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※このSSには独自の設定やキャラの崩壊、グロテスクな表現が含まれています。そういった展開が苦手な方はご注意ください。 ※[[21スレ239『幻視の夜』>>幻視の夜 前編:21スレ239]]の間接的な続きです。 妖怪の山の山頂近くの守矢の神社。 いつもは楽しそうな話し声が聞こえてくる神社の境内に、その日は悲痛な叫び声が響いていた。 「しっかりしな! こんな事で倒れるあんたじゃないだろ!?」 「諏訪子様! 諏訪子様ぁ!」 「…さな…え…」 布団に寝かされ横になっている洩矢 諏訪子の体は半透明になっており、反対側の景色が透けて見えていた。 透き通ったその手を握りしめ泣きじゃくる東風谷 早苗の隣では、八坂 神奈子が必死に呼びかけている。 普段の守矢神社からは考えられないこの状況は、全て信仰不足が原因だった。 天狗や河童に認められてすぐの頃は、新しい神に対する期待からか信仰も溢れんばかりだったが 時間が経つにつれ徐々に妖怪達も離れていき、今では早苗が一生懸命集めた信仰でなんとか成り立っている状態だ。 そんな信仰不足が続いた結果真っ先に倒れたのは、直接信仰を集めて回っている早苗やその早苗に信仰されている神奈子に対し 神社に来た崇拝客からの信仰を中心に集めていた諏訪子だった。 最早諏訪子の体は何時消えてもおかしくない程、透き通ってしまっている。 「神奈子…」 「なんだい? 何でも言っておくれ」 何かを伝えようとしている諏訪子の傍に駆けよる神奈子。 その表情は無理して作っているのがすぐに分かるようなぎこちない笑顔だった。 やがて諏訪子の口が力無く言葉を紡ぐ。 「…早苗の事…頼んだよ…」 「何言って……ちょっと、諏訪子? 諏訪子! 諏訪…」 それだけ言うとそのままゆっくりと目を閉じ、諏訪子の体は光の粒になって消えていった。 「…諏訪子…」 「あああ……諏訪子様ああああああああぁ!」 光の粒は窓から外に流れていき、夜の闇の中に消えていく。 その光景をただじっと見つめている神奈子。 隣には諏訪子が寝ていた布団に顔を埋め、泣き叫ぶ早苗の姿があった。 「私が…私が至らないばっかりに諏訪子様がぁ!…私のせいだ…私がもっと信仰を集めていればこんな事には…」 「違う、早苗のせいじゃない」 そう言って早苗を抱き寄せる。 早苗は小刻みに震えていて、涙で顔をぐしょぐしょにしていた。 「信仰が集まらなかったのは私達全員のせいだ。早苗一人が悪いんじゃない」 「……でも、諏訪子様は…」 「大丈夫、諏訪子は戻ってくる。私達が信仰を集めたら必ず帰ってくるさ」 「…神奈子様ああああああぁ!」 泣き叫ぶ早苗の頭を優しく撫でてやる。 気休めではない。神は信仰がなくなっても実体を失うだけで死んだりはしない。 神が死ぬ時、それは全ての人に名前を忘れられた時だ。 名前を忘れない限り、信仰が集まりさえすれば諏訪子は実体を取り戻す。 それまで辛く厳しいかもしれない。 だが早苗と一緒に頑張っていこう、そう心の中で誓った。 「早苗には私がついてる。何も心配する事はないさ」 早苗の体を強く抱きしめて、神奈子は諏訪子の部屋を出る。 部屋の戸を閉めた後も早苗のすすり泣く声が聞こえていた。 「…早苗…」 早苗と諏訪子は神奈子が神社に来るよりもずっと前からの付き合いだ。 それもその筈、諏訪子は早苗の祖先にあたるのだ。だがその事に当の早苗は気付いていない。 しかし祖先だという事を知らなくても早苗にとって諏訪子はかけがえのない存在だ。 その諏訪子が目の前で消えてしまったショックは神奈子の想像を遥かに超えるものだろう。 今はそっとしておいた方がいい。そう思い神奈子は自分の部屋へ戻っていった。 翌朝、神奈子は居間の前で立ち往生していた。 「こんな時、なんて言ったらいいんだろうねぇ…」 昨日の事で早苗は酷く落ち込んでいる筈だ。 そんな早苗にどんな言葉をかけてやればいいのか分からない。 下手に励ましてもかえってよくないかもしれない。 だからと言って何の反応もしないのは不自然になる。 何かいい返事はないかと考えていると居間の戸が開いて早苗が顔を出した。 「どうしたんですか? 神奈子様」 「え? ん、あ…その…」 「朝ご飯出来てますよ。早くいらしてください」 「あ、ああ…」 それだけ言うと居間に戻っていく。 早苗の表情はいつもと変わらない笑顔だった。 きっと自分に心配をかけまいと明るく振る舞っているのだろう。 昔から早苗はそういう気遣いを欠かさない子だった。 「…私がこんな事でどうするんだい」 自分がしんみりとしていたら折角の早苗の気遣いを無駄にしてしまう。 いつも通りに接するのが今の早苗には一番なのだろう。 「神奈子様、ご飯が冷めてしまいますよ」 「ああ、今行くよ」 何も気にする事はない。 ただいつも通りに振る舞えばいい。 そう決心すると神奈子は戸を開き居間に入る。 そこには諏訪子がいない一点を除けば、いつもと変わらない食卓が並んでいた。 「それで人間に悪さする妖精三人組を懲らしめたんです!」 「そう、頑張ったねぇ。…ところで、ちょっといいかい?」 「何でしょうか?」 あれから数日がたち、守矢神社にはいつもと変わらない日々が戻ってきていた。 早苗は毎日信仰を集めに行き、神奈子は時折悩みを抱えやって来る妖怪の相手をしている。 信仰も順調に回復してきており、時期に諏訪子も帰ってくるだろう。 全てが元通りになる。そう思っていた。 「あんた、ちゃんと休んでるのかい?」 「……何を言い出すんですか。私なら大丈夫ですよ」 だが上がる信仰に比例するように、早苗は日に日にやつれていく。 目の下には大きな隈が出来ており、肌は病人のように白くなっていた。 あの日以来、早苗は毎日朝早くに神社を出て夕暮れ時に戻ってくる生活を続けている。 帰ってきても夕食を作り、家事を一通りこなしてようやく部屋に戻っている状態だ。 そして次の日も朝食を作るとすぐに出掛けてしまっている。 早苗本人はなんでもないように振る舞っているつもりらしいが 無理をしているのは誰が見ても明らかで、平静を装う姿がかえって痛々しかった。 「一日ぐらい休んでも問題ないだろ? 今日は家で」 「大丈夫です! 大丈夫ですって! 神奈子様が少し心配しすぎているだけです!」 休むように言ってもいつもこんな調子だ。 確かに早苗のおかげで最近信仰は上がってきている。 しかしその為に自分の知らない所で身を削り、やつれていく早苗を見ているのは辛かった。 「いいから休みなって! ほら、信仰ぐらい私が集めてきてやるから」 「本当に大丈夫です。お気遣いありがとうございます。そろそろ時間なので行きますね」 「あ! ちょっと待ちな! さな……」 神奈子の制止も聞かず、早苗は神社を飛び出していった。 「…やっぱりあんた、諏訪子の事…」 早苗が無理をしだしたのは諏訪子がいなくなってからだ。 恐らく諏訪子が消えたのは自分のせいだと未だに思っているのだろう。 「あんただけのせいじゃないって言ったのに……」 早苗は昔から真面目に信仰を集めていた。 それでも信仰が集まらないのは文明が発展し、神に頼る必要がなくなったからだ。 そう思って外の世界からやってきたが、今度は河童の技術が信仰を妨げる。 本人達は周りの為に努力しているのだから、とてもじゃないが責める事なんて出来はしない。 それは外の科学者も変わらなかった。 いつもそうだ。 必死に努力していても報われない。 それを全て自分が力不足なせいだと責める。 周りにあたったり文句を言う事もなく、うまくいかないのは自分のせいだと背負い込んでしまう。 その真面目さが早苗により多くの努力を強いていた。 いつも本当は辛いのに周りに心配かけまいと明るく振る舞う。 そんな早苗の後ろ姿を寂しそうな表情で神奈子は見つめていた。 あれから更に数日たったある日の朝。 まだ静かな境内に神社の戸を叩く音がする。 神奈子は朝食を作っていて気づいていない早苗に代わって、神社の出入り口にやってきた。 「まったく、こんな朝っぱらに何事だい?」 音の主に文句の一つでも言ってやろうと乱暴に神社の戸を開ける。 そこにいた者の姿を見た途端、神奈子はうんざりとした表情を浮かべた。 「おはようございます。毎度お馴染み、清く正しい射命丸です」 「ああ、新聞なら間に合ってるよ」 そう言って戸を閉めようとする。 元々この鴉天狗の新聞記者、射命丸 文にはあまりいい印象がない。 これは鴉天狗全体に言える事だが、報道の仕方が乱暴なのだ。 相手の許可などお構いなしに写真を撮り新聞に載せる。 それも人に知られたくないような話まで事細かにだ。 ネタにされた側からしたら堪ったものではない。 実際何度かネタにされた事もあり、それが原因で早苗が傷つく事もあった。 故に文が来た時は極力追い返すようにしている。 しかしそう簡単に帰ってくれるようなら最初から苦労はしない。 閉めようとした戸に足を挟み、無理矢理中に入ろうとしてきた。 「痛た! 待ってください! 今日は話を聞きに来ただけで貴方方をネタにしに来た訳では…」 「話が聞きたいなら他をあたりな。こっちはあんたに話す事はないんだよ」 「そこをなんとか! 是非山の神のお話を! 天狗と守矢の仲じゃないですか!」 「そう思ってるならまともに信仰したらどうだい? 最近天狗からの信仰は少ないみたいだけど?」 「そ、それは……」 「神奈子様? どうなされたんですか?」 「!!!」 騒ぎを聞きつけ早苗がやってきた。 「なんでもない! なんでもないんだ!」 今の早苗を文に会わせる訳にはいかない。 文の事だ。やつれた早苗を見たら『守矢神社の闇!悲惨な強制労働で巫女は過労死寸前!』なんて記事を書きかねないからだ。 そうなれば信仰に影響が及ぶ危険がある。 これ以上早苗に負担はかけられない。 兎に角、文を早苗から引き離さなければ。 「お客さんですか? 今お茶を」 「いい! すぐに出るから早苗は何もしなくて大丈夫だ!」 「そうですか?」 「ああ! だから適当に休んでてくれ! …文、話が聞きたいならこっち来な」 「密談ですか!? いいですね! これは特ダネの匂いがしますよ!」 今はこうするのが一番の得策だろう。 文の頭を抱え、早苗を見えないようにして自分の部屋に連れ込む。 その様子を後ろで早苗がじーっと見つめていた。 文を中に入れると神奈子は部屋の外を見て早苗の様子を窺う。 特に問題がないと判断すると戸をしっかりと閉め、視線を文に向けた。 文はどんな話が聞けるのかと目を輝かせてこちらを見ている。 その姿に一度大きな溜め息をついてから、座布団の上に腰を下ろした。 「で、聞きたい話ってのは何の事だい?」 「勿論、妖怪連続失踪事件の事ですよ! 山の神ともなれば何か知っているんじゃありませんか?」 「失踪事件? なんだい、それ」 「ご存じないんですか!? 今、妖怪の山で一番ホットな話題ですよ!?」 信じられないといった表情をする文。 手に持ったペンで頭を掻くと少し考え込み、やがて口を開いた。 「あの、本当に新聞読んでますか? 読んでないのなら是非文々。新聞を」 「間に合ってるって言っただろう。私はそこまで焼き芋ばかり食べるつもりはないんだ」 「………そう、ですか。」 最初の勢いはどこへやら、文の表情は沈んでいった。 重くのしかかる空気にさすがに悪かったと思い、なんとか言葉を絞り出す。 「ああ、次から背表紙を見てから燃やす事にするよ」 「ちゃんと読んでくださいよ。………おかしいですねぇ、絶対何か聞けると思ったんですが…」 「……ところで文」 ぶつぶつ言いながら席を離れる文を呼び止める。 文はきょとんとした顔で振り返った。 「何ですか?」 「いや、その失踪事件ってのは何なんだい?」 「その事、ですか」 妖怪連続失踪事件なんて聞いた事がない。 早苗もそんな話はしていなかった。 一体何が起こっているのか気になってしょうがない。 そんな思いを伝えると、文はパラパラと手帳を捲りながら話し始めた。 「最初のうちは低級妖怪や妖精が被害者でしたので、その頃はまだ誰も気づいてなかったんです。  が、天狗の一人が消えた事で事件が公になったんです。それからは毎日、天狗や河童が一人づつ消えるようになり  多くの妖怪が眠れぬ夜を過ごすように……まぁ、おかげで新聞の売り上げは上がってるんですけどね」 「何も分かってないのかい?」 「ええ、殺人事件なら証拠も出るんですが何分失踪事件ですから」 「…そうか」 「それでは私はこれで」 「…ちょっと待った」 戸を開け外の様子を見る。 もし帰りに早苗と出くわしたら、わざわざ遠ざけた意味がない。 「?」 神奈子が戸を開けるとほぼ同時に早苗の部屋の戸が閉まる音がした。 今、部屋に入ったところなのだろうか。 何にせよ部屋にいるなら会う心配もないだろう。 中で待っていた文を呼び、外まで連れていった。 「もし何か分かった事があったら文々。新聞にお話しくださいね」 「ああ、気が向いたらね」 そう言うと文は空高く飛び立っていった。 「失踪事件ねぇ…」 失踪と言われると諏訪子の事を思い浮かべる。 低級妖怪が消え出したのもその頃かららしい。 「早苗には黙っておいた方がよさそうだね」 早苗から話して来ないという事は早苗も知らないのだろう。 或いはまた心配をかけまいとしているのかもしれない。 どちらにしても話したところで嫌な思いをするだけだ。 本人が訊いてくるまでは黙っておいた方がいいだろう。 そう思い神奈子は神社に戻っていった。 その夜、神奈子は布団の中で考え込んでいた。 妖怪の失踪事件、それも毎日続いているという。 恐らく今夜もまた犠牲者が出るのだろう。 もしこのまま何もしなければ信仰にも響く。 だが逆に事件を解決する事が出来れば信仰は鰻昇りだ。 「どちらにせよ放っておく理由はないか…」 何をするべきか決まった事だし、もう寝ようとしたその時、 「ッ!!」 突然神社の戸が閉まる音がした。 恐る恐る部屋の戸を開くが、真っ暗な廊下には人の気配はしない。 「…早苗かい?」 声をかけるも返事はない。 ふと頭の中に失踪事件の事がよぎった。 「まさか…」 もしかしたら事件の犯人かもしれない。 不安になり音のした神社の出入り口を目指す。 だが暗闇の中ではうまく進む事が出来ない。 だからと言って犯人が近くにいる可能性もある為、不用意に明かりは点けられない。 何度も壁にぶつかりながらやっとの想いで神奈子は出入り口に辿り着く。 だがそこにも人の気配はなかった。 戸の音は一回だった為、すでに外に出た後とは考えにくい。 「!!」 考え事をしていた神奈子の傍で再び戸の動く音がした。 近くに誰かいるのだろうか。 慎重になって耳を澄ます。 すると、どうも音の正体は風で鳴る窓の音のようだ。 さっきの音も風か何かだったのだろう。 「まったく、紛らわしいったりゃありゃしないよ」 ぼそっと不満を口にすると、神奈子は部屋へ引き返していった。 暗かった事もあってか、神奈子は早苗の靴がない事には気がつかなかった。 「ふああ…」 大きな欠伸をしながら朝食を食べる神奈子。 あの後、一度目が覚めてしまった事もあり結局なかなか寝付けなかった。 もうじき早苗が信仰を集めに出る時間になる。 それまでに朝食を片付けなければと急ぐ神奈子の耳に、戸を叩く音が聞こえてきた。 「………」 昨日の文を思い出す。 何か気付いた事はないかと尋ねて来たのだろうか。 小さく溜め息を吐き嫌々ながら戸を開く。すると、 「ん?」 「お久しぶりです。神奈子様」 そこにいたのは文ではなく、別の妖怪だった。 白狼天狗の犬走 椛。文の部下にあたる天狗だ。 「なんだい。文の奴、面倒事は部下に任せたって訳かい」 「そうではございません」 別に白狼天狗が嫌いで文句を言っているのではない。 寧ろ真面目に山の警備に勤めている分、鴉天狗よりは印象がいい。 だが白狼天狗には鴉天狗に言われ、新聞の勧誘やネタ探しをしている者も少なくない。 押し売りや報道が目的なら、鴉天狗だろうと白狼天狗だろうと迷惑行為に変わりなかった。 上司の言いつけを守っているだけの椛に非はないが、いちいち訪ねて来られては迷惑になる。 神奈子は天狗の長である天魔と天魔直属の大天狗以外の天狗は、冷たくあしらう事にしていた。 「まだ何も分かっちゃいないよ。何か分かったらこっちから行ってやるから、あんたはさっさと持ち場に戻りな」 「今は別の天狗が見回りをしていますから大丈夫です。…そうではなく、私が訊きたいのは文様の事です」 「…文の事?」 文の事など部下の椛の方がよっぽど詳しいじゃないか。 それを自分に尋ねるなんておかしな話だ。 そんなに文が気になるのだろうか。 そう考えていると、椛が訊こうとしているのはそうではないという事に気づいた。 「まさか…」 「はい、文様はここに来たのを最後に消息を絶っています」 「………」 見知った顔、それも昨日会ったばかりの相手の失踪を知り言葉に詰まる。 何も言い出せず暫く続いた沈黙を、椛の問いが打ち破った。 「…何か変わった事はありませんでしたか? なんでもいいのでお聞かせください」 「変わった事って言われてもねぇ…」 さすがに非常事態ともなれば、力になりたいとは思う。 だが肝心の情報は何もない。 昨日の文の様子はいたって普通で、これから失踪する事になるとはとても思えなかった。 「昨日は失踪事件の事を訊かれただけで、特に変わったところはなかったねぇ」 「…そうですか、朝早くすみません」 「いや、こっちも邪見に扱って悪かった」 「椛さんじゃないですか。どうしたんですか? こんな時間に」 後ろから聞こえた声に振り返るとそこには早苗がいた。 そういえばもう信仰を集めに出かける時間だ。 視線を前に戻すと椛が険しい表情で早苗を睨んでいた。 その瞬間しまったと思い、必死に弁解を考える。 「ち、違うんだ! これには事情が…」 「あ、いえ。そういうつもりでは…」 「あの、私お邪魔でしたか?」 「いえ、すぐに出ますので。それではまた」 そう言うと椛は足早に神社を後にした。 「…私もそろそろ行きますね」 「ああ…」 遅れて早苗も出ていく。 神社には神奈子だけが残っていた。 「…とりあえず、調べてみるしかないね」 まずは失踪事件の詳細を知らなくてはならない。 神奈子は神社の戸締まりをきちんとすると、情報を集めに近くの森の中に入っていった。 夜も更け時計の針も上に向きはじめた頃、神奈子は自室の布団の中に入り込んでいた。 「結局手がかりなし、か」 あれから一日中妖怪達に話を訊いて回ったが、これといった収獲はなかった。 そもそも妖怪に訊いて分かるぐらいの事はとっくに天狗達が調べている。 特別目新しい情報などある筈もなかった。 「…何か他の方法を考えないといけないねぇ」 今日は森中歩きまわって疲れた。 考えるのは明日にしよう。 そう思い、目を閉じ眠りにつこうとした矢先、 「ッ!!」 また神社の戸が閉まる音がした。 二日連続で聞こえたという事はやはり何かあるのだろう。 昨日とは違い、急いで音のした出入り口まで走り、力強く戸を開ける。そこには、 「…早苗…?」 「神奈子様!?」 巫女装束に着替えた早苗の姿があった。 「あんた、こんな時間に何してるんだい!」 「………」 もうとっくに辺りは真っ暗だ。 若い娘が出歩くような時間じゃない。 訳を訊いても何も喋らず俯いたままだ。 だがこのまま見過ごすつもりなどない。 ただでさえ夜更けに出歩くのは危険なのに、今は失踪事件が起こり何かと物騒なのだ。 早苗の腕を掴み、無理矢理神社に引っ張り入れる。 「待ってください! 私にはやらなくてはならない事が」 「こんな夜更けに何をするってんだ! いいからさっさと着替えて寝な!」 抵抗するものの力の差は歴然だ。 そのまま乱暴に早苗を部屋に押し込み戸の前に座り込む。 部屋に入れてからは観念したのか、小さな物音がするだけで極めて大人しかった。 「早苗……」 溜め息に近い息を吐き、そっと呟く。 恐らく昨日した音も早苗が出ていった時の音だったのだろう。 いままではもっと早く眠りについていた為、分からなかったが もしかしたらずっと前から夜中に飛び出していたのかもしれない。 早苗が日に日にやつれていたのも今の行動が原因なのだろう。 信仰を少しでも集めようと、夜中も出かけていたに違いない。 「諏訪子、私はあの子に何をしてやればいいんだ」 どうしようもなく居た堪れなくなり、返ってくる筈のない問いを投げかける。 当然、戻ってくるのは夜の静けさだけだ。 もし諏訪子がいたらどうだっただろうか。 もっといい方法で止められたんじゃないか。 早苗をちゃんと安心させてあげる事が出来たんじゃないか。 そんな考えばかりが頭に浮かんでは沈んでいく。 暫くして早苗が眠ったのを確認すると、神奈子は部屋に戻り布団に潜り込んだ。 「…どうしてやれば早苗を安心させられるんだい。教えてくれよ、諏訪子…」 自分の接し方は間違っていたのだろうか。 かえって早苗を追い詰めてしまったのではないか。 そう思うと自然と神奈子の瞳には涙が浮かんでいた。 「………」 その日は何もやる気がせず、ぼーっと縁側から境内を眺めていた。 早苗は朝から信仰集めに出掛けてしまった。 帰ってくるのはいつもと同じ夕暮れ時だろう。 止めようとも思ったが昨日の事もあり、強く出れなかった。 あまり無理に縛り付けても、早苗を苦しめてしまうかもしれない。 そう思い今日は素直に早苗を送り出した。 「…ん?」 境内を見渡していると何やら怪しい気配が近づいてきていた。 気配は何もない地面の上から発せられている。 姿は見えないがそこには確かに何かがいるのだ。 神奈子にはその気配の正体に心当たりがあった。 「そこで何してるんだい、にとり」 怪しい気配に声をかける。 すると何もない場所から、突然一人の妖怪が姿を現した。 「おかしいなぁ、何でいつもバレるんだろう」 その妖怪は河童のエンジニア、河城 にとり。通称、谷カッパのにとり。 光学迷彩という特殊な技術を使って姿を消す事が出来る妖怪だ。 誰の気配か分からなくても、妖怪の山で姿が見えない相手に会えば大抵その正体はにとりである。 「そりゃあんた、気配でバレバレだからさ」 「え? あ、そっか。…ってそうじゃなくて、早苗はいる?」 「いや、今は信仰を集めに行ってるよ」 「それならいいんだ」 そう言うとにとりは真剣な顔つきで目の前までやってきて、おもむろに頭を下げだした。 「お願いだよ! 盟友達の里をこれ以上壊さないで!」 「なっ!」 突然思ってもみなかった事を言われ、思わず腰をあげる。 にとりの言う盟友とは人間の事だ。人間は親しくなれる相手、にとりはそう信じている。 だがここ暫くは人里に出向いていない。 妖怪の信仰を中心に集めているので、わざわざ人里に行く事もないのだ。 壊すも何も全く見当がつかず、話が見えてこない。 「どういう事だい! 私が人里に何かしたって言うのか!?」 「え!? じゃああれは神奈子様の指示じゃないの!?」 「指示? ……まさか早苗が何かやったのかい!?」 「私が言っても多分信じない。実際に里の様子を見に行った方がいいと思うよ」 そう言い残し、にとりは姿を消して神社から去っていった。 自分の知らない所で自分と関係のある異変が起こっている。 どうしようもなく嫌な予感がして、居ても立ってもいられなかった。 「早苗……あんた一体何を…」 焦る気持ちから麓の方を向くと、早苗が神社の階段を上がってきていた。 早苗が帰って来たなら神社は無人にならない。 自分が出ていっても問題ないだろう。 そう考え神奈子は急いで人里に向かって飛び立っていった。 人里の近くに降り立つ頃には、すでに日も殆ど沈んでいた。 歩いて人里の入口までやってくるが、特に荒らされているような様子はない。 にとりの言っていた事は何だったのだろうか。 そう思っていると見張りの人間が声を張り上げて叫びだした。 「大変だ! 山の神だ! 山の神がやってきたぞ!」 途端に人里が騒がしくなった。 慌ただしく動く人の足音や、何かを動かす音は分からなくもないが それらにまざって悲鳴のようなものが聞こえてくる事に少し違和感を感じる。 暫くすると入口の門が開き出した。 それに応じるように神奈子は人里に入っていく。すると、 「ようこそいらっしゃいました!!」 「……ああ」 里の中には数人の人間が深々と頭を下げ、歓迎の姿勢をとっていた。 しかしその数人以外の人間は家の中からこちらの様子を窺うだけで出てこようとはしない。 それどころかこちらと目が合うとすぐに引っ込んでしまう。 両極端な里の人間の態度に不気味なものを感じ始めていた。 「本日は遠いところをわざわざお越しいただき、真にありがとうございます」 そう言って頭を下げたのは里に寺小屋を開いている半獣、上白沢 慧音だった。 「あ、ああ。あんた、慧音だよねぇ?」 「はい、そうですが」 「………」 慧音ってこんな奴だっけ? 前に聞いた話と大分違うみたいだが。 そんな事を考えていると突然何かが頭にぶつかった。 「痛っ…」 足元を見ると小石が転がっている。 どうやら誰かが石を投げつけたらしい。 飛んできた方に目線を向け、犯人を捜すとそこにいたのは 「先生を、慧音先生を返せ!」 小石を抱え込んだ幼い子供だった。 その目はこちらを精一杯、睨みつけている。 すると近くの家からその子の母親と思われる女性が出てきた。 「こら! なんて事するんだ! 早く謝りなさい!」 「やだよ! 先生がおかしくなったのは山の神様のせいなんでしょ!? なんでこんな神様を信仰しなくちゃいけないの!?」 「いいから謝るんだよ! すみません、神奈子様。うちの子がとんでもない事を…どうかお許しを」 子供の頭を無理矢理下げ、必死に許しを請う母親。 その体はまるでおぞましい化け物を前にしているかのように震えていた。 一体早苗は何をして、人里はどうなってしまったのだろうか。 何がなんだか分からずその場に立ち尽くす神奈子の隣を、慧音が横切り親子の前に現れた。 その姿を見るや否や、子供は目に涙を溜め慧音に寄り添う。 「先生! 元の優しかった先生に戻ってよ! お願いだよ! また授業、教え」 「五月蝿い!」 だがそんな事はお構いなしに慧音は子供の頭を鷲掴みにすると、思いっきり地面に叩きつけた。 「…待ちなよ。あんた、相手は子ど」 「自分が何をしたか分かっているのか! あろう事か神に石をぶつけたんだぞ!  そのような愚行、見逃す訳にはいかない! この場で死をもって償え!!」 そのまま掴んだ手に力を入れる。 すると子供の頭がミシミシと音をたてはじめた。 このまま続ければこの子は確実に死ぬ。 だが里の人間は止めに入らない。 歓迎に出ていた人間は、当然の報いだと言わんばかりの表情で見ており 家の中に隠れていた人間はその惨状に目を瞑っている。 もうこの子の運命は決したという感じだった。 「おい、やめろ…本当に死んじまうよ…」 「嫌ああああああ! お願い! やめてえええええ!」 もうこれ以上は見ていられない。 神奈子が止めに入ろうとするも、それより早く母親が慧音の足にしがみついた。 「この者がした事は謝って許される事ではない。最早手遅れだ。諦めるんだな」 「お願いしますうう! どうか、どうかお許しを!!」 「手遅れだと言っているのが分からないのか!」 「ぎゃああ!」 我が子に救いを求める母親の背中を躊躇なく踏みつける。 その姿は慧音を知る者が見たらとても信じらない光景だった。 子供の方は意識がないのかすでに死んでいるのか、ぴくりとも動かない。 とてもこのまま見て見ぬ振りなど出来ず、無我夢中で慧音の腕を掴んだ。 「やめろ! やめてくれ!」 「神奈子様…。しかしこの者は」 「頼む! その子を許してやってくれ!!」 「…神奈子様がそうおっしゃるのなら」 慧音の手が離れ、子供はぐったりとした体制で地面に寝かされた。 解放された母親が必死に擦ると、酸素を取り込もうと大きく口を開く。 どうやら一命を取りとめたようだ。 「神奈子様の慈悲深さに感謝するんだな」 そう言うと慧音は親子から離れていった。 母親は泣きながら、ありがとうございますとこちらに頭を下げる。 周りの人間もそれにつられるように涙を流し、なんと御優しい、さすがは神奈子様だと崇め始めた。 「……なんだい、これは」 目の前で起きた異常な出来事に背筋が凍る。 あのまま止めていなかったら確実に慧音は子供を殺していた。 里の守護者と言われている筈の慧音が、だ。 周りの人間も人間でそれを咎めようとしない。 まるでそれが当然の事で、子供が完全に悪いといった感じだった。 「にとりが言ってた里を壊すっていうのはこういう事か」 慧音達数名による異常な信仰により、完全に人里の秩序は崩壊していた。 自分の意思でこれほどまでする程の恩を売った覚えはない。 きっと誰かが、信仰するように操っているのだろう。 こんな事をして誰が得をするか、そんなのは信仰される山の神に決まっている。 里に入った時の不気味な雰囲気やあの子供の言葉は、洗脳される恐怖と理不尽な目にあった怒りによるものなのだろう。 そしてそれはこの異変の犯人が誰かを示していた。 山の神の信仰が上がる事を目的としており、尚且つ洗脳するだけの神の力を扱える者。 「…早苗ッ!」 これでにとりの話も納得出来た。 こんな事、口頭で説明されても信じられる筈がない。 だが実際この惨状を見てしまえば話は別だ。 兎にも角にも早苗を問い詰めるしかない。 出来れば無関係であってほしいが、この状況でそれはないだろう。 神奈子は足早に里の出口へ向かった。 「お待ちください!」 しかしそれを制止するように叫ぶ慧音の声が聞こえてくる。 見ると慧音達が頭を地につけ謝罪の姿勢をとっていた。 「先程は里の者が粗相を働き、真にすみませんでした! 後でキツく言っておきますので、どうか里をお見捨てには」 「いい! いいからあの子には手を出すな!」 「しかし…」 「しかしも何もあるか! 他の里の人間もだ! 人殺しなんかしてみろ! ただじゃおかないよ!」 「は、はい…」 これだけ強く言っておけば暫くは大丈夫な筈だ。後は早苗だ。 里の異変に一抹の不安を感じつつ、神奈子は急いで神社に戻っていった。 -[[御柱の墓場 後編:21スレ923]]へ続く #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
※このSSには独自の設定やキャラの崩壊、グロテスクな表現が含まれています。そういった展開が苦手な方はご注意ください。 ※[[21スレ239『幻視の夜』>>幻視の夜 前編:21スレ239]]の間接的な続きです。 妖怪の山の山頂近くの守矢の神社。 いつもは楽しそうな話し声が聞こえてくる神社の境内に、その日は悲痛な叫び声が響いていた。 「しっかりしな! こんな事で倒れるあんたじゃないだろ!?」 「諏訪子様! 諏訪子様ぁ!」 「…さな…え…」 布団に寝かされ横になっている洩矢 諏訪子の体は半透明になっており、反対側の景色が透けて見えていた。 透き通ったその手を握りしめ泣きじゃくる東風谷 早苗の隣では、八坂 神奈子が必死に呼びかけている。 普段の守矢神社からは考えられないこの状況は、全て信仰不足が原因だった。 天狗や河童に認められてすぐの頃は、新しい神に対する期待からか信仰も溢れんばかりだったが 時間が経つにつれ徐々に妖怪達も離れていき、今では早苗が一生懸命集めた信仰でなんとか成り立っている状態だ。 そんな信仰不足が続いた結果真っ先に倒れたのは、直接信仰を集めて回っている早苗やその早苗に信仰されている神奈子に対し 神社に来た崇拝客からの信仰を中心に集めていた諏訪子だった。 最早諏訪子の体は何時消えてもおかしくない程、透き通ってしまっている。 「神奈子…」 「なんだい? 何でも言っておくれ」 何かを伝えようとしている諏訪子の傍に駆けよる神奈子。 その表情は無理して作っているのがすぐに分かるようなぎこちない笑顔だった。 やがて諏訪子の口が力無く言葉を紡ぐ。 「…早苗の事…頼んだよ…」 「何言って……ちょっと、諏訪子? 諏訪子! 諏訪…」 それだけ言うとそのままゆっくりと目を閉じ、諏訪子の体は光の粒になって消えていった。 「…諏訪子…」 「あああ……諏訪子様ああああああああぁ!」 光の粒は窓から外に流れていき、夜の闇の中に消えていく。 その光景をただじっと見つめている神奈子。 隣には諏訪子が寝ていた布団に顔を埋め、泣き叫ぶ早苗の姿があった。 「私が…私が至らないばっかりに諏訪子様がぁ!…私のせいだ…私がもっと信仰を集めていればこんな事には…」 「違う、早苗のせいじゃない」 そう言って早苗を抱き寄せる。 早苗は小刻みに震えていて、涙で顔をぐしょぐしょにしていた。 「信仰が集まらなかったのは私達全員のせいだ。早苗一人が悪いんじゃない」 「……でも、諏訪子様は…」 「大丈夫、諏訪子は戻ってくる。私達が信仰を集めたら必ず帰ってくるさ」 「…神奈子様ああああああぁ!」 泣き叫ぶ早苗の頭を優しく撫でてやる。 気休めではない。神は信仰がなくなっても実体を失うだけで死んだりはしない。 神が死ぬ時、それは全ての人に名前を忘れられた時だ。 名前を忘れない限り、信仰が集まりさえすれば諏訪子は実体を取り戻す。 それまで辛く厳しいかもしれない。 だが早苗と一緒に頑張っていこう、そう心の中で誓った。 「早苗には私がついてる。何も心配する事はないさ」 早苗の体を強く抱きしめて、神奈子は諏訪子の部屋を出る。 部屋の戸を閉めた後も早苗のすすり泣く声が聞こえていた。 「…早苗…」 早苗と諏訪子は神奈子が神社に来るよりもずっと前からの付き合いだ。 それもその筈、諏訪子は早苗の祖先にあたるのだ。だがその事に当の早苗は気付いていない。 しかし祖先だという事を知らなくても早苗にとって諏訪子はかけがえのない存在だ。 その諏訪子が目の前で消えてしまったショックは神奈子の想像を遥かに超えるものだろう。 今はそっとしておいた方がいい。そう思い神奈子は自分の部屋へ戻っていった。 翌朝、神奈子は居間の前で立ち往生していた。 「こんな時、なんて言ったらいいんだろうねぇ…」 昨日の事で早苗は酷く落ち込んでいる筈だ。 そんな早苗にどんな言葉をかけてやればいいのか分からない。 下手に励ましてもかえってよくないかもしれない。 だからと言って何の反応もしないのは不自然になる。 何かいい返事はないかと考えていると居間の戸が開いて早苗が顔を出した。 「どうしたんですか? 神奈子様」 「え? ん、あ…その…」 「朝ご飯出来てますよ。早くいらしてください」 「あ、ああ…」 それだけ言うと居間に戻っていく。 早苗の表情はいつもと変わらない笑顔だった。 きっと自分に心配をかけまいと明るく振る舞っているのだろう。 昔から早苗はそういう気遣いを欠かさない子だった。 「…私がこんな事でどうするんだい」 自分がしんみりとしていたら折角の早苗の気遣いを無駄にしてしまう。 いつも通りに接するのが今の早苗には一番なのだろう。 「神奈子様、ご飯が冷めてしまいますよ」 「ああ、今行くよ」 何も気にする事はない。 ただいつも通りに振る舞えばいい。 そう決心すると神奈子は戸を開き居間に入る。 そこには諏訪子がいない一点を除けば、いつもと変わらない食卓が並んでいた。 「それで人間に悪さする妖精三人組を懲らしめたんです!」 「そう、頑張ったねぇ。…ところで、ちょっといいかい?」 「何でしょうか?」 あれから数日がたち、守矢神社にはいつもと変わらない日々が戻ってきていた。 早苗は毎日信仰を集めに行き、神奈子は時折悩みを抱えやって来る妖怪の相手をしている。 信仰も順調に回復してきており、時期に諏訪子も帰ってくるだろう。 全てが元通りになる。そう思っていた。 「あんた、ちゃんと休んでるのかい?」 「……何を言い出すんですか。私なら大丈夫ですよ」 だが上がる信仰に比例するように、早苗は日に日にやつれていく。 目の下には大きな隈が出来ており、肌は病人のように白くなっていた。 あの日以来、早苗は毎日朝早くに神社を出て夕暮れ時に戻ってくる生活を続けている。 帰ってきても夕食を作り、家事を一通りこなしてようやく部屋に戻っている状態だ。 そして次の日も朝食を作るとすぐに出掛けてしまっている。 早苗本人はなんでもないように振る舞っているつもりらしいが 無理をしているのは誰が見ても明らかで、平静を装う姿がかえって痛々しかった。 「一日ぐらい休んでも問題ないだろ? 今日は家で」 「大丈夫です! 大丈夫ですって! 神奈子様が少し心配しすぎているだけです!」 休むように言ってもいつもこんな調子だ。 確かに早苗のおかげで最近信仰は上がってきている。 しかしその為に自分の知らない所で身を削り、やつれていく早苗を見ているのは辛かった。 「いいから休みなって! ほら、信仰ぐらい私が集めてきてやるから」 「本当に大丈夫です。お気遣いありがとうございます。そろそろ時間なので行きますね」 「あ! ちょっと待ちな! さな……」 神奈子の制止も聞かず、早苗は神社を飛び出していった。 「…やっぱりあんた、諏訪子の事…」 早苗が無理をしだしたのは諏訪子がいなくなってからだ。 恐らく諏訪子が消えたのは自分のせいだと未だに思っているのだろう。 「あんただけのせいじゃないって言ったのに……」 早苗は昔から真面目に信仰を集めていた。 それでも信仰が集まらないのは文明が発展し、神に頼る必要がなくなったからだ。 そう思って外の世界からやってきたが、今度は河童の技術が信仰を妨げる。 本人達は周りの為に努力しているのだから、とてもじゃないが責める事なんて出来はしない。 それは外の科学者も変わらなかった。 いつもそうだ。 必死に努力していても報われない。 それを全て自分が力不足なせいだと責める。 周りにあたったり文句を言う事もなく、うまくいかないのは自分のせいだと背負い込んでしまう。 その真面目さが早苗により多くの努力を強いていた。 いつも本当は辛いのに周りに心配かけまいと明るく振る舞う。 そんな早苗の後ろ姿を寂しそうな表情で神奈子は見つめていた。 あれから更に数日たったある日の朝。 まだ静かな境内に神社の戸を叩く音がする。 神奈子は朝食を作っていて気づいていない早苗に代わって、神社の出入り口にやってきた。 「まったく、こんな朝っぱらに何事だい?」 音の主に文句の一つでも言ってやろうと乱暴に神社の戸を開ける。 そこにいた者の姿を見た途端、神奈子はうんざりとした表情を浮かべた。 「おはようございます。毎度お馴染み、清く正しい射命丸です」 「ああ、新聞なら間に合ってるよ」 そう言って戸を閉めようとする。 元々この鴉天狗の新聞記者、射命丸 文にはあまりいい印象がない。 これは鴉天狗全体に言える事だが、報道の仕方が乱暴なのだ。 相手の許可などお構いなしに写真を撮り新聞に載せる。 それも人に知られたくないような話まで事細かにだ。 ネタにされた側からしたら堪ったものではない。 実際何度かネタにされた事もあり、それが原因で早苗が傷つく事もあった。 故に文が来た時は極力追い返すようにしている。 しかしそう簡単に帰ってくれるようなら最初から苦労はしない。 閉めようとした戸に足を挟み、無理矢理中に入ろうとしてきた。 「痛た! 待ってください! 今日は話を聞きに来ただけで貴方方をネタにしに来た訳では…」 「話が聞きたいなら他をあたりな。こっちはあんたに話す事はないんだよ」 「そこをなんとか! 是非山の神のお話を! 天狗と守矢の仲じゃないですか!」 「そう思ってるならまともに信仰したらどうだい? 最近天狗からの信仰は少ないみたいだけど?」 「そ、それは……」 「神奈子様? どうなされたんですか?」 「!!!」 騒ぎを聞きつけ早苗がやってきた。 「なんでもない! なんでもないんだ!」 今の早苗を文に会わせる訳にはいかない。 文の事だ。やつれた早苗を見たら『守矢神社の闇!悲惨な強制労働で巫女は過労死寸前!』なんて記事を書きかねないからだ。 そうなれば信仰に影響が及ぶ危険がある。 これ以上早苗に負担はかけられない。 兎に角、文を早苗から引き離さなければ。 「お客さんですか? 今お茶を」 「いい! すぐに出るから早苗は何もしなくて大丈夫だ!」 「そうですか?」 「ああ! だから適当に休んでてくれ! …文、話が聞きたいならこっち来な」 「密談ですか!? いいですね! これは特ダネの匂いがしますよ!」 今はこうするのが一番の得策だろう。 文の頭を抱え、早苗を見えないようにして自分の部屋に連れ込む。 その様子を後ろで早苗がじーっと見つめていた。 文を中に入れると神奈子は部屋の外を見て早苗の様子を窺う。 特に問題がないと判断すると戸をしっかりと閉め、視線を文に向けた。 文はどんな話が聞けるのかと目を輝かせてこちらを見ている。 その姿に一度大きな溜め息をついてから、座布団の上に腰を下ろした。 「で、聞きたい話ってのは何の事だい?」 「勿論、妖怪連続失踪事件の事ですよ! 山の神ともなれば何か知っているんじゃありませんか?」 「失踪事件? なんだい、それ」 「ご存じないんですか!? 今、妖怪の山で一番ホットな話題ですよ!?」 信じられないといった表情をする文。 手に持ったペンで頭を掻くと少し考え込み、やがて口を開いた。 「あの、本当に新聞読んでますか? 読んでないのなら是非文々。新聞を」 「間に合ってるって言っただろう。私はそこまで焼き芋ばかり食べるつもりはないんだ」 「………そう、ですか。」 最初の勢いはどこへやら、文の表情は沈んでいった。 重くのしかかる空気にさすがに悪かったと思い、なんとか言葉を絞り出す。 「ああ、次から背表紙を見てから燃やす事にするよ」 「ちゃんと読んでくださいよ。………おかしいですねぇ、絶対何か聞けると思ったんですが…」 「……ところで文」 ぶつぶつ言いながら席を離れる文を呼び止める。 文はきょとんとした顔で振り返った。 「何ですか?」 「いや、その失踪事件ってのは何なんだい?」 「その事、ですか」 妖怪連続失踪事件なんて聞いた事がない。 早苗もそんな話はしていなかった。 一体何が起こっているのか気になってしょうがない。 そんな思いを伝えると、文はパラパラと手帳を捲りながら話し始めた。 「最初のうちは低級妖怪や妖精が被害者でしたので、その頃はまだ誰も気づいてなかったんです。  が、天狗の一人が消えた事で事件が公になったんです。それからは毎日、天狗や河童が一人づつ消えるようになり  多くの妖怪が眠れぬ夜を過ごすように……まぁ、おかげで新聞の売り上げは上がってるんですけどね」 「何も分かってないのかい?」 「ええ、殺人事件なら証拠も出るんですが何分失踪事件ですから」 「…そうか」 「それでは私はこれで」 「…ちょっと待った」 戸を開け外の様子を見る。 もし帰りに早苗と出くわしたら、わざわざ遠ざけた意味がない。 「?」 神奈子が戸を開けるとほぼ同時に早苗の部屋の戸が閉まる音がした。 今、部屋に入ったところなのだろうか。 何にせよ部屋にいるなら会う心配もないだろう。 中で待っていた文を呼び、外まで連れていった。 「もし何か分かった事があったら文々。新聞にお話しくださいね」 「ああ、気が向いたらね」 そう言うと文は空高く飛び立っていった。 「失踪事件ねぇ…」 失踪と言われると諏訪子の事を思い浮かべる。 低級妖怪が消え出したのもその頃かららしい。 「早苗には黙っておいた方がよさそうだね」 早苗から話して来ないという事は早苗も知らないのだろう。 或いはまた心配をかけまいとしているのかもしれない。 どちらにしても話したところで嫌な思いをするだけだ。 本人が訊いてくるまでは黙っておいた方がいいだろう。 そう思い神奈子は神社に戻っていった。 その夜、神奈子は布団の中で考え込んでいた。 妖怪の失踪事件、それも毎日続いているという。 恐らく今夜もまた犠牲者が出るのだろう。 もしこのまま何もしなければ信仰にも響く。 だが逆に事件を解決する事が出来れば信仰は鰻昇りだ。 「どちらにせよ放っておく理由はないか…」 何をするべきか決まった事だし、もう寝ようとしたその時、 「ッ!!」 突然神社の戸が閉まる音がした。 恐る恐る部屋の戸を開くが、真っ暗な廊下には人の気配はしない。 「…早苗かい?」 声をかけるも返事はない。 ふと頭の中に失踪事件の事がよぎった。 「まさか…」 もしかしたら事件の犯人かもしれない。 不安になり音のした神社の出入り口を目指す。 だが暗闇の中ではうまく進む事が出来ない。 だからと言って犯人が近くにいる可能性もある為、不用意に明かりは点けられない。 何度も壁にぶつかりながらやっとの想いで神奈子は出入り口に辿り着く。 だがそこにも人の気配はなかった。 戸の音は一回だった為、すでに外に出た後とは考えにくい。 「!!」 考え事をしていた神奈子の傍で再び戸の動く音がした。 近くに誰かいるのだろうか。 慎重になって耳を澄ます。 すると、どうも音の正体は風で鳴る窓の音のようだ。 さっきの音も風か何かだったのだろう。 「まったく、紛らわしいったりゃありゃしないよ」 ぼそっと不満を口にすると、神奈子は部屋へ引き返していった。 暗かった事もあってか、神奈子は早苗の靴がない事には気がつかなかった。 「ふああ…」 大きな欠伸をしながら朝食を食べる神奈子。 あの後、一度目が覚めてしまった事もあり結局なかなか寝付けなかった。 もうじき早苗が信仰を集めに出る時間になる。 それまでに朝食を片付けなければと急ぐ神奈子の耳に、戸を叩く音が聞こえてきた。 「………」 昨日の文を思い出す。 何か気付いた事はないかと尋ねて来たのだろうか。 小さく溜め息を吐き嫌々ながら戸を開く。すると、 「ん?」 「お久しぶりです。神奈子様」 そこにいたのは文ではなく、別の妖怪だった。 白狼天狗の犬走 椛。文の部下にあたる天狗だ。 「なんだい。文の奴、面倒事は部下に任せたって訳かい」 「そうではございません」 別に白狼天狗が嫌いで文句を言っているのではない。 寧ろ真面目に山の警備に勤めている分、鴉天狗よりは印象がいい。 だが白狼天狗には鴉天狗に言われ、新聞の勧誘やネタ探しをしている者も少なくない。 押し売りや報道が目的なら、鴉天狗だろうと白狼天狗だろうと迷惑行為に変わりなかった。 上司の言いつけを守っているだけの椛に非はないが、いちいち訪ねて来られては迷惑になる。 神奈子は天狗の長である天魔と天魔直属の大天狗以外の天狗は、冷たくあしらう事にしていた。 「まだ何も分かっちゃいないよ。何か分かったらこっちから行ってやるから、あんたはさっさと持ち場に戻りな」 「今は別の天狗が見回りをしていますから大丈夫です。…そうではなく、私が訊きたいのは文様の事です」 「…文の事?」 文の事など部下の椛の方がよっぽど詳しいじゃないか。 それを自分に尋ねるなんておかしな話だ。 そんなに文が気になるのだろうか。 そう考えていると、椛が訊こうとしているのはそうではないという事に気づいた。 「まさか…」 「はい、文様はここに来たのを最後に消息を絶っています」 「………」 見知った顔、それも昨日会ったばかりの相手の失踪を知り言葉に詰まる。 何も言い出せず暫く続いた沈黙を、椛の問いが打ち破った。 「…何か変わった事はありませんでしたか? なんでもいいのでお聞かせください」 「変わった事って言われてもねぇ…」 さすがに非常事態ともなれば、力になりたいとは思う。 だが肝心の情報は何もない。 昨日の文の様子はいたって普通で、これから失踪する事になるとはとても思えなかった。 「昨日は失踪事件の事を訊かれただけで、特に変わったところはなかったねぇ」 「…そうですか、朝早くすみません」 「いや、こっちも邪見に扱って悪かった」 「椛さんじゃないですか。どうしたんですか? こんな時間に」 後ろから聞こえた声に振り返るとそこには早苗がいた。 そういえばもう信仰を集めに出かける時間だ。 視線を前に戻すと椛が険しい表情で早苗を睨んでいた。 その瞬間しまったと思い、必死に弁解を考える。 「ち、違うんだ! これには事情が…」 「あ、いえ。そういうつもりでは…」 「あの、私お邪魔でしたか?」 「いえ、すぐに出ますので。それではまた」 そう言うと椛は足早に神社を後にした。 「…私もそろそろ行きますね」 「ああ…」 遅れて早苗も出ていく。 神社には神奈子だけが残っていた。 「…とりあえず、調べてみるしかないね」 まずは失踪事件の詳細を知らなくてはならない。 神奈子は神社の戸締まりをきちんとすると、情報を集めに近くの森の中に入っていった。 夜も更け時計の針も上に向きはじめた頃、神奈子は自室の布団の中に入り込んでいた。 「結局手がかりなし、か」 あれから一日中妖怪達に話を訊いて回ったが、これといった収獲はなかった。 そもそも妖怪に訊いて分かるぐらいの事はとっくに天狗達が調べている。 特別目新しい情報などある筈もなかった。 「…何か他の方法を考えないといけないねぇ」 今日は森中歩きまわって疲れた。 考えるのは明日にしよう。 そう思い、目を閉じ眠りにつこうとした矢先、 「ッ!!」 また神社の戸が閉まる音がした。 二日連続で聞こえたという事はやはり何かあるのだろう。 昨日とは違い、急いで音のした出入り口まで走り、力強く戸を開ける。そこには、 「…早苗…?」 「神奈子様!?」 巫女装束に着替えた早苗の姿があった。 「あんた、こんな時間に何してるんだい!」 「………」 もうとっくに辺りは真っ暗だ。 若い娘が出歩くような時間じゃない。 訳を訊いても何も喋らず俯いたままだ。 だがこのまま見過ごすつもりなどない。 ただでさえ夜更けに出歩くのは危険なのに、今は失踪事件が起こり何かと物騒なのだ。 早苗の腕を掴み、無理矢理神社に引っ張り入れる。 「待ってください! 私にはやらなくてはならない事が」 「こんな夜更けに何をするってんだ! いいからさっさと着替えて寝な!」 抵抗するものの力の差は歴然だ。 そのまま乱暴に早苗を部屋に押し込み戸の前に座り込む。 部屋に入れてからは観念したのか、小さな物音がするだけで極めて大人しかった。 「早苗……」 溜め息に近い息を吐き、そっと呟く。 恐らく昨日した音も早苗が出ていった時の音だったのだろう。 いままではもっと早く眠りについていた為、分からなかったが もしかしたらずっと前から夜中に飛び出していたのかもしれない。 早苗が日に日にやつれていたのも今の行動が原因なのだろう。 信仰を少しでも集めようと、夜中も出かけていたに違いない。 「諏訪子、私はあの子に何をしてやればいいんだ」 どうしようもなく居た堪れなくなり、返ってくる筈のない問いを投げかける。 当然、戻ってくるのは夜の静けさだけだ。 もし諏訪子がいたらどうだっただろうか。 もっといい方法で止められたんじゃないか。 早苗をちゃんと安心させてあげる事が出来たんじゃないか。 そんな考えばかりが頭に浮かんでは沈んでいく。 暫くして早苗が眠ったのを確認すると、神奈子は部屋に戻り布団に潜り込んだ。 「…どうしてやれば早苗を安心させられるんだい。教えてくれよ、諏訪子…」 自分の接し方は間違っていたのだろうか。 かえって早苗を追い詰めてしまったのではないか。 そう思うと自然と神奈子の瞳には涙が浮かんでいた。 「………」 その日は何もやる気がせず、ぼーっと縁側から境内を眺めていた。 早苗は朝から信仰集めに出掛けてしまった。 帰ってくるのはいつもと同じ夕暮れ時だろう。 止めようとも思ったが昨日の事もあり、強く出れなかった。 あまり無理に縛り付けても、早苗を苦しめてしまうかもしれない。 そう思い今日は素直に早苗を送り出した。 「…ん?」 境内を見渡していると何やら怪しい気配が近づいてきていた。 気配は何もない地面の上から発せられている。 姿は見えないがそこには確かに何かがいるのだ。 神奈子にはその気配の正体に心当たりがあった。 「そこで何してるんだい、にとり」 怪しい気配に声をかける。 すると何もない場所から、突然一人の妖怪が姿を現した。 「おかしいなぁ、何でいつもバレるんだろう」 その妖怪は河童のエンジニア、河城 にとり。通称、谷カッパのにとり。 光学迷彩という特殊な技術を使って姿を消す事が出来る妖怪だ。 誰の気配か分からなくても、妖怪の山で姿が見えない相手に会えば大抵その正体はにとりである。 「そりゃあんた、気配でバレバレだからさ」 「え? あ、そっか。…ってそうじゃなくて、早苗はいる?」 「いや、今は信仰を集めに行ってるよ」 「それならいいんだ」 そう言うとにとりは真剣な顔つきで目の前までやってきて、おもむろに頭を下げだした。 「お願いだよ! 盟友達の里をこれ以上壊さないで!」 「なっ!」 突然思ってもみなかった事を言われ、思わず腰をあげる。 にとりの言う盟友とは人間の事だ。人間は親しくなれる相手、にとりはそう信じている。 だがここ暫くは人里に出向いていない。 妖怪の信仰を中心に集めているので、わざわざ人里に行く事もないのだ。 壊すも何も全く見当がつかず、話が見えてこない。 「どういう事だい! 私が人里に何かしたって言うのか!?」 「え!? じゃああれは神奈子様の指示じゃないの!?」 「指示? ……まさか早苗が何かやったのかい!?」 「私が言っても多分信じない。実際に里の様子を見に行った方がいいと思うよ」 そう言い残し、にとりは姿を消して神社から去っていった。 自分の知らない所で自分と関係のある異変が起こっている。 どうしようもなく嫌な予感がして、居ても立ってもいられなかった。 「早苗……あんた一体何を…」 焦る気持ちから麓の方を向くと、早苗が神社の階段を上がってきていた。 早苗が帰って来たなら神社は無人にならない。 自分が出ていっても問題ないだろう。 そう考え神奈子は急いで人里に向かって飛び立っていった。 人里の近くに降り立つ頃には、すでに日も殆ど沈んでいた。 歩いて人里の入口までやってくるが、特に荒らされているような様子はない。 にとりの言っていた事は何だったのだろうか。 そう思っていると見張りの人間が声を張り上げて叫びだした。 「大変だ! 山の神だ! 山の神がやってきたぞ!」 途端に人里が騒がしくなった。 慌ただしく動く人の足音や、何かを動かす音は分からなくもないが それらにまざって悲鳴のようなものが聞こえてくる事に少し違和感を感じる。 暫くすると入口の門が開き出した。 それに応じるように神奈子は人里に入っていく。すると、 「ようこそいらっしゃいました!!」 「……ああ」 里の中には数人の人間が深々と頭を下げ、歓迎の姿勢をとっていた。 しかしその数人以外の人間は家の中からこちらの様子を窺うだけで出てこようとはしない。 それどころかこちらと目が合うとすぐに引っ込んでしまう。 両極端な里の人間の態度に不気味なものを感じ始めていた。 「本日は遠いところをわざわざお越しいただき、真にありがとうございます」 そう言って頭を下げたのは里に寺小屋を開いている半獣、上白沢 慧音だった。 「あ、ああ。あんた、慧音だよねぇ?」 「はい、そうですが」 「………」 慧音ってこんな奴だっけ? 前に聞いた話と大分違うみたいだが。 そんな事を考えていると突然何かが頭にぶつかった。 「痛っ…」 足元を見ると小石が転がっている。 どうやら誰かが石を投げつけたらしい。 飛んできた方に目線を向け、犯人を捜すとそこにいたのは 「先生を、慧音先生を返せ!」 小石を抱え込んだ幼い子供だった。 その目はこちらを精一杯、睨みつけている。 すると近くの家からその子の母親と思われる女性が出てきた。 「こら! なんて事するんだ! 早く謝りなさい!」 「やだよ! 先生がおかしくなったのは山の神様のせいなんでしょ!? なんでこんな神様を信仰しなくちゃいけないの!?」 「いいから謝るんだよ! すみません、神奈子様。うちの子がとんでもない事を…どうかお許しを」 子供の頭を無理矢理下げ、必死に許しを請う母親。 その体はまるでおぞましい化け物を前にしているかのように震えていた。 一体早苗は何をして、人里はどうなってしまったのだろうか。 何がなんだか分からずその場に立ち尽くす神奈子の隣を、慧音が横切り親子の前に現れた。 その姿を見るや否や、子供は目に涙を溜め慧音に寄り添う。 「先生! 元の優しかった先生に戻ってよ! お願いだよ! また授業、教え」 「五月蝿い!」 だがそんな事はお構いなしに慧音は子供の頭を鷲掴みにすると、思いっきり地面に叩きつけた。 「…待ちなよ。あんた、相手は子ど」 「自分が何をしたか分かっているのか! あろう事か神に石をぶつけたんだぞ!  そのような愚行、見逃す訳にはいかない! この場で死をもって償え!!」 そのまま掴んだ手に力を入れる。 すると子供の頭がミシミシと音をたてはじめた。 このまま続ければこの子は確実に死ぬ。 だが里の人間は止めに入らない。 歓迎に出ていた人間は、当然の報いだと言わんばかりの表情で見ており 家の中に隠れていた人間はその惨状に目を瞑っている。 もうこの子の運命は決したという感じだった。 「おい、やめろ…本当に死んじまうよ…」 「嫌ああああああ! お願い! やめてえええええ!」 もうこれ以上は見ていられない。 神奈子が止めに入ろうとするも、それより早く母親が慧音の足にしがみついた。 「この者がした事は謝って許される事ではない。最早手遅れだ。諦めるんだな」 「お願いしますうう! どうか、どうかお許しを!!」 「手遅れだと言っているのが分からないのか!」 「ぎゃああ!」 我が子に救いを求める母親の背中を躊躇なく踏みつける。 その姿は慧音を知る者が見たらとても信じらない光景だった。 子供の方は意識がないのかすでに死んでいるのか、ぴくりとも動かない。 とてもこのまま見て見ぬ振りなど出来ず、無我夢中で慧音の腕を掴んだ。 「やめろ! やめてくれ!」 「神奈子様…。しかしこの者は」 「頼む! その子を許してやってくれ!!」 「…神奈子様がそうおっしゃるのなら」 慧音の手が離れ、子供はぐったりとした体制で地面に寝かされた。 解放された母親が必死に擦ると、酸素を取り込もうと大きく口を開く。 どうやら一命を取りとめたようだ。 「神奈子様の慈悲深さに感謝するんだな」 そう言うと慧音は親子から離れていった。 母親は泣きながら、ありがとうございますとこちらに頭を下げる。 周りの人間もそれにつられるように涙を流し、なんと御優しい、さすがは神奈子様だと崇め始めた。 「……なんだい、これは」 目の前で起きた異常な出来事に背筋が凍る。 あのまま止めていなかったら確実に慧音は子供を殺していた。 里の守護者と言われている筈の慧音が、だ。 周りの人間も人間でそれを咎めようとしない。 まるでそれが当然の事で、子供が完全に悪いといった感じだった。 「にとりが言ってた里を壊すっていうのはこういう事か」 慧音達数名による異常な信仰により、完全に人里の秩序は崩壊していた。 自分の意思でこれほどまでする程の恩を売った覚えはない。 きっと誰かが、信仰するように操っているのだろう。 こんな事をして誰が得をするか、そんなのは信仰される山の神に決まっている。 里に入った時の不気味な雰囲気やあの子供の言葉は、洗脳される恐怖と理不尽な目にあった怒りによるものなのだろう。 そしてそれはこの異変の犯人が誰かを示していた。 山の神の信仰が上がる事を目的としており、尚且つ洗脳するだけの神の力を扱える者。 「…早苗ッ!」 これでにとりの話も納得出来た。 こんな事、口頭で説明されても信じられる筈がない。 だが実際この惨状を見てしまえば話は別だ。 兎にも角にも早苗を問い詰めるしかない。 出来れば無関係であってほしいが、この状況でそれはないだろう。 神奈子は足早に里の出口へ向かった。 「お待ちください!」 しかしそれを制止するように叫ぶ慧音の声が聞こえてくる。 見ると慧音達が頭を地につけ謝罪の姿勢をとっていた。 「先程は里の者が粗相を働き、真にすみませんでした! 後でキツく言っておきますので、どうか里をお見捨てには」 「いい! いいからあの子には手を出すな!」 「しかし…」 「しかしも何もあるか! 他の里の人間もだ! 人殺しなんかしてみろ! ただじゃおかないよ!」 「は、はい…」 これだけ強く言っておけば暫くは大丈夫な筈だ。後は早苗だ。 里の異変に一抹の不安を感じつつ、神奈子は急いで神社に戻っていった。 -[[御柱の墓場 後編:21スレ923]]へ続く - これニコニコで手書き動画化したいんだが、作者にどうやって許可取ればいいかな? -- 名無しさん (2016-01-15 22:44:35) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

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