~合宿4日目・朝・憂の部屋の前~
唯「じゃあ憂、行ってくるからね」
憂「気を付けてね、お姉ちゃん」
唯「足は…やっぱり動かない?」
憂「少しだけ動く様になって、痛みも昨日よりマシになったけど」
憂「でも、歩くのは…お姉ちゃん達に付いて行くのは無理だと思う」
唯「…分かったよ」
唯「私達が行った後、絶対に…絶対にドアを開けちゃ駄目だよ?」
憂「大丈夫だよ」
憂「ベッドをこの位置まで動かして貰ったから、鍵はちゃんと閉められる」
憂「水は沢山用意して貰ったし、食べ物も家から持って来た携帯食で十分」
憂「寒さは、このままスキーウエアをずっと着てるから」
憂「部屋の中で布団を被ってれば、夜中でも大丈夫だよ」
澪「唯、そろそろ行くぞ」
梓「唯先輩、少しでも早く行った方が…」
唯「待って」
唯「憂…」
憂「お姉ちゃん…」
チュッ
唯「行ってくるね」
憂「うん、行ってらっしゃい」
澪「…」
梓「…」
澪「自然だな…」
梓「自然ですね…」
~ペンション→町への道~
澪「唯、何を見てるんだ?目覚まし時計か?」
唯「うん、そうだよ~」
梓「そんなの何に使うんですか?」
唯「これはね、憂の声が入ってる目覚まし時計なんだよ」
唯「寂しくなったら、これで憂の声が聞けるかな~って」
澪(唯…)
…
…
…
澪「最悪の事態も考えてたけど、どうやらそれは避けられたみたいだな」
梓「最悪の事態って、これ以上最悪な事ってあるんですか?」
澪「この雪道は、私達が普段履いている靴じゃ長く歩けないだろ?」
澪「服にしてもそうだ、私達が着て来た服じゃ寒くて長くは耐えられない」
澪「スキーウエアとブーツをどうにかされてるんじゃないかって思ってな」
梓「なるほど、でもそういう風に考えると」
梓「私達の危機はもう去ったって事ですか?」
澪「そうだな、私達をどうにかしたいなら…」
澪「脱出する方法は全部消しておくべきだろう」
澪「ウエアやブーツを隠すか、あるいは壊す事はそんなに難しい事じゃない」
澪「そう考えたい所なんだけど、油断は出来ないな」
梓「ところで…唯先輩の事、良いんですか?」
澪「ああ、最初からこうなる事は分かってたからな」
澪「あの2人の絆は理屈だけじゃ切り離せないさ」
~憂の部屋~
憂「お姉ちゃん、今頃は何処を歩いてるのかな…」
憂「雪崩が起きてる所までは行けたのかな…」
憂「あそこから先は道が無いから、心配だよ…」
憂「お姉ちゃん、私の大好きなお姉ちゃん…」
憂「本当は離れたく無かったけど、でも…」
憂「私はどうなっても良いから、お姉ちゃんだけは…」
憂「…」
憂「う…凄く重要な事を忘れてたよ…」
憂「トイレ、どうしよう…」
憂「我慢する?でも、ずっと我慢してるなんて無理だよね…」
憂「トイレは部屋の外にしか無いから、今の私には行けないし…」
憂「それにドアを開ける事自体が怖くて無理だよ…」
ドンドン!
憂「」ビクッ
ドンドン!
憂(嘘…だ、誰?誰なの!?)
憂(あ、駄目…漏れちゃう…)
ドンドン!
?「う~い~、私だよ~、開けて~」
憂「え?お姉ちゃん?」
憂「…」
憂「嘘だよ!お姉ちゃんが此処に居るはず無いよ!」
憂「誰!私のお姉ちゃんの真似をしてるのは!」
?「う~い~、ほんとに私なんだよ~、だから早く開けて~」
?「早く開けてくれないと~、私も怖いよ~」
憂(確かに、本物のお姉ちゃんなら早く開けてあげないと…)
憂(声は絶対にお姉ちゃんなんだけど…でも、用心しないと駄目だからね)
憂(でも、どうやって確かめたら良いんだろう…)
憂(何個か質問していけば、その内分かるかな?)
憂「じゃあ、本物のお姉ちゃんだったら絶対に答えられる質問をするよ!」
?「な~に~」
憂「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが好きな人って誰!」
?「…」
憂「どうしたの!答えられないの!」
?「難しい質問だね…う~ん」
?「沢山居るから、1人には絞れないかな?」
憂(嘘…どうして私だって言ってくれないの…)
ガチャッ
唯「あれ?今の答えで正解だったの?」
憂「…」
唯「憂、酷いよ~、声だけで分かってよ~」
憂「…」
唯「あ、とりあえず鍵は閉めておかないとね」
憂「…お姉ちゃん」
唯「何?」
憂「今言った事は…本当?」
唯「うん、ほんとだよ」
唯「え?間違いだった?だって正解だから開けてくれたんだよね?」
憂「お姉ちゃんの偽者だったら、絶対に私だって言うと思う」
唯「あ、なるほど~、確かにそうかもしれないね」
憂「なのに違う答えが返って来たから、思わず開けちゃった…」
憂「嘘でしょ?お姉ちゃんの好きな人が沢山居るだなんて」
唯「あ~、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな…」
憂「え?じゃあ、お姉ちゃんの好きな人って…1番好きな人って誰なの?」
唯「それはもちろん…憂!」
…
…
…
唯「だからね、好きな人って言われたらまず最初に憂の事が思い浮かぶんだけど」
唯「でもね、私の知ってる人に嫌いな人なんて居ないよ?」
唯「みんな好きな人ばっかりなんだから、ちょっと難しい質問だったな~って」
唯「もしそういう事が聞きたいんだったら、1番好きな人は誰って聞いてくれないと」
憂「…」
唯「あれ?何?どうして怒ってるの?」
唯「何か変な事、言っちゃったかな?ご、ごめんね?」
憂「違うよ…そうじゃないよ、お姉ちゃん」
憂「私はね、自分が情けなくて…自分に腹を立ててるの…」
憂「私だったら、きっとお姉ちゃんだって答えてたと思う」
憂「でも、私だってお姉ちゃんと一緒なのに、嫌いな人なんて居ないのに…」
憂「お姉ちゃんには、そういう風に答えて欲しくないって、思っちゃったから…」
唯「憂…」
唯「私はね、憂がそういう風に思っちゃう所も含めて大好きだよ?」
唯「確かにちょっと良くない考え方だと思うけど…」
唯「でも、憂はそれが間違ってるって事だってちゃんと自分で分かってる」
唯「だったら、良いと思うな」
唯「この世に天使の様な人なんて居ない、みんな心の奥底では嫌な事を考えてる」
唯「でもね、それが間違ってるって分かってるならそれで良いと思うんだ」
唯「それにね、憂がそんな風に答えてくれたら、やっぱり私は嬉しいよ?」
唯「憂みたいに考えちゃうと、本当はいけないのかもしれないけど…」
唯「でも、嬉しいっていう気持ちに嘘は付けないからね!」
憂「お姉ちゃん…うん、ありがと」ニコッ
憂(お姉ちゃんの考え方は否定したくはないけど…でも、絶対に1つだけ間違ってる)
憂(天使の様な人は居る、私の目の前に居るんだよ…)
唯「良かった、やっと笑ってくれたね!」
憂「えへへ~」
唯「ところで、さっきから気になってたんだけど…」
唯「ちょっとアレな臭いがするのは…気のせい?」
~ペンション→町への道~
澪「此処が雪崩の起きた場所か」
梓「ようやく着きましたね」
澪「そんなに遠く感じたか?」
梓「ええ、昨日は此処まであっと言う間に来た感じです」
澪(そうか、だとするとこの先も予想以上に時間がかかるって事だ)
澪(例えもう1度道に出られたとしても、歩いて行くのは厳しいかもしれない)
澪(梓が嫌だと言っても、あの手を使うしかないな)
梓「とりあえず、どうしましょう?」
梓「山側を登って行きますか?それとも崖側を降りて行きます?」
澪「上だな、山側へ登って先の道を探す」
梓「遭難した時には上へ登れ…ですね、聞いた事があります」
澪「それは一般論であって、全部のケースに当てはまる訳じゃないと思う」
澪「登山をしている人の間でも意見が分かれているらしいからな」
澪「それに第一、私達は登山をして遭難した訳じゃない」
梓「じゃあ、どうして上へ?」
澪「先へ行く道が見付からないまま体力が尽きかけてしまった場合」
澪「上からなら元の道に戻る事は、そんなに難しく無いと思う」
澪「でも、一旦降りてしまってそうなったら…多分元の道に戻る事は無理だろう」
澪「そうなってしまったら、遭難したのと同じだ」
澪「それに、まだ万策尽きた訳じゃないからな」
澪「最後の手がある以上、戻る事も頭に入れて行動した方が良い」
梓「え?最後の手って、澪先輩には他の案があったんですか?」
澪「ああ、ただそれは本当に最後の手段だ」
澪「もし私に何かあったら、梓がそれをやって欲しい」
梓「そんな、そんな悲しい事を言わないで下さいよ…」
澪「心配するな、万が一の事だよ」
澪「さあ、それじゃあ行こうか」
~憂の部屋~
憂「お姉ちゃん、それ位は自分で出来るから…」
唯「駄目だよっ」
唯「憂は怪我をしてるんだから、私が全部お世話してあげる」
唯「綺麗に拭いて着替えさせてあげるからね~」
憂「うん…」
憂「ごめんねお姉ちゃん、こんな事をさせて…」
唯「良いんだよ~、将来の役に立つかもしれないんだから」
憂(え?それって…どういう意味?)
唯「ほら、子供が出来た時にはこういう事、毎日しないといけないでしょ?」
憂「え?子供?」
唯「うん、私達の子供、欲しいよね?」
憂「…」
憂「お姉ちゃん、赤ちゃんってどうしたら生まれるのか知ってる?」
唯「もちろん、知ってるよ~」
唯「好きな人同士がベッドに入って…」
憂「うん…」
唯「寝てれば良いんだよ!」
憂「…」
唯「あれ?じゃあ何で私達には子供が出来ないんだろうね?」
憂(お姉ちゃん、何て純真なの…)
唯「ぷっ、冗談だよ~」
唯「憂、信じちゃってる顔してるね?」
憂「え?だって、お姉ちゃんなら本当にそう思ってるんじゃないかって」
唯「こういう時にはね、少し位冗談を言って…」
唯「…」
唯(どうして憂のバッグの中に、こんな物が…)
唯(…)
唯(考えなきゃ、どうしてなのか考えなきゃ…)
憂「どうしたの?お姉ちゃん」
唯「ううん、な、何でも無いよ?」
唯「着替えを出したから、着せてあげるね」
憂「うん…」
憂「でも、ちょっと恥ずかしいね…」エヘヘ
唯「こんな事で恥ずかしいなんて言ってたら、結婚した時に大変だよ?」
憂「え?誰と誰が結婚するの?」
唯「もちろん、私と憂だよ!」
憂「ふふっ、またそんな冗談を言って…駄目だよ?もう騙されないんだから」
唯「え~、今度は冗談じゃないのに~」
憂「でも…そうだね、本当に冗談じゃ無かったら良いのにね…」
唯「憂…」
~ペンション→町への道~
澪(おかしい…)
梓「あの、澪先輩…」
梓「もう少し早く歩いても、私は大丈夫ですよ?」
澪「そうか…いや、私はちょっと疲れたみたいなんだ」
澪「休憩しても良いか?」
梓「え?はい、良いですけど…」
梓(ついさっき、歩き出したばっかりなのに…)
澪(体が重い…どうしてだ?大した距離は歩いてないと思うんだけど…)
澪「梓、スキーの板は何処にあるんだ?」
梓「板?板って何の事ですか?」
澪「昨日は雪崩が起きた所に置いて来たんだよな」
澪「だったらそれを回収しておけば、もしこの先で道が見付かった場合」
澪「梓にはスキーで先行して貰おうって思ってたんだ」
梓「そんな、澪先輩を1人で置いて行くだなんて出来ないですよ」
澪「そう言うと思ったんだけど、場合が場合だ」
澪「それに道沿いに降りて行けるなら私だって迷う事は無い、大丈夫だよ」
梓「それはそうですけど…でも、板は持って来てないですよ?」
澪「え?どうしてだ?私はそれを言わなかったか?」
梓「いえ、聞いてませんけど…」
澪(どうして…どうしてそんなに重要な事を言い忘れてしまったんだ…)
澪(駄目だ…さっきから頭が上手く回ってない気がする…)
澪(眠い…眠気が我慢出来ない…目を開けているだけでもつらくなって来た…)
梓「それに私はそういう事を考えて無かったんですけど」
梓「板は何処にも無かった様に思います」
澪(何?それじゃあ…私達の行動も読まれてるって事なのか?)
梓「あ、澪先輩」
澪「…何…だ?」
梓「澪先輩の水筒を貰います」
梓「私のはちょっと出しにくい場所にあるので、良いですよね?」
澪(水筒?水筒…水筒の水…)
澪(そうか…ウエアとブーツが無事だったから油断した…)
澪(傍にあった物も全部、無防備に持って来てしまった…)
澪(駄目だ梓…それを飲んだら…)
梓「あっ、今更ですけど…間接キスになっちゃいますね」エヘヘ
澪(せめて梓だけは…)
バシッ
梓「痛っ!」
梓「もぅ!何をするんですか!」
梓「酷いですよ、いきなり何を…」
梓「あれ?澪先輩どうしたんですか?」
グラッ…ドサッ
梓「え?嘘…嘘でしょ…」
梓「何かの…何かの冗談ですよね?」
澪(こうなったら…最後の手を使うしかない…)
澪(最後の手は…あの建物を燃やす事…)
澪(1回やってしまったら…何も出来なくなる…本当に最後の手だ…)
澪(でもそうすれば…誰かが気が付いてくれる…助かる可能性がある…)
澪(それだけは…伝えたかったのに…)
澪(駄目だ…口が…開かない…)
澪(梓…)
最終更新:2011年04月29日 19:09