律「あはは…」

梓「途中から、何かおかしいと思ったんですよね」

律「でも、最初のあの緊張の仕方と来たら…」

梓「あ、あれは!?」

律「『唯に惚れこんで~』の下りでのあの表情と言ったら!『唯先輩を取られちゃう~』って表情だったよなぁ?」

梓「律先輩!!」

律「『ザッパが~』」

梓「勘弁して下さい…」

もうちょい、引っ張ろうかと思ったけど、いじれたからまあ良いか。

律「じゃ、行こうぜ?」

梓「え、どこに…?あ!」

律「そ、唯の家に。久々の再開パーティ、いやティータイムか?それをしようって話」

梓「で、でも、あ、えっと、良いのかな…。大丈夫ですか?」

律「Fuck off!」

梓「えっと…、良くない…ですかね、やっぱり」

律「ばっか、このときのFuck offはOf course you fuckin’ canって事でさ。
ロックンローラーの定番的言い回しだろ?」

律「どうした?早く乗れよ」

梓「律先輩…、凄い車乗ってますね?」

律「へへ、格好良い?最新のキャデラックだぜ?内装は特注でりっちゃんのイメージカラー黄色にしてみました。
あとエンジンもルーツ式ブロワー付けてノーマルに100hp上乗せで400hp以上出してんだぜ?ホイールは22インチ。24でも良かったんだけど、あんまハイトが低いと乗り心地悪くなんだろ?」

梓「はぁ~」

ため息つきやがった。

この野郎。

ビビらせてやる。

アクセル一踏みで、一気に加速。

梓「うぁ!?」

油断しててシートに後頭部をぶつける梓が面白すぎる。

梓「…」

梓、何こっち睨んでんだよ。

梓「こんなのにお金突っ込んで馬鹿じゃないですか?」

もう一発。

今度は急ブレーキ。

イタリア製モノブロック8ポッドの威力を見せてやろう。

シートベルトが伸びきって頭がガックン。

わはは、舌噛まなくて良かったな。

律「梓良い事を教えてやる。セレブたるもの乗り物にも気を使わなければならんのよ?」

梓「今のハリウッドセレブはハイブリッドに乗ってますが?」

律「いやいや、ロックンロールの文脈ではMy baby up in a brand new caddilac♪ってのが正解だろ?」

梓「クラッシュですか?随分な分かりやすさですね」

律「な!?違ぇし!ヴィンス・テイラーだし。大体、その言い方ジョーに失礼だろ」

梓「同じ曲じゃないですか。それに、そんな外交官の息子の事なんか知りませんよ」

律「な?!」

梓「…」

律「なんだよ…」

梓「あははは」

律「なんなんだよ!」

梓「律先輩変わらないですね」

律「へへ、梓も変わらないな。性格もだけど、ルックスもさ」

梓「む…。これでも身長少し伸びたんですよ?」

律「何ミリ?」

梓「もう、知りません!」

律「へへ、わりいわりい」

変わらないよ。

やっぱり、お前は可愛い後輩だ。


律「And now, the end is near

And so I face the final curtain

You cunt, I´m not a queer

I´ll state my case, of which I´m certain

I´ve lived a life that´s full

I've traveled each and every highway

And more, much more than this

I did it my way♪」

私は良い気分で鼻歌。



梓はさっきまでと打って変わって真剣な表情。

梓「ねえ、律先輩」

律「んー?」

梓「私の曲リリースするつもりですか?」

律「それはどう言う意味で?」

梓「いや、知り合いだからって言うか、コネでって言うのは、ちょっと…」

律「梓はどうしたいんだよ?」

梓「…」

ああ、そうか。

わざわざ、うちにデモを送って来たのは唯がいるからだもんな。

自分の存在を唯に知らせたかったからだもんな?

律「梓はさ、また音楽を唯とやりたいんだろ?」

梓「?!」

そんなびっくりした顔するなよ。

私だって、色々経験したからこうしてレーベル運営なんてしてるんだぜ?

経験は人を鋭くさせるものだろ?

梓「正直な希望を言えば…、でも…」

律「自分はそのレベルに無いんじゃないか、と」

梓「はい、いや、ちょっと違うかな…、いえ、それもあるかも知れないですけど…」

律「さっき言ったけど、梓の作ってきたやつあれは演技とかでは無く、正直な感覚として悪く無かったと思うけど?」

梓「最初唯先輩の曲聞いた時に、バンドの事もあったし、『私こんな事してる場合じゃない』って思って、すぐデモ作って…。
で、律先輩から、と言うかその時はそうだと知りませんでしたけど、レーベルから連絡が来た時は本当に嬉しかったんですよ。
唯先輩の出してるレーベルから評価されたんだ、私にも資格があるんだって。でも…、でもですよ…」

律「その評価を求めた相手が友達だと、その評価が本当か自信が持てない、と」

梓「ええ、そうです…。それにその作ろうと思った自分も信頼出来なくなっちゃって…」

律「どうして?」

梓「また唯先輩とやりたいとか、横に並びたいからとかそう言う事なのかも知れないって思っちゃって」

律「それの何が問題なんだ?」

梓「だって、それってロックスターになりたいからプロを目指すって言うのと同じじゃないですか。不純ですよ。そんなんじゃ資格無いですよ」

律「梓、お前複雑に考えすぎだよ。お前の中にあった何らかの衝動に火をつけたのは唯の曲。で、その凄い唯と何かやってみたい。そして、表現するための方法論やその内容は取り合えず梓の中にあった。それで良いじゃん」

梓「律先輩…」

律「何だよ?」

梓「律先輩の考え方ってちょっと普通じゃないですよね」

うわっ、ストレートに失礼っぽい言い方されたぞ?

律「どう言う意味だよ」

梓「凄いって事です。私、律先輩のこと舐めてました」

わはは、私は凄いんだぜ?

ん…?

どっちにしろ、あんまり評価してなかったって事じゃねーか。

この野郎。

梓「でも、そうですよね。律先輩はあの唯先輩の横にずっといたんですもんね…」

梓…。


私こそ、中野梓と言う人間を舐めてたな。

唯の名前を見て寄って来たんだから、マネージャーをやらせておけば満足するだろうってのは随分と相手を馬鹿にした考え方だ。

梓「唯先輩の、あ『YUI』の方じゃなくてですよ?曲凄いですよね。メロディーがとか、テクニックがって言う言葉だと、薄っぺらい捉え方しか出来ない感じ…」

そりゃ、そのどっちもがアティチュードを伴わなければ薄っぺらいもんだからな。

梓「その、なんて言うか…、凄いって一言で済ますのが一番しっくり来ると思うんですよ」

律「ああ、唯は凄いやつだよな」

梓「律先輩?」

律「何?」

梓「何で最初の曲を録音する時にドラム叩かなかったんですか?その…、叩きたいって思わなかったですか?」

律「唯がメジャーでやった時、私は何をしてたと思う?」

梓「?」

律「唯のマネージャーをしてたんだよ」

梓「そ…、う…、なんですか…」

律「だからさ、もうそこら辺は随分前にな…。はは、大体私より唯の方が上手く叩けるんだぜ?」

そんな言いにくい事言わせたような表情するなよ…。

私はそこら辺に関しちゃもう吹っ切れてるんだぜ?

律「たださ、私はそう言う感覚よりも、唯が作る音楽を世に出したいってのが強かったからさ」

梓「そう…、ですよね…、でも…」

梓、泣いてるのか…。

ふふ、やっぱりこいつは可愛い後輩だ。

柄じゃないけど、頭撫でてやるぐらいのことはしてやるよ。

梓「律先輩…」

律「うん?」

梓「ちゃんと前見て運転して下さいね」

律「お前なぁ…」

梓「あ、ありがとうございます…」

でも、ぼそりと呟くのが聞こえたから許してやる。


梓「そう言えば、ムギ先輩や澪先輩とは連絡取り合ってるんですか?」

律「ムギからはちょい前にメールあったよ。イギリスの輸入盤屋で唯のCDを見つけたって。
へへ、そんで『なんで、教えてくれないの?ヒドイわ』って怒られちったよ」

梓「へー、ムギ先輩らしい反応ですね」

律「だよな」

梓「ムギ先輩はまだイギリスなんですか?」

律「あ、いや、向こうの支社に勤務で、もう日本には『来る』って感覚なんだってさ」

梓「はー、凄いですね…」

律「なあ、でもさ?向こうに住んでるムギにも、唯の事が届いたってのは、凄いと思わない?」

梓「良く考えれば、そうですよね」

律「だろ?『YUI』をいくらやってたって、ムギには届かなかったと思うぜ?それ考えたら、私たちの感覚は間違ってなかったって思うだろ?」

梓は改めて、感心したような表情で私を見る。


よせよ、照れるぜ。

でも、もっと褒めてくれ。

I Wanna Be Adored.って感じ?


梓「あ、えっと…、澪先輩は…?澪先輩もレーベルスタッフだったり?」

律「いや…、えっと…、澪とはもうずっと連絡取って無いんだよ…」

梓「どうして…、あ、すいません…、その詮索する気は無いんですけど…」

その表情からは聞きたいって感情しか読み取れないなあ。

良いさ。

隠すつもりも無いんだ。

梓は他人じゃないしな。

律「梓が大学のために東京行ってから、ずっと3ピースでやってたんだよ。ライブもそこそこ埋められてたし、物販のCDもちょこちょことは売れるようになってたんだ。
私はそれに満足してたし、唯は…、まあ何も考えて無かったと思うけど、澪もそれなりに満足してたんだと思ってた」

でも、そうじゃなかった。

律「そんな時、澪が辞めたいって言い出してさ。あとは、唯を頼りにデモ作ったら、それがメジャーのセレクトに引っ掛かって、デビューして、嫌になって今に至る、と」

満足して無い表情だな。

梓「そう言うもんですか?」

律「あー、分かったよ。私が思ってるだけだから、澪が実際どうだったかは分からないんだけどさ、恐らくこう言う事だと思う」

ある種の突出した存在は、他を抑圧し後退りさせる。

良くある、そう本当に良くあるバンドが悪くなる時の典型例でしか無いんだが、まあそんな感じだったのだと思う。

お決まりの言葉で繋げてみる。

「つまり、こう言う事だ」

唯の存在は澪にずっとプレッシャーを掛け続けていて、最後には消滅させてしまったと言う事だ。

本当はもう少し複雑で、唯の才能の片鱗をプレッシャーに感じながら、またそれを表出させない唯に苛立ちも感じていた。

さらに言うと、そう言うアーティスト的な嫉妬心と、それを大事な友人である唯に抱いていると言う事に対する罪の意識。

それに耐えられなかったのでは無いか、と言う事だ。

律「と言うのが、私達と澪に関して私に話せる全て。勿論、澪の話を聞ければまた違うのかも知れないけど…、恐らくはこう言うことだと思う」

梓「…」

律「そんな顔するなよ」


梓「それはそうですけど…」

律「そりゃあ、その時は怒り…、いや絶望の方が強かったかな。
だって、そうだろ?一緒にやって行くもんだとばかり思ってて、それ以外の可能性なんてこれっぱかしも考えてなかったんだからさ。
それを一人途中下車ってどう言う事なんだ、ってさ」

梓「すいません…」

律「いや、梓は謝る必要無いだろ」

梓「最初に抜けたのは…」

私はもうツインテールはやめている梓の毛先に手を伸ばしていじる。

梓「止めて下さいよ…」

へへへ…。

それと同じだよ。

何か、不愉快に近いけど、そうとも言い切れなくてくすぐったい。

律「もう、この話はやめようぜ。澪には澪の人生がある。ムギだって今こっちに戻って来て一緒に出来る訳じゃない」

梓「はい…」

律「さっき言った様に理由はいくらだってあるんだ。でも、それだけで説明が付く訳じゃない。だからこれでおしまい」

梓「合鍵なんか持ってるんですか?」

律「例えば、どうしても遅れてはならない時」

梓「はぁ」

律「モーニングコールを鳴らす」

梓「はぁ」

律「唯が電話だけで起きると思うか?」

梓「思わないです」

律「そう言う事だよ」


相変わらず、散らかしっぱなしの玄関だな。

見ろ、梓が呆れてるじゃないか。

大体、スニーカーばかりと言うのが良くない。

あ、勿論高校時代に好評だったマーチンのチェリレもある訳だが、あまり女らしいとは言いがたい。



私がプレゼントした、ジミー・チューは…。

ちっ、箱から出してもいねえ。

ま、まあ、良いさ。

ナスティーな風体ってのもロックスターの必要条件だ。


律「おーっす、唯~、いるかー?」

返事は返って来ない。

また、奥の部屋か…。

律「上がるぞー」

あー、くそ、脱ぎ辛いな。

誰だ、今日はブーツでって考えたのは?

私だー。

梓に見栄張るためにルブタンのフリンジを…。

律「あ、梓も上がって良いぞ」

梓「で、でも…」

律「気にすんな。唯も気にしやしないよ」

梓「そ、そうですか…」

まず、居間。

脱ぎ散らかされたTシャツやパンツ、下着を拾い集めながら進む。

律「梓、これ隅にまとめといて。帰る時にクリーニングに出してこう」

梓「は、はい…」

ソファの上には食べかけのスナックの袋。

好物のアイスの袋を床にポイ。


やっぱり、この部屋か…。

奥の部屋の扉を開ける。

部屋中に広げられたCDやレコード。

そして、ノートPC、ヴィンテージを含む数台のシンセや録音機器、ターンテーブル、ミキサーetcそして高校時代からの相棒ギブソン・レスポール。

そして、他の物に比べれば申し訳程度の量かもしれないが、それなりの量と言える酒瓶や破り捨てられた小包。

注射器が無ければ良いさ。


6