翌日。

ガラッ
梓「おはよー」

憂「おはよう、梓ちゃん」

純「おっはー。で、行ってきたんでしょ、昨日。
  どうだったの?」

梓「どうって……ねえ」

憂「まあ……うん」

純「なにー? 何があったの、教えてよ」

梓「一言で言えば怖かったかな」

純「怖かった? 何が?」

梓「いや、何から何まで……
  全部同じ家で同じ色の屋根だったのも怖かったし、
  住んでた人もなんか……
  あれが部落っていうものなのかな」

純「あはは、人は仏のもとにみな平等とか言っときながら
  梓も部落嫌いになってんじゃん」

梓「だ、だって……」

憂「まああれ見たら誰だって嫌いになるよ……
  梓ちゃんも分かったでしょ、
  南豊崎には関わらない方がいいって」

梓「うん、私は痛いほど分かったけど……
  でも唯先輩はなんとも思ってなかったみたいだよね」

憂「そうなんだよ……
  昨日家帰ってからも、『楽しかったねー』とか言ってたし」

純「あはは……」

憂「はあ、どうにかなんないかな、あのおばあちゃん」



放課後。

梓「じゃーねー」

純「また明日、憂」

憂「うん、またね」

純「さてジャズ研に行きますかね」

梓「私は軽音部に」

純「軽音部に行ってお茶会か」

梓「今日はお茶会じゃないよ。
  倉庫を掃除して軽音部の古いアルバム探すって言ってた」

純「……」

梓「何?」

純「いやなんでもない、頑張ってね」

梓「? うん」



音楽室。

ガチャ
梓「こんにちはー」

唯「あー、あずにゃん!
  聞いて聞いて、みんなが酷いんだよぉー」

梓「ど、どうかしたんですか」

澪「ああいや、昨日南豊崎に行ったー、って
  今朝からクラスで唯が自慢げに語るもんだから、
  クラスのみんなが引いちゃってな」

律「そうそう、みんなドン引きだったな。あの和でさえも」

澪「あの和の汚物を見るような視線は一生忘れられそうにない」

梓「そ、そんなことがあったんですか」

唯「ね、ひどいよねえ、あずにゃん!
  私は昨日の楽しい思い出をみんなに話したかっただけなのにい」

梓「……唯先輩」

唯「なに?」

梓「もう理解しましょう、子供じゃないんですから。
  南豊崎は……あいなま地区は、
  近づいちゃいけない場所なんです。
  私は昨日それを痛感しました」

唯「なんで? おかしいよ、
  南豊崎の人に悪い人がいるの?
  南豊崎を嫌う理由がどこにあるのさ!」

梓「こういうのは理屈じゃないんですよ。
  とにかくダメなものなんです」

唯「そんなのってないよ!
  じゃあこれからも未来永劫、南豊崎は
  ずっと嫌われたままなの?」

梓「まあそうでしょうね」

澪(近いうちに過疎で滅びそうだけどな)

唯「おかしいよ、ひどいよ……
  南豊崎の人はいい人ばっかりだよ、
  おばあちゃんだってそうだよ……
  みんなは南豊崎のことを知らないだけなんだよ」

律「唯……」

唯「そうだ、今からみんなでお婆ちゃんの家に遊びにいこう!」

梓「えっ」

唯「南豊崎の人がいい人だって知れば、
  みんなもきっと南豊崎が好きになるよ~」

澪「で、でも」

律「なあ」

唯「大丈夫だよー、ほら行こう!
  お婆ちゃん、私の家の隣に住んでるんだ!」ぐいぐい

澪「わ、わかったわかった、引っ張るな」

律「まったく、しょーがないなー」

唯「わーい、じゃあ早速行こう」

澪「あ、そうだ……お婆ちゃんちに遊びにいくことは誰にも言うなよ」

唯「え、なんで?」

澪「そ、そりゃー部活サボって遊びにいくなんて、
  誰かにバレたら……なぁ?」

律「はは、そうだな……」

梓(酷い先輩たちだ……)



一方その頃、憂は。

憂(帰ったら洗濯もの取り込んで、
  買い物行って、夕飯の支度して、
  お風呂掃除して……)

帰り道、自分の家が見えてきた頃。
平沢家の隣、くだんの老婆が住んでいる家の前に
一人の男が立っているのが見えた。
彼は門の外から家の中を伺おうとしていた。

憂「……?」

明らかに怪しい……と憂は思ったが、
もう一文字家とは関わりを持ちたくないので
見て見ぬふりをして通り過ぎ、
自分の家に入ろうとしたところ

男「あっ、ちょっとすみません」

憂「…………な、なんですか」

男「そちらのお宅にお住まいの方ですか」

憂「は、はあ、そうですが」

男「私、市役所のもので」

そう言って男は名刺を差し出す。

憂「はあ」

男「隣のおうちにお住まいの方のこと、ご存じですか?」

憂「お婆さんが一人で住んでますよ」

男「はあ、やはりそうですか」

憂「なんなんです?
  お婆さんがどうかしたんですか」

男「いや、この家、実はずっと前から空き家のはずなんですよ」

憂「えっ」

男「古い資料を整理してて分かったことなんですがね。
  このへんの不動産屋さんに問い合わせてみても、
  ここには誰も住んでないはずだと」

憂「……」

男「そのお婆さんは、いつから住んでいるんですか」

憂「私が、小さい時から、ずっと……
  もう15年以上も」

男「15年……」

憂「15年異常、空き家に
  勝手に住んでたってことですよね」

男「勝手に住んでいたどころじゃないですよ。
  この家にはガスも電気も水道も通っていないんです」

憂「えっ……
  え、で、でも……夜とか灯りついてましたよ」

男「ランプか何かを持ち込んでいたんじゃないですか。
  もしくはどこかから盗電していたか。
  まったく、どんな生活をしてきたんだか」

憂「……」

15年間。
自分の家の隣で、
電気も水道もガスも使えない家に住んでいた。
なぜ?
なんのために?

考えた瞬間、
憂の体に悪寒が走った。


男「今日はお婆さんは留守のようですね」

憂「え……あ、そうなんですか」

男「はい、ずっと待ってたんですけど、
  帰ってくる気配がなさそうなので、
  また後日出直すことにします。では私はこれで」

憂「あ、はい……」

そう言い残し、
男は去った。

一文字とみ。
怪しい、不気味だとは思っていたが
ここまで得体のしれない人間だとは思わなかった。
なぜわざわざライフライの通っていない家に
住み続ける必要があったのか。
そして何故よりにもよって
自分の家の隣なのか。
まあなんでもいい、近いうちに不法占拠で逮捕されるだろう。
これでようやくあの老婆がいなくなってくれる……

そんなことを考えながら
憂は自分の家のドアに手をかけた。

ガチャ。
憂「!?」

鍵があいていた。


憂「お、お姉ちゃん……?
  もう帰ってきてるの?」

恐る恐るドアを開ける憂。
しかし玄関に姉のローファーはなかった。

憂「…………」

今朝学校にいくとき、
鍵をかけ忘れたのだろうか。
いやそんなことはない、
鍵だけはなんども確認しているし、
今日だってそうだった。

憂はそっと靴を脱いで、
家の中に上がった。
誰もいないはずだったが、
怪しい気配に満ちているような気がした。

憂「だ、誰かいるんですか……」

小声でそう尋ねる。
誰かがいたとしても誰にも聞こえないだろう。

とその時。

しゃーこ しゃーこ

憂「!?」


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