送るまでにそれだけの事があったにも関わらず、私は返答が来る事に確信が持てなかった。

朝晩二回、ドキドキしながら受信トレイを見ては、レーベルから何の反応も無い事にがっかりする日々が続いた。


もう、連絡は無いのだと半分諦めた頃、突然それは来た。

『デモ良かったよ。一度、会おう』

私はギターをかき鳴らした。

梓「Dogs borocks!Yes!Yes!Ye~sssss!!」

隣人から文句が来て、すぐ止めなければならなかったんだけどね。


私の気持ちは高ぶっていたけど、でもそれと同時にとてもナーバスになっていて、エレベーターで事務所が入っているのフロアのボタンを押す時から指は震えたし、
勿論事務所の入り口で呼び出しボタンを押して、スタッフが現れる数分が無限の時間に感じた。

スタッフ「えーと、中野梓さん?」

梓「ひ、ひゃい!」

痛っ。

舌噛んだ。


私は会議室みたいなところに通され、コーヒーを出される。

何で、コーヒー?

HTTなら紅茶でしょ?

それに私ミルクと砂糖無しじゃ飲めないし…。

あ、持って来た。

だったら、最初から持って来るべきでしょ。

教育がなって無い。


私は砂糖とミルクを大量に入れる。

ふふふ、こうやってコーヒー牛乳みたいにすればね…。


扉が開く。

…。
何か派手な人が入って来た。

如何にもなロックスターと言う印象。


私はちょっと気分を害する。

だって、こんなワナビーロックスターな感じの人が唯先輩とやっていて、私はなんでこんな所にいるの?って話だもん。

どこで知り合ったか知らないけど、正直な話こんな業界人気取りの人には近づいて欲しくないよ。


?「初めまして、私がレーベルオーナーの…」

梓「あ、はい、中野梓です。初めまして…」

?「ああ、座ったままで良いよ。私は音楽を売る、君は音楽を作る。うちでは対等の関係だから」

梓「そうなんですか…」

?「うん。だからもっとリラックスしてよ」

梓「は、はい」


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このレーベルオーナーとの対面の話は少しはしょろうと思う。

結局、この日私が得たのは懐かしい再会と言う奴だった。

まず、言わなければいけないのは、高校の頃の印象と変わらず、律先輩は大馬鹿野郎だと言う事だ。

私はこのレーベルオーナーこと、律先輩との会話の中で、後々無かった事にしたくなるようなセリフを幾つも使ってしまって、
と言うかそれを誘発させたのは律先輩の悪ふざけで、本当になんて言うか最低だと思ったし、
その見栄の張り方と言うかセレブ気取りの振る舞いには呆れてしまう。


でも、やっぱりこの人は凄い人で、一人でけいおん部を復活させようとしたように、私がウジウジと下らない事で悩んでる間も動き続け、
もう一度皆でティーパーティを出来るようにしようと、ずっと奮闘し続けていたんだ。

そんな人は滅多にいない。

だから、私は律先輩と言う人が大好きなんだ。


ただ、少し落ち込む事もあった。

それは自分の作った曲に関する事で、自分ではクールに出来たつもりだったけど、
唯先輩から幾つか指摘されて、それは確かに頷ける事だった。


でも、律先輩は『少し手直ししてこれ出そうぜ。そのためにHTTレーベルはあるんだぜ?』と言ってくれて、
唯先輩も『そうだよ、あずにゃん。私達は大手のやり方とは違うんだから。あずにゃんが込めた感情が伝わる人にだけ売れば良いんだから。そう言う人にこそ届ける必要があるよ』
と言ってくれた。

私は涙が出るほど嬉しくて、感動して…、だから会社を辞めた。

二人の言葉に単純に乗せられた訳では無いけれども、翌週には辞表を出してしまった。

自分は違う世界の人間なのだと態々アピールするために、最終日はモッズスーツで出勤するのだから我ながら頭がおかしいと言わざるを得ないよね。

でも、モッズの有り方が本質的に逃避主義と言う事であるなら、私はさらに性質が悪いよ。

もはや、ノーマティブな世界との二重生活を捨てて、もう一つの世界で生きる事を決意したのだから。

私はHTTと共に生きることに決めた。

それが、私の生きる世界だと決めた。


唯先輩の作業を手伝いながら、地方のレコード屋、ライブハウス、クラブに売り込みを掛けたり。

自分の作曲にも時間を割く。

夜は、律先輩と飲み歩いたり、回す曜日の増えた純のパーティに皆で押しかけたり。

開けてゆく空の中、家路の途中。

私は、選択したく無かった職業に就いて憂鬱な一日を過ごさなければいけない人たちとすれ違う。

ツィートツィート。

『皆さんおはようございます、私は今から就寝です』なんて呟く。



最初の一ヶ月が過ぎた。

それでもう私はこの生活の虜となってしまっていた。

たしかに、純の言う『危機感』(キャリア云々て話ね)が常に私はロックオンしていた事は認めるけどね。

にも関わらず、私は幸せだったんだ。

自分の好きな事で、自分の人生が構成されていく。

私は物心ついてからずっと、音楽に携わる職業に就く事で生きて行きたいと思っていた。最近はちょっと(いや、ほんのちょっとだよ?)忘れていたけど。

ほら、夢が実現しているんだよって。

分かるでしょ?



でも、問題が無い訳でも無い。

それは、ストレートな世界、つまりは一般社会と言う事だけど、そことの断絶をパーマネントなものとして考えなくてはならないって事。

律先輩は私に経済的な保障を与えてくれていたから、その点は取り合えず問題無かったのだけど、
家族にこう言う生活に関する不安を抱かせてしまうことは避けられなかった。

私の場合はもはや『若いうちに少し回り道をして見ました。でも、一般社会に着地します。それから結婚して、出産して…』
と言う類のものでも無いのだから、両親の心配ももっともで、特に私の家は両親がこう言う生活に足を突っ込んだ事があるから(けど?)なお更だ。


律「そこは大きな問題だよなー?」

唯「それでもやっぱり、雑誌とかそう言うメディアにサポートして貰えるならって、思うけど?」

律「『NHKに出てみたら親類が一気に増えました!』とかそう言う感じか?」

唯「もー、こっちは真面目に話してるんだからぁ」

律「つっても、それは唯の家族の問題だろ?雑誌に写真入りで出てれば憂ちゃんも何をしてるか安心出来るって話でさ」

唯「ぶー、違うよ。だって、メジャーでやってた時だって…」

律「それは、唯が顔会わせるたびに暗い顔して『つまんないつまんないつまんないなー』っていってたからだろ?」

梓「ああ、そう言えば、憂とメールした時結構ロウな感じでしたね」

唯「私のせい?!」

律、梓「ははは」

律「でもメディアってのは自分達の都合の良いフレームで取り上げるからなー。そこら辺は大手レコード会社と一緒で」

唯「あー、ああ言う押し付けはもうごめんだよねー」

梓「律先輩は家族からの問題ってのは無いんですか?」

律「まあ、私の家はほら弟がいるしさ」


梓「ああ、なるほど…」

律「おい、なんだよ、その何となく分かりました的な顔は?」

梓「いえ、別に」

律「中野ぉ!」

唯「あはは」



こう言う多少の問題は抱えていたものの、私の新たな生活は総じて幸福なものだった。


律先輩は「うちは一般的にレコード会社じゃないから」と言う事を強調していて、私はなるほどと思っていたけど、

―と言うのは、律先輩は人がちょっと真面目な会議をしているような時でもずっと吸い続けているような人なので、あの人の話の中には誇大妄想的な話が混じっている(と私は感じていた)のだ―

それでもたくさんの繋がり、広がりがあるのは悪い事じゃないし、それにそこに信頼性ってものがあるなら、それは律先輩の言う「共同体」って言葉と相反することは無い。
私には、その「広がり」を作り上げるために打ってつけの友人がいた。


セカンドハウスであるところの純のマンションで(だって、純のパーティに言った夜はここに泊めてもらうのが一番楽チンだったし)、私達は秘密の会議を開く。

と言っても、私はベッドに寝そべってスマフォでネットに上げられた数多くのインディー音源を捜しながら。

純は純で私の横でノートPCで作業をしながら、と言う、一目見た感じでは、まるでパジャマパーティでガールズトークでスイーツでと言う感じではあったんだけど。


梓「ねえ、純?」

純「んー」

梓「まだ、表に出てないけど、凄い才能を感じさせて、出来たら一緒に仕事して行きたいとか考えてる人っている訳でしょ」

純「いるよー?」

梓「その人たちをうちで引き受けても良いよ?」

純「律先輩はどう言ってるの?」

梓「問題無し。と言うか、あの人が気にしてるのはハーブが良質なものかどうかって事だけだから」

純は大笑いする。


純「あはは、何それ。酷い言い方」

梓「内輪の冗談だよ。いや、あの人が気にするのは心を震わすアートであるかと言う一点だから」

純「誰の心を震わせれば良いの?」

梓「私は純を信頼してるけど?」

純「梓ぁ、嬉しいこと言ってくれるぅ」

梓「いるの?」

純「取り合えず、その子連れて一回あった方が良いよね」

梓「うん、予定組んでおく」

これでまた広がって行くよ。


私達のこうしたアンダーグラウンドなコネクションは少しづつ広がりを持つようになっていった。

でも、この時代そうした動きを誰にも知られず、そう深夜の町を蠢く悪党のように行う、と言う事は出来はしない。

私達のような小さい流れであっても、彼らはエシュロンのように常に監視し、そこに少しでもお金の匂いがしないかと嗅ぎ回っている。


唯先輩と律先輩のここまでの道程を考えれば、彼らの第一種監視対象である事は当たり前なのだけど、逆にそんな私達に良く誘いを掛けてくるものだと感心する部分もある。

その都度、律先輩はわざと下種な言葉で担当者を追い返した。

曰く、こんな風に。

律「あんたオ○ンコ(You are not a man)だな」

律「お前ら、全員地球の穴(earth hole=ass hole)だ!」

格好良いと思うけど、ちょっと下品だよ…。


律「そりゃあ、私と唯はメジャーで悲しい思いをしたけど、だけど大手のやり方全てが悪いとは思わないよ」

唯「そうそう。ただ、CDの売り上げは近年落ちてるって言うよね」

梓「じゃあ、悪い事ばかりじゃないですか」

唯「あれ?そう言えば…、えへへ」

律「でも、私達は自由にやりたかったし、アートを届けるって言う行為は『CDをたくさん売ります』って言うのとは、違うものだから」

唯「それに、スケジュールを決められてそれにそって作業を進めるってのは、私とりっちゃんには、ねえ?」

唯先輩は意味ありげな視線を送ってくる。

律先輩は、笑いを必死で堪えている。

梓「何ですか?その目付きは…」

律「いや、なあ、唯?」

唯「だって、ほら、まずはね『さぁ!ティータイムだよ!』ってのが私達のスタイルだから」

律「それを『作業しましょう。作業して下さい!まずは作業してからです!!』ってんじゃ…、なぁ?」

ああ!なんて嫌な先輩達だ!

律、唯、梓「ははは」

律「結局のところメジャーは最後には『私達のとこから出せばもっと売る事が出来ますよ』って話なんだよな」

唯「だけど、私達は売りたいんじゃなくてティータイムをするための場所が欲しいだけだからね。イェイ!エンドレスティータイムって奴だよ!」


一応、二人には注意しておこう。

『唯先輩と律先輩、そのティータイムの意味は言わないでおいた方が言いと思います』って。

いや、別に私だけ良い子の振りをしようと言うんではないんだけど。

私だって、キマッた状態(perfectly cabbagedだって、プププ)にあるおかげで、太陽が随分前に昇ってしまっていると言うのに踊り続けたって経験が無い訳じゃないからね。

もちろん、その時のファンタスティックさだって否定する訳じゃないし。

でも、HTTギャングなんてのはちょっと本意じゃない。

ギャングがファミリーって言い換えをしてるとしても、それを逆からなぞって見せなくたって良いんじゃないかって事。


事務所の一部屋は、鍵が付けられ親しい人間以外立ち入り禁止だった。

ねえ、つまり、そう言う事なんだ。


私は、打ち合わせが長引いてしまい、深夜の事務所に帰って来たところだった。

事務所の鍵を開けようとすると…。

?「ご、ごめんなさ~いぃっ!!」

?「ちょ、おま、ふざけんな!これどうしてくれんの!」

え、何?!

事務所の扉を開けた瞬間、中から素っ裸の男の子が飛び出して来る。


梓「うわっ!」

私は、男の子に突き飛ばされた事にも驚いたけど、その男の子を追い掛けて飛び出して来た律先輩にも驚いた、いや、びびらされた。

全裸で片手に鉈を持って飛び出して来る知り合いの姿なんて見たくないよ。

律先輩は私の姿を見て少しクールダウンしたようだった。

律「梓、なにやってるんだよ?」

梓「そ、それはこっちのセリフです」

誰が見たって、そう言うでしょ?

梓「あの男の子はなんなんですか!それに、鉈なんて持って」

律「街で引っ掛けた」

梓「あーあー、あーあー」

聞こえない聞こえない。

うん、聞き流そう。


梓「なんで鉈持って追い回してるんですか」

律「あの馬鹿、ジョイントにビビッたのか知らないけど、いきなり、秘蔵のブリティッシュコロンビア産のが入ってるケースに小便垂らしたんだよ!許せないだろ?」

馬鹿馬鹿しい。

律「なぁ、これ乾かせば使えるよな…。あ、でも、臭いはどうしようか…?ファブリーズかなぁ…。あー、もー!!」

馬鹿だ。

律「でもさぁ、今時ジョイント見たぐらいで、小便漏らすほど驚くもんかなぁ?」

梓「ベッドの下に置いてあった、その鉈でも発見しちゃって、都市怪談(恐怖Steppin’Razor女?)の被害者にでもなると思ったんじゃないですか?」

律「中野ぉ!!」

怖っ。

この状況での「中野ぉ!」はシャレにならないよ。

事務所のこの一室では本当に録でも無い出来事ばかりが起きるんだ。


梓「ちょっと、もうスタッフが出勤して来る時間ですよ!?」

律先輩も、唯先輩も寝ぼけてるのか、全裸のままソファーベッド転がったままだった。

律「あー?もう朝か?」

唯「みたいねー」

唯先輩はのそのそ起き上がってくると私に抱きついて来る。

唯「あずにゃーん、おはよぉー…」

梓「ちょ、これアレじゃないですか?わわわ、もう、やだ!」

私は、ジーンズに何かヌルリとした感触を感じて唯先輩を突き飛ばす。

唯「あ、腹に出されたやつそのまんまだったみたい…。えへへ…、困っちゃったねぇ、あずにゃん?」

律「しゃーねーなー、腹に出した奴を梓にぶん殴らせてやるから、それで…、あれ?あれ?」

唯「りっちゃん?」

律「あれ?あいつらは?」

唯「一人はりっちゃんに顔射したからって、殴って追い出しちゃったし、
もう一人はアナルにスティック入れたら抜けなくなっちゃって、泣きながら出てっちゃったじゃん?」

律「あー、全然記憶無いや…」

唯「あはは」

もう、この人たちやだ…。

唯「あ、そう言えば」

律「ん?」

唯「あの人達、二人とも、ズボンも履かずに逃げちゃったから…」

律「財布か!」

二人は男物のジーンズの尻ポケットから財布を漁る。

律「なんだよ、ボッテガなんか使いやがって、生意気ぃ。ヴィトンでもドヤ顔で使ってろっての。
これは質屋に直行だな。そんで…、カード類は武士の情けだ。まとめて家に送り返してあげような」

もう、それ泥棒ですから!

律「やり!ひー、ふー、みー…。現金で十万も入れてやがった!」


唯「今日は高級焼肉だね!りっちゃん隊長!」

律「よーし、豪勢にいっちゃうぞー!」

唯「良かったね、あずにゃん!」

何が良いのやら…。


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