私と唯のオフィス兼自宅(唯は事務所からあてがわれたマンションを追い出されたし、私も金が無かったんだ。ルームシェアってのもオフィス兼てのもごくごく真っ当なアイデアじゃないか?)
であるところの築三十年の一軒家に2万枚が運び込まれる様子を見た時には、自分達の決定のアホ臭さに失神しそうになる。

その二万枚分の重さは床を歪ませ続け、ついには三十年物の床はその重さに耐え切れず抜けてしまう。

そんな様をその一瞬に想像してしまい、私も唯もその場で嘔吐しそうになる。

しかし、そんな崩落の心配は杞憂に終わった。

目に見えて箱は掃けていったからだ。


雑誌媒体に無視される?

そんなら、動画サイトに上げてやる。

リエディットしたロングバージョン、ダブバージョン、リミックスをレコード屋で配れ。

「これ『YUI』じゃないか?」

「売名乙」

「あれより全然格好良いじゃん!」

「何で名前変えてんの?」

以前の悲しすぎる経験とは大違い。

あれやこれやでカルトヒットと言う奴だ。


全てが上手く行き過ぎた。

こうなると家内制手工業的なやり方を脱皮しなければいけなくなる。

少なくともそう言うプレッシャーは掛かる。


オフィスは住宅街から、駅の近くのビルの一フロアに。

唯の部屋はマンションに。

営業車兼機材車は役割分担出来るように、私の自家用車兼営業車のアッパーミドルセダンと小型バスに。

社長の私とローディとマネージャーも役割分担。


私も唯もただやりたかったからやって来ただけだが、
新しく増えた船員たちはそれでは満足しない。

こんな事があった。
マネージャー「メジャーから傘下に入らないかって話が来てるんですけど。

つまり、A&R部門として有る程度の独立性を保ちつつみたいな…」

拒否だ。

こいつは私達のやり方をもう少し学んだ方が良い。

時にはこんな事もあった。

M「メジャーの流通経路を使わせて貰うと言う話はどうっスかね?勿論、幾許かのお金は入れないといけないと思いますけど、完全独立の関係なんで前の話とは違いますよ。検討する価値あると思いますよ?うちに取っても悪い話じゃないと思うんですけど」

なるほど、こいつは有能な奴だ。

普通なら良いニュースだと飛び付くところだろう。

律「そうだなー」
次に続く言葉は驚く事に「拒否」だ。
理由?
感覚的なものだ。

納得しろ。

それが私と唯のやり方だ。

つまり、私達の活動はある種狂信的な信念に支えられていると言う訳だ。

そして最終的にはこう言うこんな感じだ。

M「プロモーションの専門家をいれましょう。そうしないと、例え今度のアルバムが売れても次は頭打ちですよ。それぐらいの金をけちるのはどうかと思いますよ。昔から言われてる損して得取れってやつですよ。」

律「そうして金儲けしてどうするんだよ。いや、私はお金を儲けるのが嫌だって言ってるんじゃないよ?お金があれば、質の良い…だって吸い放題だからね。でもさぁ、まず売るためにってのは違うんじゃないか?」

M「でも、律さん、分かってますか?それじゃ成功はあり得ないんですよ?」

律「それだよ。成功ってなら『YUI』だって成功してた。でも、それじゃ嫌だから私達はここを始めたんだよ。もし、もっと成功したいって言うなら…」

お前がここじゃ無い場所で頑張るしかないよな?

律「取り合えず、次のは半年後発売を目指してるって状況で良かったよ。体制を立て直す余裕があるってことだからな。唯には伝えておくから」


マネージャーの呆然とした表情ったら無かったな。

でも、彼は私達のやり方の学び方が少し甘かったんだから仕方が無い。


取り合えず、速やかにしなければならない事は新たなマネージャーを見つける事だ。

良いマネージャーの条件に、アーティストと同じ方向を見ていると言うのがある。

アーティストと同じオーラを纏う事が出来れば完璧だ。

そう言う人材を探さなければならなくなった。


バイト「律さん、デモテープ今日の分です」

律「置いといて」

バイト「はい」

唯の成功を見て多くのインディーズミュージシャンがデモテープを送りつけてくる。

最初は真面目に。

一週間後には?

音は聞かずに売り込み文だけを見る。

そして見込みがありそうなものだけ。

収穫ゼロ。

二、三ヵ月後には?

机の上に届けられたデモテープの山を見もせずにバーンと。

ん?だからこう言う事だ。

まとめて机の脇のシュレッダーに放り込む。

機密保持の強い味方。

CD-Rも問題なくバリバリにする。

ああ、こんな風に私たちのデモも「バリバリ」されていたのか。

人間立場が変われば昔のことは忘れると言う事だ。

出社してまず最初にやるデモテープ「チェック」。


その日、私は机の上無造作に広げられた山の頂上に懐かしい名前を発見する。

一つ、閃く。

律「よし」

一芝居打つ事に決めた。


後輩のよしみだ。

一応、音も聞いておいてやろう。


一人編成。

ドラムマシンが揺らぎの無い四つ打ちのリズムを刻む。

最初は爪弾くように、それから流れるように。

悪くない。

ギターの感じとか…、あーなんだっけか、確かなんちゃら言うフュージョンギタリストっぽいな(あとで、思い出したけどパット・メセニーのことだ)。

四つ打ちなんだけど手触りがって言うか…。

うん、何度か聞けばより好きになる感じもある。

取り合えず、今すぐ会うんだ。

大柄なフレームのサングラス。

ヴィンテージスタッズ使いの一点ものカスタムレザージャケットにサテンのトップス。

デザイナーズブランドのスキニーデニムをフリンジブーツにイン。

勿論、カチューシャは付けない。

最初に驚かす事が肝心だ。

身長が足りないのは悔しいが、心意気だけは本場セレブにも負けない女社長のお出ましだ。

律「初めまして。私がHTTレーベルオーナー田中です」

偽名です。

日系三世リッチー田中ってのが私だ。

それっぽくない?

革張りソファーに緊張気味の我が後輩。

梓「あ、はい、中野梓です。初めまして…」

律「ああ、座ったままで良いよ。私は音楽を売る、君は音楽を作る。うちでは対等の関係だから」

梓「そうなんですか…」

律「うん。だからもっとリラックスしてよ」

梓「は、はい」

視線があっちいったりこっちいったり。

前髪で隠れ気味の私の表情を覗こうとしたり。

ぷぷぷ。

なんだよ、あの緊張した表情。

梓「あ、あのコーヒー飲んでも良いでしょうか」

律「良いよ良いよ。飲んで?それとも紅茶の方が良かったかな?あ、冷めちゃってるでしょ?入れ直させようか?」

梓「い、いえ大丈夫です。そんなお気遣いは…」

そう言うと、今まで手をつけずにいた冷めたコーヒーを一気に流し込む。

ふふ、梓は相変わらず『あずにゃん』だな。

梓「あ、あの…」

律「ん?何?」

梓「リッチーさんって、女の方だったんですね」

律「意外?」

梓「い、いえ…」

律「まあねー。いきなりレーベル立ち上げてってのは、日本だとあんま無いかも知れないよね」

梓「リッチーさん、凄いですね」

律「それだけ、唯に惚れ込んでたって事だよ」

あ、ちょっと傷ついた表情。

『私たちより仲良さそうにしないでー』って嫉妬してんのかな。

梓可愛い。超可愛い。

律「そうそう、デモテープ聞かせて貰ったよ。中々良いと思った」

梓「ありがとうございます!」

律「でもさ、何でうちに送って来たの?私はこう言うのもそこそこ聞くからより疑問に思うんだけど、うちみたいなとこよりもっと良いとこあるでしょ?このクオリティならこう言う音を専門にしてる老舗でもって思っちゃうんだ」

私も大概意地悪いねー。

でも、梓と話すのも久々だし、種明かしはもうちょっとだけ先延ばし。

梓「そ、それは…」

律「あ、ごめんね。中野さんを責めてるとかでは無くて、正直な話少し疑問に思っちゃってさ」

梓「あの、二枚目に出した奴の三曲目ってリズムを四つ打ちに完全に差し替えてたじゃないですか。で、キックにもリバーーブかけてたり。それで、そう言う自由さが許されてるなら、今回私が送ったみたいのも許されるかなって…」

律「なるほど…」

梓「その…、あとは新しいレーベルってのが良いなって。メジャー傘下の形だけインディーズじゃなくて完全にインディーズと言うのも良いなって」

まだまだ、本心隠すね。

良いよ?
もう少しこう言うのを続けよう。

律「それと…、送ってくれた曲ってギターは生演奏じゃない?あれだけ弾けるのにバンドとかやってなかったの?」

梓「あー…」

律「言いにくい?出来れば言いたく無い?」

ちょっと、表情が硬い。

意地悪が過ぎたかな。

梓「いえ、構わないです」

律「気を悪くしたら、ごめんね?でも、うちでこう言う風にデモ送ってくれた人と話すの中野さんが初めてだから。うん。突っ込んだ話がしてみたいってのもあるんだ?」

梓「構わないです。それにそんな大した事でも無いんです。どこにでもある話って言うか」
律「うん」

梓「少し前にちょっとバンドで揉めちゃって、あの、そのバンドは本当にオーセンティックなジャズをやろうって感じだったんだけど、私はそれがつまらないからって、もっと色々な事やって見れば良いのにって思ってて、それで…」

律「ぶつかっちゃったって訳だ?」

梓「結局、ザッパが言った通りだと思うんですよ」

律「ああ、死んじゃいないけど、ただ変な臭いがするって奴?」

梓「それです。他のメンバーはそれが分からなかったんですよ」

律「それで自由にやってみたって訳だ。でもさ?」

梓「何です?」

律「そんなバンドをやるぐらいだし、元々ジャズっぽいのが好きなんじゃ無かったの?」

さあ、こっからが本題。

梓「ええ、親がそう言う感じだったんで…。気が付いたらって感じですよね。でも、音楽的に衝撃を受けたのは高校の時でした」

律「ちょっと興味ある」

梓「私、高校時代にも部活でバンド組んでたんですよ」

律「へー、それもジャズ系?」

梓「いえ、それが違うんですよ。全然普通のガールズポップバンド」

律「良く分からないな」

梓「実際、最初はジャズ研に入ろうと思ってたんです。
でもそれまでの好みとか、ポップスって言うネガティブさとか、そんなの吹っ飛んじゃうような、それ以上の衝撃があったって言うか。
テクニックとか全然大した事無かったんですけど、その先輩が弾くと凄いんですよ。
一言で言うとノれたんですよね」

私はまだその時には気付かなかったんだよな。

私はまだその時には気付かなかったんだよな。

気付けなくてごめんな?

それで、きっと澪の事も傷付けてたんだよな。

律「その先輩に衝撃を受けたんだ?」

梓「ええ。凄くその先輩に影響受けてると思います、音楽をやる上で。だから、大学入ってからバンド組んだんですけど、その時みたいなワクワク感が感じられなくて…、だから、ちょっと揉めちゃったって言うか…」

律「その先輩は今どうしてるの?」

梓「それは…」

クスッ、どう答えるかな。

律「その先輩と一緒に音楽をした方が良いんじゃないの?」

梓の性格なら、ファンだったり、増えすぎた親戚みたいな扱いをされる事を嫌うはず。

さあ、どう答える。

梓「…」

律「…」

梓は一つ息を吸い込む。

準備OK?

梓「あ、あの、こう言う言い方は傲慢かも知れないですけど、CD一枚も出してないような、自分の力で何も出来ないような状況じゃ、あの人と一緒にやる資格無いと思うんです。
だから、そう言う事もあって、あの頃の自分とは違う音を作って送ったつもりです」

律「そっか」

梓「はい…」

さあ、面接が終わって自分がどう評価されたかが気になってるね。

まあ、私の答えは決まってるんだけどさ。

律「うん。取り合えず検討するよ」

梓「あ、はい。お願いします」

律「まったく、評価して無かったらここに来て貰って無い。でも一応、唯と相談してね。あいつは一応共同オーナーみたいなもんだからさ」

また、嫉妬の表情。

可愛い超可愛い。

律「今回はこんな感じだけど、何か聞いておく事ある?」

梓「あ、えっと…」

律「ん、何?」


梓「HTTレコードってのは誰の命名で、どんな意味があるんですか?」

絡め手で来たねえ。

さて、最後にちょっとだけからかわせて貰おうかしらん?

律「Hang Tumb Tumbって分かる?」

期待してた答と違うでしょ?

唯がいてHTTならって、期待してたでしょ?

梓「…」

律「イタリア未来派の詩人マリネッテイの詩のタイトルで、機関銃の発射音を表して…」

梓「嘘ですよね?」

あれ?

何か睨んでる…。

梓「それZung Tumb TumbでZTTレコードの由来じゃないですか」

あはは…、良く知ってたなー…。

梓「それに…」

梓、その目つきちょっと怖いぜ…。

あ、サングラス取られた!

梓「律先輩!!」

ばれた…。


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