――――――――、

『ありがとー!!……さっ、これで放課後ティーブレイクの演奏は終わりなんですが』

えぇー、と体育館が揺れる。

どうやら私達の出番が近いらしい。

「けど、よく唯文化祭の衣裳入ったな」

「えへへ~、可愛いからとっといたんだぁ」

と、懐かしき浴衣ドレスを身に纏った唯がくるり、と回る。

ムギのは当時の衣裳をさわちゃんが手直ししてくれた。

私は残念ながらスーツだ。

まぁ、先生オーラを出すにはこれが一番だからな。

という言い訳でさわちゃんが忙しくて準備できなかったんだよなぁ。

『実は、今日は私達よりスペシャルなゲストがいるんです!皆さんが知ってるあの人も!』

ざわ、ざわと生徒達にざわめきが走る。

知ってる人、ねぇ。


『では登場していただきますです!先輩方ー!!』

「よし、行くぞ!」

と、唯を先頭に私達はステージへと出ていった。

会場は騒めき、私が出てきたことでその騒めきも最高点に達する。

うわ、なんだかはずかしいぞこれ……先生方も見てるし。

そして、澪を見る……。

ん、思考が停止してるみたいだ。

と、眺めていると唯がマイクを取る。

『けいおん部OB、放課後ティータイムですー!皆さん、元気ですかー?』

元気でーす、やら、あれりっちゃん先生じゃない?とか聞こえるな……はずい。

『さっそくだけどメンバー紹介いくよー!私、ギターこと平沢唯です、よろしくー!……そしてキーボード、ことぶき紬!さっきまで演奏してくれていたギター、中野梓!』

そしてー!
と、唯が私に注目を浴びせようとする。

『皆ご存知桜ヶ丘高校教師、ドラムの田井中律だぁぁぁ!!』

一気に沸き上がる体育館。

りっちゃんー、りっちゃん先生ーと黄色い声がちらほらとこだまする。

いやー私の人気も捨てたものじゃないな、やっぱりあれか?前髪おろしてるからかな?

『最後に……私達は今日、そのメンバーに会うために今日あつまりました。ベース、秋山澪ッ!』

唯がズバッ、と澪を指差し、皆の視線が澪に思い切り突き刺さった。

『澪ちゃん久しぶり~、私は元気だよ~』

何普通に話してんだよ、唯!
私は後ろでドラムを鳴らす。
あっ、そういえばマイク近くにあったような……あっ、コレコレと私はドラムの音を拾うマイクを取り外す。

『澪、みんなおまえのために集まったサプライズゲストだ。今日はお前の為に演奏する。そして次は……一緒に演奏しような。みんなお前のことが大好きだから待ってるよ、澪』

私は、彼女の目から涙が零れるのを見た。
澪は昔から泣き虫だからなぁ。

と、私はムギや梓、唯と顔を見合わせ、笑い合った。
やっぱり、来てよかった!集まってよかった!

『さぁ、じゃあ最初の一曲目、カレーのちライスいくよ~』


「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」

なんだか聞きなれた声と共に体育館の扉が開く。
ん、と目を凝らすとそこには、
あっ、えーと……名前なんだっけなぁ。


「ベース代理、鈴木純!とうちゃぁぁぁく!!」

「あっ、鈴木純だ思い出した。あのジャズ研にいた」

「そうですよ、律先輩。今はラジオのパーソナリティーやってるみたいです」

そういえばよくこの声のラジオを聞いていたような気がするが結局最後まで聞かないから誰だか分かんなかったし。

そっかー、だからラジオで放課後ティーブレイクの曲流していた訳か。

……みんな色々頑張ってるんだなぁ。

「澪先輩ッ!あとは私に任せてください」

「あ、ああ……えっと確かジャズ研の」

「そうです!今話題の人気パーソナリティー、鈴木純!みんな、ラジオ聞きながら勉強してるかぁ!!」

おー!!と異様に盛り上がる体育館。いやー、若いテンションって凄いなぁ。

私達もそんなもんだったか。

と、澪に握手した後にどたどたとステージへ上がってゆく。

「お待たせ、梓!先輩方!遅れてすみませんでした」

「純、まさか今まで生放送してたの…?」

「いやー、実は抜け出してきちゃってさ、というのは嘘で今日は録音してきただけだったから」

と、ベースを取り出しながらニコニコ笑う純ちゃん。
この子は梓の事が本当に好きなんだろうな。だからこうやって仕事があっても急いで駆け付けてくれる。
息を切らせて、額に汗浮かべて。

ありがとう、と私は心の中で呟く。

……さて、じゃあ本番と行きますか!

スティックを振りかぶる。こうやってリズム取ることが出来るのもみんなのおかげだ。

息を吸う。酸素が体中に行き渡るように。

皆に気持ちが伝わるように。
そして澪に。

「いくぞー!ワン、ツー、ワンツースリーフォー!!」



――――――――、

『私の恋はホッチキスでしたー!いやー、ちょっと休憩ー』

と、カレー、筆ペン、ホッチキスを3曲こなし、そろそろ、というか身体がもう限界に近づいている、と水を飲みながら思う。


やっぱり日々の鍛えが足りねぇのかな。

高校時代は毎日叩いてたからだろうか、こんな疲労感は感じたことなかった。

年?さわちゃんじゃあるまいし。

唯がペットボトルを床に置き、息を吸う。

『……じゃあ次が最後の曲、ふわふわタイム!!いくよー』

がんばれ私、と乳酸が溜まった腕を振り上げる。

澪が見てるんだ、ここでヘマ出来ない。

ムギも、梓も、純ちゃんも、唯も……同じ気持ちなんだろう。

と、視線を唯に向ける。

が、

ん、あの表情……

どこかでみたことのあるような無いような、なんだろうあの顔は。
そう確かあれは……唯の声が枯れて……歌詞を忘れて!!

唯の顔が青ざめてゆく。
梓はそんなことつゆしらずギターを弾いているし。

頼む、と私は神に願う。

そして、

『君を見てると、いつもハートドキドキ』

歌声が響いた。
まるであの時のように。
凛として、澄んだ歌声が。

私達が待ち望んだ歌声が。

私は思わず、立ち上がる。
ムギも、唯も思わず手を止めた。

梓に至ってはもう涙ぐんでやがる。

皆の目線の先、そこにはさわちゃんと、マイクを持った澪の姿があった。

『おい、みんなどうしたんだ?演奏止めるなんて、そんなに私の歌が聞きたくないのか?』

いや、そうじゃない。そうじゃないんだよ、澪。

澪だって分かってるくせに。

みんな待っていたんだよ。この瞬間を。

誰も口には出さなかったけど、誰もが望んでいたんだ。

本当の、放課後ティータイムを。

『やっぱり私がいないとだめだな、唯』

『澪ちゃん……』

『あっ、なんか緊張してきたなんか勢いで歌っちゃったけどってさわ子先生もそんなにマイク向けないでください恥ずかしいー!!』

ふぅ、と定位置に座る。

まるで夢見たいで、望んでいた結果が今ここにある。

「いくぞー澪!!いつまでも恥ずかしがって、失敗しても知らないからなー!」

大声で叫び、スティックを振りかざす。

唯も笑っている。梓も、ムギも、純ちゃんも、和も、さわちゃんも。

そして私も。

「最後の曲、ふわふわタイムッ!!」

体育館が熱狂で包まれる。
澪の歌声が響く。


復活した私達の放課後ティータイムによる演奏はこうして始まり、

大熱狂の中、幕を閉じたのであった。


―――――――、

『皆さん~、こんにちは!今日もちゃんとお昼ご飯食べましたか~?パーソナリティーの純がお送りするこの時間!
どうお過ごしですか~?いやー最近私ですね、昔の仲間からライブに誘われまして!遂にギターデビューですよ!!これでバンドにヘッドハンティングされるのも時間の問題ですね!な~んて……さっ、お便り紹介します~』

純ちゃんのラジオが流れる。私はハンドルを握りながら、その放送を聞き流していた。

あれから月日が流れ、私は焦る気持ちを押さえつつ、病院へと向かっていった。

今ではライブがあったことすら懐かしく感じる。

ライブが終わるとムギはまた海外へと旅立ち、唯も、梓も、純ちゃんも自分の本当にあるべき場所へと戻っていった。

そしてそれは私も同じで、けど、すべてがまたあの日常に戻ったわけじゃない。

あの日から、私はけいおん部の部員に頼まれ、顧問となった。

もちろん、ティータイムしに行くわけではないが、私はよく音楽室で怠けている。

どうも音楽室は怠けるイメージが定着していたらしい。

生徒達の練習を見ながら、ムギが残していったティーカップで安物の紅茶を飲む。

それがすごくいい。

そういえば大掃除には唯の置いていったカエルの置物や、あの着ぐるみが倉庫にしまってあって生徒達が顔を見合わせていたっけ。

そして、あの自殺未遂の生徒がけいおん部に入った。
私達をみて、何かをしたくなったそうだ。


あの子が何か目標を見つけられることを刹那に願う。

さわちゃんからはまた先生の顔になってきたと誉められた。けど、私はまださわちゃんを超えるどころか同等にもいかないな。

そういえばいつ、結婚するんだろうか。
こればかりは永遠の謎なのかもしれない。

『はーいじゃあここで何か曲でもかけますかね!えーとそうだなぁ……えっ、何?私のギターが聞きたい?
はは、また次の機会にね。多分無いけど!そもそも私ベースだし曲にならないって!じゃあ、最近オリコンチャート一位、放課後ティータイムブレイクのアルバムから……』

ハンドルを切る。

今日も世界は病人とけが人と、そして一部の新たな命を待ちわびる人たちで溢れかえっている。
適当に駐車場に止め、私は小走りで病院へ向かう。

学校の仕事はすべて任せてきた。今日も澪が心配で授業どころじゃなかったんだ。

既に見慣れた看護婦さんに笑顔を振り向きながら名前を殴り書き、エレベーターに走る。

一階、二階、三階……開くボタンを連打し、澪の病室へと向かう。

またメロン忘れたが今日くらいは許しくれるだろう、と小走りなる身体を押さえ付けていたが、

私は澪の病室で足を止めた。

「おぅ、久しぶり」


『アイツ』が病室の前でうろうろとしていたからだ。

こいつもお父さんか。

なんかムカつく気持ちになるのは嫉妬なのだろうか。
澪に?それともアイツにか?
……その答えは理解なんてしないで捨て去った。

「……律?」

少し扉が開いた病室からか細い澪の声が聞こえる。

「……入って来いよ」

澪が私を招き入れる。なんだろう、澪の病室からは今まで感じなかった不思議な匂いがする。なんというか、本能が刺激されるような。

「旦那はいいのかよ」

私はアイツを見ながら嫌みたらしく呟く。

「……気を使ってくれてるんだよ、な」

澪の声にアイツは少し困ったような笑いを浮かべた。
……なら、そういうことならお構いなく。

私は澪の病室に入り、静かにスライド式のドアを閉めた。

「……どうだった?」

「死ぬほど痛かった」

だよなぁ、と私はゆっくり澪のベッドへと近づく。そこには今まで無かった小さな可愛いベッドが置いてあり、

澪の子供が、いやまだ赤ん坊がすやすやと、夢の中をさ迷っているようだった。

どうだい、この世に生まれた感想は?

「どうだ、可愛いだろ?」

「……ああ、攫いたいくらい」

先程から刺激されていたのは母性本能というやつか。
なんというか、このまま君だけを奪い去りたい。
あ、それは違うか。

「体調は大丈夫なのか?」

「ああ、少し疲れただけだよ」

私は前座ったのと同じだろう、パイプ椅子に腰掛ける。

「で、どうだ?母親になった感想は」

「……命って重いなぁって」


そうだな、と私はまた綺麗になったんじゃないかと恨めしく思う新米母親の顔を眺めながらあの生徒のことを考える。

あの生徒もこうやって生まれてきて、皆に祝福されて。

私達だってそうだ、生まれることはこんなにも幸せなのに、人は自ら死を選ぶ。
それを潔しというか、それとも……。

「あっ、そういえばこの子の名前、決めたのか?」

と私は近くにあったりんごを手に取り、ナイフは何処かな?とあたりを探しながら尋ねた。
り、りんごくらい剥けるやい!

「……実は前から話し合ってたんだけどさ」

ああ、とようやく見つけた果物ナイフですらすらとりんごの皮を剥く。
そりゃあ名前は大事だよな。例えば祖母から一文字もらうとか、歴史上の人物に似せるとか。
あとは唯、憂みたいに姉妹で似せるとか……はまだ早いかな。

しかし私が次の澪の発言に動揺しこの果物ナイフで思い切り指を切ってしまい、和にため息混じりで治療されるのはここだけの話だ。

最後に、

願うことなら、

私達の今が、そして未来が、平和であり続けますように。

「アイツがさ、私の名前と、律の名前から一文字もらって、元気で可憐な女の子になるようにって……って律大丈夫か!?りんご剥くなんてそんな柄にもないことするからってああ、動くな!そんな大丈夫な訳ないだろ?
今、医者呼んでやるから!……うわ、私達が騒いだから泣き出しちゃった!!はーい、はいよしよしってなんでお前まで半べそかいでるんだよまったく……今ナールコール押してやるから…あっーはいはいこのお姉さんおっちょこちょいだからねーだから泣かないでー!!」

終わり。