澪「あっ! いた!」

聡「やっぱり! この手紙のとおりだ!」

それから数時間後、手紙を頼りに律を探していたHTTの面々と
律の弟の聡がボロボロになって倒れてる律の姿を見つけた。

部屋の中の律以外の人間はいなくなっているようだった。

梓「律先輩! 大丈夫ですか!? 先輩!」

聡「姉ちゃん! 姉ちゃん!」

聡が律の体を揺さぶるがまるで反応が無い。

聡「澪姉! ・・・姉ちゃん死んで無いよな! 生きてるよな!」グスン

聡は慌てた様子で澪の両腕を掴むと涙ながらにたずねた。

慌てる場に、澪が喝を入れる。

澪「大丈夫! 脈も息もあるから気絶してるだけ!
  慌てないで律を運び出して!
  早くしないと警備会社の人が来ちゃう!

流石に大学で医学を専攻する澪の言葉には説得力があった。

澪の言葉を受けた一同は、慎重に律の体を持ち上げると、
音楽準備室を後にした。



……

暗闇の中から声が聞こえる。

?「・・つ先輩!・・・律先輩!」

律(誰か私を呼んでる・・・・?)

律「・・・うぅ・・・・」

律(ここは・・・どこだろう・・・?)

梓「澪先輩! 律先輩が意識を取り戻しました!」

律が梓の家のベッドの上で
意識を取り戻したのはそれからしばらくしてからだった。

律を揺さぶっていた
梓は嬉しそうに飛び上がると、澪の元へ急いだ。

律は意識を取り戻したものの、まだ呆然と天井を眺めていた。

あのあと自分はどうなったのだろうか・・・。
そして唯は・・・・。

ガチャ

部屋のドアが開くと、梓が居間にいたHTTの面々を連れてきた。
澪が律に心配そうに尋ねる。

澪「律・・・・大丈夫か・・・?」

律「・・・・あぁ・・・」


澪「本当は病院に連れて行っていこうと思ったけれど、そんなことしたら
  お前のことだからまた唯に迷惑がかかるって怒るだろう?」

律「・・・そうだな・・・ありがとう・・」

律がそういって自分の体を見てみると、腹や顔に包帯や、シップが
貼られていた。

澪「一応応急処置はしておいた。
  服はボロボロだったけど、外傷はほとんど無かったし、
  普通にしゃべれるようなら内臓も大丈夫だろう。」

律「そうかぁ・・・・」

律がこぼすように言う。
すると澪が心配そうな顔から突然きりっとした顔つきに
変わり、律と目を合わせると律にたずねた。


律がこぼすように言う。
すると澪が心配そうな顔から突然きりっとした顔つきに
変わり、律と目を合わせると律にたずねた。

澪「律、聞かせてくれ・・・・何があったのか・・」

律 ビクッ!

律「・・・・・」

律はしばらく震えていたが、しばらくするとあの時
音楽準備室で起きたことを落ち着いて一言一言話し始めた。

一同は真剣な眼差しでそれを見守った。


しばらくして、

律「・・・・それを唯は復讐だって・・・」

紬「そんなことがあったなんて・・・・」

紬が悲しそうに呟く。

梓「そんな・・・・・唯先輩・・見損ないました!!」

梓は目に涙を浮かべながら、叫んだ。

澪「待ってくれ、みんな!!」

澪が騒然とする場を黙らせた。

澪「実は律がさっき言ってたことを聞いて驚いたんだ。
  普通硫酸なんかかけられたら、こんな程度じゃすまないはずなんだ!」

紬「こんな程度っていうのは・・・・?」

紬が不思議そうに尋ねる。

澪「もし普通の硫酸だったら今こうして律の体はここにない・・・」

澪「そして実は律は体にいくつか焼けどを負ってるんだけど、
  実は全然たいしたものじゃない。
  明日になればもう引いているレベルなんだ。」

すると、ベッドで横になる律がうめくような声で言った。

律「そんなわけないだろ・・・・だってあいつ・・・復讐だって・・」

澪「そうなんだ。復讐って言うならもっと酸性の強い硫酸を
  使っていたと思うんだ。
  今回のは明らかに酸性を抑えているとしか思えない。
  事実今回律が気絶してたのは栄養失調のせいなんだ。」

澪がそう言うと場は暫らく静まってしまった。


しばらくすると紬が不意に切り出した。

紬「それは・・つまり唯ちゃんの心に迷いがあるってこと?」

澪「そういうこ・・・」

話し出そうとした澪の声を遮って律が言った。

律「そういえば・・・あいつ初めは憮然としてたけど、  
  後の方からは・・・情的になっていたような気がする・・・」

先程遮られた澪が再び言う。

澪「そういうことか・・・。 
  今の律の話を聞いてさらに確信が持てたよ・・・」

澪「やっぱり、唯はまだ迷ってるんだ・・・・。
  きっと今必死に自分自身と戦ってるんだ!」


梓「それなら・・・まだ助けられるってことですか?」

梓が手元の机を叩きながら嬉しそうに言う。


律「いや・・・もういいんだ・・・」

律が悲しそうな声で呟いた。

澪「・・・・・え?」

梓「なんでですか! 律先輩ずっと唯先輩のこと誰よりも心配
  していたじゃないですか・・・」

梓が怒鳴るように言う。

すると律が痛む体を起こすと、吐息混じりに声を震わせて言った。

律「もう・・・いいんだ・・・
  私、この三日間唯のことばっかり・・・考えてたんだ。
  それは死ぬほど・・・苦しくて・・・
  ろくに何も食えずに、寝ることもできなかった。
  それで気づいたんだ・・・一つのことを考え続けることが
  どれだけ苦しいかって・・・・」

紬「りっちゃん・・・・」

心配そうに呟く紬を横目に、律が続ける。
律の目には涙が溜まっていた。

律「あいつ・・・・言ってたんだ・・・
  毎日私たちのことばかり考えて・・・苦しくて・・
  寂しかったって・・・・
  そんなのが三年も続いたんだ・・・・  
  そんなの考えた・・・だけで・・気が狂いそうになる・・。」

澪「律・・・・」


そして律は突然笑顔を作ると、言った。


律「決めたんだ、あいつのこと忘れるって・・・」ニコッ

律は必死に作り笑いをしていた。
その目からは大粒の涙がぼたぼたと落ちる。

もう忘れないとこの気持ちに整理がつかないから。
唯のことが大好きな自分がおかしくなってしまうから。

ギュっ

不意に澪が律を優しく抱きしめた。

澪はそんな律の姿を見ていられなくなっていた。

律は澪に抱きつかれると、ハッとした様子を見せた。

澪「律・・・もういいんだ・・お前一人で抱えすぎだ・・・
  お前が何もそこまでなる必要は無い・・・」

澪の声は少し震えていた。
そんな中でも澪は律の背中をさすっていた。

律「み・・・みぉ・・・」グスン

澪の肩には律の大粒の涙がこぼれていた。


自分の肩で泣く律に澪が耳元でささやくように言う。

澪「私、さっき律の処置をしていて気づいたんだ・・・
  実は律の腕と足にだけは全くかすり傷さえなかったんだ。
  都合いい解釈かもしれないけど、きっと唯は律にまた
  ドラム・・・叩いてほしかったんじゃないかな・・・。
  だって、腕と足が痛んだらドラム叩けないだろう・・・?
  唯も今きっと必死に戦ってるんだ・・・!」

律「・・・・うぅ・・」グスン

肩で泣きつぶれる律に、澪が全員に呼びかけるように言う。

澪「さぁ、律、そしてみんな・・・  
  私たちの唯を取り戻しに行こう・・・
  あの頃の私たちを取り戻しに・・・・!」

外はもう明るくなり始めた。
太陽の一光が梓の家のカーテンの隙間から注ぐ。

朝はもう近い。




唯の大学の裏にある倉庫。

そこはかつては工業用の道具を保存しておく場所として
ここに立てられたが、今では廃れ、誰も寄る人はいなくなった。

暗く湿った倉庫内、オイル臭いにおい、天井にはねずみが走る。

その倉庫の奥からなにやら人がうめくような声が聞こえた。

?「・・・・うぅ、もう・・・・やめてくれ・・」

その声は震えながら、訴えかける。

するとその声を遮るようにもう一つの声は強く言う。


?「そんな声聞けて嬉しい。これは私の 復讐 なの。
  あなたは澪ちゃんたちの話を盗み聞きして、
  それを面白半分にみんなに言いふらした。
  これで私に復讐される理由は充分でしょ?」

?「お前・・・奴隷のくせに・・、戻ったら覚え・・」

?「そう、じゃあしばらく戻れないようにしなくちゃ・・・」

もう一つの声はもう一度遮った。

ゴン!

遮った直後に鈍い音がしたのは言うまでもなかった。

壁に追いやられていたうめき声―――――女Aはドサリと倒れこんだ。

もう一つの声――――――唯は手に持っている一部がへこんだ鉄パイプを
床にポイと投げた。

カラーン カラーーン

床に落ちた鉄パイプが出す音は暗く湿った倉庫中に怪しく響いた。

その中で唯はただ壁にもたれ掛り気絶する女を見ていた。

でも、律のときと同じように満たされることは決してなかった。

積もっていくのは自分が傷つけた人の数。

復讐と称して結局やっていることは自分を痛みつけてきた
あいつらと同じではなかろうか。


そして、あの日自分にボロボロにされながらも律が言った一言。

  唯・・・・大好きっ♪

・・・・・・


考えるとますます分からなくなってくる。

自分が満たされるための手段は本当に 復讐 なのだろうか。

そんな疑問さえ抱くようになっていた。

しかし今は自分自身との均衡を保ち続けるためにも復讐を続けるしか
なかった。

例え、何故それをしているのかがわからなくても・・・・。

カサカサカサ

唯の足元でゴキブリが走り回る。

唯はそれを残忍な表情で踏み潰した。


唯は携帯で時計を確認すると、次の復讐へ向かうべく倉庫を出た。



街がにぎわい出す午前十時、唯は街を歩いていた。

唯はふと、今日が先輩たちによる澪たちを陥れる作戦の決行日だったこと
を思い出す。

今の唯にとってはそれは復讐の手間がいくつか省ける好都合なイベント
でしかなかった。

ゴツン!

不意に誰かと肩をぶつける。

唯「・・・・・」

だが、唯にはそんなこと気にもかからず相手を見ることも声をかけること
もなくその場を去ろうとした。

?「ちょっと待ちなさいよ! あなたねぇ!」


ぶつかった相手は無視をする唯の肩を掴むと、くるりとこちらを
向かせた。

?「だいたいぶつかったならちゃんと・・・・!?
  あれ? もしかして唯ちゃん?」

唯・・・・・!

唯の目の前にいたのはかつての軽音部の顧問、山中さわ子だった。

さわ子は相変わらず見た目は美人で、おしとやかな雰囲気
を漂わせていた。 二年も経つが老いは全く感じられなかった。


一方で声から顔から雰囲気までまるで変わってしまった唯に気づく様子も無く、
さわ子が明るく声をかける。

さわ子「久しぶりねぇ~・・、元気だった?
    そうだ! 近くに私のおススメの喫茶店があるの。
    今から行かない? もちろん私がごちそうするわよ!」

唯「・・え? あ・・はい・・・」

唯は一瞬油断し、うっかりさわ子のペースに乗せられてしまい、
返事をしてしまった。

唯がしまったと思い、断ろうとした瞬間さわ子は唯の手を引いた。

さわ子「じゃあさっそく行きましょう!」

唯(まぁでも次の復讐まで時間はあるし、別にさわちゃん先生能天気
  でこの件に気づくこともないからいいか・・・・
  ことわってもなんか面倒くさそうだし・・・・)

唯はそんなことを思うと、おとなしくさわ子に手を引かれていった。


さわ子「・・・・それでね、この前the pillowsのライブに行ったんだけどね
    すごく盛り上がって楽しかったのよ~」

唯「・・・・・・・」

さわ子「ボーカルのさわお君ったら途中からずっと
   『アウイエ!』の一点張りでね、結局三曲しか曲聴けなかったの・・・」

歩き始めてもう10分近く経つのにもかかわらず、一向に店に着く様子が無い。

一方でさわ子は一人、延々と自分の話を続ける。


唯はさわ子の話なんて丸で聞いていなかったが、俯きながらも
部分部分で適当に相槌をうって、その場を乗り切っていた。

唯(自分の元教え子がここまで窮地に追い込まれているのによくもまぁ
  こんなに長々くだらない話してられるな・・・。)

だが事実、自分のことを下手に心配する憂や、苦しめようとしている
HTTのメンバーやサークルの先輩といるよりはこの能天気
な人といるほうが数百倍楽だった。

唯がそんなことを思っていると、不意にさわ子が足を止めた。


ようやく着いたかと思い、唯が顔をあげ、あたりを見回すが、そこに
喫茶店のようなものは見当たらなかった。

それどころか、裏道をいくつも入っていたような怪しい雰囲気の路地で、
怪しい色や内容の看板があちこちにあった。

唯「・・・先生本当にここなんですか?」

唯が不思議そうにたずねる。

さわ子「そうよ~、ほら!」

そう言ってさわ子が指差した先には『Death Blood coffee』
と書かれた傾いた看板をぶらさげたお店があった。

店の外観だけでも、入り口のところには蜘蛛の巣が張り、
窓のところには首が取れかかったピエロのような人形が置かれ、
こっちに怪しく微笑んでいる。
また、店の外にはいくつか髑髏がぶら下げられていた。


唯(そうか・・・この人さわちゃんだった・・・)ガクッ

唯は店を見ると、自分の手を引いていた人物の趣味を思い出し、
激しく後悔した。

唯「先生、ここやってるんですか・・?」

さわ子「いつもこうなのよ! さぁ、入りましょう!」

さわ子はそう言うと、唯の手を引いて店の中へ入っていった。


ギギギッ

さわ子「すいませ~ん」

恐怖の館のような音を発するドアを通ると、中には
地獄のような装飾をほどこした店内が広がっていた。

店内は悪魔系の装飾でギラギラと眩しく、轟音で
ヘビーメタルが店内にかかっている。

店の様子は喫茶店というよりもバーに近く、マスター
らしき人がカウンターの向こう側でコップをふいている。

店内に他の客は一人もいなかった。

カサカサカサ

不意に店内に登場したゴキブリをマスターが憮然とした
顔で近くにあった雑誌で潰す。

さわ子「ドラキュラジュース2つくれるかしら」

さわ子は慣れたかのようにそう言うと唯を
カウンターの席に着かせ、自分も席に着いた。

椅子やカウンターにも不気味な悪魔の装飾が施され、
唯の気持ちを一層落とす。



マスター「・・・・・・」

数分後、マスターが無言のまま二人の前に「ドラキュラジュース」
とやらを出した。

唯はどうせトマトジュースだろうと予想していたが、予想は裏切られ
青色のいかにも魔女がかき混ぜていそうな液体だった。


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