私はさっきこの世の大体のものは双曲線だと言った。

でも、トラブルに関してはそうでは無いらしい。

金融的トラブルでレーベルは下降線を辿っている。

それと同時に、私達の看板アーティストは薬物トラブルで下降線を辿っているそうだ。

私の知っている理論からは随分かけ離れた事態じゃないか?


律「んー、何…?」

梓「律先輩、今大丈夫ですか?」

この夜更けに…。

いや向こうでは時差の関係で昼なのか。

梓「駄目です。とにかくこっちにいても話になりません」

この二言だけでも、緊急性とそこから滲み出してくるような疲れが分かった。

律「ちょっと、話が見えないよ。最初から話してくれよ」


梓「とにかく、こっちのドラッグディーラーが性質が悪い上に、唯先輩も唯先輩でコントロールが利かない状況になっちゃってて…。
お金が無いって言ったら、楽器とかも売ろうとしちゃって…。
だって、ギターまで売ろうとしてたんですよ!あのギー太を!!」

律「梓、落ち着けよ」

梓「律先輩はここにいないから!」
律「梓!」

梓「…はい、すいません…」

律「お金は取り合えず送るようにする。ただ、ハードドラッグだけはもう使わせないように…。
そうだ、メタドンプログラム!そう言うのを受けさせろ。かかるお金はすぐ用意するから」

梓「…。分かりました。出来るだけ早くお願いします。もう、私じゃ全然押さえられないんで…」

律「分かった…」


根拠はまったく無かった。

ただ、軽く考えていたと言うだけなんだろう。


当然の事ながら、新作は出ていない。

リミックス盤や梓が連れて来た人らのものを出したが、それで入って来るお金ではレーベルを維持するのは難しくなっていた。

借金の返済、借金の返済&借金の返済。

首が回らないとはこの事だ。

ただ前だけを向いている理由が出来て良いのかも知れない。

でも、唯が帰ってくれば、取り合えず何とかなるはずだ。

何とかなるはずなのだ。

唯は明らかに他の客とは違うテンションを見せて、空港職員の注意を良くない方に引いていた。

唯「おー、りっちゃ~ん!綺麗な身体になって帰ってきたよー!!」

唯は私を見つけると、手を振って駆けだす。

梓はやれやれと言った様子で唯の後ろから付いて来る。

唯「いぇーい、カムバックトゥジャパーン!」

唯は片手に大きなショッパー、もう片方の手でトランクを押していて、肩には…。

良かった、ギー太は持って帰って来てるみたいだな。

律「二人ともお疲れ…」

唯は勢い良く飛び跳ねて、そして…







こけた。


ショッパーの中に入っていたのか、壜が砕け散る音がする。

私は壜の砕け散る音に一瞬目を背け、そしてまた視線を戻すと、そこには床に這って、
割れた壜の中に入っていたであろう粘性の液体を一滴だろうと無駄にしたくないと言う様子で、
床に口を近づけて吸おうとしている唯の姿があった。

唯「あ、あぁメタドンが、私のメタドンがぁ…、うわぁ!!」

梓は駆け寄って、他の搭乗客の好奇の目が向かないように、唯を必死で宥めようとしていた。

私は、足から力が抜けてしまってそこで立っているのが精一杯だった。

梓「唯先輩、大丈夫ですから、まだたくさんありますから」

唯「あずにゃーん!!だってだってぇ!!」

空港職員が多数駆け寄ってくる。

梓は医者の処方箋なのか、紙束をこれ見よがしに振り回していた。

梓「処方箋貰ってますから!処方箋はありますから!」

馬鹿!!国内じゃメタドンは未承認だよ!

私は立ち眩みで目の前が真っ暗になるのを耐えながら、心の中で梓に必死で突っ込んだ。


唯は逮捕された。

メタドンだけで無く、
梓にも隠して向こうで併用していた医療用ヘロインを持ち帰って来てたってのが致命的だったらしい。


それでも、初犯であること。

国外のものとは言え、処方箋を持っていた事。

また、治療をしようと言う意思があった事等が考慮されて、執行猶予が付いた。


とは言え、お金の問題はより悪い方向に傾いた。

保釈金400万円。

裁判費用…。

入って来るお金と出て行くお金が釣り合わない。

貸借対照表も釣り合わない。


律「くそ、取り合えずCDを出せば…」

梓「そのためのお金はどっから調達するんですか。大体、そんなすぐに出せるんですか」

律「ほらっ、スタジオ代はいらないだろ?エンジニアも唯自身で…」

梓「もう、止めましょうよ…」

律「何言ってんだよ!」

梓「律先輩知ってました?唯先輩あのヨーロッパツアー以降スタジオに入ってないんですよ?」

…。

梓「律先輩はあれ以降唯先輩とあんまり一緒に過ごして無いから知らないんですよ。唯先輩だって、海外レコーディングに行った時も最初からあんなラリパッパだった訳じゃなくて…。
ホテルでも、ビーチでも『曲が出て来ない、出来ない』って言って、すっごい悩んでたんですよ?
頭から血が出るぐらい鏡に額打ち付けたりして…、部屋の姿見を割っちゃったり、スタジオのガラス割っちゃったり…」

律「でも…」

梓「じゃあ、奇跡的にアイデアが浮かんで、曲がまた書けるようになって、
ミキシングやって、マスタリングやってって、リリースに行くまでどれだけ掛かると思ってるんですか?
そこまで時間は持つんですか?資金は?」


律「それは、前話が来てたメジャーの…」

メジャー?

私は何を言ってるんだろう…。

それを拒否するために、自分達でやって来たんじゃ無かったのか?

大体、今まで唯が作った曲は誰のものだ?

私はそれを勝手に売り飛ばそうとしてたのか?

梓「律先輩…?」

あ…?

梓が心配そうに覗き込んでいる。

梓「大丈夫ですか?突然喋るのを止めたかと思ったら…、そのままピクリとも動かなくなっちゃったから…」

律「あ、うん。大丈夫」

大丈夫だ。

もうお終いって事は理解した。


最後の日の前日、私と唯と梓はスタジオでジャムった。

私は久し振りに、本当に久し振りにドラムを叩いた。

梓はギターを弾き、唯は何故かベースを弾いた。

梓も合わせるようにギターを弾くのは久し振りだったらしい。

梓「こう言うのって、やっぱり楽しいですね」

唯「だよねー」

律「まあな」

梓「律先輩、久々の割りに以外とちゃんとしてましたね」

律「中野、お前うっさいよ。ところで、唯は何でベース弾いてるんだよ?」

唯「え?だって、3ピースだし」

律「そりゃそうだけどさ」

そうだな。

ベースが無いとバンドってのは、結局上手くいかない。

梓「あ…」

律「ん?」

梓「そろそろ日の出の時間ですね…」

私達は黙り込む。

本当に最後の日だ。


私達はいままでと同じようにジョイントを回し吸いする。

HTTレーベル的なアフェアーって奴?

私達はベランダに出て日が昇るのを見ていた。

そう言えば、自分達でやろうって決めた時もこんな風に朝日を眺めながらだった。

光がパァーって、ビルの間から差し込んでさ。

光が当たってる部分と影の部分のコントラストを見てたらさ?

な?

律「何か、あっけなかったな…」

梓「ええ、なんか全てが夢だった感じですよね」

唯「ねえ、りっちゃん」

律「ん?」

唯「こんなことになっちゃってごめんね?」

律「良いよ、気にしてない。私は大丈夫だよ、全然。」

梓がまぜっかえす。

梓「そうですよ、こうなったのだって律先輩の無駄遣いが原因なんですから、唯先輩が謝る事なんて無いですよ」

律「おぅい!」

梓「大体、あの会議室に飾ってある不気味なウサギの絵がいくらか知ってます?」

唯「えー、あれ可愛いじゃん」

梓「そう言う事じゃなくてー…」

唯「えへへ。えーと、3000円ぐらい?」

梓「あれ、確か20万ぐらいしたんですよ、ね?律先輩」

唯「えぇ!!たっかーい!!」

梓「馬鹿ですよね」

律「ばっか、あれはロウブロウアート界で有名な…」

梓「それがどうしたんですか?」

律「返す言葉も無い…」


もう少ししたら、弁護士が来て、全てがお終いになる。

私の最後の仕事は原盤権は唯の元にあるのであって会社が所有してる訳では無いと言う事を管財人に理解させることだ。

そうすれば唯の元には曲の権利が残るし、あとはまだまだその才能がある。

もう一度再起する事も可能だろう。

その時、傍にいるのは私では無いかも知れないけど。

梓も名前に傷が付く訳では無いし、私の替わり(傲慢な言い方だね、これ)唯の事を手伝ってやって欲しいと思う。

下を見下ろしていた梓が車の音を聞き付ける。

梓「来たみたいですよ?」

私は、最後のジョイントの煙を肺の奥まで吸い込む。

律「じゃあ、出迎えて来ますか」

唯「りっちゃん、大丈夫?」

律「唯ー、そんな目で見るなよ。取って食われやしないさ。梓もさ」

梓「わ、私は心配なんかしてませんから」

律「あ、そ。ま、最後のお勤めに行って来るよ」

律「Game is over 悲しいけれど~♪終わりにしよう きりがないから~♪」

ビル外壁に据え付けられた非常階段は何時だって風が強い。

私は足元が覚束なくて風に煽られて少しだけ怖い思いをする。

意図せざるポストモダンなサビ止め塗装しただけの灰色の手すりに肘をかけて一息つく。

私は、何となく段飛ばしをしたくなって、段数を数える。

一階まで、階段の残りは、1、2、3、…、十段か。

微妙だな…。

一気に行けるか?

迷った時は…?

飛んでみろ!

私は床を思い切り蹴って、踏み切る。

ラメ入りのロングカーディガンを靡かせてジャンプ。

あれ…?

律「管財人…、を引き受けてくれる弁護士の方ですよね?」

そんな訳無い。

どっからどう見ても違う雰囲気を漂わせている。

良く言えばインテリヤクザ。

悪く言えばヤクザ。

ヤ「そんな訳ねーだろ」

律「ですよね~」

ヤ「来い」

律「はい?」

ヤの人は私を、連れ出そうとする。

あれ?

まずい。

沈められる?

ソープ?

それとも東京湾?

律「あ、あのー、でも、自分人を待たないといけないので…」

睨まれた。

私はカエルの様。

ヤの人の後ろに付いてビルを出る。

そうするしか無い。


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