澪の旦那は大学で私達と同じバンドを組んでいたメンバーだ。

サークルでも一際人気があった澪を守ってきた私であったが、ソイツだけはノーマークだった。

と、いうのも私がソイツに惹かれていたという事もあるが、澪の旦那、ソイツと私は何か似ていた気がする。
世界には3人同じ奴がいる、みたいな話に当てはまるくらい。

そして、大学を卒業して、ソイツは目が眩むほど一流企業に就職して……澪と結婚した。
ちなみに旦那も秋山だ。

いやー、名前が変わらないってはいいね。

「あっ、これさわちゃんから押しつけられたヤツ」

と、私はカバンからあの封筒を取り出し、手渡した。お金でも入ってるのかな?

「ん……ああ、安産のお守り」

「あのさわちゃんが安産のお守りねぇ……心中ご察しいたします」

まださわちゃん結婚してないし。
まさか教え子に結婚、妊娠と先を越されるとは思っていなかったろうに。

「……安産のお守りだって、なんかまだ信じられないな、澪がお母さんになるなんて」

「私だってまだ実感ないさ」

「あのメンバーじゃ澪が一番乗り、次を狙うは梓か?ムギか?それとも大穴の唯だったりしてな」

「律はどうなんだよ、結婚しないのか?」

あー、と私はお茶を濁す。
今の生活が忙しくて結婚なんて考える暇もない。

「まぁ、おいおいな。まだ教師初心者マークが産休とるわけにはいかないんだよ」

「……律のウェディングドレスか……ふふっ」

なんで笑うんだよ、とにやける澪に問い詰める。
私がウェディングドレス……おかしくねー……おかしいし。

「私の結婚式だって律はスーツだったじゃないか。私はドレス姿だって見たことないんだぞ」

「私は胸がスカスカだからドレスは似合わねーんだよ、誰かさんと違って」

衣裳合わせで絶望したからもうドレスは勘弁したい。
あっ、結婚式は和式にしようかなぁ。

相手いないけど。

「どうだ、先生は」

澪に尋ねられる。なんだかこう見ると大人の顔になってるよな、澪。

「あー、忙しいよ。生徒達に教えるっては大変だよ、やっぱり」

「……律、なんか大人になったな」

「ん、そうか?」

「ああ、なんか綺麗になった」

よせやい、と私は澪が笑い掛けるのに合わせたわけじゃないが口元が笑っていた。
にやけてた、が正しいな。

「嫌でも大人になっちまうんだよ、なんか生徒を見てるとたまに思うんだ。もうこういった環境には戻れないんだなぁって。もしかしたらまだ、あの高校時代に戻りたい自分がいるのかもしれないな」

「だから、教師になったんだろ」

「ああ、多分。青春時代に心惹かれるから、けど戻れないから出来るだけその青春時代に近くに居たいんだよな、私」

大人にはなってしまうけど、大人になりたくないのが今の私なのかもしれない。

楽しすぎた青春に脚を引かれているんだ、今だって。

「……もう一度バンド、組みたかったな、あのメンバーで」

「そうだな澪。みんな今、何してんのかなぁ」

結婚式にこれなかったヤツも居たからな、正直、今皆が何もしているか完璧に分かるヤツなんていないんじゃないかな。

同窓会でも開くしかないかね、これは。


―――――――

それから私達は他愛ない話を続け、病室に入ってきた看護師さんに面会時間がとっくに過ぎていることをしらされ、私は病院を追い出された。

……結婚しようかな私も。

と澪を見るたびに思ってしまう。

なんか会うたびに綺麗になってるし。

あーあ、羨ましい。

私は車に乗り込み、電源を切っていた携帯を入れる。
ん、メールが来てる。

学校からかな?とメール画面に切り替えるとそこには意外な名前があった。

『平沢唯』

消息不明第一号の彼女からのメール。

私はメールを開くことなく、電話帳から唯の番号を選んだ。

……、……、

『もしもし、りっちゃん?』

「唯!久しぶりだな!メールもらってつい電話しちまった」

『えへへ~。最近少し忙しくてやっと帰ってこれたんだー』

「そういえば唯、今なにやってるんだよ?まさか和と一緒に医者か?」

『まさかぁ~、大学は一緒だけど学科は違かったから。今は○○県で幼稚園の先生になったんだ』

「本当に幼稚園の先生になったんかい……じゃあ唯も『先生』だな」

『唯も?……あっ、そういえばりっちゃん、今高校の先生なんだっけ』

「ああ、さわちゃんと一緒にまだあの高校にいるぜ」
へぇ~、と受話器越しに唯の感心する声が聞こえる。

喋り方は少し大人びたけど声までは変わんないなぁ。

『いや~、せっかく帰ってこれたからみんなと遊びたいなぁって電話したんだけど……りっちゃん忙しい?』

「あ、そうだなぁ……とりあえずまだ暇だな」

『あっ、そう?実はムギちゃんも誘ったら明日日本に帰ってくるって言ってたし、あずにゃんも来てくれるって~』

「おい、唯。何おまえ海外にいるムギのこと誘ってるんだよ」

『いや~、もしかしたら来ると思って~』

実感した。ダメだコイツ根本はまるで成長してない。

「そういえば梓は今、何してるんだよ」

『あずにゃん?あずにゃんは今、なんかバンド組んでるらしいよ?』

へぇ、と私は感心する。やっぱり梓は音楽続けてたか。

音楽……先ほどの澪の言葉が脳裏に浮かぶ。

「なぁ、唯……相談なんだが」

私は胸のうちを唯に話始めた。

―――――――、

『み、澪ちゃんが妊娠あわわわわ!?』

「なんでおまえが動揺するんだよ、で、さっきの話どうする?」

『ん~、練習すれば大丈夫だよ!私もまたみんなで一緒にやりたかったんだー』

「じゃあ決まりだ。ムギや梓には私から言ってみるから。あと和だな」

『うん、ギー太もやっとまた日の目を浴びる日が…』

やはり押し入れだったか……あわれ、ギー太。

とりあえず、切るぞ。と私は唯に言い、会話を終わる。

さて、問題は場所、そして私達の腕だ。


もう一度ライブをしたい、というのが澪の願いだ。


ならば叶えてあげようじゃないか。ムギまで帰ってくるんだ、出来るかぎりはしたい。

ムギと梓は喜んで参加すると言ってくれた。

さて、最後だと私は携帯を操作する。

「あっ、もしもし、和か?実はな……」

こうして、私達の再ライブ計画が密かに始まったのだ。

決して澪にばれないように。

しかし物事はそううまくは行かなかった。

『……あまり賛成は出来ないわ』

「……なんでだよ。和なら賛成してくれるんと思ったんだけど」

『本当はこんなこと、部外者に話しちゃいけないんだけど……律だから言うわ。実は……澪が入院している理由はね』

和が言葉を搾り取るように一呼吸置く。

嫌な予感がした。

『澪のお腹の中の子……流産するかも知れないのよ』

「…………嘘だろ」

だって今日だってあんな元気に……あんなに楽しそうに私と話してたのに。


「そのこと……澪は知ってるのか?」

『ええ。自分からすべて教えてくれって。そして澪は入院を選んだ。澪自身だって安全じゃないのよ』

元々体が強いわけじゃなかったのね、と和は呟く。確かに昔はよく休んだりもしていたが年齢が上がるごとにそんなことも減っていったし。

「ごめん、少し今気持ちの整理がつかなくなっちった……また掛ける」

『澪にはこの話は黙っておくわ。期待させるのも可哀想だし』

じゃあ、と私は携帯を切る。
私は……どうすればいい?お腹の子も、澪も死ぬかもしれない……。

澪はみんなに会えることを望んでいたんぞ……アイツはわかって言ったんじゃないのか?

これが最後になるかもしれない。

感情が押さえ切れなくなり、私は携帯を地面に叩きつける。

神様のバカ野郎、

と、疎らな駐車場で一人、流れ出る気持ちを押さえられないまま、呟いた。


―――――――。



夜。
真っ暗闇な部屋の中、私は冴えた目を訝しく思いながらベッドに横たわっていた。

携帯が震える。
力なく携帯を手に取り、顔に近付ける。

「……もしもし」

『あっ、先輩ですか?梓です。あのライブの話、さわ子先生に話したら喜んで協力するって』

「……その件なんだけどな」
ぽつり、ぽつりと私は梓に言葉を吐いていった。



『澪先輩が流産!?』

「もしもの時は梓のバンドだけやってもらうしかないな」

『……私、先輩達とバンドしたいです』

そうは言ってもな、と私は呟いた。
澪が呼べなきゃ私達が集まる意味が無いじゃないか。
もう一度澪に私達のバンドを見せるのが目的なのに。

『律先輩らしくないです』
えっ、と私は聞き返す。

『昔の律先輩はもっと積極的でした。もっと素直でした。私は少なくとも信じてます、澪先輩も赤ちゃんも大丈夫だって。だから律先輩も澪先輩を信じましょうよ』

「……信じるか」

今まで、何度も信じて、何度も裏切られた。

けど、信じていいんだろうな、親友の事を信頼できないで、私は何を信じられるんだよ。

私のバカ野郎。

「分かった、私も澪を信じてみるよ。私達の自分勝手な信じ方かもしれないけどさ」

悪かったな、梓と最後に小さく付け足すと、電話の向こうの彼女は何か恥ずかしそうに言葉を呟いていた。

携帯を放り出す。

私を締め付ける拘束が緩くなったような気がしたらなんだろうか、急に目蓋が重くなってきた。

明日シャワー浴びればいいか。

目を閉じる。

まどろみに身を委ねていると目蓋の裏に、あの日の澪が浮かんだような気がして、私の意識は夢と共にあの日へと遡っていた。



『律、大事な話がある』

春、私達が卒業するあれは一週間前だった。
私と澪は既に卒業を待つばかりで、私達はいつものカフェで暇をつぶしていた時である。

『なんだよ、改まって』

『私、教師になるの止める』

『……えっ?』

み、澪さーん?と私はじっ、とこちらを見る澪に問い掛ける。
んー、いつものアレかな?追い詰められるとこうなるからなぁ。少し震えてるし。

『今更何言ってんだよ、また大学入り直す気か?』

『違うんだ、私、私……』

コーヒーを啜る。
なんだ、私にプロポーズでもしてくれるのか?
あー、そしたら返事に悩むなぁ。

『……け、けけ、結婚しようと思うんだ』

『……………………はっ?』

結婚……?
澪が?
アイツとか?
頭にハテナマークか点在している。

『ど、どうかな?』

『あっ、いや、そうだなぁ』

なんだか混乱してきた結婚なんて私したことないし分からないというかそんなこと今言われたってこっちだって心の準備があっ、結婚式ってやっぱりドレスか勘弁してくれ。

そして落ち着け私。

こっちまでカタカタ震え始めた手でコーヒーを飲む。

味は分からない。

その代わり、頭は少し落ち着いた気がする。

『いいと、思うぞ』

私はようやく言葉を口にした。
澪が幸せなら、私だって幸せなはずだ。

私達は運命共同体で生きてきたんだ。

だからきっと…………。

映像が乱れ、澪の顔が歪む。
耳元で何かが振動しているような気がす…



携帯が振動している。

目を覚ますとそこは見慣れた天井であった。

ああ、昨日はあのまま寝たんだっけ?と目を擦りながら振動する携帯を手に取った。

9時少し前。
そういえば今日遅れないように目覚ましをセットしたんだっけ?と昨日の記憶を呼び戻す。

とりあえず、風呂に入らなきゃな。
寝癖のまま行ったら唯に馬鹿にされそうだ。

私はシャツを適当に脱ぎ捨て、バスルームへ向かう。
途中の鏡には高校時代からまるで成長していない見慣れた身体が映り、梓が私よりボインボインになっていたら馬鹿にされるんだろうなぁ、と少し思った。



待ち合わせは学校近くのファーストフード店にしようという話で。
確かムギがバイトしていたお店だったはずだ。

私は早めに歩きながら時計をみる。

……少し遅れそうだ。

周りの道には休みだというのに学校へ向かう生徒達がちらほらと見られ、ばれないか心配だったが余計な気遣いだったみたいだ。

私は信号機の前で立ち止まりながら目と鼻の先のファーストフード店を見た。


あれ、まだ来てないな。それとも店に入ったか?

ファーストフード店の方を眺めてもそこには向かいで信号を待つウチの学生しか見当たらない。

何かか細い、まるで陽炎のような印象を受ける子だ。

目はどこかを見据え、現実が見えていないような。

私の本能が警笛を鳴らしている。

あの子は危ない。

教師になって分かり始めたこの警笛が頭の中で鳴り響いている。

その時だった。

ふらり、と彼女の身体が横断歩道の前に傾いた。

あの馬鹿ッ!と気が付けば私は飛び出していて。

私は左から聞こえる重音。

正面から向かってくるトラックを虚ろな目で見る彼女を私は思い切り押し返した。

彼女がこちらを見る。

驚いた顔。

ブレーキ音。

視線の片隅に梓が見えた気がした。

なんだアイツも遅れてきたのか。

急ぐ必要無かったな、と思った瞬間、私の身体は宙を舞った。

悲鳴、怯え。

意識はもう、途切れる寸前。

学生は無事らしい。ああ、よかっ………た…………。


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