唯は覚醒したままステージに上がり、ギターを弾いて、キーボードを弾いて、ドラムを叩いて、
そして身震いするように歌い踊った。

スイッチを入れると電気はパッと点く。

切るとパッと消える。

それを繰り返すみたいにパパパッと動く。

その都度、音も変化する。

観客は唯の生み出すバイブに飲まれていた。

いや、ずっと側で見てきた筈の私も梓もだ。

この凄さを分かりやすく伝えようとすると…。

そうだな、「凄ぇ!私達の前にイギー・ポップがいる」と言う感じ。

唯の入れ込み様も度が過ぎるぐらいで、アンコールのラストの曲の時ちょっとだけ怖い思いをした。

曲自体は終わろうとしていて、でも唯が最後にPCを操作しないので、
打ち込みのリズムパートは延々リズムを刻んだままで、唯はそれに合わせてハミングして踊り続けてしまっていた。

唯の踊りは獣みたいに段々動きを激しくしていって、遂にはステージ上で転倒してしまう。

私と梓はやっとそこで問題に気が付いて唯をステージ上から引きずり下ろす。

幸いにも、曲が丁度リエディットされたような形になっていたので、客は踊ることに熱中していて気付かない。

私達は曲を徐々にフェイドアウトさせて、ステージの照明をバーンと消す。

客はそれがいかにもなアーティストらしい演出だと勘違いし、ちょっとした混乱を起しつつ退場していった。

律「おい、大丈夫か?!」

梓「唯先輩!」

唯は、むくりと上半身を起して

唯「えへへ、決まってる時に足上げて踊るとやっぱり駄目だね…。あんまり気持ち良かったから、そこんところ忘れちゃってた…」

律「ばーか…」

私と梓は胸を撫で下ろして苦笑する。

唯もニヤニヤと笑っていた。

皮肉な言い方になってしまうけど、
こんなちょっと良い話を実演してる時でも、私は見逃さない。

唯の口角に乾いた大量の泡が付いていた事を。


次の会場からは、唯もマナー(何の?なんて無粋な事は聞かないでくれ)を覚えたのか特にアクシデントも無く過ぎた。

ライブの出来はまた別の話で、「特」別に凄かった。

まず、同じ曲でも、同じ様には演奏しない。

それと、何時作ったのか私達も知らない曲を一つか二つ持ち込んでいて(データをHDで持ち込んでそれをPCでリアルタイムに操作しながらシームレスで繋ぐんだから、分からないんだ。正確には3曲かも知れないし、4曲かも知れない)、
いくらセットを決めるのは、私や梓があまり手の出せない仕事とは言え、ちょっとその時の驚きと言ったら無かった。

本当にエクスペリメンタルで、でも同時にパワフルでエモーショナルだった。

私達はレコード会社じゃないから、私も梓も一緒に一つのツアーバスで三都市を巡った。

まず最初に私達は友達だし、唯は天才ではあるけれど、気難しい自惚れ屋って訳でも無かったから(勿論他の外の連中に対しては分からないけどさ)、
「私はロックスターだし、50席以上のプライベートジェットにしか乗らないから」と言う事も無いからね。

私達は既に貧乏バンドと言う訳でも無かったからのんびりしたもんで、色んな寄り道をしながら…。


ああ、そうだ。

性的なシーンと言うのは、挿入すべきでないよね。

特にそれが、そこら辺の男の子やファンの子を何人か札束で引っ叩いて買って、バスに連れ込んでドラッグ塗れのセックスをしたなんて言う感じの話だったら。

でも、例えばこれが男のロックスターだったら、そう言うサービスをしてる女の人(グルーピーの女の子でも良いんだけどさ)を買ってバスでセックスしながら移動するなんてのは良く聞く話で、
じゃあ私達が女の子だったら、どうしてそれをしちゃいけないって言うんだい?

詳しくは書かないけど、この経験で一番びっくりしたのは、
男だってあまりにハッピーになると、
アナルに双頭バイブ突っ込んで二人一緒に絶頂に至るって事もあるって事だな。

別に、札束で頬引っ叩いて「お前ら二人で気持ちよくなって見ろ!」なんて酷いセリフを吐いた訳じゃないよ?

嘘じゃないよ?


でも、そもそもの話、ここで書いた事の全てが私達のロックンロールライフを誇張するための嘘かも知れないしね。

虚構と現実とでそれを聞いた人々が面白いと思った方がいつか本当の事になっていく。

ロックンロールに纏わる逸話と言うのはそう言うものだよね。


唯「ねえ、あずにゃんはコカインはやらないの?」

梓「私はEだけで十分ですねー」

律「唯、コークは止めときな」

唯「何で?」

律「コカインはスーツ族御用達の薬で、才能を枯渇させるって言うし」

唯「あはは、それじゃあ私はやっても大丈夫だね」

律「ばっか、そんな事ねーだろ」

梓「そうですよ」

唯「あはは、攻撃的になってみました!みたいな感じが駄目とか?」

律「だから、周りからすれば止めろって話さ」

梓「まあ、過去のロックスターの凋落もコカインが原因て言い回しは、定着してますしね」

唯「攻撃的になって見ました!自信過剰になって見ました!」

律「だからぁ、ハードドラッグん中でもそうなるのが良く無いって話なんだろ?」

唯「あはは」


このライブツアー終了後、唯はちょっと有り得ないぐらいのペースで曲を作り始めた。


唯「ねえ、りっちゃん?」

律「んー?」

唯「何枚か変名で出したいんだけど」

律「良いんじゃね?」

即決。

これが、私達のやり方だからだ。

律「でも、どうして?」

唯「んー、ちょっと違うスタイルでやってみたいから?」

律「どんな感じで」

唯「一つは普通にちょっと変わった感じで。もう一個はあずにゃんにメインでやってもらって、私はエンジニアを主にやる感じで」

律「面白そうだな」

唯「ね?良いでしょ?それとさ?」

律「まだ何かあるのかぁ?」

唯「りっちゃん、一曲歌って?」

ブフゥッ!

コーヒー噴いた。

律「おいおい…」

唯「カラオケでボーカルトレーニング積んどいてね」

律「私はアーティストじゃないんだぞ」

唯「今回はそう言う感じでやりたいんだってば」

…。

そう言う感じってヘタウマ感とかそう言う感じか?

…まったく。


このプロジェクト。

自分名義。

変名。

同時三枚リリース。

シングルじゃなくて、アルバムをね。

そこから、何枚かシングルカット。

セルフリミックス。

梓によるリミックス。

梓が連れて来た知り合いによるリミックス。

この前のツアーとこのリリースラッシュで私達はさらに有名になった。

楽曲提供、リミックス。プロデュース、フューチャーリングの依頼がひっきりなしだ。

スポークスマンは私が勤めて、唯自身はインタビューなどには顔を見せ無かったので、
平沢唯は複数名によるプロジェクト説が飛び出したりしたのが面白い。

結果、私も『平沢唯』の一員と言う風に捉えられているらしい。

肯定も否定もしない。

神秘のベールは人をより大きく見せる。

インタビュアー「では『平沢唯』は個人名では無いと」

律「そこら辺は私の口からは何とも言えないなあ。大体、あなた方だってライブは見てる訳でしょ?」

イ「でも、これまで出したリリース全てに名前が出てますよね」

律「それが?」

イ「量的、ジャンル的に一個人の仕事とは考えづらくて」

律「ふふん」

イ「…」

少しだけ、私達の身の回りも騒がしくなる。

いわゆる、セレブ社会へのお誘いと言う奴だ。

唯と梓はあまり気乗りせず。

私は半分ぐらい足を突っ込む感じで。

梓「えー、私はいいですよ。遠慮しときます」

律「唯は?」

唯「私もあんまり気乗りしないかなあ」

律「あっそ…」

梓「大体、その手のパーティってプライベートだって言っても、半分パブリックじゃないですか。
あとで友達面した人らとの集合写真が雑誌に出たりするの嫌なんですよ。
私はこんなに交友関係が広いんですってアピールのためって感じだし」

唯「私も、別にあんま興味無いかなあ」

律「だぁー、分かったよ。私一人で行って来るよ」

梓「拗ねちゃった」

唯「ごめんね、りっちゃん?」

律「うるせ」

梓「ねえ、律先輩」

律「うん?」

梓「今度、水曜日にレギュラーでDJ頼まれたんですけど」

律「面白いじゃん」

梓「いや、唯先輩じゃなくて、私が…」

律「いやいや、別に問題ないだろ」

梓「そ、そうですか」

律「拍子抜け?」

梓「別に…」

律「拗ねた?」

梓「うるさいです!」

私達は順調だった。


少なくとも私達の中ではそうだった。

唯の出すものは、最初ほどでは無いがコンスタントに売れていたし、梓も自分だけの活動を行うようになり、
それはまたHTTレーベルに新たな力を与えていた。


私はさらに何か出来ないかと考えていた。

唯は唯でもっと先を考えていた。

梓にも色々考えがあっただろう。

私は何だって出来る気分になっていた。

限界って何?と言う気分だ。


唯「ねえ、スタジオ作りたい。36トラックで良いから、ね?」

律「奇遇だ。私もビルを買おうと思ってた。そこの地下一階をスタジオにしよう」

唯「わーい!」

梓「は?!」

律「だからさ、でっかいビル買ってさ…」

梓「いやいや」

律「大丈夫、銀行からそのビル担保に金借りるから」

梓「…」

律「私が聞いた話では、借り入れてもビルの価値が上がれば、貸借対照表も上がってお金も儲かる」

梓「でも…」

律「私は何も不動産投機のためにビルを買う訳じゃない。ちゃんとオフィスだったり唯のスタジオって言う目的もある」

つまりね、建物は創造性を集中させる。

例としてはルネッサンス時代のフィレンツェだ。

そう、人の意識を変革させた時代。

唯「私達はここまでこれた。これからだってこの調子で行けるよ」

律「そう言う事。そして、このHTTビルもまたその起爆剤になる」

梓「…」

実際、その時点では何の兆候も無かった訳だし、私の決断を後だしで責められても困る。


律「向こうのバンドから、一緒にツアー回らないか?ってオファーが来ました」

唯「面白そう」

梓「良いじゃないですか」

律「こういう言い方ってありがちだけど、ちょっと感慨深いよな」

梓「ええ、そうですね」

最初は面白そうだと思ったんだ。

でも、失敗だった側面の方が大きいかも知れない。

つまりね、前のライブツアーなんてのは本当に規模が小さいから、自分達で何でも出来たし、それで自信も持てたんだ。

でも、今回は数台のトレーラーと向こうのプロモーターが用意したクルー。

よそよそしく振舞ったつもりは無いけど、どうも向こうのバンドにもプロモーターにも、私達が仲間以外と交わらない気難しがり屋だと思わせてしまった。


それにちょっと、その事(私達がホテルでも閉じこもりがちになっていたって事だけど)は私達自身をも侵食してしまったんだ。

私や梓のイメージだと海外のバンドってのは、例えばグレイトフルデッドのイメージだけど、凄いドラッグをやると言うイメージがあった。

でも、実際は閉じこもりがちになってしまって、その退屈や鬱屈をはらすためか、唯の方が全然大量に使用してた。


そう言うものに関しては、勿論日本にいた時だってそれなりに使っていた。

それらの事に関して、
唯は以前「これって、もしも対処出来るなら素晴らしいものだと思うんだ。
その事を理解して、自分自身を信じられるなら、ちゃんと対処出来るものでもあって…。
だから、やっぱり素晴らしいものだよね」
なんて言う安っぽいニューエイジャー(ティモシー・リアリーとかジョン・C・リリーみたいな?)みたいな事を言っていた。

だけど、やっぱり良くありがちな事だけど、唯のそれは今や対処出来ないレベルに足を突っ込みつつあったんだ。


ツアーを終えて日本に帰ってきた私達は、取り合えずその対策を練らないといけない状態になっていた。

私も梓も日本の更正施設に入れるのは反対だった。

まだ、それほど禁断症状が出てもいなかった事もあるけど、
それは私達の前進を止める事と同義だったし、兎に角唯が好奇の目に晒されるってのが嫌だった。

梓「取り合えず、海外レコーディングって事で連れ出しましょう。私が付き添います」

律「ああ、そうだな」

梓「実際に、レコーディングもさせるつもりですけどね」

律「一石二鳥だ」

梓「ええ。綺麗な身体の唯先輩と新作を持って帰ってきますよ」

これで、一安心だと思った。

唯がこれ以上ドラッグを使用しなくなる根拠なんてものはまったく無かったのに、
なぜ一安心出来ると思ったんだろう。


唯達が海外に脱出して一つが落ち着いたと思ったら、今度は別のトラブルが襲って来る。

この世の大体のものは双曲線的な図を描くのだ。


お金を借り入れる際、会計士は私達のビルの資産価値は~~円と言った。

唯達を空港で送り出した週の週末に、会計士から電話が掛かってきた。

ビルの資産価値が下がっています。

今現在だと、××円です。

素人の私には言ってる事が分からない。

つまり、私達は知らない間に借金を増やしていたらしい。

それも数千万とか、現物を実際には見たことの無い単位で。


いや、別にビルを処分特価で売る気は無いし、
そりゃあ数値上でも借金が増えるのは面白く無いが、でもまあこんなものだと自分を落ち着ける事は出来る。

ただ、貸した方はそうでも無かった。

実際に借りたのは~~円で、貸した方の銀行はいつでも言う事が出来た。

すぐ返して下さいと。

銀行が不安を感じた時にはいつでもだ。


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