唯「それで、ムギちゃんが誰かに言われて
  水道水を出してたって言うんなら、
  それもちゃんと説明してもらおうよ。
  なんで命令されてたのか、
  なんの目的でやってたのか……」

澪「そうだな……
  とにかく全てをはっきりさせなきゃ、
  無駄に仲間を疑うだけだもんな……」

唯「うん、そうだよ」

澪「ああ、分かったよ、唯」

そうしているうちに、
律と紬がやってきた。
梓は来なかった。

そして、ティータイムが始まった。


紬「はい、どうぞ」

唯「あ……うん」

紬「どうぞ」

澪「……? うん」

紬「どうぞ」

律「サンキュー」

紬「じゃあ、いただきましょうか」

唯「え」

澪「う、うん」

律「……おう」

紬「♪」


この日、水道水は出されなかった。

唯は迷った。
今日このタイミングで水道水を出すのをやめられると、
紬に対してやめるように言えなくなってしまう。
いや、やめてもらえるのなら、
それはそれで構わないのだが、
なぜこんなことをしていたのか、
何のためにやっていかのか、
ということまでも聞けなくなる。
今聞けないこともないが、
わざわざやめてもらえたのに
今さら蒸し返すこともないだろうか?
聞くべきか聞くまいか、
唯は悩んだ。
どうにも唯は、
この手の空気を読むことが苦手だった。

澪は梓犯人説を完全に否定できなくなった。
梓が不在のこの日、
紬は水道水を出さなかったからだ。
しかし梓への疑いが増していくと同時に、
紬への疑いもまた増していくのだった。
紬が梓を犯人に仕立て上げようとしている?
でも、なんのために?


そう、「なんのために」。
それが一番の問題だった。
梓が命令したにしろ、
紬が一人でやったことにしろ、
「理由は何か」と問われれば
答えに詰まってしまうのだ。

紅茶の代わりに水道水を順番に回していく。
この行為には、
果たしてどんな意味が込められているのか。
それが分からない。
どれだけ考えても、考えても、
さっぱり理解出来ない。

今のところ、
紬が梓をいじめるため、
というのが最も納得できる理由だ。
梓に命令された、と言ったのも
おそらく梓を陥れるためのものだろう。
しかしこんな短絡的な結論に達して良いのだろうか。
まだ何か裏がある気がする。
澪にはそう思えてならなかった。

軽音部の部員たちは、
疑心暗鬼の渦に飲み込まれていた。

律を除いて。

律「なあムギ、水道水出すのやめたの?」

唯「!!!」

澪「!?」

紬「ええ、今日は」

律「ふーん。ていうか何で
  水道水なんか出してたんだ?
  面白かったから良いけどさあ」

紬「……」

律「だんまりかよー。
  そうだ、澪が命令してたんだろ?
  いいかげん何でやってたのか白状しろよ」

澪「はっ?」

律「はっ、って……
  え、澪がムギに水道水を出すよう言ってたんだろ」

澪「ち、違うよ、なんで私がそんな」

律「え、だってムギが……
  なあムギ」

紬「もう、言わないでって言ったでしょ、
  りっちゃんったら」

澪「えっ……ちょっとまてよ。
  私は何も言ってない、命令なんてしてないぞ!
  ムギ、いい加減なことを言うな!」

紬「ごまかすのはやめて、澪ちゃん。
  澪ちゃんが私に命令したんじゃない」

澪「んなわけないだろ、
  なんの理由で、私がこんな、
  わけのわかんないことを……!」

唯「そ、そうだよムギちゃん……
  澪ちゃんがやったって言うなら、
  理由を教えてよ……」

紬「……梓ちゃんを、いじめるため」

唯「!」

澪「お、お前……!」


紬「……私は脅されてたの。
  それで、梓ちゃんをいじめるように言われて……
  水道水も澪ちゃんが考えたの。
  まずは唯ちゃんを犠牲にし、
  唯ちゃんに対するイジメなのだと梓ちゃんに印象付ける。
  しかし水道水を順番に回していくことで、
  これがただの遊びであるのだと思わせ、
  そして自分に水道水が回ってくることを期待させる。
  ここがミソだ。
  そう、『期待』してしま以下略」

律「そ、そんな凝ったイジメを……
  おい澪……」

澪「私じゃない!
  おいムギ、でたらめを言うんじゃない!!」

紬「でたらめなんかじゃないわ、
  全部澪ちゃんが言ったことじゃない」

澪「そんなわけないだろ!
  おい、唯……、……」

唯「……」



唯に助けを求めようとして、澪はハッとした。
さっき、澪は梓が犯人であると
唯に対して主張してしまっていたのだ。
今、唯はそのことについてどう思っているか。
言うまでもなく、
澪が梓に罪を擦り付けていたようにしか見えなかったろう。
はめられた。
すべては紬の策略だった。
本当の犯人は梓なんかじゃなく、
紬だったのだ。
軽音部の部員は、
紬の手のひらの上で踊らされていたのだった。
しかし、それに気がついたときは手遅れだった。
律にも唯にも疑われ、
澪はもう、八方塞がりだったのだ。

唯は冷静だった。
自分でも意外だった。
こんなとき、自分は真っ先に取り乱す方だと思っていた。
しかし、不思議と心は落ち着いていた。
落ち着いて、現状の把握に努めた。
澪は梓が犯人だと紬から聞いた。
紬は澪が犯人だと唯と律に言った。
今、澪は犯人扱いされている。
これはどういうことか、
澪が嘘をついているのか、
それとも紬が?


律「澪、そんな意地はらなくても……
  別に怒ってるわけじゃないんだからさあ。
  素直になってくれれば良いだけだから」

澪「わ、私じゃないっ!
  ムギが、ムギがハメようとしてるんだ、私を!
  梓をいじめたのも全部ムギの一存だ!
  それを全部私になすりつけて!
  私じゃない!」

律「お、落ち着けって……」

澪「わ、私じゃないっ……ぞ……ひぐっ」

律「分かった、分かったから」

紬「ふざけないで!」

唯「!」

澪「!?」

紬「罪をなすりつけようとしてるのは澪ちゃんの方じゃない……!
  澪ちゃんが全部私にやらせたくせに……
  直接手を下すのは私で、澪ちゃんは見てるだけで……
  私がどれだけつらかったか……!」

澪「なっ……バカなこと言うな!
  そっちが……!!」

紬「酷い、酷すぎるわ……澪ちゃん……
  ううっ……うああああああっ……」

律「む、ムギ……」

紬「うううええぅ……りっちゃあん……」

律「よしよし……」ちらり

澪「っ……!!
  もういい、今日は帰る!!」

鳴き始めた紬の背中をさする律。
その律に非難の混じった視線を向けられた澪は、
耐えられなくなって音楽室を飛び出した。

ムギが泣き止んだ後、今日の部活は解散となった。


少し時間は戻る。
音楽室から飛び出した澪は、
昇降口で梓と出会っていた。

澪「あ、梓……」

梓「!! ……」ささっ

澪「ま、待ってくれ梓!
  私は梓をいじめてなんかない!」

梓「……な、何を」

澪「というか私も被害者だ。
  全部ムギが企んだことだったんだよ」

梓「そ、そんなの……信じられません」

澪「梓……」

梓「みんなで私を仲間はずれにして、
  面白がってたんでしょ……
  あの水道水で……」

澪「ち、違うよ、だからそれはムギが……」

梓「どうやって澪先輩のことを信じろって言うんです?」

澪「そ、それは……
  ……・」

梓「説明できないじゃないですか」

澪「わ、わかった……
  じゃあもう信じてくれなくて良い、
  とにかく私の話を聞いてくれ」

梓「……はい」

澪「あの水道水回しは、
  間違いなく梓をいじめるためのものだった」

梓「……」

澪「そしてその首謀者はムギだ。
  他にも仲間がいるかも知れないけど、
  ムギが首謀者なのは確実だ」

梓「どうしてそんなことを言い切れるんですか」

澪「唯と律、そして私はムギに聞いたんだ、
  なんで水道水回しをやってるのか、ってな。
  そしてムギは、唯と律に対しては『澪に命じられた』、
  私に対しては『梓に命じられた』と答えたんだ」

梓「私、そんなこと命令してません!」

澪「分かってるよ、それくらい。
  そして、ムギは梓イジメの罪を
  全部私になすりつけようとしたんだ。
  私はまんまとハメられてしまった」

梓「……」

澪「どう考えてもムギが主犯だ。
  問題は、律や唯もグルなのか……」

梓「……」

澪「……無理に信じようとしなくて良いから」

梓「信じはしませんけど……
  あ、いえ、いいです。信じます」

澪「え」

梓「もう失うものは何もありませんから」

梓は部室に行けなかった。
あれほどまでにはっきりとした拒絶を
他人から受けたのは梓にとって初めてだった。
昨夜は食事もまともに食べられず、
ベッドの中で何時間も泣いた。
水道水回しは梓の精神を深く傷つけたのだ。

今日学校に行くことさえも躊躇われたが、
何も事情を知らない親に怒られて
重い気分のままで登校した。
さいわい放課後まで軽音部員と会うことはなかった。
そして問題の部活だ。
梓は軽音部を辞めてしまおうと思った。
ただの逃げなのかも知れないが、
信じた人たちから悪意を向けられるのは、
梓にとって耐えられないことだったから。

梓は部室には行かずに帰ることにした。
そこで澪と出会ったのだ。
自分を拒む先輩の一人、澪。
澪の顔を見た瞬間、梓の体に鳥肌が立ち、
脚が勝手に逃げることを選んだ。


しかし澪に呼び止められ、
澪は「信じなくて良いから」と前置きして話し始めた。
それが真実かどうかは分からなかった。
いや、それが真実かどうかなんて、どうでもよかった。
自分が軽音部から拒絶されているには
変わらないのだから。

だが梓は澪の話を信じることにした。
何も信じられないと割り切った上でなら、
むしろ信じられないことを信じてみるのも
別に悪くはないだろう。
心から相手を信頼するのではなく、
一歩引いたところで斜に構えていれば、
傷つけられることもあるまい。
それに、どうせ辞める部活だ。
自分が拒絶されている以上、
先輩たちとの人間関係において、
もう何も失うものはないのだ。
また自分が痛い目を見るようなことになりそうなら、
その時点で縁を切ればいいだけのこと。
それに、自分がイジメられた理由も、
知っておきたかった。

梓は澪に協力することにした。


梓「で、これからどうするんです?」

澪「うーん……
  まずは唯と律がムギとグルなのか確かめないとな」

梓「はあ」

澪「グルじゃなかったとしても、
  2人はムギの味方だろうけど」

梓「どういうことです?」

澪「さっきも言っただろ、ハメられたんだ。
  律と唯の中では、梓をいじめた犯人は
  私だってことになってると思う」

梓「つまり律先輩と唯先輩は、
  澪先輩と敵対状態にあるわけですか」

澪「そういうことになるな」

梓「じゃあ、澪先輩が2人に直接確かめるのは難しいでしょうね」

澪「そうだな」

梓「私がやりますよ」


澪「え……いいのか?」

梓「はい」

澪「で、でも」

梓「いいんですよ。
  言ったでしょ、澪先輩を信じるって」

澪「あ……ありがとう、梓」

梓「いえ」

澪「とにかく、こんなことは絶対やめさせよう。
  みんなが疑いあって、つらい思いをするだけだ」

梓「はい。
  とりあえず明日にでも、
  唯先輩か律先輩に話を聞いてみます」

澪「うん、頼むよ」


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