方ないですね、出直します」   言うが早いか、ナイフの加速とほぼ同時に文は空の彼方へと飛び去った。   それを見送るメイド長と門番の瞳には、まだ憎しみの炎が宿ったままだった。 「あんな無責任な奴の所為で……ッ!」 「美鈴。……その……ね、怨恨は連鎖させるべきではないわ。繰り返してしまうから」 「アレは良くてこっちが駄目だなんて、おかしいですよ……そんなのおかしいですよッ!」 「だけど、あの鴉をどうにかしたところで後の祭りだわ」 「……すみません。分かってるんです、私も……」 「せめて私達は拒絶してやりましょう、あいつの存在そのものを」   暗い影を背負ったまま、二人はそれぞれの持ち場へゆっくりと戻っていった。   § 「なるほど、裏は取れました。あなたの話は信ずるに足る様ですね」   異界。険しい表情で浄頗梨の鏡を見つめる一人の閻魔がいた。   傍らに縮こまる霊が、鏡に映る紅魔館を見て懐かしそうに揺らめく。 「物事を伝えるに伴い、万象もまた移ろう。……まだ解かっていませんでしたか」   残念そうに溜息を一つつくと、細い指先で鏡面をひと撫でした。   指先の軌跡を辿るようにして、鏡の中に『もう一人の文』が映し出される。 「悔い改めよ。貴女は少し、無責任すぎた」   §   翌朝、幻想郷中に『文々。新聞』が配られた。   いつものゴシップ記事と同じように、今日も誰かが晒し者になっている。   新聞を拾った者たちは一様に、今日は誰の笑い話が書かれているのかと期待する。   当事者になってしまわない限りは、なかなかに楽しいものである。   そうして新聞を読み始めた者たちは、揃って目を丸くすることになる。   ただ新聞を作りたいが為に、ただ認めてもらいたいが故に、   自らが暗躍して数々の事件の火種を大きくしたという、文の自白だった。   更には、その数々の事件の詳細までもが詳しく、克明に記されていたのである。 「…………なんですか、これ…………」   文は刷った覚えの無い号外を手に、一人立ち尽くしていた。   事件の影に鴉天狗の姿有り。とはいえ、実際に焚き付ける等という無粋な真似はした事が無い。   怒りとも恐怖ともつかぬ感情が体中を駆け巡り、自然と震えだしていた。 「あ、どうですかー? 私の新聞、楽しんで頂けてます?」   心臓が止まるかと思った。聞こえるはずの無い、自分以外の自分の声。   身体の震えを止めることすら忘れて、文はゆっくりと振り返った。   そこに居たのは、想像通りの自分の姿だった。   唯一違う点を挙げるとすれば、こちらに対してあちらが余裕綽綽な点くらいであろう。 「なんですか、これ」 「やだなぁ、どう見ても号外ですよ。他人の秘密を晒しあげる、お得意のゴシップ記事です」 「私は暗躍などして……!」   反論しかけて、文は我に返る。   目の前に自分が存在する、こんな事があるはずが無い。 「偽者……! 私の真似などして、一体どういうつもりですか!」 「私は真実を伝えねばなりません。そう、一つも余すところなく」   そう言ってカメラとペンを取り出し、もう一人の文は笑顔でにじり寄る。 「『取材』させてください。あ、プライベートなことは伏せますのでご安心を」   いつも自分が笑顔で言っている台詞だった。   徐々に頭に血が上るのが、自分でも分かる。 「偽者風情が、あまり吠えるとただでは済みませんよ?」 「あぁ、その点もご安心下さい。私、本物ですので」 「本物。あぁ、本物。……ふざけないで下さいッ!」   文の周囲で風が荒れ狂った。   瞬時に展開された弾幕をものともせず、その速さを以って回避してゆくもう一人の文。   その速さは、見紛う事無く自分の速度で。   相手が何者なのかも分からないまま、文は全力で攻撃を仕掛け続けた。   §   結局、どうにもならなかった。   同能力で攻守に分かれた場合、どうしたって攻撃側のスタミナが先に切れる。   向こうとしては勝てなくても良いのだから、無駄に体力を消耗することも無い。   つまり、文には勝ち目がなかった。避けに徹されればそれまで、幾ら撃っても落とせない。   数日間戦り合って、ようやくその事を理解した文は、諦めたように元の生活に戻った。   ……否、『戻ろうとした』。 「文々。新聞ですよぉ~」   定期的にばら撒かれる新聞は、いつしか作成者である文の記事ばかりになっていた。   捏造した事件の話から始まり、日常譚、失敗談、プライベートトークまで、   文に関する情報はこの新聞に目を通すだけで完璧に把握できるほどの代物だった。   しかし、個人の情報には限りがある。   時間が経つにつれて、新聞の内容もどんどん薄っぺらくなってゆく。   しまいには、『今日の出来事』やら『献立リスト』やら、魅力の欠片も無い記事だけが残った。   当然そんなものに目を通す者など居るはずもなく、人々の記憶から彼女の存在も徐々に消えていく。   やがて『文の記事ばかりの号外』もぱたりと配られなくなった。   鴉天狗が幻想郷中に謝罪して回ったのは、最後の新聞から数日後のことであった。   § 「困りますよ。活動してくれないと、記事が書けないじゃないですか」   張り付けたような笑顔で、文が文の身体を揺する。 「このままじゃ、今期もまた新聞刷れませんよー」   ある事ない事をひたすらに世に公表された文は、いつしか活動を止めていた。   ほんの些細な事までもを完璧に記録され、そして世へとばら撒かれてゆく。   何度も何度も抵抗したが、そうすると文は決まって同じ事を言う。 『見られても恥ずかしくない振る舞いをすれば良いのですよ』   何処かで聞いたことがある台詞とともに、文は本当に楽しそうに笑うのだ。   ずっと続けてきた、聞き入れられなかった懇願をぼんやりと思い出してみる。   どうしてだか、もう一人の文が現れる以前にも、同じようなやり取りを幾度となく繰り返してきた気がした。   ―――こんな、全くの出鱈目を書かないで下さい!   ―――書く者の主観と読む者の主観のズレが起こるのはよくある事ですよ。      ですので、私は私が思った通りに記事を書かせていただいた次第でして。   ―――どうしても止めないつもりなんですね……!   ―――脅しにきますか? 私は屈しませんけどね、なんだか尚更怪しいですし。   ―――何で……何でこんなことするんですか……?   ―――んー、私には真実を伝える義務と権利がありますので……。   ―――もう…………止めて…………やめてッ…………!   ―――折角見つけたネタを、私が見逃す筈が無いじゃないですかッ!   自分によって何もかもを見失った文は、訳も分からず泣き伏せる。   隣の文に『ネタの提供してくださいよぅ』と文句を言われながら。   泣き続けていないと、自分を確かめ続けていないと、『文』ごと隣の『文』に取られてしまいそうだった。   § 「どぉもー! ご機嫌は如何ですか~」 「ええ、今日も良い天気で絶好調! そっちはどう?」   笑顔の文に笑顔で応えるのは、紅魔館の門番だ。 「最近は全然事件もなくて、正直暇してますよ」 「あはは。まぁ仕方ないわよねー」   文は少し困ったような顔をしたが、そうですねぇ、とすぐに表情を和らげる。 「あら、久しぶりね。いらっしゃい」   他愛も無い話をする文と門番のもとに、メイド長が姿を現した。 「あ、咲夜さん。ご無沙汰してます」 「今日はどうしたの?」 「いえ、近くを通ったので、少し寄っただけです」 「そう……あ、これあげるわ」   メイド長が差し出したお菓子の包みを受け取り、文は元気良くお辞儀をした。 「わー、ありがとうございます! っと、そろそろ行かなくちゃ」 「気をつけて。また新聞を作る事があったら、配達よろしくね」 「勿論ですとも。まぁ、作らずに済めばそれに越したことは無いのですけどね」   昔の彼女からは考えられない台詞を残して、慌しく飛び去った文。   それを見送るメイド長と門番の瞳には、穏やかな色が宿っていた。 「変わるものですね」 「ええ。……本当に」 「彼女、ここに来るとまず黙祷するんですよ……いつも」 「……そう」   二人は、いつか配られた新聞と、その日を境に数日続いた妖怪達の襲撃を思い出していた。   勘違いしたのは馬鹿のほう、けれどそれに至る根源は疑いようも無い。   数が増えれば人手が要るし、数が多ければ多少の事故だって起こる。 「まるで別人のよう……別人……。そういえば当時、変な噂があったなぁ」 「噂? あの子に関すること?」   門番は思い出すように空を見上げて、そして頷く。 「はい。彼女が自分の事を省み始めた頃だったと思うんですけど……」   ―――ドッペルゲンガーって、知ってますか?   § 「ただ泣くだけでは救われない。逃避は……対抗手段としては三流です」   自分という名の罰の前に、罪は何時まで耐えられるのか。   赦すべきか赦さざるべきか、それすらも自らに委ねられているとも知らず。 「二度目の説教は、貴女が自分で自分に気が付いた時。私は何時までも待ちましょう」   それでもなお、気付けずに時を無為に過ごすのであればそれもまた――――。   なんと言いましたか、この様なこと。   ――――あぁ、そうでした。『自業自得』と言うのでしたね。 ---- - おもすれー -- 名無しさん (2009-01-31 01:25:46) - やはり閻魔は強し… -- 名無しさん (2009-02-07 22:15:06) - 流石映姫様 -- 名無しさん (2010-04-01 10:27:07) - 今まで見た文のSSで個人的には最高傑作 &br()許されるならコミケで同人誌として描き起こしたい -- 名無しさん (2010-06-21 18:00:56) - 最後に出てきた文が本物なのか偽者なのか・・・ &br()本物だと信じたい -- 名無しさん (2010-07-26 20:51:55) - アニメ化して見てみたいな -- 名無しさん (2014-05-30 19:25:07) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
「次回の分に足りないのが……あと二件っと……」   手元のメモに視線を走らせて、射命丸 文は困ったような表情を浮かべていた。   その原因は至極単純であり、ひとえにいつものネタ不足である。 「……撮っては見たものの、やはりコレじゃあ駄目ですねー……」   自分で気付いているのかいないのか、ブツブツとぼやきながら写真を取り出した。   そこに写っているのは、名も知らぬ妖怪が弾幕を張る姿だ。   こうした極々小さな異変を起こす妖怪を紹介したところで、面白くも何とも無い。   いつだったかに紅魔館の魔女がしてくれたような、新スペルのお披露目だってそうそうあるものではないし、   少し前までの彼女はとても退屈な日々を送っていた。   いつぞやの六十年周期の異変以来、何かが起こった時にのみ新聞を作るようになった筈だった。   退屈で仕方が無かった。心躍る事件など、気配すら感じられぬ日々。   いつしか彼女の視線が、幻想郷に住まう者たちの更に深いところへ向くのは自然な流れだった。   人も妖怪も、ゴシップは大好きだ。他人の秘密ほど甘い蜜は無い。   日々に募った退屈に対する苛立ちと、過ぎた好奇心が彼女を暴走させた。   さて。今日はどこへ『取材』に行こうか?   氷精の武勇伝だのはもういい。見守るのすら疲れた。   何かが起こるのを待つのではなく、やはり自分で探りに行くべきなのだ。   表立って出てこないだけで、裏では何かが起こっているかも知れない。   そう。少し前までは、何時か諭された言葉を正しく心へ留めていたのである。   そして、それは今も変わっていないと、そう思い続けている。   結果から言うと、目論見は大当たりだった。   『取材対象』の有名無名で多少の差はあれど、やはりゴシップは人の気を惹く。   そのうちに、今まで見出しだけ見て放り投げていた相手も、一通り目を通すまでになっている。   彼女はその事を素直に喜び、同時に確かな手応えを感じて増長を始めていた。   § 「どぉもー! ご機嫌は如何ですか~」 「ええ、今日も良い天気で絶好ちょ…………なんだ」 「なんだ、ってのはちょっと酷いですね」 「さっさとこの場所から消えなさい」   今日のネタ集めに選んだのは、少々ご無沙汰していた紅魔館だ。   けっこう前に、ここのメイドで特集を組んだのが最後だったと記憶している。   館の門番は露骨な敵意を文へと向け、文に退く気が無いと判断するや否や、無言のまま構える。 「紅魔館の門番突破率百%。いい加減、この数字何とかしません?」   そうすれば記事になる気もしなくもない気がします、と、文は呑気に笑って見せた。 「……ふざけろッ!」   門番が駆けた。その速度は恐るべきものであるが、それでも天狗に及ばない。   気の力が辺りに舞い散り、美しい虹色を煌かせながら文に追い縋る。 「お邪魔しますー」   荒れ狂う虹色を難なく潜り抜けて、門を通り過ぎようとした時。   そこにもう一人、見知った顔が腕を組んでたたずんでいた。 「加勢するわ、美鈴。この目障りなのを追い返すのよ」 「了解です。今度という今度は、中へ通しません」   怒りに満ちた物言いに、文は笑顔を忘れて呆けた表情を作る。 「貴女は……自分の新聞の影響を考えた事はある?」 「は?」 「この紅魔館の事を滅茶苦茶に書いてくれた事があったわね」 「滅茶苦茶って。前の記事は確か、頼りないメイドさん達をメインに据えましたね」   外にはあまり知られていない紅魔館内部の実情を記事にした事を言っているのだろう。   文はその時の記事を思いだしながら、うんうんと頷いた。   危機管理の重要性を訴えた、なかなかの記事だったと自負している。 「門番隊は貧弱、中のメイドもほぼ半数は無能」   低く抑えた声で言いながら、ナイフを構えたメイド長は目を細める。 「よくもそんな出鱈目が書けたものね」 「書く者の主観と読む者の主観のズレが起こるのはよくある事ですよ。   ですので、私は私が思った通りに記事を書かせていただいた次第でして」 「何も分かっちゃいないわ。やはり、無理にでもお引取り願いましょう」 「脅しにきますか? 私は屈しませんけどね、なんだか尚更怪しいですし」 「行くわよ」 「んー、私には真実を伝える義務と権利がありますので……」 「紅魔館内部の実情はどう改善されたのか?   折角見つけたネタを、私が見逃す筈が無いじゃない……」 「チェックメイト」 「……ですかッ!」   瞬時に配置されたナイフの群れを間一髪でやり過ごし、文は息を吐く。 「あぁ、危ない。しかし、回避できる以上はチェックメイトとは――――」 「いいえ……チェックメイトよ」   更に増え続けるナイフの数。だが、被弾に至るほどではない。 「分からない人ですね……つまり」 「こう言う事よ!」 「ですよねぇ」   衝撃音と共に、門番の蹴りが文の腕に喰らい付いた。   ナイフの密度が微妙に薄かったのも、門番の奇襲の為だ。   読めた攻撃など恐れるに足りず。防御に使った腕は痺れたが。   しかし、門番は不適な笑みを浮かべると、両足を文の腕に絡ませて叫ぶ。 「咲夜さん!」 「分かってる!」 「ぐっ……、気っ……?」   触れた所から直接気を送り込まれた所為だろう、身体がやけに重くなる。   加えて、腕に門番をぶら下げたままでは機動力は絶望的だ。   ナイフが周囲に密集してゆく。   やっとの思いで門番を振り払った時には、館への道はすっかりナイフに染まっていた。   こうなってしまっては、隙を突いて館へ突入するのは不可能だろう。 「なるほど、チェックメイト。……やれやれ、仕方ないですね、出直します」   言うが早いか、ナイフの加速とほぼ同時に文は空の彼方へと飛び去った。   それを見送るメイド長と門番の瞳には、まだ憎しみの炎が宿ったままだった。 「あんな無責任な奴の所為で……ッ!」 「美鈴。……その……ね、怨恨は連鎖させるべきではないわ。繰り返してしまうから」 「アレは良くてこっちが駄目だなんて、おかしいですよ……そんなのおかしいですよッ!」 「だけど、あの鴉をどうにかしたところで後の祭りだわ」 「……すみません。分かってるんです、私も……」 「せめて私達は拒絶してやりましょう、あいつの存在そのものを」   暗い影を背負ったまま、二人はそれぞれの持ち場へゆっくりと戻っていった。   § 「なるほど、裏は取れました。あなたの話は信ずるに足る様ですね」   異界。険しい表情で浄頗梨の鏡を見つめる一人の閻魔がいた。   傍らに縮こまる霊が、鏡に映る紅魔館を見て懐かしそうに揺らめく。 「物事を伝えるに伴い、万象もまた移ろう。……まだ解かっていませんでしたか」   残念そうに溜息を一つつくと、細い指先で鏡面をひと撫でした。   指先の軌跡を辿るようにして、鏡の中に『もう一人の文』が映し出される。 「悔い改めよ。貴女は少し、無責任すぎた」   §   翌朝、幻想郷中に『文々。新聞』が配られた。   いつものゴシップ記事と同じように、今日も誰かが晒し者になっている。   新聞を拾った者たちは一様に、今日は誰の笑い話が書かれているのかと期待する。   当事者になってしまわない限りは、なかなかに楽しいものである。   そうして新聞を読み始めた者たちは、揃って目を丸くすることになる。   ただ新聞を作りたいが為に、ただ認めてもらいたいが故に、   自らが暗躍して数々の事件の火種を大きくしたという、文の自白だった。   更には、その数々の事件の詳細までもが詳しく、克明に記されていたのである。 「…………なんですか、これ…………」   文は刷った覚えの無い号外を手に、一人立ち尽くしていた。   事件の影に鴉天狗の姿有り。とはいえ、実際に焚き付ける等という無粋な真似はした事が無い。   怒りとも恐怖ともつかぬ感情が体中を駆け巡り、自然と震えだしていた。 「あ、どうですかー? 私の新聞、楽しんで頂けてます?」   心臓が止まるかと思った。聞こえるはずの無い、自分以外の自分の声。   身体の震えを止めることすら忘れて、文はゆっくりと振り返った。   そこに居たのは、想像通りの自分の姿だった。   唯一違う点を挙げるとすれば、こちらに対してあちらが余裕綽綽な点くらいであろう。 「なんですか、これ」 「やだなぁ、どう見ても号外ですよ。他人の秘密を晒しあげる、お得意のゴシップ記事です」 「私は暗躍などして……!」   反論しかけて、文は我に返る。   目の前に自分が存在する、こんな事があるはずが無い。 「偽者……! 私の真似などして、一体どういうつもりですか!」 「私は真実を伝えねばなりません。そう、一つも余すところなく」   そう言ってカメラとペンを取り出し、もう一人の文は笑顔でにじり寄る。 「『取材』させてください。あ、プライベートなことは伏せますのでご安心を」   いつも自分が笑顔で言っている台詞だった。   徐々に頭に血が上るのが、自分でも分かる。 「偽者風情が、あまり吠えるとただでは済みませんよ?」 「あぁ、その点もご安心下さい。私、本物ですので」 「本物。あぁ、本物。……ふざけないで下さいッ!」   文の周囲で風が荒れ狂った。   瞬時に展開された弾幕をものともせず、その速さを以って回避してゆくもう一人の文。   その速さは、見紛う事無く自分の速度で。   相手が何者なのかも分からないまま、文は全力で攻撃を仕掛け続けた。   §   結局、どうにもならなかった。   同能力で攻守に分かれた場合、どうしたって攻撃側のスタミナが先に切れる。   向こうとしては勝てなくても良いのだから、無駄に体力を消耗することも無い。   つまり、文には勝ち目がなかった。避けに徹されればそれまで、幾ら撃っても落とせない。   数日間戦り合って、ようやくその事を理解した文は、諦めたように元の生活に戻った。   ……否、『戻ろうとした』。 「文々。新聞ですよぉ~」   定期的にばら撒かれる新聞は、いつしか作成者である文の記事ばかりになっていた。   捏造した事件の話から始まり、日常譚、失敗談、プライベートトークまで、   文に関する情報はこの新聞に目を通すだけで完璧に把握できるほどの代物だった。   しかし、個人の情報には限りがある。   時間が経つにつれて、新聞の内容もどんどん薄っぺらくなってゆく。   しまいには、『今日の出来事』やら『献立リスト』やら、魅力の欠片も無い記事だけが残った。   当然そんなものに目を通す者など居るはずもなく、人々の記憶から彼女の存在も徐々に消えていく。   やがて『文の記事ばかりの号外』もぱたりと配られなくなった。   鴉天狗が幻想郷中に謝罪して回ったのは、最後の新聞から数日後のことであった。   § 「困りますよ。活動してくれないと、記事が書けないじゃないですか」   張り付けたような笑顔で、文が文の身体を揺する。 「このままじゃ、今期もまた新聞刷れませんよー」   ある事ない事をひたすらに世に公表された文は、いつしか活動を止めていた。   ほんの些細な事までもを完璧に記録され、そして世へとばら撒かれてゆく。   何度も何度も抵抗したが、そうすると文は決まって同じ事を言う。 『見られても恥ずかしくない振る舞いをすれば良いのですよ』   何処かで聞いたことがある台詞とともに、文は本当に楽しそうに笑うのだ。   ずっと続けてきた、聞き入れられなかった懇願をぼんやりと思い出してみる。   どうしてだか、もう一人の文が現れる以前にも、同じようなやり取りを幾度となく繰り返してきた気がした。   ―――こんな、全くの出鱈目を書かないで下さい!   ―――書く者の主観と読む者の主観のズレが起こるのはよくある事ですよ。      ですので、私は私が思った通りに記事を書かせていただいた次第でして。   ―――どうしても止めないつもりなんですね……!   ―――脅しにきますか? 私は屈しませんけどね、なんだか尚更怪しいですし。   ―――何で……何でこんなことするんですか……?   ―――んー、私には真実を伝える義務と権利がありますので……。   ―――もう…………止めて…………やめてッ…………!   ―――折角見つけたネタを、私が見逃す筈が無いじゃないですかッ!   自分によって何もかもを見失った文は、訳も分からず泣き伏せる。   隣の文に『ネタの提供してくださいよぅ』と文句を言われながら。   泣き続けていないと、自分を確かめ続けていないと、『文』ごと隣の『文』に取られてしまいそうだった。   § 「どぉもー! ご機嫌は如何ですか~」 「ええ、今日も良い天気で絶好調! そっちはどう?」   笑顔の文に笑顔で応えるのは、紅魔館の門番だ。 「最近は全然事件もなくて、正直暇してますよ」 「あはは。まぁ仕方ないわよねー」   文は少し困ったような顔をしたが、そうですねぇ、とすぐに表情を和らげる。 「あら、久しぶりね。いらっしゃい」   他愛も無い話をする文と門番のもとに、メイド長が姿を現した。 「あ、咲夜さん。ご無沙汰してます」 「今日はどうしたの?」 「いえ、近くを通ったので、少し寄っただけです」 「そう……あ、これあげるわ」   メイド長が差し出したお菓子の包みを受け取り、文は元気良くお辞儀をした。 「わー、ありがとうございます! っと、そろそろ行かなくちゃ」 「気をつけて。また新聞を作る事があったら、配達よろしくね」 「勿論ですとも。まぁ、作らずに済めばそれに越したことは無いのですけどね」   昔の彼女からは考えられない台詞を残して、慌しく飛び去った文。   それを見送るメイド長と門番の瞳には、穏やかな色が宿っていた。 「変わるものですね」 「ええ。……本当に」 「彼女、ここに来るとまず黙祷するんですよ……いつも」 「……そう」   二人は、いつか配られた新聞と、その日を境に数日続いた妖怪達の襲撃を思い出していた。   勘違いしたのは馬鹿のほう、けれどそれに至る根源は疑いようも無い。   数が増えれば人手が要るし、数が多ければ多少の事故だって起こる。 「まるで別人のよう……別人……。そういえば当時、変な噂があったなぁ」 「噂? あの子に関すること?」   門番は思い出すように空を見上げて、そして頷く。 「はい。彼女が自分の事を省み始めた頃だったと思うんですけど……」   ―――ドッペルゲンガーって、知ってますか?   § 「ただ泣くだけでは救われない。逃避は……対抗手段としては三流です」   自分という名の罰の前に、罪は何時まで耐えられるのか。   赦すべきか赦さざるべきか、それすらも自らに委ねられているとも知らず。 「二度目の説教は、貴女が自分で自分に気が付いた時。私は何時までも待ちましょう」   それでもなお、気付けずに時を無為に過ごすのであればそれもまた――――。   なんと言いましたか、この様なこと。   ――――あぁ、そうでした。『自業自得』と言うのでしたね。 ---- - おもすれー -- 名無しさん (2009-01-31 01:25:46) - やはり閻魔は強し… -- 名無しさん (2009-02-07 22:15:06) - 流石映姫様 -- 名無しさん (2010-04-01 10:27:07) - 今まで見た文のSSで個人的には最高傑作 &br()許されるならコミケで同人誌として描き起こしたい -- 名無しさん (2010-06-21 18:00:56) - 最後に出てきた文が本物なのか偽者なのか・・・ &br()本物だと信じたい -- 名無しさん (2010-07-26 20:51:55) - アニメ化して見てみたいな -- 名無しさん (2014-05-30 19:25:07) - †悔い改めて† -- 閻魔先輩 (2016-10-21 07:52:53) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

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