律「高校を卒業して、もう5年か」

澪「……何だよ、急に改まって」

律「別に、ちょっと思っただけだよ」

澪「まぁ確かに、この子たちも大きくなったからな」

「律ママ、お菓子も買って~」

「澪ママ、おしっこ~」

律「……相変わらず、手のかかるガキ共だ」

澪「はぁ、まったくだ」

律「さて、特売の卵と牛乳も確保した。冷凍食品も洗剤もオーケー」

澪「買い忘れはないか?」

律「あっ、そうだ。おでこ用のゴムを買わないとな」

澪「……そういうこと、大声で言うなよ」

律「たはは、わりぃわりぃ」

澪「……んっ、あの棚は何だ?」

律「えっ、どれ?」

澪「ほら、あの黄色い商品がズラッと並んでるコーナー」

律「新発売の商品のプロモーションじゃないか。何の商品だろ、漬け物?」

澪「……食べてびっくり、ムギムギ沢庵?」

律「これって、もしかして!」

澪「メーカーは……、琴吹食品。やっぱりそうだ!」

律「懐かしいな、ムギじゃないか。お父さんの会社で働いてる、とは聞いてたけど」

澪「でも、琴吹グループって色々やってるよな。なんであえて食品会社で、しかも沢庵なんだろう?」

律「昔から、何を考えてるか分からないやつだったからな。ある意味ムギらしいじゃないか」

澪「それもそうか。せっかくだから買ってみるか?」

律「いや、沢庵は好きじゃないからパス」




数ヵ月後

澪「なぁ、律。ムギムギ沢庵の話なんだけど」

律「あぁ、そんなの売ってたな。結局まだ一度も食べてないや」

澪「……食べなくて、正解だったかもしれないぞ」

律「なんで?」

澪「妙な噂を聞いたんだ。ムギムギ沢庵を食べたら妊娠した、という報告が続出してるらしい」

律「……それって、まさか!」

澪「……考えたくはないが、確認する必要があるかもしれないな」

律「とりあえず、久々にみんなで集まるか?」

澪「そうだな。桜ヶ丘高校軽音部、同窓会だ」

唯「みんな、久しぶり!」

澪「おぉ、唯はまったく変わらないな」

律「予想通りで安心したよ、唯が大人っぽくなってたらどうしようかと」

唯「むぅ~、これでも子育て奮闘中のママさんなんだからね!」

梓「……お久しぶりです、唯先輩」

唯「……あずにゃん、久しぶり~!」

梓「はい、ご無沙汰してました」

澪(あれっ、意外と普通の挨拶だな。唯が梓に再会したら、真っ先に抱きつくと思ったのに)

憂「皆さん、お久しぶりです」

澪(……あっ、憂ちゃんに遠慮してるのか)

律「さーて、みんな揃ったところで、早速本題に入ろうか!」


憂「妊娠の、感染爆発【パンデミック】……!?」

澪(そんなカタカナ言葉は、律の説明に一度も出てこなかった気がするけど)

律「まぁ、そういう事だ。被害者の数が百人を超える、前代未聞の大事件だ」

憂「もはや妊娠災害【バイオハザード】という訳ですね」

澪(憂ちゃんの中2病、昔よりも悪化してないか?)

律「ここから先は憶測になっちゃうけど、たぶんこの事件の犯人は……」

梓「ムギ先輩が能力に目覚め、それを悪用したと?」

唯「そんな訳ないよ!」

憂「お姉ちゃん……」

唯「ムギちゃんがこんな事件を起こすなんて、考えられない!」

梓「私だって最初はそう思いました。でも色々と調べるうちに、決定的な証拠が出てきたんです」

律「えっ、知らなかった。そうなの?」

澪(梓はいつもこんな感じだな。2時間サスペンスの中盤で殺されるタイプだ)

梓「琴吹食品は老舗の会社で、従業員もたくさんいます。でも最近、この会社は2人の若い女性に牛耳られているそうです」

唯「その、若い女性って……」

梓「1人は琴吹グループのご令嬢、琴吹紬。もう1人はその右腕、真鍋和」

唯「ムギちゃんに、和ちゃん!?」

梓「琴吹食品は実質的に2人の独裁状態で、幹部役員も逆らえないそうです」

澪「親の七光り、か?」

梓「それだけじゃないと思いますよ。どんな手段を使って権力を握ったのかはわかりませんが」

唯「和ちゃんが、ムギちゃんと一緒に……」

梓「参謀として君臨しているみたいです。社内での影響力も強く、部長課長クラスではまったく頭が上がらないとか」

憂「それだけ実権を持った2人が、このパンデミックに関係ない訳がない」

梓「むしろ主犯と考えた方がいいでしょうね」

律「……よし、ムギを問い詰めに行こう」

澪「ちょっと待て、まさか乗り込む気か!?」

律「そうだよ。どういうつもりでこんな事件を起こしたのか、聞かせてもらおうじゃないか」

澪「ダメだ、危険すぎる。何をされるかわからない」

律「心配しすぎだよ。さすがのムギも、私を取って食ったりはしないだろ」

澪「今のムギは、あの頃のムギじゃない。今回の事件にしたって、正気の沙汰とは思えない」

律「ムギはムギだよ。多少ぶっ飛んでるけど、考えもなしに何かをするやつじゃない。だから話をしに行くんだ」

バンッ

澪「なんでいつもいつも、律はムギを庇うんだよ!!」

律「えっ……」

澪「あっ、いや、その……」

律「……」

澪「……」

憂(どうしよう、険悪な雰囲気だ……)

梓(澪先輩、ムギ先輩が律先輩の子どもを産んだ事、やっぱりまだ根に持ってるんだ……)

クチュ...

唯「んっ……」

律「……」

澪「……」

クチュチュ...

唯「ふぅん……」

律澪「おい」

唯「えっ?」

澪「唯、いきなり何をしてるんだ」

律「まぁ、ナニしてるってのは見ればわかるんだけどさ」

唯「あはっ、ごめんごめん。ついうっかりオナ」

澪「だぁっ、言わなくていい!」

律「ムギ以上に、唯の方が、何を考えて行動してるのかさっぱりわからん」

唯「えへへ~」

憂(でも、いつの間にか雰囲気が良くなってる。お姉ちゃんすごい!)

クンカクンカ

梓(この匂い、久しぶりだなぁ~)

律「さて、みんな。どうする?」

梓「私は律先輩に賛成です。ムギ先輩の暴走を止められるのは、私たちしかいないでしょうから」

澪「で、でも……」

唯「澪ちゃん、考え過ぎだよ。高校の友達に話を聞きに、みんなでお邪魔するだけだよ」

憂「もし迷惑でなければ、私も一緒に行きますから。みんなで行けば怖くない、です!」

澪「……はぁ、わかったよ」

律「わかってくれたか、澪」

澪「あぁ、行こう。事件の真相を、ムギに問い詰めてやるんだ」


和「……ムギ、お客様が見えているわ」

紬「あら、今日は来客の予定はなかったはずだけど。この私にアポ無しで来るなんて、随分と失礼なお客様ね」

和「代表者は、田井中律。ほか、秋山澪、中野梓、平沢唯、平沢憂、計5名ね」

紬「……そういう事、か」

和「どうするの、受付で追い返す?」

紬「とんでもない。せっかくみんな揃って会いに来てくれたのに!」

和「……了解。こちらの部屋までお通しするわ」

ガチャ

律「失礼します、っと」

紬「まぁ、りっちゃん。久しぶり!」

澪「……やぁ、ムギ」

紬「うふふ、澪ちゃんも久しぶり。りっちゃんと仲良くやってる?」

澪「あぁ、おかげさまで」

梓「すごい部屋ですね、社長室より豪華なんじゃないですか?」

紬「梓ちゃんと会うのも、何年ぶりかな。少し大きくなった?」

梓「あいにくサイズは変わりませんよ、背丈も胸も」

紬「あらあら、安心したわ~♪」

唯「和ちゃん、ムギちゃんの秘書をやってるんだね。知らなかったよ!」

和「えぇ。1年ほど前、大学を卒業してすぐに」

憂「たった1年で、今の地位に?」

和「……私の話は後にしましょう。ムギも私も、スケジュールは分刻みなのよ?」

梓「あんな沢庵を売っていれば、クレーム対応で随分と忙しいでしょうね?」

紬「ムギムギ沢庵の話かしら?」

梓「そうです。ムギムギ沢庵を食べて妊娠する被害が続出している事、知らないとは言わせませんよ」

澪「単刀直入に聞こう。ムギ、お前の仕業なのか?」

和「仕業だなんて、人聞きの悪い事を言うのね。訂正してちょうだい」

紬「いいのよ、和ちゃん。澪ちゃんの言う通りだから」

律「……っ! ムギ、お前どうして」

紬「ねぇ、りっちゃん」

律「な、何だよ」

紬「私、みんなを妊娠させる能力者になるのが夢だったの~♪」

ゾクゾクッ

梓(なんでだろう、鳥肌が……)

紬「私、みんなが羨ましかったの。次々と能力に目覚めていくみんなが」

澪「あぁ、確かに軽音部で能力を持たないのはムギだけだったな」

紬「りっちゃんに妊娠させてもらった事もあったけど、やっぱり私の心は満たされなかった」

澪「……何だよ、その言い草は」

紬「私はみんなを妊娠させたいの。何十人も、何百人も、私の子どもを産んでほしいのよ!」

澪「ふざけるな。赤ちゃんってのは、好きな人とつくるものだろうが!」

紬「関係ないわよ、そんなの」

澪「……えっ?」

紬「愛がなくても、子どもは出来ちゃうんだもの」

ガタッ

律「ムギ、お前! 言っていい事と悪い事が」

梓「律先輩、気持ちはわかりますが、落ち着いてください!」

紬「……でもね。そんな私も、ついに能力を手に入れる事ができたの」

ブチッ

唯「ムギちゃんが眉毛をむしり取った!?」

憂「いや、あれは眉毛じゃなくて……」

紬「えぇ、これ、沢庵なの~♪」

和「ムギの能力は、眉毛の沢庵を食べた人を妊娠させる能力よ」

紬「澪ちゃんの母乳と違って賞味期限が長いから、日を置いて食べても、ちゃんと妊娠するのよ♪」

梓「その沢庵を、出荷したんですか。スーパーの棚に並べて、何百人もの見知らぬ人に食べさせて!」

紬「えぇ、そうよ。そうすれば、みんな私の子どもを妊娠してくれるでしょ?」

律「……見損なったぜ、ムギ」

紬「どうして、りっちゃん?」

律「お前の自分勝手な行動のせいで、どれだけ多くの命が、生まれる前に殺されたと思ってるんだ!」

紬「あら、中絶の話?」

梓「望まない妊娠をした人が、全員その子どもを出産するとでも思っているんですか?」

紬「それは違うわ。殺したのは私じゃなくて、妊娠した人たち。私はただ、その命を授けただけよ」

澪「……どうやら、何を言っても無駄みたいだな」

梓「情状酌量の余地なし、ですね」

憂「説得できないなら、実力行使で止めさせるしか」

唯「う~ん。本当はムギちゃんに、あんまり酷い事をしたくないんだけどな」

紬「まぁ、怖いわね。何をするつもりなの?」

律「私たち全員の能力で、ムギを妊娠させる」

紬「あらあら、そんな事をしたら」

律「そう、負荷に耐えきれず死んでしまう。純ちゃんのところに、お前も送ってやるよ」

紬「……本当に私を殺すつもりなのね」

唯「私たちだって、そんな事したくないよ!」

澪「でもムギは能力を悪用し、何百もの命を弄んだ」

憂「このまま放っておいたら、被害は拡大する一方です」

梓「能力者の暴走は、私たち能力者が止めるしかない」

紬「……わかった。でも残念だけど、みんなに私は殺せない」

律「へぇ、なんでそんな強がりが言えるんだ?」

スタッ

和「……私がムギを守るからよ」

唯「和ちゃん!?」


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