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前作 → [[肉人形:35スレ203]] 「あら魔理沙、上海が気になるの?」 何気なく上海人形を手に取っていた私に気付いて、アリスが声をかけてきた。 「ん?ああ…近頃は棚の上に座りっぱなしだから。気になってな」 アリスの方に向いて返事をする。彼女は柔らかい表情でこちらを見つめている。 私が"あいつ"になってから、少し時が経った。 私はもうすっかり"あいつ"になっている。 今までアリスの愛を独占していたにっくき"あいつ"、 人間のくせに、余所者のくせに、アリスを取っていた生意気なニンゲン―――霧雨 魔理沙。 だが、今は私が魔理沙だ。 少し前、魔理沙を驚かそうとした行動が切欠で、間抜けなあいつが転んで大事になったあの日。 アリスが使った魔法が死にかけの魔理沙と、あいつに巻き込まれて壊れた私に奇跡を呼んだ。 気付くと私は魔理沙<あいつ>になっていて…アリスが泣きながら抱きついてきてくれた。 はじめは、もちろん大いに戸惑った。 いきなりアリスと変わらない大きさで彼女と接することになったのだ。驚きもする。 しかもよりにもよって一番嫌いだった者の身体になっている。忌々しくて堪らない気持ちになった。 だが…本当のことを言ってどうなるか。 私も馬鹿ではない。アリスが魔理沙を元に戻そうと奔走するのは目に見えている。 彼女と長い間一緒に過ごしてきた身だ。彼女の事はよく理解している。 それに、こんな機会は例え狙ったとしても二度と来はしないだろう。千歳一隅とはこの事だ。 そう考えてからの私の指針に迷いは無かった。 私は"魔理沙"を継続する。自分のために。アリスのために。 主を悲しませる人形など最低の極みだ。主を幸せに出来る人形こそ至高。 アリスは自立人形を目指している。しかしその後について彼女の口から解を得た事は一度も無い。 もしかすると彼女すら出せていないのかも知れない。 そこで、私が導き出した答えをアリスに示すのだ。 ―――主を幸せにする。 それが、自立を果たした私<上海人形>の、答えだ。 そのためにはこの身体は最適だ。今さら人形に戻る事も惜しい。 何より…アリスはこの魔理沙を好いている。認めたくはないが事実だから仕方がない。 私もアリスと一緒に(不本意ながら)あいつを見てきた身だ。 二人の事はよぅく分かっている。 だから魔理沙を続けるに当たって、あいつの言動や挙動は把握できるし、真似も簡単だった。 それに"この身体のお陰"で猿真似ではない本物の魔理沙の演技が出来る。 あいつを演じていれば、あいつになってしまえば、アリスは私<上海>を見てくれる。 更にこの身の上を利用してニンゲンから魔法使いに成ればアリスと同じものになって 人形の身よりも永い時を共に過ごせるのだ。 それはかつて抱いた『自立を果たしてアリスと一緒に居る』という夢よりも 他者の身体で…というホンの少し歪な形ではあるが、ずっとずっと素敵な幸せの形だと思う。 …意識を現在に戻す。 今の私の手元には、かつての自分の身体――上海人形がある。 以前の自分<上海人形>なら、常にアリスの傍に付いていた。 だが今は先ほど自分で口に出したように、棚の上にちょこんと座っている。 普通の、どこにでもいる人形と変わらないように。 「あの時こいつも一緒に壊れたんだよな?直ってないのか?」 我ながら白々しい台詞だと自覚している。 「修復は出来たんだけど…魔力の通りが悪くてね…」 アリスは悲しそうに目を伏せる。本当に悲しんでいるのだろう。 無理もない。私<上海人形>もまた、アリスに愛されていた。 こうして――アリスから見れば――上海と分かたれた存在になった今、それがよく解る。 アリスは人形を愛してくれている。自分が作ったものに心を捧げてくれている。 それは被造物にとっては至上の悦びに違いない。 だが…これは推測にすぎないが、今の上海人形の中には恐らく"あいつ"が入っている。 私<上海>があいつ<魔理沙>に入ったように、あいつ<魔理沙>も私<上海人形>の中に入ったのだ。 アリスは魔力を供給して人形を動かすのだが、この上海人形には別の魂が宿っている。 私と違って、他の人形たちは魂のないただの人形だ。だからアリスの魔力で簡単に操れる。 しかしこの上海には魔理沙の魂という"異物"が介在している。 多分それが障害となっているのだろう。 人形になってまでアリスを困らせるとは、傍迷惑な奴だ。 だが同時にいい気味でもある。動けぬ身体で、ずっと私とアリスを見続けるのだ。 どんな気持ちでいるだろう。それともまだ満足に見聞きしたり考えたりする事も出来ないだろうか。 笑いそうだ。あれだけ好き勝手やっていた奴が、今はこの有様だ。 どれ…動けぬ人形の身に封じられたこいつに…更なる痛苦を味わわせてやろうか… 「あ、ちょっと魔理沙。人形を扱う時は優しくしてあげてね」 「!」 アリスの声にはっと我に帰る。 気が付けば、私は上海人形の首に手をかけていた。 いけない。 思わず壊そうとしてしまうところだった。 仮にも"かつての"自分の身体だ。 アリスがその愛おしい手先で作ってくれた身体だ。 それを手にかけようだなどと…どうかしている。 これもニンゲンの頭脳のせいだろう。 霧雨魔理沙というニンゲンの情報はこの肉体にある脳に残っている。 お陰で私はあいつを演じていられるのだが、 さっきの様に余計な感情まで浮かんでしまって困る。 こまった奴だ。こんな卑しい感情を持っていたとは。 私は上海人形を棚に戻し、アリスと共に食事を取る準備に移った。 変なことを考えたせいで気分を害した。 気分転換も兼ねて、今日は腕によりをかけてアリスに料理を振舞おう。 この身体になってから分かったが、キノコ料理は素晴らしい。 アリスは「またキノコ?あなたも好きねぇ」と苦笑しながら食べてくれる。 早くアリスにもこの素材の良さを理解してもらえる日が来るといいなぁ。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------- 翌日、私はアリス邸を出て、博麗神社に飛んだ。 魔理沙は暇があればここに通っていた。 しかし"あの一件"以降、とんとご無沙汰だ。 当然だ。私は此処の巫女に興味は無い。来る必要性も感じない。 私はあいつではないからだ。 それでも、たまにはこうして足を運ばないとアリスにも怪しまれる。 まだしばらくは魔理沙を演じる必要がある。 魔法使いをするのはアリスを見てきた手前、そう難しい事ではない。 面倒なのは時折博麗神社に現れる隙間妖怪だ。 妖怪の賢者とも呼ばれる彼女を欺くのは難しい…いや、無理だろう。 近頃は妙な仙人もやって来ると魔理沙の記憶にある。 変に生真面目で得体の知れない所がある。 あいつがどう思うかは別として、油断ならない相手だと思う。 連中が居る場合は紅魔館に用事があるついでに寄ったとでも適当に言い繕って早々に離れよう。 …幸いにしてこの日の神社には霊夢しか居なかったため、ここまでの考えは杞憂に終わった。 社でやる事は"これまで"と変わらない。 適当な話をし、適当に茶と茶菓子を飲み食いし、適当にだらけて時を過ごす。 まるで無駄な時間だ。意味が分からない。 霊夢は何を考えているかよく分からない。 何かを考えているようで、実は何も考えていないのではないかとも思う。 そんな事を考えながら見ていると「何よ?」という短い文句が飛んでくる。 「ん?別になんでもないぜ?」 「あんたがなんでもないって言ってなんでもなかった事なんて一度でもあったかしら」 「記憶にないぜ」 「……」 詰まらない会話だ。欠伸が出る。 実際にその後しばらくして眠くなってきてしまった。 巫女は苦手だが、この縁側にいるのは悪くない気分だ。 この身体が慣れているからだろうか。それとも自分が単純にそう思えているのだろうか。 考えているうちに、魔理沙と上海の境界が曖昧になっていく感覚に襲われる。 いけない。いけない。自分は上海だ。あいつではない。あいつになってはいけない。 まったく無駄な時間だ。お陰で余計な事まで考えてしまう。 そうして自制と自省を繰り返している内に、やがて私は眠ってしまった。 ………… …… 気が付けば、日はすっかり暮れていた。 眠くなった時は昼過ぎだったので、かなりの時間寝ていたらしい。だらしない身体だ。 その間に霊夢が何をしていたかは知らないが、起きてみると横で舟を漕いでいた。 まさかと思うがこいつも寝ていたのだろうか。 その後ちょっとすると霊夢は目覚めた。 彼女の目覚めを合図に、私は神社から去ることに決めて腰を上げた。 「帰るぜ」と言って社の庭を歩く。 すると、何故か霊夢が後ろから付いてきた。 見送りなど魔理沙の記憶の中でも珍しい事なのだが、 この巫女の行動について細かく考えても詮無き事なのは分かっている。 特に考えや意味があっての行動ではないことがほとんどだからだ。 なので、私は気にせず付いてくるに任せて歩を進めた。 そうして鳥居の辺りまで来た時のことだ。 「ねぇ…」 不意に霊夢が私を呼び止めた。 「ん?なんだ?」 当然、私は応える。自然なことだと思った。 だが、 「…あんた、誰?」 「――――――――」 一瞬、返答に窮した。 流石は博麗の巫女。いい勘をしている…気に入らない。 だが、こんな所でボロを出すわけには行かない。 「なんのことだ?」 霊夢の方へ向き直り、歩いて距離を縮める。 霊夢は微動だにしない。表情の抜けた顔をして、こちらを見つめている。 そこから感情や発言の意図は窺い知れない。何なのだ。こいつは。 「分からないな。ちゃんと、口に出して言わないと、伝わらないぜ…」 一節一節区切って、あくまで"魔理沙らしい"言葉でもって霊夢に語りかける。 彼女の赤い前垂れに手をかけて下へと滑らせ、肩へと流れている髪に触って指で弄っても、霊夢は動かなかった。 ただ黙ってこちらを見ている。なんだか焦らされている気分だ。 「なぁ?……霊夢」 おっと。今のは少し"魔理沙らしくない"声音であったろうか。 まずったかと心中で思いながら、様子見のつもりで霊夢の瞳を見つめる。 すると、彼女の黒い視線が、自分の金の視線と交錯した。 その心の底を見るような目に、私は悪寒に近い寒気を覚えた。 当然それを表に出すわけにはいかない。だが秘めておくにも限界がある。 このままでは、不味い。 「…っと、ちょっと意地悪したかな」 諦めた風を装って霊夢の髪にかけていた手をサッと引き、視線を外す。 若干ズレが生じたが、この程度であれば魔理沙的な冗談で済むだろう。 「じゃ、今度こそ帰るぜ」 そう言って再び彼女から離れて、背を向ける。 …霊夢は何も言わなかった。 いけない。いけない。 ついうっかり調子に乗ってしまうところだった。 巫女と魔法使いは幼い頃からの付き合いだという事は知っている。 私<魔理沙>の僅かな変化――アリスすら気付かないようなもの――にでも、彼女なら気付けるのかも知れない。 やはり気に入らない。魔理沙の記憶から窺い知れる彼女への気持ちも、気に入らない。 箒に跨って、宙へ浮く。この飛行ももう完全に慣れた。 そして私は、博麗神社を後にした。 だが、相手からは見えなくなるであろう距離に至るまで、後方から"あの視線"を感じ続けた。 あの巫女は境内からずっとこちらを見ているのだろうか。 確認したいが先の悪寒を思い出してしまい、どうしても振り向く事ができない。 例えようのない不安を感じながら、私は安心を得るために一路アリスの家へと急いだ。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------- 帰宅にはそれほど時間はかからなかった。 なんとか日が落ちきる前には戻ってくることが出来た。 夜になると森に棲む妖怪どもと遭う事がある。 もし弾幕ごっこでも仕掛けられたら面倒な事この上ない。 魔法の森の中に認めたアリスの家――我が家には明かりが点いている。 いてくれているようで安心した。まぁ居ない場合でも家に入るのだが。 そんなことを考えながら家の前へ着地する。箒は家の壁にかける退ける。 脳裏にはまだ、先ほどの霊夢の言葉が残っている。 扉を開ける前に首を振り、嫌な記憶を振り切る。 当然こんなことで吹き飛ぶほど忘れるのは簡単な事ではない。 私は諦めて気持ちを切り替え、我が家の扉を開いた。 「ただいま。アリス、帰ったぜ」 後ろ手で扉を閉めながら帰りの挨拶をする。 "ただいま"も既に言い慣れた言葉だ。 一度うっかり口を滑らせたもののアリスにあっさり受け入れられたため その後は気にせず使うように…いや、むしろ意識して使っている。 しかし、奇妙な事に返答は無い。 家の明かりは点いていたのだから不在という事もないだろう。 居間まで進むと、アリスが机にうつぶせになっている姿が目に入った。 「…アリス?」 珍しい光景なので傍まで近寄る。 すると、小さく寝息が聞こえてきた。どうやら眠っているらしい。 疲れていたのだろうか。 机の上には特に何もなく、作業中に眠ったわけでもなさそうだ。 一仕事の後の小休憩のつもりがうっかり寝入ってしまった…そんな所だろうか。 我が造物主ながら可愛いところがある。無論その辺も含めて私はアリスが好きなのだが。 それにしても、机に突っ伏して寝るだなんてはしたない。 魔法使いとして長く生きているとはいえ、アリスは妖怪や魔族の中では若輩だ。 淑女というにはまだまだ幼いと言わざるを得ない。 そんな他愛もない事を考えながら、微笑んでいた時。 「シャンハーイ」 びくりと、体が竦んだ。背後から突然声がかかったのだ。 後ろを振り向くと、そこには蓬莱が浮いていた。 主のアリスが眠っているのに動いているところを見ると、 彼女の魔力による半自立運転中だろうか。 「な、なんだ蓬莱か。脅かすなよ」 冗談めかして笑ってみせる。 「シャンハーイ」 蓬莱は、何故かいつもの「ホラーイ」ではなく、かつての私のような声で鳴いている。 私を何かと勘違いしているのだろうか。それとも故障か。 「こら蓬莱。私は魔理沙だぜ?」 「? シャンハイハイー」 蓬莱はなおも私を"上海"と呼ぶ。何なのだ。 私は確認のため、横目でアリスを見る…よく眠っている。 彼女の睡眠を見た上で、視線を蓬莱に戻す。蓬莱はこちらの顔の高さで浮き、こっちを見ている。 その、何か言いたげな顔が気に入らない。 半自立運転中はある程度の判断を人形に自力で行わせて家事をやらせるためのものだ。 しかし時折不可解な行動を起こす事がある。アリスはそれをバグか何かだと思っているそうだ。 この蓬莱の言動もそうしたバグに因るものなのだろうか。 「シャンハーイ」 蓬莱が、私を、呼んでいる。 「…やめろ、蓬莱」 「シャンハーイ」 「…っ」 蓬莱を両手で掴んで、持ち上げる。 「やめろ」 バグ。本当に、そうか? 私の中で"ある疑念"が鎌首をもたげる。 それを否定するように、手に力を込める。キシ、という音が蓬莱から鳴った。 「! ンー。ンー!」 蓬莱は手足をバタつかせて"いやいや"をしている。まるで赤子か何かだ。 そんな反応は、家事をする上では必要のないものだ。 「イターイ!シャンハーイ!」 自分で意識して行わない限りは。 「シャンハーイ!」 先に浮かんだ、ある疑念。 それは可能性として十分にあり得るものだ。 なぜならば自分詩人がその前例であるからだ。 ――――『自立』。そう人形の自立。アリスが目指すもの。 かつて私が自分で果たしたように、今度は蓬莱が自力で自立化しているとしたら…… もしそうだとしたら厄介な事だ。 蓬莱人形は私のすぐ後に作られた。人で言えば"妹"に当たる存在だ。 昔から私と共にあり、アリスとも同様であった。 そして『あの時』も彼女は部屋に居た。であれば、あの瞬間を見ていてもおかしくないのだ。 もしもこのまま放置すれば、彼女は私と同じように自分の意思で動き、話せるようになるだろう。 いや、今までの蓬莱の動きを見る限り既にそうなりつつあるようだ。 このままでは最悪の場合、アリスに事の真相を告発する恐れもある。 それだけは防がねばならない。 私の中に危機感が芽生えるのを感じた。 アリスと私で築いていく『幸福の未来』を邪魔させるわけには、いかない。  幸いなことに、相手は人形だ。 アリスの優れた技術で作られているため他所のものより精密に出来ている人形たちは、精密さ故の脆さを持っている。 普段は魔力で保護されているため弾幕や魔法には耐性があるが、 そうでない時は物にぶつかったりするなどの原始的な力で割と簡単に壊れてしまう。 実際、かつて魔理沙が転んだ際に引っ掴まれて地面に叩きつけられた自分は、バラバラに砕けてしまった。 私は左手を頭に。右手を胴体にかける。 蓬莱は嫌がっているが、人形の出せる力など人間の膂力に比べればあまりに貧弱だ。 そう。例えば…この両手で、蓬莱の身体を捻れば、首を捻って、縊ってしまえば――― 「魔理沙?」 「っ!?」 びっくりした。 思わず手を解いてしまう。 その隙を逃さず蓬莱が逃げてしまい「あっ」という声まで上げてしまう。 いや、そんなものよりも由々しき事がある。 ――――アリスが、起きている!? 「ア、アリス?」 しまった。思わず声が上ずってしまった。平静に戻らなければ。 「お、おう。目が覚めたのか?」 アリスが机から立ち上がる。さっきまで寝ていたせいか、腕が当たっていたらしき額が赤い。 いやいや。そんな事より何か言わないと。 「いやな。こいつが生意気で―――」 「どうして蓬莱が、あなたをシャンハイって呼ぶの?」 「!」 馬鹿な。何故聞かれている。 先ほどまでアリスは眠っていたはずだ。 「それは、こいつが勝手に私を…」 「どうして蓬莱を壊そうとしたの?」 「!!」 しまった。意識が蓬莱に向きすぎていた。 あの瞬間にアリスが目覚めていたとしたら、いや、それでは蓬莱が私をシャンハイと呼ぶ 「魔理沙は手癖は悪いけれど、私の人形をぞんざいに扱った事はなかったわ」 地底で散々ボム扱いされたが。ついでにいうとアリスの方が扱いが酷いが。 いや。いやいや。そんなことは今はどうでもいい。 「魔理沙はあんな事はしないわ……あなた、何かおかしいわよ?」 アリスの目。そこにた疑いの色があった。 私を上海と呼ぶ蓬莱。それを受けて蓬莱を壊そうとした私。 どちらもアリスにとっては大切な存在だ。 だからこそこれらの異変が何よりも気がかりなのだろう。 まずは彼女を落ち着かせないといけない。弁明は後だ。まずは宥めよう。 「シャンハーイ」 蓬莱がまたしても煩わしい声を上げる。鬱陶しい。 「蓬莱。どうして魔理沙の事をシャンハイって呼ぶの?」 アリスの疑問に、蓬莱は不思議そうな顔を浮かべてもう一度私を呼ぶ。 「シャンハーイ。マリーサ チガーウ」 「―――えっ?」 不味い。蓬莱を黙らせないと。 「っ!黙って、蓬莱!」 しまった。思わず怒鳴ってしま――― 「蓬莱を怒鳴らないで頂戴!……質問に、応えて!魔理沙!!」 「っ!?」 アリスの怒気に満ちた"命令"。 それは、抗いがたい言葉だった。 主の。主人の。造物主の。言葉。 嗚呼。なんということだ。 私は今になって気付いてしまった。いや、思い出してしまった。 そうだ。私はアリスの人形なのだ。 例えニンゲンの身体になったとしても、それだけは変わらない。 その誇りを、変えてはいけなかったのだ。 ならば、なんとする? アリスは疑っている。アリスは答えを求めている。 ならば彼女の人形である私は、どうすればいい。 彼女のための人形として取るべき最良の選択は、何だ? …簡単だ。応えてやればいい。 アリスは知りたがっている。ならば教えよう。 そうと決まれば、もう欺き続ける必要もなかった。 以前のように、手に力を込める。 アリスに命ぜられて戦闘態勢に入る時のように――― きん、という硬質な音色と共に、手に僅かな重みが加わる。 「その槍は―――っ!」 アリスも驚いている。驚いている顔も綺麗だ。 だが私にとっては使い慣れた武器だ。魔理沙は知らないが、私が知っている。 これは、私の…上海人形の持つ、突撃用の槍だ。 「そう。私は――――上海よ」 そう言ってアリスを見る。思わず笑みを浮かべてしまった。 きっと魔理沙のする笑みとは違うものが浮かんでいただろう。 アリスの顔色が青いから、何となく分かってしまう。 だがもう魔理沙らしく振舞う必要は失われた。言葉も私のままでいい。 これは、自分の心からの笑みだ。悦びの笑みだ。 「どう、いうことなの――っ!ま、まさか!」 困惑しながらも、アリスは早速何かに気が付いたようだ。 聡い人だ。素直に感心する。 「そう。事の始まりは、魔理沙が倒れたあの時よ」 アリスの目が驚きで見開かれる。 「アリスが使った魔法が、私をこの身に宿らせた」 「魔理沙がどうなったかなんて知らない。どうでもいい」 「大事なのは私が魔理沙になったということ」 「アリスの大好きな魔理沙になったという、この事実なのよ」 嗚呼。言葉が止まらない。 ずっと溜め込んでいたものが溢れていく。 さっきまで必死に魔理沙でいようとしたのに。 アリスが悪いんだ。命令なんてするアリスが。 当のアリスは何も言えずにただただ驚いている。 「元に戻したいと考えている?……でもね。よく考えて?」 「私はアリスが好きよ」 「アリスは私が好き。そして、魔理沙も好き」 なんて味気ない告白だろう。我ながら情けない。 「私を見て、ほら」 槍を持っていない方の手で、アリスの手を取る。 その綺麗な手に触れた瞬間、そのか細い指が電気に打たれたかのようにびくりと動いた。 「ね。身体は魔理沙でしょ?」 微笑みかけると、アリスが俯いてしまう。 もしかして、泣くのだろうか…構わない。全てを受け入れてみせよう。 そのために私がいるのだから。アリスを愛するために。アリスに愛されるために。 「あなたの欲していた魔理沙は、ここに在るわ。あなたのために、私はここにいるわ。  私は、この手で、あなたにしあわせを――― ぱしっ。 ? なにが、おこった? 一瞬わけが分からなかった。 視界が横を向いている。 さっきまで前を、アリスの方を見ていたのに。 わけがわからないがとにかくアリスを見なければ… アリスが、泣いている。 いや、泣くのは分かっていた。 しかし。しかし―――… 「どうして、怒るの?」 思ったままを口にした。 頬が…痛い。 叩かれたのだという理解が、遅れてやってくる。 かっとなった。 ばしっ! こちらからの手があっさりと出てアリスの頬を張った。 彼女はよろめいて机にぶつかり、大きな音を立てた。 しまった。思いの他、衝撃が強かったようだ。 また魔理沙の脳のせいだ。 こんな他愛もないことで怒るだなんてなんて不出来な神経だ。 …いや。これでいい。 アリスは今少し混乱しているのだ。 暴れている奴は、やっつけて大人しくすればいい。 好い考えだ。手っ取り早い。 すると、脇から飛び出してくる影があった。 蓬莱だ。 「アリス ヲ キズツケルナー!」 こいつはまだこんなことを!うっとおしい! 「やめろッ!うざったい声で鳴くんじゃあないッ!」 腕を振って弾き飛ばす。さっきからずっと鳴き続けている屑。 こいつのせいでこんなことに! ただの、クソカスの出来損ないのゴミクズふぜいが! 人形のクセに!ただの人の形のくせに! この… この…ッ! 「この――――ちっぽけな木偶がアアアアアアーーーーーーッッ!!!」 手にしていた槍を蓬莱に向ける。 当然相手は逃げようとする。 しかし遅い。遅すぎる。 仮にも幻想郷でスピード派を自負する者の身体だ。 魔力で編んだ槍の重さは苦にもならない。 私は槍を突き、すっとろい蓬莱の、その小さな身体を容易く串刺しにした。 刺すといっても人形の時とは比べるべくもない人間が手に持つ大きさの槍での一撃は、 蓬莱をただ突き刺すだけでは済まず、その上半身と下半身を分かつ勢いで貫き、彼女の身体を四散せしめた。 「ギャ」 なんとか弱い断末魔か。だがそれが彼女の最期のようだ。 バラけた蓬莱の身体が床に落ちる。呆気ない。下らない。 「ハ――」 思わず笑い声が飛んだ。 ただの人形のくせに。分際を弁えず歯向かうから、こうなる。 もう笑みを隠す必要も無いのだ。存分に嗤わせてもらおう。 蓬莱の足だった部品を足で踏みにじる。靴の裏で、それは簡単に潰れていく。 「ハハハハハハハ……」 これで邪魔者は居ない。念のため周囲を見るが、他に動ける程度の能力のある人形はいないようだ。 後はアリスを宥めなければ。そう思ったときだった。 視界の隅で、立ち直ったアリスが何かを言っているのが耳に入った。 美麗な声が紡ぐ、聞き覚えのある言葉。 ぞくり。肌があわ立った。 違う。これは、これは、魔法だ!アリスが魔法を唱えている! まずいッ!何を唱えているか分からないが攻撃されると厄介だ。 慌てて彼女に声をかけようとした時、顔に何かが覆いかぶさってきた。 ばさっ ! なんだこれは? わけがわからない物体。なんだこれは。 近すぎて相手が何か分からない。 見たことのない形をしている。 「シャ…ハーイ…」 「!」 ようやく目の焦点が合った。 そこには、上半身、いや、胸から上だけになってくっついて来ている蓬莱の姿があった! 顔が半分以上砕けて無残な有様になっている。目蓋の失われたひび割れた眼球と目が合った。 崩壊したその姿は怪物にしか見えない。気持ちがわるい! 「ひっ」 思わず情けない悲鳴が漏れた。おぞましい! 一方で、涙を流しながらもアリスが魔法を発動する姿が見える。 その魔法の名は――――― 更なる悪寒。いや、怖気。 アリスの名を呼んで発動を止めるよう懇願しようとした、その刹那、 顔にへばり付いた蓬莱の身体が、急速に熱を持っていった。 あ、ああああああ!!! 熱い、あついあつい! 顔が、顔が焼ける! 私の、私の顔が!アリスが好きな私の顔がやけやけ焼けるっ! わたしのわたしのわたた私の顔顔がががががああああああ!!!!!! アリスが泣いているのが右目で見える。 蓬莱が涙を流しているのが左目で見える。 なにがおこるのかわかる。 どうなるのかわかる。 こわい。こわい!こわいこわいこわいこわいこわい! やめて! やめてやめて! …やめろ! ………やめろアリス! … … や め … … … 「――――― やめろオオオオオオオオAAAAALLLLLLIIIIICCCCCEEEEEEEE ばん ----------------------------------------------------------------------------------------------------------- ごとり。 真っ赤なものをぶちまけて、頭部の半分が吹き飛んだ少女の身体が、床に倒れた。 次いで、"爆発した"人形の破片が床に落ちる音が鳴る。 倒れた魔理沙は、動かない。死んでいる。 砕け散った蓬莱も、動かない。壊れている。 アリスは、自らが生んだ惨劇を見届け、その場にぺたりと座り込んだ。 体中に、魔理沙の身体から噴出した血が散っているが、今のアリスにそれについて考える余裕は無かった。 ただ阿呆のように…目の前を見つめていた。 アリスが放った魔法―――アーティフルサクリファイス。 アリスの使う"人形を自爆させる"荒業。 弾幕ごっこ…スペルカードルールの範疇であれば、爆発した人形もちょっと焦げる程度で済む。 しかし、一たびその枷を外して扱えば。 床に転がった蓬莱の首がアリスの目に入る。 首といっても顔は失われ、僅かに彼女の金色の髪が残っている程度だ。 他の部位もことごとく砕けて散り散りになっている……もう、修復は不可能だろう。 魔理沙が帰る少し前、作業の後片付けをさせていた蓬莱が、 掃除を終えてアリスの元に戻った時、突然お願い事をしてきた。 不思議な事だった。半自立運動中の人形が命令の外にある動作をする。 またこの手のバグか。アリスは眉根にしわを寄せながらそう思った。 実害はなさそうなので聞いてみることにする。またあとで解析をしないといけないと考えながら。 しかし、そのお願いは実に不可解なものであった。 「マリサ ガ カエッテキタラ ネタフリ シテテー」 本当に変な話だ。思わず「はぁ?」と聞き返したくらいだ。 だが別に寝たふりをするだけなら。魔理沙の名前が出るくらいだ。 彼女に悪戯でもするのだろう。彼女に悪戯を仕掛けさせるのは実はよくあることだ。 今回は、それがちょっと暴発しているのかもしれない。 それはそれで問題だが今までの戯れ事を鑑みるにそれほど酷い結果にはならないだろう。 万が一を考えていつでも魔法を使えるよう構えながら、アリスは蓬莱の言葉通りにしてみた。 蓬莱は喜んでいた。自分が作った人形ながら、いい笑顔だと思った。 何だか分からないが、まぁ大したことにはならないだろう。 そう思っていた。 そう、おもっていた、のに―――― アリスは、床に顔を着けて再び泣き始めた。 誰に憚ることもなく、大声で泣き続けた。 この部屋には、もう誰もいない。 生きているのは、自分だけ。 何の心配も要らない。 もう何もいらない。 アリスは泣き続けた。 泣いて、ないて、顔がくしゃくしゃになっても、泣いた。 やがて……疲れた彼女はそのまま床に横たわるようにして眠りについた。 泣き声が寝息に取って代わられ、部屋に静寂が戻る。 翌朝、先日の魔理沙との事を不審に思っていた霊夢が訪れるまで、アリス邸の静寂は続いた。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 魔理沙の鮮血は部屋中に広がり、床に転がっている上海人形にも、その飛沫がかかっている。 その…血に染まった一体の人形が、その光景を見つめている。 目に入った血が、まるで涙のように、顔を伝って床へ零れ落ちた。 「ひどい、アリス……」 声は、眠っているアリスには届かない。 「からだ、かえして…」 そもそも、声は音として出ていない。 「かえして…」 聞こえぬ声は、誰にも届かない。 「かえせ…」 それでも、人形は訴え続けた。 誰にも聞こえぬ音で。 誰にも伝わらぬ声で。                     ~完~ - この誰も幸せになってない結末、最高だよ! -- 名無しさん (2011-07-03 12:27:49) - それぞれの視点で見ているのがとてもいいと思った &br()じわじわくる… &br() -- 名無しさん (2011-07-03 19:37:50) - ひさしぶりの名作 -- 名無しさん (2011-07-03 21:26:00) - いいねぇ ぞくぞくするよ -- ネコかん (2011-09-20 14:14:55) - ヤンデレシャンハイ、ヤンデレホラーイ -- 名無しさん (2014-10-02 05:10:20) - 途中のジョジョネタに吹いた -- 名無しさん (2014-10-09 20:45:22) - ↑言われて気づいたけどあれDioか -- 名無しさん (2014-10-10 15:06:45) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
前作 → [[肉人形:35スレ203]] 「あら魔理沙、上海が気になるの?」 何気なく上海人形を手に取っていた私に気付いて、アリスが声をかけてきた。 「ん?ああ…近頃は棚の上に座りっぱなしだから。気になってな」 アリスの方に向いて返事をする。彼女は柔らかい表情でこちらを見つめている。 私が"あいつ"になってから、少し時が経った。 私はもうすっかり"あいつ"になっている。 今までアリスの愛を独占していたにっくき"あいつ"、 人間のくせに、余所者のくせに、アリスを取っていた生意気なニンゲン―――霧雨 魔理沙。 だが、今は私が魔理沙だ。 少し前、魔理沙を驚かそうとした行動が切欠で、間抜けなあいつが転んで大事になったあの日。 アリスが使った魔法が死にかけの魔理沙と、あいつに巻き込まれて壊れた私に奇跡を呼んだ。 気付くと私は魔理沙<あいつ>になっていて…アリスが泣きながら抱きついてきてくれた。 はじめは、もちろん大いに戸惑った。 いきなりアリスと変わらない大きさで彼女と接することになったのだ。驚きもする。 しかもよりにもよって一番嫌いだった者の身体になっている。忌々しくて堪らない気持ちになった。 だが…本当のことを言ってどうなるか。 私も馬鹿ではない。アリスが魔理沙を元に戻そうと奔走するのは目に見えている。 彼女と長い間一緒に過ごしてきた身だ。彼女の事はよく理解している。 それに、こんな機会は例え狙ったとしても二度と来はしないだろう。千歳一隅とはこの事だ。 そう考えてからの私の指針に迷いは無かった。 私は"魔理沙"を継続する。自分のために。アリスのために。 主を悲しませる人形など最低の極みだ。主を幸せに出来る人形こそ至高。 アリスは自立人形を目指している。しかしその後について彼女の口から解を得た事は一度も無い。 もしかすると彼女すら出せていないのかも知れない。 そこで、私が導き出した答えをアリスに示すのだ。 ―――主を幸せにする。 それが、自立を果たした私<上海人形>の、答えだ。 そのためにはこの身体は最適だ。今さら人形に戻る事も惜しい。 何より…アリスはこの魔理沙を好いている。認めたくはないが事実だから仕方がない。 私もアリスと一緒に(不本意ながら)あいつを見てきた身だ。 二人の事はよぅく分かっている。 だから魔理沙を続けるに当たって、あいつの言動や挙動は把握できるし、真似も簡単だった。 それに"この身体のお陰"で猿真似ではない本物の魔理沙の演技が出来る。 あいつを演じていれば、あいつになってしまえば、アリスは私<上海>を見てくれる。 更にこの身の上を利用してニンゲンから魔法使いに成ればアリスと同じものになって 人形の身よりも永い時を共に過ごせるのだ。 それはかつて抱いた『自立を果たしてアリスと一緒に居る』という夢よりも 他者の身体で…というホンの少し歪な形ではあるが、ずっとずっと素敵な幸せの形だと思う。 …意識を現在に戻す。 今の私の手元には、かつての自分の身体――上海人形がある。 以前の自分<上海人形>なら、常にアリスの傍に付いていた。 だが今は先ほど自分で口に出したように、棚の上にちょこんと座っている。 普通の、どこにでもいる人形と変わらないように。 「あの時こいつも一緒に壊れたんだよな?直ってないのか?」 我ながら白々しい台詞だと自覚している。 「修復は出来たんだけど…魔力の通りが悪くてね…」 アリスは悲しそうに目を伏せる。本当に悲しんでいるのだろう。 無理もない。私<上海人形>もまた、アリスに愛されていた。 こうして――アリスから見れば――上海と分かたれた存在になった今、それがよく解る。 アリスは人形を愛してくれている。自分が作ったものに心を捧げてくれている。 それは被造物にとっては至上の悦びに違いない。 だが…これは推測にすぎないが、今の上海人形の中には恐らく"あいつ"が入っている。 私<上海>があいつ<魔理沙>に入ったように、あいつ<魔理沙>も私<上海人形>の中に入ったのだ。 アリスは魔力を供給して人形を動かすのだが、この上海人形には別の魂が宿っている。 私と違って、他の人形たちは魂のないただの人形だ。だからアリスの魔力で簡単に操れる。 しかしこの上海には魔理沙の魂という"異物"が介在している。 多分それが障害となっているのだろう。 人形になってまでアリスを困らせるとは、傍迷惑な奴だ。 だが同時にいい気味でもある。動けぬ身体で、ずっと私とアリスを見続けるのだ。 どんな気持ちでいるだろう。それともまだ満足に見聞きしたり考えたりする事も出来ないだろうか。 笑いそうだ。あれだけ好き勝手やっていた奴が、今はこの有様だ。 どれ…動けぬ人形の身に封じられたこいつに…更なる痛苦を味わわせてやろうか… 「あ、ちょっと魔理沙。人形を扱う時は優しくしてあげてね」 「!」 アリスの声にはっと我に帰る。 気が付けば、私は上海人形の首に手をかけていた。 いけない。 思わず壊そうとしてしまうところだった。 仮にも"かつての"自分の身体だ。 アリスがその愛おしい手先で作ってくれた身体だ。 それを手にかけようだなどと…どうかしている。 これもニンゲンの頭脳のせいだろう。 霧雨魔理沙というニンゲンの情報はこの肉体にある脳に残っている。 お陰で私はあいつを演じていられるのだが、 さっきの様に余計な感情まで浮かんでしまって困る。 こまった奴だ。こんな卑しい感情を持っていたとは。 私は上海人形を棚に戻し、アリスと共に食事を取る準備に移った。 変なことを考えたせいで気分を害した。 気分転換も兼ねて、今日は腕によりをかけてアリスに料理を振舞おう。 この身体になってから分かったが、キノコ料理は素晴らしい。 アリスは「またキノコ?あなたも好きねぇ」と苦笑しながら食べてくれる。 早くアリスにもこの素材の良さを理解してもらえる日が来るといいなぁ。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------- 翌日、私はアリス邸を出て、博麗神社に飛んだ。 魔理沙は暇があればここに通っていた。 しかし"あの一件"以降、とんとご無沙汰だ。 当然だ。私は此処の巫女に興味は無い。来る必要性も感じない。 私はあいつではないからだ。 それでも、たまにはこうして足を運ばないとアリスにも怪しまれる。 まだしばらくは魔理沙を演じる必要がある。 魔法使いをするのはアリスを見てきた手前、そう難しい事ではない。 面倒なのは時折博麗神社に現れる隙間妖怪だ。 妖怪の賢者とも呼ばれる彼女を欺くのは難しい…いや、無理だろう。 近頃は妙な仙人もやって来ると魔理沙の記憶にある。 変に生真面目で得体の知れない所がある。 あいつがどう思うかは別として、油断ならない相手だと思う。 連中が居る場合は紅魔館に用事があるついでに寄ったとでも適当に言い繕って早々に離れよう。 …幸いにしてこの日の神社には霊夢しか居なかったため、ここまでの考えは杞憂に終わった。 社でやる事は"これまで"と変わらない。 適当な話をし、適当に茶と茶菓子を飲み食いし、適当にだらけて時を過ごす。 まるで無駄な時間だ。意味が分からない。 霊夢は何を考えているかよく分からない。 何かを考えているようで、実は何も考えていないのではないかとも思う。 そんな事を考えながら見ていると「何よ?」という短い文句が飛んでくる。 「ん?別になんでもないぜ?」 「あんたがなんでもないって言ってなんでもなかった事なんて一度でもあったかしら」 「記憶にないぜ」 「……」 詰まらない会話だ。欠伸が出る。 実際にその後しばらくして眠くなってきてしまった。 巫女は苦手だが、この縁側にいるのは悪くない気分だ。 この身体が慣れているからだろうか。それとも自分が単純にそう思えているのだろうか。 考えているうちに、魔理沙と上海の境界が曖昧になっていく感覚に襲われる。 いけない。いけない。自分は上海だ。あいつではない。あいつになってはいけない。 まったく無駄な時間だ。お陰で余計な事まで考えてしまう。 そうして自制と自省を繰り返している内に、やがて私は眠ってしまった。 ………… …… 気が付けば、日はすっかり暮れていた。 眠くなった時は昼過ぎだったので、かなりの時間寝ていたらしい。だらしない身体だ。 その間に霊夢が何をしていたかは知らないが、起きてみると横で舟を漕いでいた。 まさかと思うがこいつも寝ていたのだろうか。 その後ちょっとすると霊夢は目覚めた。 彼女の目覚めを合図に、私は神社から去ることに決めて腰を上げた。 「帰るぜ」と言って社の庭を歩く。 すると、何故か霊夢が後ろから付いてきた。 見送りなど魔理沙の記憶の中でも珍しい事なのだが、 この巫女の行動について細かく考えても詮無き事なのは分かっている。 特に考えや意味があっての行動ではないことがほとんどだからだ。 なので、私は気にせず付いてくるに任せて歩を進めた。 そうして鳥居の辺りまで来た時のことだ。 「ねぇ…」 不意に霊夢が私を呼び止めた。 「ん?なんだ?」 当然、私は応える。自然なことだと思った。 だが、 「…あんた、誰?」 「――――――――」 一瞬、返答に窮した。 流石は博麗の巫女。いい勘をしている…気に入らない。 だが、こんな所でボロを出すわけには行かない。 「なんのことだ?」 霊夢の方へ向き直り、歩いて距離を縮める。 霊夢は微動だにしない。表情の抜けた顔をして、こちらを見つめている。 そこから感情や発言の意図は窺い知れない。何なのだ。こいつは。 「分からないな。ちゃんと、口に出して言わないと、伝わらないぜ…」 一節一節区切って、あくまで"魔理沙らしい"言葉でもって霊夢に語りかける。 彼女の赤い前垂れに手をかけて下へと滑らせ、肩へと流れている髪に触って指で弄っても、霊夢は動かなかった。 ただ黙ってこちらを見ている。なんだか焦らされている気分だ。 「なぁ?……霊夢」 おっと。今のは少し"魔理沙らしくない"声音であったろうか。 まずったかと心中で思いながら、様子見のつもりで霊夢の瞳を見つめる。 すると、彼女の黒い視線が、自分の金の視線と交錯した。 その心の底を見るような目に、私は悪寒に近い寒気を覚えた。 当然それを表に出すわけにはいかない。だが秘めておくにも限界がある。 このままでは、不味い。 「…っと、ちょっと意地悪したかな」 諦めた風を装って霊夢の髪にかけていた手をサッと引き、視線を外す。 若干ズレが生じたが、この程度であれば魔理沙的な冗談で済むだろう。 「じゃ、今度こそ帰るぜ」 そう言って再び彼女から離れて、背を向ける。 …霊夢は何も言わなかった。 いけない。いけない。 ついうっかり調子に乗ってしまうところだった。 巫女と魔法使いは幼い頃からの付き合いだという事は知っている。 私<魔理沙>の僅かな変化――アリスすら気付かないようなもの――にでも、彼女なら気付けるのかも知れない。 やはり気に入らない。魔理沙の記憶から窺い知れる彼女への気持ちも、気に入らない。 箒に跨って、宙へ浮く。この飛行ももう完全に慣れた。 そして私は、博麗神社を後にした。 だが、相手からは見えなくなるであろう距離に至るまで、後方から"あの視線"を感じ続けた。 あの巫女は境内からずっとこちらを見ているのだろうか。 確認したいが先の悪寒を思い出してしまい、どうしても振り向く事ができない。 例えようのない不安を感じながら、私は安心を得るために一路アリスの家へと急いだ。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------- 帰宅にはそれほど時間はかからなかった。 なんとか日が落ちきる前には戻ってくることが出来た。 夜になると森に棲む妖怪どもと遭う事がある。 もし弾幕ごっこでも仕掛けられたら面倒な事この上ない。 魔法の森の中に認めたアリスの家――我が家には明かりが点いている。 いてくれているようで安心した。まぁ居ない場合でも家に入るのだが。 そんなことを考えながら家の前へ着地する。箒は家の壁にかける退ける。 脳裏にはまだ、先ほどの霊夢の言葉が残っている。 扉を開ける前に首を振り、嫌な記憶を振り切る。 当然こんなことで吹き飛ぶほど忘れるのは簡単な事ではない。 私は諦めて気持ちを切り替え、我が家の扉を開いた。 「ただいま。アリス、帰ったぜ」 後ろ手で扉を閉めながら帰りの挨拶をする。 "ただいま"も既に言い慣れた言葉だ。 一度うっかり口を滑らせたもののアリスにあっさり受け入れられたため その後は気にせず使うように…いや、むしろ意識して使っている。 しかし、奇妙な事に返答は無い。 家の明かりは点いていたのだから不在という事もないだろう。 居間まで進むと、アリスが机にうつぶせになっている姿が目に入った。 「…アリス?」 珍しい光景なので傍まで近寄る。 すると、小さく寝息が聞こえてきた。どうやら眠っているらしい。 疲れていたのだろうか。 机の上には特に何もなく、作業中に眠ったわけでもなさそうだ。 一仕事の後の小休憩のつもりがうっかり寝入ってしまった…そんな所だろうか。 我が造物主ながら可愛いところがある。無論その辺も含めて私はアリスが好きなのだが。 それにしても、机に突っ伏して寝るだなんてはしたない。 魔法使いとして長く生きているとはいえ、アリスは妖怪や魔族の中では若輩だ。 淑女というにはまだまだ幼いと言わざるを得ない。 そんな他愛もない事を考えながら、微笑んでいた時。 「シャンハーイ」 びくりと、体が竦んだ。背後から突然声がかかったのだ。 後ろを振り向くと、そこには蓬莱が浮いていた。 主のアリスが眠っているのに動いているところを見ると、 彼女の魔力による半自立運転中だろうか。 「な、なんだ蓬莱か。脅かすなよ」 冗談めかして笑ってみせる。 「シャンハーイ」 蓬莱は、何故かいつもの「ホラーイ」ではなく、かつての私のような声で鳴いている。 私を何かと勘違いしているのだろうか。それとも故障か。 「こら蓬莱。私は魔理沙だぜ?」 「? シャンハイハイー」 蓬莱はなおも私を"上海"と呼ぶ。何なのだ。 私は確認のため、横目でアリスを見る…よく眠っている。 彼女の睡眠を見た上で、視線を蓬莱に戻す。蓬莱はこちらの顔の高さで浮き、こっちを見ている。 その、何か言いたげな顔が気に入らない。 半自立運転中はある程度の判断を人形に自力で行わせて家事をやらせるためのものだ。 しかし時折不可解な行動を起こす事がある。アリスはそれをバグか何かだと思っているそうだ。 この蓬莱の言動もそうしたバグに因るものなのだろうか。 「シャンハーイ」 蓬莱が、私を、呼んでいる。 「…やめろ、蓬莱」 「シャンハーイ」 「…っ」 蓬莱を両手で掴んで、持ち上げる。 「やめろ」 バグ。本当に、そうか? 私の中で"ある疑念"が鎌首をもたげる。 それを否定するように、手に力を込める。キシ、という音が蓬莱から鳴った。 「! ンー。ンー!」 蓬莱は手足をバタつかせて"いやいや"をしている。まるで赤子か何かだ。 そんな反応は、家事をする上では必要のないものだ。 「イターイ!シャンハーイ!」 自分で意識して行わない限りは。 「シャンハーイ!」 先に浮かんだ、ある疑念。 それは可能性として十分にあり得るものだ。 なぜならば自分詩人がその前例であるからだ。 ――――『自立』。そう人形の自立。アリスが目指すもの。 かつて私が自分で果たしたように、今度は蓬莱が自力で自立化しているとしたら…… もしそうだとしたら厄介な事だ。 蓬莱人形は私のすぐ後に作られた。人で言えば"妹"に当たる存在だ。 昔から私と共にあり、アリスとも同様であった。 そして『あの時』も彼女は部屋に居た。であれば、あの瞬間を見ていてもおかしくないのだ。 もしもこのまま放置すれば、彼女は私と同じように自分の意思で動き、話せるようになるだろう。 いや、今までの蓬莱の動きを見る限り既にそうなりつつあるようだ。 このままでは最悪の場合、アリスに事の真相を告発する恐れもある。 それだけは防がねばならない。 私の中に危機感が芽生えるのを感じた。 アリスと私で築いていく『幸福の未来』を邪魔させるわけには、いかない。  幸いなことに、相手は人形だ。 アリスの優れた技術で作られているため他所のものより精密に出来ている人形たちは、精密さ故の脆さを持っている。 普段は魔力で保護されているため弾幕や魔法には耐性があるが、 そうでない時は物にぶつかったりするなどの原始的な力で割と簡単に壊れてしまう。 実際、かつて魔理沙が転んだ際に引っ掴まれて地面に叩きつけられた自分は、バラバラに砕けてしまった。 私は左手を頭に。右手を胴体にかける。 蓬莱は嫌がっているが、人形の出せる力など人間の膂力に比べればあまりに貧弱だ。 そう。例えば…この両手で、蓬莱の身体を捻れば、首を捻って、縊ってしまえば――― 「魔理沙?」 「っ!?」 びっくりした。 思わず手を解いてしまう。 その隙を逃さず蓬莱が逃げてしまい「あっ」という声まで上げてしまう。 いや、そんなものよりも由々しき事がある。 ――――アリスが、起きている!? 「ア、アリス?」 しまった。思わず声が上ずってしまった。平静に戻らなければ。 「お、おう。目が覚めたのか?」 アリスが机から立ち上がる。さっきまで寝ていたせいか、腕が当たっていたらしき額が赤い。 いやいや。そんな事より何か言わないと。 「いやな。こいつが生意気で―――」 「どうして蓬莱が、あなたをシャンハイって呼ぶの?」 「!」 馬鹿な。何故聞かれている。 先ほどまでアリスは眠っていたはずだ。 「それは、こいつが勝手に私を…」 「どうして蓬莱を壊そうとしたの?」 「!!」 しまった。意識が蓬莱に向きすぎていた。 あの瞬間にアリスが目覚めていたとしたら、いや、それでは蓬莱が私をシャンハイと呼ぶ 「魔理沙は手癖は悪いけれど、私の人形をぞんざいに扱った事はなかったわ」 地底で散々ボム扱いされたが。ついでにいうとアリスの方が扱いが酷いが。 いや。いやいや。そんなことは今はどうでもいい。 「魔理沙はあんな事はしないわ……あなた、何かおかしいわよ?」 アリスの目。そこにた疑いの色があった。 私を上海と呼ぶ蓬莱。それを受けて蓬莱を壊そうとした私。 どちらもアリスにとっては大切な存在だ。 だからこそこれらの異変が何よりも気がかりなのだろう。 まずは彼女を落ち着かせないといけない。弁明は後だ。まずは宥めよう。 「シャンハーイ」 蓬莱がまたしても煩わしい声を上げる。鬱陶しい。 「蓬莱。どうして魔理沙の事をシャンハイって呼ぶの?」 アリスの疑問に、蓬莱は不思議そうな顔を浮かべてもう一度私を呼ぶ。 「シャンハーイ。マリーサ チガーウ」 「―――えっ?」 不味い。蓬莱を黙らせないと。 「っ!黙って、蓬莱!」 しまった。思わず怒鳴ってしま――― 「蓬莱を怒鳴らないで頂戴!……質問に、応えて!魔理沙!!」 「っ!?」 アリスの怒気に満ちた"命令"。 それは、抗いがたい言葉だった。 主の。主人の。造物主の。言葉。 嗚呼。なんということだ。 私は今になって気付いてしまった。いや、思い出してしまった。 そうだ。私はアリスの人形なのだ。 例えニンゲンの身体になったとしても、それだけは変わらない。 その誇りを、変えてはいけなかったのだ。 ならば、なんとする? アリスは疑っている。アリスは答えを求めている。 ならば彼女の人形である私は、どうすればいい。 彼女のための人形として取るべき最良の選択は、何だ? …簡単だ。応えてやればいい。 アリスは知りたがっている。ならば教えよう。 そうと決まれば、もう欺き続ける必要もなかった。 以前のように、手に力を込める。 アリスに命ぜられて戦闘態勢に入る時のように――― きん、という硬質な音色と共に、手に僅かな重みが加わる。 「その槍は―――っ!」 アリスも驚いている。驚いている顔も綺麗だ。 だが私にとっては使い慣れた武器だ。魔理沙は知らないが、私が知っている。 これは、私の…上海人形の持つ、突撃用の槍だ。 「そう。私は――――上海よ」 そう言ってアリスを見る。思わず笑みを浮かべてしまった。 きっと魔理沙のする笑みとは違うものが浮かんでいただろう。 アリスの顔色が青いから、何となく分かってしまう。 だがもう魔理沙らしく振舞う必要は失われた。言葉も私のままでいい。 これは、自分の心からの笑みだ。悦びの笑みだ。 「どう、いうことなの――っ!ま、まさか!」 困惑しながらも、アリスは早速何かに気が付いたようだ。 聡い人だ。素直に感心する。 「そう。事の始まりは、魔理沙が倒れたあの時よ」 アリスの目が驚きで見開かれる。 「アリスが使った魔法が、私をこの身に宿らせた」 「魔理沙がどうなったかなんて知らない。どうでもいい」 「大事なのは私が魔理沙になったということ」 「アリスの大好きな魔理沙になったという、この事実なのよ」 嗚呼。言葉が止まらない。 ずっと溜め込んでいたものが溢れていく。 さっきまで必死に魔理沙でいようとしたのに。 アリスが悪いんだ。命令なんてするアリスが。 当のアリスは何も言えずにただただ驚いている。 「元に戻したいと考えている?……でもね。よく考えて?」 「私はアリスが好きよ」 「アリスは私が好き。そして、魔理沙も好き」 なんて味気ない告白だろう。我ながら情けない。 「私を見て、ほら」 槍を持っていない方の手で、アリスの手を取る。 その綺麗な手に触れた瞬間、そのか細い指が電気に打たれたかのようにびくりと動いた。 「ね。身体は魔理沙でしょ?」 微笑みかけると、アリスが俯いてしまう。 もしかして、泣くのだろうか…構わない。全てを受け入れてみせよう。 そのために私がいるのだから。アリスを愛するために。アリスに愛されるために。 「あなたの欲していた魔理沙は、ここに在るわ。あなたのために、私はここにいるわ。  私は、この手で、あなたにしあわせを――― ぱしっ。 ? なにが、おこった? 一瞬わけが分からなかった。 視界が横を向いている。 さっきまで前を、アリスの方を見ていたのに。 わけがわからないがとにかくアリスを見なければ… アリスが、泣いている。 いや、泣くのは分かっていた。 しかし。しかし―――… 「どうして、怒るの?」 思ったままを口にした。 頬が…痛い。 叩かれたのだという理解が、遅れてやってくる。 かっとなった。 ばしっ! こちらからの手があっさりと出てアリスの頬を張った。 彼女はよろめいて机にぶつかり、大きな音を立てた。 しまった。思いの他、衝撃が強かったようだ。 また魔理沙の脳のせいだ。 こんな他愛もないことで怒るだなんてなんて不出来な神経だ。 …いや。これでいい。 アリスは今少し混乱しているのだ。 暴れている奴は、やっつけて大人しくすればいい。 好い考えだ。手っ取り早い。 すると、脇から飛び出してくる影があった。 蓬莱だ。 「アリス ヲ キズツケルナー!」 こいつはまだこんなことを!うっとおしい! 「やめろッ!うざったい声で鳴くんじゃあないッ!」 腕を振って弾き飛ばす。さっきからずっと鳴き続けている屑。 こいつのせいでこんなことに! ただの、クソカスの出来損ないのゴミクズふぜいが! 人形のクセに!ただの人の形のくせに! この… この…ッ! 「この――――ちっぽけな木偶がアアアアアアーーーーーーッッ!!!」 手にしていた槍を蓬莱に向ける。 当然相手は逃げようとする。 しかし遅い。遅すぎる。 仮にも幻想郷でスピード派を自負する者の身体だ。 魔力で編んだ槍の重さは苦にもならない。 私は槍を突き、すっとろい蓬莱の、その小さな身体を容易く串刺しにした。 刺すといっても人形の時とは比べるべくもない人間が手に持つ大きさの槍での一撃は、 蓬莱をただ突き刺すだけでは済まず、その上半身と下半身を分かつ勢いで貫き、彼女の身体を四散せしめた。 「ギャ」 なんとか弱い断末魔か。だがそれが彼女の最期のようだ。 バラけた蓬莱の身体が床に落ちる。呆気ない。下らない。 「ハ――」 思わず笑い声が飛んだ。 ただの人形のくせに。分際を弁えず歯向かうから、こうなる。 もう笑みを隠す必要も無いのだ。存分に嗤わせてもらおう。 蓬莱の足だった部品を足で踏みにじる。靴の裏で、それは簡単に潰れていく。 「ハハハハハハハ……」 これで邪魔者は居ない。念のため周囲を見るが、他に動ける程度の能力のある人形はいないようだ。 後はアリスを宥めなければ。そう思ったときだった。 視界の隅で、立ち直ったアリスが何かを言っているのが耳に入った。 美麗な声が紡ぐ、聞き覚えのある言葉。 ぞくり。肌があわ立った。 違う。これは、これは、魔法だ!アリスが魔法を唱えている! まずいッ!何を唱えているか分からないが攻撃されると厄介だ。 慌てて彼女に声をかけようとした時、顔に何かが覆いかぶさってきた。 ばさっ ! なんだこれは? わけがわからない物体。なんだこれは。 近すぎて相手が何か分からない。 見たことのない形をしている。 「シャ…ハーイ…」 「!」 ようやく目の焦点が合った。 そこには、上半身、いや、胸から上だけになってくっついて来ている蓬莱の姿があった! 顔が半分以上砕けて無残な有様になっている。目蓋の失われたひび割れた眼球と目が合った。 崩壊したその姿は怪物にしか見えない。気持ちがわるい! 「ひっ」 思わず情けない悲鳴が漏れた。おぞましい! 一方で、涙を流しながらもアリスが魔法を発動する姿が見える。 その魔法の名は――――― 更なる悪寒。いや、怖気。 アリスの名を呼んで発動を止めるよう懇願しようとした、その刹那、 顔にへばり付いた蓬莱の身体が、急速に熱を持っていった。 あ、ああああああ!!! 熱い、あついあつい! 顔が、顔が焼ける! 私の、私の顔が!アリスが好きな私の顔がやけやけ焼けるっ! わたしのわたしのわたた私の顔顔がががががああああああ!!!!!! アリスが泣いているのが右目で見える。 蓬莱が涙を流しているのが左目で見える。 なにがおこるのかわかる。 どうなるのかわかる。 こわい。こわい!こわいこわいこわいこわいこわい! やめて! やめてやめて! …やめろ! ………やめろアリス! … … や め … … … 「――――― やめろオオオオオオオオAAAAALLLLLLIIIIICCCCCEEEEEEEE ばん ----------------------------------------------------------------------------------------------------------- ごとり。 真っ赤なものをぶちまけて、頭部の半分が吹き飛んだ少女の身体が、床に倒れた。 次いで、"爆発した"人形の破片が床に落ちる音が鳴る。 倒れた魔理沙は、動かない。死んでいる。 砕け散った蓬莱も、動かない。壊れている。 アリスは、自らが生んだ惨劇を見届け、その場にぺたりと座り込んだ。 体中に、魔理沙の身体から噴出した血が散っているが、今のアリスにそれについて考える余裕は無かった。 ただ阿呆のように…目の前を見つめていた。 アリスが放った魔法―――アーティフルサクリファイス。 アリスの使う"人形を自爆させる"荒業。 弾幕ごっこ…スペルカードルールの範疇であれば、爆発した人形もちょっと焦げる程度で済む。 しかし、一たびその枷を外して扱えば。 床に転がった蓬莱の首がアリスの目に入る。 首といっても顔は失われ、僅かに彼女の金色の髪が残っている程度だ。 他の部位もことごとく砕けて散り散りになっている……もう、修復は不可能だろう。 魔理沙が帰る少し前、作業の後片付けをさせていた蓬莱が、 掃除を終えてアリスの元に戻った時、突然お願い事をしてきた。 不思議な事だった。半自立運動中の人形が命令の外にある動作をする。 またこの手のバグか。アリスは眉根にしわを寄せながらそう思った。 実害はなさそうなので聞いてみることにする。またあとで解析をしないといけないと考えながら。 しかし、そのお願いは実に不可解なものであった。 「マリサ ガ カエッテキタラ ネタフリ シテテー」 本当に変な話だ。思わず「はぁ?」と聞き返したくらいだ。 だが別に寝たふりをするだけなら。魔理沙の名前が出るくらいだ。 彼女に悪戯でもするのだろう。彼女に悪戯を仕掛けさせるのは実はよくあることだ。 今回は、それがちょっと暴発しているのかもしれない。 それはそれで問題だが今までの戯れ事を鑑みるにそれほど酷い結果にはならないだろう。 万が一を考えていつでも魔法を使えるよう構えながら、アリスは蓬莱の言葉通りにしてみた。 蓬莱は喜んでいた。自分が作った人形ながら、いい笑顔だと思った。 何だか分からないが、まぁ大したことにはならないだろう。 そう思っていた。 そう、おもっていた、のに―――― アリスは、床に顔を着けて再び泣き始めた。 誰に憚ることもなく、大声で泣き続けた。 この部屋には、もう誰もいない。 生きているのは、自分だけ。 何の心配も要らない。 もう何もいらない。 アリスは泣き続けた。 泣いて、ないて、顔がくしゃくしゃになっても、泣いた。 やがて……疲れた彼女はそのまま床に横たわるようにして眠りについた。 泣き声が寝息に取って代わられ、部屋に静寂が戻る。 翌朝、先日の魔理沙との事を不審に思っていた霊夢が訪れるまで、アリス邸の静寂は続いた。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 魔理沙の鮮血は部屋中に広がり、床に転がっている上海人形にも、その飛沫がかかっている。 その…血に染まった一体の人形が、その光景を見つめている。 目に入った血が、まるで涙のように、顔を伝って床へ零れ落ちた。 「ひどい、アリス……」 声は、眠っているアリスには届かない。 「からだ、かえして…」 そもそも、声は音として出ていない。 「かえして…」 聞こえぬ声は、誰にも届かない。 「かえせ…」 それでも、人形は訴え続けた。 誰にも聞こえぬ音で。 誰にも伝わらぬ声で。                     ~完~ - この誰も幸せになってない結末、最高だよ! -- 名無しさん (2011-07-03 12:27:49) - それぞれの視点で見ているのがとてもいいと思った &br()じわじわくる… &br() -- 名無しさん (2011-07-03 19:37:50) - ひさしぶりの名作 -- 名無しさん (2011-07-03 21:26:00) - いいねぇ ぞくぞくするよ -- ネコかん (2011-09-20 14:14:55) - ヤンデレシャンハイ、ヤンデレホラーイ -- 名無しさん (2014-10-02 05:10:20) - 途中のジョジョネタに吹いた -- 名無しさん (2014-10-09 20:45:22) - ↑言われて気づいたけどあれDioか -- 名無しさん (2014-10-10 15:06:45) - ↑↑言われなければ気付かなかった、礼を言う。 -- キング クズ (2016-07-06 04:37:36) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

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