その日、秋姉妹の機嫌は珍しく良かった。 「見てみて姉さん、ツツジが咲いているわ。もう五月よ」 「あら本当ね、春ももうすぐ終わりという事ね」 「ええ、春が終わり、梅雨が過ぎ、夏が来れば」 「私たちの秋!長かったわ!」 「姉さんっ!」 感動のあまりひしっと抱き合う秋姉妹。 涙を流して秋を語るその姿に、新緑の紅葉の葉も紅く染まってしまいそう。 ところが、今はまだ秋ではない。 「やくいわ」 「ひいいぃ!」 いきなり傍から物騒な言葉がかけられる。 秘神流し雛、鍵山雛。 一言で一気に場の空気が盛り下がってしまう。 「なななななにが厄いっていうのよ!私たちが厄だとでも言いたいの」 「…やくいわ」 「わわわわ」 きょどって雛に食ってかかる穣子。 が、一言「やくいわ」と返されてしまう。 「おおおおちつきなさい稔子。厄神、一体何が厄いというのですか」 てんぱった穣子に変わり、姉である静葉が前へ出る。 こちらも挙動が怪しくなっているのは変わらないが、妹が見ている分気丈に振る舞っている。 「やくいわ」 だが、そんな静葉にもやはり同様の四文字が投げかけられる。 投げかける側である雛は、もの悲しい笑顔を浮かべている。 その笑顔で静葉の精神に揺さぶりをかけてくる。 「だだだだから何が厄いと」 「や………」 「や?」 「……やくいわ」 雛が、喉から絞り出すように言う。 言ってしばらくは静かだった。誰も一言も発しない。 やがて、雛が自らの口を押さえる。目に涙を溜め始める。 「…やくいわ」 最後に、今度は涙声で言い、雛はくるくると回りながらその場を立ち去る。 取り残されたのは秋姉妹。 雛が立ち去ってからもしばらく互いに言葉を発せず、ただ佇んでいる。 「ねぇ」 やがて、妹である穣子が口を開く。 「私たち、厄いのかな」 「………………」 「厄って、何なのかな…。冷夏で紅葉が色付かないのかな、台風で作物が全滅するのかな…」 「………………」 「そ、それとも山火事かな、もしかして秋が来なくて夏からすぐ冬になっちゃうとか」 応えない姉に向かってつらつらと語る。だんだんと涙声になってくる。 「ねぇっ!」 「やめなさいっ!」 いきなりの大声に穣子は硬直し、言葉を止める。 「穣子、秋は来るわ」 「ほ、本当?姉さん」 「ええ、今まで秋が来ないなんて事は無かったでしょう、…だから、来るのよ」 「…そうだよねっ、来るよね、秋!」 「ええ、来るのよ」 「で、でもっ!じゃあ厄って何なんだろうね!」 「穣子っ!」 「ね、…姉さん?」 「そんなこと…、考えるものではないわ」 「……でも、厄神様が…いう…ん…だよ?」 「それでもよ」 「二ボス…なんだよ…?私たちより…上なんだよ…?」 「関係ないわ…、関係ないのよ…。私たちは、秋を待っていればいい。秋を…」 「ね、姉さ…ん、ね…………ぅ………う……ぅわあぁぁぁぁぁ―――――!」 「穣子っ、なんで、なん…で、ないてる…のよ…。ぅ……ぅ…………」 始めに穣子が、続いて静葉が、思考の闇にとらわれ泣き始める。 ひしっと抱き合い涙を流すその姿は、彼女達の鬱が未だ晴れない事を如実に表していた。 ――梅雨はまだ先である。 ---- - やくいわ -- 名無しさん (2009-04-04 13:25:23) - 結局なんだったんだ… -- 名無しさん (2009-06-12 10:25:10) - 穣子が稔子になっているところがあるのは、仕様なのか? -- 名無しさん (2009-06-15 00:09:00) - やくいわ -- 名無しさん (2012-03-12 17:27:58) - 汚れるー -- 名無しさん (2012-03-12 17:28:23) #comment(vsize=2,nsize=20,size=40)