「これ・・・誰の・・・?」

フランが姉と喧嘩して別れてから丸半日、散々この迷宮を彷徨っていたが誰にも会わなかった。
その代わり今、頭のない白骨死体が転がっているのを見つけた。

頭が無いだけでなく、足が取れていたり指が無かったりでかなり損壊が激しい。
とても古いものの様で半分風化しかけていたが、誰のものであるかなんて当然分からない。
ただ、ここから出られず力尽きた者であるのは間違いない。

フランは自分もここから出られないのではと思い、急に不安になってきた。
慌ててその場から離れた。



「パチェー! 美鈴ー! 咲夜ー! おねえ・・・誰でもいいから返事してよ!」
大声を出して呼びかけるがそれに応える者は誰もいない。


「これも全部お姉様のせいよ! 私だってお姉様のこと、探してやらないから」
フランの姉に対する不満は最高潮に達していた。



「あれ? これって・・・」

フランは自分の足元に、見覚えのある模様が描かれているのに気が付いた。
これは最初にここに来た時、パチュリーが作った・・・転移魔法用の魔方陣だ。
生憎それは何の役にも立たなかったが、大事なのはそこじゃない。

それよりこれがあると言うことは、ここは・・・


フランがゆっくりと視線を上げる。
自分の真上を見ると、天井にポッカリと穴が開いていた。

それは自分がここに来た時の入り口、つまり出口だ!


「やった! ここから出られるよ!」

フランは非常に喜んだ。
迷ってからまだそれほど時間は経っていないが、一刻も早くここから出たい。
ちょうど今、誰かの骨を見つけて心細くなっていたところだ。
急いで飛び上がって穴の中に入ろうとする。


しかし、本当に自分一人で出てしまっていいのだろうか?


今頃、姉が自分を探していたりしないだろうか?
もしくは彼女もまた、迷子になってはいないだろうか?
 ・・・いや、あんな姉のことなんて知らない。

だとしてもパチュリーと美鈴はきっとまだこの中にいる。
ひょっとしたら咲夜だって本当に生きているのかも知れない。
そしてここで迷って困り果てていて、誰かの助けを待っているのかも。

そんな彼女達を置いて出て行くなんて、果たしてそれでいいのだろうか?
幸い自分は吸血鬼、そう簡単に死にはしない。
それに水や食料も沢山持ってきている。
皆を救ってやれるのは、実は自分なのではないか?


そんな気がしてフランは地面に降り立った。


確かに、こんなチャンスは滅多にないだろう。
この機会を逃したらまた出口を見失い、二度と出られないかも知れない。
それでも、ここから出る時は全員一緒だ。


フランは再び迷宮の中を探索し始めた。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「ごほっ! ごほっ ごほっ!!」

パチュリーが咳き込む。
指の間からドス黒い血が滴り落ちた。


「大丈夫ですか? パチュリー様」
「私は大丈夫よ、それより早くレミィと通信を」
「あ、はい。もしもし! もしもし!」


美鈴とパチュリー、3日前に合流してから二人はずっと一緒に行動していた。
美鈴にとって、ここから脱出するのにパチュリーの知恵は不可欠であったし
体力の無いパチュリーには美鈴の助けがどうしても必要だった。

そうでなくてもこの広い迷宮、一人でいるより二人の方が良いに決まっている。
二人は絶対に離れる訳にはいかなかった。


「・・・駄目です。全く応答がありません」
「諦めないで。呼び続ける限り、レミィと繋がる可能性は残っている」

「ですけど・・・」
「何もしないよりはマシよ。いい? 私達にレミィの力は絶対に必要。
 その為にはレミィにここのことをちゃんと説明しないといけない」

「はい・・・お嬢様、お嬢様、聞こえていたら返事をして下さい!」


美鈴は通信機に呼び掛けるが、期待などはしていない。
これまで何度やっても繋がったことなど一度も無い。
どうせまた無為に終わるに決まってる。

しかし、その諦めは裏切られた。


ガチャリ『美鈴? 美鈴なの?』
「「・・・・・・・・・!!!」」

通信機から待望の、レミリアの声が聞こえてきた。


「美鈴、私に!」
「は、はい」


『レミィ、私よ。 聞こえる?』

『パチェ? パチェなのね!?』

『そうよ。あなた、大丈夫? 今どうしている?』

『一体何なのよ、ここは!? 訳の分からないことばかりだよ』


『レミィ、落ち着いて聞いてね。この迷宮は・・・捻じ曲がっている』

『どういうことよ・・・?』

『とにかく時間と空間の繋がりが滅茶苦茶なのよ。
 例えば真っ直ぐ歩いているつもりが、実は曲がっている。
 3分しか経ってない筈なのに、明日になっている。
 一つ角を曲がると、そこは全く別の場所の過去だったり未来だったりするのよ』


『よく分からないけど・・・』

『とにかく、ただの複雑な造りの建造物じゃないのよ。
 もしかしたら私達が3日後、1ヵ月後のあなたと出会うかも知れない。
 そういうことが普通に起きる場所なのよ』


『・・・・・・・・・』

『レミィ・・・?』


『あのさ、例えば・・・それが3日後とか1ヵ月後とかじゃなくて・・・
 数百年後だったりも・・・する?』

『あり得ないことじゃ、ないわね。だからね、まずは・・・』



『嘘よっ!!!』ガチャリ


「レミィ!? 落ち着いて! レミィ!!」

もう、レミリアとの通信は切れていた。



「・・・・・・」
「・・・・・・」

「どうやら、レミィもあまり当てにならないみたいね」
「本当に、どうすればいいのでしょうか?」

「小悪魔よ。何とか地上の小悪魔に頼んで、救援物資を投げ入れて貰うの。
 地上と連絡を取るのはレミィの時よりも難しいだろうけど、それしかないわ」



「それにしても・・・よく分かりましたね」
「何がよ?」

「この迷宮の仕組みですよ。私なんてずっと迷っているのに、全く気が付きませんでした」

「最初から何かおかしいとは思っていたけどね、あなたの話を聞いてピンと来たわ」

「通信機や転移魔法が使えないのも、時空が捻じ曲がっているせいですか?」

「多分ね。受け取る相手が同じ時間にいなければ、通信なんて出来やしない。
 転移魔法もこんな空間を想定して作ったものじゃないし」

「なるほど」


「ついでに言うとあなたが咲夜やレミィとはぐれたのも、そのせい。
 ちょっと離れると全く別の場所や時間に跳んだりするのだから」

「はぁ・・・」

「だから決して私から離れないようにしなさい。
 そうすれば、少なくともはぐれてしまうことはない」


「なんと言うか・・・凄いですね、パチュリー様って」

「今頃何を言ってるのよ? ほら、それよりも早く小悪魔と連絡を・・・むぐぅ!
 ごほっ! ごほっ! ごほっ!!!」

パチュリーは再び咳き込んでしまった。


「だ、大丈夫ですか?」
「がはっ、ごほっ! うぐっ!」

またしても床にドス黒い血液が滴り落ちる。


「ま、待って下さいね。今すぐ薬を・・・」

「いや、薬は大事に使わないと」

「ですが、やっぱり・・・って、パチュリー様? これ・・・」



美鈴が床を指差す。
そこにはもう一つ、赤黒い血のシミが残っていた。
今のパチュリーの吐血で出来たものではない。
それより前、レミリアと通信する前の吐血によるものだ。


「・・・ねぇ、あれから一回でも曲がり角や分かれ道とかあったっけ?」

「いいえ。ずっと真っ直ぐな一本道でした」




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「お姉様・・・どこ行っちゃったのよ? 私を一人にするなんて、酷いよ」

フランが泣きながら迷宮を彷徨う。
姉とはぐれてから実に3ヶ月も経っていた。
容赦のない孤独と不安が彼女を襲う。


「もう食べ物も無くなっちゃったし・・・どうしよう?」

そろそろ吸血鬼の身にも空腹が迫ってくる頃だ。
軽くなってしまったバッグを寂しげに見つめた。


「早く助けに来て・・・お姉様」

姉から貰ったブローチをぎゅっと握り締める。
フランはいつもそうやって絶望に耐えてきた。



「妹様、妹様ですか?」

幻覚だろうか?
その時、あの人の声が自分を呼んだ。


「咲夜!? あなた、咲夜!?」

「はい。私です」

「死んでなかったのね? どこにいるの!?」

「こちらですよ。今すぐ来て下さい」

「う、うん! 行くよ!」


その声は廊下の曲がり道の一つへとフランを誘った。
言われるままフランはそこへ駆けて行く。
しかし、そこに咲夜の姿はない。


「咲夜! 咲夜! どこなの!?」

「妹様、こっちです」

そう言われて、やはりフランは声のした方へ向かう。
それでもまだ咲夜は見付からない。



「ねえ! 本当にこっちでいいの?」
「はい。その角を左に曲がって下さい」

「曲がったよ! どこにいるの?」
「そうしたら次の十字路を右に・・・」

「分かった! 早く会いたいよ!」


「そこの角を右に・・・」

「突き当たりを左に・・・」

「もう一度左に・・・」

「右・・・」

「真っ直ぐ・・・」

「左・・・右・・・左・・・左・・・」



「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・次は!? 次はどっちに行けばいいの?」



「・・・ねえ! どっちなの?」



「咲夜! どこにいるの!? どこに行ったらいいの?」



「返事してよ! あなたが何も言わなかったら、私は何も分からないよ!!」





「咲夜ぁぁぁ! 咲夜ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「はぁ、どうしよう・・・困ったなぁ」
レミリアとはぐれて1週間、暢気な美鈴にも余裕が無くなってきた。

考えてみれば何と言うマヌケだろう。
穴の中の調査という命を受けてここに来たのに、早々にして咲夜とはぐれてしまった。
更には助けに来てくれた主ともはぐれるという体たらく。
これでは主にどんな仕置きをされるか、分かったものではない。
既に10日も彷徨っている身に、あまり辛い仕打ちは勘弁して欲しいが。

「咲夜さぁーん、お嬢様ぁー、どこにいますかー?」
それでも今は一刻も早く咲夜や主と合流しなければいけない。
彼女達の名を呼びつつ歩き続けた。



「・・・ん? この匂いは?」

この迷宮に充満するかび臭い空気の中に、生臭い匂いが漂っているのに気が付いた。
何やら怪しい感じがして、その匂いを辿って行く。
そして少し歩いた先にあったものは・・・


「うわ! 酷いなぁ、これは」


人間が一人、惨殺されていた。

あまりに破壊され尽されていて元がどんな人間だったのかは分からない。
と言うよりも、人の形すら失っている。
両手両足は切断され、頭部だけが胴体と繋がっていた。

ここまでグチャグチャになった顔では性別や年齢を特定することは出来ない。
体のサイズからして大人だろうか。
辛うじて残った右の乳房と思われる肉のお陰で、女性であることが分かった。

周りには血塗れの鋸や万力、針などが落ちていた。
恐らく彼女を解体、いや拷問するのに使ったのだろう。
幾つか見たことも無いような道具も落ちていたが、その使用法は大体想像がつく。


「これって妖怪がやったのかな?」

これが妖怪の仕業とすれば、そいつはかなり荒っぽい奴だ。
何しろ、捕食の為に殺したのではない。
食べるだけならここまでやらなくてもいいし、肉をかじった跡など全く無い。

殺されたのは人間とは言え、そんなのとはあまり関わりたくない。



「あーあ、食べ物を粗末にするのは感心しないなぁ」

そう言いつつも、その遺体をもう少し調べてみることにした。
ひょっとしたらそいつに関しての情報が得られるかもしれない。


「どれどれ・・・えーと・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・」


その時、美鈴は気が付いた。
彼女が着ていた服はボロボロで血に染まっていたが・・・メイド服だ。


「嘘・・・だよね? そんな訳が・・・」
美鈴の全身から一気に嫌な汗が噴出す。


いや、まだこの遺体が咲夜のものと決まった訳では無い。
衣服が似ているというだけで、決定的な証拠はない。
それに・・・こんな無様な死体があの咲夜な筈は無い。
美鈴の知っている彼女は、もっと綺麗な姿をしていた。


祈るような気持ちで衣服の襟元を調べる。
紅魔館のメイドであることを示す紋章が、そこにあった。

次にポケットの中を弄った。
咲夜がいつも大事にしていた、懐中時計が入っていた。


もう決定的だ。
彼女がこれを誰かに渡したとは思えない。

これは・・・咲夜だ。


「そんな・・・本当に、咲夜さん・・・?
 ・・・・・・・・・
 うぐぅっ!? おげえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
 がはっ! がはっ! がはっ!!」


おかしなことだが、それをただの人間の死体だと思っていた時は何とも無かった癖に、
実は信頼するメイド長であると認識した途端、強烈な吐き気を催した。

殆ど何も食べていなかったせいで胃液しか出なかったが。






ガチャリ『もしもし! 聞こえる? 聞こえたら返事してよ!! 咲夜! 美鈴!』

「・・・!?」

突然、それまで一切通じなかった通信機からレミリアの声が聞こえてきた。


『お嬢様ですか・・・? 美鈴です』

美鈴は急いでそれに応える。


『美鈴!! どうしたの? 何かあった?』

『咲夜さんが・・・死んじゃいました』

信じたくないような現実だが、美鈴は正直に今起きたことを話した。
主も美鈴の言葉にショックを受けているようだ。


『美鈴! 何を言ってるのよ? どうして咲夜が死んだの?』

『分かる訳がないじゃないですか。私が見つけた時にはとっくに殺されてたんですよ』

『殺されたって? あなた達、誰かに襲われたの?』


自分は誰かに襲われた訳ではない。
しかし、どう考えても咲夜は誰かに殺されたのだ。

『いえ。ただ、これはどう見ても・・・』ガチャリ


「・・・お嬢様? お嬢様!?」



「畜生!!!」

手に持った通信機を思いっきり床に投げつけた。


「畜生! 畜生! 畜生!!! 誰がやった!? 誰が咲夜さんを殺した!!」


「出て来い! 私が殺してやる! 絶対殺してやる!! 誰だ!!!」


美鈴はそう喚きながらあちこちを駆け回った。
疲れ果て、壁にもたれて眠ってしまうまで。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「ちょっと! フラン! 眼を覚ましてよ!」

レミリアが妹と喧嘩別れしてからかれこれもう1ヶ月。
あの時の怒りなど、とっくに消え失せている。
そんな時、廊下の真ん中で倒れているフランを見つけた。
急いで妹を介抱してやった。


「ねぇ! ねぇってば!!」

「・・・ぅぅん?」

フランがゆっくりと眼を開いた。


「良かった。あなた、いきなり倒れていたから心配したのよ?」

「・・・・・・」

フランは目を覚ましたようだが、レミリアの呼び掛けには反応しない。


「どうしたの? まだ頭がハッキリしないの?」

「・・・くだ・・・」

「・・・何?」

「またお肉だ・・・」

「お肉が・・・どうしたのよ?」


「お肉だ・・・お肉だ・・・」

今度は真っ直ぐレミリアを見つめながら、ハッキリとそう言った。
いつかのT字路での出来事を思い出し、ぞっとした。


「待って! フラン、私が分からない? あなたのお姉様よ?」

「・・・食べる」

フランが拳を握った。


ブチィィィッッッ!   ぼとっ

「え? うわぁぁぁぁぁ!」

レミリアの片腕が千切れ、床に落ちる。


「フラン! いきなり何するの!?」

しかしフランは姉の言葉を無視し、床に落ちた腕を摘み上げた。
そして・・・


むしゃり、むしゃり、むしゃ・・・ボリボリボリ・・・


「フ、フラン? やめなさい。それは私の・・・」


ごっくん


「・・・・・・・・・!」


「美味しい」


「止めろぉぉぉ!!!」 ドン!!


食物連鎖の頂点に立つが故に、自分の肉を食べられるショックは計り知れない。
フランを思いっきり突き飛ばす。
彼女は壁に激突し、ぐったりとして動かなくなった。

「何をトチ狂ってる? 正気に戻れ!」

おかしくなった妹を一喝した。
しかしフランは顔を上げ、こう言った。


「もっと、もっとお肉食べる・・・」

ゆっくりと立ち上がり、もう一度拳を突き出した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 ドガッ!!

たまらなくなったレミリアは妹へ光弾を撃ち込み、走り去ってしまった。


「待って・・・お肉・・・もっと食べたい・・・」






(惜しい・・・)

物陰で今の姉妹のやり取りを見ていた彼女は舌打ちした。



(姉妹で同士討ちさせようと思ったが・・・上手く行かなかったか。
 どうする・・・? もう一度あの妹をけしかけるか?)

(・・・いや、駄目だ。次やっても効果は無いだろう。
 それより妹の方は再び閉じ込めて、のたれ死んで貰う方がいい。
 最も警戒しなければいけないのはあの姉妹なのだから・・・)

(レミリア=スカーレットは・・・やはり私の手で・・・)


「妹様、私です。こちらに来て下さい」




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「7878・・・7879・・・7880・・・7881・・・」
「小悪魔・・・聞こえる・・・? 小悪魔・・・」


「8021・・・8022・・・8023」
床に刻まれた大きな×印の上で美鈴の歩みが止まった。


「8023歩です」

「前は何歩だっけ?」
「前回は7998歩、その前は8012歩でした」

「つまり・・・このループは大体1周8キロってところなのね」
「思ったよりも短いですね」


美鈴は×印の横に刻まれた幾つかの『正』の字に、横棒を一本付け加えた。

「これで21回目・・・」


「私達が嵌ってからどれくらい経つ?」
「およそ・・・3日と4時間ですね」

「そんなに経つの・・・?」
「間違いありません。この時計がそう言っているんです」

美鈴が手に持った懐中時計を指差した。


「困ったわね。このループから抜け出せないことにはレミィ達と合流することも出来やしない」

「地上との交信は出来そうですか?」

「波長を変えたりしつつ頑張ってるわ。いつかは通じるものだと、信じたい」



「とりあえず、ここで一旦休憩にしましょうか?」

「駄目よ、早くこのループの『繋ぎ目』を見つけるの。
 のんびりしていたら私達の希望は完全に無くなってしまう」

「それはそうですけど・・・」


「いい? 小悪魔と通信できるなんて保証はどこにも無い。
 それより私たちが今、すべきことは・・・うぐっ!!
 ごほっ! ごほっ! ごほっ! がはっ! ごほっ!!」

「パチュリー様!」

「ごほっ! ごほっ! ごほっ!! うっ! ごほっっ!!」

「やっぱり休憩しましょう。少し休めば、ちょっとは良くなりますって」

「駄目、ごほっ! よ。早く、ごほっ、ごほっ!! しないと・・・ごほっ!」


もうパチュリーの体力は限界だ。
そんな事は美鈴もパチュリー自身もよく分かっている。

「早くっ、がはぁっ! 早く、ごほっ! 行かないと、がはっ!!!」


「・・・パチュリー様、それではこうしましょう」

美鈴が後ろを向き中腰になった。
彼女がパチュリーを負ぶさって行くと言うことか。



「・・・・・・美鈴」
「はい?」

「あなた、一人で行きなさい」
「え?」


「もう私を置いて行きなさいよ! ごほっ!
 こんな、ごほっ! 半死人連れて行っても、ごほっ! 邪魔なだけよ」

「そんな! 決して離れるなって言ったのはパチュリー様じゃないですか!?」

「それは大丈夫。がはっ! ずっとここから出られなくて困っているところじゃない」

「いえ! 一緒に行きましょう。私はパチュリー様が邪魔だなんて全く・・・」


「あなたの足手まといになるのが嫌なのよ! 私が!
 ・・・うぐっ! がはっ! がはっ! がはっ! ごほっ! ごほっ! ごほっ!」


「パチュリー様・・・
 ・・・分かりました。でも、必ず帰ってきます」

「行きなさい。ごほっ! ごほっ!」


「絶対、『繋ぎ目』を見つけますからね! 待っていて下さい!」

「ごほっ! ごほっ! ごほっ!!」






「はぁ、はぁ、はぁ・・・行ったか。
 ・・・ちょっと、我侭言っちゃったかも知れないわね。
 せめて、今の私に出来ることをしないと・・・」

発作が鎮まるとパチュリーは再び通信機を手に取った。


(お願い、小悪魔・・・返事して・・・)

「もしもし!? 小悪魔、聞こえる?」



ガチャリ『パチュリー様ですか!?』

「え!?」


『小悪魔! 小悪魔なのね!!』

『はい、そうです。あれから4日も帰って来てませんが、大丈夫ですか!?』

『そっちは4日か・・・』

『ちょうど館のメイド達が捜索隊を組むと言っていたところです』

『いえ、そんな事をしたら私達の二の舞、いや三の舞よ。
 それよりあなた達には救援物資を送って欲しいの』

『・・・救援物資ですか?』

『ええ、荷物にまとめて穴に落としてくれるだけで構わない。
 いい? 送って欲しいのはね・・・』


 ・・・・・・・・・


『・・・以上のものを今すぐ穴に落として欲しいの。出来る?』

『勿論です! メイド達にも手伝わせてすぐにやります』

『良かった。それじゃ、切るわよ』ガチャリ


やった!
小悪魔に頼んだ物資の中には強力な破邪結界も入っている。
上手く行けば、それは入り口の床に着いた瞬間作動してくれる。
そうすればここは単なる大きな迷路だ。
レミィもフランもあっと言う間に見付かるだろう。

とりあえず今は・・・美鈴が一周して帰ってくるのを待つとしますか。






駄目だ、『繋ぎ目』なんて見付からない。

『絶対見つける』と言ったものの、やはり今回も何の収穫も無く1周してしまった。
それでも壁際に寄り掛かって座っているパチュリーを見た時、美鈴はホッとした。


「すみません、パチュリー様。また何も見つけることが出来ませんでした・・・」



「・・・パチュリー様?」

「・・・パチュリー様!?」

「・・・嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


パチュリーは死んでいた。それも少し腐乱して。

「どうして!? さっきまで確かに生きていたのに? たった8キロのループなのに!?」


パチュリーの服には吐血の跡が何重にも付いている。
彼女は時間を掛けて、ゆっくりと衰弱死していったのだ。


「パチュリー様、ずっと私を待ちながら・・・ずっと一人で苦しんでいたのですね・・・
 ごめんなさい。私、咲夜さんだけじゃなく、あなたまで死なせてしまった。
 本当に、ごめんなさい・・・」


確かに、これは距離にして1周8キロのループだった。
しかし、これは時間にして1周3ヶ月のループだったのだ。




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




「く・・・る・・・シ・・・い・・・」
「く・・・る・・・シ・・・い・・・」


ここに来てから、もうどれほどの年月が経つだろう?
人間の一生、2回分はあるのかも知れない。

今日も飢えに狂ったフランが、迷宮を行く。
曲がり角の一つもない、ただひたすら真っ直ぐなだけの道をぐるぐる、ぐるぐると回る。

ここはループだ。ただし、美鈴やパチュリーが嵌ったものとは別のものだが。


「お・・・な・・・カ・・・す・・・い・・・た・・・ク・・・る・・・し・・・イ・・・」

散々『苦しい』だの何だの言ってはいるが、既にその言葉の意味など忘れて久しい。
もう長い間『苦しくない』状況など経験してないのだから。

相変わらず姉のブローチを大事に持ってはいるが、それにしたってどういう物なのかは分からない。
今までそうしてきたから、そうしているだけだ。


しかし、そんな彼女もそろそろ死ねそうだ。
吸血鬼の強力な生命力も底が見え始めた。
間もなくこの苦しみからも解放されるだろう。


 ・・・ただ、この時を待ち望んでいる奴がいた。



「妹様、妹様・・・」
「あ・・・?」

誰の声かは忘れたが、妙に懐かしい響きがした。


「妹様、ご飯のお時間です。こちらへ来て下さい」

「ご・・・は・・・ん・・・?」

その言葉にフランの本能が反応する。


「さあ、こっちですよ。美味しいお肉を用意してますわ」

「お・・・に・・・く・・・ご・・・は・・・ん・・・」

まるでハーメルンの笛吹き男だ。
ゾンビのような足取りながら、フランは声の導く方へとしっかりと着いて行った。


「お待たせ致しました。そこを右に曲がれば、お肉がありますよ」

そう言われて行き着いた先には、一人の赤髪の少女が佇んでいた。



「えぐっ・・・ひっく・・・頑張ったのに・・・あんなに頑張ったのに・・・!
 う・・・うゎぁぁ・・・
 うわぁぁっぁぁぁっぁぁぁッぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!!!!!!

その少女は大声で泣いていた。


しかしフランはそんな少女のことは気にも掛けず、ここにある筈の『お肉』を探していた。
ざっと見渡してみても彼女と、その足元にある変な模様以外に変わった所はない。

早く、欲しいのに。今すぐ、食べたいのに。一体どこにあると言うのか?



「・・・妹様? 妹様なのですか・・・?」

すると赤髪の少女がフランの存在に気が付いた。
ほんの一瞬だけ、彼女は笑顔になった気がする。



「妹様、落ち着いて・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・
 私たちは・・・館・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・」


涙と鼻水で酷い顔の少女がフランに話し掛けてきた。
何やら大事なことを言っている様だが、フランはもう言葉を殆ど忘れている。
ただ、この声もどこか懐かしい。
そんなこと、フランにとってはどうでも良かったが。


「ですからね、・・・・・・・・・しょう。妹様」

そう言って少女はフランに手を差し伸べた。



しかしちょっと待って欲しい。
その差し伸べられた手を、今のフランは友好の証だと認識出来るのか?
例えば訓練されていない野犬に握手を求めて、果たして握り返してくれるだろうか?


―何だよ、その手は?
 私に何をしろって言うんだ?
 今はお前どころじゃないのに。
 それとも・・・もしかして、私にくれるのか? それを。
 そうか、分かった―



「・・・・・・・・・お肉」

「え・・・?」

「お肉!!!」


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

フランが少女に襲い掛かった。
少女も自分の身に危険が迫っていることは一瞬で理解したらしい。
脱兎の様に逃げ出した。



「助けて! 助けて! 助けて!!!」

「待って! お肉っ!! お肉っっ!!」



二人の声が廊下に響く。
しかし、その短い追いかけっこはT字路を一つ通り過ぎたあたりで終わった。
フランが逃げまとう少女に己の能力を使ったのだ。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
バァァァン!!!

乾いた破裂音と共に、少女の頭は粉々に砕け散った。



そして少女を仕留めたフランは早速、獲物にかぶりついた。

ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ・・・ぶち、ぶち、ぶち・・・ぐちゃ
果汁のような血と、濃厚な油が口の中に広がる。

「何を、何をしてるのよ? 美鈴に一体何を?」


そして十分咀嚼したそれを、思いっきり飲み込む。
喉が、胃が、忘れかけていた食事の快感に打ち震えた。

「ああ、美味しい! 美味しい! 美味しいよ!!」


「美味しいって・・・フラン、あなた何を食べてるの?」


「お肉っ! お肉っ! すっごく美味しい! もっと! もっと食べたい!!」
ぶち、ぶち・・・ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ・・・むしゃ、むしゃ、むしゃ・・・

長らく眠っていた器官が再び動き出す。
体中に生命のガソリンが巡り始めた。


「幸せぇ・・・美味しくて幸せだよぉぉ・・・」

「フラン・・・?」

そうだ。幸せってこういうことだった。
『苦しくない』なんてものじゃない。
もしかして、自分はこの為に生きていたのではないのか?






(ちょっと、危なかったわね・・・
 こんな所であいつとニアミスするなんて予想外。
 不確定要素はなるべく無くしていかないと・・・)


「もっと! もっと欲しい! もっと食べたいよ!!」

彼女がフランの方へ目をやると、フランはそれを殆ど食べ尽くしてしまっていた。
しかし流石に気の遠くなるような年月、何も口にしていなかっただけのことはある。
今の一人分では到底満足出来ないそうだ。


(そんなにお腹が空いているのなら、満足するまで食べさせて差し上げますよ。
 それも、あなたの大好きな・・・)




-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-




吸血鬼だって餓死する。
確かにレミリアもそう聞いたことはある。

しかしそれは数百年以上人間の血液を飲まなければ、の話だ。
たかが一ヶ月程度では全く問題はない。
それに様子がおかしかったとは言え、昨日会った妹は自分の腕を吹き飛ばすことさえ出来た。
だから、絶対にそんな事はあり得ない。


つまりレミリアが言いたいことは何であるかと言うと、フランは死んでいないということだ。

今、目の前にあるものは明らかに干からびた妹の遺体ではあるが・・・


これが朽木などではなく、吸血鬼の遺体であることは分かる。
しかし太陽で焼け死んだ訳でも、銀製の武器で心臓を付きぬかれた訳でもないようだ。
もう餓死した以外に考えられない。
よって上述の理由から、こいつがフランである可能性は完全に否定できる。

こいつはきっとフランに良く似た全く別の吸血鬼。
レミリアはそう結論付けた。



ガチャリ『お嬢様、お嬢様、聞こえていたら返事をして下さい!』

不意に美鈴の声が聞こえた。
一瞬慌てふためいたが、ずっと役立たずだった通信機の存在を思い出した。
すぐにそれを取り出して返事をする。


『レミィ、私よ。 聞こえる?』

『パチェ? パチェなのね!?』

どうやら美鈴とパチュリーは一緒に行動しているらしい。
二人が無事で、とりあえずは良かったというところか。



 ・・・・・・・・・
『一体何なのよ、ここは!? 訳の分からないことばかりだよ』

 ・・・・・・・・・
『どういうことよ・・・?』

 ・・・・・・・・・
『よく分からないけど・・・』

 ・・・・・・・・・
『・・・・・・・・・』

 ・・・・・・・・・
『あのさ、例えば・・・それが3日後とか1ヵ月後とかじゃなくて・・・
 数百年後だったりも・・・する?』

 ・・・・・・・・・
『嘘よっ!!!』ガシャン!!

通信機を思い切り握り潰した。




「嘘よ! 嘘! 嘘! あなた、フランじゃないわよね・・・?」


ふと、レミリアはそのミイラが何かを握っているのに気が付いた。

「・・・・・・・・・?」

手垢で汚れて所々錆びてはいたが、それは自分が胸に着けているブローチだった。



餓死は苦しい。
それも吸血鬼の場合はその生命力が返って仇、人間などよりも遥かに長い間苦しむ羽目になる。
完全に動けなくなってから数十年、生き地獄を味わいながら少しずつ、少しずつ死んでいくと言う。


フランもそうやって死んだ。


「フラン・・・ごめんね・・・」
レミリアが妹を抱きしめる。

しかし、まるで空気を抱くような感触が返ってきた。


「・・・フラン?」


抱きしめた瞬間、遺体が灰になって崩れ落ちたのだ。
フランの形は世界から永久に消え失せた。



「ご、ごめんなさい! フラン!」
妹を崩してしまったレミリアは後ろへ飛び退いた。


「ごめんなさい! ごめんなさい!!」

レミリアは、ただの灰の山になったフランに謝った。


「私の・・・私のせいよ! ごめんなさい!」

しかし灰からは何の反応も無い。


「悪い姉だったと思う。あなたをずっと一人にして、死なせてしまって」

どんなに謝っても、灰は何も言わない。


「ごめんなさい。許して・・・フラン。許してよ」

灰はいつまでも沈黙していた。




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5次元閉曲面上の悪魔(下):27スレ588へ続く




  • 時間と空間が捩れてる訳だからこの異変の犯人はやはり・・・
    最初のほうでレミと咲の出会い云々の話でフラグだったのかな?
    -- 名無しさん (2009-08-31 10:23:37)
  • 何か話が読めてきたぞ…
    とりあえず最初の方は無駄話じゃなかったんだな。 -- 七な名無し (2010-11-12 22:52:09)
  • コレ結局誰もここから出れないんじゃないか? -- 名無しさん (2010-12-04 18:57:31)
  • めーりんの頭… -- 名無しさん (2011-01-19 12:05:29)
  • どこでなにがわからない
    -- ice (2013-07-29 00:08:39)
  • フランなんて良い子なんだろう -- 名無しさん (2013-10-12 05:08:04)
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