私は唯の言うように60年代の大流行したそれが一番だったが、唯は何でもありだった。

ここは、音楽と自身の身体に関する唯のラボラトリー(パレルモ研究所みたいなもんかな?)
で、勿論実験の材料となるのは唯自身の身体だ。

発明した音楽を自分の精神で試し、薬は自分の身体で試す。


アイマスクとヘッドフォンで完全に外界から遮断された唯が座ったまま身体を揺らしている。

梓は…。

梓「…」

まあ、当たり前か。

律「ほら、憧れの唯先輩だぞー」

梓「はぁ…」

しゃあねえ。

色々踏み潰さないようにつま先で抜き足差し足。

アイマスクもヘッドフォンも一気に…。

律「よぉ」

唯「あ、りっちゃん…」

律「こう言うのはよせって言ったろー。ヘッドフォンだけにするとか、ノイズキャンセリング機能のは無しにするとか。
火が出たりしても気付けないだろうよ」

唯「大丈夫だよぉ…」

律「大丈夫じゃねーから」

唯「むー…、ところで、何か用?」

律「客連れて来た」

唯「お客さん?誰?」

私は部屋の入り口で固まっている梓を指差す。

梓は照れたような顔で、小さく手を振っている。

何だよ、抱きついてやりゃあ唯も喜ぶのによ…、って、

律「あれ?」

唯「わぁ!あずにゃんだぁ!!」

速っ!

しかも、何も踏み潰さずにあの距離を一気に!?

私は、梓に抱きつき頬を擦り付ける唯を見て、一瞬高校時代に帰ったかのような錯覚に陥る。

しかし、部屋中に落ちている小包は既に高校時代がはるか昔である事を示していて、私を高校時代は連れ戻し切らない。


唯「あずにゃ~ん」

梓「ちょっと、唯先輩…。もういい歳なんですから…」

唯「あずにゃんはあずにゃんだよぉ~」

おっと、梓こっちを見ても私は助け舟なんか出さないぜ?

アーティストに気持ち良く仕事をさせるのも社長の仕事だ。

看板アーティストと後輩を天秤に掛けたら針はアーティストの方に振り切るのは避けられない。




梓「もう、律先輩も助けてくれれば…」

律「ばっか、せっかくのサプライズゲストなんだから、しっかり唯に楽しんで貰わないと、なぁ唯」

唯「そうそう、久々のあずにゃん分をしっかり補給させて頂きました」

唯は後部座席に座り梓の身体に手を回したまま上機嫌に答える。

梓「唯先輩…、そうやって舌でペロリと口の周り舐めながら言うの止めて下さいよ」

唯「え、何で?」

梓「何だか、汚された気分になるからです」

唯「ひ、ひどいよ、あずにゃん…」

律「へへ、良いじゃないの、本当に久々で唯だってそう言う気分だったんだよ」

梓「そ、そりゃあ、私だって懐かしかったですけど、ものには限度ってものが…」

唯「ひどいよ、あずにゃんはもう私のこと何とも思ってないわけぇ?」

梓「そんな事無いですけど…」

唯「じゃあ、こうしても良いんだ!」

梓「あっ?!」

律「おい、あんま暴れんなよ。大体、唯はシートベルト締めてないじゃんよ」

唯「大丈夫大丈夫」

律「駄目だろ」

唯「いやあ、コンソールボックスの中のもの見つかる方が駄目でしょ!」

律「うっせ」

唯「大丈夫だよねー、あずにゃん!!」

また、唯はギューと梓を抱きしめシートに押し倒す。

梓「ゆ、唯せんぱい?!あっ…」

律「お前ら、人の言う事を聞けよ…」



唯のこのテンションは飲み屋に行っても続いていた。

梓は何度唇を奪われたか分からないし、私もおでこにキスを浴びた。

精神(音楽)と身体(薬)の研究者としての唯では無く、高校時代と地続きの唯な感じで。

人はあらゆるものになれる。

人は完全に変わってしまう事は無く、ちょっと別の姿になる方法と言うのを見つけるのだ。


唯「ねえ、りっちゃん」

酒は随分回っているようだったが、意識ははっきりしていたし、酒が回って意識がスローになっている分だけ落ち着いているように見えた。

唯も梓も。

そして、私も。

律「何だー?」

唯「私さー、一体、いつになったらあずにゃん、連れて来てくれるんだろうって、すっと思ってたんだよー?」


梓「どういう事です?」

唯「だからぁ、あずにゃんがテープ送って来てくれたでしょ?」


律「あー、えっと?何でデモテープの事、唯が知ってんだ?」

唯はしまった、と言う顔をする。

唯「えーっと…、えへへ、もう、いいよね…。言っちゃうね」

梓「え?え?」

梓のテンパりを見てて私は少し落ち着く。

唯「あのね、デモね、いつもりっちゃんのとこに持ってくよりも先に私のとこに持って来て貰ってたんだ」

律「あー…」

唯「ごめんね?だって、りっちゃん、最近ちゃんと聞いて無かったみたいだし」

律「いや、私は構わないけどさ…」

唯「だから、あずにゃんがデモもいち早く聞かせてもらっていたのでした」

律「梓がさ…」

梓は酔いがすっかり醒めた様子で悶えている。

唯「あずにゃん、可愛いー」

梓「唯先輩、悪趣味ですよ」

唯「何で~?だって、聞かせたかったから送って来たんでしょ?」

梓「それはそうですけど…」

唯「結構良かったよね、あの曲。身体動いちゃうもんね?」

梓「あ、ありがとうございます…」

唯「あ、でもね、フュージョンぽいギターを乗っけるアイデアは良かったと思うけど、普通のポップスみたいにAメロBメロサビって構成作っちゃってるでしょ?
そうじゃなくて、ベースとドラムは一小節ループで作って、その上に乗っけるような感じでやった方がもっと良かったかな」

梓は酔いも醒めたような表情で言葉を失っている。

唯「展開の無さって言うか、何だろ…、ミニマルさの美学?を生かすようなフラットな形にした方が良いと思うんだ。
勿論、転調とかも無し。上モノ自体には展開あるし十分でしょ。
だって、あんまり展開が多いとリラックス出来ないからね…、って、あれ?どうしたの二人とも」

律「あ、いや、ちょっとな」

唯「ふーん、変なのぉ」

律「あ、そこのマンションの地下駐車場に入れてください」

私は、運転代行に指示を出す。

唯は後部座席で酔い潰れている。

梓も当然あまり良くない酔い方をして、ドアにもたれていた。

律「ほら、唯、着いたぞ…」

唯「あぅ…、足…、利かない…」

律「ばっか、お前ちゃんぽんに飲みすぎだよ…」

唯「だってぇ…」

律「梓、ちょっと肩貸して…」

梓「は、はい…」

私と梓はやっとの事で、唯を部屋まで連れ帰るとソファに横たえる。

律「あー、すっかり酔いが醒めちまったよ」

梓「私は…、う」

梓はトイレに駆け込む。

仲間なんだから、そんな重く受け止める必要なんて無い。

勿論、唯には悪意なんかある訳無いし、梓の作ってきた曲だってあれが完成形だったと言う訳でも無い。

まあ、そこら辺は実際には梓にしか分からない訳だけどさ。


私はベランダに出ていつものようにジョイント(レバノン産の上物だ)に火を着ける。

律「もう朝か…、ん?」

梓か。

律「もう、ゲロは大丈夫なのかぁ?」

梓「はい、何とか…」

まだ、あんまり大丈夫そうには見えないけどな。。

律「あんまさ、重く受け止める必要ないと思うけど?」

梓「そうですかね」

律「そうだろ」

梓「私、傲慢ですよね。天才でも無いのに」

私は梓の頭をはたく。

人間慰めて欲しいし、形としてちょっと責めて欲しい時はある。

律「そう言う態度の方が傲慢だろ」

梓「そうですかね」

律「ああ」

梓「ねえ、律先輩」

律「んー」

梓「ここで私に何か出来ることありますか?」

私は梓の頭をはたく。

人間慰めて欲しいし、形としてちょっと責めて欲しい時はある。

律「そう言う態度の方が傲慢だろ」

梓「そうですかね」

律「ああ」

梓「ねえ、律先輩」

律「んー」

梓「ここで私に何か出来ることありますか?」

律「なあ、梓がさテープ送って来てくれたじゃん?」

梓「え、あ、はい…」

律「あの時さ、丁度唯のマネージャーやってた奴を止めさせた時だったんだ」

梓「えっと…」

律「いや、仕事も出来たし、色々考えてた奴だったんだけどさ、ちょっと私の考えるレーベルってのとは考え方が違ったって言うか…。
だからさ、梓がテープ送って来た時に、『しめた!』って思ったんだよ」

こう言う時に隠し事をしたり、騙したりって言う手口は使いたくない。

律「随分梓のこと舐めてたって言うかさ…、特に梓のああ言う心情を聞いちゃった後だとな。
だから、『私に出来る事』って言われても、私からは…」

梓「…」

律「だからさ…、ん?」

梓?

何で笑ってるんだ?

梓「律先輩、何で私がやれる事がマネージャーしかないって決め付けてるんですか?」

律「いや、だって、お前…」

梓「それに、スケジュールを管理したりってそれこそ本当にマネージャーってだけなら、バイトみたいなのでも良い訳じゃないですか」

律「そりゃあ、まあ…な…」

梓「でも、その新顔のマネージャーがどう言う人間だったか知らないですけど、会社のやり方に大きく関わるようなアイデアを勝手に実行しようとするなんてのは、
その人間が相当に傲慢か、それか律先輩が怠け病を患ってるって事を簡単に見抜けられ過ぎるって事ですよ」

澪は以前Don’t Say Lazyと歌った。

それで私はLazyitisってか?

律「ちょ、梓、お前なぁ…」

梓「私なら律先輩がどう言うつもりでこのレーベルをやってるかって事も良く分かってるし、それにずっと前から仲間じゃないですか」

ああ、そうだな…。

梓が手を差し出す。

律「梓…」

梓「肩書きはクリエイティブマネージャーで良いですから」

私は笑って答える。

律「言ってろよ」

私は手を握ろうとして、でも引っ込めて

梓「律先輩?」

律「へへ、こう言う時は唯も含めて、だろ?」

梓に気付かされたのだけど、私がやりたかったのはレコード会社じゃない。

そう、ある種の理想主義的に支えられた共同体って奴だ。

だから、これは凄く良い流れだ。

梓の加入は色々良い影響を与えた。

まず、親がセミプロで、自身もまたプロ志向が強かった梓は私達とは違う方面で色々な人脈を持っていたし(例えば地方のそれなりに力のあるライブハウスオーナーと知り合いだったり)、
他にも大学時代のサークルの仲間には売り出し中のDJがいたりした。

梓はそんな連中を唯に会わせては、ちょっとしたシンパみたいなものを増やしていった。

また、唯に取っても梓に連れられて外出する事はそれなりに刺激を得る経験のようだった。

梓「ねえ、そろそろライブをやって見ませんか。結構引き手あるんですよ」

唯「うんうん、やるよ!やりたい!」

律「そうだな、面白いかもなー」

梓「まずは主要都市で」

律「その内に全国48箇所で」

三人が三人ともキョトンとして、それから爆発。

梓「実際、そう言う日も遠く無いと思いますよ?」

律「キャパはどれぐらいで行く?」

唯「箱よりもPAの方が重要だよ。でっかくて地面からドンドン響くような奴じゃないと」

律「地面にスピーカーが埋め込んであってか?」

唯「そうそう、そんなのがあったら、うっとりしちゃう」

梓「じゃあ、どちらかと言うと低音が出せるような…、クラブとかの方が良いですかね」

律「そもそもロックンロールだって踊るための音楽だからな、身体が揺れないとな」

梓「じゃあ、そう言う感じのとこを押さえますよ」

律「編成はどうする?」

唯「一人で出来るようにもしとくけど…。あ、でもギター、ベース、シンセオペレーターとドラム、あとパーカッションを用意して欲しいかな」

律「オッケ。前やってくれた人達で唯が良い感じって言ってた人らにまず声掛けてみるよ」


自分に出来る事を補い合いながらする。

注文が来た分だけCDを追加プレスをするのなんて、誰にでも出来る事だ。

自分が一番既存の形に囚われていたとはお笑いだ。

唯が意見を求められれば感想も言うし、アイデアも出す。

昔みたいな感じで、ちょっとジャムってる中「お、今のリフ良くね?もう一度」なんて感じで。

まあ、私にも梓にも出せるものなんてそれほど無いのだけど。

特に梓はジャズを通して古典的な音楽理論も知っていたが、それもあまり関係が無い。

凡人は天才の作品をあるがままに世間に出す。

それ以外の方法があるかと言う話。

ああ、そうそうライブの話だったね。

凄かった。

前に私と唯がヘロヘロな音でやったライブなんかより数倍凄かった。

あれを私は「歴史に残る」と強がった。

あれは歴史に残らないかも知れないけど、今回のは歴史に残る。


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