紬は大学とバイトのうえに、空いた時間には父から経営学を学ぶ
という日々の多忙さのため、
梓は軽音部の部長をつとめながら、大学受験で忙しかった為だという。

そして、何よりメールの回数がほんの一回しかなかったから
きっと大したことじゃないだろう、という共通の思いもあった。

四人は唯がどんな思いでメールを打っていたのかと思うと、
懺悔の念と共に涙が溢れ出してきた。

紬「私たち、唯ちゃんになんてことを・・・。」

律「そりゃ・・怒るよなぁ・・一年近くほって置いて・・・都合よくなったら
  またバンドやろう・・・なんて・・・」

四人は泣き出してしまった。
自分たちの唯に対する行いにこの上ない罪悪感を感じていた。

それから一時間経って、ようやく四人は泣き止んだ。
そしてその後、今度は憂の知る今の唯のことが話された。

憂「・・・・それで近頃はお姉ちゃん、まるで別人みたいになって・・・。」

律「それにしても、唯はなんであんなのとつるんでるんだ?
  ・・・まぁ、今の私にそんなこと言う権利は無いけど・・。」

律は泣きあがりのまだしゃくりの入った声で言う。

梓「でも、人って自暴自棄になったら、あれくらいには・・・」

すると、俯いたまま澪が遮るように言う。

澪「・・・・実はさっき、唯達との別れ際に私、
  唯を止めようとして一瞬唯の肩を掴んだんだ。 そうしたら・・・」

紬「そうしたら?」

澪「震えていた。 怖いほどに。」


憂「じゃあ、お姉ちゃんは自分で望んでその人たちのところに
  にいるわけではないってことですか? 例えば・・脅されてるとか。」

梓「確かにそうですよね。 サークルなんてその気になればいくらでも
  やめることだってできますし・・・」

澪「んー・・・」

澪はうなだれて、考え込んでしまった。
考え込む澪に律が言う。

律「ま、まぁ理由はどうあれ、まずあいつに謝んなきゃな・・・」

律「そしてできればあいつを今の状況から救ってやる。
  例え唯が私たちのこと嫌いになっていたとしても、 
  それをするのがずっと無視してきた私たち
  にできる償いってやつだろ?」

澪は顔を上げた。

澪「そうだな。」

律「そして、HTTを再結成する!」

梓「・・・それは図々し過ぎますよ。」

憂「・・・そうだみなさん、お姉ちゃんの部屋見ますか?」

憂が切り出した。

澪「そうだな。 唯の部屋を見れば何かわかるかもしれないし。」

澪の一言で憂と四人は階段を上がり、二階にある唯の部屋に向かった。

唯の部屋に入ると、そこは一見、かつて勉強会をしたときと
何ら変わっていなかった。 ただ、生活感が全く感じられなかった。

一同は無言のまま暫らく部屋を見回す。

律「なんだこれ?」

律は机の横にいくつかの写真たてがまとめられていることに気づいた。

・・・・!

そこには数年前のまだ高校生だったころの自分たちが収められていた。
どの写真たてもみんなHTTの思い出の写真が収められていた。

紬「そんな・・・・だってさっき・・・。」

先程の唯の言動からするととても考えられないものを見た一同は驚きを隠せなかった。

律「なんでこんなものが・・・・。
  これで私たちのこと・・・・呪おうとしてたとか・・?」

すると憂が首を横に振りながら答えた。

憂「きっと違います。
  だってお姉ちゃん、たまに帰ってきてその写真を大切そうに見てるもの・・・。」

確かにその写真たては他の生活感がなく、ほこりをかぶっている家具に比べて
ほこりをかぶっていないどころか、不自然なほどにきれいだった。 

梓「やっぱりおかしいです! だってただ私たちにひたすら怒ってるだけなら
  こんなもの部屋に置いておくはずありませんよ!」

澪「じゃあ、やっぱり・・・・いじめがあるのか?」

一同はまたしても考え込んでしまった。


憂「・・・・・っ!」

すると不意に、さっきまで俯いて震えていた憂が突然振り返ると
唯の部屋を出て走り出した。

梓「待って! 憂!」

四人は慌てて唯の部屋から出ると憂を追いかけて階段を下りた。

そして、憂を追いかけて着いた場所は台所だった。

紬「憂ちゃん。 何を・・・?」

不思議そうにたずねる紬には目も暮れず、
狂ったように憂は棚から包丁を取り出した。

梓「憂! 何してんの!」

憂「やめてよ!」

梓は急いで憂を止めようと腕に掴みかかるが、
小柄な梓は憂に簡単に振りほどかれてしまう。

梓「きゃあ!」

床に伏せる梓には見向きもせず、憂は包丁を持ち直す。

憂「これからお姉ちゃんをいじめる奴らを殺してやるの!
  ・・・一人残らず・・・例え刺し違えても!」フーッ フーッ

憂「だから・・・邪魔しないで!」

憂の目は本気のあまり、目に「刺殺」と浮かんでいるかのようにさえ見えた。
憂は狂ったように泣き叫ぶと、澪たちに包丁の先端を向けた。
目からは大粒の涙が溢れ出していた。

憂「澪さんたちだって、・・・邪魔するなら・・容赦しません!
  そもそもあなたたちだって・・・お姉ちゃんを無視してっ!・・」

憂が澪たちに斬りかかろうとした瞬間、
律はとっさに手元にあった写真立を憂に投げつけた。

憂「うっ・・・・」

澪「今のうちだ!」

ひるんだ憂を見て澪、律、紬の三人は
急いで憂を押さえ込む。

憂「離してっ!・・・ 邪魔しないで!」

包丁を取り上げられて、押さえつけられてもなお暴れる憂
を三人は必死に押さえ込む。

憂(・・・・・・!)

憂が暴れながらふと目線を下に落とすと、そこにはさっき
律が投げた写真立が落ちていた。

そしてそこに写っていたのは――――――満面の笑みを浮かべた唯だった。

いつもの笑顔で憂に抱きつく唯の写真だった。


憂「お姉ちゃん・・・・・」グスン

いつからだっけ、お姉ちゃんとこんな風にしていないのは・・。
お姉ちゃんがいない部屋は私には広すぎるよぉ・・・。
寂しいよ・・・・・お姉ちゃん・・・・。

憂は突然抵抗をやめると、写真立に涙を落とした。

憂の落ち着いた様子を見て、三人はそっと憂から離れた。

憂「うっ・・・う・・おねえちゃん・・・・」

とうとう憂は声をあげて泣き始めてしまった。


しばらく泣きじゃくる憂を見て、律が憂の肩になだめるように手を置く。

律「憂ちゃん・・・。よし! 決めた!
  私たち絶対この写真みたいな唯を取り戻して見せるよ!
  約束しよう!
  だから、必要なときは憂ちゃんも力を貸して! ね?」

憂「・・・・・・はい!」

憂は涙を拭きながら嬉しそうに答えた。

気がつくと、時計は夜の10時をまわっていた。

紬「今日は遅いのでこの辺で・・・」

律「そうだな。 憂ちゃん、またなんかあったら頼むよ。」

結局、事の真相を得られることはなかったが、四人は唯の部屋を出た。

憂「こちらこそ、さっきは取り乱してしまって本当にすいません。
  お姉ちゃんを助けてあげてください・・・。」

玄関先で見た憂の目にはまた涙が光っていた。

そして、四人は唯の家を後にした。



……

律たちがちょうど唯の家にいたころ、唯達は大学の音楽室にいた。

男A「どうした、唯?」

唯は教室の隅のほうで震えながら夕食の弁当を食べる。

この弁当はさっきの唯の演技が自分たちの期待値以上だったことに
満足した先輩が買ってくれた、この辺では雑誌で紹介されるほど
美味しいと評判の弁当らしい。

だが、唯にとって弁当はおいしくもなんともなかった。

これなら、多少焦げたりしていても憂の料理のほうが何千倍もおいしいだろう。

そして唯はまた、憂の料理をみんなで囲んだクリスマスを思い出して、
ほっこりと幸せな気持ちになる。

そんな唯の姿を見て、男が不満そうに言う。

男A「おい、お前あいつらに会ってまたおかしくなってんのか?」

唯「・・・・」

唯は無言のまま首を横に振った。


さっき道で会った澪たちに嫌な思いをさせられたのは、
実は少しいい気味だとさえ思えた。
自分の受けた屈辱を考えると、当然の報いだと唯は考えていた。

だが、それは同時に過去の輝かしい思い出を汚すことになるような気がしていた。

そして、唯の中では「もう決して澪たちに関わらないようにする。」
という結論がいつしか出されていた。

唯(私はもうあの人たちとは関係ない。
  だから、あの人たちに関わらないのが一番なんだ・・・。)

唯「先輩・・・・」

唯「・・・もう、あの人たちに関わるのはやめてあげてくれませんか?」

唯は恐る恐る切り出した。

唯(もちろん、りっちゃんや澪ちゃんがどうなろうと正直知ったことではない。
  でも、これ以上あの四人を見ていると昔が愛しくなっちゃうから。
  もう戻れないのに、昔みたいに戻りたいって思っちゃうから・・。)

小さくなっている唯に男が歩み寄って言う。

男A「唯ちゃん。さっき言ってやっただけじゃまだ気が済まないの?
   全く、仕方ないな~。」

唯「い、いやそういうことじゃ・・・。」

笑みを浮かべながら尋ねる男に対して、唯はとまどいながら答える。


唯「だから・・・・、あの・・・」

男A「・・・・・何? まだなんか文句あんの? ねぇ?」

男はそれまでの態度を一変させると、急に唯が持っていた
弁当箱を手で乱暴になぎ払った。

弁当はぐしゃりと音楽室の床に落ちた。

唯「あ・・・あぁ・・」

唯は無残な姿となった弁当箱をただただ見ていた。

すると、

男A「あぁ! 唯ちゃん、せっかく俺が買ってやった弁当
  こんなにして・・・・、いけないんだー。」

男がわざとらしく唯に言う。

唯「わ、私じゃありません・・・、だって先輩が・・・。」

すると、男は床を指差すと冷淡な様子で吐き捨てた。

男A「ちゃんと、さいごまで食えよ。」

クスクスクス・・・・

音楽室の至る所から小さな笑いが聞こえる。

唯はそれに気づきながらも、顔を俯かせながらしゃがむと、
床に伏すような体勢をとった。

唯(本当はこんな恥ずかしいことしたくはない・・・
  でも、これをして先輩の機嫌がよくなれば
  私の望みを聞いてくれるかもしれないっ・・・・)

唯はそんな儚い希望をいだきながら、床にある残飯と化した
弁当をゆっくりと食べ始めた。

男「おい、あいつほんとに食ってるよ・・・」ヒソヒソ

女「犬みた~い、惨めだわ~」ヒソヒソ

男「恥ずかしいとか思わないのかな?」ヒソヒソ

教室中の笑い声は唯を罵倒するものへと変わっていた。

唯は悔しくて、恥ずかしくて仕方がなかった。
しかし唯は自分を救うためにかすかな希望を抱きながら、
顔を真っ赤にして床に落ちた残飯を食べる。


すると男はそんな唯の頭に手をポンと置いた。

男A「わかった。 じゃあ俺らが唯ちゃんの前であの子たちをボロボロ
  にしてあげて、もう唯ちゃんの前に出て来れないようにすれば、
  唯ちゃんも満足だよね!」

唯「!・・ち、違います・・・。」

唯は自分の期待と全く逆にそれてしまった先輩の気持ち
を蚊の泣くような声で否定するしかなかった。

唯(もうやめて・・・・)

唯は立ち上がると、口の周りについた残飯も気にせず、音楽室の出口へ走る。
走る唯の後ろ姿を横目に、男がわざとらしく言う。

男A「いいのかなー、これがどうなっても・・・」

すると、男は自分の横に置いてある薄汚いダンボール箱を軽く叩いた。

男A「こ・れ・が!」

唯の足が止まる。
そして、唯は後ろを向いたまま答えた。

唯「・・・・・・わかりました。」

男A「わかりましたじゃねぇだろ?
  あいつらをボロボロにしてくださいお願いしますだろ?  
  唯ちゃん・・・」

唯は震えながら男に頭をさげた。

唯「あいつら・・を・・・・・ボロボロに・・・してください
  ・・・お願い・・します。」

男は立ち上がると唯の頭に手を置いた。

唯 ビクッ!

男A「よくいえまちたね 唯ちゃん!
  唯ちゃんがそこまで言うから仕方なくやるんだよぉ~」

唯は頭を撫でられながらただ俯いていることしかできなかった。


そして、その作戦を練るべく中央の机に集まろうと、
男が俯く唯の横を通り過ぎようとした。

男A「ごめんね~唯ちゃん。
  せっかくあんなことしたのに期待に添えられなくて。」ププッ

男は唯にこう耳打ちをした。

唯は男に全て読まれていたかと思うと、悔しくて仕方がなかった。

もう何も信じられない・・・。
もう何も信じない・・・!

律たちを痛みつける作戦を練る先輩たちを背に、唯は誓った。



……

一方、律たちは唯の家からの帰り道だった。

律「しかし、あの憂ちゃんでもわからないとなると、どうなっちゃうんだ?」

梓「う~ん・・・。
  憂は唯先輩の保護者みたいなものですからねぇ・・・」

澪「でもその保護者でもわからないとなると一体誰に聞けば・・・」

澪が考えて下を向きながら歩いていると、不意に前方から声がした。

?「あれ? 澪じゃない?」

澪(この懐かしい声は・・・・)

澪が名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げるとそこにいたのは
唯の幼少期からの親友である真鍋和だった。


和「やっぱり澪だ! 久しぶり。」

澪「和じゃないか! 
  こんな時間になにやってるんだよ!」

澪は嬉しそうに訊く、そして澪の声に久しぶりに活力が戻った。

和は唯の家の近所に住んでいることから、四人はここ数年唯と同じように
まるで和に会っていなかった。
そして今、数年ぶりに和と再会したのだった。

和「実は私、今弁護士目指して勉強してて・・
  今大学の自習室で勉強してきた帰りなんだ。」

そう言うと和はいくつか抱えていた司法書のようなものに目線を落とした。

澪「へぇ~、遅くまで大変だな・・・」

澪が感心するように言う。


和「ところで澪たちは・・・?」

紬「ちょっと唯ちゃんのことで・・・・」

和「? 唯がどうかしたの? そういえば最近全然見かけてないけど・・・。」

紬「実は・・・・」

紬は今日起こったことも含めて、自分たちが今わかっている唯
に関することを話し始めた。

紬「・・・・で、唯ちゃんが悩んで私たちに相談していたんだけど、
  連絡もその一回きりで・・・」

すると、それまでは落ち着いた様子で相槌を打ちながら話を聞いていた
和が急に動揺した様子を見せた。

和「・・・・え!?
  そんなぁ・・・・・そんな、嘘でしょ!?」

それまで紬の話をおとなしく聞いていた和が突然遮って、
驚き、動揺した様子を見せた。

和「どうしよう・・・私・・唯になんてことを・・・!。」

和は腰を抜かしたようにその場にヘニャリと座り込むと
しばし、呆然と目の前を見つめていた。

立派な司法書は和の手をすり抜けて地面に落ちた。


澪「おい和! どうしたんだよ!」

澪が和の肩を揺さぶる。

和「どうしよう・・・・どうしよう・・」

澪の呼びかけなどまるで耳に入らないくらいに、和は動揺していた。
いつも冷静沈着な和からは想像できない光景に、一同はとまどいを覚えた。


和「・・・・・」

何分か経つと、和もようやく落ち着いたらしく、
地面に座ったままただ黙って俯いていた。

律「ねぇ、和さん! 何か思い当たる節があるなら教えてよ!」

律が思い切ったように唐突に切り出す。

和は特に姿勢を変えることもなく、俯いたまま答えた。
その声は暗く、淀んでいた。

和「・・・・あれは今からちょうど一年前・・」

律(うおっ! 語りだした!)


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