唯はもちろんそれに手をつける様子も無く、俯き、時が過ぎるのを
待っていた。

ドラキュラジュースを一口飲むと、さわ子が思い出したかのように言う。

さわ子「あっ!そうだ・・唯ちゃんにプレゼントあるんだったっ!」

さわ子はそういうと嬉しそうに手持ちのバッグを物色し始めた。

唯はどうせくだらないコスプレの衣装や何かの耳だろう
と思い、くだらないと思いながらさわ子を見下していた。

すると予想に反してさわ子がかばんからだしたのは、
長方形で少し厚みのある電子辞書のような機械だった。


唯「?・・・・先生、何ですか? それ?」

さわ子「これ? DVDプレーヤーだけど?
    そして本題は・・・・これですっ!」

さわ子はそう言うと、DVDのディスクを追ってかばんの
中から出し、唯の目の前に見せ付けるようにかざした。

唯 ・・・・!

唯は驚いた。
さわ子の手に握られていたDVDのタイトルは明らかに
今の自分をまた一歩崩壊に追い込むものだった。


そこに書かれていたのは『軽音部卒業記念』という文字だった。

確かに今思えば卒業前になってから、さわ子はやたらにデジカメを
持って活動中の部室をうろついていた。

驚く唯に明らかに勘違いしたさわ子が言う。

さわ子「唯ちゃん、そんなに驚いちゃって! そんなに嬉しいの~?
    ほら、今日でみんなが卒業してちょうど1000日じゃない!
    だから今日はちょうどコレをみんなに届けようとしてた
    ところだったの♪」ニコッ

さわ子「でも先に運よく唯ちゃんに会えたから、試しに先に
    ちょっと見てもらおーかなぁ~って!」

さわ子は唯への勘違いにまるで気づくことも無く、
早速DVDプレーヤーでDVDの再生に取り掛かる。


唯 !

唯はその様子を見た途端、それまでおとなしかった唯の
手が無意識のうちにさわ子の作業を止めていた。

唯「・・・・やめてっ!」

これ以上そんなもの見せられたら、また自分の復讐に
迷いが出てしまう。  

もう戻れないのに・・・。

そんな思いで唯が自分の手を止めたことなどまるで
知らないさわ子は、またも勘違いをする。

さわ子「もう、唯ちゃんったら恥ずかしがっちゃて・・・、
    そんなに恥ずかしいものは映ってなかったから~!」


そういうとさわ子は、逃げ出そうとする唯の肩を強引に
自分のものと組ませて、逃げられないようにした。

唯は必死に抵抗したが、逃げることはできず、
さわ子は残酷にもDVDを再生する。

ピッ

そこに映し出されていたのはかつての軽音部の姿だった。


何やらみんなでお菓子を囲んでいるところだった。

紬「唯ちゃん、紅茶のおかわりいる?」

唯「ありがとうぅ! さすがムギちゃん気が利くねぇ」

律「全く、唯は家でもきっと憂ちゃんにまかせっきりなんだろうなぁ」ニヤリ

唯「わ、わ私、家では家事するもん!」アセアセ

澪「へぇ~、どんなことするんだ?」

唯「例えば・・・料理しようとしたりとか・・・・、片付けよう
  としたりとか、・・・・あとこの前は洗濯しようとしたんだよっ!」

澪 ガクッ!

梓「先輩そろそろ卒業ライブですから練習しましょうよ!」

・・・・・

唯は初めは抵抗していたが、途中からうっかり見入ってしまった。


なんだかんだ言ったって、コレが私の望む日常なんだ・・・。

そんなことを思うと唯の顔からは思わず久しぶりに笑顔がほころぶ。

でも果たして、自分が復讐を続けることでこの日常は
戻ってくるのだろうか、・・・・

確かに復讐を終えて、自分の周りから人を消してしまえば、
自分はずっとこの既にあるこの思い出に浸り続けられる。

だが、果たしてそれは自分が望んでいるものは何なのだろうか・・・

ただ、今から逃げているのではないだろうか・・・・

唯がそんなことを考えてると、映像の場面が変わる。


次の映像ではみんながそれぞれの楽器を持って立っているところだった。

さわ子「これはずっととっておくことになるんだからちゃんと演奏
    しなさいよ!」

律「今卒業ライブに向けてて忙しいんだよぉ~」

さわ子「リハーサルだと思ってやればいいじゃない!
    それとも何? 私の衣装着て演奏したいってこと?」ギラリ

澪「み、み・・みんなやるぞ~!」アセアセ

律「・・・・じゃあ、いくぞぉ~。 1、2!」

♪ ジャラララ、ジャッ、ドカドカドカ!~


自分を含むみんなが真剣な姿で演奏する姿を唯は見ていた。

大学に入ってからはろくに楽器同士であわせることが無かった。
合わせたとしてもそれは唯にとって全く楽しいものではなかった。

映像の中での唯は笑いながら、楽しそうに演奏をする。

・・・・・・

自分は本当にやりたいことは 復讐 なのだろうか。

自分のやりたいことは今まさに目の前で展開されているこれでは
ないのだろうか・・・。

結局これまでの気持ちは結局、いや、いつだってここへ
向かっていたの


確信を持ちかける唯を目の前に、映像はまた移り変わる。


次は自分を除くHTTのメンバーが画面の脇から恥ずかしそうに出てくる。

さわ子「さぁ、じゃあ未来の唯ちゃんに向かって一言ずつ・・どうぞ!」

梓「それは、ちょっと恥ずかしいですよ・・・」

さわ子「じゃあ・・・・・ムギちゃんから!」

紬「・・・え!? あたし!?
  うーんと・・・・またお菓子食べましょう!」

ムギちゃん・・・

律「ムギは相変わらずだなぁ~」

律「え~と、次私か!
  ・・・・・う~ん、唯! ずっと大好きだぜっ!」グッ

りっちゃん・・・

梓「ちょっと臭すぎませんか・・・?」

律「いいのっ! 次ゴk,・・梓だぜ!」

梓「えっと・・・・唯先輩のことはずっとなんやかんやでも
  尊敬しています。 いつまでも素敵な先輩でいてください。」

あずにゃん・・・・

律「おぉ~流石梓ぁ~!
  そしてそして、最後は澪! みんな期待しようぜぇっ!」

澪「ハードルをあげるな!
  ・・・えっと、唯! 今は勿論唯のことみんな大好きだけど、
  この先、どんなことがあっても、私たちみんな唯のこと
  信じてるから・・・忘れないでくれ・・」

澪ちゃん・・・


ドカッ!

不意に唯は誰かから頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
唯はカウンターに思わず伏せてしまう。

やめて! 自分のやりたいことは復讐なの!
それをすることでしか自分を満たせないの!

違う

自分のやりたいことはHTTのメンバーともう一度演奏すること、
そしてもう一度あの日常の続きを描くこと。

自分は復讐やいじめという言い訳をして、
ずっと過去に浸り続ける言い訳をしていた。

でも自分がしたいのはそんな卑怯なことじゃない。
自分がしたいのは・・・・・

さわ子「唯ちゃん・・・どうかした?」

突然カウンターに伏してしまった唯にさわ子が心配そうに尋ねる。



すると、唯が起き上がった。

その唯の目には今までのくすみはもうなく、光が差していた。

唯は素早く横を向くと、さわ子の手を握ってこう言った。

唯「さわちゃん、ごめん! ちょっと行って来る!」

さわ子「?・・え・・あ・・いってらっしゃい!」

唯は急いで席を立つと、店の外に駆け出した。

店の中では置いていかれたさわ子が一人呆然とする。

さわ子「ん・・・・まぁいいや、唯ちゃん感動してたみたいだし・・
    DVD良かったのかな・・・う~ん、私グッジョブ!」グッ

店から出た唯はただがむしゃらに走り出した。


自分がしたいのは・・・・みんなとまた一緒にいること!


そして唯は今日が先輩たちによる澪たちへの処刑の
日であることを思い出した。

唯はそれを思うと、大学へ向けて全力で走り出した。



唯があの喫茶店を出て、必死に大学に向かっている頃律たちもまた
唯の大学への歩みを進めていた。

緊張のせいか早足になり、列の先頭を歩く律に澪が尋ねた。

澪「なぁ律、本当に今日は唯が大学に行く日なのか? 休みの日なのに?」

律「いるっ!」

澪「どの筋の情報だよ?」

律「勘っ!」

澪紬梓「・・・・・」

そのあとは暫らく場には緊張感が漂っていた。
これから唯に会うとなるとかつての親友とはいえ、やはり緊張する。

すると梓が不意に心配そうに切り出す。

梓「先輩・・・ でも本当に大丈夫なんでしょうか?」

澪「なぁに、大丈夫さ、唯だってきっと今不安な気持ちだよ。
  ・・・・・まぁ、もっともいるかもわからないんだけどな・・・・」ジーッ

そう言うと、澪は嫌みったらしく律のほうを見る。

律「な、なんだよ! いるってったらいるんだよ!」

梓「そうですよね、まずいるかもわかぁ・・・・・・・」

場が和みかけたところで、突然梓の話が止まった。


律「・・・? おい梓どうした・・・・・うっ!・」

律は誰かに布のようなもので口を塞がれていた。
周りを見ると、他の三人も同じような状況だった。

律がその犯人をあの日唯と会った日に集団の中にいた
大学生だと気づいたのは、意識を失う寸前だった。



唯が大学の音楽室へと駆け込んだのは、律たちが捕まる
数分前だった。

ガチャ!

いつもより勢いよく音楽室のドアを開く唯。

自分の本当にすべきことを見つけた唯に、もう死角はなかった。
体中に自信が溢れて来る。

唯は胸を張って、室内にたむろっていた男Aに寄っていく。

男A「おお、お前遅かったじゃねーかよ!
  今からショーがはじま・・・

唯は相変わらず嫌みったらしく話す男Aを遮ってこう言った。

唯「あのっ! 今日はやめさせてくださいって言いに来たんです!
  もう私に関わるのもそして澪ちゃんたちに関わるのも・・・」アセアセ

いくら自信に満ちているとはいえ、長年自分をいじめ、苦しめ続けてきた
男Aの前でこうもはっきりと意見を述べるのは、やはり緊張する。


しどろもどろ言葉を選びながら、話す唯に男が少し口調をきつくして言う。

男A「・・おい、お前いつからそんなに・・・・、そういえばお前、この前
  昔の親友に硫酸ぶっ掛けて遊んでたらしいじゃねぇかよ・・
  あそこの奴らに聞いたぜ。」

すると男は左手の親指で何人かの男女がかたまっている辺りを指差す。
そこにいたのは、あの日校舎の見回りをしていた男女たちだった。

唯 ギロリ

唯は何余計なこと言ってるんだ、と言わんばかりに男女を睨み付けた。

男女「ヒッ・・・・・・・」ビクッ!

どうやらあの日笑みを浮かべながら硫酸をばらまく唯にそうとう強い
ショックをうけたのか、男女は震え上がった。

復讐がこんなところで成果を発揮してると思うと、
少しは復讐もやっておいてよかったかなと唯は思う。

男A「それでよく、あの連中を守ろうとか・・・・」

ここで男はまた善からぬ思案をめぐらせる。

男A(ここでこいつがなんで開き直ったのかはわからねぇが、
  まぁきっと、裏であいつらと仲を取り直すきっかけでも見つけたんだろう・・
  でもこのままショーが始まってしまっては、何も面白くねぇからな・・・・そうだ!)

男は先程途中まで話したことを急遽回収すると、別の話を始める。

男A「それでよぉ・・・・。 あの女・・・律って言ったか?
  そいつが起きた時、あそこにいる見回りの奴らに言ってたんだってよ。
  『もう唯なんて、大嫌い、二度と顔も見たくないって・・・・・』ってな・・。」

もちろんそれが真っ赤な嘘だと知っているのはこの場には男Aとあの男女しかいない。

男Aは何気なく男女にアイコンタクトを送ると、男女は悪乗りするかのように頷いた。

唯はあのとき、割とすぐ気が戻ったらしく、
おびえる男女を横目に一番最初に音楽準備室を去っていた。

もちろん、男女が音楽準備室を出たのが、律が目覚めるずいぶん前だということを唯は知らない。



唯「・・・・・・!」

唯は驚きを隠せずにいた。

せっかく自分が素直になって、もう一度・・・と思ったのに、
皮肉にもそれがすれ違うように立場が逆転していたなんて・・・・

確かに唯は素直になれたのは事実だったが、それは勝手に自分の中で
決めただけであって、現実世界における律たちの立ち居地は変わってはいなかった。

そして唯は、この今の律たちの気持ちというのを
自信に満ち溢れながらも、自分に応えてくれるか少し懸念してたのだった。

再び闇に堕ち始める唯に男は追い討ちをかけるように言った。

男A「せっかくうまくいくと思った仲間にまた裏切られちゃったなぁ・・・・。
  ならお前が、おれらに預けているアレはなおさら大事にしなくちゃいけないよなぁ・・・」

男Aは嫌みったらしくそう言うと、唯の頭に手を置く。


この男が言うとおり、現在に裏切られてしまった今、
戻ることのできる過去を象徴するアレは尚更大事にしなくてはいけない。

揺るぐ今よりも、安定していた過去のほうがいい・・・・

唯の心はまたすっかり悪循環に戻っていた。

すっかり気を落とし、愕然とする唯は、

「これから来る澪たちに最高に冷たく接しろ」

という男の命令に「はい」と答えるしかなかった。


こうして役者をそろえたショーは始まりを迎えようとしていた。


律「ん・・・・ん・・ん」

律はいつかのように魘されながら、意識を取り戻した。

だがそこはいつかの梓の家のように居心地の良い
ベッドの上では決してなく、冷たく薄汚いどこかの部屋だった。

後ろは窓になっているようだった。

周りを見てみると、
そこは前にギー太を探しに来たときに一度間違えて入ってしまった音楽室だった。

周りは大勢の大学生の男たちに囲まれていた。


そしてもう一方を見渡すと、澪と梓がいて、意識はあるようだった。

ただ、紬だけは俯いていて律のいる場所からは確認できなかった。

手足は縛られてはいなかったものの、下手に動くと何をされるか
わからない状況の中で律は紬の無事を確認しに行く余裕は無かった。

すると、奥から一人の男が出てきた。

律 ・・・・・!

その男は唯と会ったときに、中心となって唯に絡んでいた男Aだと律は気づいた。
そんな律の姿も確認しながら、男Aが説明するように言う。

男A「え~今から、俺たちはみなさんをボロボロになるまで、あらゆる術を使って痛みつけます。
  でも実はコレ、俺たちの意思じゃなくて、ある人に頼まれて仕方なくやるんです・・・。」

男がそう言うと、周りを囲む男の中から――――唯が現れた。


四人は酷く驚いた顔を見せた。

男はその四人の顔を見て、自分がショーの前に唯を騙しておいて正解だったと思う。

唯はスタスタと歩くと、男Aの隣に並ぶように律たちの前に立った。

男A「みんなも知ってると思うけど、平沢唯ちゃん。
  唯ちゃんがどうしてもって言うから、仕方なく引き受けたんだよねぇ・・・」

するとそれまで大人しくしていた梓が叫ぶ。

梓「そんな・・・唯先輩! 信じてたのに」グスン

唯 ・・・・!

唯の心は一瞬揺らぐ。

どうして? 嫌いだったんじゃなかったの?


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