7日目。
昼休み、唯、律、紬の3人は昼食を摂っていた。

律「でさあ、昨日のテレビでさあ」

紬「あらあらうふふ」

唯「あーそれ私も見てたよ」もぐもぐ

律「あはは、あれ面白かったよなー」もぐもぐ

唯「うん、憂と一緒に笑い転げてた……
  あ、ちょっとごめん」
ヴーッ ヴーッ

紬「……」

唯「メール……」カパッ

律「……」

唯「! ……」カチカチ

律「……」

唯「……ちょっと憂に呼ばれたから、
  行ってくるね」

律「……おう」

唯に届いたメールの送り主は梓だった。
『話したいことがあるので、
 体育館裏まで来て欲しい』という内容だった。
澪のことも紬のことも信じきってはいない唯にとって、
この件について梓と話せることは好都合だった。
今までとはまた違った視点からの意見を
取り入れることができるからだ。
それでまた混乱してしまうことになるかもしれないが、
何も分からないままで立ち止まっているよりはマシだ。
唯は体育館裏へと向かった。

律は唯に届いたメールの内容が、
だいたい想像できていた。
今朝、律も梓からのメールを
受け取っていたからだ。
しかし律は時間がなかったため、
梓の呼び出しに応じることはできなかった。
律はそれを少し反省したが、
今こうして唯が呼び出されたことで、
自分の代わりに唯が行ってくれるならそれでいいか、
と考えた。


体育館裏。

唯「あずにゃん」

梓「あ……唯先輩。
  いきなり呼び出してすみません」

唯「ううん、いいんだよ別に。
  で、話っていうのは……」

梓「ムギ先輩の水道水についてなんですけど」

唯「ああ……それが、どうしたの?」

梓「……唯先輩は、どう思います?」

唯「最初は……びっくりしたよ。
  いきなり私の前に水道水が置かれたんだもんね。
  すごくショックだった」

梓「……はい」

唯「でも次の日になったら、
  水道水は澪ちゃんの前に行って、
  ああこれはただの遊びなんだって分かったよ」


梓「……」

唯「あずにゃんの番が飛ばされたのは、
  ムギちゃんが忘れてただけなんだって思った」

梓「……」

唯「でもそれは私の勘違いだったみたい。
  ムギちゃんはわざとあずにゃんを飛ばしたんだよ。
  あずにゃんを傷つけるために」

梓「それは誰かから聞いたことですか」

唯「ううん、でも今は、私はこうだって確信してる。
  実はあの翌日いろいろあってさ、
  全部澪ちゃんのせい、みたいな雰囲気になっちゃって」

梓「……」

唯「澪ちゃんは全部、ムギちゃんがハメたって主張してた。
  で、りっちゃんは完全にムギちゃんの味方になってる」

梓「……唯先輩は、どっちを信じるんです?」

唯「……どっちも信じられないよ。
  何もはっきりしてないんだから」

梓「そうですか」

唯「澪ちゃんもムギちゃんも信じないけど、
  あずにゃんのことは信じるよ」

梓「え……」

唯「あずにゃんはこの件で、
  何一つ嘘っぽいことは言ってないもん」

梓「ありがとう……ございます」

唯「あずにゃん、安心して。
  すぐに真相を明らかにするから。
  こんな馬鹿みたいなこと、絶対やめさせてみせるから。
  またみんなで、楽しくバンドやろ」

梓「……はい」


その時、チャイムが鳴った。
唯と梓は、それぞれの教室に戻った。

梓は今の唯の会話を反芻した。
唯の発言を言葉通りに受け取るとすれば、
澪の言っていたことは真実であるということになる。
ただし、「唯が紬の味方だ」という一点だけは違う。
これについては、澪のただの勘違いと考えていいだろう。
唯は本当は中立を保っており、
紬、澪のどちらにも味方はしていない。

しかしこれが罠で、最初から唯もみんなとグルだったら……
いや、それはないだろう。
水道水回しの初日、
梓は確かに唯のショックを受けた表情を見た。
あれは演技なんかじゃない、
唯は演技であんなつらそうな顔を出来る人ではない。
つまり唯は水道水回しのことを知らなかったのだ。
紬が唯を味方に取り込むつもりだったのなら、
事前に言っておくはずだろう。
唯をいたずらに傷つけてしまえば、
仲間になるものもならなくなってしまうからだ。

ともかく、唯が紬とグルであるという説は間違いで、
唯は中立を保っていると考えてもいいだろう。
いや、正確には完全な中立ではない。
唯は梓を信じる、と言った。
澪を信じる梓を信じたということは、
唯が澪の味方になったと同義だ。
あとは、律。


唯と澪の話によれば、
律は紬の味方になっているらしい。
最初からグルだったのか、
それとも雰囲気に流されて味方についたのかは
まだ定かではないが、
もし後者だった場合、
律をこちらに引き入れれば
紬を糾弾する体勢は整う。
前者ならば今の3vs2のままで
律と紬を糾弾すればいい。
とにかく、律の真意を確認することが最優先だ。

放課後、梓は教室で
澪に唯との会話の成果を報告した。

澪「ふうん、それなら唯はこっちの味方についたも同然だな」

梓「そうですね」

澪「こっちが3人になったのは心強いな。
  形勢逆転ってとこか」

梓「はい」

澪「これで律をこっちに引き込んでで、
  ムギを問い詰めれば……」

梓「……」


澪「どうした?」

梓「いや、今ふと思ったんですけど」

澪「なんだ」

梓「唯先輩は、完全にこっちの味方になった……
  と言ってもいいんでしょうかね」

澪「どういうこと?」

梓「確かにこっち側に傾いてくれてはいるでしょうけど、
  結局のところ唯先輩は誰の味方でもないんですよ。
  唯先輩はあくまで中立を保っていますから、
  こっちを信じてくれるだけで、
  紬先輩を糾弾するための仲間としては……」

澪「攻撃には役に立たないってことか」

梓「そうです。
  まあでもこっちが有利なのには変わりませんけど、
  過信するのも禁物ですよ」

澪「そうだな……」


梓「あ、そういえば律先輩にも話を聞こうと思ったんですが」

澪「聞けなかったのか」

梓「はい、メールで呼び出しても無視されました」

澪「そうか……ううむ」

梓「わざわざ無視する理由なんて、
  ありますかね」

澪「理由があるとすれば……
  ムギとグルだから……?」

梓「……まあ決めつけちゃうのもあれですけど」

澪「でもこれ以外には考えられないだろう」

梓「それはそうですけどね」

澪「とにかく、律がどうなのかが問題だ。
  ムギと初めからグルだったのか、
  ただ味方についてるだけなのか……
  どうやって確かめればいいだろう」

梓「……唯先輩に頼みましょう」



音楽室。
唯、律、紬はすでに集まっていた。

律「……澪のやつ、今日来るかな」

唯「さあ……」

紬「……」

唯「……!」
ヴーッ ヴーッ

紬「……」

唯「……」カパッ

律「♪~」

唯「…………
  ……りっちゃん、ちょっと」

律「ん、なんだ?」

唯「ちょっと、来て」

律「お……おう」

唯に届いたメールは言うまでもなく梓からのものだった。
『この件について、律先輩から考えを聞き出してください』
という内容であった。
唯はこの依頼を受け入れた。
律の考えは唯自身も知りたかったからだ。
そして唯は音楽室から律を連れ出した。

唯「……」

律「どしたんだよ、いきなり」

唯「最近の軽音部についてなんだけど」

律「なんだ、やっぱそれか」

唯「うん……水道水回しから始まって、
  みんな喧嘩になっちゃって……
  りっちゃんはどう思う?」

律「どう思う、っつったってなあ。
  そりゃあみんなが仲直りするに越したことはないけど、
  そのためには澪とムギの言い分の
  どっちが正しいのかをはっきりさせなきゃなあ」

唯「……」

律「難しいよなあ」

唯「……りっちゃんは、どっちが正しいと思う?」

律「うーん……澪のことは信じたいけど。
  どっちなんだろうなあ」

唯「昨日はムギちゃんの方に付いてなかった?」

律「あれはムギが泣き出したからだよ」

唯「あ……そう」

唯はいける、と思った。
おそらく律も、自分と同じく中立だ。
紬とグルだとか仲間だとかいう説は、
きっと澪の思い込みだったのだろう。
いや、もう律の考えなど関係ない。
中立であると分かった以上、
どうにかして律をこっちに引き込まねばならない。
そうすれば紬に対して4vs1の状況を作ることができ、
紬も何か行動を起こさざるを得なくなるだろう。
多少強引だが、紬の真意を確認するためには
これくらいしないと埒があかない。

唯「実はお昼にさ、あずにゃんに呼び出されて」

律「ああ、やっぱあれはそうだったのか」

唯「気付いてたの?」

律「うん、実は今朝、梓にメールで呼び出されたんだ。
  気付いたのが始業直前だったから、
  無視する形になっちゃったけど」

唯「そうなんだ」

律「……梓は、イジメられてた、んだよな」

唯「うん」

律「それをやったのは、ムギか、澪」

唯「……うん」

律「絶対許さない……
  可愛い後輩を、ヒドイ目にあわせやがって……!」

唯「!……
  りっちゃん、協力して犯人を突き止めよう」

律「おう!」


唯は安心した。
律をこちら側に引き込むことができたからだ。
しかし同時に問題が発生した。
こちらには、澪がいるのだ。
律はまだ澪を疑う立場にいる。
唯の味方に澪がいると分かれば、
唯も梓も澪とグルだったと見なされてしまうだろう。
こうなってしまっては意味がない。
今までやってきたことが水の泡になり、
さらに疑いが生まれ、部内での対立は深まるだろう。
とりあえず澪がこっちの仲間であることは秘密にしよう、
と唯は思った。

律は奮起した。
後輩を、梓をいじめた犯人を突き止めるために。
犯人は間違いなく澪か紬だ。
しかしどちらを信じきることも、
心の底から疑ってかかることもできなかった。
一人でははどうしようもできなかったが、
今、唯が自分の味方になってくれた。
唯と一緒に犯人を突き止められるかは分からないが、
少なくとも一人きりで悩むよりはいくらか心強い。
それに、おそらく梓もこちら側の味方についてくれている。
3vs1vs1の構図だ。
澪も紬も孤立している。
もう放っておいても、どちらかがそのうちボロを出すかも知れない。


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