ピアノのアドリブソロ。

私はする事が無いので、手持ち無沙汰でフルアコのコードに指を絡ませる。

ピアノが得意顔でアイコンタクトをベースに送る。

ベースも得意顔でそれを受けてベースのソロ。

そこにお約束のように拍手がパラパラと。

ここでも、する事が無いので周りを見回す。

ベースの彼はあまり高い技術を持っていないので少しハラハラさせられる。

ドラムは(本当にありがち!)煙草を燻らせているし、ピアノは自分の見せ場を終えた事からか、椅子から立って得意顔で客席にアピール。

ベンベンベン。

ベースのソロが終わりに近づいて私はギターを抱えなおす。

他のメンバーもまた演奏に戻る準備。

ベースが私達にアイコンタクト。

お約束の拍手。

はい、揃って演奏に戻る。

何小節か。

エンド。

観客席から抑制の効いた拍手。

他のメンバーは手を上げたりしてアピール。

私も何となく合わせてアピール。

少し自己嫌悪。

・・・

ピアノ「中野さん、この後の打ち上げ出るでしょ?」

梓「あ、すいません。今日この後ちょっと用事が入ってるんで…」

ベース「付き合い悪いぞー」

ドラム「馬鹿、彼氏だよ。ねー、中野さん?」

私は、苦笑しながら、断りを入れる。

梓「すいません…」

用事なんて本当は無いけどね。

だって、別に打ち上げやるほどのライブじゃないし。

アマチュアジャズバンド。

ルーティンの曲。

ルーティンの演奏。

ルーティンの客。

それで、ルーティンの打ち上げ。

それで…。

ルーティンの生中?

梓「つまんないよね」

ジャズには臭いがするらしい。

『ジャズってのは演劇みたいなものだ。型ばっかりで内容が無い。臭いですぐ嗅ぎ分けられる』

『ジャズかよ。銃殺刑ものだな』

顔の下半分を骸骨が描かれたバンダナで隠した男達が私を壁際の棒に縛り付ける。

…。

タタタッ。

マシンガンが火を噴いて私の身体を吹き飛ばす。

壁には私から噴出した血がベットリと…。


梓「うえ、変な想像しちゃったな…」

丁度、空っ風が吹いて来て、その事と合わせてちょっと身体が震える。

梓「寒っ…」

私はモッズパーカーのポケットに手を突っ込む。

梓「一応、ちゃんと調べておこうかな…」

インタビュー求められた時に使えるかも知れないし。

何の?

梓「そりゃあ、私が有名ミュージシャンになった時に…」

恥ずかしい想像。

梓「無いよねぇ…」

パーカーのポケットからスマフォを取り出して起動。

梓「えーと、Jazz~」

これか。

『Jazz is not dead, it just smells funny.』


そっか、ザッパの言葉だったのかぁ。

梓「そりゃあ、面白い臭いもするよね。何しろ客置いてけぼりで自分達だけが楽しんでるんだもんね」

何故、高校時代のバンドはあんなに凄かったんだろう。

練習はろくすっぽしなかったし、ちゃんと活動したかった私はその事で凄いストレスを溜めてたはずなのに。

ふと、四人の先輩の顔が思い浮かぶ。

私は、知り合いの誰もいない東京の空を見上げる。

着信。

表示はっと…。

鈴木純。

…。


いた。

いたね。

こいつも知り合いだった。

梓「何?」

純「あ、梓?」

スピーカーからは純の言葉より大音量の音楽が聞こえてきていて、純の言葉が良く聞き取れない。

純「今から来ない?」

梓「えー、今日ライブだったし。今終わったばっかりで疲れてるし」

純「えー、良いじゃん。おいでよー。VIPルーム入れるようにしとくからさあ」

梓「でもさぁ、今日は服がなぁ」

純「ナイトクラビングはナスティにドレスダウンって言うのが、逆ドレスコードと言うかさ…」

梓「逆逆、逆だってば、今日ライブだったからスーツ姿だもん」

純「OKOK、逆にOK」

梓「だって、後でクリーニングに出すの面倒臭いよ」

純「私は回すときはいつもスーツ姿だぞぉ!だから、今日もスーツ。
マイスタイルに対して面倒臭いとかなんだ。大体、煙草の煙で…」

…。

純「梓もスーツなら、私達は今夜から東京スーツシスターズと名乗って…?ちょっと、語呂が良くないな」

ふう。

梓「分かった。行くよ。行きますよ」

純「Good!」

私は、通話を切る。

テンション高い。

もう、テンション無駄に高いよね。

梓「まあ、良いや。打ち上げでしょっぱいお酒飲むより、こっちの方が楽しいよね」

ノーマティブな日常をやり過ごすために、疎外感から逃れるために、私は音楽をしているのに、そこでも疎外感に襲われる。

だから、もう一段逃れる必要がある。


終電に間に合って良かった。

途中までしか電車が無かったら、タクシーって事になっちゃうもんね。

社会人成り立ての貧乏一般職にはタクシーなんて厳しいし。

近づくに連れて低音で地面が揺れているような気がしてくる。

そんな訳無いのにね。

最初は面倒臭いと思ったけど、やっぱりテンション上がるんだよね。


私が地階に下りていくと、当然の事ながら、
エントランスで黒人のガチムチバウンサーに止められる。

ふう。

確かに年齢よりは若く見られる事が多いけど…。

いやいや、それは被害妄想だ。

20年前ならいざ知らず今時、誰だってIDの提示は要求されるもんだ。

運転免許証運転免許はっと…。

バ「OK」

どうだ。

もう立派な大人なんだ。

バ「\2000」

梓「あー、えっと…。I am friend with today’s resident DJ .」

伝わったかな?

バウンサーは肩をすくめるジェスチャーを取る。

なんだよ、純の奴。

入れるようにしとくんなら、ちゃんとしといて欲しいよね。


私はバウンサーに合わせるようにオーバーアクションを取る。

梓「だから、ワタシ、ジュン・スズキ、フレンドフレンド」

バウンサーは苦笑する。

何、その苦笑?

バ「ボクニホンゴワカルカラ」

梓「は?」

バ「タダ、アナタガジュンズフレンドトイツワッテルカノウセイアルヨネ?」

アルヨネ?じゃないよ。

私は、ため息をついて、しっかりと言ってやった。

梓「純を呼んで」

・・・

純「梓ぁ、機嫌直してよぉ」

梓「何が入れるようにしておくからだよ」

純「だって、来てくれたゲストの人らに挨拶もしなきゃいけないし」

梓「友達より名前売る方が大事?ヒドイね」

純「だって、この業界それ凄い重要だし」

梓「分かるけどさ…」

純「まあまあ、お酒奢りますから」

梓「私は元々ただ酒飲みに来たんだけど?」

純「あはは、梓の方がひどいじゃん」

梓「ふふ」

純は、手元のコールボタンを押して店員を呼ぶ。

純「あ、○○くん?ドリンク持って来てよ」

純、すっかり馴染んでる感じ。

今日のレジデントだから当然なんだけどさ。

純「梓は何が良い?」

梓「まずはカルアミルクかな」

純「カルア二つ持って来て」

梓「そろそろ出てかなくて良いの?」

純「んー、だって、まだ2時回ったところじゃん。本番はこれからっしょ」

?!

梓「念のため聞くけど、今日って何時まで?」

純はいやらしい笑いを浮かべる。

嫌な予感。

純「今日は月末だから、アフターアワーズ有りなのです。だから、9時過ぎかな?」

梓「ちょっと、聞いて無い」

純「私はラストまで回すよ。梓も付き合うよねぇ?」

まあ、良いよ。

付き合うよ。

どうせ明け方帰って寝ても、夕方までは寝ちゃうだろうし。

純「じゃあ、フロア行こっか。今、回してる奴、結構良い感じなんだよ」

梓「おー、上から目線」

純「おほほ、レジデントDJですから」



ピークタイムを迎える。


素早いカット。

とてもスムーズに、繋ぎ目が分からないように。

十秒単位でレコードを変えて。

時には、ピッチをプラス6や7に上げる。

曲はスピードアップされてアップリフティングに。

激しいイコライジング。

幾つかの曲がミックスされて、まるで別の曲のように。

ポップスの雑食性とは言うが、個別アーティストが雑食な訳ではない。

でも、DJは本当に雑食でなくてはならない。

盛り上げる。

そして、思いを、感情を伝える。

それが何より優先される。

そして、ラストの曲はそれまでとはちょっと趣を変えて、びっくりするぐらいにセンチメンタルな曲をセンチメンタルに掛けてみたり。

今日のラストはMaryann Farra & Satin SoulのYou Got to Be the Oneだった。

君は特別な人になったなんてね…。

センチメンタル過ぎ無い?



朝日が眩しかった。

目がシバシバするし、スーツは皺だらけで、汗とタバコの煙が染み込んで公衆便所みたいな臭いを放ってしまっていた。

純「その格好で家まで帰るのダルイよね?女捨ててるって見られちゃうよね?」

梓「うん」

純「泊ってくでしょ?」

梓「好意に甘えさせて頂きます」

純の家はクラブから徒歩5分。

都心3LDK50㎡家賃20万円。

人気DJ凄い!


純「おー、サードぉ(名前はあずにゃん三世らしい)、ただいまー、良い子にしてたかー?」

同居人が純が扉を開けた途端に飛び付いてくる。

正確には同居猫かな。

純「今日はお祖母ちゃんも一緒だよぉ」

梓「先シャワー浴びさせて貰って良い?臭くって…」

純「猫は綺麗好き…」

純が何か言ったみたいだけど、無視しておこうね。

微温湯のシャワーが気持ちよかった。

梓「あー、徹夜明けのシャワーって最高だよねー…」



純はジャズをやる才能は無かったと思う。

でも、ミーハーで、だけどジャズをやろうしてた感覚がこう言う道を選択させたのだと思う。

中学、高校ぐらいでジャズなんて事を言い出すのは、私もだけどやっぱり両親の影響と言うのが大きい。

その影響の物質的な表出と言う話になると、それはもう一言で言えばレコードコレクションと言う事になると。


純が高校を卒業して、「プレイヤーはもうやめた」と言う話を聞いた時はあまり驚かなかった。

元々、そんなに一生懸命であるように見えなかったし、ミーハー過ぎてジャズをやるのに向いているように思えなかったからだ。

それでも、「DJになりたい」って言い出した時はちょっと耳を疑った。

そんな素振り見せた事無いじゃん、と言う感じで。


純「だからさ」

梓「ん、何?反対ならしないけど」

純「梓んちのレコードコレクション貸して!」

梓「はぁ?!」

純「だって、梓んちのレコード棚見てて思ったんだけど、ジャズだけじゃなくてソウルやファンクも結構な量があったし」

梓「『あったし』じゃないよ。大体、純の家にだって…」

純「それだけじゃ足りないから。自分だけの武器が欲しいんだよね」

確かにレコードコレクションはDJに取って大きな武器だ。


最初はそのふざけた態度に、その癖の強い髪にさらにパーマをかけてチリチリにしてやろうかと思ったけど
(だってWHO IS THIS BITCH ANYWAY?のマリーナ・ショウみたいになった純なんて面白すぎるでしょ?)、
態々私の実家まで来て父親に頭を下げてるのを見ると、反対する気も失せてしまった。


純はそれからすぐにクラブでのバイトを始めた。

店員をしながら、DJのセットリストを盗み見て、ストーリーの構成を勉強する。

技術の事も色々あるだろう。

家に帰ると、忘れない内に練習し、店が開けば新たなレコードを仕入れに走る。

勿論、私(正確には父親のだけど)が貸したレアなレコードを聴き込み、使用する箇所のチェックもしなければならない。

そんな毎日が続けば、大学に行く暇なんてのは無い。

パーティサークルの大学生が手作りパーティでちょっと繋ぎ方を覚えて盛り上がるアンセムばかりを集めて回すって言うのとは訳が違って、目指す目標が高かったのだ。

梓「純、DJの修行は良いんだけどさ、大学はちゃんと行ってんの?」

純「辞めて来た」

梓「辞めたって…、これからどうすんの?!」

純「キャリアを積む」

高校の時、私は友達だけど、純を見下してた部分と言うのが有ったと思う。

つまり、純が音楽に対してあまり一生懸命じゃないところに関してだけど。

でも、いやだからこそ、純のこの選択って言うのは私に大きな事実を突き付けた。

私はいまや何も目指していないと言う事実を。


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