でかっ!
ムギの送り迎えの時に見たリムジンと同じぐらい長いオールドメルセデスのストレッチリムジン。
ヤの人は私に乗るように促す。
ヤバイ…。
本当に死ぬかも…。
私は、心を落ち着けてくるクスリが無いかとカーディガンの、ジーンズのポケットを探る。
無い。
マジ何も無い。
フリスクすら無い。
ヤ「早く乗ってくんねーかな、田井中さぁん!こっちも先が詰まってるんだよ」
私は半分押し込まれるようにリムジンに乗り込む。
私の向かいのシートにはロングヘアーのサテン襟のスーツスタイルの女。
サングラスなんか掛けてスカしやがって
秘書とか?
情婦?
ああ、それっぽい。
女「何笑ってるんだ?」
律「い、いや、笑ってる訳じゃ…」
女「そう。なら良いけど」
くそ、いけ好かない女だな。
女「ええっと、ちゃんと法人登記してるんだ?内実は滅茶苦茶なのにね」
律「それがどうしたんだよ」
女「代表者だ」
律「私は名前を出してるだけさ」
女「ふーん。原盤権は?」
律「それは会社のもんじゃない。唯のもんだよ」
女「高級車、ブランド品、遊興費、随分贅沢してたようだけど?」
律「売り上げは次の制作費用に少し内部留保。残りは梓も含めて三人で折半さ。それが私達のやり方だからね」
女「その言い草が専門家に通じると思ってるのか?」
律「どう言う意味だよ」
女「原盤権はHTTレコーズ、つまりお前が所有してるって事にされて当然換価財としてみなされ…」
律「は?」
女「借金も全てひっくるめて2000万で買ってやるよ」
律「ふっざけんな!」
私は立ち上がって女の胸倉を掴む。
こいつがインテリヤクザの秘書で、私は酷い目に合わされるかも知れないが知った事か。
痛ってぇ!
私は女に手首を捻られてふかふかのフロアマットに転がされる。
女「まあ、落ち着いて聞けよ、律」
律「あん?」
女「あれだけ大手レコード会社を敵に回すような独立の仕方をしたのに、暴力的な方法も含めてだけど、排除されなかったのはどうしてだと思う?
まあ、これは売り上げ規模の問題もあるし、無視されたと言う可能性もありだ。
じゃあ、これはどうだ?お前達の能天気なドラッグパーティが報道されなかったのはどうしてだと思う?」
律「どう言う事だよ…」
女「少しは想像力を働かせろよ、律」
私は相手の顔を良く見る。
は?
は?
はぁ?
律「み…、お…?」
澪はサングラスを取って、
澪「やっと気付いたか、馬鹿律!」
な、何で、ここに…?
澪「何で私がここにいるとかそんな説明してる暇は無い。良いから、書類の一切合財を持って来い。私を信じろ」
律「だ、だけど…」
澪「ここは私やムギの戻ってくる場所じゃないのか!」
律「あ、ああ…、分かった…」
私は、すぐビルに引き返し応接室のソファでぼんやりしていた唯と梓にも手伝わせ、書類をかき集める。
澪「良いか?これから私のやる事は表面的には整理屋と変わらない。
信じてくれとしか言えない。確実に原盤権だけは守るつもりだけど…。
いや最悪、債権は全部私とムギで買い取るようにするから」
私は、澪の言葉をどこか遠くに聞いていた。
澪がそんな私の様子に気付いて、肩に手を置いて
澪「大丈夫。任せておけって」
律「あ、ああ…」
そういって、澪は私達の隠れ家にと宛がってくれたホテルの部屋を出て行く。
梓は、まだ澪を信用し切れていないのか、
窓際のテーブルに腰掛けてスマートフォンで「倒産に乗じて~」なんて言葉で検索して状況を確認している。
私は…。
ん、唯?
唯「澪ちゃんの親類が興行系のヤの人だってのは驚いたねー」
律「あー、そうだな…。私も今初めて知ったよ」
唯「雑誌とかにも手を回してくれてたんだね」
律「裏からサポートなんて回りくどいよな、どうせなら最初から…」
唯「ん?」
律「いや、いつも見ててくれたんなら連絡の一つぐらいよこしてくれれば良いのにな」
唯「澪ちゃんもさ、やっとだったんじゃないかな」
律「やっと?」
唯「だから、私達の前に顔を見せられるようになるのって」
律「あー、あいつは恥ずかしがり屋だからなー」
唯はクスリと笑って私の手をギュっと握る。
唯「心配?」
律「いや、そう言うんじゃなくて、現実感が、な…」
唯「大丈夫だよ」
律「おー、自信たっぷりだなー」
唯「あのさ、澪ちゃんがスタジオ出てっちゃった日さ?」
忘れもしない、全ての始まりの日だ。
唯「あの日、私がベースを澪ちゃんの家に届けに言ったじゃない?」
律「ああ」
唯「あの時ね、澪ちゃんがね『唯には才能があるよ。
そして、律がきっとその才能を生かす道を作ってくれるからさ』って言ってくれたんだよ」
律「澪が…」
唯「うん」
なんだよ…、それ…。
今になってって、ちょっとズルイだろ。
唯「そんな澪ちゃんだもん。きっと良い様にしてくれるよ」
律「あ、ああ、そうだな…」
唯「あ、りっちゃん、泣いてる?。いい歳してぇー」
律「ちげーし、べ、別に泣いてねーし。
大体、唯だって裁判の時『憂、憂ぃ~、ごべんなざ~い、もうじにゃいがら~、裁判官ざんぼゆるじでぐだじゃ~い』って大泣きしてたじゃねーか」
唯「べっつに~」
律「別に、なんだよ」
唯「あれは嘘泣きだもんねー」
嘘くせ!
律「じゃ、じゃあ、私だって…」
唯「いーや、私には分かるねー、りっちゃん、泣いてる。
大好きな澪ちゃんとまた一緒にやれると思って泣いてるよぅ」
当たりだよ、大当たり。
紬「りっちゃん、唯ちゃん、梓ちゃん、お久し振り」
唯「おお、ムギちゃーん」
梓「ムギ先輩、お久し振りです」
私は長い海外暮らしで、すっかりそのライフスタイルに馴染んでしまっているであろうムギに合わせてハグで挨拶。
律「ムギ、元気そうだな」
紬「ええ…」
律「いや、別にそんな深刻そうな顔しなくても、大丈夫だから」
紬「深刻そう?違うわ、りっちゃん達がいざって言う時に連絡くれなかったのが寂しかったからよ」
律「ごめん…」
紬「ふふ、冗談よ。でも、本当に大丈夫?」
律「大丈夫だよ」
そう、私は大丈夫だ。
何一つ無駄な事は無かった。
勿論、唯の作品群を世に送り出せた(勿論これからもだ)と言う事もあるし、
またこうして皆が一箇所に集まって何かをやれるんだからね。(そしてその場所を作ったのは私だ)
紬「あ、澪ちゃん」
澪が入って来る。
澪「ムギ、久し振り」
紬「澪ちゃんもお久し振り」
律「澪、それで上手く行きそうなのか?」
澪「おー、原因作った奴が偉そう」
律「うっせ」
梓「拗ねちゃいました?」
律「うるさいよ、中野」
唯「あはは」
一瞬、私達が隠れてる(実際問題、そんなやばい状況なのだな)ホテルの一室がまるであの部室のように思える。
そうだ、全ては無駄じゃなかったって事だ…。
今私がこう考えてるのは別に、さっきまで吸ってたジョイントの力じゃないよ?
嘘じゃない。
つまりこう言う事だ。
全てが上手くいって最後はこう言う形になるに決まっているんだ。
HTTレコーズ
オーナー:秋山澪、琴吹紬
社長:田井中律
役員:中野梓、平沢唯
最高だろ?
Good Good Good Double good ,… and good ending?
御清覧ありがとうございました。
最終更新:2011年04月24日 18:46