教室。

ピロリロリンリロリン
梓「あ、唯先輩からメールが来ました」

澪「なんて書いてある?」

梓「『りっちゃんは中立のようです。
  特にムギちゃんに肩入れしているわけではないと思われます』
  ……だそうですよ」

澪「ようです、とか思われます、とか、心もとないな」

梓「仕方ないですよ、
  他人の心情は、発言や表情からは
  完全に読み取れるものではありません。
  ……あ、まだ続きがあります」

澪「何?」

梓「『りっちゃんは澪ちゃんのことも疑っています。
   澪ちゃんがこっち側だと分かれば、
   私達はみんなグルだと思われてしまいます。
   だからあずにゃんだけ、音楽室に来て。
   勝負を決めよう』」

澪「勝負って……」

梓「一気に仕掛けるつもりですかね」

澪「性急すぎやしないか?
  もっと慎重に行動した方が……」

梓「……いえ、問題はないでしょう。
  ムギ先輩以外の4人の考えはもうハッキリしています。
  あとは、ムギ先輩だけですから」

澪「で、でも」

梓「唯先輩にも何か考えがあるんだと思います」

澪「……唯を信じるのか」

梓「唯先輩は私を信じると言ってくれました」

澪「そ、そうか……」

梓「……今は澪先輩のことも信じてますから。
  じゃあ、行ってきます」

澪「……うん」



音楽室前階段の踊り場。

唯「あ、来た」

梓「どうも」

律「よう、今朝はゴメンな」

梓「ああいえ、別にいいです」

唯「じゃあ、行くよ。
  音楽室にムギちゃんいるから、
  3人で一気に問い詰める」

梓「はい……」

律「うまくいくか……?
  昨日みたいに泣き出されたりしたら」

唯「その時はその時……
  失敗しても、ムギちゃんに
  味方はもういないんだから」

律「そのうちボロを出す、か」

唯「そう」


律「澪はどうするんだ?」

唯「……澪ちゃんはまた明日にでも。
  今日はとりあえず、ムギちゃんに」

律「そうだな」

梓「……」

短期決戦に打ってでたのは、
澪が仲間だと律にバレないようにするためだったのか、
と梓は悟った。
このままの状態を長く続けても、
すぐに澪のことがバレてしまっただろうから、
唯にしては賢明な判断だった。

唯「じゃあ、心の準備はいいね。
  いくよ」

律「おう」

梓「はい!」

3人は階段を上がり、
音楽室の扉を開けた。


ガチャ
唯「……」

律「……」

梓「……」

紬「どうしたの? みんな」

唯「正直に言って……
  あずにゃんをイジメたのは、
  ムギちゃんが一人でやったことなんでしょ?」

紬「な、何を……」

唯「その罪を全部澪ちゃんに被せようとしたんでしょ」

紬「ち、違うわ!
  唯ちゃんまでそんなことを言うの?
  あれは澪ちゃんに言われてやったことで……!」

唯「もう誰もムギちゃんの味方はしないよ!」

紬「!!」


唯「ね、りっちゃん」

律「お、おう」

唯「あずにゃんも」

梓「はい」

紬「…………」

唯「もちろん、ムギちゃんの言い分が本当なら、
  ムギちゃんの味方はするよ。
  でも、何もはっきりしない状態で、
  感情に流されての味方はしないから」

紬「……私のいうことが嘘だと、
  どうやって証明できるのかしら?」

唯「それはできないけど……
  とにかく、本当のことを言って」

紬「言ってるでしょう、さっっきからずっと。
  あなたたちがそれを嘘だと決めつけているだけだわ。
  証拠もなく人を疑っているだけよ。
  そんなことをして、恥ずかしくないのかしら」

唯「っ……」


梓「この物言い……どう考えても
  ムギ先輩が犯人じゃないですか……」

律「そうだぞムギ……」

唯「……」

紬「……はあ、もういいわ」

唯「?」

紬「そうよ、私よ。
  全部私がやったのよ」

梓「なっ……」

律「おいムギ、本当か?」

唯「ムギちゃん……」

紬「そうよ。私がやったの」

律「な、なんで……」

紬「あら、今度はあっさりと信じてくれるのね。
  さっきはあんなに疑っていたのに」

唯「……信じきったわけじゃないよ。
  とにかく、何でこんなことしたのか話して」

紬「試してみたかったの、みんなを」

梓「試す?」

紬「みんなの仲が乱されて、どうなるか。
  全員が疑心暗鬼に陥って、
  誰も信じることができない状態になって」

唯「……」

紬「その中で、私の味方でいてくれる人はいるのかな、って思って」

律「お前、そんなしょうもないことのために……」

紬「しょうもない?
  自分の味方を、本当の友達を探すことが?」

律「それが見つかりさえすれば、
  他の友達はどうでもいいってことかよ」

紬「友達なんてそんなものよ」



唯「……そんなことしなくても、
  私達とムギちゃんは友達だよ……」

紬「そうかしら」

唯「そうだよ……」

紬「じゃあなぜ私の味方をしてくれなかったの?」

律「それとこれとは話が別だろ」

紬「いいえ、同じよ。
  友達なら友達を最後まで擁護すべきだわ」

唯「……ムギちゃんとは友達だけど、
  澪ちゃんとも同じくらいに友達だから」

紬「だから私だけをかばうわけにはいかなかったって?」

唯「そうだよ」

紬「ふん……だからそんな友達はいらないと言っているのよ。
  他人と他人を天秤にかけて比べるような友達は」

唯「比べるだなんて……!」


紬「もういい、もういいわ。
  結局私に味方してくれる人は誰もいなかった。
  それが結論よ」

律「そうかよ」

唯「それなら澪ちゃんやあずにゃんに謝ってよ」

紬「謝る? なんでそんなことしなきゃいけないの」

律「おいムギ、お前いい加減に……あれっ」

梓「ん……なんですこれ……」

唯「頭が、くらくらする……」

律「おいムギ、これ……!!」

唯「ムギ、ちゃ……」

紬「7日間楽しかったわ。ありがとう」

唯「…………」


紬は不安だった。
自分がこの軽音部で必要とされているのか。
この軽音部に存在してもいいのか。
他の部員たちは、自分のことをどう思っているのか。

部員たちは自分を好いてくれている。
それは理解しているのだ。
しかし、それは「紬自身」を好きなわけではない。
紬がお茶菓子を出してくれるから、
紬が別荘を使わせてくれるから、
紬が楽器店で割引してくれるから、
そういった理由で紬を好いているのだ。
もし自分が金持ちではなく、
菓子も別荘も用意できなくなっても、
部員たちは今と同じように
自分に接してくれるだろうか。
琴吹紬という人間そのものを
好きになってくれるのだろうか。
そんなことを何度も考えて、
不安で枕を濡らす夜もあった。

そこで紬は確かめてみることにした。
軽音部の中に、
本当に自分のことを好きでいてくれる人がいるのかどうか。


それが水道水回しだった。
紅茶の代わりに水道水を出すという
意味の分からない行動は、
軽音部の部員たちを動揺させるのに効果的だったと思う。
特に害はない、誰も損しないことなのだが、
「意図不明で不気味」というだけで
人の精神を揺さぶることが出来るものだ。

そしてそれは実は梓への攻撃であり、
それを受けた梓は大きなショックを受けた。
梓に対するイジメだと見破ったのは澪だけだったが、
それで充分だ。
ひとつの意見で全体が支配されては
不和を起こす意味がなくなってしまうから。

さらにその罪を澪になすりつけ、
他の部員たちの信頼関係にヒビを入れた。
だがそれはうまくいかなかった。
もっとパニックになるかと思ったのに、
唯も律も予想以上に冷静だったからだ。
ここは完全に読み違いだった。

結局、唯たちは結託し、
自分が犯人であると断定してしまった。
誰も自分の味方をしてくれなかった。
誰も。
誰も。


紬は確信した。
自分は人として好かれているわけではないのだ、と。
お茶や別荘を用意するだけの
ロボットにしかすぎなかったのだ、と。

しかし悲しくはなかった。
自分が好かれていない、というのは
現時点の結果でしかないのだ。
好かれていないならば、
好かれればいいだけのこと。
これから、未来に向かって、
本当の友達としての信頼関係を
築きあげていけばいいのである。

自分のことを本当に好きでいてくれる友達。
それは不和の中で生まれる。
誰も信用できない状況下でこそ、
心の底から信頼しあえる人間関係を
作ることが出来るのだ。

自分を信じて、
自分を裏切らない、
自分の味方でいてくれる、
そんな関係が生まれるまでは、
何度でも。
やり直せばいい。


………

唯「ん……あれ」

律「……あ、澪」

澪「あれ、ここ音楽室……?」

梓「……私、何をしてたんでしたっけ」

紬「みんな、お茶にしましょう」

唯「あ、うん、そうだね」

律「お菓子お菓子~♪」

澪「お菓子食べたら、すぐ練習だからなっ」

紬「はい、どうぞ。紅茶よ」

梓「ありがとうございます」

紬「唯ちゃんは水道水でいいわよね」

唯「えっ?」


       お      わ          り





おまけ

紬「唯ちゃんは水道水でいいわよね」

唯「えっ、何いきなり」

澪「何やってんだ、ムギ」

紬「唯ちゃんにはその方が良いかなって」

律「おいおい、冗談にしちゃ笑えないぞ」

梓「そうですよ、
  バカなことしないでください」

唯「水道水なんて飲みたくないよ、
  まったくもう」

澪「ムギ、悪ふざけも大概にしとけよ」

律「そうだぞ」

紬「………………」