『律、どう……かな?』

いいんじゃないか?と親友のウェディングドレス姿に私は素直に感想を述べた。

結婚式ももう間近に迫っている。[アイツ]は今日どうしても外せない仕事があるらしく、私が変わりに身繕いに来たわけだ。
土下座までされたら行くしかないよなぁ。
仮にも一度は心が傾いた相手だし。

『けど、なんか少しボディライン出てないか?』

『そういったモンは目立ってなんぼじゃないのか』

私のように貧相なもんじゃないし、と澪の胸を眺めていたらなんだかむかむかしてきた。

半分、いや、3割でいいから分けてくれ。

『そういえば、ムギは結婚式来れるって?』

『ムギは飛んで帰ってきてくれるって。唯は音信不通、というか和に頼んでおいたから大丈夫だと思うけど』

『梓も来るって言ってたな』

やっとけいおん部が勢揃いすると思ったらまさかそれが澪の結婚式とは。

なんだか皮肉だなぁ。

私はムギあたりだと思ってたんだけど。

『……なぁ、澪』

なんだ、と澪は聞き返す。
私はその時、澪が見せた表情を忘れることはないだろう。

『……幸せにな』

『……ああ』

あの時の笑顔。あれは澪と知り合って以来、最高の笑顔だった。





『けど、お前だって幸せにならないといけないんだぞ』

えっ?
あれ、こんな展開だったけ?

『ほら、唯も梓も、ムギもそして私も、お前を待ってる』
待ってる?
いや、待ってるのは澪の結婚式であって私じゃないよな。

何か勘違いしてないか?

『そろそろ起きてやれよ。もう十分寝たろ?』




……ああ、なるほど。
そりゃそうだ。私はよいしょ、と立ち上がる。

『悪い夢だったと思ってたけど……いい夢が見れたから案外よかったのかもしれないぜ』

『……全く、早く行け』

じゃあな、夢の中の澪、と私は言うと、おもいっきり自分の頬をつねった。





「……りっちゃん~……zzz」

目が覚めてまず、聞こえたのは唯のいびきであった。
もっといい目覚まし時計はなかったんだろうか。

私は見慣れない天井の染みでも数える作業に入ろうと思ったがそうもいかないらしく、痛む身体を起こした。

右手あり、左手あり、右足あり、左足あり。

どうやら五体満足らしい。
もっとも、身体を起こせるくらいだから健康か。

「おい、唯起きろ唯!」

ゆさゆさ、と唯を擦ってみる。
こうやって会うのは澪の結婚式以来。
やっぱり顔かたちは大人になってても唯は唯だ。
根元が変わってない。

「……んあ~……憂あと5分……」

というか成長しろ。

「……お菓子食べちまうぞ~」

「お菓子ッ!?」

頭が上がる。おでこには赤く腕の後が付いていて、端から見れば間抜けそのものだな。

「あっ、りっちゃんおはよう!」
「ああ、おはよう。唯のいびきで目が覚めたぜ」

せっかくいい夢をみていたのにな。

と、唯を見ていると途端に彼女の顔が泣き顔に変わってゆく。

「ずっど目がざめないどおもっだよりっぢゃん……」

「はいはい、心配ありがとうな」

と、唯を抱き締める。


温かい。
梓はこの温かさを部活に来るたび味わっていたのか。

なんだか羨ましくなってきた。

「あっ、私みんなに連絡してくるからー」

既に泣き止んでいる唯にはいはい、と苦笑いを浮かべながら私は唯を見送る。

………、………よし。

よいしょ、とベッドから飛び降りる。

歩け……るな。

どうやら打ったのは頭だけらしい。

トラックの運転手、ナイス判断。

私は見つからないように静かに病室のドアを開け、ここがどこだか把握する。

……澪の病室に近いな。

「……先生」

見つかった!と私は声のした方を振り向くとそこには

「お前……あの時の」

飛び出した生徒が立っていた。脚に包帯が巻いてある以外は外傷もないみたいだ。
生徒はただ私の前で俯くだけで私はこれはしょうがないな、と生徒の手を引っ張った。

「少し、話すことがある」

半ば無理矢理手を引き、病室へ招き入れた。
個室なのはムギの財力かな?あとでお礼言っておかなきゃ。

私は生徒に唯が座っていた椅子を差出し、自分は今まで寝ていたベッドに腰を下ろした。

「で、なんであんな事したんだよ。私が止めなきゃ死んでたぞ」

もしくは私と一緒で悪い夢を見ていたか。

「先生は、何で私を助けたんですか?」

「何で?そりゃあ目の前で死にそうな人を助けるのに理由なんていらないだろ」

「私は死にたかったんです」

死にたかった、と私は呟く。だけど死ぬには死ぬでもっと確実性のある死に方があるのにな。
だとすると、これは、

「それは、嘘だ。お前は死ぬ気なんてさらさら無かった、までは言い過ぎかもしれないけど確実に自殺する気は無かった」

生徒が違うッ!と私を見る。
怒りの表情をじゃなく、驚いた表情でだ。

「まぁ、いいや。追及はしないよ。お前だって考えがあったんだろ、悩みがあったんだろ」

私は、彼女の頭を撫でる。ビクッ、と小動物のように震えたが、受け入れてくれたようだ。

まるで、こうやって慰められるのを待っていたかのように。

「けどさ、思い詰めたときは誰かを信頼してやれ。誰かその事を話してみるのもいいんじゃないか?親友でもいい、家族でもいい、もちろん私だっていいさ」

「……はい」

「あと、やっぱり死のうなんて考えちゃだめだぞ」

と、私は彼女のおでこに軽くデコピンを飛ばした。

「お前が死んだらみんなが悲しむよ。誰かに泣かれてから、あっ、私は愛されていたなんて思ったって遅いんだ」

ぎゅ、と抱き締める。
唯方式だな。この方が気持ちが伝わる気がした。

「……先生は、私が死んだら泣いてくれますか」

「多分、号泣だな。そして怒る。みんなだってそうさ。だからお前は独りなんかじゃない。自殺なんて悲しいこと二度としないでくれよ」

生まれてきた命を捨てる人が世の中には沢山いる。

生まれること自体が奇跡なようなものなのに、生まれてきた事が幸せなのに。

人がその事を生きている間に忘れてしまうんだよな。


「…ありがとう、先生」

彼女の方も私を抱き締めてくれる。

温かい。

生きているってことはこんなにも温かい。

お腹の中の子も、澪の温かさを感じているのかな?

なら澪の赤ちゃんは世界一幸せものだ。

私は生徒の体温を感じながら、この病棟にいる、澪の事を思い浮べた。




―――――――――、

それからの月日は流れるようだった。

私は早々に退院し、職務に戻った。
あの生徒について色々してあげたかったし、何よりバンドの話し合いを学校側としたかったからだ。

けど、なんだかさわちゃんがちゃーんと根回ししてくれているみたいで、準備自体は面白いように進んでいった。

問題は私達の方である。

ムギは当分日本にいるらしいからいいとして、私は毎日仕事があるし、梓も本職のバンドがある。
唯は……なんか憂ちゃんと自分の幼稚園で一緒に働いているらしいからまぁ、忙しそうだ。


私達の共通の練習時間があまりにもないのだ。

そして問題はもう一つ。

ベースがいないこと。

さすがに澪にやらせる訳にも行かないし。出来るならいいけど。

一応、代理を考えなくてはいけない。

憂ちゃんにでも頼むかな、と思っていると梓から、提案があった。

皆のことをよく知っている助っ人をつれてくるらしい。

……さわちゃんの知り合いじゃなきゃいいけど。


こうして、あっと言う間に月日は流れ、

終業式前日。


『ええ、澪の体調も安定しているし大丈夫よ。澪には梓のバンドが学校に来るって話してあるから』

和の明るい声が聞こえ

「そうか!よしッ!俄然やる気が出てきた!」

『院長には外出許可は取ってあるし、私も付いていくから心配しないで』

「何から何まで悪いな、和」

『何言ってるのよ。迷惑掛けるのは昔からでしょ』

そりゃそうだ、と私達は笑い合い、じゃあ明日な、と別れを告げた。


あとは明日を待つばかり……もちろん不安はある。
今夜は眠れそうもないな、と初めてのライブの時を私は思い出していた。

あの時のドキドキだもんな、心配で楽しみで不安で幸せな。

二度と味わないと思っていた感覚が蘇ってきた。

気持ちがいい。

ベッドで横になる私は朝までこの感覚を味わってもいいんじゃないかと思っていたが、


……、……。

「朝か…」

年らしい。徹夜がつらい。いつの間にか寝てしまっていた自分になんだか情けなくなったり、緊張に強くなっのかなとポジティブに考えてみたりしながら準備を進める。

スティックよし、タオルよし、水よし、やる気よし。

行ってきます、と誰もいない部屋に呟く。

もしも、私がアイツと結婚、いや付き合っていたらこの関係は逆になったのかな?と少し思い描き、馬鹿らしいと妄想を断ち切った。


―――――――。

終業式。

それ自体は厳かに進んでいる。私は皆に気が付かれないように体育館の横、ステージの脇に移動する。

「あっ、律先輩」

「おう、梓お疲れ。皆さんも今日はありがとうございます」

と、放課後ティーブレイクのメンバーに頭を下げる。
「私、夢だったんですよ。またこの体育館で演奏するの。しかもまたあのメンバーで出来るなんて」

「私だってそうさ……おっ、そろそろ」

終わりかな?と腕時計を眺める。

ちなみにこの反対側には唯達が待機している。

唯のヤツ寝てないといいけど。

『これで、終業式を終わります』

さわちゃんのアナウンスだ。
体育館の気が緩むのが分かる。

『が、今日はスペシャルゲストに来ていただいてます!紹介しましょう、我が高の卒業生、中野梓率いる放課後ティーブレイクの皆さんです!』

「さぁ、梓出番だ」

「はい、じゃあ設備お願いします」

梓達が大歓声の中、飛び出していくのを確認すると私はステージの幕を下ろす。
ちょうど梓達には幕の前に立ってもらうという約束だ。
この間に私達で楽器を準備するって寸法だ。

『こんにちはー、放課後ティーブレイクですー』

わー、と歓声が体育館にこだまする。へー、やっぱり梓やつなかなか人気あるんだな。

「じゃあ、りっちゃん準備しましょうか」

「おっ、さわちゃんいつの間に」

まぁまぁ、とさわちゃんはアンプを持ちながら笑い掛けてくれる。

「早くしないと梓ちゃん話すこと無くなっちゃうかも知れないじゃない」

「そりゃそうだ」

唯みたいに天然じゃないしなぁ、と私もドラムを運び始めた。

……、

『皆さん、私達の新曲聞いてくれましたか??』

あれから15分。そろそろネタ切れかな?
準備の方は唯達にも手伝ってもらいようやく終わった。

「じゃあさわちゃんあとはよろしく」

「ええ、りっちゃん達の演奏楽しみにしてるわ」

任せろっとピースサインを飛ばし、唯達のステージ脇へと向かう。

ゆっくりとステージが開き、

『準備も出来ました!じゃあ盛り上がっていくですーー!!』

と、梓達が各々の楽器に向かった事を確認し、私はほっ、と息を吐いた。

「りっちゃん、りっちゃん!今、和ちゃんから電話来て澪ちゃんもう体育館にいるって」

「そうか……」

どうやら唯宛てに電話があったらしい。

ほっ、と私は薄っぺらい胸を撫で下ろし、ステージ脇から体育館をみる。

……ああ、あれか。

後ろの方に車椅子に乗っている澪を見付けられた。

後ろで和が何か澪に話し掛けている。

車椅子なんか取り出してまた大げさな。

和は昔から心配性だからな。

『じゃあ一曲目、じゃじゃ馬ロックンロール!』

ジャーン、と聞きなれた音が体育館に響く。

「なんだ、梓がボーカルなのか」

「もしかしたら私達の頃もボーカルしたかったんじゃなかったのかしら」

「かもな、ムギ。まぁ、多分……」

澪に憧れたんだろうなぁ。あいつは澪をそういう羨望の眼差しで見ていたし。

私、一応部長だったんだけどー。

「そういえば助っ人はまだ?」

「ええ、まだみたい。なんか今、仕事場から急いで向かってるらしいんだけど」

なんと多忙な助っ人だこと。
私はスティックを指で弄びながら、梓達の演奏に耳を傾けていた。


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