そして、大学サークルで自分のやっているバンド活動なんてのが、エクスキューズ付きのお遊びで有ると言う事も。

梓「で、でもバイト料だけじゃ家も維持出来ないんじゃ…」

純「うん。だから、もう引き払ってきた。レコードはレンタルコンテナに移した」

梓「純はどこに住むの」

純「クラブの倉庫にベッドルーム作らせて貰った。あはは、まさにレジデントだよねー?」

純は能天気に笑う。

梓「そ、そうなんだ…。頑張ってね」

純「うん、ありがとう、梓!」

私はもう何も言えなかった。

・・・

純はサードにキャットフードを与えていたが、風呂上りの私を見てふざけた事を言い出す。

純「パンティにキャミだけなんて、そんな刺激的な格好で…、誘ってる?」

寂しすぎるとパートナーは女でもOKだって?

ぷぷぷ、馬鹿な冗談。

梓「はいはい。先に寝てるね」

純「はーい」

ベッドルームに入る。

女2人で眠るには十分過ぎるセミダブルベッド。

買った途端に彼氏に逃げられて本来の用途を果たせなかった可哀想なベッド。


週末の夜には必ず家にいない。

休日の前日にも家にいない。

午前7時の出勤前に煙草の臭いを纏いつつ、おかしなテンションで帰宅する同居人。

「おやすみなさい」と「行って来ます」が交差する出鱈目な生活のすれ違い。

(夜に働く人だって同じ問題を抱えているのかも知れないけど)そう言う同棲生活を続けていくのは、
その彼氏に取っては難しかったんだろうね。

うん、普通の感覚だと思うけど…、つまらない奴だよね。


壁一面のレコード棚を見る。

床に詰まれたダンボールに詰め込まれたレコードを見る。

一目見て、また増えてるのが分かる。

梓「ふぁ~あ…」

欠伸が出る。

レコード棚の感想よりも眠さが勝る。

私はベッドに身体を投げ出すと同時に、入眠。


・・・


私は顔を這う何かの感覚で目を覚ます。

これは…、猫の舌か…。

身体を起すと、私の身体の上にいたのであろう、サードが足場の急激な変化に驚いたのか素っ頓狂な声を上げて飛びのく。

窓の外を見ると、すっかり暗くなっている。

梓「もう夜なんだ…」

横を見ると既に純の姿は無い。

私は、ベッドから起き上がりサードを抱き上げる。

梓「お前のご主人様は早起きだねー?」


純「あ、起きてきたぁ?」

純は顔をノートPCに向けたまま声を掛けてくる。


私はサードを抱えたまま背中越しに覗き込む。

梓「何してるの?」

純「んー、自分のページに昨日のミックス音源を上げてる」

梓「へー、反応ある?」

純「ボチボチかなぁ。まだ始めたばっかしだし、私自体がまだまだだからねー」

梓「そっか…」

純「これが仕事に繋がれば良いとは思うけど、中々そこまではねー…」

私に疎外感を与える、ノーマティブな日常、そして惰性でやっているバンド。

それらからの逃亡先であるナイトクラビングや純の家でのこの私は本当の私かも知れない。

でも、その本当の私はただ何もしないでいるだけの人間だ。

私は、純の後姿に羨望の視線を送る。

そんな気持ちがサードを抱いていた手が緩ませたのか、サードが私の手からスルリと抜けてテーブルの上に降りる。

そして、PCに刺さっているUSBメモリを…。

画面にエラーの文字。

純「先に食事にしよっか…?」

梓「わ、私作るっ!」

純「そ、それじゃお願い、し、しよっかな…」


梓「ごめん!ほんっとーに、ごめん」

純「良いって、別にぃ」

私はあまりショックな様子も見せずパスタを口に運ぶ純に改めて頭を下げる。

梓「でもさ…」

純「また、後でやり直せば済む事だし…。そんな、謝られる方が心苦しいよ」

そう言って純はニカっと笑う。

純「それはそうと…」

梓「ん、何?」

純はフォークで私を指す。

梓「ちょっと、純、それマナー違反…」

純「梓は今の生活続けていくの?これからどうして行きたいの?」


え?

急に何言い出すの?

クールに、クールになれ私。

梓「そ、そう言うのって、普通はさ、私みたいな会社勤めをしてる方が純みたいな職業の人に言うセリフじゃないの?そう普通はねー…」

純「普通とか良いから、梓はどうするの、これから」

梓「どうするもこうするも…。こ、このまま会社勤めしていくよ。それで、月一回ぐらいのペースで趣味のバンドをやって…。それで、その内結婚してって感じ?」

純「…そっか…」

梓「え、私何か変な事言った?」

純「ううん、別に…。いや、梓が良いと思うんなら良いと思うよ。普通万歳」

私は、純が何を言わんとしていたか、わざと分からない振りする。

自分が色々と間違いを犯していると言う事を認めたく無いから。

梓「何か、棘あるなぁ」

純は苦笑して、

純「無いよ、そんなのどこにも無いから」

梓「そう?なら良いけど…。あ、じ、じゃあ、純はさ、どうしていくの、これから?」

純「私?私はキャリアを積みたいな。明日の朝、突然40代になってて、まだ週一のDJしか仕事が無いなんてごめんだもん」

ああ、やっぱり私だけがただ何もせずに取り残される人間なんだ。

純「ごちそうさま」

梓「あ、うん…」

純「送ってくよ」


・・・


純が最近買ったと言うハイブリッドカーが静かに夜の街を疾走する。

私達はさっきの話のせいか無言で、
ゲッツのクールなサックスにアル・ヘイグのリリカルなピアノ、
そしてそこにコンガの音が絡んで盛り上げて行くSkull Busterだけが車内に鳴り響いていた。

私は純の言葉に改めて自分の現状を気付かされて傷ついていたし、少しだけ気分を害してもいた。

純は…、どうだろ?

ちょっと、分からないけど。

・・・

私の住処であるところの西武線沿いの安アパートに到着。

一時間程のメランコリックナイトドライブも終了。

梓「あ、ありがと」


純からは返事が無い。

私はため息をついて、車から降りようとする。

純「ねぇ、梓?」

純はハンドルに手を置いて前を見たまま、私に声を掛けてくる。

梓「ん…?」

まだ、何か用?

純「梓、最近のヒットチャートとかってチェックしてる?」

梓「いや、特に…。TVあまり見て無いし…」

純「そっか…」

梓「なんかお薦めの曲とかそう言う話?」

純「あー…、うん…、あのね…」

梓「何?」

純「唯先輩…、って覚えてる?」

忘れる訳無い。

私の心の奥に今も大切に仕舞われている、そうとても大切な…。

純「唯先輩、最近メジャーデビューしたんだよね…」

え?!何?

純、今何て言った?

梓「嘘?!」

純「梓に嘘ついてどうすんの」

梓「だって…。えっと、律先輩とか澪先輩とかと一緒にって事?」

三人は去年の年末に会った時はまだ3ピースでバンドをやっていると言っていた。

純「いや、一人。ソロアーティストとして。確か名前をローマ字にするかなんかしてて…」

梓「どう言う事?」

純「それは、知らないけど。で、チャートも初登場一桁で…、あ、梓?!」

梓「純、送ってくれてありがと。また、連絡するね」

私は、車を降りると部屋まで駆け出す。


部屋の扉を閉めて、そのままベッドに飛び込む。

私は枕に顔を埋めた。

感情の昂りを押さえれない。

涙が出てくる。

駄目だ、堪えろ。

堪えろ、私…。

閾値を容易く越えた感情が、涙腺を決壊させる。

もう、止められなかった。

梓「うぁぁー」


梓「はぁ、酷い顔…」

私は洗面所の鏡に映った自分の顔にげっそりとする。

寝不足は目の下に大きな隈を作っていたし、涙で瞼は腫れぼったかった。


梓「さてと…」

少し落ち着きを取り戻した私は、動画共有サイトを検索。

身体を伸ばして大きく深呼吸して、それから再生。

YUIのPVが再生される。

梓「本当に唯先輩だ…」

私は、その姿に少し感動して…、だけど、その感動は長く続かなかった。

私が高校時代に衝撃を受けたそれはどこにも無かったのだ。

ライブのマジックとかそう言う事では無くて、あの煌めきはどこにも無かったのだ。

私は、最後まで聞く事が出来なくて再生を中止する。


投稿者からはもうすぐアルバムの発売が予定されていると言うコメントが付けられている。

梓「誰が買うか。こんなの買う奴馬鹿だ。何も知らない奴だけだ」

何でこうなってしまったんだろう。

私は一人取り残されて、そして唯先輩は墜落し、頚骨骨折で息絶えんとしている。

本当に、何でこうなってしまったんだろう?


純と憂にメールを打つ。

憂には…。

『唯先輩メジャーデビューしてたんだね。おめでとう』

純には…。

『明日からの会社に行きたく無くなった。どうしてくれる』


こんな結末最低だ。

先輩達に別れを告げた時、私は何かを失ったと思って涙が止まらなかったけど、その時より辛い。

本当に、どうしてくれるんだ。

何で、純はこんなこと私に教えたんだ。

しかも、教える前に私の現状をわざわざ再認識させた上で。

私をこんな気分にさせた純なんか強いパーマかけられてパム・グリア(コフィの時みたいな)みたいになってしまえば良いんだ。


私はバンドのメンバーに、仕事が忙しいので半年ほど休止させてくれと頼んだ。

二度と復帰する気なんて無かったけど、脱退なんて言ったらどうせ根掘り葉掘り聞かれるんだ。

また、半年後に同じ事言ってやればあいつらは気が済むんだから、本当の事なんか絶対言わない。


純からは『ごめんね』と言うメールが帰って来る。

でも、ピコピコ動くデコメールで。

梓「何これ!何だよこれ!!全然謝る気無いよね。もう良いよ!純とは絶交」

憂からは、ちょっと抑制の効いたメール。

『ありがとう。でも…、うん、良い事だもんね、きっと』

憂…。



それからの半年は本当に何も無かった。

だって、凪のように生きようと決めたから。

私の一番大事な何かは死んだ。

残念な事だけど、私はもう泣かない。



純からは時々『遊びに来ない?』と言うメールが入っていて、
憂からは『アルバムが出たよ』と言うメールが来た。

純からのメールは全部無視したけどね、憂には一応『うん、買うね』と返信した。

YUIのアルバムはオリコン初登場7位だったらしいよ。

私は迷った末(それでも迷ったのだ)に、結局買わなかったけれど。



半年間の私の生活としてはこう言う感じだ。

会社に行く×5、部屋の掃除をする、買い物に行くor一日中ネットor自己流ピラティスをする。

変化の無い、静かな生活。

感情を持たない生活。



梓「そう言えば、最近笑って無いな…。表情筋動かさないと…」

私はファッション誌に出ていた、笑顔のトレーニングと言うページに従って顔の筋肉を動かす。

最初は上手く出来なかったが、少しづつ感覚を掴めてくる。

よしよし、これで私も愛され笑顔を作って…。

…。

やめた、馬鹿馬鹿しい。

合コンで人気者になる趣味は無いし。

そんな時、着信。


表示は…。

鈴木純。

ふふふ…。

少し迷って、でもやっぱりと思い返して電話を取る。

私はちょっと緊張して、遠慮がちに言葉を発する。

梓「久しぶり…」

私の言葉を遮るように純ははっきりとした言葉を並べる。

純「梓、今から来れる?」

梓「今日、日曜だよ?社会人には…」

純「違う違う、クラブの方じゃなくて、家の方で…、ああ、もう!良いから私の家に来い!」

純はそれだけ捲し立てると、自分から通話を切る。


自分の言いたい事だけ言われてもさっぱり分からない。

梓「ま、まあ、良いや。あれだけ言うんだ、何かあるんでしょ」

何も無かったら…。

何か良いレコードでも貰って来よう。

最近は、唯先輩のジャケット見るのが怖くてCDショップにも行って無い。


・・・


梓「…久しぶり…」

純「上がって上がって」

純は私みたいな緊張とか後ろめたさなんて何も無い様だった。

当たり前か。

私が、勝手に落ち込んで勝手に怒っていただけなんだから。

純はDJブースや機材の組まれた部屋に私を連れ込む。

梓「んで、何…」

純「取り合えず、これ聞いて」

ヘッドフォンを渡される。

純はすでにターンテーブルにセットされていた12インチに針を落とす。


バーン。

最初のイントロで吹っ飛ばされる。

ベースラインが世界を揺らす。

キックは鼓動を刻

トランセンデンタルな体験。

アウトロ。

少しづつ音は小さく絞られていき…。


3