「ルナサ姉いじめ:13スレ167」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

ルナサ姉いじめ:13スレ167」(2018/02/18 (日) 15:34:07) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

※某投稿サイトに出したものの改変。 黒く、纏わりつくような雨が降っていた。 傘をビタンビタンと打つそれは、憂鬱を助長する音色。 一人で歩く機会があったと思ったらこの雨なんだもの。 本でも読んでいるときは、雨の音色も幽美に感じるものだけど こうして出歩いているときにはできればご勘弁願いたい。 自分で言っててとてつもなくわがままだとは思うけれど 歩くたびに撥ねる水や、ぬかるんだ地面に足がとられそうになるとか。 傘を持ちながら飛ぶと、バランスをとるのが難しいし濡れるしで。 とにもかくにも、アンニュイな気持ちがあふれ出していた。 雨が降ったから、今夜のライブは中止――。 そのことを、会場を設営してくれていた風見幽香に伝えるために 私は珍しく一人で行動していた。 普段は小うるさいメルランと、チョコチョコ後ろをついてくる可愛いリリカが一緒。 私たちは、いつも一緒。 「今日はルナサだけ? 珍しいね」 知り合いと会えば、皆がそう口を揃えた。 対する言葉はすべて同じ。 「まぁ、たまには」 長話になりそうな連中をかわし、太陽の畑に着くと、傘も差さずに風見幽香は佇んでいた。 よくもまぁこんな気持ち悪い天候で傘も差さずにいられるものだ。 声をかけようとすると、「残念ね、雨で」と彼女から話を切り出された。 「ああ、梅雨というのも厄介なものだよ、野外のコンサートが潰れてしまう」 「花たちも楽しみにしているからできればさせてあげたいのだけど・・・・・・」 思案顔の風見幽香に「たまには休養も必要さ」と言葉をかけ、すぐに立ち去ると彼女へ告げる。 「また晴れたときには手伝うわ」 「よろしく頼む」 ライブにはうってつけの土地と、花を使った演出をしてくれる彼女には正直頭が上がらない。 初めは私たちへの好奇心だったのかもしれないが、この関係もずいぶん長く続いている。 たぶんこれからも、夏が近づけば畑でのライブは増えていくことだろう。 しかし、雨は憂鬱だ・・・・・・。さっさと帰ろう・・・・・・っと、紅茶が切れていたっけ。 嗜好品を切らすのはいけない。 メルランが、リリカが、そして私が・・・・・・困る。 人間の里に行くのはあまり気が進まないのだが、紅茶を飲むというのはレイラがいたときからの習慣だ。 食事も集まって毎食摂っている。 本来私たちに栄養は必要ないのだけど、レイラは家族の時間を大切にした。 もちろん、私たちも家族との時間はもっとも大切なものだと思っている。 そのためにも、嗜好品の類の補充には敏感だった。 「すみません、ルナサ・プリズムリバーさんですよね?」 人里に入ってすぐ、後ろから突然声をかけられて、身構えながら振り向く。 怪しいものではありません――人間の少女が手をブンブンさせていてもたしかにおかしくはないのだが こう、いきなりテンションが高いのもどうかと思う。 その思いは顔には出さず、少女の反応を待つ。 少女は一度深呼吸をすると、おもむろに口を開いた。 「不躾なお願いだとは思います。ルナサさんに、今日このあと、演奏をお願いしてもよろしいでしょうか」 「は?」 素っ頓狂な声が出た。 メルランは時折ソロライブに出かけることがある。 メルランの音楽は盛り上げ役としてはうってつけの音質であり、宴会なんぞには頻繁にお呼ばれしているようだ。 逆に私の音質は、その場の気分を盛り下げる、今まで一度もソロの誘いを受けたことなどない。 そんな私に、まさか白羽の矢が立つとは。 「父が、父が幽霊楽団の大ファンだったんです」 だった。 ・・・・・・ああ、なるほど。 「お葬式?」 「はい・・・・・・。先日、亡くなりました」 目元を潤ませ、ぐすっと鼻をすする少女。 葬式のために呼ばれるというのも癪だが、それが私の音質だ。 仕方の無いことだと思う。 「父は、ルナサさんの大ファンでした。他には何の娯楽もせず、たまに妖怪と混ざって聞きに行く。  母や親戚は、そんな父を変人扱いしましたが・・・・・・。私は違います!!   寡黙だった父は、幽霊楽団の演奏を、とくにルナサ・プリズムリバーさんの演奏を語るときだけはそれはもう熱っぽく語ってくれたものです  いつか、お前もライブに連れて行ってやる――。そう言っていたのに、先月から急に体調を崩して、それで・・・・・・」 「はいはい、わかった。それで、葬儀は何時?」 「えっと、それがもう数刻後なんです・・・・・・。急にこのようなお願いを申し上げても  引き受けてもらえるとは思いません、ですが、どうかお願いします」 少女が必死で頭を下げる。 そのせいで、傘は雨を遮ることを忘れてしまい、少女の服はドンドン透けていった。 殿方には嬉しい風景かもしれないが、長い時間こうさせるのは、女の私には気分がよくない。 「まぁ、そこまで言われたら私も断れないな。幸い、今夜のライブは中止だし・・・・・・」 「本当ですか!?」 喜色の色をたたえて、私にすがりつく少女。 まぁ、喜んでもらえて悪い気はしないんだけどもこちらにもやんごとなき用事がある。 「その、な。買い物を済ませて一度館に戻らないといけないんだ。葬式の会場を教えてもらえない?」 「は、はい。えっと、自宅なんですが、上白沢先生の住んでいる家の2軒右隣です」 「ああ、わかった。ありがとう」 それじゃあまたあとで――。 紅茶と、適当に洋菓子でも買って館に戻らないといけない。 それぐらいを買うのであれば、手持ちでも十分事足りる。 ◆ 「あれ、姉さんお帰り」 「ああ、ただいまリリカ。はい、紅茶とクッキー」 妹へ袋を押し付けて、時計を眺める。 お茶を一杯飲むぐらいの時間は十分にあった。 「リリカ、メルランを呼んでお茶にしよう」 「うん、わかった。ルナサ姉さん?」 「うん? なんだいリリカ」 「なんでもない。ただちょっと、嬉しそうに見えたから」 身を翻して、トコトコ駆けていくリリカ。 嬉しそう、か。 そうかもしれないな。 これから、はじめてのソロライブが待ってるんだから。 「おー、紅茶だ紅茶だー」 「ちょっとメル姉! 重いからしなだれかからないで!」 「こら、メルラン、遊んでないで手伝え」 「はーい・・・・・・。ルナ姉、何かいいことあった?」 「別に・・・・・・。ああ、私はこれから用事があるから」 「あ、わかった。デートだ!」 「何もわかっちゃいないよ。  くだらないこと言ってないでお湯でも沸かしなさい。  リリカは皿を持ってきてくれるか?」 「ルナ姉は?」 「私はテーブル拭いておくから」 「「はーい」」 二人を送り出して、テーブルをフキンで拭き取っていく。 といっても、毎日掃除しているものがそうそう汚れているものでもない。 あっさりと私の仕事は終わってしまった。 リリカの仕事も皿を持ってくるだけ、ほどなくして戻ってくると、リリカもそのまま席についた。 「メル姉、遅いね」 「そりゃ、お湯を沸かすのが一番重労働だしな」 「クッキー、袋から出しとくね」 袋を開け、皿にクッキーをあける。 バターをふんだんに使ったクッキーは、焼きたての香ばしい香りを放っていた。 頬が緩む。 やはり、お茶の時間は心が安らぐ。 リリカもクッキーを並べながら、ウットリとした表情を浮かべていた。 そのままなんとなく黙り込み、台所から聞こえてくるメルランの鼻唄だけが屋敷に響く。 「・・・・・・こう、つまみぐいしたらさ。レイラは怒るんだろうね」 リリカの口から不意に零れ落ちる言葉。 「ああ、そうだな」 紅茶はまだかしら。 そういえば昔は、メルランに細かいことを頼むとロクなことがなかったっけ。 お茶を淹れる係は、私とリリカとレイラで交代制だった。 「おまたせー」 「お帰りメルラン」 でも、今はメルランが一番上手。 時間が経てば変わるものだ。 「美味しいね、このクッキー」 3人で囲むテーブルは、いつもどおり物足りなさが漂った。 食事時と、お茶の時間はいつもそう。 『せめてこの時間は、家族みんなで過ごそうね』 そう言っていた当人が、もう居ないんだから。 ◆ 「それじゃあ、少しでかけてくるから」 「うん、気をつけてね」 「いってらっしゃい、ルナ姉」 妹たちの見送りを受け、どんよりとした雲の下、人里へ飛ぶ。 約束の時間には問題なく間に合うだろう。 半獣の家は里のど真ん中、探すのに苦労はしない。 囲いこまれてるのか、自らの意思で人を守っているのか。 交際は深くないため、その辺の機微はよくわからないが、奇特な者なのだろうとは思う。 そうこう考えているうちに、喪服で身を包んだものが多くいる場所――つまりは今日の会場へとついた。 意外と名士だったんだろう、人里でもここまで大きな家はそうはない。 もしかしたら名主や、農家を仕切っている家なのかもしれない。 さて、どうしたものかと家の前で思案していると、私のところへ先ほど出会った少女が駆け寄ってきた。 「ルナサさん、きてくれたんですね」 「ん、まぁ約束を無碍にする気はないよ」 「そうですか。お経をあげ終ったあとに、父が愛した音楽ということで演奏していただきたいのですが、よろしいですか?」 「ああ、それじゃあ出番が来るまで私は外にでもいるよ」 「ああいえ、控え室といってはなんですが、空いている部屋があるのでそこで待機してもらえたらと」 「そう、じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」 「それじゃあ、こちらです」 彼女の先導で、人の群れを抜ける。 「幽霊楽団だ」 「なんでこんなところに?」 横を通り過ぎると、そんな声が端々から聞こえてきた。 それにたいして、「旦那さんは幽霊楽団のファンだったんだよ、変わり者だったんだね」という声もちらほら。 人間にも名前は売れている、しかしそれが必ずしも良い評判ではないということは嬉しいような嬉しくないような。 周囲の言葉は気にならない、少女はそう言いたげに私の手を引いて、客室のひとつへと案内してくれた。 「時間になればお呼びしますので、それまでゆっくりなさってください。  ご入用のものがあれば今お持ちしますので。  お茶やお菓子なんか・・・・・・えっと、食べれますか?」 「あぁ・・・・・・。気遣いはいらないよ。私たちは食べなくても平気だから」 「そうですか、それじゃあ私はまだすることが山ほどあるので・・・・・・。それでは」 そのまま駆け去っていく少女。 気丈な子だと思う。 父親が亡くなったというのに、自らの役目を果たそうと必死にがんばっている。 キュっと、無意識に拳に力が入った。 せっかく呼ばれたんだ、彼女の顔に泥を塗るような演奏をしてはならないな。 私に出来る、最高の演奏をしよう。 そう、心に決めた 半刻も部屋で待っていると「ルナサさん、そろそろ」と呼びかける声がした。 集中も済んでいる、今日の演奏は、きっと最高のものになるだろう。 少女に連れられ葬儀の場へ入ると、予想以上の人間が悼み、泣いていた。 無論のこと、少女の目元も赤く腫れている。 「皆様、父が愛した幽霊楽団の方に今日は着ていただきました。  今しばらく、ルナサ・プリズムリバーさんの音へと耳をお傾けてくださいませ」 少女が頭を下げ、敷かれている座布団の1番前へ座る。 隣に居る女性が母親なのだろう、顔つきや雰囲気が似ている。 ハンカチで目を押さえる女性の背中を優しく撫でる少女。 この場に、私に出来る、最高の音を。 「それでは、【天空の花の都】を、演らせていただきます。  お亡くなりになった、旦那様の魂が、無事あの世へと辿り着けますよう」 シンと静まり返った室内に、ヴァイオリンの音が優しく滑り出す。 演奏をしながら、私は昔のことを思い出していた。 レイラ、私たちを生み出した母であり、私たち3人の大事な妹。 マジックアイテムから生み出された『モノ』に魂を与えてくれた、命をくれた大切な妹。 共に時間を刻み、笑いあい、時にはケンカをして・・・・・・。 感情の欠片もなかった私たちの造形を一生懸命に育て上げてくれた、敬愛すべき妹。 ――レイラは人間であり、私たちは騒霊。 瑞々しかった肌はいつしか皺を刻み、艶々の髪も潤いを失った。 それでもレイラはいつも笑顔であり、私たち3人の間にも笑顔は絶えなかった。 『家族の時間を、大事にしましょう』 仮初の存在に依存したレイラ。 仮初の存在である私たちを家族として迎え入れてくれたレイラ。 『あなたたちも、私たちの姉さんだった』 きっとレイラも気づいていたんだ。 自らの行為がどれだけ虚しく、哀しいものだったのかを。 彼女の死を見送るものは私たち以外に居なかった。 しわくちゃの手を握り締め、リリカはボロボロ涙を流していたっけ。 メルランも、いつもの陽気さはどこかに潜めて、俯いて唇を噛んでいた。 別れはいつしか、誰しもに訪れる。 頭では理解していたって、そんなのを受け入れることができるわけもなく。 『姉さん。歌が、歌が歌いたいよ』 彼女の葬送曲として選ばれたのが、レイラがはじめて作った曲。 【幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble】 それまでも、そしてそれからも、そのときほどひどい演奏も無かったと思う。 リリカは音を外すし、メルランのラッパはぶつ切り。 私のヴァイオリンも、ギコギコ濁った音を立てるばかり。 それでも、か細い声で彼女は楽しそうに歌った。 『ありがとう、姉さん』 最後の体力を使い切ったのか、目覚めぬ眠りについたレイラを起こさぬよう。 私たちは、声を殺して泣いた。 しばらく、3人とも何もしない時期が続いた。 食事も摂らず、顔も合わせず。 そんなある日、メルランが私たちをロビーに呼び出した。 「ライブを開きましょう。レイラが愛してくれた、私たちの音楽を広めましょう」 もちろん私もリリカもそれに反対しなかったし、腐っていくよりも何億倍もマシだと思った。 ――演奏を終えると、葬儀に集まっていた人間たちが、滝のように涙を流していた。 「やりすぎだよ、ルナサ・プリズムリバー」 すくっと一人が立った。 歴史の半獣、上白沢慧音だ。 「お前の音は、人間には刺激が強すぎるんだ・・・・・・。  葬送曲としては素晴らしい演奏だったが。  ・・・・・・少し、身が入りすぎたな」 そこで一旦、言葉を切る。 「すまないが、もう帰ってくれないか。  これ以上お前が演奏すれば、皆の心が壊れてしまう」 苦渋の決断だということは十分に伝わってきた。 目を真っ赤にし、時折グイと目元を拭う。 それでも、私を真っ直ぐに見つめてくるというのは、彼女なりの私への誠意なんだろう。 「・・・・・・そうだな、私はこれで帰らせてもらうよ。この後は宴席を持つんだろう?  これ以上空気を重くすれば、もうそれどころじゃなくなる・・・・・・。すまないがあとのことを任せてもいいだろうか?」 「ああ、任せてくれ」 「・・・・・・それじゃあ」 人々の、おいおい泣く声を背に、私はその場を後にした。 早足で邸内を出ると、その場で叫びたい衝動に駆られた。 所詮、私の音楽は、人を陰鬱な気持ちにさせてしまうのか。 葬儀という場であっても、やりすぎと捉えられてしまうのか。 ツゥーと、頬を涙が伝った。 悔しさと、悲しさと、よくわからない感情が入り混じった涙だった。 ◆ 「ただいま・・・・・・」 「あれお帰り、意外と早かったね」 途中寄り道をし、トボトボと屋敷に辿り着くと、リリカはロビーで紅茶を飲んでいた。 そこにメルランの姿は見当たらない。 「リリカ、メルランは?」 「メル姉なら、さっき急に呼ばれて出てったよ。宴会の出し物なんだって」 「・・・・・・ふぅん」 やはり妹は人気者、そういった祭事があれば個人で話がいく。 珍しいことでも、ない。 苛立ちを隠し、お茶請けとして出されていたクッキーを齧る。 「姉さん、何かいやなことでもあった? すっごい顔してるよ」 「いや別に」 早口で会話を切り、もうひとつクッキーを口へと運ぶ。 リリカは何か言いたげだったが、そのまま口をつぐむ。 そして漂う、いやな沈黙。 「私、部屋に戻るね。姉さん考え事してるみたいだから」 ヒョイと立ち上がり、飲み終えたカップを片付けるリリカ。 その背を見送り、悶々と考えているうちに悔しさがこみ上げた。 全身全霊を込めてした演奏が、評価されなかった。 それと同時に妬ましくも思える。 どこもかしこにも引っ張りだこな、メルランの演奏が。 「うぐっ・・・・・・」 誰かを恨むのはお門違いなんだってわかってる。 それでも、このどうしようもない気持ちを、どこへぶつければいい。 力任せに、テーブルを打ち付ける。 ズダンという打撃音と、痺れとともにくる鈍痛。 嗚咽を漏らしても、消えることのないモヤモヤがどうにも憎らしかった。 ◆ 屋敷にかかった、レイラの絵画を見て思う。 私の顔はくしゃくしゃな紙くずみたいに歪んでいたが、レイラは相変わらず、柔らかく微笑んでいた。 「なぜ、私は鬱の音色なんだ」 問いかけたって、どうにもならないなんてことはわかってる。 それでも、心情を吐露しなくちゃ壊れてしまいそう。 妬ましい、羨ましい。 こんな感情は持ってはいけないことはわかってる。 メルランは、リリカは大事な妹なんだから。 ・・・・・・妹? そもそも私たちに、血の繋がりなんてものはない。 レイラが私たちに与えた、単なる役割ではないのか? いつまで虚偽の家族を演じているんだ? 黒い感情が、ジワジワと体の隅にまで広がっていくのがわかった。 それと同時に、溢れる涙。 悔しさを抱えながらも、私はこの虚飾を守っていきたかったのだ。 どんなに妬ましく羨ましく思えても、私は妹たちが好きだった。 心から、愛している。 膝を折り、一度は体の隅にまで広がった感情を飲み込む。 発散する方法は、やはり演奏するのが一番だろう。 よろよろと、自分でも笑えるぐらいに力なく立ち上がり、庭へと歩いていく。 いつのまにか雨は止み、空には満月がぷかぷか浮かんでいた。 ヴァイオリンを呼び出し、この日二度目のソロライブ。 響く音色は、過去最低の濁った音色だった。 1刻も弾いた頃だろうか、不意にトランペットの音が演奏に混ざった。 メルランだ。 音のほうへと振り向くと、メルランがいつもどおり、ニコニコ笑っていた。 「どうしたの、姉さん。らしくないよ? いや、らしいのかな」 「ん、ああいやなんでもない」 目を伏せ、またヴァイオリンを構える。 話はあまり、したくない気分なのだ。 「うわぁ、ストレス溜まってるの? なんだか、ひどい音色」 観客であるメルランは、容赦なくブーイングを飛ばしてきた。 それもまぁ、仕方ないと思う。 人に聞かせられる演奏ではないことは重々承知していた。 「ねえ、姉さん? 私がどこに演奏に行ってたか知りたくない?」 無視して、演奏を続ける。 「えっとねー、人里のお葬式会場の宴会なんだけどね。半獣に呼ばれて急遽。  本当は私の音色って、人間に聞かせると危ないんだけど・・・・・・。  お客さんみーんな、この世の終わりみたいに絶望しててさ!  面白かったなー、あれ。今の姉さんみたいな顔してた!!」 「メルラン、部屋に戻ってくれないか」 「え?」 「いいから、一人にさせてくれ」 ちぇっ、という小さな舌打ちと、おやすみなさいといういつもの調子の声が後ろから聞こえた。 ずっと、背を向けていたから、それ以上はわからない。 ---- - これいじめってレベルじゃない。鬱すぎるよ・・・ &br()ルナサちゃん(´;ω;`) -- (2009-05-29 12:14:41) - かわいそう -- 名無しさん (2009-07-30 11:47:25) - だれだ!ルナサをこんな目に遭わせたのはっ! -- 名無しさん (2009-10-07 00:33:02) - タチ悪っ! -- 名無しさん (2010-02-28 21:30:00) - これ女の子の死んだお父さんはどうなんだよ聴いてもいい音色だってことは・・・人間じゃなかったり? -- 名無しさん (2010-03-01 03:00:52) - 切ないなぁ… -- 名無しさん (2010-07-17 23:51:55) - 皆に絶望してほしかったのか? -- 名無しさん (2010-11-09 22:28:23) - ↑ひでぇwww -- 名無しさん (2010-11-10 09:40:05) - ↑×4 &br()死んだお父さんは「幽霊楽団」の演奏が好きで、ルサナの演奏が好きというわけではないのだろう? -- 名無しさん (2010-11-10 16:23:03) - オチの想像はついたけど…… -- 名無しさん (2010-11-10 19:06:20) - ルナサの扱いが酷すぎる(´・ω・`) &br()鬱になる -- 名無しさん (2011-05-17 23:09:33) - とりあえずリリカは俺の嫁 -- 名無しさん (2011-10-14 20:51:12) - だいたいけーねが悪いってことはわかった -- 名無しさん (2011-10-28 21:41:30) - きっとこの葬式は、悲しくて悲しくて悲しくて、参列者の皆はこの葬式を忘れないと思う。 &br()そして女の子はそのことに感謝するだろう。 -- 名無しさん (2013-05-04 20:52:23) - ルナサを傷つける奴は俺がゆるさねぇ。 -- 動かぬ探究心 (2013-06-03 08:31:35) - ↑同感だ。 -- 名無しさん (2013-06-15 08:22:57) - いいこと言うじゃねーか、若造よ。 -- 動かぬ探究心 (2013-10-16 21:35:31) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)
※某投稿サイトに出したものの改変。 黒く、纏わりつくような雨が降っていた。 傘をビタンビタンと打つそれは、憂鬱を助長する音色。 一人で歩く機会があったと思ったらこの雨なんだもの。 本でも読んでいるときは、雨の音色も幽美に感じるものだけど こうして出歩いているときにはできればご勘弁願いたい。 自分で言っててとてつもなくわがままだとは思うけれど 歩くたびに撥ねる水や、ぬかるんだ地面に足がとられそうになるとか。 傘を持ちながら飛ぶと、バランスをとるのが難しいし濡れるしで。 とにもかくにも、アンニュイな気持ちがあふれ出していた。 雨が降ったから、今夜のライブは中止――。 そのことを、会場を設営してくれていた風見幽香に伝えるために 私は珍しく一人で行動していた。 普段は小うるさいメルランと、チョコチョコ後ろをついてくる可愛いリリカが一緒。 私たちは、いつも一緒。 「今日はルナサだけ? 珍しいね」 知り合いと会えば、皆がそう口を揃えた。 対する言葉はすべて同じ。 「まぁ、たまには」 長話になりそうな連中をかわし、太陽の畑に着くと、傘も差さずに風見幽香は佇んでいた。 よくもまぁこんな気持ち悪い天候で傘も差さずにいられるものだ。 声をかけようとすると、「残念ね、雨で」と彼女から話を切り出された。 「ああ、梅雨というのも厄介なものだよ、野外のコンサートが潰れてしまう」 「花たちも楽しみにしているからできればさせてあげたいのだけど・・・・・・」 思案顔の風見幽香に「たまには休養も必要さ」と言葉をかけ、すぐに立ち去ると彼女へ告げる。 「また晴れたときには手伝うわ」 「よろしく頼む」 ライブにはうってつけの土地と、花を使った演出をしてくれる彼女には正直頭が上がらない。 初めは私たちへの好奇心だったのかもしれないが、この関係もずいぶん長く続いている。 たぶんこれからも、夏が近づけば畑でのライブは増えていくことだろう。 しかし、雨は憂鬱だ・・・・・・。さっさと帰ろう・・・・・・っと、紅茶が切れていたっけ。 嗜好品を切らすのはいけない。 メルランが、リリカが、そして私が・・・・・・困る。 人間の里に行くのはあまり気が進まないのだが、紅茶を飲むというのはレイラがいたときからの習慣だ。 食事も集まって毎食摂っている。 本来私たちに栄養は必要ないのだけど、レイラは家族の時間を大切にした。 もちろん、私たちも家族との時間はもっとも大切なものだと思っている。 そのためにも、嗜好品の類の補充には敏感だった。 「すみません、ルナサ・プリズムリバーさんですよね?」 人里に入ってすぐ、後ろから突然声をかけられて、身構えながら振り向く。 怪しいものではありません――人間の少女が手をブンブンさせていてもたしかにおかしくはないのだが こう、いきなりテンションが高いのもどうかと思う。 その思いは顔には出さず、少女の反応を待つ。 少女は一度深呼吸をすると、おもむろに口を開いた。 「不躾なお願いだとは思います。ルナサさんに、今日このあと、演奏をお願いしてもよろしいでしょうか」 「は?」 素っ頓狂な声が出た。 メルランは時折ソロライブに出かけることがある。 メルランの音楽は盛り上げ役としてはうってつけの音質であり、宴会なんぞには頻繁にお呼ばれしているようだ。 逆に私の音質は、その場の気分を盛り下げる、今まで一度もソロの誘いを受けたことなどない。 そんな私に、まさか白羽の矢が立つとは。 「父が、父が幽霊楽団の大ファンだったんです」 だった。 ・・・・・・ああ、なるほど。 「お葬式?」 「はい・・・・・・。先日、亡くなりました」 目元を潤ませ、ぐすっと鼻をすする少女。 葬式のために呼ばれるというのも癪だが、それが私の音質だ。 仕方の無いことだと思う。 「父は、ルナサさんの大ファンでした。他には何の娯楽もせず、たまに妖怪と混ざって聞きに行く。  母や親戚は、そんな父を変人扱いしましたが・・・・・・。私は違います!!   寡黙だった父は、幽霊楽団の演奏を、とくにルナサ・プリズムリバーさんの演奏を語るときだけはそれはもう熱っぽく語ってくれたものです  いつか、お前もライブに連れて行ってやる――。そう言っていたのに、先月から急に体調を崩して、それで・・・・・・」 「はいはい、わかった。それで、葬儀は何時?」 「えっと、それがもう数刻後なんです・・・・・・。急にこのようなお願いを申し上げても  引き受けてもらえるとは思いません、ですが、どうかお願いします」 少女が必死で頭を下げる。 そのせいで、傘は雨を遮ることを忘れてしまい、少女の服はドンドン透けていった。 殿方には嬉しい風景かもしれないが、長い時間こうさせるのは、女の私には気分がよくない。 「まぁ、そこまで言われたら私も断れないな。幸い、今夜のライブは中止だし・・・・・・」 「本当ですか!?」 喜色の色をたたえて、私にすがりつく少女。 まぁ、喜んでもらえて悪い気はしないんだけどもこちらにもやんごとなき用事がある。 「その、な。買い物を済ませて一度館に戻らないといけないんだ。葬式の会場を教えてもらえない?」 「は、はい。えっと、自宅なんですが、上白沢先生の住んでいる家の2軒右隣です」 「ああ、わかった。ありがとう」 それじゃあまたあとで――。 紅茶と、適当に洋菓子でも買って館に戻らないといけない。 それぐらいを買うのであれば、手持ちでも十分事足りる。 ◆ 「あれ、姉さんお帰り」 「ああ、ただいまリリカ。はい、紅茶とクッキー」 妹へ袋を押し付けて、時計を眺める。 お茶を一杯飲むぐらいの時間は十分にあった。 「リリカ、メルランを呼んでお茶にしよう」 「うん、わかった。ルナサ姉さん?」 「うん? なんだいリリカ」 「なんでもない。ただちょっと、嬉しそうに見えたから」 身を翻して、トコトコ駆けていくリリカ。 嬉しそう、か。 そうかもしれないな。 これから、はじめてのソロライブが待ってるんだから。 「おー、紅茶だ紅茶だー」 「ちょっとメル姉! 重いからしなだれかからないで!」 「こら、メルラン、遊んでないで手伝え」 「はーい・・・・・・。ルナ姉、何かいいことあった?」 「別に・・・・・・。ああ、私はこれから用事があるから」 「あ、わかった。デートだ!」 「何もわかっちゃいないよ。  くだらないこと言ってないでお湯でも沸かしなさい。  リリカは皿を持ってきてくれるか?」 「ルナ姉は?」 「私はテーブル拭いておくから」 「「はーい」」 二人を送り出して、テーブルをフキンで拭き取っていく。 といっても、毎日掃除しているものがそうそう汚れているものでもない。 あっさりと私の仕事は終わってしまった。 リリカの仕事も皿を持ってくるだけ、ほどなくして戻ってくると、リリカもそのまま席についた。 「メル姉、遅いね」 「そりゃ、お湯を沸かすのが一番重労働だしな」 「クッキー、袋から出しとくね」 袋を開け、皿にクッキーをあける。 バターをふんだんに使ったクッキーは、焼きたての香ばしい香りを放っていた。 頬が緩む。 やはり、お茶の時間は心が安らぐ。 リリカもクッキーを並べながら、ウットリとした表情を浮かべていた。 そのままなんとなく黙り込み、台所から聞こえてくるメルランの鼻唄だけが屋敷に響く。 「・・・・・・こう、つまみぐいしたらさ。レイラは怒るんだろうね」 リリカの口から不意に零れ落ちる言葉。 「ああ、そうだな」 紅茶はまだかしら。 そういえば昔は、メルランに細かいことを頼むとロクなことがなかったっけ。 お茶を淹れる係は、私とリリカとレイラで交代制だった。 「おまたせー」 「お帰りメルラン」 でも、今はメルランが一番上手。 時間が経てば変わるものだ。 「美味しいね、このクッキー」 3人で囲むテーブルは、いつもどおり物足りなさが漂った。 食事時と、お茶の時間はいつもそう。 『せめてこの時間は、家族みんなで過ごそうね』 そう言っていた当人が、もう居ないんだから。 ◆ 「それじゃあ、少しでかけてくるから」 「うん、気をつけてね」 「いってらっしゃい、ルナ姉」 妹たちの見送りを受け、どんよりとした雲の下、人里へ飛ぶ。 約束の時間には問題なく間に合うだろう。 半獣の家は里のど真ん中、探すのに苦労はしない。 囲いこまれてるのか、自らの意思で人を守っているのか。 交際は深くないため、その辺の機微はよくわからないが、奇特な者なのだろうとは思う。 そうこう考えているうちに、喪服で身を包んだものが多くいる場所――つまりは今日の会場へとついた。 意外と名士だったんだろう、人里でもここまで大きな家はそうはない。 もしかしたら名主や、農家を仕切っている家なのかもしれない。 さて、どうしたものかと家の前で思案していると、私のところへ先ほど出会った少女が駆け寄ってきた。 「ルナサさん、きてくれたんですね」 「ん、まぁ約束を無碍にする気はないよ」 「そうですか。お経をあげ終ったあとに、父が愛した音楽ということで演奏していただきたいのですが、よろしいですか?」 「ああ、それじゃあ出番が来るまで私は外にでもいるよ」 「ああいえ、控え室といってはなんですが、空いている部屋があるのでそこで待機してもらえたらと」 「そう、じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」 「それじゃあ、こちらです」 彼女の先導で、人の群れを抜ける。 「幽霊楽団だ」 「なんでこんなところに?」 横を通り過ぎると、そんな声が端々から聞こえてきた。 それにたいして、「旦那さんは幽霊楽団のファンだったんだよ、変わり者だったんだね」という声もちらほら。 人間にも名前は売れている、しかしそれが必ずしも良い評判ではないということは嬉しいような嬉しくないような。 周囲の言葉は気にならない、少女はそう言いたげに私の手を引いて、客室のひとつへと案内してくれた。 「時間になればお呼びしますので、それまでゆっくりなさってください。  ご入用のものがあれば今お持ちしますので。  お茶やお菓子なんか・・・・・・えっと、食べれますか?」 「あぁ・・・・・・。気遣いはいらないよ。私たちは食べなくても平気だから」 「そうですか、それじゃあ私はまだすることが山ほどあるので・・・・・・。それでは」 そのまま駆け去っていく少女。 気丈な子だと思う。 父親が亡くなったというのに、自らの役目を果たそうと必死にがんばっている。 キュっと、無意識に拳に力が入った。 せっかく呼ばれたんだ、彼女の顔に泥を塗るような演奏をしてはならないな。 私に出来る、最高の演奏をしよう。 そう、心に決めた 半刻も部屋で待っていると「ルナサさん、そろそろ」と呼びかける声がした。 集中も済んでいる、今日の演奏は、きっと最高のものになるだろう。 少女に連れられ葬儀の場へ入ると、予想以上の人間が悼み、泣いていた。 無論のこと、少女の目元も赤く腫れている。 「皆様、父が愛した幽霊楽団の方に今日は着ていただきました。  今しばらく、ルナサ・プリズムリバーさんの音へと耳をお傾けてくださいませ」 少女が頭を下げ、敷かれている座布団の1番前へ座る。 隣に居る女性が母親なのだろう、顔つきや雰囲気が似ている。 ハンカチで目を押さえる女性の背中を優しく撫でる少女。 この場に、私に出来る、最高の音を。 「それでは、【天空の花の都】を、演らせていただきます。  お亡くなりになった、旦那様の魂が、無事あの世へと辿り着けますよう」 シンと静まり返った室内に、ヴァイオリンの音が優しく滑り出す。 演奏をしながら、私は昔のことを思い出していた。 レイラ、私たちを生み出した母であり、私たち3人の大事な妹。 マジックアイテムから生み出された『モノ』に魂を与えてくれた、命をくれた大切な妹。 共に時間を刻み、笑いあい、時にはケンカをして・・・・・・。 感情の欠片もなかった私たちの造形を一生懸命に育て上げてくれた、敬愛すべき妹。 ――レイラは人間であり、私たちは騒霊。 瑞々しかった肌はいつしか皺を刻み、艶々の髪も潤いを失った。 それでもレイラはいつも笑顔であり、私たち3人の間にも笑顔は絶えなかった。 『家族の時間を、大事にしましょう』 仮初の存在に依存したレイラ。 仮初の存在である私たちを家族として迎え入れてくれたレイラ。 『あなたたちも、私たちの姉さんだった』 きっとレイラも気づいていたんだ。 自らの行為がどれだけ虚しく、哀しいものだったのかを。 彼女の死を見送るものは私たち以外に居なかった。 しわくちゃの手を握り締め、リリカはボロボロ涙を流していたっけ。 メルランも、いつもの陽気さはどこかに潜めて、俯いて唇を噛んでいた。 別れはいつしか、誰しもに訪れる。 頭では理解していたって、そんなのを受け入れることができるわけもなく。 『姉さん。歌が、歌が歌いたいよ』 彼女の葬送曲として選ばれたのが、レイラがはじめて作った曲。 【幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble】 それまでも、そしてそれからも、そのときほどひどい演奏も無かったと思う。 リリカは音を外すし、メルランのラッパはぶつ切り。 私のヴァイオリンも、ギコギコ濁った音を立てるばかり。 それでも、か細い声で彼女は楽しそうに歌った。 『ありがとう、姉さん』 最後の体力を使い切ったのか、目覚めぬ眠りについたレイラを起こさぬよう。 私たちは、声を殺して泣いた。 しばらく、3人とも何もしない時期が続いた。 食事も摂らず、顔も合わせず。 そんなある日、メルランが私たちをロビーに呼び出した。 「ライブを開きましょう。レイラが愛してくれた、私たちの音楽を広めましょう」 もちろん私もリリカもそれに反対しなかったし、腐っていくよりも何億倍もマシだと思った。 ――演奏を終えると、葬儀に集まっていた人間たちが、滝のように涙を流していた。 「やりすぎだよ、ルナサ・プリズムリバー」 すくっと一人が立った。 歴史の半獣、上白沢慧音だ。 「お前の音は、人間には刺激が強すぎるんだ・・・・・・。  葬送曲としては素晴らしい演奏だったが。  ・・・・・・少し、身が入りすぎたな」 そこで一旦、言葉を切る。 「すまないが、もう帰ってくれないか。  これ以上お前が演奏すれば、皆の心が壊れてしまう」 苦渋の決断だということは十分に伝わってきた。 目を真っ赤にし、時折グイと目元を拭う。 それでも、私を真っ直ぐに見つめてくるというのは、彼女なりの私への誠意なんだろう。 「・・・・・・そうだな、私はこれで帰らせてもらうよ。この後は宴席を持つんだろう?  これ以上空気を重くすれば、もうそれどころじゃなくなる・・・・・・。すまないがあとのことを任せてもいいだろうか?」 「ああ、任せてくれ」 「・・・・・・それじゃあ」 人々の、おいおい泣く声を背に、私はその場を後にした。 早足で邸内を出ると、その場で叫びたい衝動に駆られた。 所詮、私の音楽は、人を陰鬱な気持ちにさせてしまうのか。 葬儀という場であっても、やりすぎと捉えられてしまうのか。 ツゥーと、頬を涙が伝った。 悔しさと、悲しさと、よくわからない感情が入り混じった涙だった。 ◆ 「ただいま・・・・・・」 「あれお帰り、意外と早かったね」 途中寄り道をし、トボトボと屋敷に辿り着くと、リリカはロビーで紅茶を飲んでいた。 そこにメルランの姿は見当たらない。 「リリカ、メルランは?」 「メル姉なら、さっき急に呼ばれて出てったよ。宴会の出し物なんだって」 「・・・・・・ふぅん」 やはり妹は人気者、そういった祭事があれば個人で話がいく。 珍しいことでも、ない。 苛立ちを隠し、お茶請けとして出されていたクッキーを齧る。 「姉さん、何かいやなことでもあった? すっごい顔してるよ」 「いや別に」 早口で会話を切り、もうひとつクッキーを口へと運ぶ。 リリカは何か言いたげだったが、そのまま口をつぐむ。 そして漂う、いやな沈黙。 「私、部屋に戻るね。姉さん考え事してるみたいだから」 ヒョイと立ち上がり、飲み終えたカップを片付けるリリカ。 その背を見送り、悶々と考えているうちに悔しさがこみ上げた。 全身全霊を込めてした演奏が、評価されなかった。 それと同時に妬ましくも思える。 どこもかしこにも引っ張りだこな、メルランの演奏が。 「うぐっ・・・・・・」 誰かを恨むのはお門違いなんだってわかってる。 それでも、このどうしようもない気持ちを、どこへぶつければいい。 力任せに、テーブルを打ち付ける。 ズダンという打撃音と、痺れとともにくる鈍痛。 嗚咽を漏らしても、消えることのないモヤモヤがどうにも憎らしかった。 ◆ 屋敷にかかった、レイラの絵画を見て思う。 私の顔はくしゃくしゃな紙くずみたいに歪んでいたが、レイラは相変わらず、柔らかく微笑んでいた。 「なぜ、私は鬱の音色なんだ」 問いかけたって、どうにもならないなんてことはわかってる。 それでも、心情を吐露しなくちゃ壊れてしまいそう。 妬ましい、羨ましい。 こんな感情は持ってはいけないことはわかってる。 メルランは、リリカは大事な妹なんだから。 ・・・・・・妹? そもそも私たちに、血の繋がりなんてものはない。 レイラが私たちに与えた、単なる役割ではないのか? いつまで虚偽の家族を演じているんだ? 黒い感情が、ジワジワと体の隅にまで広がっていくのがわかった。 それと同時に、溢れる涙。 悔しさを抱えながらも、私はこの虚飾を守っていきたかったのだ。 どんなに妬ましく羨ましく思えても、私は妹たちが好きだった。 心から、愛している。 膝を折り、一度は体の隅にまで広がった感情を飲み込む。 発散する方法は、やはり演奏するのが一番だろう。 よろよろと、自分でも笑えるぐらいに力なく立ち上がり、庭へと歩いていく。 いつのまにか雨は止み、空には満月がぷかぷか浮かんでいた。 ヴァイオリンを呼び出し、この日二度目のソロライブ。 響く音色は、過去最低の濁った音色だった。 1刻も弾いた頃だろうか、不意にトランペットの音が演奏に混ざった。 メルランだ。 音のほうへと振り向くと、メルランがいつもどおり、ニコニコ笑っていた。 「どうしたの、姉さん。らしくないよ? いや、らしいのかな」 「ん、ああいやなんでもない」 目を伏せ、またヴァイオリンを構える。 話はあまり、したくない気分なのだ。 「うわぁ、ストレス溜まってるの? なんだか、ひどい音色」 観客であるメルランは、容赦なくブーイングを飛ばしてきた。 それもまぁ、仕方ないと思う。 人に聞かせられる演奏ではないことは重々承知していた。 「ねえ、姉さん? 私がどこに演奏に行ってたか知りたくない?」 無視して、演奏を続ける。 「えっとねー、人里のお葬式会場の宴会なんだけどね。半獣に呼ばれて急遽。  本当は私の音色って、人間に聞かせると危ないんだけど・・・・・・。  お客さんみーんな、この世の終わりみたいに絶望しててさ!  面白かったなー、あれ。今の姉さんみたいな顔してた!!」 「メルラン、部屋に戻ってくれないか」 「え?」 「いいから、一人にさせてくれ」 ちぇっ、という小さな舌打ちと、おやすみなさいといういつもの調子の声が後ろから聞こえた。 ずっと、背を向けていたから、それ以上はわからない。 ---- - これいじめってレベルじゃない。鬱すぎるよ・・・ &br()ルナサちゃん(´;ω;`) -- (2009-05-29 12:14:41) - かわいそう -- 名無しさん (2009-07-30 11:47:25) - だれだ!ルナサをこんな目に遭わせたのはっ! -- 名無しさん (2009-10-07 00:33:02) - タチ悪っ! -- 名無しさん (2010-02-28 21:30:00) - これ女の子の死んだお父さんはどうなんだよ聴いてもいい音色だってことは・・・人間じゃなかったり? -- 名無しさん (2010-03-01 03:00:52) - 切ないなぁ… -- 名無しさん (2010-07-17 23:51:55) - 皆に絶望してほしかったのか? -- 名無しさん (2010-11-09 22:28:23) - ↑ひでぇwww -- 名無しさん (2010-11-10 09:40:05) - ↑×4 &br()死んだお父さんは「幽霊楽団」の演奏が好きで、ルサナの演奏が好きというわけではないのだろう? -- 名無しさん (2010-11-10 16:23:03) - オチの想像はついたけど…… -- 名無しさん (2010-11-10 19:06:20) - ルナサの扱いが酷すぎる(´・ω・`) &br()鬱になる -- 名無しさん (2011-05-17 23:09:33) - とりあえずリリカは俺の嫁 -- 名無しさん (2011-10-14 20:51:12) - だいたいけーねが悪いってことはわかった -- 名無しさん (2011-10-28 21:41:30) - きっとこの葬式は、悲しくて悲しくて悲しくて、参列者の皆はこの葬式を忘れないと思う。 &br()そして女の子はそのことに感謝するだろう。 -- 名無しさん (2013-05-04 20:52:23) - ルナサを傷つける奴は俺がゆるさねぇ。 -- 動かぬ探究心 (2013-06-03 08:31:35) - ↑同感だ。 -- 名無しさん (2013-06-15 08:22:57) - いいこと言うじゃねーか、若造よ。 -- 動かぬ探究心 (2013-10-16 21:35:31) - メル姉 -- 名無しさん (2018-02-18 15:34:07) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: