大学の帰りだろうか、バッグの隙間からは勉強道具と参考書が見えていた。

唯は息を切らせながら和の腕をガシリと掴んだ。

唯「和ちゃん・・・・助けて・・」

今思えばなんであんなに必死の表情だった
唯に気づいてあげられなかったのだろうか。

それどころか、和は唯の手持ちのバッグの中身から、
唯が高校のときのように勉強を教えるように
せがんでくるとだろういう勝手な予想を立てていた。

和(ここでまた甘えさせると、唯の為にならないし・・・ 
  自分も忙しいし・・・、ここはガツンと・・・)

和「唯! あんたずっと私に頼りすぎなの、
  大学生なんだから少しは自分でも考えないとためにならないよ。」

和は冷たく言うとさっさとドアを閉めようとした。
この時、和は唯のためだと思うと、自分はいいことを
しているという認識さえあった。


ガツッ

すると唯は目に涙を浮かべながら、閉まるドアを押さえつける。

唯「待って・・・和ちゃん! お願い! 話だけでもきいてよぉ!
  もう和ちゃんしかいないんだよぉ・・・・」グスン

和「唯・・・やめてよ・・ドア閉まんないじゃない・・」

和(今日は特にしつこいわね・・・、泣くふりまでしちゃって・・)

和は唯の必死の抵抗を拒もうと必死にドアを内側に引いた。

今律たちの話しを聞いたうえで時期的に照合すると、
ちょうどそのころは唯がHTTの面々に初めてメールを
送って2週間が経ったあたりだった。

そんなこともは知らない和は唯にさらに言いつける。

和「唯! 私もう唯の面倒見切れないよ!」

唯「そんなぁ・・・和ちゃん・・」グスン

唯「・・・わかった、・・・もう一回澪ちゃんたちをあたるよ・・・」

唯はひどく寂しそうに呟いた。


和(澪たちをあたるのか・・・、でも軽音部のみんなもそれぞれ
  の勉強があると思うし・・・忙しいだろうな・・そうだっ!)

和は澪たちに気を利かせたつもりか、こんなことを言った。

和「そういえば、この前澪に会ったけど、『もう唯にかまっている時間は
  とてもないな』って忙しそうに言ってたわよ。
  あ、あと他の軽音部のメンバーも同じようなこと言ってたわ。」

和(本当は澪には全然会っていないけど、きっと澪も大変だし、
  あとこの子のためにもなることだし・・・一石二鳥ってやつね。)

唯「そ・・そんなぁ・・」

この嘘は唯にとって自分が完全にHTTのメンバーから
見捨てられたという決定打になった。

唯は自分の不安が決定的になったことに落胆し、
もう和に抵抗することもなく、おとなしくドアを閉めて帰路に着いた。

それから唯がHTTに連絡することは一度も無かった。


和(? 澪たちのこと言ったらすんなり帰っちゃったけど・・・
  どうしたのかしら・・・?)

一方で和は唯をまた成長させてあげるきっかけをつくれたことに
満足感を覚えていた。

和(まぁ、唯のことだし・・今日は少し言いすぎだとしても
  今度ケーキでも持っていって遊びにいったら、コロッと許して
  くれるわよね・・・・)

和はそんなことを思いながら再び部屋へ戻った。
そしてそれから和と唯が連絡を取ることもなかった。


和「私・・・なんてことを・・・」

和はその事件について話終えると再び冷静さを失い始めた。

澪「そんな・・・和が最後の一押しになっていたなんて・・・」

和「私・・唯がそんな風になってるなんて知らなくて・・・
  あの時それを知っていたら・・・・・私、私・・・」グスン

和は悔しさを噛み締めるように言った。

何年も親友だった唯をこんな形で裏切ってしまうなんて・・・
自分のくだらない嘘が今の唯を変えてしまったなんて・・
そう思うと悔しさとともに涙があふれていた。

すると、不意に

律「お前が、お前が唯にとどめをさしたようなもんだ!
  ・・・・ふざけんなぁ!!」

さっきまで冷静に和の話を聞いていたかのように思われた律が
唐突に目に涙を浮かべながら和の肩に掴みかかった。

律は和の肩をはげしく揺さぶりながら、怒声を浴びせる。

律「お前があそこであんな嘘つかなければ・・・・・
  唯は・・唯はあんな風にならなくてすんだかもしれないんだぞ・・!
  お前のせいだ・・・・お前の・・・」

和は律の罵声を聞いて、さらに泣きがエスカレートしていた。
今日一番激しく乱れる律に澪が強く言う。

澪「おい律!」

そう言うと澪は強引に和から律を引き剥がす。

澪「もうこれは一個人の責任の問題じゃないんだ!
  そもそも私たちだって例え一回のメールでも唯を無視したんだ!
  ここにいるみんなも、そして唯とつるんでるあいつらも・・・
  唯を囲んでいる全ての人が唯を変えてしまったんだ!」


場にはしばし静寂に包まれた。


律「そうだよなぁ・・・・ごめんな・・和・・」

しばらくすると律がポツりと言った。

和「・・こっちこそ・・・私これから唯を助けるために
  なんでもするわ! 何かあったら連絡くれない?」

和が決心したようにそう言うと、
その場にいた四人と連絡先を交換した。


またしばらくして五人の雰囲気がほころんできたところに、
不意に遠方から走ってきた黒塗りの車が止まる。

そして、運転席から大柄の男が降りてきた。

五人はただそれをかたずを飲み込んで見守る。
ようやくほころんだ場に一気に緊張の糸が張った。



紬「!・・・・斉藤」

その男は紬の家の執事である斉藤だった。

斉藤「すいませんお嬢様。 遅くになっても帰って来られないので
   旦那様が心配されて・・。
   私がお嬢様の携帯に搭載されているGPSを辿って、迎えに上がらせて
   いただきました。」

斉藤はそう言うと慣れた手つきで後部席のドアを開けた。

紬「じゃあそういうことだから・・・」

紬はそう言うと、車の後部座席に乗った。
斉藤が運転席に乗り込むと、車はさっさと走り去ってしまった。

梓「じゃあ私たちも帰りましょうか・・・」

そして、紬が帰ったのをきっかけに、他の面々もその場を後にした。

紬は車に揺られながら窓の外の遠方をじっと見ていた。
そして唐突に、

紬「ねぇ、斉藤? もしも三年間寄り添った仲間に、環境が
  変わったとたんに誰も相手にしてくれなくなったらどう思う?

紬は寂しげに斉藤に尋ねる。

斉藤は変な質問だと思いながらも答えた。

斉藤「それは・・・・きっとすごく悲しいと思います。
   私だったら、もう誰も信じられなくなるでしょう。」

紬はその答えを聞くと少し視線を落とした。

斉藤は不思議に思いながら、車を琴吹家へと急がせた。


紬が車に揺られている頃、唯は夜道を歩いていた。

いつもは先輩たちといっしょなので、大学のどこか空いている教室
でこっそり寝たり、先輩に強引に連れて行かれたよくわからない
お店で一晩明かすこともあった。

だが今日は先輩たちは律たちを痛みつける計画で盛り上がって、
そこにいるのも不快だったの音楽室をこっそり抜け出し、
仕方なく久しぶりに家に向かっていた。

家への道を歩きながらこんなことを思う。

唯(憂は今の私の姿を見たらどんな風に思うだろうか。

  ・・・いや、いいんだ。 あそこには私の寝床があるだけで、
  憂なんて関係ないんだ。
  もう、憂だって何を考えているか、信じられたもんじゃない。)

それから、唯が自分の家に着いたのは数分後だった。
玄関先のライトは点いていなかったものの、玄関の鍵は開いていた。

ガチャ

ドアを開くと懐かしい家のにおいがした。

唯はそんなことを感じながら、こっそりと靴を脱いで、二階に上がろうとする。


ガチャ

ドアを開くと懐かしい家のにおいがした。

唯はそんなことを感じながら、こっそりと靴を脱いで、二階に上がろうとする。

唯「・・・・・」

コト・・・・コト・・・

唯がこっそり階段を上がり、それがちょうど五段目に差し掛かったときだった。

?「・・・・お姉ちゃん。」

唯 !

唯が驚いて後ろに目をやると、一階の居間の電気が突然点いた。
これまで暗い中にいた唯が突然照らされる。

そこには唯を心配そうに見つめる憂の姿があった。


よく見ると憂の目の下にはクマができていた。

時計を見ると、時計は深夜の一時をまわっていた。

普段は十時に絶対就寝する憂にとって、深夜一時まで
起きていることはとても辛いものがあった。

それはよほど強い思いがないと到底できないものであった・・・。

唯は一瞬驚いたが、すぐに憂に背を向けた。

憂「今日は澪さんたちが来たの・・・・」

憂は唯に後姿に静かにうったえかけた。

だが唯にとってそれは既知の出来事だった。
そして唯は特に動じる様子も無く、憮然とした様子で階段を上がって行く。

憂「澪さんたちすごく反省して、泣いていたの・・・・。
  お姉ちゃんに・・・取り返しのつかないことしちゃったって・・・。」

何ごともないようにその場を去ろうとする唯に憂な涙ながらに訴えた。

だがその訴えは唯に届くことは無く、むしろまた唯の中の悪意を育てるものとなった。

唯(もう澪ちゃんたちには関わろうと思わないのに、
  それでもしつこく付きまとってくるなんて・・・・・
  どうせまた私を苦しめようとしているんだ・・・・
  どんなにいい顔していたって裏では何を考えているか
  分かったものじゃないんだ・・・!)

悪意が渦巻き足を止める唯に憂がたたみ掛けるように言う。

憂「お姉ちゃん・・・・、私に何があったかちゃんと教えてよ!
  私・・・お姉ちゃんを・・・助けたいの・・・!」

憂の目には涙が溜まっていたが、ここで泣き出しては何も
伝わらないと必死に泣き出すのをこらえていた。


そんな憂の姿も唯にとっては偽善者にしか映っていなかった。

どうせこいつも何か教えてもそれを澪たちに売って、
私を苦しめようとしているんだ・・・・。

唯「・・・憂、もういい加減にしてよ・・・・」

憂「・・・・え?」

唯「そうやっていつも偽善者面して・・・・・
  実は憂だってずっと私のこと面白がって、心の中ではいつもいつも
  馬鹿にしてたんでしょ!」

憂「ち、違うよ! お姉ちゃん!・・・・・」

唯「来ないでよ!」

唯は寄ってくる憂にとっさに階段の窓に飾ってあった
鉄製の人形を投げつけた。

憂「うっ・・・・」

人形は憂の左手に直撃して、憂が左手に持っていたモノが
靴が置いてある土間に落ちた。



しかし、唯は人形が飛んでいった方向を見ることも無く急いで
二階へ上がると自分の部屋に入り、勢いよくドアを閉めた。

バン!

ドアの閉まる音が玄関に寂しげに響く。
憂は人形が当たった左手を右手で覆いながら、しゃがみ込んでしまった。

憂「お姉ちゃん・・・・・。」

憂はもう泣くのを堪えることができなかった。

どうしてお姉ちゃんは私が知らない間にこんなに遠くへ行ってしまったの・・?
もうあのときのお姉ちゃんには会えないの・・・?

そんな憂の近くで、さっき憂の左手から
落ちたモノ――――――唯と憂の映る写真立、が
が寂しげに転がっていた。

写真立のフレームのガラス部には大きなひびが入っていた。


唯は部屋へ戻るなりベッドに一直線に向かい、そして倒れこんだ。

暫らく使っていなかったせいかブワッとほこりがとぶ。

唯「・・・・・・・」

唯はそんなことを気にする様子も無くベッドに横顔を伏せながら、
何気なく部屋の中を見渡す。

真っ暗で死んだように静まりかえる部屋。

そんな中で唯の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

今日は様々な事が起こった。

律に楽器屋で出会い、HTTの再結成を持ちかけられた。
律を含むHTTメンバーが自分をHTTに戻すために動いていることを知った。
そしてそのHTTメンバーに自分は脅されたいたとはいえ暴言を吐いた。
ついさっきだが、憂と初めて喧嘩をした。

・・・・・・・

ここ何年かまるで退屈な生活を送ってきた唯にとって、今日と
いう日の密度は簡単に整理のつくものではなかった。

自分が今の澪たちを許すことができないのは事実だ。
もちろん自分を蔑んできたあの先輩も同じだ。

今の唯にとってただひとつ大切なものは過去の栄光だった。

だから自分は澪たちと距離を置くことで今から目を背け、
過去に浸り続けようと思った。
だからこそ、澪たちには自分に関わらないでほしかった。

そして先輩たちからは勿論逃げ出したかった。
だが先輩たちはアレを持っている。

今の唯にとってただ一つ大切なものを・・・・

そう思うと、思うように動くことはできなかった。

だが、唯には今のどうしようもないこの気持ちを満たしてくれる
何かが自分のそばにあるような気がしていた。

最高に幸せになれそうな・・・・、そして今の自分を変えられるような・・・

唯「・・・・・・」

唯は混乱する頭の中で、必死にその答えを考え続けた。


チュン、チュン

唯「・・・・・!」

唯が気がつくと部屋のカーテンの隙間から、日の光が漏れていた。
どうやら昨日はあのまま寝たしまったらしい。

唯は相変わらずベッドに横顔を伏せたまま、呆然としていた。

ピンポーン

不意に玄関のチャイムが鳴る。

唯はどうせ憂が出るだろうと思い、当然のように動かなかった。

しばらくすると、階段をあがる音がする。

コンコン

唯の部屋にノックの音が響く。

憂「あの・・・・お姉ちゃん、和さんがいらしてるの・・・・
  玄関先でいいから少し話がしたいって・・・・」


唯には到底興味のない話だった。
あの時自分を裏切ったくせに今更何を・・・

いや。でもこれが自分を満たす答えを出すのにつながるかもしれない。

唯は直感的にそう思うと、ムクリと立ち上がり、部屋のドアを開けた。

ガチャ

憂 !

憂はおそらく出てこないと思っていたのだろうか、とても
驚いた表情をしてドアの横で固まっていた。

唯はそんな様子の憂に目も暮れず、憮然とした様子で
階段を下りていった。

憂はそんな唯の気に触れないように
少し距離を置いて、静かに階段を下りた。

ガチャ

唯が玄関を開けると、目の前には一年ぶりに会った幼馴染の和
の姿があった。

手には何やらケーキのようなものをぶら下げている。


和「あ・・・あの・・唯に謝りたくて・・・
  ・・あの時は・・助けを聞いてあげなくて・・・ごめん・・」

言葉を選びながらおどおどと話す和に、唯は何も感じることは無く、
憮然とした、冷え切った表情でただ見つめていた。

唯「・・・・・で?」

唯が冷たく言い放す。

あの時あんな形で自分を見放した奴が、調子よくなにを言ってるんだ。

唯には和の言葉は決して届いてはいなく、むしろ
火に油を注いだかのように唯の怒りを増長させるものとなった。

震えながら俯く和に唯が追い討ちをかけるように言う。

唯「今更なに調子よく言ってるの?
  あんたに私の何が分かるって言うの?」

唯は少し情的になりながら言うと、ドアを勢いよく閉めようとした。


和「待って!」

和が閉まるドアを押さえようと、必死に抵抗する。

このとき唯の頭の中である出来事が蘇る。

いつかのあの日、和が自分を見放した日も
皮肉にもこんな風にドアの前でもめていたことを。

だがもっとも、今ではその立場は全く逆だった。

唯「・・・・・」

唯が俯いたまま静かにドアを開ける。

それを見た和は最後の望みを託すように、いつかの唯のように
涙を浮かべて言った。

和「唯・・・・本当にあの時はごめんね・・・・
  これほんの気持ちだけど・・・・」

唯は震えながらケーキを差し出す和に冷たく言い捨てた。

唯「わたしずっとあんたのこと大嫌いだったの。
  もう二度と顔を見せないでくれるかな?」

ガタン!

唯はそう言うと、勢いよくドアを閉めた。


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