澪は唯の言葉を聞いて、
自分の考えを見直してみた。

勝手にイジメだと決めつけていたが、
紬がただ梓の番を忘れていただけなのかも知れない。
もしそうならば、水道水回しとは
梓に対するイジメではなく、
ただの紬のいたずらだということになり、
部のみんなが梓イジメに加担しているという疑惑も消え去る。

しかしこれはあくまで仮説に過ぎない。
紬の真意がはっきりしない以上、
簡単に結論を出してしまうのは危険であろう。
まずは紬がなぜ水道水回しを始めたかを
突き止めねばなるまい。
唯が「明日紬に尋ねる」と言っていたので、
その答えを聞けば分かるだろう。

まあそれはともかくとして、
澪は、少なくとも唯はイジメに
加担していないと感じていた。
100%唯のことを信じているわけではないが、
どうもこの唯が誰かに敵意をもつということは
澪には考えられなかった。



6日目。
朝の教室。

ガラッ
唯「おはよー」

律「おーっす」

唯「ムギちゃんまだ来てない?」

律「そのうち来るだろ」

ガラッ
紬「……」

唯「あ、おはよう、ムギちゃん」

律「おっす」

紬「あら、おはよう。
  ……」

唯「……」

紬「どうしたの、唯ちゃん」

唯「ん、えーっと……
  ムギちゃんさあ、最近お茶のときに、
  水道水、出すよね。あれなんで?」

律「あー、それ私も気になってたー」

紬「な、何で、って……それは……」

律「勿体ぶらずに教えろよー、
  なんか理由があってあんなことやったんだろ?」

唯「りっちゃん、興味津々だね。
  部活の時はスルーしてたのに」

律「いやあ、部活の時は
  なんか言い出しにくい空気だったからさあ。
  で、どうなんだ、ムギ」

紬「い、言えないわよ」

唯「えー、言ってよー」


紬「……」

律「誰かに口止めされてるとか?」


紬「……」

律「誰かに口止めされてるとか?」

紬「……」

唯「誰にも言わないから言ってよーねーねー」

紬「でも……」

律「言ってくれ、頼む」

唯「気になって夜も眠れないよ」

紬「う、うん……じゃあ、言うわ」

唯「うんうん」

紬「実はね」

律「うん」

紬「澪ちゃんにやれって言われてたの」

唯「へ」


それから紬は「誰にも言わないで」と念を押した後、
何を聞いても答えなくなってしまった。

唯には信じられなかった。
なぜ澪がそんなことを?
どうして楽しいティータイムに、
文字通り水をさすようなことをするのか……
とそこまで考えて、
唯はある仮説に行き当たった。
澪はティータイムをやめさせようとしているのではないか。
ティータイムをなくして練習に集中するために、
こんなことをしてティータイムをする気を
削ごうとしているのではないだろうか。
でも何故こんな回りくどいことをしなければならない。
こんなことをする必要が、どこにある。
そもそもこれは、真実なのだろうか。
疑惑の念は、澪だけでなく、紬にも向けられた。

律はさほど驚かなかった。
まあ紬自身からこんなことをやり始めるはずはないし、
誰かから強制されてのことだろう……と考えていた。
とすれば、後は誰がやったかは簡単に想像が付く。
律は水道水回しを楽しんでいたし、
特に自分にデメリットはないので、
まあ面白ければ良いか、と考えていた。

唯はその日、一日中いやな気分で過ごした。
そして放課後、澪に真意を確かめるべく、
音楽室へと向かった。


一方、澪のクラス。

和「ごめん澪、昼休みは生徒会があって……
  お昼ごはん一緒に食べられないのよ」

澪「あ、そうなんだ……」

クラスメイト「ざわざわざわざわ」

澪「……」

クラスメイト「ざわざわざわざわ」

澪「……」

クラスメイト「ざわざわざわざわ」

澪「食堂行こ」

澪「……」

澪「……」

澪「……」



食堂。

紬「あら」

澪「あ、ムギ。
  珍しいな、学食にいるなんて」

紬「飲み物を買おうと思って」

澪「ふうん……、……」

紬「どうしたの?」

澪「あ、いや……
  ……ちょっと、いいか?」

紬「なに?」

澪「その、部活でのことなんだけどさあ。
  お茶の時間に、水道水出してるけど、
  あれ、なんなのかなーって思って」

紬「……」


澪「なんか、理由があって……」

紬「……」

澪「やってんの……」

紬「……」

澪「かなー……と」

紬「……私だって……
  やりたくてやっているわけじゃないわ」

澪「えっ……
  それはどういう」

紬「……」

澪「誰かにやらされてるのか?」

紬「……」こくん

澪「……だ、誰に……?」

紬「梓ちゃん」

それから紬は「誰にも言わないで」と念を押した後、
何を聞いても答えなくなってしまった。


澪はもうワケが分からなかった。
水道水回しはてっきり梓に対する
遠まわしなイジメだとばかり思っていた。
しかし唯の話を聞いて、
これは紬のイタズラにしかすぎず、
梓が飛ばされたのは
ただ紬が忘れていただけなのではないか、
という仮説も生まれた。
しかし今、紬の口からはっきりと
「梓に命令された」という言葉が出てきた。
なぜ梓が、こんな意味不明なことをさせるのだ。
何か意味があって、やっているのか。
なんのために、なにを考えて?
だが梓が主犯だとすれば、
納得できることがひとつだけある。
梓が飛ばされた理由だ。
梓はいじめられたのでも
忘れられたのでもなく、
自分が首謀者だから、
紬に自身の番を飛ばさせたのだ。
4人の先輩が水道水をすすっているのを見て、
心の中ではニヤニヤと笑っていたのだろう。
いや、こんなことを考えてはいけない、
可愛い後輩のことを悪く思ってはいけない、
澪は必死に自分自身にそう言い聞かせたが、
想像に浮かんだ梓の「裏の顔」が消えることはなかった。


放課後、音楽室。

ガチャ
唯「……やあ」

澪「おう」

唯「澪ちゃんだけ?」

澪「うん」

唯「あ、そう……」

澪「……」

唯「……」

澪「……ムギに聞いた?」

唯「えっ……な、何を?」

澪「昨日言ってただろ、
  お茶の時間に水道水出す理由を聞くって」

唯「あ、うん……そ、そうだったね」


澪「私、昼休みにムギに会ってさ。聞いたんだ」

唯「えっ?」

澪「梓があれをやるように命令してたんだって」

唯「はっ?」

澪「信じられない気持ちは分かるよ、
  私だって完全に信じたわけじゃない」

唯「……」

澪「でもムギは確かにそう言ったんだ。
  この発言が本当のことかはどうか分からないけど……
  こういうのもなんだけど、
  ムギってちょっとワケ分かんないとこあるよな」

唯「え……そ、そだね……」

澪「ほんとに梓なのかなあ。
  唯はどう思う?」

唯「う、うーん……
  決めつけちゃうのもアレだと思うよ……」

澪「まあそれはそうだけどさ」


唯は混乱した。
今朝、紬は澪が命令犯だと言った。
しかし澪によると、
紬は梓に命じられてやっているらしい。
何が嘘で、何が真実なのか。
紬の言うことがすべて真実とも限らないし、
澪の発言もまた然り……
理論的にはそう理解しているものの、
人間の感情とは不思議なもので。
澪の方から積極的に
「梓が命令犯」という話をふられたことが、
唯にとっては澪が自分の罪を
梓になすりつけているように見えてしまうのだった。
だがそれすらも完全に信じきっているわけではない。
では、本当に梓が命令犯なのか?
澪は?
紬は怪しくないのか……?
軽音部の中の誰かが命令犯だとして、
なんのためにこんなことをさせているのか?
考えても考えても頭がこんがらがるばかりだった。

唯は、
紬から「澪が命令犯」と聞いたことは
黙っておくことにした。


唯「……」

澪「ムギの言うことも、
  手放しには信用できないしなあ」

唯「……」

澪「梓が犯人ってのも、あり得る気がするんだよな」

唯「……」

澪「なあ、唯は……」

唯「もうやめてよ!」

澪「!?」

唯「友達同士で疑い合うなんて、良くないよ……」

澪「あ……そ、そうだな、ごめん」


唯「ムギちゃんにはっきり言おうよ、
  水道水出すのはもうやめて、ってさ。
  これがすべての元凶でしょ?」

澪「まあ確かにそうだけど」


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