放課後のこと。
生徒がみな帰り、また部活に向かう時間。
私はあのトイレにいる。そう…唯のお願いは、ここで近くで感じたい、というもので。
私は今、トイレの個室にいる。
しばらくして、唯も来た。私のすぐとなりのトイレに入った。
「…天使ちゃん、いる?」
「…うん、唯」
「…天使ちゃん……」
「…ごめん、ね……本当に、ごめ、ねぇ…」
「泣かないでよぉ…私、泣かないって決めてきたのに…」
「…ぐすっ、ごめん。…じゃあ、最後のお客様…」
「…はいっ」
「今日はね…私も、唯と一緒に感じるから」
「え?どういう…」
「唯にも私にも力を使う。全力で、多分最後の力になると思う」
「…そっか…。ありがとう。天使ちゃんと一緒に感じられて、嬉しいよ」
仕切り越しに会話する。唯は多分こっちを向いていて、私も唯の方を向いている。
仕切りはトイレによくある壁で、上は繋がっている。
下もわずかながら、隙間が開いている。
私はイメージを始める。
唯の柔らかな身体を想像する。そして、私自身を想像する。
天使と唯が、一糸纏わぬ姿で向かい合う。
私は唯にキスをした。
「ん……」
「あっ……んん…っ」
舌をねじ込む。甘い唾液が交換される。
「ん、んむ…」
「はっ、すごい…天使ちゃん、キスしてる…んっ…」
「ぷはっ、唯…唇に届いてる?」
「ん…気持ちいいよ…」
私の右手が、唯の髪にふれる。艶やかな髪。
左手は唯の胸にふれ、ゆっくり、優しく揉みしだく。
「あっ……」
「…唯…」
「…天使ちゃぁん……っ」
感触はない。ただ、イメージするだけだった。
だけど……次第に、手に唯の胸の柔らかさが伝わってくるのがわかった。
なんで…?
…今、私は壁に背中をつけている。
もしかして…唯も。
理屈はわからない。でも、繋がっている。感覚が、どんどん冴えてきている。
私は唯の胸の先に口づける。
「ひゃぁ…っ!」
「ごめん…痛い?」
「ちが…っ、やばい、気持ちいいよ…っ」
唯の乳首は堅くて、舌で転がしていじり回す。
「…あぁん…、ああ…」
「…唯…」
「てんし、ちゃん…んっ」
唯が甘い声をあげる。じかに、耳に響く。
「…天使ちゃん…」
私の指が唯の下腹部、そして秘所にふれる。
「んんっ…」
「…もう、こんなに濡れてる…」
「…だってぇ…き、気持ちよすぎるよぉ…」
私の親指が唯の陰核にふれた。
「あああっ…!」
人差し指と中指が、びしょ濡れの唯の中に入っていく。
「あああっ……」
「唯……唯…」
「いいよう、いいよぉ……っ」
「あああ…イっちゃう…っ」
「イって、唯…」
「う、うん…っ、あっ……あああっ」
唯が大きく跳ねた。
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
「…唯……」
「てんし、ちゃん…」
「ね、唯…聞いて。数学教師と2人で闘ったときのこと、覚えてる?」
「…え?う、うん…」
「私ね…やつに会うの怖かった。何かされちゃうと思うと、怖かった」
「…誰だって怖いよ」
「でも…唯は違ったね」
「え…?」
「唯は、自分からあんな案を言い出した。唯は…妹に扮して、私の身代わりになった」
「あれは…天使ちゃんが守ってくれるって信じてたから」
「…凄く、嬉しかった…本当に…」
「……天使ちゃん。私も、天使ちゃんに言わなきゃならないことがあるんだ」
「…なぁに?」
「…天使ちゃんは親友だよ。でもね…私ね、いつからか…」
――恋していたんだよ。天使ちゃんに。
「唯……」
「今まで、本当にありがとうね…こんなに幸せな気持ち、初めてだったよ…」
「……ゆい…」
「親友で、大好きな天使ちゃん。ありがとう…」
下の隙間から、手をつないだ。繋ぐといっても、指が軽く触れるだけ。
でも頭の中には、手をつないだ姿があった。
「最後…2人で、気持ちよくなろう」
「…うん…」
そう。ついに、最後の力。自分用にとっておいた力だ。
私の場所を、唯の場所に触れさせる。
甘い唇が、互いに重なり合う。
「ああっ…」
互いに触れあうなら、唯も私も感覚を得られる。
「…ひゃ…あっ」
触れ合った唯の指に、力が入る。
私のにも力がこもる。
もっと、唯を感じたいよ。もっと、もっと…唯と繋がってみたいよ。
「はっ、はっ、はっ…」
「はぁ、はっ…あっ…」
腰が動く。ギシギシと壁が響く。
「ゆい…ゆい…っ」
「て、てんし…ちゃんっ」
「も、だめ…いやぁ、イきたくない…」
「イっちゃやだよぉ…っ、ああっ…」
「やだぁ…やだぁっ、あああああああ…っっっ」
「イっちゃ…ああっ……んんんんっっ」
こうして、私の最後の力は失われたのだった。
「…天使ちゃん。気持ちよかった」
「私も、すごくよかった」
「天使ちゃん…もう、会えないんだね」
「…うん。でも、私はすぐそばにいるよ」
「天使ちゃん…今まで楽しかった。思えば変な関係だったね」
「そうだね……最初はただのお客様だったね」
「実はうちの高校だったなんて、ね!」
「不思議な運命、だったね」
「……ありがとう。じゃあ、私、行くね!」
「…唯…!」
「ばいばい、天使ちゃん」
ドアが開いて、唯が去る音がした。
「ゆい!!」
私の叫び声は、虚しく響いた。
「ゆい…ゆい…っ」
私は泣いた。泣いて、泣いて、むせび泣いた。
思えば本当に奇妙な関係だった。本当に、大親友だった。
…本当に、大好きだった。
唯。
…いや、お姉ちゃん。
今、私は携帯電話の電話帳を開いている。
もちろん、例の店の携帯だ。
電話帳にあった会員を一つずつ消していった。
一人ずつ。本当に、ありがとう。楽しかったよ。
最初はお金目的で始めたけど、いつしかそんなのどうでもよくなっていった電話クラブ。
最初は私の声に興奮していたけど、いつしか性サービス抜きでお話をしに来てくれたみんな。
全員が消された。
最後はヤ行。
唯にカーソルを合わせて。
「ばいばい、唯…」
―――削除した。
後日、携帯電話は解約した。
夢のような時間だった。貴重な、時間だった。人の優しさを知れる時間だった。
事実上、電話の天使は消えていった。
都市伝説が、新しく流行っている。なにやら天使が昇天したとかなんとか。
私の日常はいつも通りに戻った。力に目覚める前の状態。
「うい、今日のお弁当はー?」
「ハンバーグだよ、お姉ちゃん」
「ハンバーグ…か…」
「……やだった?」
「…ううん。違うの」
―――大切な友達と初めて身近になった日のおかずだったんだよ。
そう、お姉ちゃんは言った。
おしまい
最終更新:2011年04月26日 18:00