唯「はぁ・・・はぁ・・・」

玄関のドアに背を向けて息を切らす唯。

玄関の外からは和の泣き叫ぶ声が聞こえる。

しかし、唯は罪悪感を感じるどころか、不思議な気持ちになっていた。

なんだろう、この感覚は・・・
今までにない、この感じは・・・・。

すると唯はハッとしたようになって、二階へ上がって行く。

そうだ、今私の心を満たしてくれるのは 復讐 なんだ。

勢いよく二階に上がって行く唯の背中を憂は寂しそうに見つめる。

唯は部屋に戻ると、さっそく机に向かった。
積極的に机に向かうことなんて今まで無かったのに。

唯「まずは・・・こいつからだ・・」

復讐の計画を立てる唯の横に置いてあるHTTの思い出の写真立達は
暗い影を落としていた。




律と唯が楽器屋で会った日から三日が経とうとしていた。
その日は酷い暴雨で、風も吹き荒れる日だった。

あまりの悪天候のため、律は出かけることも無く、
家で弟の聡とのトランプ勝負に励んでいた。

聡「・・・次、姉ちゃんの番だぞ。」

律「・・・・・・。」

聡「・・・? おい、姉ちゃん? 聞いてる!?」

律「・・・・・・!  わ、わりぃ、なんかボォーッとしちゃってっ・・・」

律はこの三日間唯のことばかり考えていた。

『もう私に関わらないで・・・』

この一言が律の心を絞めつけていた。

どうしたら唯を救うことができるのだろうか。
どうすれば唯は自分を許してくれるだろうか。

そんなことばかり考えていた。 もう頭がおかしくなるほどに。
ここ何日かはろくに食事も取れず、ほぼ一睡もできていない。

聡をトランプに誘ったのも少しでも気を紛らわすためだった。

律「・・・じゃあ、これ!  うわっ! ジョーカーじゃん!」

聡の前で明るく振舞う律。
例えそれが全くの演技だとしても少しは気の紛れになった。

本当はめまいさえ感じるが、うまく自分を騙す。

聡「へへへっ・・・・」

二人でやるばば抜きにはどこか張り合いの無さを感じてはいたものの、
ゲームの内容なんてものは律にとってはどうでもよかった。


律「・・・・・うわぁ!  負けたぁ!!」

聡「いぇ~い、姉ちゃん顔に出るからすぐわかんだよ!」

ちょうどゲームの勝敗がついたとき、不意に

ピンポーン

玄関のチャイムが鳴った。

聡「姉ちゃん負けたんだから見てきてよ!」

律「ちぇ、仕方ねーな。」

律は疲労で重くなった体を持ち上げると、
しぶしぶ玄関へと向かった。

律「はーい。どちら様?・・・・・・・!?」

律が玄関のドアを開けると、そこには誰もいなかった。

律(なんだよ、イタズラかよ・・・・・)

律がいらいらとしながらドアを閉めようとしたとき、
ポストの間に挟まっていた一枚の白い紙に気づいた。

律(・・・・?)

律がその紙をとりだして、表裏を確認しても切手の跡が
見当たらなかったため、これは個人によって投函されたものだとわかった。

律(こんな古風な真似するのは・・・・やっぱり澪だな。
  今度はもう騙されないんだからな!)

律はそんなことを思いながら、玄関先でそれを開いた。

律 ・・・・・!

そこにはこう書かれていた。


『りっちゃんへ

  私があのサークルをやめることができないのにはある理由があります。
  それは先輩にギー太をとられてしまったからです。

  りっちゃん。 お願い。 私の大学の音楽準備室にあるギー太を
  取り返して・・・・・・。

  私はもうりっちゃんしか信じられないから、絶対に一人で来てね。

                             唯より』


律「唯・・・・・・・」

律の胸の中が熱くなっていた。

唯が私だけを頼ってくれている・・・。
一度裏切った私をまた信じてくれている。

律の心の中は感動と喜びに満ちていた。

もう裏切らない・・・・・!

律はそのままの恰好で傘も差さず家を飛び出した。

律が家を飛び出す様子を電柱の影から傘を差しながら、
見ている人影があった。

背中には大きな荷物を抱えている。

その人――――――――唯は口元に笑みを浮かべながら小さくこぼした。

「りっちゃん・・・・バカだなぁ・・・・」

そういうと唯はギー太を連れて、急いで大学に向かった。

空の色は唯の心の色を表すかのように黒くにごっていた。

律が唯の大学に着いたのはそれからしばらくしてだった。

そこにいた律はずぶぬれで、服にはたくさんの泥が跳ねていた。
前髪を止めていたカチューシャもどこかで落ちたらしく、
濡れた前髪が顔にかかっていた。

しかし律はそんなこと気にする様子も無く、ふらふらに
なりながら校舎の中へ急いだ。

律(唯・・・・唯・・!)

「唯」の一文字で埋められる律の頭に、これが唯の
罠であるということに気づく程の能はまるでなかった。


律は息を切らせながら、音楽準備室に駆け込んだ。

そこには先輩たちのたくさんのギターケースに入れられたギターが
並んでいた。

だがそんなこと、律には構っていられなかった。

律「ギー太はどれだ・・・・どれだ・・・
  唯・・・・・唯!!」

律は並べてあるギターケースを片っ端から開けていった。

律は唯に関するこの一連の出来事を通して、誰よりも
責任を感じていた。

メールを無視した件では、実は一番最初にメールが来ていたのは律だった。
さらに、楽器屋での唯への軽率な発言。

これらは律へと重くのしかかっていた。

そんな必死な思いで律はギターケースを狂ったようにあさる。

数分後には律の周りにはギターとギターケースの山が散乱していた。

すると不意に、

女B「ちょっとあんた! なにしてんのよ!」

背後からとがった女の声がした。


どうやら女はこの日の音楽準備室の見回り番の軽音
サークルの部員であるらしい。

しかし律はそんな女の声に耳を貸すことも無く、
ひたすらあるはずの無いギー太を探す。

律「唯・・・・・唯・・」

ゴツン!

不意に音楽準備室に鈍い音が響く。
それと同時に律は床に伏せるように倒れこんだ。

女B「あんた、何? 狂ったみたいな形相でなにしてたの?」

右手に一部がへこんだ鉄パイプを持った女が律を問い詰める。
まわりにはその女が呼んだのであろう男女も数名いた。


女B「あんた、何? 狂ったみたいな形相でなにしてたの?」

右手に一部がへこんだ鉄パイプを持った女が律を問い詰める。
まわりにはその女が呼んだのであろう男女も数名いた。

律「・・・・・・」

律は決して口を割ろうとはしなかった。

ここでギー太奪還計画が軽音サークルの連中に
ばれるとまた迷惑がかかると思ったから。

すると、頭から出血する律に、その中の一人の男が冷淡に言った。

男D「きみがそういう態度とるなら、こっちもやめないよ♪
  まずは・・・お腹からだネ^^」

そうすると、男女数人は律の腹を集中的に蹴り始めた。

ドスッ

ドスッ

鈍く痛々しい音が音楽室に響く。


それを音楽準備室の入り口から、誰かがこっそりとのぞいていた。

?「ふふっ・・・やられてる、やられてる」


1、2分後、ここ何日かはろくに食べていないお陰で吐きはしなかった
ものの、律の意識は朦朧としていた。

律「も、もう・・やめて・・・・うぅ・・」グスン

律は泣きながらすがるように一人の男の足につかむ。

男D「・・・泣いてる姿すげぇかわいいよ^^
  でも、無理なんだ・・・よっ!」

男はとどめを差すように律の腹に蹴りを入れる。

律「がっ・・・・」

律は一気に再び地面に伏すように倒れこんだ。


律が朦朧とする意識の中で、その目線の先に一人の小柄な少女を見つけた。

少女はさっきまで音楽準備室の入り口でこの一連の動きを
見ていたが、律と目が合うと、律の近くまで寄ってきた。

その少女――――――唯は笑みを浮かべながら、律を見下していた。

唯の姿を確認した途端に律は意識を完全に取り戻した。

律「唯っ・・・助けてくれ!」グスン

律はすっかり自分と唯との関わりを無いものにするということを
忘れ、今度は唯にすがるように助けを求めた。

女B「え? あんたの知り合いだったのこいつ?」

女は唯に怒りの眼差しを向ける。

すると唯は特に女の視線を意識することも無く、憮然として答えた。



唯「こんなやつ知りません・・・。 誰ですか?」


律 ・・・・・・え?

律は唯が出した答えに驚きを隠すことはできなかった。

さっきは自分しか信じられないって言ったのになんで・・・・・
あれは嘘だったの・・・・?

律がしばし唖然としていると、前から女が律の髪をつかむと言った。

女B「そういうことだからさぁ、うちの奴隷ちゃんあんまいじめないで
  くれるかな・・? 壊れたら遊べなくなっちゃうでしょ?」

女はそう言うと乱暴に律の髪を離し、顔を地面にたたきつけた。

べチャ


律「うぅ・・・・もぅ・・やめてよぉおぉ」グスン

律はとうとう泣き出してしまった。

唯(りっちゃん、もっと泣いてよ・・・。
  これは私の 復讐 なんだから・・・。)

唯が笑みを浮かべながらわざとらしく言う。

唯「あ~あ、泣いちゃったよ!・・・・。 
  仕方ない。 次はこれで遊ぶか・・・。」

すると、唯は服の胸ポケットから薬ビンのようなものを取り出すと、
栓を勢いよく抜いて、中の液体を一気に律の上に垂らした。

ジュワーーーーーーーーーー!

律の上に落ちた液体はぶくぶくと泡と立てながら、
律のTシャツを焼き尽くす。


律「きゃあぁぁ!!
  熱いっ!・・・・・熱いよぉ!!」グスン

たちまち律のTシャツの腹からすそにかけての部分は
焼けてしまい、律の腹が露出する。

ただ幸いにも硫酸が皮膚にまで達することは無かった。

それまでは、やってしまえというムードだった先輩男女も
硫酸の登場に一瞬にして青ざめた。

狂ったように泣き叫ぶ律と凍りつく先輩たちを横目に、
唯は反省するように言う。

唯「ちょっと垂らしすぎちゃったなぁ・・・・、
  もっとじわじわやんないとね^^」

唯はそう言うと量に気をつけながら、また一滴硫酸を垂らす。

律「いやぁぁぁぁ!!」


また一滴

また一滴

硫酸を加えるごとに律が度を増して苦しむ様を唯はじっと見ていた。

いつも明るくて元気でムードメーカーのりっちゃん。
そんなりっちゃんをこんな姿にすることができたということは
私の復讐はおそらく成功したのだろう。

でもどうしてだろう、私の心の中の何かは全く満たされない。

なんで・・・・


唯がそんなことを考えるうちに、なんとか正気に戻った律が
息を切らせながら低い声でたずねる。

律「はぁ・・・はぁ・・なぁ唯・・ギー太はどうしたんだ?」

唯「・・・・まだ、そんなこと言ってるの?
  アレは嘘にきまってるじゃん!」

唯はそういうと嬉しそうに背中のギー太を下ろして、
律に見せびらかした。

さぁ、りっちゃん 私にその落胆する表情、もっと見せてよ・・・

律「・・・・・そうかぁ・・。」

・・・・・え?


律「仕方ないよな・・・。 私唯に一年もかけてずっとずっとひどいこと
  ・・・してきたんだもんなぁ。 これくらいされて当然だよな・・・。」

悲しそうに答える律に唯は怒りを覚えた。

なんで律は悔しくないのか。
やっと心を開いてくれた親友に裏切られて、こんな惨めな姿を曝させられて。

唯「ねぇ・・・りっちゃん・・・なんでもっと悔しそうにしないの?」

唯が怒りに声を震わせて言う。

律「私はどうなったって構わないよ・・・・。
  だって体の傷は消えるけど、心の傷はずっとそのままだろう・・・」

唯「りっちゃんがもっと悲しんでくれないと、私の復讐の意味が
  なくなっちゃうの! それじゃあ私がここまでなった意味がないの!
  毎日毎日りっちゃんたちのことを思って考えて苦しんできた二年間
  の意味が無いの!」

唯「さびしくて、さびしくて仕方なかった毎日に落とし前がつかないの!!」

唯は怒りに身を任せるように、律に再び硫酸をかけた。

ジュウウウウウウッ!

律の上着の肩の辺りが痛々しい音を立てる。

律「・・・・・ふうぅぅぅぅぅ。」

律は目に涙を浮かべながら、痛みをこらえるために大きく息を吐いた。

ここでまた悲痛の表情を見せたら、唯がまたさらに変わってしまうから、
ここまでで抑えておくのが自分の役目だと律は悟った。

律は息を切らせながら、唯の足に掴みかかると言った。

律「なぁ・・・・唯・・お前は怒っているかもしれないけど、
  私たちは・・・ずっと・・・ずっと唯のこと待ってるからな・・・・
  さっきさ・・・・お前言ったろ・・ずっと・・・私たちのこと
  考えて・・・・寂しかったって・・。
  お前の本当の・・・気持ち聞けて・・・嬉しかったよ。」

律の表情はこんな状況にも関わらず、うっすら笑顔を浮かべていった。


唯「もうやめて! 私を・・・苦しめないで!」

なんで自分がこんなことまでしているのに、律はいつまでも
自分を信じていられるのか・・・・。
どうしてもっと悔しがらないのか、笑顔でいられるのか・・・。

唯はとっさに近くにあった先輩の鉄パイプをボロボロになった
律の顔の前に突きつけた。

唯「りっちゃん・・・最後に言いたいことはある?」

唯はすぐに律を目の前から消さないと、自分が崩壊してしまいそうに
なっていた。

すると、

律「・・・・唯・・・大好きっ♪」

そこにあったのは、震えながら満面の笑みを浮かべる律の姿だった。


全身が恐ろしいほどに震えて、涙まで溜めて、硫酸でぼろぼろにされて・・・
自分に裏切られたのにどうして・・・・

どうして笑顔でいられるの・・・・

ズキッ!

すると突然唯の頭にひどい激痛が走った。

唯「う・・・あぁ・・」

唯は持っていた棒を地面に落とすと、地面に膝をついて、頭を抱えた。

唯「うう・・・・痛い・・・」

割れそうなほどに痛む唯の頭の中に、どこからか声がする。

『その人を傷つけてはいけない・・・・、その人は自分を変えてくれる
 大切な人だから・・・!』

その声は意識のレベルでは無く、唯の潜在的なところから呼びかける自分の声だった。


唯「うぅ・・・・・・」

やめて!

やめて、私は正しいことをしてるの!
復讐して満たされない心を満たすの!

どうして・・・・

唯がそう思ったとき、唯の目の前は真っ暗となり、
意識を失い、地面に伏した。

ドサッ

律は唯が倒れたことを確認すると、眠るように気を失った。


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