しゃーこ しゃーこ


憂「な、何、この音……」


しゃーこ しゃーこ


台所の方から音が聞こえてきた。
音の正体はわからない。

憂は忍び足で台所に向かう。


しゃーこ しゃーこ


これは普通の事態じゃない。
何か危ないことが起こる。
憂の心臓が高鳴る。


しゃーこ しゃーこ


台所。
そっと、中を覗くと。

とみ「あらあ、おかえり憂ちゃん」


憂「なっ……なにしてるんですか!?」

とみ「何って……何でもいいじゃない」
しゃーこ しゃーこ

憂「そ、それ、ほほほ包丁……」

とみ「ええ、包丁を砥いでいたの。
   よく切れるようにしなきゃねえ」

憂「ひっ」

とみは包丁を手に立ち上がり、
ゆっくりと憂のほうに向かってくる。

とみ「そうだわ、昨日の演芸大会……
   みんなあなたたちのこと本当に気に入ったみたいよ。
   良かったわねえ、憂ちゃん」

憂「なんで、どうやって入ったんですか……」

とみ「私は唯ちゃんたちのことなら何でも知ってるんだよ」

憂「やめてください、包丁を置いてください……」

とみ「それはできないよ。
   みんな憂ちゃんたちのこと気に入ってたからね」

憂「それとこれとなんの関係があるんですかっ」

とみ「おとなしくしていなさい、
   すぐに終わるからね」

憂「な、なにがですか」

とみ「怖がることはないよ、
   ずっと隣同士で暮らしてきたじゃないか」

憂「ふ、ふ、ふ、不法占拠だったんでしょっ」

とみ「人聞きの悪いことを言わないでおくれよ。
   全部憂ちゃんと唯ちゃんのためなんだから」

憂「な、なにを……」

じりじりと詰め寄るとみ、
それとともに後ずさる憂。

憂の背中はついに壁についてしまった。

とみ「さあ、みんなに食べてもらおうね、憂ちゃんたちのお肉を」

憂「いやあああっ!」


ガチャ
唯「たっだいまー」
澪「おじゃましまーす」
律「ちーっす」
梓「……」

唯「憂ー、今日おばあちゃん留守なのかなー、
  ……っておばあちゃん!?」

とみ「あらあら、唯ちゃん……
   それに昨日の黒髪の子も」

憂「お姉ちゃん、来ちゃダメえ!」

律「な、なんだあのバアさん、なんで包丁を……」

澪「恐怖のあまり気絶」バタッ

とみ「お友達が多いんだねえ、唯ちゃんは……
   みんなも見ててくれるかい、
   憂ちゃんたちがお肉になるところを」

律「な、何いってんだ、キチガイかこのババア」

梓「うんびらおんびえいそわか」

唯「あずにゃん?」

梓「ふんにゃらはんれいうんたびら」

とみ「な、何を……」

梓「ほんてらぶえいそびえんだら」

とみ「や、やめないか」

梓「にんぱらそぞでるいちょうむばい」

とみ「やめ……」

梓「破ァっ!!」

とみ「あ、ああああ…………」ガクリ

律「な、何をやったんだ梓!?」

梓「いえ、別に……
  チベットの老師から授かった、
  ちょっとした気功術ですよ。
  憂、大丈夫だった?」

憂「あ、うん……」

寺育ちって凄い。
憂は改めてそう思った。


その後、警察がやってきてとみは逮捕された。
とみは警察に連れていかれるとき、
「私は何も悪くない」と魂の抜けたような表情で
何度も繰り返しつぶやいていた。

警察の調査によって、南豊崎の人間による
組織的な殺人事件の実態が明らかになった。
彼らはとみのように各地に人を送り込んで、
適当な人間を殺させていたらしい。
このことは連日ニュースで大々的に報じられた。

純「いやー、でもこれで一件落着だね」

憂「そうだね、包丁持ったおばあちゃんが
  家の中にいたときはどうなることかと思ったけど。
  梓ちゃんがいなかったら私殺されてたよ」

梓「護身術くらい身につけとかなきゃだめだよ」

純「あ、そうだ。
  この前から南豊崎に興味出ちゃって、
  ちょっと調べてたんだけどさ」

憂「うん」

純「なんか南豊崎に処刑場があったっていう噂は本当らしいよ」

梓「へえ、そうなんだ」

純「うん、それでね、
  戦中の食料がなかった時期に、
  そこの処刑場で殺された人間の肉を食べてたんだって!」

梓「ええっ?」

純「それで戦後になってやっと処刑場は壊されたんだけど、
  きっと南豊崎の人たちは人肉の味を忘れられず……」

梓「人肉を求めて殺人をしていたって言うの?」

憂「そ、そういえば、憂ちゃんをお肉にしようとか
  言っていたような……」

純「ほら、絶対そうだって。
  現代日本に残る食人文化! そそるねぇ」

梓「その食人文化の犠牲になりかけた人間の前で
  そんなこと言わない方がいいよ……」

しかし南豊崎の人が食人を行なっていたことについては
公にされることはなかった。
その証拠が見つからなかったのか、
公表すべきではないと封印されたのか、
真相は分からない。

また、警察はとみがいた空き家に捜査に入ったが
空き家には一切モノが置かれておらず、
およそ人がいた形跡は皆無だったという。
とみは本当にあの家に住んでいたのか、これも真相は不明。


唯はこの件で大変落ち込んでしまった。

唯「はあ……」

律「唯のやつ、元気ないなあ」

梓「そりゃそうでしょう、
  大好きなおばあちゃんが妹を殺そうとしたんじゃあ……」

澪「唯、元気だせよ。
  あんな頭おかしいバアさんのことは忘れてさ、な」

唯「頭おかしくなんかないよっ!」

澪「唯……」

唯「おばあちゃんは私たちのことずっと見守ってくれてたよ……
  それが頭おかしいなんて」

律「それ、殺す相手の品定めをしてただけだろ」

唯「そんなことない!
  お婆ちゃん、私たちのこと本当に好きでいてくれたもん……」

梓「……」

唯「寂しいよ……
  お婆ちゃん……いなくなっちゃうなんて……
  戻ってきてよう……」


数日後。

唯「ういー! ういー!」

憂「どしたの、お姉ちゃん」

唯「隣の空き家に新しい人が引っ越してきたよ!」

憂「えっ、そうなの?
  どんな人?」

唯「おばあさん!」

憂「えっ」

唯「80歳くらいのお婆さんでね、一人暮らしなんだって!
  若い頃は北朝鮮に住んでたらしいよ~」

憂「へ、へえー、そうなんだ……」

唯「とみお婆ちゃんがいなくなっちゃって寂しかったけど、
  これでもう寂しくないよ~」

憂「……」

新たなおばあちゃんの出現に喜ぶ唯。
そして今度もまた自分たちの身に何かが起こりそうで
気が気でない憂であった。

      お      わ       り