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天衣無縫 後編:28スレ448」(2013/04/13 (土) 19:16:24) の最新版変更点

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-[[天衣無縫 前編:28スレ448]]から続き 「……ここは……?」 アリスから逃げた天子がやってきたのは、萃香に出会って以来になる大広間だった。 見れば以前来た時は気付かなかったが、出口になる大扉の反対側には扉がついている。 思い切って中に入って見ると、そこは食堂になっていた。 細長いテーブルの上には花が飾られており、天界の食堂を彷彿とさせる。 「紫にしてはいい趣味してるじゃない」 他の部屋より照明が明るいのも、少し気を紛らわせてくれる。 だがここは食堂、人が集まる場所だ。 いくら居心地がよくても長居は出来ない。 見れば食堂には更に扉がついている。 この先に何かあるかもしれない。 扉の向こうに気配がしないのを確認すると、天子は奥に進んでいった。 「………う……」 扉の先にあったのは厨房だった。 食堂とは打って変わり、厨房は薄暗く血の臭いが充満している。 出来ればあまりいたくないのだが、何かあるかもしれない。 何せ此処に来てから何も食べていないのだ。 紫の能力の影響か、まったくお腹は空かないのだが食事ぐらいとっておきたい。 そう思い、天子は冷蔵庫の中を探してみた。 「……碌な物がないわね」 中にはバナナとアップルジュースが入っていた。 だがさすがに此処で食べる気はしない。 天子は食器棚からコップを持ってきて食堂で食べる事にした。 「いただきますっと」 久しぶりの食事だ、ゆっくりとりたい所だがそうも言ってられない。 誰かが入って来る可能性なんて幾らでもあるのだ。 バナナをさっさと平らげると続いてジュースに手をかける。すると、 「ぶっ!!」 こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。 だが幸いこの部屋のテーブルは人が座ると後ろを通れなくなるくらい大きい。 下に隠れれば覗きこまれない限り見つからないだろう。 先程吹き出してしまったジュースが気がかりだが、今は時間がない。 天子はバナナの皮とジュースの容器とコップを持って、急いでテーブルの下に隠れた。 「…………」 やがて扉が開く音がして、食堂に二人住人が入って来る。 ここからでは誰が入ってきたかまでは分からない。 だが今、顔を出すのは自殺行為だ。 そのまま天子が音を立てないようにじっとしていると、一人は厨房に向かっていった。 残ったもう一人は椅子に腰掛け、何かぶつぶつ喋っている。 「さて、次の一面は…」 文の声だ、どうやら先程の死から復活したらしい。途端に天子の表情が緩む。 なにしろ文は襲って来ないのだ、そのうえ倒す事も出来る。 紫の設定ミスなのかどうかは知らないが、天子にとっては利用しない手はない穴だ。 さっさと文を倒して逃げれば、もう一人に捕まる事もない筈。 早速天子はテーブルから出て文に向かっていった。 「これはこれは調度いい所に。早速ですが天子さんに質も」 「幽々子様のおやつを食べたのは誰だ!」 しかし天子の計画は、厨房から戻ってきた魂魄 妖夢に崩されるのであった。 妖夢は厨房から真っ直ぐ、天子と文の方に向かって来る。 その手には楼観剣と白楼剣が握られており、とても穏便に済みそうにない。 「ねぇ、何か言ってくださ」 「ちょっと待って! おやつってな」 「問答無用!」 そう言うと妖夢は一気に駆け出し、天子に斬りかかってきた。 このままでは解体されてしまう。 追い込まれた天子は咄嗟に、 「逝って、文」 「うぼあっ!」 文を盾にする事にした。 妖夢に腹を裂かれた文は、臓物をぶちまけぐったりと倒れる。 その隙に天子は食堂から脱出した。 「待ちなさい!」 しかし妖夢もそう簡単には逃がさない。 文の死体を踏み付けると、天子を追って食堂を飛び出していった。 あれから数分後、天子は長い廊下を走って逃げていた。 後ろからは妖夢がぴったり追いかけてきている。 「し、しつこいわよ!」 階段を一気に駆け上がりバーの前を通って廊下を抜け、階段を下りて図書室に入り棚をぐるぐると回り図書室を出て 再び大広間に向かっている天子だが、妖夢の追跡は一向に止む気配がない。 食い物の恨みは恐ろしいという事なのか。 別に妖夢が食べる訳ではないのだろうが。 「…もう……いい加減にして…」 さすがにこれ以上は限界だ。 一旦休まなくてはもう歩けそうにない。 最早いつ倒れてもおかしくない状態で、大広間に入った天子。 「これはこれは調度いい所に」 そんな天子の前に現れたのは、再び復活した文だった。 「………」 「待ちなさい!」 数秒遅れてやってきた妖夢。 だがすぐ前には天子が息を切らせて歩いている。 このまま一気に詰め寄って斬りつければ、この長かった鬼ごっこは終わるのだ。 天子に駆け寄りとどめを刺そうとする妖夢。ところが、 「これでも喰らいなさい!」 天子はいきなり妖夢目掛けて文を突き飛ばしてきた。 しかしそんな事で怯むようでは、剣の指南役は勤まらない。 「この楼観剣に、斬れぬものなど少ししか無い!」 「うぼあっ!」 文を華麗に切り捨てると、再び天子に狙いを定める。 だが天子の姿はどこにも見当たらない。 「…………」 恐らく別の部屋へ移動したのだろう。 今の立ち位置で逃げられる場所は、食堂しかない。 間違いなく天子は食堂に逃げ込んだのだ。 「待ちなさい!」 勢いよく扉を開き、食堂に乗り込む妖夢。 だがここにも天子の姿はない。 「…………」 しかしこんな事で取り乱すようでは、幽々子の警護役は勤まらない。 ここにいないのなら厨房にいるのだろう。 妖夢は勢いよく扉を開き、厨房に乗り込んだ。 「…………」 だが厨房にも天子の姿はない。 ならば更に奥の中庭にいるに違いない。 妖夢は勢いよく扉を開き、中庭に乗り込んだ。 「……行った?」 一方、天子は食堂のテーブルの下に隠れていた。 「これなら…最初から…動かなきゃよかった…」 もしかしたらあのまま隠れてたら、何事もなくやり過ごせたんじゃないだろうか。 今更考えても仕方のない事だが、少し後悔する。 だがいつまでも此処に隠れている訳にもいかない。 ある程度回復すると、天子はテーブルから出て廊下に向かった。 暫く廊下を進んで行くと、天子は今まで入った事のない扉が多く存在する事に気づいた。 その殆どが住人の部屋になっていると思っていた為、今まで無闇に入ろうとはしなかったが 相手の隙を狙う為には避けては通れない道なのかもしれない。 何より鍵があるとすれば、住人が持っているか部屋にあるかだろう。 意を決して天子は近くの扉を開いてみた。 「嫌あああああああああああああああ!!」 「え?」 天子が開けた扉の向こうでは、鈴仙・優曇華院・イナバが着替えている最中だった。 「出てって! 変態!」 「ちょっと待ちなさいよ! 変態って何よ、変たふがっ!」 弁解も効果なく、鈴仙のタオルや何かの容器の弾幕が炸裂する。 幸い危険物は飛んで来なかったので軽い怪我で済んだが、天子は一旦部屋を出て出直すしかなかった。 「なんでこんなイベントがあるのよ…」 紫の悪戯以外ありえないだろうが、もし紫が天子をそういう奴だと思ってて造ったのだとしたら。 「それはそれで腹立つわ…」 ぶつける相手にぶつけられない怒りに、苛々する天子。 だがそんな怒りも吹っ飛んでしまう出来事が天子に襲いかかる。 「この楼観剣に、斬れぬものなど少ししか無い!」 「なっ!!」 鈴仙の悲鳴が他の住人を呼び寄せてしまっていたのだ。 慌てて反対方向に逃げようとするが、 「そこで何をしてるの?」 「う、嘘ぉ!?」 そっちからはアリスが来ていた。 右からは妖夢、左からはアリス。さっきの扉には鈴仙がいる。 再び八方塞がりに陥ってしまった天子、しかしそんな時一筋の希望が差し込んできた。 「あれはっ!」 そこにあったのは真っ赤な扉。今、逃げ込めるのはこの部屋しかない。 だがもし中に天子を襲う住人がいた場合、完全に袋小路になる。 誰もいなかったとしても、隠れる場所がなければ2対1では逃げ切れない。 決していい条件ではないが、此処で待ってても捕まるだけ。 何か嫌な予感もするが、天子は思い切って部屋に入り込んだ。 「…あった!」 部屋に入ってすぐに隠れ場所を探し始めた天子は、運よくクローゼットを見つける事が出来た。 急いで中に入りクローゼットを閉めると僅かな隙間から、部屋に入ってきた妖夢とアリスの姿が見える。 「………」 黙々と天子を探す妖夢とアリス。 天子も見つかってなるものかと、息を押し殺している。 そんな三人の持久戦が数十分程続いた頃、ようやく諦めたのか妖夢とアリスは部屋を出ていった。 「……ふぅ…」 やっと危機が去ったとほっと一息ついたのも束の間、再び扉が開く音がする。 慌てて気配を消す天子。やがて姿を現したのは、咲夜だった。 その時天子は、部屋に入る時に感じた嫌な予感の正体に気づく。 この真っ赤な部屋は前に咲夜に殺された場所、つまり咲夜の部屋だったのだ。 咲夜はベッドにヘッドドレスとリボンを置くと、真っ直ぐこちらに向かってくる。 恐らく着替えるつもりなのだろう。 このままでは見つかってしまうが、逃げる方法がない。 何も出来ずに縮こまる天子に、徐々に咲夜が近づいてくる。 そして次の瞬間、 「きゃああ!!」 強い衝撃がクローゼットを襲った。 堪らず悲鳴を上げる天子。 だが天子自身には怪我もなく、ナイフで刺された訳ではない。 「な、何? 何が起こったの?」 クローゼットを少し開けて、外の様子を窺ってみる。 するとそこには予想だにしない光景が広がっていた。 「……なんで?」 何故か咲夜は白目をむいて倒れていた。 状況がまったく分からない。天子が唖然としていると、ふと視界の隅にある物が映る。 「…まさか……」 それはバナナの皮だった。 天子が持って来ていたものが、いつの間にか落ちていたのだろう。 とても信じられないが皮を踏んで滑った咲夜が、クローゼットにぶつかり気を失った。 そういう事なのだろう。 「ふざけてるわ……」 相変わらず紫の考えが読めない。 だが今はまたとないチャンスだ。 早速咲夜の持ち物を物色する。すると、 「あ、あった!」 そこには今まで必死に探してきた紫の鍵があったのだ。 これでようやく此処から出られる。 辛かったこれまでの事を思いだし、目に涙を浮かべる天子。 だが此処で浮かれていても仕方がない。 帰り道で捕まらないよう、天子は今まで以上に慎重にされど興奮気味に大広間を目指した。 「……なんでよぉ……」 天子は大広間の出口に通じる扉の前に来ていた。 早速鍵を使って開けようとするも、何故か錠が合わない。 「そんな筈が………ッ!!」 天子が改めて鍵を見ると、なんと鍵の色が藍に変わっていた。 「嘘……どうして…」 確かにあの時見たのは紫の鍵だった。 鍵は一つしかなかったのだ、取り間違えてる筈はない。 ならどうしてと考えている時、天子の頭に一つの可能性が浮かんだ。 「…咲夜の部屋…」 咲夜の部屋は殆どの家具、壁紙が赤で統一されていた。 そのため気にならなかったが、若干照明も赤くなっていたのだ。 あの時紫色だと思ったのは、藍色の鍵が照明に照らされていたせいではないのだろうか。 「そんなぁ…」 やっと脱出出来ると思ったのに、結局糠喜びに過ぎなかった。 その場に力無く座り込む天子。するとどこからか声が聞こえてくる。 また住人が襲いに来たのだろうか。 慌ててこの場を離れようと、立ち上がり走り出そうとするが何かおかしい。 「…う…………さ…」 違う。この声は他の住人とは雰囲気が違う。 何か強い感情が感じられる。 そして此処に来てから一度も聞いてない、とても懐かしい聞き覚えのある声。 「総領娘様!!」 「衣玖!!」 廊下の向こうから走って来たのは衣玖だった。 衣玖は天子の前までやってくると、膝に手をつき肩で息をする。 そして呼吸が落ち着いてくると、ゆっくり体を起こし天子に微笑んだ。 「衣玖…どうして此処に?」 「総領娘様を…迎えに来たんです…」 そう言うと衣玖は両腕を広げて、天子をぎゅっと抱きしめる。 その瞬間、天子の中の様々な感情が溢れ出し、気付いたら涙が止まらず大声で泣いていた。 「衣玖、衣玖ううぅぅぅぅうぅぅ!!」 「もう大丈夫ですよ、安心してください。総領娘様」 衣玖は式神と違い、天子の言葉にちゃんと返事をしてくれる。 それだけで衣玖が助けにきてくれたんだと天子は確信した。 最早天子の頭に衣玖のあの言葉は残っていなかったのだ。 「さぁ、帰りましょう」 「うぅ…でも……鍵が…」 「それならご心配ありません」 そう言うと、衣玖はポケットから紫色の鍵を取り出した。 鍵を錠に差し込むと、綺麗に奥まで入り扉が開き始める。 「凄いわ、衣玖! これで外に……」 興奮した天子は勢いよく飛び出そうとした。 しかし外の景色を見た瞬間、その表情が一変する。 「………嘘」 扉の向こうは何もない断崖絶壁だった。 思わず引き返そうとする天子。だが、 「…え?」 天子の体は宙に投げ出されていた。 「………ッ!!!」 慌てて崖に掴まる天子。それを冷たい眼で見下ろしていたのは、他でもない衣玖だった。 「……衣玖?」 「あら? 落ちませんでしたね。これは失礼」 そう言うと衣玖は天子の手を踏み付ける。 一瞬痛みで表情を歪めた天子だったが、すぐにキッと衣玖を睨みつけた。 「ぐっ! あ、あんた誰よ…」 「……見て分かりませんか? 衣玖ですよ」 「嘘よ! あんたも式神なんでしょ!?」 冷静に考えればあのタイミングで衣玖が助けに来るのはおかしい。 これも紫が仕込んだ罠なんだ。そうに違いない。 そう考えた天子の心の裏には、衣玖がこんな事する筈がないという願望が混ざっていた。 しかしそんな天子を嘲笑うように、衣玖は冷たい目を向け続けている。 「そうですね、確かに私は式神です。紫様に頼まれこの洋館の管理を任された式神『衣玖』です」 「!! ふざけないで、偽物!」 「いいえ、私は本物の式神の『衣玖』です。私が衣玖と名付けられたのですから、私は衣玖以外の何者でもないのです」 そう言うと式神の衣玖は、崖にぶら下がる天子に近付き耳元にそっと囁いた。 「そもそも貴方の言う『本物の衣玖』とは何ですか? 今まで健気に仕えてきた『衣玖』ですか?  それともあの時、貴方を紫様に売った『衣玖』ですか?」 その瞬間、天子の頭に衣玖の言葉が蘇る。 あの時、自分を紫に売った言葉。 「違う! 違う違う違う!」 「何が違うのです? 永江 衣玖は貴方の我儘さに嫌気がさして紫様に売った。  動機も散々迷惑をかけた事を考えれば十分でしょう?」 そうだ、いつも天子の悪戯の後始末は衣玖がしていた。 不快に感じていてもおかしくない。 「嘘よ! 出鱈目も大概にしなさい!」 「そうですね。それなら本職に戻ればいいだけの話、少しおかしくなります。………あぁ、分かりました」 その瞬間、式神の衣玖の表情が不気味な笑みに変わった。 衣玖が絶対にしない表情、言葉、少なくても天子はそう思っていた事が衣玖の姿、声で再現される。 段々天子の中の衣玖が式神の衣玖に壊されていく。そんな恐怖が天子を襲った。 「やめて、やめなさいよ! これ以上、衣玖をおかしくしないで!」 「総領娘様、貴方は衣玖の真意を知りたかった筈では?」 「何よそれ……そんなのが真実だって言うの…」 「いいえ、私はこの洋館を管理する即席の式神。此処から出る事は許されていません。  故に私は貴方の言う『本物の衣玖』を知りません。これは単なる憶測に過ぎないのです。  ですが私の言葉を総領娘様は恐れている。きっと心当たりがあるからでしょう。  その総領娘様の恐れ、それこそが私の憶測が真実味を帯びている理由なのです」 そう言うと、式神の衣玖の表情が衣玖のつくる優しい笑顔に変わった。 天子の中でその姿が完全に『本物の衣玖』と重なる。 「総領娘様、これが私の考えた真実です」 「……へ?」 「永江 衣玖は昔から貴方の存在を疎ましく思っていた」 「!!」 「勝手に地震を起こしたり仕事の邪魔をする貴方を嫌っていた」 「嘘よ…」 「そこで世話係になる事で貴方を制御しようとした」 「そんな事…」 「しかし貴方は永江 衣玖の言う事を聞こうとしなかった! それどころか永江 衣玖に後始末を押し付けるようになった!」 「違う…」 「我儘放題の貴方に散々振り回された永江 衣玖は、ついに我慢の限界を超え最後の手段に手を出した!」 「やめてよ…」 「それこそがこの空間、貴方を無限に殺し続けるこの洋館だった!」 「やめて! もう聞きたくない!」 「紫様が永江 衣玖に頼まれて造ったのがこの空間、つまり真実とは永江 衣玖による比那名居 天子という存在の抹さ」 「もうやめてええぇぇぇぇええ!!」 天子は崖から落ちた。 衣玖に踏まれたからでも、限界になった訳でもない。 必死に耳を塞ごうとして、自分から手を離したのだ。 しかしこの空間で死ぬ事はない。 天子は再び洋館の自分の部屋に戻って来るだろう。 だが衣玖が自分を消す為に紫を頼ったという可能性を知ってしまった天子が 再び真実を知る為に歩き出せるかどうかは、まったく別の話である。 「紫様」 「なあに、衣玖」 「やり過ぎです」 一方こちらは天界の一室。 細長いテーブルのある大きなこの部屋には紫、衣玖そして天子が椅子に腰かけていた。 「確かに私は総領娘様の我儘が直ればと紫様に依頼しました。しかしこれでは総領娘様があんまりです」 そう言って衣玖は紫に手渡された書物をテーブルに置いた。 テーブルの上には『スキマハウス』と書かれた洋館のミニチュアが置いてあり、中では小さな魂がウロチョロしている。 衣玖はその様子をポケットからハンカチを取り出し涙を拭きながら見つめると、更に話を続け出した。 「そもそもこれは総領娘様の将来を案じての計画の筈です。  今の性格では他の天人との衝突は避けられないと危惧して、紫様に御頼みしましたのに……。  もしこのような悲惨な経験が、総領娘様の幼気な人格を歪めてしまったらどうなさる御積もりですか」 しかし涙ながらに語る衣玖に対して、紫の表情はとても冷めきったものだった。 「貴方は過保護すぎるのよ。そんなんだから何時までも我儘なのよ、あいつは」 「しかし…」 「しかしも何もありません」 「幽々子様…」 衣玖は助けを求めるように、次々と桃を頬張る天子に話しかけた。 この天子は、スキマハウスに閉じ込めた天子の魂の残った肉体に西行寺 幽々子を憑依させたものである。 さすがに残った肉体を隠したり放置すれば問題になりかねない。 本来は代わりの式神を使い誤魔化す予定だったのだが、話を聞いた幽々子が代役を名乗り出た。 紫としても本物の天子の体を使えば、体は本物故バレる可能性も少なくなるだろうと考え賛成。 天人達にも元の性格が性格なので衣玖が更生させてくれたとしか思われず、これまでバレる事もなかったのだ。 「嫌よ~、だって妖夢ったら私の事ほったらかしなのよ~? ただでさえ突然やってきた天狗やら河童の亡霊に  居場所とられたってのに、妖夢まで私をお邪魔虫扱いよ? どうして白玉楼の主の私が追い出されなきゃならないのよー!」 そのまま桃に齧り付き泣き出す天子、もとい幽々子。 泣きたいのはお互い様だが、ここはそういう空気なのだと割り切り幽々子をあやす事にする。 「……でも此処は居心地いいし桃も美味しいから私は気にしないわ~、成仏しそうだけど」 「……はぁ…」 はっきり言ってこの人にはついていけない。 「と、兎に角総領娘様を解放してください!」 そう紫に詰め寄る衣玖。 すると今まで無関心だった紫の表情が、険しいものに変わる。 「貴方はさっきから何なの? 私が態々こんな物まで造ってきてあげたのに……。  まさか私との取り引きをなかった事にしたいだけじゃないでしょうねぇ」 途端に紫の体から荒々しい気が溢れ出す。 凄まじい気迫に、衣玖は思わず後退りしてしまった。 逆らってはいけない。 紫の気により変わった場の空気が、そう衣玖に告げる。 「すみません、そんなつもりでは…なかったんです。…お許しください」 衣玖は空気を読んで頭を下げた。 途端に場の空気が温かいものになる。 「ちょ、ちょっと。そんなに畏まらなくてもいいのよ? 私は取り引きさえ守ってくれればいいんだから」 衣玖は泣いた。 空気を読んだとは名ばかりに、紫に恐れをなし天子を見捨てた自分を恥じて泣いた。 「泣かないでよ、私が悪者みたいじゃない」 「…すみ…ません…」 「それじゃあ約束の場所で待ってるから、遅れないで来てよ? 楽しみにしてるんだから」 「……はい…」 そう言うと紫は隙間の中に消えていく。 後には衣玖と、空気など気にせず桃を食べ続ける幽々子が残された。 「はい、メリー」 「わぁ、凄い! これ、どうしたの? 蓮子」 「早起きして作って来たのよ」 「凄いわぁ…………」 「……………?」 「………………」 「…………………あの、紫様?」 「…何をしているの」 「……えーと、その、すみません」 「あーん、でしょ!? あーん!」 「……はぁ」 「もう、蓮子の事何も分かってないわ!」 「……そう言われましても…」 「もう一回よ! 広場についてお弁当を開けるところから!」 「……あの」 「何よ!」 「私はその蓮子という方の事を知らないので、演じろと言われましても…」 「さっきも言ったでしょ! 蓮子は綺麗で優しくて頭も良くて、何でも出来ちゃうの!」 「……あの」 「今度は何!?」 「…大変申し上げにくいのですが、……まったく分かりません」 「じれったいわね…。いいわ、私の中の蓮子のイメージを直接叩きこんであげる」 「…! あの、紫様。何を……ひぎゃああああああああああああああああああ!!」 「そうよ、蓮子はもっとこうでこうなのよ!」 「あああああああああ!! やめ、ああ!! …あ……ああ………あ……ああ……」 「はい、おしまい。ほら、起きて」 「…………うぅ……あら? 私は……」 「どうしたの、蓮子。今日はピクニックに来てるんじゃない」 「え? あ、ごめん。ちょっと倒れちゃったみたい」 「大丈夫よ、気にしないで」 「ありがとう、……そうよ。はい、メリー」 「わぁ、凄い! これ、どうしたの? 蓮子」 「早起きして作って来たのよ。ほら、口を開けて。あーん」 「あ~ん♪」 [[『魔法少女達の百年祭』>魔法少女達の百年祭 前編:29スレ365]]へ続く - オチのほうがよっぽど怖い件 -- 名無しさん (2009-09-26 09:22:57) - ゆかりんうぜぇww -- 名無しさん (2009-09-26 11:16:43) - 救われない・・・ -- 名無しさん (2009-09-26 19:33:42) - 間接的な続きと書いてあるが &br()どのように繋がってるかが未だにわからん &br() -- 名無しさん (2009-09-26 19:45:45) - ↑ &br()>天狗やら河童の亡霊 -- 名無しさん (2009-09-27 00:51:09) - 本当にかすかに続編だな・・・・!! -- 名無しさん (2009-09-27 00:59:03) - このシリーズは &br()情け容赦が一切無いのが素晴らしい -- 名無しさん (2009-09-28 09:07:57) - あややの扱いの酷さに泣いた -- 名無しさん (2009-10-30 12:06:45) - てんこあいしてる -- 名無しさん (2009-11-19 11:25:56) - てんこwwwwwwww &br()とりあえずとても高度なストーリーだということは分かった。 -- J (2009-11-22 15:50:45) - 元ネタはグレゴリーホラーショーか -- 名無しさん (2010-03-20 05:08:58) - ……ん? &br()これ、文が出てきたって事は亡霊を式の元にしてるって可能性は無い? &br()だとしたら紫が犯人……だけどなあ。 &br()てかふと思ったんだが幽香を洗脳したの旧作メンバーじゃね? &br() -- 名無しさん (2010-12-03 10:12:05) - 式神のあややかわいそすwww -- 名無しさん (2011-10-30 12:23:15) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
-[[天衣無縫 前編:28スレ448]]から続き 「……ここは……?」 アリスから逃げた天子がやってきたのは、萃香に出会って以来になる大広間だった。 見れば以前来た時は気付かなかったが、出口になる大扉の反対側には扉がついている。 思い切って中に入って見ると、そこは食堂になっていた。 細長いテーブルの上には花が飾られており、天界の食堂を彷彿とさせる。 「紫にしてはいい趣味してるじゃない」 他の部屋より照明が明るいのも、少し気を紛らわせてくれる。 だがここは食堂、人が集まる場所だ。 いくら居心地がよくても長居は出来ない。 見れば食堂には更に扉がついている。 この先に何かあるかもしれない。 扉の向こうに気配がしないのを確認すると、天子は奥に進んでいった。 「………う……」 扉の先にあったのは厨房だった。 食堂とは打って変わり、厨房は薄暗く血の臭いが充満している。 出来ればあまりいたくないのだが、何かあるかもしれない。 何せ此処に来てから何も食べていないのだ。 紫の能力の影響か、まったくお腹は空かないのだが食事ぐらいとっておきたい。 そう思い、天子は冷蔵庫の中を探してみた。 「……碌な物がないわね」 中にはバナナとアップルジュースが入っていた。 だがさすがに此処で食べる気はしない。 天子は食器棚からコップを持ってきて食堂で食べる事にした。 「いただきますっと」 久しぶりの食事だ、ゆっくりとりたい所だがそうも言ってられない。 誰かが入って来る可能性なんて幾らでもあるのだ。 バナナをさっさと平らげると続いてジュースに手をかける。すると、 「ぶっ!!」 こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。 だが幸いこの部屋のテーブルは人が座ると後ろを通れなくなるくらい大きい。 下に隠れれば覗きこまれない限り見つからないだろう。 先程吹き出してしまったジュースが気がかりだが、今は時間がない。 天子はバナナの皮とジュースの容器とコップを持って、急いでテーブルの下に隠れた。 「…………」 やがて扉が開く音がして、食堂に二人住人が入って来る。 ここからでは誰が入ってきたかまでは分からない。 だが今、顔を出すのは自殺行為だ。 そのまま天子が音を立てないようにじっとしていると、一人は厨房に向かっていった。 残ったもう一人は椅子に腰掛け、何かぶつぶつ喋っている。 「さて、次の一面は…」 文の声だ、どうやら先程の死から復活したらしい。途端に天子の表情が緩む。 なにしろ文は襲って来ないのだ、そのうえ倒す事も出来る。 紫の設定ミスなのかどうかは知らないが、天子にとっては利用しない手はない穴だ。 さっさと文を倒して逃げれば、もう一人に捕まる事もない筈。 早速天子はテーブルから出て文に向かっていった。 「これはこれは調度いい所に。早速ですが天子さんに質も」 「幽々子様のおやつを食べたのは誰だ!」 しかし天子の計画は、厨房から戻ってきた魂魄 妖夢に崩されるのであった。 妖夢は厨房から真っ直ぐ、天子と文の方に向かって来る。 その手には楼観剣と白楼剣が握られており、とても穏便に済みそうにない。 「ねぇ、何か言ってくださ」 「ちょっと待って! おやつってな」 「問答無用!」 そう言うと妖夢は一気に駆け出し、天子に斬りかかってきた。 このままでは解体されてしまう。 追い込まれた天子は咄嗟に、 「逝って、文」 「うぼあっ!」 文を盾にする事にした。 妖夢に腹を裂かれた文は、臓物をぶちまけぐったりと倒れる。 その隙に天子は食堂から脱出した。 「待ちなさい!」 しかし妖夢もそう簡単には逃がさない。 文の死体を踏み付けると、天子を追って食堂を飛び出していった。 あれから数分後、天子は長い廊下を走って逃げていた。 後ろからは妖夢がぴったり追いかけてきている。 「し、しつこいわよ!」 階段を一気に駆け上がりバーの前を通って廊下を抜け、階段を下りて図書室に入り棚をぐるぐると回り図書室を出て 再び大広間に向かっている天子だが、妖夢の追跡は一向に止む気配がない。 食い物の恨みは恐ろしいという事なのか。 別に妖夢が食べる訳ではないのだろうが。 「…もう……いい加減にして…」 さすがにこれ以上は限界だ。 一旦休まなくてはもう歩けそうにない。 最早いつ倒れてもおかしくない状態で、大広間に入った天子。 「これはこれは調度いい所に」 そんな天子の前に現れたのは、再び復活した文だった。 「………」 「待ちなさい!」 数秒遅れてやってきた妖夢。 だがすぐ前には天子が息を切らせて歩いている。 このまま一気に詰め寄って斬りつければ、この長かった鬼ごっこは終わるのだ。 天子に駆け寄りとどめを刺そうとする妖夢。ところが、 「これでも喰らいなさい!」 天子はいきなり妖夢目掛けて文を突き飛ばしてきた。 しかしそんな事で怯むようでは、剣の指南役は勤まらない。 「この楼観剣に、斬れぬものなど少ししか無い!」 「うぼあっ!」 文を華麗に切り捨てると、再び天子に狙いを定める。 だが天子の姿はどこにも見当たらない。 「…………」 恐らく別の部屋へ移動したのだろう。 今の立ち位置で逃げられる場所は、食堂しかない。 間違いなく天子は食堂に逃げ込んだのだ。 「待ちなさい!」 勢いよく扉を開き、食堂に乗り込む妖夢。 だがここにも天子の姿はない。 「…………」 しかしこんな事で取り乱すようでは、幽々子の警護役は勤まらない。 ここにいないのなら厨房にいるのだろう。 妖夢は勢いよく扉を開き、厨房に乗り込んだ。 「…………」 だが厨房にも天子の姿はない。 ならば更に奥の中庭にいるに違いない。 妖夢は勢いよく扉を開き、中庭に乗り込んだ。 「……行った?」 一方、天子は食堂のテーブルの下に隠れていた。 「これなら…最初から…動かなきゃよかった…」 もしかしたらあのまま隠れてたら、何事もなくやり過ごせたんじゃないだろうか。 今更考えても仕方のない事だが、少し後悔する。 だがいつまでも此処に隠れている訳にもいかない。 ある程度回復すると、天子はテーブルから出て廊下に向かった。 暫く廊下を進んで行くと、天子は今まで入った事のない扉が多く存在する事に気づいた。 その殆どが住人の部屋になっていると思っていた為、今まで無闇に入ろうとはしなかったが 相手の隙を狙う為には避けては通れない道なのかもしれない。 何より鍵があるとすれば、住人が持っているか部屋にあるかだろう。 意を決して天子は近くの扉を開いてみた。 「嫌あああああああああああああああ!!」 「え?」 天子が開けた扉の向こうでは、鈴仙・優曇華院・イナバが着替えている最中だった。 「出てって! 変態!」 「ちょっと待ちなさいよ! 変態って何よ、変たふがっ!」 弁解も効果なく、鈴仙のタオルや何かの容器の弾幕が炸裂する。 幸い危険物は飛んで来なかったので軽い怪我で済んだが、天子は一旦部屋を出て出直すしかなかった。 「なんでこんなイベントがあるのよ…」 紫の悪戯以外ありえないだろうが、もし紫が天子をそういう奴だと思ってて造ったのだとしたら。 「それはそれで腹立つわ…」 ぶつける相手にぶつけられない怒りに、苛々する天子。 だがそんな怒りも吹っ飛んでしまう出来事が天子に襲いかかる。 「この楼観剣に、斬れぬものなど少ししか無い!」 「なっ!!」 鈴仙の悲鳴が他の住人を呼び寄せてしまっていたのだ。 慌てて反対方向に逃げようとするが、 「そこで何をしてるの?」 「う、嘘ぉ!?」 そっちからはアリスが来ていた。 右からは妖夢、左からはアリス。さっきの扉には鈴仙がいる。 再び八方塞がりに陥ってしまった天子、しかしそんな時一筋の希望が差し込んできた。 「あれはっ!」 そこにあったのは真っ赤な扉。今、逃げ込めるのはこの部屋しかない。 だがもし中に天子を襲う住人がいた場合、完全に袋小路になる。 誰もいなかったとしても、隠れる場所がなければ2対1では逃げ切れない。 決していい条件ではないが、此処で待ってても捕まるだけ。 何か嫌な予感もするが、天子は思い切って部屋に入り込んだ。 「…あった!」 部屋に入ってすぐに隠れ場所を探し始めた天子は、運よくクローゼットを見つける事が出来た。 急いで中に入りクローゼットを閉めると僅かな隙間から、部屋に入ってきた妖夢とアリスの姿が見える。 「………」 黙々と天子を探す妖夢とアリス。 天子も見つかってなるものかと、息を押し殺している。 そんな三人の持久戦が数十分程続いた頃、ようやく諦めたのか妖夢とアリスは部屋を出ていった。 「……ふぅ…」 やっと危機が去ったとほっと一息ついたのも束の間、再び扉が開く音がする。 慌てて気配を消す天子。やがて姿を現したのは、咲夜だった。 その時天子は、部屋に入る時に感じた嫌な予感の正体に気づく。 この真っ赤な部屋は前に咲夜に殺された場所、つまり咲夜の部屋だったのだ。 咲夜はベッドにヘッドドレスとリボンを置くと、真っ直ぐこちらに向かってくる。 恐らく着替えるつもりなのだろう。 このままでは見つかってしまうが、逃げる方法がない。 何も出来ずに縮こまる天子に、徐々に咲夜が近づいてくる。 そして次の瞬間、 「きゃああ!!」 強い衝撃がクローゼットを襲った。 堪らず悲鳴を上げる天子。 だが天子自身には怪我もなく、ナイフで刺された訳ではない。 「な、何? 何が起こったの?」 クローゼットを少し開けて、外の様子を窺ってみる。 するとそこには予想だにしない光景が広がっていた。 「……なんで?」 何故か咲夜は白目をむいて倒れていた。 状況がまったく分からない。天子が唖然としていると、ふと視界の隅にある物が映る。 「…まさか……」 それはバナナの皮だった。 天子が持って来ていたものが、いつの間にか落ちていたのだろう。 とても信じられないが皮を踏んで滑った咲夜が、クローゼットにぶつかり気を失った。 そういう事なのだろう。 「ふざけてるわ……」 相変わらず紫の考えが読めない。 だが今はまたとないチャンスだ。 早速咲夜の持ち物を物色する。すると、 「あ、あった!」 そこには今まで必死に探してきた紫の鍵があったのだ。 これでようやく此処から出られる。 辛かったこれまでの事を思いだし、目に涙を浮かべる天子。 だが此処で浮かれていても仕方がない。 帰り道で捕まらないよう、天子は今まで以上に慎重にされど興奮気味に大広間を目指した。 「……なんでよぉ……」 天子は大広間の出口に通じる扉の前に来ていた。 早速鍵を使って開けようとするも、何故か錠が合わない。 「そんな筈が………ッ!!」 天子が改めて鍵を見ると、なんと鍵の色が藍に変わっていた。 「嘘……どうして…」 確かにあの時見たのは紫の鍵だった。 鍵は一つしかなかったのだ、取り間違えてる筈はない。 ならどうしてと考えている時、天子の頭に一つの可能性が浮かんだ。 「…咲夜の部屋…」 咲夜の部屋は殆どの家具、壁紙が赤で統一されていた。 そのため気にならなかったが、若干照明も赤くなっていたのだ。 あの時紫色だと思ったのは、藍色の鍵が照明に照らされていたせいではないのだろうか。 「そんなぁ…」 やっと脱出出来ると思ったのに、結局糠喜びに過ぎなかった。 その場に力無く座り込む天子。するとどこからか声が聞こえてくる。 また住人が襲いに来たのだろうか。 慌ててこの場を離れようと、立ち上がり走り出そうとするが何かおかしい。 「…う…………さ…」 違う。この声は他の住人とは雰囲気が違う。 何か強い感情が感じられる。 そして此処に来てから一度も聞いてない、とても懐かしい聞き覚えのある声。 「総領娘様!!」 「衣玖!!」 廊下の向こうから走って来たのは衣玖だった。 衣玖は天子の前までやってくると、膝に手をつき肩で息をする。 そして呼吸が落ち着いてくると、ゆっくり体を起こし天子に微笑んだ。 「衣玖…どうして此処に?」 「総領娘様を…迎えに来たんです…」 そう言うと衣玖は両腕を広げて、天子をぎゅっと抱きしめる。 その瞬間、天子の中の様々な感情が溢れ出し、気付いたら涙が止まらず大声で泣いていた。 「衣玖、衣玖ううぅぅぅぅうぅぅ!!」 「もう大丈夫ですよ、安心してください。総領娘様」 衣玖は式神と違い、天子の言葉にちゃんと返事をしてくれる。 それだけで衣玖が助けにきてくれたんだと天子は確信した。 最早天子の頭に衣玖のあの言葉は残っていなかったのだ。 「さぁ、帰りましょう」 「うぅ…でも……鍵が…」 「それならご心配ありません」 そう言うと、衣玖はポケットから紫色の鍵を取り出した。 鍵を錠に差し込むと、綺麗に奥まで入り扉が開き始める。 「凄いわ、衣玖! これで外に……」 興奮した天子は勢いよく飛び出そうとした。 しかし外の景色を見た瞬間、その表情が一変する。 「………嘘」 扉の向こうは何もない断崖絶壁だった。 思わず引き返そうとする天子。だが、 「…え?」 天子の体は宙に投げ出されていた。 「………ッ!!!」 慌てて崖に掴まる天子。それを冷たい眼で見下ろしていたのは、他でもない衣玖だった。 「……衣玖?」 「あら? 落ちませんでしたね。これは失礼」 そう言うと衣玖は天子の手を踏み付ける。 一瞬痛みで表情を歪めた天子だったが、すぐにキッと衣玖を睨みつけた。 「ぐっ! あ、あんた誰よ…」 「……見て分かりませんか? 衣玖ですよ」 「嘘よ! あんたも式神なんでしょ!?」 冷静に考えればあのタイミングで衣玖が助けに来るのはおかしい。 これも紫が仕込んだ罠なんだ。そうに違いない。 そう考えた天子の心の裏には、衣玖がこんな事する筈がないという願望が混ざっていた。 しかしそんな天子を嘲笑うように、衣玖は冷たい目を向け続けている。 「そうですね、確かに私は式神です。紫様に頼まれこの洋館の管理を任された式神『衣玖』です」 「!! ふざけないで、偽物!」 「いいえ、私は本物の式神の『衣玖』です。私が衣玖と名付けられたのですから、私は衣玖以外の何者でもないのです」 そう言うと式神の衣玖は、崖にぶら下がる天子に近付き耳元にそっと囁いた。 「そもそも貴方の言う『本物の衣玖』とは何ですか? 今まで健気に仕えてきた『衣玖』ですか?  それともあの時、貴方を紫様に売った『衣玖』ですか?」 その瞬間、天子の頭に衣玖の言葉が蘇る。 あの時、自分を紫に売った言葉。 「違う! 違う違う違う!」 「何が違うのです? 永江 衣玖は貴方の我儘さに嫌気がさして紫様に売った。  動機も散々迷惑をかけた事を考えれば十分でしょう?」 そうだ、いつも天子の悪戯の後始末は衣玖がしていた。 不快に感じていてもおかしくない。 「嘘よ! 出鱈目も大概にしなさい!」 「そうですね。それなら本職に戻ればいいだけの話、少しおかしくなります。………あぁ、分かりました」 その瞬間、式神の衣玖の表情が不気味な笑みに変わった。 衣玖が絶対にしない表情、言葉、少なくても天子はそう思っていた事が衣玖の姿、声で再現される。 段々天子の中の衣玖が式神の衣玖に壊されていく。そんな恐怖が天子を襲った。 「やめて、やめなさいよ! これ以上、衣玖をおかしくしないで!」 「総領娘様、貴方は衣玖の真意を知りたかった筈では?」 「何よそれ……そんなのが真実だって言うの…」 「いいえ、私はこの洋館を管理する即席の式神。此処から出る事は許されていません。  故に私は貴方の言う『本物の衣玖』を知りません。これは単なる憶測に過ぎないのです。  ですが私の言葉を総領娘様は恐れている。きっと心当たりがあるからでしょう。  その総領娘様の恐れ、それこそが私の憶測が真実味を帯びている理由なのです」 そう言うと、式神の衣玖の表情が衣玖のつくる優しい笑顔に変わった。 天子の中でその姿が完全に『本物の衣玖』と重なる。 「総領娘様、これが私の考えた真実です」 「……へ?」 「永江 衣玖は昔から貴方の存在を疎ましく思っていた」 「!!」 「勝手に地震を起こしたり仕事の邪魔をする貴方を嫌っていた」 「嘘よ…」 「そこで世話係になる事で貴方を制御しようとした」 「そんな事…」 「しかし貴方は永江 衣玖の言う事を聞こうとしなかった! それどころか永江 衣玖に後始末を押し付けるようになった!」 「違う…」 「我儘放題の貴方に散々振り回された永江 衣玖は、ついに我慢の限界を超え最後の手段に手を出した!」 「やめてよ…」 「それこそがこの空間、貴方を無限に殺し続けるこの洋館だった!」 「やめて! もう聞きたくない!」 「紫様が永江 衣玖に頼まれて造ったのがこの空間、つまり真実とは永江 衣玖による比那名居 天子という存在の抹さ」 「もうやめてええぇぇぇぇええ!!」 天子は崖から落ちた。 衣玖に踏まれたからでも、限界になった訳でもない。 必死に耳を塞ごうとして、自分から手を離したのだ。 しかしこの空間で死ぬ事はない。 天子は再び洋館の自分の部屋に戻って来るだろう。 だが衣玖が自分を消す為に紫を頼ったという可能性を知ってしまった天子が 再び真実を知る為に歩き出せるかどうかは、まったく別の話である。 「紫様」 「なあに、衣玖」 「やり過ぎです」 一方こちらは天界の一室。 細長いテーブルのある大きなこの部屋には紫、衣玖そして天子が椅子に腰かけていた。 「確かに私は総領娘様の我儘が直ればと紫様に依頼しました。しかしこれでは総領娘様があんまりです」 そう言って衣玖は紫に手渡された書物をテーブルに置いた。 テーブルの上には『スキマハウス』と書かれた洋館のミニチュアが置いてあり、中では小さな魂がウロチョロしている。 衣玖はその様子をポケットからハンカチを取り出し涙を拭きながら見つめると、更に話を続け出した。 「そもそもこれは総領娘様の将来を案じての計画の筈です。  今の性格では他の天人との衝突は避けられないと危惧して、紫様に御頼みしましたのに……。  もしこのような悲惨な経験が、総領娘様の幼気な人格を歪めてしまったらどうなさる御積もりですか」 しかし涙ながらに語る衣玖に対して、紫の表情はとても冷めきったものだった。 「貴方は過保護すぎるのよ。そんなんだから何時までも我儘なのよ、あいつは」 「しかし…」 「しかしも何もありません」 「幽々子様…」 衣玖は助けを求めるように、次々と桃を頬張る天子に話しかけた。 この天子は、スキマハウスに閉じ込めた天子の魂の残った肉体に西行寺 幽々子を憑依させたものである。 さすがに残った肉体を隠したり放置すれば問題になりかねない。 本来は代わりの式神を使い誤魔化す予定だったのだが、話を聞いた幽々子が代役を名乗り出た。 紫としても本物の天子の体を使えば、体は本物故バレる可能性も少なくなるだろうと考え賛成。 天人達にも元の性格が性格なので衣玖が更生させてくれたとしか思われず、これまでバレる事もなかったのだ。 「嫌よ~、だって妖夢ったら私の事ほったらかしなのよ~? ただでさえ突然やってきた天狗やら河童の亡霊に  居場所とられたってのに、妖夢まで私をお邪魔虫扱いよ? どうして白玉楼の主の私が追い出されなきゃならないのよー!」 そのまま桃に齧り付き泣き出す天子、もとい幽々子。 泣きたいのはお互い様だが、ここはそういう空気なのだと割り切り幽々子をあやす事にする。 「……でも此処は居心地いいし桃も美味しいから私は気にしないわ~、成仏しそうだけど」 「……はぁ…」 はっきり言ってこの人にはついていけない。 「と、兎に角総領娘様を解放してください!」 そう紫に詰め寄る衣玖。 すると今まで無関心だった紫の表情が、険しいものに変わる。 「貴方はさっきから何なの? 私が態々こんな物まで造ってきてあげたのに……。  まさか私との取り引きをなかった事にしたいだけじゃないでしょうねぇ」 途端に紫の体から荒々しい気が溢れ出す。 凄まじい気迫に、衣玖は思わず後退りしてしまった。 逆らってはいけない。 紫の気により変わった場の空気が、そう衣玖に告げる。 「すみません、そんなつもりでは…なかったんです。…お許しください」 衣玖は空気を読んで頭を下げた。 途端に場の空気が温かいものになる。 「ちょ、ちょっと。そんなに畏まらなくてもいいのよ? 私は取り引きさえ守ってくれればいいんだから」 衣玖は泣いた。 空気を読んだとは名ばかりに、紫に恐れをなし天子を見捨てた自分を恥じて泣いた。 「泣かないでよ、私が悪者みたいじゃない」 「…すみ…ません…」 「それじゃあ約束の場所で待ってるから、遅れないで来てよ? 楽しみにしてるんだから」 「……はい…」 そう言うと紫は隙間の中に消えていく。 後には衣玖と、空気など気にせず桃を食べ続ける幽々子が残された。 「はい、メリー」 「わぁ、凄い! これ、どうしたの? 蓮子」 「早起きして作って来たのよ」 「凄いわぁ…………」 「……………?」 「………………」 「…………………あの、紫様?」 「…何をしているの」 「……えーと、その、すみません」 「あーん、でしょ!? あーん!」 「……はぁ」 「もう、蓮子の事何も分かってないわ!」 「……そう言われましても…」 「もう一回よ! 広場についてお弁当を開けるところから!」 「……あの」 「何よ!」 「私はその蓮子という方の事を知らないので、演じろと言われましても…」 「さっきも言ったでしょ! 蓮子は綺麗で優しくて頭も良くて、何でも出来ちゃうの!」 「……あの」 「今度は何!?」 「…大変申し上げにくいのですが、……まったく分かりません」 「じれったいわね…。いいわ、私の中の蓮子のイメージを直接叩きこんであげる」 「…! あの、紫様。何を……ひぎゃああああああああああああああああああ!!」 「そうよ、蓮子はもっとこうでこうなのよ!」 「あああああああああ!! やめ、ああ!! …あ……ああ………あ……ああ……」 「はい、おしまい。ほら、起きて」 「…………うぅ……あら? 私は……」 「どうしたの、蓮子。今日はピクニックに来てるんじゃない」 「え? あ、ごめん。ちょっと倒れちゃったみたい」 「大丈夫よ、気にしないで」 「ありがとう、……そうよ。はい、メリー」 「わぁ、凄い! これ、どうしたの? 蓮子」 「早起きして作って来たのよ。ほら、口を開けて。あーん」 「あ~ん♪」 [[『魔法少女達の百年祭』>魔法少女達の百年祭 前編:29スレ365]]へ続く - オチのほうがよっぽど怖い件 -- 名無しさん (2009-09-26 09:22:57) - ゆかりんうぜぇww -- 名無しさん (2009-09-26 11:16:43) - 救われない・・・ -- 名無しさん (2009-09-26 19:33:42) - 間接的な続きと書いてあるが &br()どのように繋がってるかが未だにわからん &br() -- 名無しさん (2009-09-26 19:45:45) - ↑ &br()>天狗やら河童の亡霊 -- 名無しさん (2009-09-27 00:51:09) - 本当にかすかに続編だな・・・・!! -- 名無しさん (2009-09-27 00:59:03) - このシリーズは &br()情け容赦が一切無いのが素晴らしい -- 名無しさん (2009-09-28 09:07:57) - あややの扱いの酷さに泣いた -- 名無しさん (2009-10-30 12:06:45) - てんこあいしてる -- 名無しさん (2009-11-19 11:25:56) - てんこwwwwwwww &br()とりあえずとても高度なストーリーだということは分かった。 -- J (2009-11-22 15:50:45) - 元ネタはグレゴリーホラーショーか -- 名無しさん (2010-03-20 05:08:58) - ……ん? &br()これ、文が出てきたって事は亡霊を式の元にしてるって可能性は無い? &br()だとしたら紫が犯人……だけどなあ。 &br()てかふと思ったんだが幽香を洗脳したの旧作メンバーじゃね? &br() -- 名無しさん (2010-12-03 10:12:05) - 式神のあややかわいそすwww -- 名無しさん (2011-10-30 12:23:15) - やっぱグレゴリーっぽいよなww -- 名無しさん (2013-04-13 19:16:24) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

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