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 満月の夜半、紅魔館。今夜もまた、紅い月光の降り注ぐテラスで茶会が開かれている。 普段はパチュリーも同席しているこの場だが、レミリアが特別に言い含めて席を外させて いた。大勢控えているはずの妖精メイドたちの姿も今は無い。  レミリアは一人だった。館内側のドアが開く。現れたのは十六夜咲夜、美しき紅魔館の メイド長。何度見ても飽きぬ、瀟洒な立ち居振る舞いで紅茶を運んでくる。レミリアの前 にやって来ると、カップに満たされた真紅の紅茶とケーキをテーブルの上に置く。 「今夜はお一人ですか」 「いいや、二人だよ、咲夜。たまには静かに飲む茶というものも趣き深い」  含み笑いを浮かべて、レミリアはティーカップを手に取った。咲夜の入れる紅茶は彼女 のお気に入りである。茶会の始まりにはまず、こうして味と香りを楽しむのだ。  口元まで近づけた時だった。レミリアの手が止まる。そしてそのままカップを放り投げ た。大理石の床に叩きつけられて砕け散り、紅い水溜りが広がっていく。咲夜は顔色一つ 変えず、表情も微動だにしなかった。 「お前は私に毒杯を仰げと言うのか、咲夜」  責めるような声色は無かった。むしろどこか楽しげですらある。匂いを嗅いだ時点でレ ミリアは気づいていた。これは聖人の血だ。大方、香霖堂辺りで手に入れてきたものだろ う。夜の王、吸血鬼たるレミリアにとってはまさに毒に等しい。 「まさか。そのような手にかかるお嬢様であれば、私はお仕えすることなどなかった」  咲夜もまた、動じることなく答える。声には喜色すら滲んでいた。レミリアは席を立ち、 咲夜に対し真正面から相対する。口元を歪め、牙を覗かせて笑った。 「待っていたよ、今日という日が来るのを――60年前のあの時から」 「奇遇ですね、私もですよ。今日まで本当に長かった。あの頃のお嬢様はハーケンクロイ ツの旗の下、眷属を率いて戦場を跋扈していた。人間を爪牙にかける、その愉悦のためだ けに」 「ああ、あの頃はまだ『外』にいたのだったな。お前と初めて会ったのはどこだったか… …まあいい。お前はOSS(戦略諜報局、CIAの前身)のヴァンパイアハンター部隊だったか な」  外の地名など忘れてしまったようだが、それ以外はレミリアの指摘通りである。咲夜が 所属する一隊はレミリアらの集団に遭遇し――殲滅させられた。まだ少女だった一人の隊 員を残して。  忌まわしい記憶のはずなのに、咲夜の表情はどこか晴れやかですらある。だが、その瞳 に宿る暗い炎は隠しようが無かった。 「あの時の私の気持ちが、お嬢様にはお分かりいただけますか? 目の前で仲間だった人 間がただの肉と化していき、また一人、また一人と餌食になっていく。恐ろしかった、逃 げ出したかった。でもそれすら許されない恐怖で足がすくみ、動けなかった」 「動けなかった、か。それは恐怖のせいだけ?」  茶化すようにレミリアが口を挟む。咲夜は首を横に振る。その顔色は暗い愉悦に染まり きっている。 「憧れた、羨望した! 圧倒的な力、人を超えた威厳! これが人外の存在、吸血鬼、不 死者の王! ……そして、いつかこの手で殺してみたいと思った!」  熱病に罹ったような狂熱の叫び。それだけでレミリアには咲夜の心情が手に取るように 分かる。ただ一人残された少女は十六夜咲夜の名を与えられ、レミリアに従属した。そし てドイツが敗色濃厚になると、根城だった紅魔館ごと幻想郷へ移住したのである。 「早いものだな、60年か。己の時を止め、今日まで修行と研鑽に励み続けたのだろう―― 私を殺すために。だが、それももはや限界。老いの定めからは逃れられない。だから『今 日』なのだろう、十六夜咲夜?」 「その名で私を呼ぶな!」  ここで初めて咲夜が激昂する。レミリアはクックッと喉を鳴らして笑った。そこにある のは、圧倒的な強者の余裕。 「ならどうする? ジェーン・ドゥとでも呼ぶか? でもね、お前は私の所有物だ。お前 の生命活動が続く限り、お前は『十六夜咲夜』でしかないんだよ」  王は驕慢によって毒杯を仰がされるという。だがレミリアのそれは驕慢などという言葉 では括れない、圧倒的で絶対的な何かだった。  咲夜は答えない。ただ冷ややかな、殺意の眼差しを主に向ける。60年前と同じ、猟犬の 目だった。 「……これでも長い付き合いだ、死に場所ぐらい選ばせてやるわ。どこでも好きなところ に決めるといい」 「紅魔館、中央ホール。あそこなら『舞踏』に不足は無いでしょう?」  咲夜の要望どおり、二人は中央ホールへと足を踏み入れた。ここには窓が無いため外光 は入らず、人工光源だけが闇を照らしている。レミリアは心底楽しそうに笑った。 「少しは考えたわけか。今宵は満月、月光の下での私は絶対者。だがここならそれも届か ない、というわけだ。これならあるいは、私を滅ぼすことができるかもしれない― ―」  レミリアが言い切る前に、咲夜が動いた。一足飛びに駆け、銀の閃光を無数にばら撒く。 対吸血鬼用のナイフだった。全てが彼女の意を受けたように、ホールの中を自在に飛び交 う。 「小賢しい手だな、私も舐められたものだ!」  レミリアは叫び、跳んだ。咲夜が有利だと踏んで選んだ戦場、だがそれはレミリアに対 しても言える。壁や天井、柱によって作り出されたこの限定的な空間は、吸血鬼の身体能 力にとって格好の舞台だった。  壁を蹴り天井を蹴り、矢のような勢いでホール内を縦横無尽に駆け巡る。咲夜が投げた ナイフなどかすりもしなかった。そのまま咲夜に迫り、左脚の筋肉を思い切りしならせる。 首を狙った回し蹴りは、すんでのところでかわされた。つま先がかすめた咲夜の首筋から 血が滴り落ちる。  レミリアはそのまま踏み込んだ。蹴りを避けた時のバックステップのまま、地に足の着 かぬ咲夜へ迫る。そのみぞおちへ掌打を叩き込んだ。爆音と衝撃、咲夜の体がボールのよ うに吹っ飛ぶ。そのまま背中から柱に激突した。柱がへこみ、ひびが走るほどの破壊力。 「どうした、もう終わり? お前が積み重ねた60年の成果はこんなものか?」  咲夜は答えない、というより答えられない。何度も咳き込み、口から血が吹き出してい る。今の一撃で内臓へ深刻なダメージが及んだのだろう。それを見て取り、レミリアはつ まらなくなった。所詮は人間、簡単に壊れてしまう。 「結局、茶番でしかなかったというわけか……」  終わらせるために、レミリアは高速で駆ける。わずかな違和感、感覚のズレ。おかしい、 と思ったときにそれはやってきた。 「くぅ……ッ!」  全身が灼熱するような感覚。いつの間にか無数の極細ワイヤーがホール中に張り巡らさ れ、彼女はそれに捕らわれていた。ワイヤーには祝福が施されている、吸血鬼には害毒だ。 おそらく、咲夜が時を止めて一瞬で仕掛けたのだろう。そしてその一瞬を逃す咲夜ではな かった。  宣言の無い『殺人ドール』発動。そう、これは弾幕ごっこではない。正真正銘、互いの 命をかけた殺し合いだった。無数のナイフが乱舞し、レミリアに突き刺さっていく。全弾 命中、レミリアはハリネズミのようになってしまっていた。 「……!」  そう思ったのも束の間、そこにレミリアの姿は無かった。代わりにホールの中を無数の 蝙蝠が飛び交っている。これも吸血鬼の能力の一つ。蝙蝠に変化することで必殺の攻撃を やり過ごしたのだ。  しかし、仕掛けられたワイヤーはまだ生きている。引っかかって焼け落ちていく蝙蝠も 決して少なくなかった。咲夜は黙ってその成り行きを見守っている。 「これは何の騒ぎなの!?」  そこに闖入者が現れた。パチュリーと小悪魔だ。騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。 血まみれの咲夜と無数の蝙蝠を見て、パチュリーが息を呑むのが聞こえた。そして霧散し ていた蝙蝠が一箇所に集まっていき、人型を形作っていく。 「パチェ、下がっていなさい――邪魔をすれば、殺す」  冷淡に言い放ったレミリア、その姿は幼くなっていた。背丈などもいくらか縮んでいる。 蝙蝠をワイヤーにやられ、完全復帰とはいかなかったのだろう。それでも時を置けば元に 戻るのだろうが。 「可愛らしい姿ですね、お嬢様。よかったじゃないですか」  皮肉たっぷりに咲夜が言う。しかし言葉とは裏腹に呼吸は荒かった。顔中が脂汗に塗れ ている。レミリアはそんな彼女を嘲笑った。 「十分だ、十分すぎるんだよ、今のお前を殺すには。……一つ、聞かせてもらおうかし ら」 「何です……?」 「蓬莱の薬を飲もうとは思わなかったのか? 永遠亭の八意に頼めば作ってくれたかも な。そしてさらなる研鑽を積めば私を殺せたかもしれない。何故、その選択肢を放棄し た?」  問われた咲夜は、間抜けなほど口を半開きにしていた。そして口元から漏れる忍び笑い、 やがてそれが哄笑へと変わっていく。ホール中に響き渡る狂乱の笑い、パチュリーと小悪 魔は不安げにそれを眺めている。そして咲夜は激昂した、恐らく生涯において最大の規模 で。 「冗談じゃないッ! あんな人外の怪物に成り下がって得た結果など、何の価値も無い! そんなことをするくらいなら、60年前のあの時、あなたに殺される道を選んでいた!!」  咲夜の剣幕にパチュリーたちは怯えきっていたが、レミリアは満足げだった。慈愛すら 感じられる笑みが浮かんでいる。 「そうだ、それでいい! 化物を殺すのはいつだって人間だ、人間でなくてはならないん だよ!」 「あなたなら、わかっていただけると思いましたよ……」  そこまで言って、激しく咳き込む咲夜。大量の血液が床を汚す。そして彼女の身体に変 異が起こり始めた。瑞々しかった肌から張りが失われていき、皺が刻まれる。美しい銀髪 が白髪へと変貌していく。  もう終わりなのか、と咲夜は悲憤した。今まで抑えてきた老化、その限界がやってきた のだ。これではもはや『力』は使えない。それを悟ると右の太腿に手を伸ばした。いつも はナイフホルダーが巻きつけられているが、今はレッグホルスターがある。咲夜は古びた 鉄の塊を取り出し、レミリアに向けた。 「これはまた懐かしい物を持ち出したわね。外にいた頃の物だろう?」  レミリアの指摘通りだった。45口径GIコルト、装弾数7発の自動拳銃である。力を失っ た今、咲夜に残された最後の武器だった。吸血鬼を相手にするには、いささか心もとなく 思える。 「だが、そんなもので私を殺せると本気で思っているのか?」 「……弾頭は銀製のホローポイント、聖水と祝福の特殊処置が施してあります。普段のあ なたなら殺せないでしょうが、弱体化した今なら……」  それは賭けに等しい行為だった。レミリアの身体能力を考えれば、2発目は撃てない。 一撃で倒せれば咲夜の勝ち、そうでなければレミリアの爪で引き裂かれて終わりだろう。 レミリアはこの賭けが気に入ったらしい。 「なら始めようじゃないか。……しかし、そんな大昔の物を後生大事に持っていたとは な。『外』が恋しかったか?」 「いえ。ただ、貴女と初めて出会った時に持っていた、いわば『原点』ですから」 「そうか、そういうものか。……ふふ、それもまた人間か。ならば、人間として殺してや ろう!」 「ありがとう。あなたはやはり私が仕えるに値したお嬢様でした!」  互いの魂からの叫び。レミリアが猛然と突進する。引き金が引かれ、乾いた発砲音が ホールに反響する。銀の銃弾は命中した。レミリアの右半身が原型を留めぬほどに吹き飛 ぶ。拳銃弾の威力を遥かに超越した破壊力。空薬莢が澄んだ音色を奏でた。  しかし、レミリアは止まらなかった。それこそ弾丸のような勢いで咲夜に体当たりする。 レミリアの腕は咲夜の背中から突き出ていた。その手にはまだ蠢く心臓が握られている。 こうして狂気の夜は明けた。  咲夜が死に、空間をいじる者がいなくなった事で紅魔館は外観どおりの広さに戻った。 図書館が手狭になった、などとパチュリーは愚痴っている。小悪魔は内心楽できるように なった、と思っているらしい。  美鈴は相変わらず門番を続けていた。折檻を受けることは無くなったが、心のどこかで 物足りなさを感じている。その正体がなんなのか、深く追求するのはやめようと彼女は思 った。知りたくない性癖というものも存在するのだ。  元より蚊帳の外だったフランドールは地下に幽閉されたままである。館が狭くなったた め、勤勉とは言い難い妖精メイドたちだけでもどうにか維持できる。紅魔館の日常は概ね 変わらなかった。最初から咲夜などいなかったかのように、時は流れていく。 「お嬢様、お茶をお入れしました」  後任のメイド長が恭しく一礼し、深夜の茶会に紅茶を供した。そして彼女はこの場を辞 去する。昨晩と同様、レミリアは一人だった。今は誰かと語らうような気分にはなれない。  ティーカップを手に取り、紅茶を口にする。不味くはない。しかし、咲夜が入れたもの と比べると物足りないのも事実だった。  こうなることは、60年前のあの日から知っていた。全ては予定調和、彼女の能力である 運命視が見せた通りである。それを知りながら彼女は咲夜を側に置いた。忠実に振舞う従 者が、叛意を露にする日が来るのを承知の上で。 「だが……違う。私が『視た』結末に相違はない。なのに……」  レミリアは一人呟く。そして彼女は遅まきながら気づいた。咲夜と『遊びたかった』の は事実だ。しかし本人も自覚せぬうちに、常に傍らにあって献身を捧げてくれる存在への 依存が生まれていた。吸血鬼は孤高にして孤独な存在、そんな心の隙間を埋めていたのが 十六夜咲夜だったのだ。 「はは、ははは……。そうか、そういうことか。王とは孤独なもの……わかっている、わ かっていたさ」  乾いた自嘲が他に誰もいないテラスに響く。運命を操る程度の能力、運命視。それは少 しも過たずに事象を予見する。だがそれはあくまで『事象』に限ってのこと、そこから生 じる感情の波、心までは見通すことができない。  何もかもが、もはや手遅れ。レミリアは天を仰いだ。昨晩は満月、そして今日の月齢は 15。そう、十六夜だ。だが月光の下で瀟洒に咲き誇り、常に傍らにあった従者はもういな い。  レミリアは自らの能力によって知っていた。これから先、永遠のような時間を孤独に、 退屈に過ごしていかねばならぬことを。 ---- - これなんてHELLSING? -- 名無しさん (2009-05-28 19:41:36) - 諸君!私は戦争が(ry -- 名無しさん (2009-05-29 05:31:00) - ヘルシングネタじゃねぇえかぁああ! -- 名無しさん (2009-11-09 00:15:24) - レミリアは元ミレニアムですね、わかります -- 名無しさん (2009-11-09 06:48:32) - 科学でできた兵器なら妖怪は殺せるはず。 -- 名無しさん (2009-11-10 00:03:34) - レミリアとアーカードは言うまでもなくアーカードの方が強いね。 &br()AMEN三年生神父様も一度首を落としただけだもんね。 &br()その前に何十万回と殺す必要があるしね。 -- 名無しさん (2009-11-16 19:56:11) - むしろここでルーデルに追いかけ回されるレミリアをな -- 名無しさん (2009-11-19 15:18:01) - ネタはともかくこういった主従関係が原作にあるというのがちょっとした希望 &br() -- 名無しさん (2010-03-14 02:06:08) - 化物を殺すのはいつだって人間だ、人間でなくてはならないん &br()だよ. &br()これは、アーカードの・・・ -- ice (2013-07-26 19:58:59) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
 満月の夜半、紅魔館。今夜もまた、紅い月光の降り注ぐテラスで茶会が開かれている。 普段はパチュリーも同席しているこの場だが、レミリアが特別に言い含めて席を外させて いた。大勢控えているはずの妖精メイドたちの姿も今は無い。  レミリアは一人だった。館内側のドアが開く。現れたのは十六夜咲夜、美しき紅魔館の メイド長。何度見ても飽きぬ、瀟洒な立ち居振る舞いで紅茶を運んでくる。レミリアの前 にやって来ると、カップに満たされた真紅の紅茶とケーキをテーブルの上に置く。 「今夜はお一人ですか」 「いいや、二人だよ、咲夜。たまには静かに飲む茶というものも趣き深い」  含み笑いを浮かべて、レミリアはティーカップを手に取った。咲夜の入れる紅茶は彼女 のお気に入りである。茶会の始まりにはまず、こうして味と香りを楽しむのだ。  口元まで近づけた時だった。レミリアの手が止まる。そしてそのままカップを放り投げ た。大理石の床に叩きつけられて砕け散り、紅い水溜りが広がっていく。咲夜は顔色一つ 変えず、表情も微動だにしなかった。 「お前は私に毒杯を仰げと言うのか、咲夜」  責めるような声色は無かった。むしろどこか楽しげですらある。匂いを嗅いだ時点でレ ミリアは気づいていた。これは聖人の血だ。大方、香霖堂辺りで手に入れてきたものだろ う。夜の王、吸血鬼たるレミリアにとってはまさに毒に等しい。 「まさか。そのような手にかかるお嬢様であれば、私はお仕えすることなどなかった」  咲夜もまた、動じることなく答える。声には喜色すら滲んでいた。レミリアは席を立ち、 咲夜に対し真正面から相対する。口元を歪め、牙を覗かせて笑った。 「待っていたよ、今日という日が来るのを――60年前のあの時から」 「奇遇ですね、私もですよ。今日まで本当に長かった。あの頃のお嬢様はハーケンクロイ ツの旗の下、眷属を率いて戦場を跋扈していた。人間を爪牙にかける、その愉悦のためだ けに」 「ああ、あの頃はまだ『外』にいたのだったな。お前と初めて会ったのはどこだったか… …まあいい。お前はOSS(戦略諜報局、CIAの前身)のヴァンパイアハンター部隊だったか な」  外の地名など忘れてしまったようだが、それ以外はレミリアの指摘通りである。咲夜が 所属する一隊はレミリアらの集団に遭遇し――殲滅させられた。まだ少女だった一人の隊 員を残して。  忌まわしい記憶のはずなのに、咲夜の表情はどこか晴れやかですらある。だが、その瞳 に宿る暗い炎は隠しようが無かった。 「あの時の私の気持ちが、お嬢様にはお分かりいただけますか? 目の前で仲間だった人 間がただの肉と化していき、また一人、また一人と餌食になっていく。恐ろしかった、逃 げ出したかった。でもそれすら許されない恐怖で足がすくみ、動けなかった」 「動けなかった、か。それは恐怖のせいだけ?」  茶化すようにレミリアが口を挟む。咲夜は首を横に振る。その顔色は暗い愉悦に染まり きっている。 「憧れた、羨望した! 圧倒的な力、人を超えた威厳! これが人外の存在、吸血鬼、不 死者の王! ……そして、いつかこの手で殺してみたいと思った!」  熱病に罹ったような狂熱の叫び。それだけでレミリアには咲夜の心情が手に取るように 分かる。ただ一人残された少女は十六夜咲夜の名を与えられ、レミリアに従属した。そし てドイツが敗色濃厚になると、根城だった紅魔館ごと幻想郷へ移住したのである。 「早いものだな、60年か。己の時を止め、今日まで修行と研鑽に励み続けたのだろう―― 私を殺すために。だが、それももはや限界。老いの定めからは逃れられない。だから『今 日』なのだろう、十六夜咲夜?」 「その名で私を呼ぶな!」  ここで初めて咲夜が激昂する。レミリアはクックッと喉を鳴らして笑った。そこにある のは、圧倒的な強者の余裕。 「ならどうする? ジェーン・ドゥとでも呼ぶか? でもね、お前は私の所有物だ。お前 の生命活動が続く限り、お前は『十六夜咲夜』でしかないんだよ」  王は驕慢によって毒杯を仰がされるという。だがレミリアのそれは驕慢などという言葉 では括れない、圧倒的で絶対的な何かだった。  咲夜は答えない。ただ冷ややかな、殺意の眼差しを主に向ける。60年前と同じ、猟犬の 目だった。 「……これでも長い付き合いだ、死に場所ぐらい選ばせてやるわ。どこでも好きなところ に決めるといい」 「紅魔館、中央ホール。あそこなら『舞踏』に不足は無いでしょう?」  咲夜の要望どおり、二人は中央ホールへと足を踏み入れた。ここには窓が無いため外光 は入らず、人工光源だけが闇を照らしている。レミリアは心底楽しそうに笑った。 「少しは考えたわけか。今宵は満月、月光の下での私は絶対者。だがここならそれも届か ない、というわけだ。これならあるいは、私を滅ぼすことができるかもしれない― ―」  レミリアが言い切る前に、咲夜が動いた。一足飛びに駆け、銀の閃光を無数にばら撒く。 対吸血鬼用のナイフだった。全てが彼女の意を受けたように、ホールの中を自在に飛び交 う。 「小賢しい手だな、私も舐められたものだ!」  レミリアは叫び、跳んだ。咲夜が有利だと踏んで選んだ戦場、だがそれはレミリアに対 しても言える。壁や天井、柱によって作り出されたこの限定的な空間は、吸血鬼の身体能 力にとって格好の舞台だった。  壁を蹴り天井を蹴り、矢のような勢いでホール内を縦横無尽に駆け巡る。咲夜が投げた ナイフなどかすりもしなかった。そのまま咲夜に迫り、左脚の筋肉を思い切りしならせる。 首を狙った回し蹴りは、すんでのところでかわされた。つま先がかすめた咲夜の首筋から 血が滴り落ちる。  レミリアはそのまま踏み込んだ。蹴りを避けた時のバックステップのまま、地に足の着 かぬ咲夜へ迫る。そのみぞおちへ掌打を叩き込んだ。爆音と衝撃、咲夜の体がボールのよ うに吹っ飛ぶ。そのまま背中から柱に激突した。柱がへこみ、ひびが走るほどの破壊力。 「どうした、もう終わり? お前が積み重ねた60年の成果はこんなものか?」  咲夜は答えない、というより答えられない。何度も咳き込み、口から血が吹き出してい る。今の一撃で内臓へ深刻なダメージが及んだのだろう。それを見て取り、レミリアはつ まらなくなった。所詮は人間、簡単に壊れてしまう。 「結局、茶番でしかなかったというわけか……」  終わらせるために、レミリアは高速で駆ける。わずかな違和感、感覚のズレ。おかしい、 と思ったときにそれはやってきた。 「くぅ……ッ!」  全身が灼熱するような感覚。いつの間にか無数の極細ワイヤーがホール中に張り巡らさ れ、彼女はそれに捕らわれていた。ワイヤーには祝福が施されている、吸血鬼には害毒だ。 おそらく、咲夜が時を止めて一瞬で仕掛けたのだろう。そしてその一瞬を逃す咲夜ではな かった。  宣言の無い『殺人ドール』発動。そう、これは弾幕ごっこではない。正真正銘、互いの 命をかけた殺し合いだった。無数のナイフが乱舞し、レミリアに突き刺さっていく。全弾 命中、レミリアはハリネズミのようになってしまっていた。 「……!」  そう思ったのも束の間、そこにレミリアの姿は無かった。代わりにホールの中を無数の 蝙蝠が飛び交っている。これも吸血鬼の能力の一つ。蝙蝠に変化することで必殺の攻撃を やり過ごしたのだ。  しかし、仕掛けられたワイヤーはまだ生きている。引っかかって焼け落ちていく蝙蝠も 決して少なくなかった。咲夜は黙ってその成り行きを見守っている。 「これは何の騒ぎなの!?」  そこに闖入者が現れた。パチュリーと小悪魔だ。騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。 血まみれの咲夜と無数の蝙蝠を見て、パチュリーが息を呑むのが聞こえた。そして霧散し ていた蝙蝠が一箇所に集まっていき、人型を形作っていく。 「パチェ、下がっていなさい――邪魔をすれば、殺す」  冷淡に言い放ったレミリア、その姿は幼くなっていた。背丈などもいくらか縮んでいる。 蝙蝠をワイヤーにやられ、完全復帰とはいかなかったのだろう。それでも時を置けば元に 戻るのだろうが。 「可愛らしい姿ですね、お嬢様。よかったじゃないですか」  皮肉たっぷりに咲夜が言う。しかし言葉とは裏腹に呼吸は荒かった。顔中が脂汗に塗れ ている。レミリアはそんな彼女を嘲笑った。 「十分だ、十分すぎるんだよ、今のお前を殺すには。……一つ、聞かせてもらおうかし ら」 「何です……?」 「蓬莱の薬を飲もうとは思わなかったのか? 永遠亭の八意に頼めば作ってくれたかも な。そしてさらなる研鑽を積めば私を殺せたかもしれない。何故、その選択肢を放棄し た?」  問われた咲夜は、間抜けなほど口を半開きにしていた。そして口元から漏れる忍び笑い、 やがてそれが哄笑へと変わっていく。ホール中に響き渡る狂乱の笑い、パチュリーと小悪 魔は不安げにそれを眺めている。そして咲夜は激昂した、恐らく生涯において最大の規模 で。 「冗談じゃないッ! あんな人外の怪物に成り下がって得た結果など、何の価値も無い! そんなことをするくらいなら、60年前のあの時、あなたに殺される道を選んでいた!!」  咲夜の剣幕にパチュリーたちは怯えきっていたが、レミリアは満足げだった。慈愛すら 感じられる笑みが浮かんでいる。 「そうだ、それでいい! 化物を殺すのはいつだって人間だ、人間でなくてはならないん だよ!」 「あなたなら、わかっていただけると思いましたよ……」  そこまで言って、激しく咳き込む咲夜。大量の血液が床を汚す。そして彼女の身体に変 異が起こり始めた。瑞々しかった肌から張りが失われていき、皺が刻まれる。美しい銀髪 が白髪へと変貌していく。  もう終わりなのか、と咲夜は悲憤した。今まで抑えてきた老化、その限界がやってきた のだ。これではもはや『力』は使えない。それを悟ると右の太腿に手を伸ばした。いつも はナイフホルダーが巻きつけられているが、今はレッグホルスターがある。咲夜は古びた 鉄の塊を取り出し、レミリアに向けた。 「これはまた懐かしい物を持ち出したわね。外にいた頃の物だろう?」  レミリアの指摘通りだった。45口径GIコルト、装弾数7発の自動拳銃である。力を失っ た今、咲夜に残された最後の武器だった。吸血鬼を相手にするには、いささか心もとなく 思える。 「だが、そんなもので私を殺せると本気で思っているのか?」 「……弾頭は銀製のホローポイント、聖水と祝福の特殊処置が施してあります。普段のあ なたなら殺せないでしょうが、弱体化した今なら……」  それは賭けに等しい行為だった。レミリアの身体能力を考えれば、2発目は撃てない。 一撃で倒せれば咲夜の勝ち、そうでなければレミリアの爪で引き裂かれて終わりだろう。 レミリアはこの賭けが気に入ったらしい。 「なら始めようじゃないか。……しかし、そんな大昔の物を後生大事に持っていたとは な。『外』が恋しかったか?」 「いえ。ただ、貴女と初めて出会った時に持っていた、いわば『原点』ですから」 「そうか、そういうものか。……ふふ、それもまた人間か。ならば、人間として殺してや ろう!」 「ありがとう。あなたはやはり私が仕えるに値したお嬢様でした!」  互いの魂からの叫び。レミリアが猛然と突進する。引き金が引かれ、乾いた発砲音が ホールに反響する。銀の銃弾は命中した。レミリアの右半身が原型を留めぬほどに吹き飛 ぶ。拳銃弾の威力を遥かに超越した破壊力。空薬莢が澄んだ音色を奏でた。  しかし、レミリアは止まらなかった。それこそ弾丸のような勢いで咲夜に体当たりする。 レミリアの腕は咲夜の背中から突き出ていた。その手にはまだ蠢く心臓が握られている。 こうして狂気の夜は明けた。  咲夜が死に、空間をいじる者がいなくなった事で紅魔館は外観どおりの広さに戻った。 図書館が手狭になった、などとパチュリーは愚痴っている。小悪魔は内心楽できるように なった、と思っているらしい。  美鈴は相変わらず門番を続けていた。折檻を受けることは無くなったが、心のどこかで 物足りなさを感じている。その正体がなんなのか、深く追求するのはやめようと彼女は思 った。知りたくない性癖というものも存在するのだ。  元より蚊帳の外だったフランドールは地下に幽閉されたままである。館が狭くなったた め、勤勉とは言い難い妖精メイドたちだけでもどうにか維持できる。紅魔館の日常は概ね 変わらなかった。最初から咲夜などいなかったかのように、時は流れていく。 「お嬢様、お茶をお入れしました」  後任のメイド長が恭しく一礼し、深夜の茶会に紅茶を供した。そして彼女はこの場を辞 去する。昨晩と同様、レミリアは一人だった。今は誰かと語らうような気分にはなれない。  ティーカップを手に取り、紅茶を口にする。不味くはない。しかし、咲夜が入れたもの と比べると物足りないのも事実だった。  こうなることは、60年前のあの日から知っていた。全ては予定調和、彼女の能力である 運命視が見せた通りである。それを知りながら彼女は咲夜を側に置いた。忠実に振舞う従 者が、叛意を露にする日が来るのを承知の上で。 「だが……違う。私が『視た』結末に相違はない。なのに……」  レミリアは一人呟く。そして彼女は遅まきながら気づいた。咲夜と『遊びたかった』の は事実だ。しかし本人も自覚せぬうちに、常に傍らにあって献身を捧げてくれる存在への 依存が生まれていた。吸血鬼は孤高にして孤独な存在、そんな心の隙間を埋めていたのが 十六夜咲夜だったのだ。 「はは、ははは……。そうか、そういうことか。王とは孤独なもの……わかっている、わ かっていたさ」  乾いた自嘲が他に誰もいないテラスに響く。運命を操る程度の能力、運命視。それは少 しも過たずに事象を予見する。だがそれはあくまで『事象』に限ってのこと、そこから生 じる感情の波、心までは見通すことができない。  何もかもが、もはや手遅れ。レミリアは天を仰いだ。昨晩は満月、そして今日の月齢は 15。そう、十六夜だ。だが月光の下で瀟洒に咲き誇り、常に傍らにあった従者はもういな い。  レミリアは自らの能力によって知っていた。これから先、永遠のような時間を孤独に、 退屈に過ごしていかねばならぬことを。 ---- - これなんてHELLSING? -- 名無しさん (2009-05-28 19:41:36) - 諸君!私は戦争が(ry -- 名無しさん (2009-05-29 05:31:00) - ヘルシングネタじゃねぇえかぁああ! -- 名無しさん (2009-11-09 00:15:24) - レミリアは元ミレニアムですね、わかります -- 名無しさん (2009-11-09 06:48:32) - 科学でできた兵器なら妖怪は殺せるはず。 -- 名無しさん (2009-11-10 00:03:34) - レミリアとアーカードは言うまでもなくアーカードの方が強いね。 &br()AMEN三年生神父様も一度首を落としただけだもんね。 &br()その前に何十万回と殺す必要があるしね。 -- 名無しさん (2009-11-16 19:56:11) - むしろここでルーデルに追いかけ回されるレミリアをな -- 名無しさん (2009-11-19 15:18:01) - ネタはともかくこういった主従関係が原作にあるというのがちょっとした希望 &br() -- 名無しさん (2010-03-14 02:06:08) - 化物を殺すのはいつだって人間だ、人間でなくてはならないん &br()だよ. &br()これは、アーカードの・・・ -- ice (2013-07-26 19:58:59) - 咲夜頑張って!!! -- サクラクローバー (2014-10-12 08:22:23) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

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