音楽室

澪「もうすぐ文化祭だろ!?真面目に話し合いに参加しろよ!」

空き缶「」

澪「そんなことでどうするんだよぉ。むぎからもなんとか言ってくれ」

空き瓶「」

澪「そうだよな。やっぱりそう思うよな!唯は?」

ティッシュ箱「」

澪「ほら律、唯でさえこう言ってるんだ。部長のお前が真面目にやらないでどうする?」


音楽室前の扉

律「どうしてこうなった・・・」ポロポロ

ガチャ

律「み、澪・・・」

澪「ん?どちら様ですか?も、もしかして入部希望!?」


澪「あ!律!そんなにがっつくな!その子怯えてるだろ!涙まで流して・・・」

律「・・・」ポロポロ

澪「えーと、ごめんね?私達以外がここに来るの珍しかったからさ。そんなに怯えなくても大丈夫だよ」

律「はい・・・」


澪「ところでお名前は?」

律「田井な・・・」

律(いや、今私が田井中律なんて言ったら余計に澪を混乱させるだけだ)

澪「たいなさん?」

律「ド、ド田舎律です・・・!」

律(もっとましなネーミングはなかったのか!?)

澪「ド田舎・・・?」

澪「クッ・・・おい唯、笑うな・・・!ド田舎さんに失礼だろ。プクク・・・!」

律「あ、あはは・・・」ポロポロ

澪「それでド田舎さんは入部希望なの?」

律(澪・・・)

律「えーと、はい。まあドラムなら多少できます」

澪「ドラムかぁ!律と同じだな!」

澪「どうする律~?ド田舎さんが律よりドラムがうまかったら」

澪「アハハハ、ふくれるなふくれるな」

律「」ポロポロ


澪「じゃあとりあえず私達の演奏を聴いてもらおうか」

律「え?演奏ってどうする気?」

澪は空き缶をドラムの椅子に、空き瓶をキーボードの上に、ティッシュ箱をドラムの正面約3mのところに置いた

律「やめろ・・・やめてくれ・・・」ポロポロ

澪「みんな!準備はいいか?特に律、ド田舎さんと同じドラムなんだから気合を入れろよ?」

澪「わ、私は大丈夫だよ!本番じゃないし・・・」

澪「唯とむぎも大丈夫?」

澪「よし、準備OKだ。律」

べんベんべんべん

音楽室では澪のベース音のみがむなしく響く
それでも澪の顔は楽しそうだった
それを見て、律は涙を流すことしかできなかった

澪「ストップ!ストーップ!」

澪「唯!全然弾けてないじゃないか!練習してなかったのか!?」

澪「あと律!相変わらずお前のドラムは走りすぎだ!」

虚空に向かって怒りをあらわにする澪を見て、律はさらに涙を流した


澪「もう一回だ!こんな演奏恥ずかしくて文化祭はおろか、ド田舎さんにだって笑われるぞ!」

べんべんべん

律「もういい・・・やめろ・・・」ポロポロ

澪「ストップ!律、もっと私達に合わせる努力をしろ」

澪「唯は逆だ。私達からワンテンポ遅れてるんだよ」

澪の頭の中で、一体何の曲を演奏しているのか律に知る術はなかった


律「もういいです・・・みなさん結構うまいですね」

澪「お世辞はやめてください。こんな演奏じゃ武道館どころか文化祭すら演奏できるレベルじゃない」

律「武道館!?澪、覚えているのか!?」

澪「え?な、なんですか急に?」

律「ああ、いや・・・」

澪「・・・」

澪「私達、武道館でライブを開催するのが目標なんです。笑っちゃいますよね」

律「・・・」

律「そんなことない。いい目標じゃないか」

律は精一杯の笑顔をしてみせた

律の真剣な顔に澪はあっけに取られた
目標が武道館と聞いて馬鹿にしなかったのは律が始めてだったのである

自分が言い出したことなので当たり前と言えば当たり前なのだが

澪「あ、ありがとう。そんな風に言ってくれたのド田舎さんが初めてだよ」

澪「ハハハ、律テンションあがりすぎだぞ」

澪は空き缶に向かって笑顔を向けた

律「・・・」ポロポロ

律「今日はそろそろ帰ろうと思う」

澪「そっか、もし良かったらぜひ入部してくれ」

律「んー、考えとく。とりあえず明日も来ていいか?」

澪「もちろん!おいしいお茶とお菓子を用意して待ってるからな!」

律「ありがとう。楽しみにしてるよ」

そういうと律は鞄を肩に掛け音楽室をあとにした
音楽室の扉を閉めた後チラリと中を覗くと、澪は空き缶やティッシュと談笑を始めていた
あまりに痛々しい光景に、律はまた涙を流した



律の家

律(どうしてこうなった・・・)

律(なぜ澪は壊れてしまったんだ?)

律(澪がおかしくなったのは2ヶ月前だ。誰かに何かをされたのは間違いない)

律(精神がぶっ壊れるほどだ・・・きっと相当エグイことをされたんだ・・・)

律「まあ難しいことを考えても仕方ない!明日また唯とむぎから話を聞こう!」

律「お?」

窓から外を覗くと田井中家の玄関前を徘徊している澪を発見した

澪は田井中家の玄関前に空き缶を置いた

澪「律、明日もド田舎さん来るみたいだから気合入れろよ!」

澪「じゃあそろそろ帰るよ。バイバイ」

澪は手を振りながら空き瓶とティッシュ箱を抱えて元来た道を歩いていった
おそらくこれから唯とむぎの家に向かうのだろう

律は澪の健気な後ろ姿を眺めることしかできなかった

律「毎日玄関前に空き缶が捨てられてると思ってたらこういうことだったのかよ・・・」

律「なんてこった・・・!」



次の日、学校

唯「りっちゃん、おいっす」

紬「こんにちは」

律「ウス」

唯「どうしたの?今日は元気ないね?」

律「ああ、ちょっとな・・・」

唯「何々~?便秘?」

律「違うよ!実は昨日の放課後、澪に会いに音楽室に行ったんだ」

唯「え・・・そうなの・・・?」

律「澪は相変わらずだったよ」

紬「まあ、そうでしょうね・・・ああなったらもう元の澪ちゃんに戻ることなんて無理なんじゃない?」

唯「そうだよ。だからりっちゃんも澪ちゃんに関わるのはやめなよ」

律「あ?なんでだよ?」

唯「だって・・・澪ちゃん学校中から変人扱いされてるじゃない。毎日空き缶と会話しててさ。りっちゃんまで変に思われちゃうよ?」

律「唯、お前本気で言ってるのか?」

唯「そりゃあ本気だよ!これからは音楽室なんて行かないで私達と毎日遊ぼうよ!澪ちゃん抜きのバンドを組んでもいいしさ!」


律「ふざけんな・・・!」

澪「あれ?ド田舎さん?」

空き缶、空き瓶、ティッシュ箱を抱えた澪が律の後ろに立っていた

律「あ、澪・・・」

澪「どうしたの?何かあったの?」

律「いや、なんでもないよ。友達と話をしてただけ。澪はこれからどこに?」

澪「律たちと購買部に行くところなんだ。良かったら一緒に来る?」

律「いやいい。まだこの子達と話しがあるし」

澪「そ。じゃあまた放課後に。バイバイ」

唯「さっきの見たでしょ?もう手遅れだよ」

律「手遅れってなんだよ!原因もわからないのに手遅れもクソもあるか!」

紬「まあまあまあまあ。落ち着いて」

律「これが落ち着いてられるか!散々澪と仲良くしてて、少しおかしくなったら手の平返しやがって!」

唯「別にそんなつもりはないよ。澪ちゃんとっても楽しそうだし、きっとこれが幸せなんだよ」

律「ふざけんなぁ!」ポロポロ

律は人目も憚らず大泣きしながら走り去った



唯「あーあ、言う通りにしてればいいのにね」

紬「きっとりっちゃんにもわかる時がくるわよ」



トイレ

律「澪どころか唯とむぎまでおかしくなった・・・」ポロポロ

律「どうしてこうなった・・・どうして・・・」ポロポロ

律「いかんいかん・・・泣いてる場合じゃない。とにかく澪がこうなった原因を知らないことには始まらない」

律「まずは澪に関係する人たちから情報を集める!やるぞー!おー!」

一人だけのむなしい掛け声がトイレに響き渡った



購買

「ねえあれって・・・」

ざわ・・・

「秋山さんだよね?」

ざわ・・・

「本当に空き缶とか抱えてる」

澪「唯は何にする?お、チョココロネかあ。」

澪は「律はメロンパンか。むぎはコッペパン?ハハハ、みんなどっかのアニメキャラみたいだな」

「本当に空き缶に話しかけてるよ・・・」

「ムービー撮ろうムービー」ピロリロリン



職員室

律「さわちゃーん」

さわ子「あらりっちゃん、いらっしゃい。どうしたの?」

律「うん、澪のことで相談なんだけど」

さわ子「ああ・・・澪ちゃんね・・・」

律「なあ、さわちゃん。今まで普通だった人間がどうすればあんなに狂うことができるんだ?」

さわこ「私にはなんとも言えないわ。お医者様も澪ちゃんの心の問題と言っていたし」

律「そんな無責任な・・・」

さわこ「仕方ないわよ。とにかく今はそっとしておきなさい」

律「あんたそれでも顧問かよ!澪のこと心配じゃないのか!」

さわこ「ちょ・・・あのねえりっちゃん、私が自分から希望して軽音部の顧問になった?」

律「それは・・・」

さわこ「ただでさえ掛け持ち顧問をしてて大変なのに、澪ちゃんのことまで頭回らないわよ」

律(確かにそうだ。さわちゃんには顧問になってもらっただけでも感謝しなくちゃいけないよな)

律「わかりました。急に押しかけてごめんね。これからも軽音部の顧問よろしく頼むよ」

さわこ「努力するわ」

さわこは律の方を向かずに返答するとキーボードを打ち始めた



昼休み

澪「さーて、今日もみんなで昼食にしようか!」

澪は自分の机の周りに、借りてきた椅子を4つ並べた
椅子の上にはもちろん空き缶、空き瓶、ティッシュ箱が置いてあり、
机の上には誰も食べることの無いチョココロネ、コッペパン、メロンパンが並んでいた

澪「律!そんなに急いで食べるから喉につまらせるんだぞ」

澪の中では机の上のパンはしっかりと食べられているらしかった

クラスメートはその光景にも慣れていて、もはや澪はクラスからは空気としか思われていなかった


律「澪?」

澪「おー、ド田舎さん」

律「一緒にご飯いいかな?」

澪「どうぞどうぞ。5人でご飯なんて初めてだな」

律「はは・・・そうなんだ・・・」

澪「ド田舎さん、律にお弁当取られないようにね。こいついやしんぼだから」

律「う、うん」

澪「なんだよー本当のことだろ!やめろ!私の卵焼きを返せ!」

律(痛々しすぎるぜ澪・・・)ポロポロ


澪「それよりもうすぐ文化祭だな。楽しみだな~」

律「!?」

澪「唯、ギター頼むぞ。演奏では一番目立つんだからな」

澪「うん、私もできるだけ協力するよ」

律「あー、えーと・・・文化祭ライブにでるの?」

澪「?そりゃあ出るよ。私達は軽音部なんだから」

律「誰と?」

澪「ド田舎さんは変なことを聞くなぁ。もちろん律達と出るに決まってるじゃない」

澪は空き缶を指差しながら、さも当然であるような口調で答える

澪「そっか。ド田舎さんも出たいのか。ん~でもドラムは律がいるしなあ・・・」

澪「それじゃあ今日の放課後、律とド田舎さんでドラム勝負してもらおうか。うまい方がライブに出る。それでいい?」

律「ああ、はい・・・」

澪「律~、どうする?ド田舎さんがめちゃくちゃドラムうまかったら」

澪は意地悪そうな顔をしながら空き缶に話しかけた

澪「アハハハ、とにかくド田舎さんに笑われない演奏をしろよ」

律「くっ・・・」ポロポロ

律は涙をこぼしながら弁当を食べた


……

律「唯」

唯「あ、りっちゃんおいっす」

律「さっき少し澪と話したんだけどな・・・」

唯「ん?どうかした?」

律「あいつ文化祭ライブに出演するつもりらしいんだ」

唯「へー、新しく軽音部に入った子でもいるの?」

律「いや、あいつは私達とライブに出るつもりだ」

唯「私達って・・・?まさかッ!」

唯「つまり、ゴミとライブに出るってこと?」

律「ゴミって言うな!今のあいつにとっては大切な仲間なんだから・・・」

唯「ご、ごめん・・・」

律「・・・」

唯「・・・」

律「唯、澪を取りもどそう」

唯「取り戻す?」

律「私達軽音部の元に」

唯「どうやって・・・?あんな風になった人が元に戻るの?」

律「わからない・・・でもそれができるのは私達以外にいない」

唯「でもでも・・・」

律「頼む唯・・・お前とむぎだけが頼りなんだ。頼む・・・」ポロポロ

唯にとって律のこんな姿を見たのは初めてだった
いつも気丈に振る舞い明るい律
その律が涙を流しながら唯に懇願した


唯「わかったよ。私ももう澪ちゃんのあんな痛々しい姿見てられないもん」

律「唯・・・!」

唯「私も協力するよ!頑張って澪ちゃんを元に戻そうよ!」

律「ああ!」

律は目に溜まっていた涙を拭うと唯に向かって満面の笑みをこぼした
律は久しぶりに心の底から笑えたような気がした

唯「りっちゃんごめんね。私達薄情者だよね・・・」

律「何が?」

唯「ほら、私もむぎちゃんも澪ちゃんがおかしくなってすぐに部活をやめたじゃない?だから・・・」

律「なんだそんなことかよ。そんなの全然気にしてないよ」

唯「私もむぎちゃんも急に澪ちゃんがおかしくなったから怖かったんだ・・・なにより、私のことを覚えていない澪ちゃんを見ていられなかった」

律「わかるよその気持ち・・・」

唯「でもりっちゃんはすごいよ。澪ちゃんがおかしくなってからも毎日音楽室の様子を見に行ってたんだもんね」

律「ついこの間、やっと音楽室に入ったばかりなんだけどな」

唯(それでもすごいよ。私だったら友だちのためにそこまでできないよ)

唯は律と澪の絆の強さを改めて思い知った

律「ところでむぎは?」

唯「むぎちゃんは軽音部を辞めた後、合唱部に入っちゃった・・・前から入りたかったんだって」

律「そういえばそんなこと言ってたな・・・あいつの邪魔をするのは悪い。とりあえず今は二人で頑張ろう」

唯「あいあいさー!」ビシ

今まで孤独な戦いを続けてきた律にとって、唯の明るさは何よりも頼りになるものだった


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